血を求める母体

作者:そらばる

●浮遊する巨体
 その物体は、7メートルに及ぶ巨体にも関わらず、あまりにも前触れなく都市の頭上に出現した。
 青い頭部から幾本もの触手を垂らしたかのような、クラゲとも花ともつかぬ、異様な姿。
 幾重にも積み重なって頭部を形成する、厚みのある花弁のような、あるいは多肉の葉のような器官には、その全てに、胎児の如きシルエットが透けている。
 その異常な姿が、その巨体が、何をもたらすものか。
 それを理解した人々が恐怖に息を呑む呼吸も悲鳴も、だしぬけに頭上に響いた轟音にかき消された。
 ビルの側面を突き破り、存分に暴れまわった触手の一本が、悠然と引き抜かれる。
 刃の如く尖った先端に、いつの間にやら付着した大量の赤い液体がしたたり、水滴となって頭上を見上げる人々の上に降り注いだ。
 ぶちまかれた血と臓物の臭気が、人々を狂乱の渦へと叩き込んだ。

●『サキュレント・エンブリオ』
 爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物勢力の、不穏な動きが続いている。
「攻性植物どもは大阪市内への攻撃を重点的に行うことで、多発する事件によって住民を避難させ、空洞化した市内を乗っ取る形で拠点を拡大しようとしている様子」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は重たげな睫毛に憂いを宿しながらも、滔々とケルベロスたちに語り聞かせた。
 今はまだ大規模な侵攻とは言えないが、このまま放置すれば、ゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』いってしまうという。
「かくなる事態を防ぐためにも、敵の侵攻を完全に防ぎ、そのうえ隙を見つけて反攻に転じねばなりませぬ」
 今回現れる敵は、巨大な攻性植物『サキュレント・エンブリオ』。
「敵は魔空回廊を通じて大阪市内に現れます。市民と街に被害が出る前に、サキュレント・エンブリオの撃破をお願い致します」

 敵はサキュレント・エンブリオ1体。配下はいない。
 7メートルに及ぶ巨体を誇り、市街をゆっくりと浮遊して移動する。触手状の根による血吸いや薙ぎ払いで攻撃し、多肉状の青く透ける組織を輝かせて回復を行う。
「出現位置は特定できております。事前避難を行う余裕はございませぬが、警察および消防の協力を得られますゆえ、市民の無事は任せられましょう」
 が、市街地の戦闘であるがゆえに、多少の被害が出るのは、どうしても避けられない。
 被害を最小限に抑えるには、短期決着で撃破するのが最善の方法となる。
「サキュレント・エンブリオの出現地域には、中高層の建造物や背の高い電柱が数多く存在いたします。これらを移動経路や足場などとして用い、立体的に利用することができれば、有利に戦えるやもしれませぬ」
 市街の被害は最終的にヒールで回復することができる。周辺に気を配るよりも、素早く確実に撃破する戦い方を模索するほうが良いだろう。
「こたびの敵出現を事前に察知できたのも、多くの方々が大阪城周辺の警戒を切らさずにいたがため。皆様の努力を無に帰さぬためにも、確実な敵の撃破をお願いいたします」


参加者
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)
クラリス・レミントン(春と修羅・e35454)
黒姫・楼子(玲瓏・e44321)
萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)
レシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)

