魔竜顕現～揺籃

■リプレイ

●覚悟
「風よ、嵐を告げよ」
　竜翼で風を切り戦場へ割り入ったカルナ・ロッシュ（彷徨える霧雨・e05112）は、短く唱えた。途端、カルナの手元に淡く輝く魔法陣。その内より、異相次元より招かれた氷晶を伴う嵐が吹き荒れる。
　凍てた龍が如き奔流に導かれるよう、赤き翼を畳んだ市松・重臣（爺児・e03058）は己が前面へ光の盾を掲げ、共駆けしてきた赤柴に似るオルトロス――八雲は嵐を追って神器の一閃を『敵』へと叩きつけた。
「大丈夫ですか？」
　背に庇うケルベロス達をカルナが振り返ると、地面に突き刺す残霊刀に身を預けた宵一（e02829）から無言ながら無事を伝える挙手が返る。が、安寧の暇はない。
「来るぞ！」
「カラン！」
「させるかよっ」
　重臣の鋭い警鐘に、星詠・唯覇（星天桜嵐・e00828）はテレビウムのカランを最前線へと走らせ、嵐城・タツマ（ヘルヴァフィスト・e03283）も漆黒の弾丸のように疾駆し身を開く。
　直後、見えない圧がタツマらを襲う。不可視の力に足元が沈み、ケルベロス達の体躯も問答無用で疑似重力に押し潰された。
「っ、此奴メディックじゃぞ」
　回復を妨げる因子を宿されたばかりか、纏ったばかりの盾の加護まで砕かれた重臣の言葉に、エレ・ニーレンベルギア（追憶のソール・e01027）と嘉神・陽治（武闘派ドクター・e06574）が視線で意を交わす。エレが連れたウイングキャットのラズリも、癒しの阻害を受けていた。
（「ごめんなさい」）
　叶うなら、ここまで苛烈な戦いを凌いでくれた同胞に癒しの一つも届けたかったエレだが。幸い、彼らは自力で退避が可能なよう。ならばまずは自陣を固めるのが先決。敵がメディックである以上、与えた加護が消し去られる可能性が高いのも理解はするが――。
「無いより、有る方が良いに決まっていますっ」
　傷付いた前線の回復はラズリと陽治に預け、エレは癒し手ならびに狙撃手らへ半物質による写し身での自浄加護付与を目論見る。
「ここは俺達が引き継ぐ」
　三つ揃えの背筋を伸ばし、陽治が戦線交代を請け負い、
「ケツは持ってやるぜ」
「頼む。しかし、心してかかれ。かなり重いケツじゃぞ」
　陽治が撒いた呪力込められし粉末に癒され浄められ、加護砕く力も得たタツマが好戦的に口の端を吊り上げると、カルラ（e01348）から軽妙さを交えた応えが寄越された。
　――悪くない、むしろ望む処。
　肌をチリチリと刺激する激戦の名残に心浮き立たせ、タツマはヒールドローンを最前線へ展開する。穢れを取り除かれたラズリも、清く羽ばたいた。
「お前たちは、滅びろ！」
　二十分近い戦いを終えた同胞が互いで互いを支え合う撤退を助けるべく、エステル・ティエスト（紅い太陽のガーネット・e01557）が包み隠さぬ嫌悪を露わに特製のライフルで光弾を撃つ。
　――Ｒｏａｒ！
　己が力を中和する一撃に、鉱物じみた外皮に覆われた身を捩らせ魔竜が耳慣れぬ咆哮を上げる。
　赤い信号弾を受け参じたケルベロス達の前には今、疑似重力を繰る魔竜アンティクトン・ネガがいた。
「や、奴の目に……目に気をつけてください！」
「ありがとうございます！　後はお任せ下さい」
　去り際、夢姫（e11831）が残した忠言にソーヤ・ローナ（風惑・e03286）は礼を述べると、二十メートルはあろう巨体を見つめ、ふと思う。
（「この作戦、決死戦ですよね」）
　余り口にする者はいない。されど、竜も人も、後がない。他勢力が絡んで来ないのは、自分たちを侮っているのか、はたまた知らぬだけか。
「何れにせよ――始めましょうか」
　更に守りを固めるソーヤの号砲に、唯覇も自らを鼓舞する。
　十九体のドラゴン。数を聞くだけで、驚異の程を知るのは十分。だが、思い悩む余裕はない。
「……行こう！」
　当てる事に重きをおいて竜の砲弾を撃ち、唯覇はカランを促す。唯覇の事が大好きな、可愛らしいテレビウム。命じられた儘、カランは怒りを誘う閃光を放つ。
　その一手が齎す運命を、唯覇も――おそらくカランも。理解して。

