デザート・パラダイス

作者:蘇我真

「オーク殿! ぜひ、次の出撃には私のスライムも連れていってください!」
 魔空回廊、オークにスライムを差し出しているくのいちの姿があった。
 彼女はスライム忍者・雷霧。お色気シーンにオークだけでなく、スライムも活躍してほしいという一心で『服だけ溶かすスライム』を開発した変人だった。
「うむ、わかったブヒ」
 オークは差し出されたスライムを手渡しで受け取る。そのついでに、伸ばした触手を雷霧の胸元へとするりと差し込んでいく。
「っ……!! オ、オーク殿、お戯れを……っ」
「んー? 自分の立場をわかってるブヒ? 文句は言えないブヒよねぇ?」
 オークは文字通り下衆な視線で雷霧を見下す。
「……っ!」
 雷霧は恥辱に耐えるよう、ただキツく唇を噛んでいた。
 やがて、満足したのか粘液にまみれた触手を胸元から引き抜く。
「それじゃあ、行ってくるブヒ。おまえのスライムは、せいぜい有効利用するブヒよ、ブーヒッヒッヒ!!」
 魔空回廊でどこかへと転移していくオークたち。

 それからしばらくの後、とある市内のスイーツ食べ放題店にて。
「きゃああぁぁぁっ!!」
 聞こえてくるうら若き女性たちの悲鳴。
 出入り口の自動ドア、その隙間からスライムがじわりと染み出てきて絨毯を濡らすのだった。


「プリン食べたいのです」
 スイカを模したアイスバーを咥えているホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)。
 梅雨が明け、気分はすっかり夏モードのようだ。
「そんなに食べたいのなら、行ってくるといい。今度の依頼先はデザート食べ放題店だ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は半ば呆れつつ、彼女の希望に沿う依頼を紹介してやる。
「デザート食べ放題店は、当然若い女性に人気のデザートを取り揃えている。デコレーションされた三段パンケーキやら、今年のトレンドであるチョコミント尽くしのデザートコース、ひとくちケーキにマシュマロやバナナによるチョコレートファウンテン……」
「なんだか、聞いてるだけでヨダレが出てきたのです」
 口元をぬぐうホンフェイだが、ヨダレが出るのは彼女だけではない。若い女性を狙うオークたちもまた、同様に苗床となる獲物たちを前に舌なめずりをしているのだ。
「その店を狙って、オークたちが攻撃をしかけてくる未来が見えた。数は10匹、それぞれが服を溶かすスライムを使い、狼藉を働くつもりだな」
「だったら今から連絡して、お客さんを避難させれば……」
「その場合、オークは標的がいないので別の場所を襲うだろう。なので、避難はあくまでもオークが出現した後に行う必要がある」
 瞬はホンフェイにそう説く。
「だが、この避難も迅速にしないと、客の女性がスライムに服を溶かされるなど被害を受けてしまうことだろう」
「服を溶かすスライム、厄介なのですね……」
「ちなみにこのスライムは服を溶かすと役目を終えたように消えてしまうらしい。回収はできないが戦う必要もない。また、流石にケルベロスの装備を溶かすこともできないようなので、その点は安心してほしい」
 あくまで被害を受けるのはケルベロスの装備ではない衣服のようだ。ホンフェイはホッと無い胸をなで下ろす。
「だったら私が襲われても大丈夫ですね、ご安心なのです!」
「………」
 この度二十歳を迎えたホンフェイだが、ドワーフの種族特徴で15歳以下にしか見えない彼女は放っておいても襲われる心配はない。
 そう指摘しようとした瞬は、酷だと思い直してその言葉を飲み込むのだった。


参加者
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)
メリノ・シープ(スキタイの羊・e02836)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
ベラドンナ・ヤズトロモ(はらぺこミニョン・e22544)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)

