魔竜顕現~凶つ黒龍

作者:銀條彦

●殃禍
 飛沫の如くに崩れ散る武者返しの石垣と咆哮を遺して千切れ舞う竜翼……轟く爆裂音。
 演算よりも遥かに数少なく一つ一つもやや小さきものとなった、其れら全てを産声に――輝ける『ドラゴンオーブ』は顕れた。
 竜にとっては希望であり……ひとの眼には絶望そのものとすら映る力秘めた魔竜王の遺産復活と同時、長らく此の地を見守り続けた名城は完全に喪われる事となる。

 死なずの命屠る番犬の牙を逃れて本懐を果たした『侵空竜エオスポロス』の数、十九。
 その総てが今や幾重にも折り重なる瓦礫の底で物言わぬ宝石へとその姿を変えていた。
 だが――顕れ出でた魔竜王の遺産から怪しき光がコギトエルゴスムへと注がれた瞬間に、状況は一変する。
 時空そのものを歪め支配し得るその『力』によって十九の石をまたたく間に強大な十九の竜へと変貌を遂げたのだ。

 瓦礫は無数の塵に帰し、塵は風へと捲かれ……。
 ただ『在る』だけでその竜は凶つ竜巻を纏う。鬣を靡かせ高みより睥睨するその眼差しの剣呑はまさに邪なる黒き戦神そのもの。
 『王』再誕の地への降臨を果たしたそのドラゴンが望むものは命の蹂躙。
 たかが命、などとは決して彼は言わぬだろう。定命のそれは確かに尊く美しい――戦いの内それが無残に壊され喪われる最期の極限にこそよりいっそうと。

 ――マガツ・イクサガミの器と力そのままを備えた恐るべき魔竜の顕現すらも封印破れし『ドラゴンオーブ』にとっては瑣末な余技の一つに過ぎないのだ。

●乖戻
「熊本城での『覇空竜アストライオス』率いるドラゴンの軍団との決戦において、ケルベロスは半数以上の『侵空竜エオスポロス』を撃破し、四竜の一角である『廻天竜ゼピュロス』の討伐にも成功した。熊本城こそ失われてしまったが熊本市民は9割がた避難完了済みで、覇空竜が目論んだ竜十字島へ『魔竜王の遺産』を転移させる儀式も頓挫させたのだから……今回は辛勝といった処だろう」
 だが、情勢はいまだ予断を許さないと語るザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の表情は暗く硬い。
 熊本城天守閣跡地にて開放された魔竜王の遺産――ドラゴンオーブが時空の歪みとしか表現しようのない空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているのだ。
 もしもこのまま満ちてしまったその時は……。
「ドラゴンオーブから――新たな魔竜王とでも呼ぶべき強大な存在が、この地球へと、産み落とされる」
 この俄かには信じ難い、恐るべき未来を回避する為には時空の歪みの内側へと突入しドラゴンオーブを奪取もしくは完全破壊する必要があるのだとヘリオライダーは語った。

「かの空間内には既に『覇空竜アストライオス』と四竜の生き残り、『喪亡竜エウロス』、『赫熱竜ノトス』、『貪食竜ボレアース』が先んじて突入しており恐らくはドラゴンオーブの制御を試みている筈だ」
 それだけではなく、時空の歪み周辺にはドラゴンオーブの力で顕現したと思われる強大なドラゴン19体が待ち構えているという。彼らが担う役目は侵入者の排除。
 これらドラゴンに19体同時で仕掛けて抑えた隙に、時空の歪み内部へと戦力を突入させ、かのアストライオスらと争いながらドラゴンオーブを狙う――。
 それはどう考えても――先の防衛戦と比べてさえも飛躍的に危険で低い成功率に賭けた、無謀な作戦である。
「だが……現状、これ以上の作戦は、存在しないのだ」
 ヘリオライダーのその宣告は搾り出されたかの如くに苦々しい。