●結果
　白い装甲の奥の瞳が殺意を帯びる。一瞥は一瞬。睨まれたカランは視線を彷徨わせ、そのまま壊れた玩具のように昏倒した。
　意識を怒りで操作される事を挑発ととった魔竜の強烈な一撃の結果に、夢姫の言葉を思い出し乍らエレは唇をきゅっと噛む。
　支えきれなかった。でも、カランは意識を失っただけ。ならば！
「絶対にみんなで帰りましょう――煌めく星の加護を、此処に。降り注ぎ、満ちろ！」
　実質、途絶えた猛攻の波。カランが作ってくれた好機を逃さず、エレは優しい光を放つ星のカケラを盾を担う者らへ降り注がせる。
　幾手か経た攻防。その都度に決意を強固にさせるエステルは、魔竜を冷たくねめつけ得物を構えた。
　最初に付与した攻撃力低下を誘引する縛めは、既に解かれている。されどそれが何だと言うのだ。
「私はお前たち全てを切り刻む刃となる！　死の運命から逃げられると思うな！！」
　戦意を銃口に凝集し、想いの丈ごと解き放つ。大気を裂く圧にエステルの短い金の髪が踊る。超新星の様な一撃は鮮烈。だのに魔竜の損害は装甲の一部に罅が入るに留まった。
　生まれながらの狂戦士とも言うべきタツマにとって、耐えるばかりは面白みに欠けるのが事実。その不満をも掻き消す敵の威容に、タツマは喜々と大地を蹴る。
「悪くねぇ！」
　鈍重な動きの魔竜の鼻先で、跳躍。退いた者らが燻らせた炎の痕へ、タツマは物理的に加速させた拳を叩き込む。手応えは上々。着地と同時に間合いを取りつつ、タツマは敵の盾の加護を砕いたのを確信した。
（「熊本城が見る影もねえや……」）
　戦場を広い視野で一望し、陽治は戦況を読む。魔竜アンティクトン・ネガに衰えた様子はない。が、時間は刻々と過ぎている。
（「こんだけやられたからには、連中には何一つ渡すわけにはいかなくなったな。向こうも本気だろうが、こっちも喰らい付いてやる」）
「タネは撒いた、さて如何なるかお楽しみ……ってな？」
　果たして幾度、重ねたろう？　魔竜の守り砕く力を仲間へ満遍なく与えるべく、陽治は「悪いね、俺が此処に居る以上は相当しぶといぜ？」と余裕を笑み、医療呪術を施す。ちらちら、グラビティ・チェインを含んだ粒子は戦場を漂い、サーヴァント達へもタツマの拳と同じ効果を持たせるのに成功した。
（「突入した皆さんは、いつ戻るでしょう……」）
　疼く闘争心を押し殺し、ソーヤは獣の血に由来する頭上の耳をそばだてる。拾いたい変化は、時空の歪み方面。だがそこに求める音はない。
　何時か、一分後か、二分後か、それとも――。
　最初の開戦から三十分を数えるまで、あと七分。限界まで戦線を維持する覚悟で、ソーヤは陽治たちへ警護の小型無人機を飛ばす。敵の怒りは解かれた。付与する者はもういない。となれば肝要なのは、回復手段の確保。
　倒して終わりではない戦いは、日頃と異なる緊張感をケルベロス達に芽生えさせる。
　ふぅ――長めに吐いた息を一気に吸い、冴えた闘志を瞳に映し唯覇はドラゴンを視線で射抜く。植え付けた足止めの呪いは、剥がされた。命中精度には、正直不安が付き纏う。
　でも。
（「当てて、みせる！」）
　気合で翔び、空を滑り。茜の空を流れる星と化した唯覇の蹴りは、魔竜の厳つい背を捕らえてみせた。

