魔竜顕現~悪竜達の宝物

作者:寅杜柳

●崩壊の後に
 かつてそこに在った城は、今や無残な瓦礫の山と化していた。
 ケルベロス達の奮戦により多くの竜が討ち取られたが、それでもなお十分な数の竜がその身を捧げ自爆した結果、熊本城は変わり果てた姿となった。
 崩壊の余波で立ち上った砂嵐が消えた跡、天守閣のあった辺りに怪しく輝くドラゴンオーブが浮かんでいた。浮かんだまま空間を奇妙に振動させ、時空を歪めるオーブの禍々しい輝きが時空の歪みに姿を消す場面を、四体のドラゴンは熱の籠った瞳で見つめていた。
「ドラゴンオーブが万が一にも奪われてしまえば……この戦いに、ドラゴン種族の存亡がかかっているのだ!」
 覇空竜アストライオスがそう言葉にすると、四体の竜は一斉に時空の歪みへと突入していき、姿を消した。
 そしてその後、まるで宝物を守るように強大なドラゴンが次々と時空の歪みから出現し始めていく。

「熊本城で行われたドラゴンとの決戦は、辛うじて勝利することができた」
 集まったケルベロス達に雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)はそう告げる。
「過半数の侵空竜を撃破し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功した事で、魔竜王の遺産である『ドラゴンオーブ』を出現こそさせてしまったものの、竜十字島に転移させる事に失敗させる事が出来たんだ」
 内容は明るいもの、けれども知香の表情はまだ事態は終わっていない事を雄弁に示している。
「出現したドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしている。その力が満ちた時……ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されたんだ」
 これを阻止するためには時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは破壊する必要があるのだと知香は語る。
「すでに時空の歪みの中には決戦の時に撃破されなかった覇空竜アストライオスをはじめとした四竜が突入している。すぐに後を追わなければならないが、時空の歪みの周囲にはドラゴンオーブの力で出現したと思われる19体の強大なドラゴンが侵入者を阻止するために待ち構えている。このドラゴン達をどうにか抑え、時空の歪みの内部に突入して覇空竜達強大なドラゴンと対決、ドラゴンオーブの奪取か破壊を成し遂げる……危険で成功率の低い無謀な作戦だが、現時点ではこれ以上の作戦はない」
 どうか、力を貸してほしいと白熊の女はそう告げた。
「この作戦の目的は、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する事だが、勿論簡単には行えない。まず時空の歪みの外にいる19体のドラゴンに対して攻撃を仕掛け隙を作る必要がある」
 資料を広げた知香が図に示しつつ説明を始める。
「勿論、突入したチームが帰還する道を守り抜く必要もあるから19体のドラゴンと戦うチームの支援は必ず必要となる。この支援は大きく二つに分けられて、一つは敗北したチームの戦場に駆けつけて勝利したドラゴンが他のドラゴンに加勢するのを阻止し、突入したケルベロス達が帰還するまで……最大30分程度、なんとしても退路を守り続ける事。もう一つは同じドラゴンを複数の支援を行うチームが一斉に攻撃して撃破を目指すことだ。4体以上撃破できていれば防備が薄くなったところから強引に突破して撤退する事もできるだろうけど、3体以下だった場合は撤退は至難となる。一応、退路を維持しつつ可能な範囲で撃破するという作戦もあるが、突入班の戦力が足りなくなる不安もある」
 そして時空の歪みの中には、と知香が資料をめくる。
「先に突入した覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースへの対処も必要だ。撃破には最低4~5チームが連携して戦闘する必要があって、撃破を狙わない場合でも他のチームの邪魔をさせないよう戦い続ける必要がある。2~3チームで連携する必要があるだろう。そして、竜達への対処を全て対応した上で、ドラゴンオーブの奪取あるいは破壊を目指す。いずれの場合でも脱出するまでドラゴンの攻撃から上手く逃れなければならないだろう……自分達が何をすべきかよく考えて、作戦を成し遂げてほしい」
 そこまで説明すると、知香は顔を上げケルベロス達を見渡す。
「……避難はほぼ完了しているが、それでもまだ数万人規模の市民が取り残されている。彼らを救うためには何とかしてドラゴンオーブを制御するか破壊しなければならない。……とても困難な作戦になるが、きっと成し遂げられると信じている」
 だから、頼む。そう、知香は締め括った。