■リプレイ

●お色気パートだから苦手な人はスキップしてね
「おいでなすったな! こっちだ! 早く逃げな!」
 オークたちの襲撃と、店内にいたアルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)が立ち上がるのはほぼ同時だった。
 蒼いドレス。そのスカートを翻し、テーブルの上に仁王立つ。もちろん、襲撃の為にテーブルの上には何も載せていなかったし靴は脱いでいる。衛生面に配慮だ。
「ブヒヒヒヒ、メスだ、メスだぁっ!!」
 目立つ行動を取ったアルメイアに、オークたちの意識が向けられる。触手がしなやかなムチのように彼女へと殺到する。
「んな見え見えのテレフォンパンチに当たるかっての!」
 テーブルの上で跳躍し、触手の横薙ぎを躱すアルメイア。標的を失った触手は、近くにあったクリームパフェタワーをなぎ倒した。
「どぉあ!?」
 パフェの塔がアルメイアに向かって倒れ込んでくる。跳躍後の硬直もあり、これを避けきれない。頭から思いっきり生クリームをかぶってしまう。
「くそ、食べ物を粗末にしやがって!?」
「美味しくデコレートしたイチゴちゃんを食べてやるブヒィ……」
 生クリームまみれのアルメリアに対して、オークはニチャアと粘ついた笑みを浮かべながらスライムを放つ。
「くそ……!? またかよ!?」
 降りかかったスライムは本能のようにアルメリアの衣服の中へと潜り込む。
 ケルベロスの装備は溶かせないが、装備とは違う下着なら別だ。じわりと自らを守る布が溶けていく感触を味わわされる。
 その感触に気を取られている間に、更にオークの触手が伸びてきて――。
「あらあら。『おいた』はそこまでにしておきましょうね?」
 間に入った鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)が触手を素手で掴んでいた。
 自身にも触手が絡まり、衣服が半脱ぎになり肩が片方露出している。
 それでも彌紗は笑顔を絶やさずに、宣言した。
「どうやらお仕置きが必要みたいですね~?」
 掴んだ触手を握りつぶす。吹き出る粘液が顔にかかる。笑顔は消えない。
「ヒエッ……」
 戦慄するオークたち、およびサポートで来ていたレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)。種の危険を感じたのか思わず内股になり股間を抑える。
「ほら、君も怖がってないで援護援護」
 同じくサポート参加した七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)は囮役のクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)を援護している。
「もう少しで避難完了だよ。あと一息、頑張ろう」
 クローネに襲い掛かろうとするオークたちだが、サポートの護衛やディフェンダーのオルトロスのカバー、本人が重武装モードなこともあり攻めあぐねているようだ。
「ちくしょう、とっておきの極上スイーツだってのに触れないブヒ……」
「スライムしっかりするブヒよ!!」
 どうにかしてお色気攻撃をしようとするオーク達だが、そちらに集中するあまり避難誘導中のケルベロスを失念している。しっかりすべきなのはオーク達のほうだった。

