●
阻み切れなかった侵空竜エオスポロスの自爆。
熊本城は瓦礫と化し、そこに輝きが見える。
怪しい輝きはドラゴンオーブによるもの――自爆したエオスポロスのコギトエルゴスムに光が、力が注がれると、それは変容していく。
鉤爪が地を削り、黒い姿は夜の中でも薄い輝きを纏う。
腹部にだけ生える金に近い体毛、鋭い尾。
頭部から生える二本の角は捻れ、その下の眼差しはどこまでも黒く、眼前に広がる黒の世界を見下ろして。
――ドラゴンオーブを背に、魔竜ブースト・レイノルズは咆哮する。
●
熊本城でのドラゴンとの決戦は、どうにか勝利を迎えた。
「ほとんどのエオスポロスを倒し、廻天竜ゼピュロスも撃破できた。ドラゴンオーブを竜十字島に移転させようとした計画は失敗させることが出来たね」
高田・冴は言って、しかし、と話を続ける。
「ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を恐ろしい力で満たそうとしている」
この力が満ちた時、ドラゴンオーブからは魔竜王の後継者となるような強大なドラゴンが生まれてしまうだろう。
阻止する方法はただ一つ。時空のゆがみの中に突入し、ドラゴンオーブを奪う、あるいは破壊しなければならない。
すでに歪みの中へは覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースが突入している。急いで後を追う必要があるだろう。
「だが、歪みの周囲にはドラゴンオーブの力によって、19体ものドラゴンが待ち受けている」
強大なる19体のドラゴンを抑えて時空の歪みの内部へ突入。
そこでアストライオスらと対決し、ドラゴンオーブを奪取または破壊する――。
「――危険だし、成功率も低い。正直なところ、無謀な作戦ではある。ただ……現状で、これ以上の作戦はないんだ」
冴は苦しげに言うと、更に状況を説明する。
「ここに集まったみんなには、出現した19体のドラゴンのうち、『魔竜ブースト・レイノルズ』を迎撃してほしい」
時空の歪みに突入するチームと同時に敵を攻撃し、突入を援護するというものだ。
歪みに突入した仲間が撤退するまでの時間は最大で30分。この時間、ドラゴンを抑えることが任務となる。
「ドラゴンは目の前の敵の排除が終われば、他のドラゴンの救援に向かってしまう。どこか一か所でも抑え込みに失敗すれば、戦場の全てが崩壊すると思ってほしい」
ブースト・レイノルズは覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない能力を持っているため、この場での撃破は不可能だろう。
「生み出されて間もなく、一人でもケルベロスが生き残っていればその場で戦い続ける。誰かがいる限りは戦闘は続くから、時間稼ぎは不可能ではないと思う」
仲間のケルベロスの支援もあるかもしれないが、突入班の帰還までの30分間ドラゴンを抑えられるよう作戦を練った方が良いだろう。
「支援チームの作戦によっては、戦力を集中させてドラゴンの撃破を狙うことになるかもしれない。その場合は、支援チームと力を合わせて撃破して欲しい」
危険な状況だが、ドラゴンオーブを破壊する絶好の機会でもある、と冴は告げる。
「たくさんの仲間によって、この機会に恵まれたんだ。必ず、成功させよう!」
参加者 | |
---|---|
大弓・言葉(花冠に棘・e00431) |
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235) |
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020) |
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901) |
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283) |
コンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326) |
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881) |
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108) |
●
魔竜ブースト・レイノルズ――その体を包み込むように嵐が巻き起こったかと思えば、巻き込まれた瓦礫が瞬く間に変色していく。
