●蓮花変化
夏の夜が透きとおるように明けていく。
曙光も風までも澄みわたる明け方、透きとおる朝露が結ばれたのは蓮池の水面から水上へ立ち上がる蓮の葉の上。いくつもの蓮葉が水面より高く生い茂る様はまるで緑の海。蓮葉の波間でころりころりと転がる朝露がきらきら煌く様は、鮮麗な桃色の蓮花の蕾が花開くのを歓ぶようだった。
蓮葉の波の上に、明るい桃色に清麗な曙光が射す様を思わす色合いの蓮の花が咲く。
大輪の花のなかに眩い山吹色の花糸と花托を抱く蓮花が咲く様は、夏の朝の光そのものが咲き誇るかのごとし。
だが、清麗と形容するのが相応しい蓮の花々が汚されたのは、開花後すぐのことだった。
何かの花粉とも胞子とも見える謎めいたものが飛来し、蓮たちにとりついて、攻性植物へ変化させてしまったのだ。咲く花は美しいまま、葉の上に転がる朝露もきらきら煌くまま、凶悪なデウスエクスに変じた四株の蓮たちは、蓮花咲く池のほとりに上がり、ひとの気配をめざして移動をはじめる。
蓮花咲く池のほとりに佇むのは、瀟洒な茶寮。
ほんのりアジアンテイストを纏ったその茶寮、すなわちカフェはもちろん開店前。けれど夏の早朝に咲く蓮の花を愛でに訪れるひとびとをもてなすため、スタッフたちが開店準備に勤しんでいた。
攻性植物となった蓮たちの目的は彼らの殺害。
寄生するのではなくて、邂逅次第、命を奪う。
●蓮花茶寮
夏の空が透きとおるように明けていく早朝、蓮の花咲く水辺での事件。
天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が語る予知の光景に『にゃ!?』と衝撃を受けたっぽい白あざらし、もといウイングキャットのあざらし雨合羽をささっと脱がして、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は可愛らしい顔をシリアスに決めた。
「もしかして、前に蓮華達が倒したサキュレント・エンブリオが放出した胞子が……?」
「それを確認する手段はないんだ。けど、可能性は否定できない」
現場は大阪市内のとある庭園、蓮の花咲く水辺。
爆殖核爆砕戦のあと大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が、大阪市内への攻撃及び侵攻を開始してもう数ヶ月。大規模侵攻でなく散発的なもので、幾多の事件がケルベロスに阻止されているが、これを放置すれば緩やかではあるがゲート破壊成功率も低下していく。
「何より、一般人の犠牲を出すわけにはいかないよね!」
「そういうこと。あなた達にはこの蓮の攻性植物達の撃破をお願いするね」
明るさを取り戻した蓮華の声音に前向きな決意を感じれば、頷いた遥夏はケルベロス達にそう語り、狼の尾をばたりと揺らした。
幸い、避難勧告が間に合うため茶寮のスタッフ達は無傷で避難可能。
「この茶寮にひとの気配が一切ないとなると、蓮の攻性植物たちは茶寮じゃなくて、庭園の散策路へ移動していくはずでね。かなり道幅の広い散策路だから戦うには充分。あなた達はその散策路にヘリオンから直接降下して、すぐさま戦いを仕掛けて欲しいんだ」
敵は四体。
蓮の花から迸る光で炎を齎し、周囲を薙ぐ蓮の葉で護りを破り、無数の朝露を礫のごとく放って複数の標的の武器を砕きにかかる。
「四体とも同じ技を使うし、四体ともがスナイパーだね。連携してくるし、決して侮れない相手だからね、全力でお願い。無事に終わったらさ、茶寮のスタッフさんたちが蓮の実餡の月餅と冷たい蓮花茶をあなた達に振舞いたいって言ってくれてるし」
「そう聴いちゃ気合倍増にならないわけないよ! ね、桃花ちゃん!!」
「ああんもちろんなの、合点承知! 気合満開! なの~!!」
遥夏の話に輝く笑みを咲かせた蓮華が振り返ったなら、真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾がぴこぴこぴっこーん!