●豚と果実
「避難誘導、完了したわ」
 裏口から客を避難させ終わったスノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)が優雅に髪を掻き上げる。
「ホンフェイ様、アレを」
「はいなのです! いつものやついくのです!」
 ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は分身の術でアルメイアを癒す。こいついつも分身させてんな。
「おう、助かったぜ……まとめて地獄にブチ込んでやるぜ、豚野郎ッ……!!」
「え、えいっ、えいっ」
 更にスノーを盾にするように、背後に隠れたメリノ・シープ(スキタイの羊・e02836)が黄金の果実をばら撒く。
「ありがとうございます。スイーツを食べる前の腹ごなし、悪くないですね」
 放り投げられた黄金の果実をキャッチし、齧りつくトエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)。
「触手まみれにしてやるブヒー!!」
 余裕しゃくしゃくといった様子のトエルへ襲い掛かるオーク。
「触手まみれ、ですか? ここにあるのは地獄絵図だけですよ?」
 ブレイズクラッシュ。一気の火力でオークが消し炭にされていた。
「ちょっと地獄を見ていけや!!」
 トエルとアルメイアの言う通り、オークは灼熱地獄を見ただろう。
「な、なんてやつだブヒ、いい女ほど棘があるブヒ……」
 トエルばかり見ているオークたち、怒りで耳をピンと立てているのは新条・あかり(点灯夫・e04291)だ。
「別に、見なくてもいいけど……!」
 生み出されたのは何千本もの、針金のような氷柱たち。
「そのよく回る舌、縫い止めてやる!」
 氷柱が1体のオークの顔面へと殺到する。
「ブ、ブヒィッ!!」
 それが、オークの最後の言葉となった。
「少しはお色気シーンがあったみたいだし、冥途の土産ってことで満足して逝ってね」
 ベラドンナ・ヤズトロモ(はらぺこミニョン・e22544)は封じられた竜の尾を召喚し、1体のオークを撃ち払う。
「も、もっと土産をよこすブヒ……!」
 オークはなけなしの力を振り絞ってベラドンナへと触手を伸ばす。死よりもエロを取る恐ろしい執念だ。
「!!」
 だが、それも彼女のボクスドラゴン、キラキラによって阻まれた。触手を噛みちぎられ、絶命する。
「……」
 触手を噛まされて嫌そうな顔をしているキラキラ。
「ほら、そんな顔しない。後で口直しさせてあげるから。頑張れ男の子!」
 ベラドンナはそんなキラキラを励ますのだった。
 キラキラ同様、ディフェンダーとしてオークの攻撃を引き受けていた彌紗も機と見て一転攻勢に出る。
「さて、ここからは少々手荒く行きますよ?」
 今までも充分バイオレンスだった気がするが、両手に鬼の角を生やしたその姿はまさに羅刹と形容してもいい。
「あの世があるなら、そこで反省してくださいね?」
 にこやかな笑みに、返り血の飛沫が付着する。
「オークよりよっぽど怖いわ……」
 言いながら、スノーはガトリングの照準を合わせる。相手はしつこくアルメイアに組みつこうとしている2体のオークだった。
「アルメイア、行くわよ!」
「おっしゃ、わかった!」
 ガトリングの発射と同時にアルメイアが跳躍する。先ほどまでアルメイアがいた場所を弾丸の嵐が通過し、1体の身体へと命中する。
「ブヒッ!!」
「もう1匹も、風通しを良くしてやらぁっ!」
 アルメイアが空中でギターをかき鳴らすと、ギターは巨大なドリルに変形する。
 その光景を、残ったオークは口をあんぐりと開けて見上げていた。
「おらぁっ!」
 先端を、杭打機のようにオークの口へと突っ込み、回転させる。哀れオークは爆発四散。
「バイオレンス、だね……」
 派手に暴れまわるアルメイアとは対照的に、クローネはスマートだった。
 フォーチュンスターで蹴り上げ、ドラゴニックスマッシュで潰し、シャドウリッパーでちょんぎる……と男の急所を的確に潰していく。
 男的にはこちらの方が痛そうだった。アルメイアのほうが即座に死ねる分、ある意味有情かもしれない。
 ホンフェイがそんなことを思っているうちに、彌紗が組み付きで最後の1体を締め上げて、つつがなくオーク退治は完了したのだった。