その狂風に触れただけで体が毒に苛まれていくのを感じながらも、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)は目を開き、ブースト・レイノルズを見つめる。
ブースト・レイノルズの視線から逃れるようにボクスドラゴンのぶーちゃんは言葉へ属性を。ぶーちゃんの体がガタガタ震えているのに気付いて、言葉はそっとぶーちゃんを撫でてあげた。
「……ぶーちゃん大丈夫? 恐怖を乗り越えてこそ一人前よ?」
言いつつ言葉はオウガメタルの輝きを後列へ送る。
「我が剣は柳の如し!」
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)は防御の技を前衛へ。先ほどの攻撃に受けた痛みが少し和らぐのを感じながら、サラはブースト・レイノルズへと視線を送る。
時間は最大で三十分。支援がいつ来るかは分からないが、今できることは、可能な限り時間を稼ぎ、ブースト・レイノルズをここで食い止めることだ。
「いけるところまで目いっぱい頑張ろう!」
笑みと共に言うのはシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)。自らへ囁きかける言葉は痛みを消し去り、長く続くであろう戦いへの力を備えさせた。
蛇のように宙へ浮かび上がるのは旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)のケルベロスチェイン『竜縛鎖・百華大蛇』。
揺らぐそれが作り出した文様は護りのためのもの。幾重にも築かれた護りに戦場には光が満ち、その光の中をコンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326)は駆け抜ける。
「絶対食い止めるっすよ!」
蹴りを叩き込む――飛び散る星々は、コンスタンツァの着るビキニに描かれた星条旗柄のように鮮やかなものだった。
ブースト・レイノルズへと突撃するのは狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)も同じ。手にした如意棒『蒼天を穿つ神意』による刺突には無駄がなく、唸るブースト・レイノルズと視線を交わして楓は瞳を輝かせる。
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)の影が色濃くなったのはボクスドラゴンのシュヴァルツの属性を受けたから。
「因縁の相手っていうのはなかなか無いからねぇ。気張っていこう」
クーゼが言えばシュヴァルツもひと声。その声を聞き届けてから、クーゼはブースト・レイノルズへと迫った。
黒き刃がブースト・レイノルズの肉を裂いて血を滴らせる。ブースト・レイノルズを阻む力が増したことが自身でも分かったのか、ブースト・レイノルズは牙を剥いて唸りを上げた。
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)の桜色の視線は宙へ。
そこに浮かぶのはドローンたち。薬を注ぐ静かな音に耳を傾けながら、さくらはライトニングロッド『Lightning Blossoms』を握りしめる。
(「――誰一人、死なせない!」)
想いを映すように、紅水晶は雷の火花を瞬かせた。
●
前衛へ、中衛へ、後衛へ――ブレスの攻撃は収まるところを知らず猛威を振るう。
そのたびケルベロスたちは癒しに回り、また隙を縫って攻勢へと打って出る。
ブースト・レイノルズの回避の動きは鈍っているから、攻撃が外れるようなことは少ない。それでも回復行動を取らないブースト・レイノルズの体力に、コンスタンツァは内心で驚嘆する。
軍人気質なところがあるのだろうか、動きに無駄はなく、眼差しが激情に染まることもない視線は自分にもケルベロスにも厳しいものだった。
(「なんだか姉ちゃんたちにいじめられてた頃のアタシを思い出すっす」)
コンスタンツァが想起するのは六人の姉たちと過ごしていた日々――愛の鞭だったのだとしても、愛が伝わらないのであれば痛いだけ。
「絶対食い止めるっす!」
オレンジ色のエンゼルキッス、そして星纏う蹴りを繰り返したおかげで攻撃も当たりやすくなっていた。リボルバー銃『ロリポップキラー』の中身をたっぷりぶち撒けると、楓は呪いを束ねた矢を放つ。
「楓さんのコレは痛いっすよ!」
