魔竜顕現~二十三の竜禍、その先は

作者:桜井薫

 19体もの竜が次々と突撃し、自爆する。
 天下の名城と謳われた熊本城は、どんな戦でも経験したことのない規格外の衝撃に、瓦礫と化して崩れ去った。
「…………」
 そして、城が在ったところに、怪しく輝く宝玉が姿を現す。
 それは、時空を歪める禍々しい力をまとい、宝玉の周囲に異空間への道を創り出していた。
「あのドラゴンオーブこそ、我らドラゴンの希望。絶対に守り抜かねばならぬ」
 破壊の衝撃冷めやらぬ空に響いたのは、覇空竜アストライオスの声。
 アストライオスの周りに居る喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースも、その思いは同じようだった。
「…………!」
 アストライオスを先頭に、4体の竜は、次々と時空の歪みに吸い込まれていった。
「………………!!」
 そして、四竜が消えた後、次々とドラゴンが現れる。
 ある者は妖しい赤い鱗に覆われ、ある者は昏い影のような体を持ち、ある者は輝く魔法陣を身にまとい……いずれ劣らぬ、強大さと凶悪さをうかがわせていた。
 熊本を襲う魔竜の狂宴は、いまだ、終息を見せない。

「熊本城でのドラゴンとの決戦、ほんにお疲れ様じゃった。どうにか勝ちと言える戦況に持ち込めたのは、皆が力を合わせたおかげじゃ、押忍っ!」
 円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は、応援団長のハチマキをきりりと引き絞るように締め、集まったケルベロスたちに状況の説明を始める。
「侵空竜エオスポロスを半分以上撃破するんにに成功して、廻天竜ゼピュロスをも撃破したことで、覇空竜アストライオスは、出現した『魔竜王の遺産』たる『ドラゴンオーブ』を、竜十字島に転移させることに失敗したんじゃ。じゃが、情勢は、まだまだ予断を許さん」
 勲によると、ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているのだという。
「そして、その力が充ちた時……オーブからは、魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されとる。これを阻止するには、時空の歪みの中にば突入して、ドラゴンオーブを奪取してしまうか、破壊する必要があるんじゃ」
 既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四竜が突入しており、すぐにでも後を追わなくてはならない。
「じゃが、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』どもが、わしらの侵入を阻むために待ち受けちょるんじゃ」
 この状況を突破するためには、19体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する……その全てが必要だ、と勲は表情を引き締める。
「危険なんは言うまでもなか。成功率も、はっきり言って低いとしか言えん。ほんに無謀な作戦じゃが、現状、これ以上の手は存在しないんじゃ……どうか、勇敢なケルベロスの皆の力ば、貸してつかあさい……!」
 勲は勢いよく頭を下げ、短くエールを切り、さらなる詳しい説明に入る。

「この作戦の大目的は、さっきも言ったように、ドラゴンオーブを奪取するか破壊することじゃ。じゃが無論、これは簡単にできることじゃなか」
 まず、突入する為には、ドラゴンオーブを守る19体のドラゴンに対して攻撃を仕掛けて、突入する隙を作らねばならない。さらにその後、突入したチームが帰還する退路を守り抜く必要もあるので、19体のドラゴンと戦うチームの支援は必ず必要になる。
「先に突入した、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースへの対処も必要じゃな。一つ一つ取っても、難しか条件ばかりじゃが……その全てに対応せにゃあ、ドラゴンオーブへの道は開けん」
 作戦で求められてる要素の説明を並べた勲は、いつにも増して鋭い眼光で、目の前に集まったケルベロスたちのすべきことを語る。
「ここにおる皆は、遊撃隊として、今述べたことの中から役割ば選んで、突入を支援してもらいたいんじゃ。条件がややこしゅうなっとるで、もう少し詳しく説明するじゃな」