●スイーツタイム
 オークたちは退治され、ひっくり返ったクリームなどの掃除をし、荒れた店内もヒールで修復した。多少カラフルな色合いになってしまったが、スイーツを扱う店としてはアクセントになってむしろいいのではと店員も笑っていた。
 そうして避難していた客も戻り、スイーツ食べ放題を堪能することになった。サポートに入っていたユーロ・シャルラッハロート(スカーレットデストラクション・e21365)もこれを待っていたとばかりに三段デコパンケーキ――女向け二郎――と格闘していた。
「ある意味、本番はここからですね」
 トエルが皿に取ってきたのはフルーツタルトだ。キウイやマンゴーといった多くの果物がタルト生地の上に載っている。
「あっ、そっちも美味しそうだね!」
「クローネさんのスイーツは一体……」
 トエルの視線はクローネの持つ水色の物体へと注がれている。
「チョコミントパフェにチョコミントパンケーキ、それにチョコミント白玉!」
 今年のトレンド、チョコミントのスイーツづくしだ。
「ベル、さくらちゃん、一緒に食べよ?」
 皿に乗せられたフォークは3人分。1人で食べるには多い量だと思ったが、そういうからくりらしい。
「さくら、美味しい?」
「……うん、美味しい。ほら、クローネちゃんにもお返し、あーんっ」
 さくらとスイーツを食べさせ合っているクローネ。その様子をベラドンナとキラキラがのんびりと眺めている。彼女たちの間に流れる、穏やかで優しい時間。
「ほら、ベルも!」
「あ、うん……」
「まるで本当の姉妹みたいですね」
 そう呟くトエルに、クローネはだったらいいんですけど、と苦笑する。
「姉妹みたいなものですよ。ね、お姉ちゃん?」
 さらりと言いながら、ベラドンナは自身が持ってきたスイーツを小さく掬ってクローネへと差し出す。
「ほら、このさくらんぼのムースも美味しかったですよ! はい、あーんっ」
「さくらんぼ……これもいいですね。あっ、レッドもお疲れ様。はい、あーん」
 そんな風にデザートを食べさせ合う様子を見たトエルの食欲が刺激される。体重計がちらりと脳裏をよぎったが、今日ばかりは考えまいと思考の隅へと追いやっていた。
「しっかしチョコミントなあ、歯磨き粉みてーな味なんだよな」
 アルメイアは新作でも無難な物を選んでいる。その所作がやや内股気味なのはスライムに下着を溶かされたせいだろう。
「違うのです! チョコミントが歯磨き粉なのではなく、歯磨き粉がミント味なのです!」
 そう、豪語するチョコミン党がいた。ホンフェイである。チョコミントプリンを食べるスプーンを固く握って主張する。
「なんだよそのプリン……もしかしてそういうやつが好きなのか」
「なのです!」
 ちなみにホンフェイの好物はわさびラーメンである。そういうことである。
「甘さ控えめの新作和菓子もありますよ、いただきませんか?」
 彌紗が舌鼓を打っているのは和スイーツだ。いつの世も人気な抹茶系の他、季節柄天の川をイメージした琥珀羹、求肥であんこを包んだぷるぷるとしている水まんじゅうが載せられている。
「ありきたりっちゃありきたりだが、まぁ、変に奇を衒いすぎるよりいいか」
 彌紗の誘いに乗って同席するアルメイア。囮で大変な目に遭ったふたりは、和スイーツと共にしばし歓談するのだった。
「むう、去り際にまたチョコミントをディスられた気がするのです……」
「まあまあ怒らないでプリンどうぞ」
 未だ怒りが収まらないと言った様子のホンフェイへ、スノーが水色のプリンが乗ったスプーンを差し出す。すぐにパクつくホンフェイ、餌付けされている。
「スノウさん。こっちも色々取ってきたよ」
 そこへやってきたのはあかりとメリノだ。手にした皿にはチョコがけしたマシュマロやバナナが盛られている。
「あら、一緒にファウンテンしてきたの」
「うん。メリノさんが迷ってるみたいだったから」
 優柔不断な性格が災いして、どのデザートを食べるか迷っていたメリノ。その光景を見ていたあかりがチョコレートファウンテンに誘ったという経緯らしい。
「強引に誘って迷惑だったかもだけど」
「そ、そんなことない! 楽しかったし、チョコも美味しいよ」
 メリノは自分の指をペロリと舐める。チョコをかけるときに指にもついていたらしい。甘い、とろけるチョコの味。
「うん、スノウさん、あーん」
「それでは……ああ、とっても美味しいわ。やっぱりあーんで食べさせてもらうというのが最高のスパイスよね」
 ご満悦な様子のスノー。その様子を見ていたホンフェイがふいに呟く。
「そういえば戦いのとき、メリノさんの出してたファミリアを見て思ったのです。ズーランヤンルーも食べたいなって」
「ズー……なにそれ?」
「漢字で書くとですね……」
 メリノに問われ、ホンフェイはコースターにペンで漢字を書いていく。そこには『孜然羊肉』と書かれていた。
「……タルタリカ、食べちゃだめだよ」
 タルタリカのメリノへの好感度が1上がった。
「わ、わかってるですよー。でも甘い物ばかりじゃ、胃もたれしちゃうかな~って」
「それなら大丈夫よ、胃薬を持ってきてるから」
 用意のいいスノー。胃薬と、ついでにケーキも取り出した。
「足りないという方のために、妾の自作ケーキも作ってきたわよ」
 その言葉に、何名かのケルベロスが石化した。
「水色のケーキ……これもチョコミント?」
「いいえ、見ての通り普通のモンブランよ」
 あっさり明言されてメリノは絶句する。どう見ても普通ではない。山の形もしていないし、栗も姿が見えない。モンブランの定義から全てが外れていた。
「さあ、せっかくですからメリノ様も召し上がって」
「あ、うん……後でいただく、ね……その、タルタリカと一緒に」
 タルタリカのメリノへの好感度が1下がった。
「だ、大丈夫だよ。スノウさんのケーキは僕が食べるから……」
 まるでそれが自分の使命だとばかりに、悲壮な笑顔を浮かべるあかり。
「無理しないでください……私も責任持って食べますから」
 そんなあかりを心配するベラドンナ。責任とはいったいなんなのか、疑問に思うホンフェイだったがすぐにそれは明らかになる。
「ありがとう、胃薬は半分こしようね……いきますっ!」
 意を決してスノーのケーキを食べるあかり。数秒の沈黙の後、撃沈していく。周囲に笑いが巻き起こる。
 この平和なひと時こそ、彼女たちが勝ち取った報酬でもあるのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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