■リプレイ

●浮遊する巨体
 炎天下の大阪市内に、巨大な影が差す。
 クラゲの如き、花の如き、『多肉の胚』――サキュレント・エンブリオ。
 招かれざる巨大生物を迎えた街は騒然としつつも、警察と消防の主導により、大きな混乱はない。触手がビルに突き刺さる轟音が響き渡り、恐怖と不安を煽ろうとも、人々は辛抱強く手足を動かし、動けなくなってしまった者を励まし手を引き、速やかに危険区域から退避していく。
 この態度こそが、幾度となくデウスエクスの脅威に晒され、しかし確実に救われてきた、大阪市民たちのケルベロスへの信頼である。
(「……守らなくては。そして、出来る限りこの景色を覚えておかなければ……」)
 守るべきは、人々の安全だけではない。彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)はそう、肝に銘じるように決意を新たにしながら、詠唱を開始した。
「凍てつく冬、切り裂く吹雪、苦難の力をみなさんに」
 氷刃の加護。物質の時間を凍結する力が、仲間たちの力を増強していく。
 そのグラビティの輝きに、サキュレント・エンブリオがぴたりと動きを止めた。次いで、すでに人々の去ったビル内を蹂躙していた触手が、しゅるん、と引っ込められた。
 ほんのわずか、逡巡めいた沈黙があったかと思えば、次の瞬間には全ての触手がざわめき、叩きつける如き勢いで大地に陣取るケルベロス達を薙ぎ払った。
 風を切る轟音と土煙の中、威圧的な威力を受け止め、あるいはいなし、ケルベロス達は跳躍と羽ばたきを駆使して散開する。
「これが血を吸う攻性植物? でっかいしなんかちょっと気持ち悪いねっ!」
 チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)は極めて明るく言い放ちながら、壁を蹴ってウサギならではの跳躍力で身軽に飛び跳ね、さらに二重跳躍を重ねて、瞬く間にサキュレント・エンブリオの頭部の前へと躍り出た。無数の霊体が憑依する斬撃は、本人の愛らしさとは裏腹に実に禍々しい。
「実物は初めて見ましたが……大きいですね、威圧感たっぷりです、ハイ。早く倒して被害の拡大を防ぎましょう、ハイ」
 混沌の水と地獄の炎の両翼を駆使し、ビルの屋上へと飛び上がりながら、ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)は小心者っぽくぼやいた。……かと思えば、
「左に地獄! 右に混沌! 同時に行きますよ、地獄混沌波紋疾走(ヘルカオス・オーバードライブ)ッ!」
 左腕に地獄の炎を、右腕に混沌の水を。ロスティは二種のエネルギーを噴射させ加速しながら、サキュレント・エンブリオへと果敢に両腕を叩きつけた。
 黒姫・楼子(玲瓏・e44321)もまた翼でビル風を捉えて舞い上がりながら、人が去り、すでに幾許か破壊された街並みを見下ろし、切れ長の目をいっそう細めた。幼少の時分、屋敷の奥の奥で育った世間知らずとて、大阪について全く聞き知らぬわけではない。
「……この地は、太閤様の御代より、東洋のヴェネツィアと謳われた都市であると書物で読みました。それをこのように……ええ、倒しましょう」
 怒りは激しい雷となり、かつての水都を蹂躙する敵を打ち据えた。
「私達がやるべきことは只一つ、一秒でも早く目の前の敵を倒すこと」
 二重跳躍で背の高い電柱の上に着地し、武具に魔法の木の葉を纏わせながら、クラリス・レミントン(春と修羅・e35454)は口元を覆う武骨なガスマスクの下でにやりと笑う。
「……いいね、シンプルで。それじゃ、思う存分憂さ晴らし、始めるよ」
「ああ、被害が大きくなる前に食い止めよう。そのためにも、まずは守りを固めさせてもらう……!」
 頷き、鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は体内のグラビティチェインから小型兵を生成する。創り出された小型衛生分隊は、前衛の傷を癒し、攻撃に備えて陣営を整えていく。
「……May the Lord smile, and the Devil have mercy……」
 ビルの壁面を悠然と歩みながら、なにがしかの詠唱を呟く萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)。その傍らにたちまち喚び出された怪物は、奇妙な笑い声『マニアカル・ラフ』を上げながらも眼だけは笑わせず、浮遊する敵に突っ込んで自爆を敢行した。
 派手な爆発と衝撃に傾ぐサキュレント・エンブリオの巨体に、ビルの屋上から伸びたケルベロスチェインが素早く巻き付いた。二重跳躍を活かしてビルとビルの狭い隙間を駆けあがり、敵に気付かれることなく上を取ったレシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184)の仕業である。
「小柄なことはいい事だな」
 年端もゆかぬ幼女の顔に浮かぶのは、年齢にそぐわぬ不遜な笑みだった。