四株が攻性植物化してしまったけれど、蓮池にはまだ数多の蓮たちが高く葉を茂らせて、緑の波間に夏の朝の光そのもののごとき花をいくつもいくつも咲き誇らせている。
蓮の花咲く水辺の傍に佇む、ほんのりアジアンテイストな茶寮のテラス。
時間の流れがゆったりというよりまろやかに感じられるというそこで、蓮の花や蓮の葉の波間を渡る早朝の風を心ゆくまで楽しみながら、ラタン――籐編みの椅子と籐編みに硝子を乗せた丸テーブルの席で味わう、蓮の実餡の月餅と冷たい蓮花茶。
中華菓子である月餅、ベトナムで愛される蓮花茶。
けれどこの蓮花茶寮で振舞われるのはどちらも本格的なものではなく、日本人好みの味に寄せたものだとか。ゆえに味わいは優しく、早朝の軽い朝食代わりに良いだろう。
「それじゃ、完全勝利して、皆で蓮花も茶寮もゆっくり楽しんでこようね!」
だから力を貸してね、と蓮華は悪戯っぽくも可愛らしい笑みで仲間達へ願いを告げた。
参加者 | |
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月織・宿利(フラグメント・e01366) |
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974) |
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) |
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445) |
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420) |
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392) |
藍染・夜(蒼風聲・e20064) |
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083) |
●蓮花変化
夏の夜が、空が、風が、光が透きとおっていく。
薄群青に霞む世界の透明度があがっていくさなかに天翔けるヘリオンから跳べば、まるで澄んだ水の流れに身を投じる心地。だが清流めく朝風の抱擁を堪能する機会はまたいずれ、合歓の並木に沿う広い散策路に着地した瞬間、藍染・夜(蒼風聲・e20064)はウッドチップ舗装の路面を蹴った。
目指すは夏の朝そのものの花を咲かせ、緑の葉に朝露を湛えた蓮の攻性植物達の許。
「清涼な夏の朝をさざめかせるなど、過ぎた悪戯だね。天上への路を拓くよ」
「天上か、いいな。元の蓮に戻れないなら皆で送ってやろうぜ!」
清風を裂くのは竜の歌か咆哮か、敵に反応の暇も与えぬ加速を得た夜の竜槌が手近な蓮の根を強かに打てば、一瞬で狙撃点を獲ったレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)の愛銃も同じ敵を捉えて咆哮、彼の速撃ちが蓮の葉を砕いた次の瞬間、地を駆けた硝子の煌きが星の煌きとなって朝風に舞った。
「天上……うん、この子達が血に染まっちゃう前に、だね。クラーレ、力を貸して!」
蓮に降り落ちた流れ星、ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)の声に応え、主と同じキャスターとして駆けるボクスドラゴンが花吹雪のごとき息吹を放つ。
皆と協力し攻性植物達を先に行かせないよう布陣を――とも思ったが、現場で唐突に言い出しても皆それぞれの動きや戦術を乱してしまうだけ。全体に関わる事柄なら現場で協力を求めるのでなく事前に提案するのが筋であり、最も確実だ。
刹那、朝風に清らな緑の香が乗った。
「蓮葉か!」
察した夜が声を張ると同時、円月輪のごとき鋭さを得た大きな蓮の葉が二連続で前衛陣を薙ぎ払う。間髪容れずに大輪の花ふたつが彼めがけて苛烈な光を迸らせるが、