凶悪な輝きに満ちる瞳の通りに突き立てられた矢に、ようやくブースト・レイノルズは己の癒しに回った。
さくらはその合間にも傷を開き、癒しを施す。庇いに回ることも多いシルディはダメージもその分多い。大急ぎで、それでも出来る限り丁寧に、癒しを与えていく。
「ありがとねっ!」
治療を受けたシルディはさくらに伝え、言葉の元へひとつのしずくを落とす。
「勇ましきものを支え、突き動かす。それが今ひとたびの活力をもたらす」
落ちた光は温かな生命力へ――募るダメージの全ては癒しきれない。それでも少し取り戻された力を使って、言葉はサラの頭にいっぱいのリボンを。
「可愛くなあーれっ!」
幾筋にも流れた血に汚れた銀髪が覆い隠すピンクのリボン。髪を結わえる青のリボンに染みた血すら拭い去ると、リボンはひらりとほどけて風に運ばれて消えていく。
庇い合い、癒し合っても削られている現状に変わりはない。あと二十分と少し、生き延びるには辛い時間となるのかもしれない――覚悟は胸に秘めて、マインドリング『真月神楽』から満月のごとき盾を生み出す。
固めた守りをすり抜けるダメージも、一人きりとなったメディックのさくらだけでは消しきれてはいない。仲間たちも放っておけば広がろうとする傷痕を少しでも塞ごうとしていたが、ドラゴンの攻撃の前に全てを行うことは困難だった。
竜華も魔香水「ナハトブルーメ」の蠱惑的な香りを含むサキュバスの霧による癒しを与える。
――サキュバスミストの柔らかな色彩と香りであっても、ブースト・レイノルズにとっては悪臭と感じられたのか、あるいは癒しに集中するケルベロスらの動きを臆病と取ったのか、ブースト・レイノルズは一歩、ケルベロスたちの前へと歩みを進める。
攻撃の意図がないというのに鉤爪が大地を削った――瞬間、大気が歪む。
呼吸を奪うように。生命を引きちぎろうとするかのように。
蝕む力は竜華と楓へ――否、クーゼとシルディへ。
「クーゼさん!」
「大丈夫っすか!?」
とりわけダメージを負ったのはクーゼ。その手から斬霊刀が滑り落ちた――違う、地面へと突き立てられた。
歪む大気に瓦礫は粉砕され、背負う黒翼も軋みを上げている。限界は近かったが、まだその手前で留まってオーラの癒しを施した。
……しかし、ヒールにも限界がある。乱れたまま整う気配のない呼吸に気付いてかさくらは癒しを送ろうとしたが、クーゼはそれを手で制す。
苛む毒が、必要な酸素を取り込むたびに傷を与えていく。ディフェンダーの仲間だって消耗しているのは同じ、シルディの残された体力だって、もう一度風を受ければどうなるかは分からない。
であれば、することは一つだけ。
――顔を上げたクーゼは、冷笑を浮かべて。
「これがぶーちゃんの上司、ねぇ。これに指導されるならまだぶーちゃんにされた方がいいかなぁ」
言葉にブースト・レイノルズの眼光が鋭く変わる――鉤爪は、迷うことなくクーゼを貫いた。
●
十分ばかりが過ぎた段階でありながら、仲間が一人、戦闘不能に追い込まれた。
(「最悪の状態も想定しなければいけませんね」)
思うサラは、念のためと仲間たちの様子を伺う。
たった一人になってしまったメディックだったが、最優先でのヒール、そしてディフェンダー陣の庇いのおかげか体力は六割近く残っている。すぐさま危険が迫ることはないだろう。
コンスタンツァは与えられたダメージがある程度までに至ったら癒しているから、致命的にはなっていない。それは中衛に立つ竜華、楓も同じことだ。
――最も危険なのは、サラを含む三名となった守り手たち。
充分にヒールを受け取ったとしても、次に前衛へブレスが来ても耐えられる可能性は五分五分に届くかどうか――それはシルディも言葉も同じことだった。
サラが挑発の言葉を探していたのは十秒にも満たないこと。その隙にシルディは大きく踏み出して、ブースト・レイノルズの巨体を見上げる。
「たくさんのドラゴンが地球の人を選んだ、今はその意味が分かる気がするよ。だってこの程度の攻撃しかできないなら、見限られても当然だよね」
言いたいわけではなかった挑発に胸が痛んでも、シルディはその気持ちを押し殺して。
ブースト・レイノルズは吼える。その中を、楓は一歩踏み出した。
「楓さんが前に出るっすよ」
意図を読み取ったのだろう、楓は言って位置取りの変更に動き出す。
「ありがとうございます」
癒しの盾を重ねるサラの言葉に、楓は笑顔を見せる。
ブースト・レイノルズの爪が鈍く光った――祈るさくらの目の前で、シルディの体が宙に浮く。
やすやすと叩きつけられた身体が、戦場へ戻ってくる様子は、ない。