「お前達に依頼するのは19体の魔竜の内の1体、『魔竜マガツ・イクサガミ』迎撃だ」
 時空の歪みに突入するチームと時を同じく魔竜へ攻撃を仕掛ける事でその突入を援護し、彼らが再び空間の外に撤退してくるまで『マガツ』を抑え続ける事が任務となる。
 19体の魔竜は、いずれも、フリーにさせてしまった時点で交戦状態にある他魔竜の救援へと移る事が予想されている。
 連携して戦うドラゴンの強さは今更語るまでも無く。もしも迎撃にあたるケルベロスの内1箇所でも崩されればそこから連鎖的に全戦場が崩壊してしまう事だろう。
 幸い、顕現したてである為か魔竜達は戦局全体の有利不利よりもその闘争本能が優先する状態にあるという。
 ケルベロスが1人でも眼前の戦場に健在であるならば、そのケルベロスが退くか倒れるかするまでその場で戦い続けようとするため、ケルベロスが踏み止まれば踏み止まった分だけ貴重な時間を稼ぐ事が可能なのである。
 また、ドラゴンの側からはケルベロスへ進んで会話を交わそうとはしないだろうがケルベロスが掛ける言葉自体はちゃんと理解できる状態である為、多大な覚悟さえあれば魔竜に対する何らかの挑発行為を戦術に組み込む事も選択肢の一つと言えよう。

「もしもドラゴンオーブが難攻不落の竜十字島へと転送されていたのならもはや完全に打つ手は無かった筈。まだ逆転の芽はゼロでは無いのだ。 ……頼む」
 未来視のエインヘリアルがケルベロスへと託したのは勝利と、そして未来。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
須々木・輪夏(翳刃・e04836)
浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)
大上・零次(螺旋使い・e13891)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
浜本・英世(ドクター風・e34862)

■リプレイ


 まさに今は逢魔が刻。
 十九の石より顕れし十九の魔竜は『ドラゴンオーブ』への道に立ち塞がる門番。

「ココが崩れたら帰ってこれない人が居るっていう状況は……怖いね」
 暮れゆく火の国の戦場の只中、無表情のままそうぽつりと浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)は零した。歪みの死地へと仲間を送り込む為に、この場を魔竜留まる死地とし続ける事が、彼女達に課せられた任務。
 見えない場所にまで影響が及ぶ戦いの重さに希里笑が慣れる事は無いのかもしれない。それでも。
「厳しい厳しい戦いだけど……これ以上分かり易い状況もないわ。要は最後の最後で、勝てばいいのよ!」
 稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)が言い放った力強い断言の通り、最終的に『ケルベロスが』勝ててさえいればそれでいい。魔竜王の遺産を巡る一連の戦いの決着は、熊本の――ひいては地球の未来すらも左右しかねないのだから。
「ここが正念場です。魔竜マガツ・イクサガミ、こいつは俺達で必ず止めて見せます!」
 吹き荒れる風に白き鬣を靡かせ、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)も敢然と戦意を燃やす。
「皆ありがとうな」
 参考程度にと前置きした上で、大上・零次(螺旋使い・e13891)の口からは既に彼が属する流派に伝わる『禍津』の伝承についてが語られている。
 零次は戦友達に対して感謝の念を抱かずにはいられなかった。
 むろんこれは『ドラゴンオーブ』を廻る作戦の一環、『俺達の為に』などという感謝自体が皆にとっては筋違いなのかもしれないが……。
「我らの力でどれだけこの巨体を釘付けにできるか……中々に無茶で興味深い研究テーマ及びデータの提供、こちらこそ感謝しよう」
 さあ試してみようじゃあないかと不敵に一笑してみせた浜本・英世(ドクター風・e34862)の大仰な返礼が全くの本心か照れ隠しの類いなのかは本人のみぞ知る、である。

「神越流最弱の門下生にして唯一のケルベロス! 大上零次、いざ、参る!」
 麗しき徒党で挑む健気な番犬達に対し、高みから見下ろす黒龍が浴びせたのは嘲笑。
 いや、吼えたのだ。マガツの長き喉から吐き出された轟音を、嘲笑う声と捉えたのはその術中へと落ちた前衛列のみだった。
「お前たちはっ……いいや、違う、――執刀、開始」
 ヂリリ、胸の芯焦がす激痛が、深く、『地獄』にまで達する。
 虚空に向けて黒瞳を見開いたレオナルドは、それでも、手にした刃と獄炎とで強引に恐怖を打ち払った。彼も晴香も、既に早々に攻撃参加を諦めて自他へのキュアヒールで唯1人でメディックを務める須々木・輪夏(翳刃・e04836)の補助へとほぼ専念する事となる。
「くっ……、人サイズのドラゴン級って状況が状況なら燃える相手、なんだけど」
 『嘲笑』が齎す幻影はいかなる心傷を素としていようと備わる攻撃力はドラゴンのもので3体それぞれがジャストもクリティカルも当然の様に繰り出して来る上にケルベロスよりも速い。
 希里笑のみは幸運が味方したらしく幻影は形作られる前に霧散したが、精神負荷としてのダメージは大きい。幾重もの守りの上から受けて尚この威力かと舌打ちを漏らしながら、少女の体は阿頼耶光を解き放った。しかし守備に重きを置いた態勢から放たれた曼荼羅は、龍の鱗を脅かす寸前、儚く自壊を強いられる。
(「わたしにできることは少ないかもだけど、皆の居場所守らなきゃ」)
 もとよりメディック1人の治癒だけで総て事足りる戦場ならば人1人の犠牲で列攻撃封じなどという選択肢はそも必要が無い。
 また仮に足りていたとしても、他の継続ダメージ系状態異常と異なりトラウマからのそれは回復不能ダメージを蓄積させてゆく。
(「……わたしはわたしの居場所へ絶対に帰る――!」)
 凶つ神へと立ち向かう小さき影つ星の瞬きは、番犬達の心傷を包み溶かしてゆく。