「絶対、通さないんだから!!」
「ええ、受けとめてみせます!」
眩むような白光、灼熱の白炎を燈すそれへ咄嗟に月織・宿利(フラグメント・e01366)と未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)が盾として跳び込んだ。
「確り連携してくるねー! けど、蓮華とぽかちゃん先生もばっちり癒していくから!」
「うん、頼りにしてます。メリノちゃん、私の術は列だから――」
「わかりました! 私は宿利さんのがかかってない子へ!」
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)がくるりと雷杖を翻せば前衛陣の足元から雷光の護りが噴き上がり、白衣のウイングキャットも思いきり羽ばたけば、癒し手の浄化も乗せたそれらを享けた宿利が、
――火依り生まれし傷よ、黄泉への契りを交わせ。
真白き刀身に火之迦具土神の炎を纏わせ、広く怒りを齎すそれを迸らせる。敵陣の状況を見極めたメリノは朝の空高く跳躍、光の小花咲く靴で虹を描いて蓮の一株に怒りを燈した。
敵の連携や集中攻撃を乱すための策。しかし、偶々宿利がメリノより先に動けたのが幸いだったのだ。逆であれば同じ敵に怒りが重複した可能性もある。それに、怒りを付与された個体に他の蓮が合わせる可能性や、列攻撃が前衛に集中することなどを思えば、盾たる彼女達の負担は相当なものになるはずだ。
「すごくキツそうだけど、お願いするね! こっちもちゃちゃっと各個撃破してくから!」
「うん! わたしもめいっぱい牽制していくからねー!!」
ここ数ヶ月で大阪の攻性植物勢とは既に五戦目、もう任せてよ! と思いきり張りきった姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が正確な速撃ちを決めれば、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が両手の九尾扇と朝の風に舞い、曙光よりも眩い十八の光条を解き放った。幾重もの麻痺を広く齎すイズナの術は、重ねれば絶大な牽制効果を発揮するはずだ。
透きとおる夏の朝、光が緑が水が舞う。
大きな緑の蓮の葉はさながら柄を持つ円月輪、連続してそれが散らした前衛陣の血飛沫と交錯するように撃ち込まれた朝露の二連撃も前衛と後衛へ襲いかかったが、後衛への射線に護り手たるサーヴァント達が躍り込んだ。
「行くぜ相棒! ロビネッタも桃花も一斉射撃かましてやろうぜ!!」
「面白そう! ガンスリンガー揃い踏みってわけだね、乗ったよ!!」
「レイくんならそう言うと思ってましたなの、合点承知! なの~!」
主の分まで朝露を引き受けたライドキャリバーが透明な雫を散らしながらガトリング砲で掃射した瞬間、魔狼の咆哮とともにレイのバスターライフルから凍結光線が迸り、唄うよう銃声を響かすロビネッタの連射が描いた文字っぽい弾痕を真白・桃花(めざめ・en0142)の制圧射撃が彩って、
「わ、壮観だね。まずは一体行けそう、かな?」
「多分! 決めちゃって、ティスキィ!!」
眩しげに紅緋の瞳を細めたティスキィが瞬時に織り上げた魔法は雪花咲く氷結世界。
夏の朝に凍れる世界へ蓮を閉じ込めて、少女が甘く囁く願いは。
――どうか、誰も手にかけない、綺麗なままで。
祈りにも似た願いそのままに、蓮は誰を殺めることなく霧散する。
流石! と笑みを咲かせたイズナは迷わず残る蓮達の許へ跳び込んで手刀を一閃、途端に冥府深層の冷気が溢れて逆巻き幾重もの氷で蓮達を彩れば、
「後一体倒すくらいまでが踏ん張りどころかな。絶対支えるからね、がんばって!!」
一瞬で戦況を見て取った蓮華が甘やかな桃色の霧で宿利を包み込んだ。敵の最大火力たる蓮花の光に耐性のない彼女の消耗が最も激しい。宿利自身も光の花舞うオーラで己を癒し、