参加者
流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984)
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
アシュレイ・ヘルブレイン(生まれたばかりの純心・e11722)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
天乃原・周(不眠の魔法使い・e35675)

■リプレイ

●戦いは終わらない
 熊本城跡地。 瓦礫の山の上で、ドラゴンの群とケルベロスが激闘を繰り広げられている。
 仲間達が切り開いた道を進み、時空の歪みへと数十人のケルベロス達が飛び込んだ後も退路を維持する戦いは続き、そんな彼らを援護する為に時空の歪みの西側で、突入班への追撃を行わせぬよう戦いの趨勢を見守っているケルベロス達が数班いた。
「あちらはまだ大丈夫そうです」
 望遠鏡を覗き込み、アシュレイ・ヘルブレイン(生まれたばかりの純心・e11722)が呟く。
「ドラゴン相手なんて、手に汗握りすぎて、ぬるぬるだよ~」
 どこかのんびりした口調で、大柄なレプリカントの青年、風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が口にするのは冗談めかした言葉。
(「もっといい手はなかったかしら」)
 そんな冗談にも黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)の表情は浮かない。大量のドラゴンの足止めとそれらを突破しての決死行、考え始めれば様々な考えが浮かんでは消え、彼女を悩ませる。
(「私にも資質があるのか試してみたかったなー」)
 一方で、箱竜プリンケプスを胸に抱き、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)はマイペースに歪みの中心へと思いを馳せる。もしも資格があったのなら――その先を夢想しかけるが、愛竜の鳴き声に思考を戦場へと戻す。ちょっと力が籠っていたか、ごめんねと力を緩める。
 空に上がった合図に二班が向かい、間をそれほど置かずに赤の軌跡が空に描かれる。
「赤の信号弾、ですね。行きましょう」
「……それじゃ、行くよ、プリンケプス」
 アシュレイが望遠鏡でその信号弾の放たれた戦場の位置を確認して告げ、ティが愛竜に呼びかける。『支援要請』を意味するその信号弾の要請通り、戦線を崩壊させる訳にはいかない。
 ケルベロス達は援護に向かう旨を拡声器で他の仲間に伝えた後、駆け出した。

 到着した時、立ち続けていたのは刀に穢れを纏わせる憤怒の形相の黒狼の青年と必死に癒しを施し続ける銀髪の小柄な女性。思いつめたような表情の危うい雰囲気の二人、そして倒れた六人のケルベロス達を救わんと、流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984)が横合いから叫び、光弾を放つ。
「さぁ、選手交代やで!! おっちゃんたちと時間いっぱい戦ってもらうか!!」
 嵐に舞う瓦礫の間隙をすり抜け命中した光弾に重ねるよう、舞彩が流星の軌跡で右の踵の刃を断頭の如く畳み掛ける。その攻撃に迷いはなく、ただ生還を信じ退路を確保し続けるという強い意志がその一撃には在った。
 新たな乱入者を厭わしく思ったか、龍の咆哮が響く。嘲笑うような悪意あるそれは舞彩と雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)、そして清和を庇いに入ったティの前に幻影を出現させる。
「みんなの帰る道は、僕たちが守ります!」
 けれど、怯まない。猫耳をぴんと立てた時雨とアシュレイが鎖で陣を描き、錆次郎がオウガ粒子を展開し傷を癒やし、幻影の一部を祓う。
 援軍の到着になお戦意を失わず立ち続けている二人に、エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)が駆け寄り支援班だと改めて告げ、
「大丈夫、ボク達もいる。突入班だけじゃなく皆で生きて帰るんだ」
 そう、軽く肩を叩き微笑みかける。これ以上気負わぬように、重い荷を負わなくても大丈夫とでも言うように。
 こっちは任された、その言葉と共にエリシエルは魔竜へと駆け出す。顔を上げた銀髪の同族の女性が背中にかけた助言は、嵐の中でもしっかりと聞き落さず手を振って返す。丁度、天乃原・周(不眠の魔法使い・e35675)が召喚した古代の神の幻影が動きを鈍らせていたのに合わせ瓦礫を足場に跳躍、流星の飛び蹴りを黒龍の胴体にぶち当てた。
 ティがシャウトで幻影を振り払いつつ視線をやると、倒れなかった二人は意識を失った仲間を連れ避難を始めている。同時に何とも言えぬ悪寒を感じ、見上げると彼らを見る歪んだ魔龍の目。嗜虐的な色を宿したそれはすぐに消え去り、横合いから殴りつけてきた新たなケルベロス達への攻撃を開始した。