 勲によると、おおまかな班分けとしては、『支援』『ドラゴンオーブ』『各ドラゴン』の担当に分かれるという。
「『支援』は、基本、現れた19体のドラゴンに敗北したチームの戦場に駆け付ける役割じゃ。ケルベロスを破ったチームのドラゴンが他のドラゴンの増援に向かうのを阻止して、突入班が帰ってくるまで、退路を守り続けるのが主な目的じゃな」
 突入班が撤退してくるまで最大で30分程度となるので、その間、なんとしても、退路を支え続ける必要がある。
「『ドラゴンオーブ』は、その名の通り、ドラゴンオーブに向かって奪取或いは破壊を目指す役目じゃな。奪取を目指すか破壊を目指すかで、多少、やることが変わってくるじゃ」
 『奪取』を狙う場合は、『ドラゴンオーブの所持者に相応しい資質』を示す必要があるらしい。己の『ドラゴンオーブの所持者に相応しい資質』を宣言し、ドラゴンオーブを手に取って審判を仰ぐことで、認められた場合、ドラゴンオーブを奪取する事が出来るはずだという。ただし、失敗した場合は、挑戦者は膨大なダメージを被り戦闘不能になってしまう。
 『破壊』は、話はシンプルで、『膨大なダメージ』をドラゴンオーブに与える必要がある。攻撃するケルベロスの人数と攻撃し続ける時間によって、破壊までにかかる時間が決定するだろう。ただ、ドラゴンオーブは、一定の割合で攻撃を反射する能力を持つ為、注意が必要とのことだ。
「『各ドラゴン名』は、これもその名の通り、指定したドラゴンの援護に向かう役割じゃな。アストライオスを始めとした4竜と、今回現れた19体のドラゴンで、それぞれちぃと役割が違ってくるのう」
 アストライオス、ノトス、エウロス、ボレアースを指定した場合、時空の歪みに突入して、この4竜の撃破或いは足止めを目指すこととなる。当然、撃破を狙う方が足止め狙いよりも、多くのチームが向かう必要がある。
 19体のドラゴンを指定した場合は、メインで向かったチームが敗北する前に戦闘に加わり、連携して戦うことになる。『支援』作戦との違いは、戦っているチームが敗北する前に戦闘に加わることで、撃破を含めた退路確保への援護を目指すことだ。撃破したドラゴンの数が十分であれば、突入班の撤退にも大きな力となるだろう。
「自分達が何処に向かい、何をすべきか……よーく相談して、作戦を成功に導くじゃ」
 長い説明を終えた勲は、大きく息を吸って、吐いて、ケルベロスたちを送り出す締めの言葉に移る。
「状況は、確かに厳しか。じゃが、ここまでこぎつけたのは、今まで難関を乗り越えてきた、皆の力あってのことじゃ。全力を尽くして勝ち取ったこの好機、必ず掴み取るじゃ……押忍っ!!」
 ヘリオンを震わせるエールは、いつにも増して力強く響き渡るのだった。


参加者
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)

■リプレイ

●歪みの先に
 19体ものドラゴンと、それに相対する152名ものケルベロス。
 竜のいななき、決死の覚悟に満ちた鬨の声、互いの存在を賭けて繰り出されるグラビティの奔流……ドラゴンオーブを巡る戦いの火蓋が切って落とされるやいなや、ほんの少し前まで熊本城であった場所は、かつてない喧騒に包まれた。
「俺は俺に出来ることをする……!」
 そして、北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)を先頭に、8人のケルベロスたちは間隙を縫って、躊躇なく次元の歪みに飛び込んでゆく。
「ドラゴンの大物相手ね……よくよく考えるまでもなく命懸けってもんだな、こりゃ」
「ああ。だけど、難しい戦いだからこそ、いつも通りに戦いたいな」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)とアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は淡々と話しながら、些細なことも見逃さないようにと、彼らの標的を求め、走る。
「生きたものの気配が、一切ありませんね。ドラゴンたちとオーブだけが、この空間のあるじ……ということなのでしょう」
 シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)の言う通り、周りには荒れ果てた荒野がただ広がるのみだ。慣れ親しんだ太陽の光はどこにもなく、紫色の混沌とした光だけがうっすらと霧のように広がっている世界は、根本的に人類と異質な存在が支配する空間であることを伺わせる。
「……いたよ。向こうもオーブを探してるみたい」
 遠目に4体の影を認め、長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)は思わず秋桜に彩られた白い雷杖を、ぎゅっと握りしめる。杖の先端にさりげなく揺れる狸のストラップは、一番大切な人を、そして全ての仲間を、決して死なせはしないとの決意の証だろうか。
「さっさとトカゲ野郎に追いつくぞ、峰岸」
「おうよ、任せとけ!」
 どんなに恐ろしい相手でも、目標を見つけたならば、やることは一つ。志藤・巌(壊し屋・e10136)がいつにも増して険しい視線をちらりと送ると、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)はいつも通りに不敵な笑みでニィと笑みを返し、遠目の黒い竜……『喪亡竜エウロス』を見据える。何度も背中を預けあった相棒どうし、多くの言葉は必要なかった。
「気を引き締めてかんとな」
 小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)も小さな身体で仲間たちとともに走り、すぐそこまで迫っている、今まで対峙した中で間違いなく最強の一角をなす相手との戦いに備える。
 協力して足止めをするもう1チームと共に、緊張感を持ってされど恐れは見せず、ケルベロスたちは暗色の竜に向かっていった。