「ありがとう蓮華ちゃん、成親は夜くんと一緒に!」
「頼もしいな。行こうか、成親」
「バイくんも! 私の分までお願いしますね……!」
一声鳴いた白きオルトロスが夜の駆ける先へと眼差しを向ければ瞬時に蓮が燃え上がり、微かに笑んだ彼が歪な稲妻型に変じた月の刃を躍らせれば、裂帛の叫びで災禍を吹き飛ばすメリノに応えたミミックがふわもこエクトプラズムで創った竜の咢で襲いかかる。
抑え役として敵攻撃をいなす立ち回りをと思えど、スナイパー相手ではそれも叶わない。眩く苛烈な花の光を、鋭い葉の刃を、激しく穿つ朝露の礫を、時に怒りで叩きつけられ時に仲間の盾となって引き受けて。
けれど――そうして耐え忍んだ時間も数分で終わる。
爆ぜる勢いで放射された輝きはイズナの迅雷破界光、幾重もの痺れに囚われた蓮が葉から撃ち出さんとした朝露の煌きが風に霧散した刹那、
「獲ったぜ! 撃ち貫け! ブリューナク!!」
機を掴んだレイの銃口から迸った光弾が五つの輝きとなって蓮に喰らいつき、朝露よりも小さく煌く光の粒子に変えて霧散させた。敵が半数ともなれば戦いの天秤が大きく傾くのは理の当然、
「やったね! それじゃ、次はあいつを狙っていくよー!!」
「右の子だね、これ以上あの子が血に濡れる前に……!」
残る二体も双方ともに深い麻痺を負っていると見れば、ロビネッタは愛銃を翻す。
冠する銘の意は出来損ないの名探偵、だがあらぬところへ撃ち込まれたと見えた銃弾は、散策路の案内板に跳ねて後方から大輪の蓮花を撃ち抜き、狙い重ねたティスキィが竜の槌を振り抜けば、朝の空まで轟く砲声とともに放たれた竜砲弾がイズナが凍らせていたものごと数本の蓮葉を粉砕した。
夏の曙光に氷片が煌く中へ即座に跳び込んだのは夜、ティスキィの足止めによって命中率五割の超重の一撃も蓮を強打し、新たな凍結で彩られた蓮へイズナが叩き込む氷結の螺旋や真白き刃を冴ゆる技量で揮う宿利の斬撃がいっそう氷を重ねていく。
美しかった。
薄氷を纏った緑の葉は涼やかに煌いて、転がる朝露は水晶めいた輝きを帯びて、咲き誇る花はいっそう瑞々しく。けれど、だからこそ。蓮花も蓮葉も朝露も命を奪うためのものではないと思うから、メリノは掌に己がグラビティ・チェインを握りしめる。
「……あなた達が命を奪う前に、止めてみせます、ね」
掌中のそれを金に輝く糸のごとく縒り紡ぎ、指先に集めた光の糸玉で蓮達を撫でたなら、皆の集中攻撃を浴びていた蓮が、ふわりと光の粒子にほどけて、消えた。
金に輝く糸玉が齎すものは雷撃にも似た痺れ。
それを帯びながらも最後の蓮が撃ち放ったのは数多の朝露、前衛陣へ襲いかかった透明な煌きに抗うのは蓮花が己を光のドレスのごとく彩る流体金属から解き放った粒子。交錯する彼我の光を貫いたレイが流星の蹴撃を蓮に直撃させれば、即座にティスキィが構えた凛冽な艶帯びるバスターライフルから凍結光線が迸り、ロビネッタの連射が謎めいた弾痕と更なる麻痺を刻み込む。加速する戦いの流れはもう覆せやしない。
緑の海を成す蓮葉、葉の上にきらきら転がる朝露、夏の朝そのもののように咲く蓮花。
想像するだけでも夢のように美しい光景。きっと大勢のひとが楽しみにしているだろう。数多のひとに大切にされてきたのだろう。そうやって大切に思ってくれるひと達を殺そうとするなんて、と憤りも露わにイズナは蓮を見据え、
「そんなのダメなんだからね! ちゃんと反省してもらうから!」
解き放つのは狼を封じるための戒めの秘宝、黄金の鎖が朝の風に滑らかに奔って舞って、柔くも力強く蓮を締め上げる。けれど、
「――でも、事の元凶は蓮じゃなくて、蓮達にとりついた胞子だよね?」
「うん。蓮達がこんなこと望んでたはずないよ。この子達は、胞子に穢されちゃっただけ」
続いた縛霊手の一撃で霊力の網を咲かせた宿利の言葉に、ほんの少しだけ表情を曇らせた蓮華が頷いた。攻性植物に変じることなんて蓮が望んでいたはずがない。今年も、来年も、その先も。池で咲き誇ることを蓮達も望んでいただろうに。だから、