●耐え忍ぶ
 黒龍の息吹が嵐のように後衛のケルベロス達を飲み込まんと吹き荒れる。
 そこに主従の息を合わせた周と青と白のシャーマンズゴースト、シラユキとが庇いに入り、アシュレイと錆次郎を護る。吹き飛ばされながらも周は赤いヒールの靴を地面に正確に打ち付け、リズムよくステップを踏み周りに鮮やかなオーラの花弁が降り注がせ、さらにふわふわの大きな兎耳を揺らしたティがドローンを飛ばし守りを固める。
「さぁ、傷を見せてねぇ?」
 さっとエリシエルに近づいた錆次郎の腕から機械腕が展開し、外傷を的確に治療していく。ちょっと絵面は宜しくないが、処置自体はこの上なく適切。
 回復と同時に反撃が始まる。エリシエルの刃が緩やかな弧を描き、黒龍に赤い月の傷痕を刻むと、舞彩の屍竜絶血が捕食モードをとり、魔龍の胴体を喰らうように展開し動きを束縛。さらに、
「悪いが、ここから前へは進ませへんで!!」
 唸りを上げた清和の鎖刃が黒龍の鱗の綻びを切り刻み、呪縛ごと効果を拡張する。妨害に特化した彼のグラビティは魔龍の動きが十分鈍っていることもあり、効果的に呪縛を重ねさせる。
(「痛み分けなんてのは一度で十分さ。……今度こそ、しくじりゃしないよ」)
 最悪の事態こそ避けられた、けれども先の防衛戦で突破を許してしまったエリシエルがこの戦いにかける思いは複雑で、同時に強い動機にもなっている。
 連続攻撃を不快に思ったか、邪悪な龍の咆哮が再び幻影を出現させ中衛の精神を責め苛もうとするが、ティとプリンケプス、周が息を合わせ中衛三人への攻撃を受け止める。
 その傷を錆次郎のオウガ粒子、杖を前に掲げたシラユキの祈り、そして周が香水壜に似せた爆破スイッチの蓋――ボタンを押し込みカラフルな爆発が前衛の傷を大きく癒す。
「蘇れ、永遠に褪せぬ魂の記憶……レリックローズ!!」
 さらにアシュレイの詠唱と共にティの心に暖かな思い出が呼び起こされ、邪悪な幻影に抑えかけられていた活力が呼び起こされる。
 その活力の影響か、ティが邪悪な呪縛を跳ね除けるよう元気に癒しの術の開始を宣言し、幻影の残りをどうにか祓う。
「当たってください……雷苦無!」
 時雨の投擲した雷の苦無がとととっ、と龍の胴体に突き刺さる。その隙を逃さず飛び込んだエリシエルの飛び蹴りと清和の砲撃が狙うが、マガツは長い体を躍らせ直撃を避けていた黒龍は、手にした金色の宝珠が輝くと黒鱗に刻まれていた傷が修復され、周囲を取り巻く風の勢いが一際高まる。
 妨害の力を増幅するそれは、引き換えに呪縛までは解除できない。
 宝珠に視線を落としていたマガツの頭部に、錆次郎の斧に刻まれたルーンによる加護を乗せた舞彩の飛び蹴りとプリンケプスのタックルが突き刺さり、いくつかを砕く。
 苛立ったように二者を振り払い、仕切り直しとなる。