　ぐっと腰を落とし、カルナはドラゴニックハンマーを振り抜く。真っ直ぐに飛んだ竜の嘶きが、魔竜の眉間を叩く。
　――Ｒｒｒｒｏａｒ！
　衝撃に荒ぶる魔竜が大きく口を開く。
「通さぬ！」
　エレらを狙う石礫のブレスに、重臣と八雲が根性で追いついた。共に在るからこそ、重臣は八雲の危機を知っている。それでも、何としても。癒し手たちだけは守らなくてはならない。
　難敵も危険も、覚悟の上。然れど、此処まで来て譲る心算など皆無。
「此迄の全てを無駄にする訳にはゆかぬ。今こそ真骨頂を――意地と矜持を見せる時。のう、八雲！」
　全身を無数に礫に苛まれながら、重臣は胸を張り。応えて八雲も、高く吼える。
　彼らは確かにエレと陽治を守りきった。抜けた射線がカルナと唯覇を直撃したのは、ぎりぎりの許容範囲。
「ありがとうございます、ごめんなさい！」
　八雲への謝意を二つ重ね、刹那の判断でエレは回復の矛先に唯覇を選ぶ。
（「皆が生きて、そして勝つ」）
　最も険しき難題を常に胸に掲げるエステルは、眉間を寄せて魔竜の動きを注視する。とっておきの一撃で回復量に邪魔を仕込んだヒールを敵が使う様子は、未だなく。然らば誘引するまで、とナイフで斬り挑むが、疑似重力の干渉によって軌道は逸らされ寸での処で届かなかった。
　エステルの力が劣っているのではない。むしろ彼女の練度は十分。だということは、
「流石に強いな……」
　手早くカルナへの緊急手術を終えた陽治は、改めて魔竜の強さを思い知る。ずっとピアノ線の上に立たされているようなギリギリの攻防が続いていた。この緊迫感を心地よく受け止めているのは、きっとタツマくらい。
　と、その時。
　盾の守りを重臣らにかけたソーヤの耳が、聞きつけた物音にピクリと跳ねた。
「突入班の帰還です！」
　ソーヤの報せに、轟竜砲を魔竜の横っ面へ命中させた唯覇も中空を仰ぎ見て歓喜に顔を輝かせる。
　戦いを引き継ぎ、六分。待ちわびた時が遂に至った。
　――しかし。

●変容
　予想していたと言えば、予想していた展開であったろう。次元の歪みから脱出してきたケルベロス達を追い、アストライオスらが熊本上空に現れるというのは。
　だが、追撃に現れた二体のドラゴン――アストライオスとエウロスは、元の姿ではなかった。巨大化していたのだ。
　大凡、元の二倍。
　原因は、恐らく突入班が脱出を果たすのと時をほぼ同じくして、次元の歪みから放出された『膨大な力』。それがドラゴンオーブの破壊が齎したものであるのを、地上で戦う者たちが識るのは暫く後のこと――敏い者は、感付いたかもしれないが。
　そして。
　――Ｒｏａｒｒｒｒｒ！！
「こ、れは……」
　眼前で起きた変化に、エレはごくりと息を飲む。
「ツララが伸びてゆくようじゃの……」
　見る間に巨大化していくアンティクトン・ネガを、重臣がそう譬える。
　そう、ケルベロスの侵攻を阻まんとしていた十九の竜たちも、次々に巨大化していたのだ。
「ただ大きくなっただけ、ではないですよね」
　膨れ上がる質量を目の当たりにし、ソーヤの心臓が高揚を刻んでどくんと跳ねる。
　――Ｒｒｒｒｒｏａｒ！
「これだから、デウスエクスはっ」
　忌々し気にエステルが言い捨てた。
　アストライオスらへは、十九竜との戦いを見守っていた班が向かっている。その十九竜との攻防を始めから終わりまで耐え続けた班は、撤退を開始していた。
「……あと少し、時を稼ぐ必要があるか」
　疲弊しきった彼ら彼女らの安全の為に、余力を残す自分たちが成すべきことを唯覇が導き出す。
「面白くなってきたじゃねぇか」
　タツマの貌には、隠し切れない――隠すつもりもない――喜色が浮かび。陽治は懐に仕舞っておいた大切なものたちの無事を確かめ、来る激戦にも耐えてくれるよう祈る。
「敵は強いほうが燃えるって言いますし、もうひと頑張りしましょう」
　あっけらかんとカルナが笑った。
　譲れないのはお互い様。後は、どちらの想いがより強いかの勝負。
「絶対に敗けません、ここは守り切ってみせます！」