●接敵
 闇の色を持つ首に禍々しい紅点が浮かび上がった竜が、いよいよ目前に迫った頃合いのこと。
 少し離れた場所に、一目見て強大な力を宿しているのが分かる輝きが、ケルベロスたちの視界をかすめる。
「あの光……オーブかな。なら、ボクたちはボクたちの仕事、始めようか」
 いち早くエウロスを攻撃範囲に捉えたのは、アンセルムだった。
「……さすがに、簡単に当てさせてはくれないか」
 そして先ずは眼力で見極め、命中が半分を切っていることを確認すると、狙いを定める感覚を研ぎ澄ますオウガ粒子を自らと陸也に施した。あらかじめ綿密に立ててきた行動の指針は、よどみない動きとなり、スムーズに戦端を開く。
「もとより手強いのは、織り込み済みよ。けどよ、生きて帰ってやるのも、予定通りと行こうじゃねぇか」
 繋がった連携で、陸也は前線に展開する仲間たちを、『星獄鎖』で描く鎖の魔法陣で守護する。前に立ち竜の攻撃を果敢に受け止める者たちが生命線であることは、自明の理。自分もわかなもこの場の全員も、まとめて生きて帰らせる……そのために必要なことを一つづつ積み重ねるのみだ。
『…………!』
 エウロスは首をもたげ、ドラゴンオーブを目指す己を邪魔する者が迫ってきたのを、はっきりと認識したらしい。
『マタ邪魔スルカ、ケルベロス……!』
 そして怒りもあらわに、無骨な剣のように尖った刃翼を翻し、一番近くに立っていた標的……雅也を、その黒爪で貫いた。
「っ、さすがに、キツいな……だが、何が何でも持ち堪える! それが俺の覚悟だ!」
 雅也は両手の刀を交差させて打撃を殺しながらもその衝撃は強烈で、彼の180センチ近い体躯を数メートルは押し下げるほどのものだった。だが雅也はいっそふてぶてしい笑みで体勢を立て直し、シトラスに喰霊刀から魂のエネルギーを流し込み、その命中をサポートする。彼もまた、事前に考えた詳細なパターンをしっかりと頭に叩き込み、迷わず役割を果たす。
「それなら私の覚悟は、絶対誰も死なせないこと……もちろん、雅也さんもね!」
 強烈な一撃が雅也の体力を半分近く持っていったのを見て、すかさずわかなはウィッチドクターの緊急治癒術を投げかけた。シミュレートしていた状況とはほんの少し条件が違っても、その場でより最適解に近い行動を取るのもまた、作戦を練り込んでいればこそだった。
 続くケルベロスたちも、次々と自分たちや仲間たちを強化し、じわじわと相手の回避を削ぎ、この格上の相手との戦力差を、傷つきながらも一歩一歩着実に埋めてゆく。
 一見遠回りなように見えても、それこそが目的を果たす一番の近道だと信じて。