 そして数分が経過する。
 やや苛立ったように目を眇めたマガツが息吹を叩きつける。
 加護を引き裂かれた直後、アシュレイの鎖が再び陣を描き加護を与える。
「魔人降臨、ドラゴンスレイヤー。ウェポン、オーバーロード。我、竜牙連斬!」
「……万理断ち切れ、御霊布津主!」
 舞彩の詠唱と共に大剣に雷光が輝き、マガツの傷口目掛け一直線に伸びると同時、地獄化した左腕から広がった炎が雷に導かれるように伸び、エリシエルが脱力状態からの瞬間的な最高速度への加速、それに生み出された最速の斬撃でそれに続く。どちらも黒龍の体に傷を刻むが、深手にはならない。
(「ヒールされたから体力はまだまだ……だけども」)
 これなら予定時間までは持ち堪えられる、と周は判断する。地力は向こうが遥かに上だが、今回は一定時間まで戦線を維持することができればこちらの勝ちだ。
 今回のケルベロス達の作戦は時間稼ぎに重点を置いており、隊列もドラゴン達の火力をまともに受けないように工夫されているためまだ余裕を持って持ち堪えられている。
 直接火力でなぎ倒すタイプでなかったのも幸いした。長期戦に備え、敵火力の減衰と呪縛の解除を手厚く準備していたこともあり、かなり安定した戦況となっている。
 護りの加護のみに頼っていれば容易く崩されたかもしれないが、そうはならなかった。
 今回は戦闘開始時点で予定の時間まで10分程度、多少延びてもこれならば。
 だが、その予測は突如崩される。
 戦闘開始から6分程度、次元の歪みの方角から強烈な『力』が放たれる。
 すぐにアシュレイが望遠鏡を取り出し気配の出元を確認すれば、歪みから飛び出してきたケルベロス達の姿、そして、
「アストライオスとエウロス……? それにしても大きい、ような」
 錆次郎が目を擦り、率直に感想を述べる。明らかに怒り狂い、脱出したケルベロス達を追う姿は巨大だ。このまま援護がなければ追いついてしまうと思われたが、
「大丈夫です。無傷の支援チームが向かったみたいですから」
 それよりも、と目の前の巨龍をティが無表情に見上げる。目の前の竜も覇空竜達と同様、その体を巨大化させている。
「……何がなんでも、突入班を生還させるわよ」
 竜殺しの大剣を構え直し、己に言い聞かせるように舞彩が口にする。ここで退いてしまえば突入班、あるいは引き継いだ班への追撃を許す事になってしまうかもしれない。幸い、戦闘続行不可能な程には消耗していない。
「死なせはしない。――最悪でも、無駄死にはさせない」
 アシュレイも邪悪さを増した龍を見つめ、淡々と口にする。本気かそうでないか判り辛いが、そこには決意があった。
 そして、戦いは続く。