●上へ下へと駆け巡る
 ケルベロスの攻勢に押し込まれたサキュレント・エンブリオは、クラゲに似た仕草でふわりと態勢を立て直した。
 そのどこかのんびりとした挙動に反し、触手はあまりにも前触れなく、あまりにも無造作に動いた。素早くのたうちでたらめな軌道を描いて伸び迫った先は、屋上に陣取る幼女。
「危ないっ!!」
 跳躍と鉤縄を併用して屋上に上がった郁は、勢いづいた反動のままレシタティフの小さな体を突き飛ばした。触手はその鋭い切っ先で郁の肩を突き刺さんとするも、強固な守りに阻まれ、滑るように斬りつける程度にとどまった。
「攻性植物の勢力拡大を許すわけにはいかねえからよ、オレも加勢するぜ!」
 全身にグラビティの力を込め、旋風の如く敵に襲い掛かる泰地。蹴撃の軌跡が、まばゆい光の弧を描く。
「えーいっ!」
 チェリーはロップイヤーを大きく揺らしながら、ビルや家々の屋根を元気いっぱいに飛び回り、BlackCherryを勢いよく投擲した。二重跳躍による急な方向転換の反動を回転に乗せて、鋭い弧を描く斬撃がサキュレント・エンブリオの頭部を激しく斬り裂く。
「参ります……!」
 楼子はビルの合間に据えられた室外機を足場に飛び出し、広げた翼の浮力も利用して高々と跳躍した。死の淵で得た『零の境地』を体現する拳が、敵に深々と突き刺さる。
 上下左右から次々に降り注ぐグラビティ。ケルベロス達は立ち並ぶ建造物を巧みに利用し、戦場の縦横を制した。
 立体的に周囲を動き回るケルベロス達に、サキュレント・エンブリオは対応しきれていない様子で触手をふらふらと蠢かしている。すべての触手を用いてビル群ごと全方位を薙ぎ払うも、精度は若干落ちているように思われた。
 小柄な体でひらひらと、触手の軌道と飛んでくる瓦礫を身軽な猫の如く避けながら、クラリスは不意に、ガスマスクの下でこらえきれぬ笑いを零した。
「……くくっ」
 愉快だった。久しぶりに、見つけた、ただひたすらに『殺戮』を目的とする敵。これなら、迷いなく怒りをぶつけられる。己が内に湧き上がり持て余すばかりの『怒り』を、発散できる。
「くふふ……はは、ははっ」
 喜びを上ずった笑い声に変えて、クラリスはMemento Moriの銃口を敵の周囲に向けて銃弾を乱打した。弾丸は建物の壁や電柱に跳弾し、思いもかけぬ角度から敵に殺到する。
 不動のように見えるサキュレント・エンブリオだが、ゆったりと宙を滑り、要所要所で巧みに攻撃の芯を外しているのを、菖蒲は見逃さない。右手で構えた九蓮砲筒が大量の爆炎の弾丸を連射し終えたかと思えば、すぐさま別の商業施設の屋根へと移動し、左手に構えた砲撃形態のLetz Shakeを敵へと差し向ける。
「……逃がさない……」
 砲口は正確に敵を捉え、撃ち出した竜砲弾を触手の付け根に炸裂させた。
 破壊され鉄骨がむき出しになったビルの高層に、白い翼を広げて陣取った悠乃は、戦場を見渡しながら仲間たちの力をひたすら増強させていく。
「皆さん、今のところ大きな怪我はないようですが、やはり前衛の攻撃手から消耗が激しくなっていきそうですね」
「そうだな。おれもフォローしていくよ」
 少し下の中層階までたどり着いた近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は、同程度の高度の建造物を野生の身のこなしで跳び回りながら、妨害力を高める魔法の木の葉を一人一人に振りまいていく。
 事前のすり合わせ通りに上手く回っている戦線に、レシタティフはあたかも散歩でもしているかのように高所を巡りながら、満足げに口の端を持ち上げた。
「皆、やるではないか」
 鷹揚に呟きつつも、敵を追い立てる鎖はいっそうキレを増す。自身は攻撃の要。倒れるわけにも、攻撃の手を緩めるわけにもいかないのだ。
「悪い状態が蓄積してきたようですね、……このチェーンソーで斬り刻み、もっと増やしましょう!」
 ロスティの掲げたチェーンソー剣がうなりをあげ、敵の頭上から激しく斬りつける。凶悪に振動する刃が、傷口を広げる手応え。
 頭頂部に攻撃を喰らいながら、サキュレント・エンブリオの触手がざわざわと激しく蠢いた。かと思えば多肉状の青い組織が、ロスティを退かんばかりに強烈な輝きを放った。
 透ける胎児のシルエットが、まるで泣き声を上げるかのように胎動するのを、ケルベロス達は見た。