　頭上から目には見えない巨大な手で押し潰されるように、盾を担う者らが地に沈む。重臣とラズリも危険域に陥る中、八雲は遂に力尽きた。
　崩れた二枚の壁。当初の策なら、エステルが前へと出るタイミングだが。
「手間が惜しいっ」
「このまま時間を稼ぐぜ！」
　肩で息をする重臣の短い言葉の意を汲み、緊急手術の準備をする陽治が打開策を紡ぐ。必要な時間は長くはない、ならば態勢を整えるのに時間を割くより――。
「そういう事なら！」
　熊本の大地と、自分と、そして重臣を繋いで大いなる癒しを施すエレのすぐ前から、エステルが高く聳える魔竜目掛けて走り出す。
「置き土産を呉れてやる」
　荒ぶる語気に同調し、エステルの気迫は増し。辿り着いた爪と爪の間にエステルはナイフを突き立て、そのままぐるりと刃を捩じり肉を抉る。
　――Ｒｒｒｏａｒｏａｒ！！！
　裡に残る縛めを一気に増加された魔竜が、吼えた。明らかな苦痛が滲むそれに、タツマも満身創痍の体を愉し気に引き摺る。
「もっとデタラメなほうが楽しいだろ！」
　ぶつける先は何処でも良かった。偶然のタイミングで垂れた頭へタツマ頭突きをぶちかまし、荒れ狂う暴虐の思念を流し込む。矮小な人間が有しているとは思いもしなかったろう膨大なエネルギーに、ドラゴンの身が僅かに硬直した。
　同胞を守る為に、少しでも長くこの場に留まる為に。ヒールドローンをタツマらへ飛ばしソーヤは現状を目まぐるしく計算する。出た答は。
「もって三分です！」

　最後まで懸命に羽ばたき続けたラズリも、割れた地面に翼を横たえる。それでも重臣とタツマは意地でエレと陽治を守り切った。
　対し、庇いの恩恵に与り損ねた唯覇とカルナは。根性で立ち、終局に挑む。
「その怒りにひれ伏せろ！」
　唯覇の高らかな歌唱に、暗雲が立ち込める。轟いた雷鳴が、魔竜を打つ。
「追いかけて来ないで下さいねっ」
　低空を翔けたカルナは、微かに浮く巨体の下を抜け真後ろに陣取ると、超重の鎚を振り抜く。爆ぜた砲弾は常ならぬ威力を発揮し、魔竜の足元を砕いた。
　――Ｒｒｒｏａａｒ！！
　怒りを露わに、竜の顎が開く。収束する力。されど放たれる間際。
「儂の本気を見せてしんぜよう！！」
　何処からともなく取り出した鉄扇を、カルナが残した風に重臣が乗せていた。見た目にも、出鱈目な技だ。だが、この時。眉間に鉄扇を受けた魔竜は驚嘆し、吐く寸前だったブレスを期せずして噛み殺してしまった。
「今です、退きましょう！」
「掴まれ」
　絶好のタイミングにソーヤが声を張る。全力を出し切った重臣へは、陽治がすかさず肩を貸した。
「落ち着いたら、必ず治します」
　小走りに駆けながら、エレは傷らだけの仲間を労う。
　自分たちは、為すべきことを十二分に為した。
　そして大局の思惑も達せられた筈だ。
「追って来るなら追って来るで上等だぜ」
　ケルベロス達の動きについて行き損ねた魔竜アンティクトン・ネガをフンと嗤い、タツマは周囲を見渡す。
　最後まで戦い続けていた同胞の多くが撤退を始めている。粘っている者らも、直に退くことだろう。もし竜たちが追って来たとしても。そこには今より多いケルベロス達が待ち受ける筈。
「私たちの勝ちです」
　怒り狂うドラゴン達を一瞥し、エステルは静かに結末を呟く。
　間違いない。ドラゴンオーブを廻る戦いに、ケルベロス達は堅実に勝利した。
　だがドラゴン達は熊本に残る。

　――運命は未だ決さず。

作者：七凪臣	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年7月20日 難度：難しい 参加：8人 結果：成功！
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