「――」
さくらの指先は首元を彩る化石珊瑚へ。医術服を翻して前線へ走るさくらは言葉へ回復を施すが、それでも体力を全て戻すことは出来なかった。
それでも次に前衛へ送られたブレスを防ぐことは出来た――しかし重なる毒に体力を奪われていたサラは、あと僅かのところで足りなかった。
「……アタシ、行くっす!」
護り手がこれ以上欠けるわけにはいかない。コンスタンツァも声を上げて、エアシューズの炎も消えないうちに走り出す。
広げた言葉の白翼がオラトリオの力を満たしても、ブレスがすぐに消し去る。
移動してすぐという状況ではあったが、危機を脱却する方法はコンスタンツァにはひとつしか見つけられなかった。
「アンタの指導は厳しいだけで愛がねっす、教官失格っす」
即座に鉤爪がコンスタンツァを狙った――避けることも出来ないまま、金髪がひと房、風に吹かれて消えてゆく。
「私も……ですわね」
ものの五分のうちに半数のケルベロスを撃破して、それでもブースト・レイノルズは驕らず警戒心もあらわにケルベロスたちを睥睨する。竜華はその視線に背中を震わせながら、前衛へ向かう。
さくらは癒し手として位置を動くことはしない。だから、これ以上ディフェンダーを補うことは出来ない……攻撃を分散させるために、風を纏いつつあったブースト・レイノルズへと楓は声を張り上げる。
「ドラゴンなのに遠距離攻撃ばっかで体に自信がないっすかね! その大きな体は飾りっすかね!」
風を生んでいた翼の動きがやむ。
楓を食らおうとするかのようにブースト・レイノルズは顔を楓へと迫らせる――左右から、少しばかりの間を開けての連撃が、楓に残された体力を根こそぎ奪い取る。
地面へ倒れ込んで、立ち上がることが出来ないことを感じながらも楓はどこか満足そうに。
空へと上がる赤い信号弾を見つめながら、意識を失った。
●
吹き荒れる毒が前衛の番犬へと襲い掛かり、既に倒れた仲間をもジリジリと侵す。
「いけません、このままだと――!」
十分程度の休憩でも傷は治せないほどに倒れた仲間の傷は深い者もいる。
これ以上のダメージは、取り返しのつかない事態を招いてしまう――焦りに声を上げる竜華の前で、ブースト・レイノルズは視線をさくらへ、大気を大きく歪曲させる。
言葉が駆けた――さくらを突き飛ばしてでも歪みの外へ出そうとして。
間に合わなかった。
「――皆を、生きて、帰す……のが…………」
その先に何が続いたのかは、分からなかった。
「危険ですわ……」
残されたのは竜華と言葉のみ――竜華は運が良くてもブレスをあと三度は受けることが出来ないし、言葉はあと一撃だって危うい。
三十分が経つまではまだ十分以上ある。二人まとめて倒れるよりは一人でも多い方がいい、それでも竜華一人でも、残りの時間を稼ぐには――。
迷いながらもブースト・レイノルズに告げようと、言葉が口を開いた瞬間。
輝く盾の加護が、言葉の体を包んだ。
「これは……?」
驚きに目を丸くする言葉――その視界に飛び込んできたのは、赤い髪の少女。
「んうー。手伝いに、きた」
見れば彼女の仲間だろう、黒髪のシャドウエルフが聖なる歌にて魔竜の動きを封じ、それに合わせて紫の瞳をしたヴァルキュリアが、戦士の歌を紡いで魔竜と対峙する味方を鼓舞するのが見えた。
「こっちは、ぼくが、運ぶ。早く、逃げるよ」
言いながら、大きな傷を負った仲間を優先して抱き上げる。
漆黒の重騎士を筆頭として、竜華や言葉の退路を確保するべく守りを固めている――彼女の欠けた分、彼らは防衛を要としてブースト・レイノルズを食い止めているようだ。彼らのためにも、ここは急いで撤退する必要があるだろう。
「助かりましたわ、感謝いたします」
竜華はさくら、言葉は楓に肩を貸し、ゆっくりと動き出す。
ブースト・レイノルズは撤退しようとしている後姿には気付いているのだろうか。それを確かめる余裕もなく、彼らは戦線から逃れる。
「やれることは、出来たんだから……」
言葉は呟いて、遠ざかるブースト・レイノルズの威容を一度だけ振り返った。
作者:遠藤にんし |
重傷:サラ・エクレール(銀雷閃・e05901) コンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326) クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881) 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|