 まるで何かを確かめる様に……戯れかけるかの様に、後衛そして中衛と。
 その後のマガツから放たれた攻撃はいずれも見切りもお構いなしの列トラウマの精神攻撃のみだった。
 実力差故に直ぐに空振りにとはならなかったが、それでも、重なる見切り効果と防具相性とで零次と英世は回避に成功する。
「――何の積もりだ?」
 そう訝しみながらも、支援射撃を務める伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)の瑠璃紺に迷いは無い。
 拡げられた蒼鱗の翼は凶つ風にも小揺るぎもせず、振るう片鎌槍が嵐を斬り裂く都度に、悪しき龍の体には蒼炎色の枷と蒼氷とが交互に刻まれてゆく。
 レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)が放り投げた『箱』は黒龍の全てを閉じ籠めるには到らなかったが、其処から生じた鎖は尾へと絡みついて責め苦を架すのだった。
「さぁ……だが神ならぬ俺たちは精々有難くその隙を突かせて頂くとしよう」


 ――漆黒に荒ぶる嵐は、なお、いっそう。
 黒龍の顎が高みよりゆっくりと開かれるや、加護ごと生命噛み砕く純破壊の嵐が戦場全体を激しく掻き乱す。
 3列ひと通りに攻撃を加え終えたマガツは、どうやら、後衛列へ狙いを付けると決めたらしい。盾支える治癒を撒くメディックと矛届かせる狙撃を連ねるスナイパーから纏めて潰す算段なのだろう。
 それがどれだけ強大かつ狡猾なものであろうとちゃんと筋道立った意図の見える攻撃が飛んで来る方がケルベロスにとっては幾らか遣り易い。
「あら、もう終わり? あと30分ぐらいあのままでも此方はいっこうに構わなかったんだけどね!」
 ウインク一つ、輪夏の前へ立ち塞がり『息吹』の圧を全身で受け止めた晴香自慢のリング衣装は激戦続きの内ですっかりと一部があられも無い事態になっていた、が、本人も周囲も勿論ドラゴンにも頓着する気配は無い。
「それにしても嫌な勘頼りに漕ぎ出せば宮崎は島浦島に禍津兵。更に熊本には『禍津』、とはな……」
 化けていただけなのか、どこぞの第五王子のように転生でもしたのか、それとも『禍津』とは同名同型同能力の別個体なのか。
 つい先までは確かに侵空竜であった筈のドラゴンが魔竜王の血族、しかも神越流の宿敵『禍津』として顕現した絡繰について零次はあれこれと考えを廻らせた。
 が、結論の出ぬ思考は早々に、刃にての死合いのみへと集束されてゆく。

 戦場にまた脆き心の『尊さ』を嗤い悦ぶ、かの咆哮が響き渡り……。
「もう、逃げない――負けたくない!」
 マガツではないドラゴンの羽撃きに、爪牙に、呼び起こされる恐怖心。だが、すっかりと青ざめた白肌を震わせながらも輪夏の願いは癒しの輝きへと結実する。
「復讐を司る戦の神か……けれど……」
 レスターの視界の中のみに現れた巨躯が黄昏の逆光のした影を落とす。
 まだ抹消の叫びを発するには至らないと、丸い色眼鏡越し、眼を逸らしてR.I.Pの引鉄に指を掛ければ、迸る痛み。
 外傷を伴わず、ヴァルキュリアの青年の心だけを深く不快に何度も刺し貫いてゆく悪夢は、輪夏の手になる星辰の光がキュアを乗せて射し込むまで続いた。
 この苦しみが、あと何度、訪れるのか……それでも狙撃手の銃弾は悪しき戦神への抗いを止める事は無い。