●黒の息吹
「ったく……無駄にぶっとい尻尾、振り回しやがって」
 悪態をつきながら、巌はエウロスの強烈にしなる尾を己の体で食い止め、相手の動きを鈍らせるグラビティを宿した視線で竜を睨み据える。
「まったく、困ったものですね。もっとも、遅れを取るつもりは微塵もありませんが」
 強敵との厳しい戦いにあっても、シトラスはいつもの紳士的な物腰を崩さず、小動物の姿に戻したファミリアロッドの魔力をエウロスにぶつけ、仲間が与えた状態異常を少しでも積み増してゆく。色々と思うところはすべて敵にぶつけ、オーブに向かった仲間たちを援護することが目下の仕事だと、シトラスは正しく状況を理解していた。
『身ノ程知ラズナ……!』
 エウロスは一声吼え、積み増した強化が命中を確実なものとしはじめたシトラスらに狙いを定め、大きく息を吸い込んだ。
「その前に一矢報いてやりましょう、ヒラリー」
「言われずとも。泥沼に嵌めてやんよ」
 気心の知れた計都に名字をもじった愛称で呼びかけられ、陸也は金であり銀の光でもある特製の装備と同じ名を持つ『憑黄泉』の構えを取った。青白い矢と血の矢じりは月光を蓄え、あやかしめいた光と共に、喪亡竜に向け飛んでゆく。
「見せてやる……これが、俺の……精一杯だッ!!」
 声をかけた計都も、胸に秘めた古傷からグラビティチェインの刀を引きずり出し、かつて教えを受けた秘伝の剣技を以って、惜しみなく全力を叩きつける。また計都のライドキャリバー『こがらす丸』も、フロントの碧い光を瞬かせながら炎を纏い、勇猛果敢にエウロスに突っ込んでいった。
『……!!』
 ケルベロスたちの波状攻撃をその巨体で受け止め、エウロスは一声、次元の歪みに響き渡るような声で、吼える。
『ソノ身ニ受ケルガヨイ……我ガ、呪イノ息吹ヲ!!』
 竜の体を、闇が覆う。
 全身に包まれた闇は、やがて喉元に収縮し、大きく開いた顎に凝縮された。
「こりゃ大変や、何とか手番を飛ば……っ!?」
 真奈が心を貫く矢を妖精弓につがえるよりも、一瞬早く。
 轟音と闇の奔流が、激しく空間を切り裂いた。
 それは、喪亡竜の力そのものがぶつかってくるかのように強烈な、真っ黒いブレスだった。
 濁ったエネルギー体は遠く放たれ、真奈、シトラス、わかなに殺到する……!
「小山内……っ!」
 エウロスのブレスは真奈の体を正面から捉え、直撃した膨大なエネルギーは、彼女の全身を吹き飛ばす。とっさにアンセルムは、大幅な体力を引き戻す強引な手術で処置しようとしたが、完全に意識を失い動きを止めた真奈の様子を見て、その癒しをシトラスに振り替えた。
 気を引き締めて、必要十分な戦術も心に決め……普通の相手であれば、それでも凌げたかも知れない。だが、強大な四竜を抑えるのにギリギリの人数で臨むにあたり、求められていたのは、通常の心構えを一回りも二回りも上回る、万全の準備だ。
「シトラス、そっちは大丈夫か!?」
「大丈夫ではないですが、僕の方は、何とか……それよりも、雅也さんが!」
「……!」
 一方同じく標的となったシトラスも、直撃こそまぬかれたものの、一撃でかなりの体力を持って行かれ、肩で息をしている。アンセルムの荒療治で立つ力こそどうにか取り戻してはいるが、次の一撃に耐えるのは難しいだろう。
「よっしゃ……どうにか、俺たちの生命線、守ったな……!」
「……! 峰岸っ!!」
「雅也くん!」
 そして、もう一人のターゲットとなったわかなのダメージを肩代わりしたのは、雅也だった。
 守りの戦いで、チームの要となる癒しを担っていたのは、わかな。その彼女をガードするのは、盾役としてはとても重要な仕事に他ならず、雅也本人は本懐とばかりに清々しい顔をしていたが……ずっと前に立って、何度も爪や尾の重い打撃をしのぎ続けた彼の体力は、とっくに限界を迎えていた。
「悪ぃ、さすがにこれ以上は無理そうだ……後は頼むぜ、巌、計都」
「分かった。下がってろ」
 巌は言葉少なに、素早く意識をエウロスに引き戻す。
「あとどれぐらい保つか……いや、やれるか、じゃない。やります!」
 もう一方の班も必死に戦線を維持しているのを視界の端で確認し、計都も再び体勢を立て直した。
「大丈夫。立っていられる限りヒールしてヒールして、私が回復し切ってみせるから」
「おうよ。わかな、もしもの時は……いや、何でもねえ」
 陸也が言いかけて止めたことを察し、わかなの顔にはほんの少しだけ、隠しきれない悲壮感が漂う。もっとも、最終手段を覚悟してるのは、わかな自身も同じだ。
(「誰かに命の危険が迫ったら、その時は、ボクも……」)
 アンセルムもまた、心の奥底で決死の覚悟を固めている一人だった。
「喰らい付け、妄執の毒蛇」
 もっともそれはまだ口には出さず、今すべきこと……エウロスを牽制し、オーブに決着がつくまでこの場を死守するため、勇敢に白いブーツ型のエアシューズを繰り出し、大蛇と化した蔦を喰らいつかせる。
 ここまで、時間経過にして、8分ほど。
 戦闘不能を2名出しながらも、どうにか耐える戦いを続けるケルベロスたちは、まだ先の見えない状況に、静かな焦りを感じ始めていた。