●守るための戦い
 光り輝く体組織の内部で、声もなく泣きじゃくる胎児のシルエット。
 それは薄気味悪さすら感じる光景だった。視覚と聴覚のギャップに、赤子の泣き声の幻聴まで聞こえてきそうだ。
 光によってサキュレント・エンブリオは治癒と浄化を得、しかしそれ以上のことは起こらなかった。
「胞子が活性化している様子はなし……所詮はただのヒールか」
 呟きつつ、レシタティフは光の翼を広げ、ぴょんぴょんとはね飛ぶチェリーの進路前方に素早く回り込んだ。
 その意図を心得て、チェリーは迷わずレシタティフへと跳躍した。しっかりと組まれた幼女の手を足場に、豊満な少女の体がいっそう高々と跳び上がった。
「ナーイスっ! ありがとねっ」
 明るく弾む掛け声と無数の霊体とともに、チェリーの体は勢いよく敵へと突っ込んでいく。
「……畳みかける」
 治癒による敵の浄化状況を見極め、菖蒲は弱体化を重ねるのではなく、強力な攻撃に切り替えることを選択した。激しいガトリングの回転から連射される無数の弾丸が、多肉状の青い組織を蜂の巣にしていく。
 ケルベロス達の高度に合わせて上へ上へと浮き始める触手。敵の意識が明らかに上方に向いていることを察知し、郁はあえて地上に降りた。
「上ばかり見ていていいのか?」
 ビルの谷間から、束になっている触手の付け根に命中する竜砲弾。下方からの思わぬ不意打ちに、サキュレント・エンブリオの触手はさらなる混迷に蠢き、標的を絞りきれない。
 上下から立体的に攻め立てるケルベロス達は見事サキュレント・エンブリオを手玉にとり、瞬く間に追い詰めていった。触手の反撃は侮れないものだったが、敵の狙いは定まらず、火力を高めたケルベロスの攻勢が敵を消耗させていく速度のほうが圧倒的に早い。
「チェストー!」
 甲高い声で、祖父に教えられた気合いの雄叫びを上げながら、深緋の薙刀を掲げて斬り込む楼子。触手に少なからず吸われた血液を取り戻すように、『虚』の力によって斬りつけた傷口から生命力を簒奪し返す。
 宙に浮かぶサキュレント・エンブリオの巨体が、ぐらりと明らかに傾いた。背の低いビルを支えにするように触手を突き刺し巻き付かせる姿に、ケルベロス達は敵の限界を見極めた。
 レシタティフは不遜にして不屈、凶悪にすら見える笑顔を浮かべて敵の懐に飛び込んだ。それは、天使の顔をした悪魔の抱擁。
「――さぁ、惨めに死にさらせ、蛆虫め」
 首に下げている魔導水晶が爆発し、囁くような詠唱に合わせて痺れ魔法が発動する。
 動きもままらぬサキュレント・エンブリオは、いっそう寄りかかる形でビルを崩壊させていきながらも、あがくように触手を動かしでたらめに薙ぎ払った。しかしその触手のほとんどは、前線に陣取る盾役たちにしっかりと受け止められた。
 チェリーは派手に裂かれた傷口から流れ出る血も意に介さず、ぽたぽたと足元に落ちるに任せる。……その赤色が、あたかも生き物のように地面を這い進んでいることに、気づく者はいない。
「一罰百戒! 次からは足元にも気をつけるんだねっ!
 隠牙拳聖の血影暗器。操作された血液は敵の背後で槍の形に結実し、幾本もの触手を激しく斬り裂いた。
「問題は、倒した後の爆散と胞子ですが……」
 ロスティもまた己の傷を顧みることなく斬り込んだ。チェーンソー剣で敵の防護をズタズタに斬り裂くとすぐさま退きつつも、サキュレント・エンブリオから片時も視線を離さない。
「私は、もっと強くなるの。どれだけ沢山相手がいようと、勝てるくらいに、ね」
 呟くクラリスの影が、不意に蠢いた。やがてそれは、雑じりの気ない真っ黒な一匹の猫を象る。
「街にも人にも手出しできないまま、デウスエクスらしく番犬の手で散れ」
 にゃあ、と一声鳴くや、黒猫は敵めがけて地を駆ける。黒猫影路。あとに残るのは、大きな災いだけ。
「好きには……させない。……必ず倒す」
 菖蒲の九蓮砲筒はもはやガトリングの回転を止める暇さえなく、大量の弾丸をひたすら吐き出していく。
 郁と楼子は同時に飛び出した。
「街の人たちのためにも、ここで仕留める!」
「では、これにて仕舞いといたしましょう」
 郁は鉤縄と跳躍による立体機動で、最後まで翻弄する動きで果敢に飛び込み、卓越した技量からなる氷結の一撃を叩き込んだ。
 霜を下したその場所を、狙いすますは楼子の玲瓏・黒耀爪。黒耀石の光を浮かべた黒の龍爪が、激しい斬撃で的確に患部を斬り裂き、敵の消耗を増大させる。
 悠乃は銀の指輪を敵へと差し向けた。その周囲を、氷結の力が取り巻き凝集していく。
「街の皆さんの生活を、心を、守るために!」
 仲間を援けてきた凍結の弾丸は、初めて、敵へと牙を剥いた。
 凍結弾は一条の光となって、サキュレント・エンブリオの巨体をまっすぐに貫いた。