 スナイパー組が重ねた足止めを足懸りに前中衛の攻撃成功が眼に見えて増えてゆく。
「皆で帰る為にもこんな所で絶対に倒れる訳にはいかない!」
 希里笑が構えた長大なライフル銃から放たれた凍結光線が竜の鬣を凍てつかせ、
(「一瞬の油断も許されない戦い……まあ、力は尽くさせて貰うさ」)
 魔剣、っぽいチェーンソー剣を唸らせて英世がその面積を切り拡げる。
 強大な魔竜にとっては微々たるものだろうが加速度的に増える各種状態異常と遠近から的確に重ねられるケルベロスの攻撃を前に、遂にマガツがその掌中の珠を淡く輝かせ、治癒の風を張り巡らせる。
 瞬く間その『風』を吹き飛ばしたのは蒼き龍が繰り出した一閃――信倖だ。

 だが……元より勝ち目が無いと分かった上で送り出された戦い。
 10分を過ぎた頃から、盾役として文字通り体を張っての後衛ガードにと尽力していた前衛勢の消耗はヒールを以ってしても隠し切れないものとなる。
 まずは『嘲笑』に【トラウマ】からの手酷い痛打が重なったレオナルドが力尽きる。
 もはや長くは立てない事を悟った他ディフェンダー陣は、最後の挺身にと、果敢に戦神へ挑発を叩きつける。
「智者は己の知らざるを知るから謙虚になるの。故に貴方は無知で、私は貴方の知らない真実を知ってるわ。それは……貴方『達』が滅びる、って事よ!」
 種としての優位そのものを否定する晴香の台詞はマガツのみならず魔竜王の遺産とその復活とに縋る竜十字全体の窮状を一刀両断するものだ。
 叫び終えた端から晴香の全身を禍々しき黒霧が覆い尽くし――女闘士の意識は其処で途絶えた。
 背中越し、仲間達が戦況を建て直すさまを見届けながら、希里笑もまた、進んでその後に続いた。
「今現在、私達の良い様に妨害されてどんな気持ちかな? 思い通りに立ち行かない計画は楽しそうだね」
 意趣返しの嘲笑に先程の激しい反応は無い。いまだ本能に引き摺られがちでも相手は竜。2度3度繰り返せば成功率も下がるか……そう危惧した希里笑だったが目論見通り『天啓』と呼称された単体攻撃は彼女の身へと降り注いだ。
 前衛列の全滅と同時、後衛列の壊滅も開始する。
「――っ、復讐に魂を売り渡すのは、ごめんだ……!」
 シャウトの叫びを逃れた眼には視えぬ何者かの手にかかったレスターがその場への崩れ落ち信倖が敢行した挑発は持ち堪えたが故に真なる『凶つ天啓』を彼は聞く事となる。
「しまった……気力溜め……っ」
 だがキュアの恩恵に預かったマガツはむしろ何処か不満げな素振りさえ見せた。
 相討たせる方が自分好みだったのにと言わんばかりに。


 遠く離れた戦場では少し前から赤の信号弾が幾つか上がり始め、それら合図と同じ数だけの支援班が到着し後詰めとして魔竜との戦場を引き継いでゆく。
 マガツの巨きな眼の端にも、当然、それらの光景は映されているだろうが今のところ特にこれといった反応や変化は見受けられない。