●歪みを抜けた、その先は
 戦況が動いたのは、そのすぐ後だった。
「? あれは……!?」
 シトラスは、黒き光を放つ指先で魔法陣を描こうとしていた手を止め、離れた場所から迫る尋常ならざる気配に視線を送る。
 気配の出どころは、先ほど強い力を持つ輝きを感じた方向だ。
「オーブに何かあった、かな……」
 アンセルムも、とてつもない力が解き放たれたのを感じ、無意識のうちに手元の人形を強く抱える。

『この圧倒的な力の放出は……。まさか、ドラゴンオーブが破壊されたというのか! 竜十字島のドラゴンが渇望した希望、魔竜王の遺産が……。おのれ、許さぬ。魔竜王の遺産を破壊せしものに、死の罰を与えるのだ!』

 次の一瞬、圧倒的な力を持つ声が、辺り一面に響き渡った。
「アストライオス……!」
 直接目には見ずとも、その場にいる全員が、瞬時に声の主を悟る。
「ほっ、ご丁寧な状況説明までしてくれるたぁ、おせっかいなことよ……とにかく、連中、やりゃあがったな」
 陸也は皮肉なまなざしをアストライオスの方に向けつつも、オーブに向かった仲間たちが目的を果たしたことを皆に再確認するように、仲間の顔を見回した。
「陸也くん……ドラゴンの奴ら、皆揃って、オーブのあった方に集まってる!」
 わかなの言う通り、アストライオスらはオーブのあった場所に急迫し、オーブを破壊したケルベロスたちを追撃しようという構えのようだ。
「何とか、少しでも邪魔してやらねえと……いや」
 オーブ班の撤退を支援すべく、エウロスに追撃を加えようとした巌は、仲間たちの状態をあらため、思い直す。
 真奈は完全に意識不明、雅也は意識こそあるが戦闘不能、残る6人もすでに限界が近く、とてもエウロスを抑えながらオーブ班を助けるどころの話ではない。そしてもう一方の班も、どうやら似たり寄ったりの状況のようだ。
「クソっ……トカゲ野郎どもが」
 巌は舌打ちし、忌々しげにエウロスが迫り来るのを、しかと睨みつける。
「……これ以上は保たねぇ。引くぞ」
「……ああ。悪ぃな、巌」
「うるせぇ。怪我人は黙って担がれてろ」
 どうせならあとほんの少しでも時間を稼ぎたかった悔しさを噛み殺し、巌は共に護り手の仕事を果たしながらも膝をついた戦友、雅也の身体を抱え上げた。微塵も遠慮のない荒い言葉は、言わずとも通じ合う信頼関係の裏返しだ。
「おっと、地獄に仏だ……済まねぇな」
 陸也は自分たちに駆け寄る人影を認め、それは限界を迎えた自分たちを援護しに来た、ドラゴンオーブに向かった者たちの姿だ……と、瞬時に理解した。
「こっちはあたしに任せて、全員揃って帰りましょ!」
 ニッと明るい笑顔で宣言する銀髪の少女が、完全に意識を失った真奈の体をひょいと抱え上げ、光の翼で舞い上がる。
「……ありがとう。そう、みんなで、生きて、ここから帰る。今は、それだけを……!」
 わかなは頷いて、陸也を、そしてまだ立っている仲間全員の顔を見渡し、今すべきことを再確認した。
「そうだ。ここで終わるわけには行かない……!」
 計都の言葉をきっかけに、ケルベロスたちは心を一つに駆け出す。『全員生きて』ここから脱出する……どうにかそれが叶いそうなのは、この作戦に参加した全てのケルベロスたちの全力があってこそだ。
 熊本を舞台にした竜禍は、いよいよ佳境に突入しようとしていた。

作者:桜井薫 重傷:小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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