●災厄は荒れ狂う
 魔龍マガツが巨大化してから数分、ケルベロスの戦いは防戦一方となっていた。
 呪縛を幾重にかけてなおその攻撃は体力をごっそり削り取り、攻撃自体当たりにくくなっている。
 力量の差も分からない愚者を見下ろすような、そんな視線を投げかけつつマガツが息吹を吹きかける。強化され嵐のようになったそれは中衛を狙う。ティとプリンケプスが庇いに入るが、苦しげな表情。即座に属性をインストールするも、解除しきれていない幻影に苛まされ生気がかなり弱まっている。
 自身の周囲に光の盾を具現化させる兎の少女も、外傷以上に精神面へのダメージが大きい。
「でっかくなっただけじゃなくて純粋に強くなっとるわ!」
 清和がどうにか敵の挙動から行動を読み取ろうとするも、巨大化に伴い強化された圧倒的な力の前には回避も防御も困難。ライフルからゼログラビトンの光弾が射出されるも、増した龍の速度を捉え切れず空を切るが、それに合わせて古代の神の幻影を周が再び召喚。服の下に刻まれた魔術回路が服越しに僅かに青白く輝くが、痛みが伴っているのか彼女の表情は少し苦しげだが、敵を見据える目は真っすぐ。
 さらに巨体の死角にエリシエルが潜り込み、黒龍の急所を二代孫六兼元真打で切り裂くが質量を増した龍の肉体には致命傷を刻めず、まるで嵐に身一つで挑みかかるような、そんな感覚を抱いた。
 冷静に、どんなときも冷静に対処する。そう教わった周は不安を抑え込み、観察を継続する。
 力量こそ増したものの、マガツの攻撃手段自体に変化はなく、かかった呪縛も解除されたわけではないようだ。
 敵の動作を注意深く観察していた周が、その双眸が邪悪に歪んだのを見落とさなかった。
「……危ないっ!」
 周の大声の警告が響くと同時、全てを嘲笑うような黒龍の嘲笑が戦場を覆い、後衛を強烈な不快感が襲う。触れられたくない奥底を覗き込み無遠慮に踏み荒らされるような、感覚。
 引き継ぐ前に戦っていた女性の言葉が思い起こされる。火力を落とされてもなお余りある威力の禍々しい咆哮は、祓い切れていなかった幻影によるダメージと合わせ、エリシエルの意識を刈り取った。
 それを見た周の表情が曇る。相手は強大なドラゴン、その上巨大化して一層力を増しているという条件下、誰も倒されず守り抜くのは困難だと分かってはいるが、それでも悔しさがある。
 アシュレイのステップが花弁のオーラを降らせ幻影を振り払うが、妨害に優れた魔竜の幻影は振り払いきれない。回復の時間を稼ごうと清和の砲撃と舞彩の変形させたナイフによる斬撃が魔龍を狙うが、それも回避されてしまう。
 さらに息吹が中衛を襲う。庇いに入ったシラユキは限界を迎え消失。ティは光の盾とドローンが消し飛ばされるが、耐性が上手く働き本人へのダメージはかなり抑えられている。
 けれど、
「……ごめんなさい」
 護り手として、周は注意深く行動していた。ただ、巡り会わせが悪かった。防具でダメージを上手く抑えられなかったこと、そして一人のみを癒す術を持たず、ダメージが重なる速度に追いつけなかった事が災いした。
 息吹の直撃を受けた彼女は舞彩を庇い、そのまま膝から崩れ落ちる。
 もう、限界か。一瞬だけ自分を自分でなくしてでも戦いを続けようかという思考が舞彩の頭を過ぎる。誰かを死なせる位なら――そんな彼女をアシュレイが止める。
「もう少しだけ。まだ終わってないから」
 レリックローズの癒しが舞彩を包みこむ。
「最後まで立ち続けなきゃ、誰が、皆を治すって言うんだよ……!」
 チェスのポーンを模ったオウガメタルから銀の粒子が展開。傷を癒し幻影の幾許かを解除する。
「……パーツドッキング開始!」
 ずんぐりとしたレプリカントが射出したドローンが各前衛に装着され、踏み留まる力を与える。この場で回復に回らねば周達が倒れてしまう、回復量は微々たるものだがそれでもやらねばならない。
「みんなの思い出を、絆を、愛を、世界を、壊させてたまるか! ですっ!」
 まだ、戦える。深い傷を負った仲間達の足元に、時雨の展開した鎖が再び陣を敷く。
 そんな懸命な姿を砕こうと、黒龍が嵐の息吹を吹きつけようと息を吸い込む。
 しかし、途中でぴたりと停止する。恐らくこれが、
「潮時、だねぇ」
 のんびりとした口調とは違い、錆次郎のリボルバーが目にも留まらぬ速さで引き抜かれ火を噴き、魔龍を牽制。
 いつの間にやら倒れたエリシエルを担ぎ、くるりと身を翻し駆け出す。
 意図を察した清和もアームドフォートの主砲を一斉に解き放った。
 今回の役割は必要な時まで退路を維持すること、それが済んだのなら無理に戦いを長引かせる必要はないのだ。
 倒れた周を舞彩が担ぎ上げ、ケルベロス達は一気に駆け出し怒れる魔龍から離れていった。

「倒すだけが勝利じゃない、倒す機会はまた、来るよ」
 追撃がない事を確認し、錆次郎が呟く。
 ドラゴンの撃破こそできなかったが、目的は無事達成できた。一人一人が役割を果たしきったからこその勝利だ。
 この後には大きな戦いがあるのだろうが、それでも今の勝利を胸にケルベロスは帰還した。

作者:寅杜柳 重傷:エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672) 天乃原・周(不眠の魔法使い・e35675) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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