 風荒ぶ中での死闘が18分を過ぎた頃にはケルベロスの半ば以上が力戦の果て既に地の上へと横たわっていた。残すケルベロスは、あと3名。
 比較的ここまで列攻撃に見舞われる機会が少なくまたその対策防備も万全だった中衛の英世と零次、自らの継戦を最優先と心得、その役割を全うし続けて来た輪夏。
(「……保ってあと1、2分といった所か」)
 片手で眼鏡のズレを直しながら、レプリカントの術師は冷静に戦況を見極めると取り出した信号弾の射出装置を頭上へと掲げた。
 打ち上げられた赤の合図は『戦闘維持の困難』そして『支援を請う』。
 そのほぼ同時。
 英世と共に、此処まで、ジャマー役や状態回復補助に奔走して来た零次は、突如、猛然と魔竜へと吼えかかった。
「戦神が聞いて呆れる!」
 この通り、俺達は決して折れないし屈しない。お前御自慢の人心を掌握する術とやらなどこの程度かと努めて豪快に笑い飛ばしてもみせた。
「私利私欲でしか力を使わない奴は所詮この程度なんだよなあ!?」
 それらの言動は決して零次の『禍津』憎しからでも負け惜しみでもなく、戦友達の生還を確実なものとする為の策だった。
 支援班到着まで確実に誰か1人を戦場に生き残らせる為の単攻撃の誘引……今の己の有様ならば持ち堪えての【催眠】を危惧する必要など無いだろう。
「ちっぽけな俺等に良いようにされてっ! ざまぁねぇなぁっ!!」
 そして、もしも――支援班の到着を待たず隊が全滅するような事態を迎えたならば己が身を暴走させる事も厭わぬとの覚悟と共に、零次はかの黒霧の到来へと身構えた。
『…………』
 だが――横たわる沈黙の後、魔竜から吐き掛けられた返答は嵐。
 容赦無く薙ぎ払われてゆく中衛列。捲く風音すら圧した魂からの咆哮は吹き荒ぶ列攻撃をもって無視されたのだ。
「何ィッ!? この……」
 ケルベロスといえどもはや立っていられるのが不思議な程の満身創痍。
 それでも憤怒の一念をもって凌駕した零次の横では既に英世が倒れ臥していた。ギリリと噛み締められた犬歯からは苦い血塵の味が滲む。
「禍津ゥゥゥゥゥ!!」
「ダメ、戻って」
 己が身に備わる無限螺旋を癒しではなく憑霊弧月により強き穢れを集める為へと廻らせ、あくまでもBS付与優先に固執する零次の身へ、必死に『御業』の守護と癒しを降ろす輪夏。その細い肩が微かに震えたのは、もはや、竜に対する恐怖からではなかった。
 ――仲間を守りたくて、守れない自分が悔しくて……それ故の無垢で揺るぎ無い決意。
 仲間をそれぞれの居場所へと帰す為ならばと最後の箍が彼女の中で今まさに外されようとしていた、その時。

「さぁ、選手交代やで!! おっちゃんたちと時間いっぱい戦ってもらうか!」
 不意に、横合いから殴りつけるかのタイミングで魔竜へと浴びせられたゼログラビトンとケルベロスの声。
 そんな流星・清和の一撃へと重ねるように黒住・舞彩の右の踵が天高き跳躍から流星の軌跡描くギロチン落としを畳み掛ける。
「みんなの帰る道は、僕たちが守ります!」
 此処まで魔竜を食い止めるべく戦い続けたこの8名の命も、未知の空間で今も戦い続けている突入班の退路も、必ずや守り抜く。
 その強い想いから猫耳を勇ましくピンと立てて叫んだ雨咲・時雨に心から頷きながら、零次達の元へと駆け寄ったエリシエル・モノファイユは戦場を引き継ぎに来た支援班だと改めて告げる。
「大丈夫、ボク達もいる。突入班だけじゃなく皆で生きて帰るんだ」
 輪夏や零次の表情から暗い翳を見て取ったエリシエルだったが何も問わず……ただ2人の肩をポン、ポンと続けざま軽く叩いて微笑みかけた後、
「……こっちは任された」
 ひらり、魔竜へと切り込むべく駆け出した。荒ぶる風の中へと突き進む閃光の如き銀紫の言葉に、輪夏は俯き加減だったその顔を確りと上げた。
「あの竜は人の心の奥底までも覗いて、暴いて、踏み躙ろうとする――気をつけて、ね」
 同族で、そして恐らくはほぼ同年代の『同類』でもあると何処かで感じ取った相手に輪夏はそう助言し……遠ざかる後姿が確かに手を振って応えたのを見送った後、今度は促すように零次の腕を引いた。
 『禍津』殺害は流派の悲願……だが、流派の者ではない『仲間』を危険を晒してまでそれを成し遂げたとして決して師や友は喜びはすまいと零次も素直に従った。
「……すまん。我等が流派の敵、任せた」

 戦さ神と呼ばれし竜の双眸が安全域へと退く零次達の後ろ姿を追うかの様に細められ、ニィ……と愉悦の色を宿した、かにも見えたがそれもほんのごく刹那の出来事。
 魔竜マガツはそれきり――新たなる番犬の一団との戦いへ完全に没頭を始めるのだった。

作者:銀條彦 重傷:結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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