「お願い!」
唯ひとつの言葉にすべてを乗せて、蓮華は翼猫とともに魔法のレンズを創りだす。
本来は診断用のレンズ、だがそれは同時に、対象の視界をも冴え渡らせるもの。
「任せて。きちんと葬送する。――せめて美しく散り逝き、高天原で咲き誇れ」
蓮華の願いも魔法のレンズの加護も受け取って、夜が抜刀した。
夏の朝を迎える空に閃いたのは流れ星か白き鷹か、神速の剣閃は幾度も蓮に舞って、その全てを清麗な光に散らす。憐れな最後の蓮が世界に還れば、明けの光に空が白んだ。
荒れた箇所を皆の癒しに潤され、散策路に幻想の朝露が降りる。
現に舞う水は夜が施す清めの打ち水。透明な煌きのさき、東の空に流れる雲が、朝の光で蓮花のごとき桃色に染まった。
●蓮花茶寮
荷風という言葉がある。
蓮の葉はまたの名を荷葉、その荷葉の上を渡る風に与えられた名が、荷風。
朝の光と水の香を孕んで吹き渡る荷風が波立たせるのは池の水面ではなくて、水面よりも高く立ち上がって水上の空中に緑の海を創りだすような蓮の葉達。
蓮葉の波の上に、明るい桃色に清麗な曙光が射す様を思わす色合いの蓮の花が咲く。
「わあ、綺麗だね!」
「えっ! 蓮ってこんな風になるんだ……!!」
緋色の瞳を輝かせるイズナの傍らで眼を瞠るティスキィ。池の水面は見えず、彼女の腰や胸近くまで立ち上がる蓮葉がその高さに緑の海を成す。花も高い葉の波間に咲くがゆえに、
「桃花お姉様が言ってた通り! 見て、ぽかちゃん先生、凄いですよ!」
「ロゼさん蓮の花観るの初めてなんだよね、桃花ちゃんが話してたの?」
「高く伸びるから間近で観るとすごいの~的な感じで!」
夏の朝の光そのものが咲き誇るような大輪を間近で覗き込んだロゼが、翼猫を抱きしめてはしゃぐ様に、蓮華にも自然と笑みが咲く。鮮麗な夏の花。蓮華自身の名にも込められた、華やかな大輪の花。
「皆! そろそろ月餅と蓮花茶の用意ができるってさ!」
「えへへ、一緒に行こう? 楽しみだね♪」
「はい! 朝が早かったので、お腹が空いてしまいました」
「だよねー! 朝ごはん代わりの月餅確り食べなきゃ!」
開放的な茶寮のテラス、そのテーブル脇にライドキャリバーを待機させたレイが皆へ向け手を振れば、イズナが歳の近いメリノやロビネッタの手を取り弾む足取りで茶寮へ向かう。
籐や竹細工、麻織物を多用した茶寮はシノワズリーと南国リゾートを融合させたよう。
「わ! すごくリラックスできる感じだね~!」
「ほんとだね、風もとっても気持ちいいし」
麻のクッションが置かれた籐椅子にぽふんと背を預ければ、ロビネッタの背には文字通り羽を伸ばすべく天使の翼が咲き、ほんのり花と水と緑が香る朝の風に若草色の髪を押さえてティスキィも笑みを咲かせ、蓮の花の型押しが咲く月餅と硝子のティーポットに淹れられた蓮花茶が運ばれて来れば、皆の歓声も咲いた。
「お。何やってんだ、夜?」
「お守り代わりに、ね」
女性陣に率先して蓮花茶を注いでいたレイが訊けば、薄群青の空にほんのり残る白い月に月餅を重ねていた夜が悪戯っぽく笑み返す。月を模した丸くて平たい菓子。満月は大団円の象徴というから、今日一日楽しく過ごせるとのお墨付きをもらうようなもの。
「それじゃ、わたしも真似っこしちゃお」
「私も! お月様を半分こしましょうね、バイくん」
無邪気にイズナも月餅を空に掲げ、メリノも月に重ねた月餅をミミックと半分こ。
竹細工の菓子切でそっと切り分ければ、中にはほんのり鳥の子色した蓮の実餡。頬張れば滑らかながらも何処かほっくりとした、癖のない上品な甘さの餡がほろりと崩れて舌の上で蕩けるよう。本来なら胡麻油や落花生油などがたっぷりと練りこまれているのだろうけど、ここの月餅は油控えめの比較的軽やかな味わいで、
「――美味しい!!」
たちまちイズナは満面笑顔、ロビネッタも上機嫌で小さな硝子の茶碗に手を伸ばし、
「蓮の実餡の月餅って初めて! 蓮花茶はどんな香りかな~?」
「ふふふ~。ロビネッタちゃんは去年も飲んでますなの~」
「あ! ほんとだ! けどここの蓮花茶のほうが少し香りが甘いね」
緑茶に蓮花で香りをつけた蓮花茶、冷たく涼やかな緑に透けるそれを口にして破顔する。
冷たい緑茶が透ける硝子の茶碗に蓮池の花々を透かし見て、宿利と志苑は微笑み合った。
夏の朝の風に蓮花茶が香るのも、月餅の味わいを二人で語らうのも心地好くて楽しくて、穏やかにまろやかに流れる幸せなひとときに心を浸す。
「こうして過ごすの、久しぶりよね。志苑ちゃんの近況とか聴かせてくれる?」
「最近のことですか、そうですね――」
志苑が語る言葉が宿利の胸に燈すのは、夏の黄昏、星の花々を咲かせるオリーブ園。私の方はと宿利が夜空へ幾つもの燈りが昇る祭の光景を紡げば、私も行っておりましたと返った微笑みに眼を瞠った。
不思議な縁ねと笑みを重ねて、また想い出を重ねるための約束を紡ぐ。
「な、後でメンテナンスしてやるからな?」
テーブル脇でちょっと拗ね気味の相棒を宥め、レイは月餅を頬張りながら思案顔。
年回りがちょうどよい宿利や蓮華はそれぞれ友とのひとときを満喫しているし、一昨年の梅シロップで桃花と話に花が咲いているティスキィには決まった相手がいるらしい。
「十三歳のロビネッタは勿論、十五歳のイズナやメリノをナンパってのは……」
「ちょっと問題かもしれませんね」
おかわりを要求するミミックに月餅をあげつつメリノが答えれば、彼は苦笑して、
「だよなぁ。――な、桃花。今度例のアーモンド菓子の美味い店に行かないか?」
「合点承知! レイくんがもっと見識広めて話題豊富になったらね~♪」
善処するぜ、と苦笑をもうひとつ。
膝上の小さな花竜に月餅を分けていたティスキィは、ふふ、と笑みを零し、蓮池の花々へ瞳を向ける。
「蓮華ちゃんは勿論だけど、桃花さんにも蓮って似合うと思うの」
「天上蓮とかね」
彼女の言葉に蓮池に八重の蓮花を見つけた夜がそう続け、更に白い蓮花を見つけたなら、透けるほど研ぎ澄まされた刃を思わす花弁に双眸を細めた。
「俺はあの剣舞蓮に惹かれるけど……桃花はどの蓮に惹かれる?」
大賀蓮の古代浪漫も捨て難いけれど、と尻尾を弾ます娘が、
「漁山紅蓮! ふふふ~。去年お兄さんも蓮の品種観てましたなの~」
「えっ。夜さんのお兄さんって……あっ! ああ~!!」
示した桃色の蓮花を見遣る彼の顔を見つめたロビネッタの眼がまんまるに。色こそ違えど顔立ちが同じなので一目瞭然、けれど夜がただ柔く笑んだなら、彼が答える代わりのように蓮葉から朝露がきらりと零れた。
異国情緒を纏う茶寮での朝は、旅先で迎える朝のよう。
日常から解き放たれて、朝と一緒に生まれ変わったかのような、眩く清しい心地。
冷たい緑茶揺れる硝子の茶碗を手に取れば、指先から全身へ優しい涼気が伝う気がした。ふわりと鼻先を擽るのは爽やかな緑茶と蓮花の香り。けれど、一口含んだならひときわ甘く華やかに、蓮華とロゼの口中に花の香りが咲き広がった。
心地好い冷たさを喉に落とせば、身体の芯からも香りが咲く心地。
「美味しいです! 蓮華さん!」
「蓮華も実は初めてなんだけど……美味しいね」
心底嬉しげなロゼの笑みに蓮華の眦が緩む。自身の名前に込められた花が誰かを歓ばせる様を間近で見られることが嬉しくて、心に眩くも優しい光が燈るよう。
泥濘から生まれて、清らかに咲く花。
夏の明け空と曙光、そして夏の陽そのものを抱いて咲き誇る蓮の花。
蓮花咲くこの季節が来るたびに、きっと、この朝の透きとおるような幸せを思い出す。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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