●平穏と闘争の予感
 青く透ける組織が色素をなくし、胎児のシルエットが濁りの向こうに消える。
 次の瞬間、宙に浮かぶ巨体が爆散した。
「勝ぉーーー利っ!」
 胞子をまき散らし四散していくサキュレント・エンブリオの姿に、チェリーはぴょんぴょん飛び跳ね長い耳を揺らしながら歓声を上げた。
「聞きしに勝る爆散ぶり……残骸があれば調べたかったのですが、期待はできぬようですね……」
 敵が跡形もなく爆散した様子に、楼子は小さく嘆息した。
「胞子の拡散を防ぐ手段は、現時点では無いと聞いていますが……確かに、あれを食い止められるような能力に心当たりはありませんね」
 手を出す暇もなく、瞬く間に散って大気に溶けていってしまった胞子を見送り、ロスティも肩を落とした。
「飛散した胞子はきっと他の植物へ取り付くのであろうな」
 レシタティフは胞子の飛散地点の空気を閉じ込めた容器をのぞき込み、目を細めた。おそらく、こうも簡易な採集で何かを発見できることもないだろうとは思いつつ。
「我々では、現時点、どうしようもない。できる限りのことは行った。ここの平和は保たれた。それでいいのではないだろうか」
「そうだな。早くここを修復して、民間人に被害がないか確かめにいかないとな」
 郁は頷き、早速小型兵たちを量産して、破壊された街の修復に取り掛からせた。
 ケルベロス達の立体機動による活躍により、サキュレント・エンブリオの被害は狭い範囲に留まった。それでもケルベロス達の修復作業に妥協はない。
「幻想が混じってしまうことは避けられませんが……それでも、すこしでもいままでと近い形にしていければいいですね」
 脳裏に刻み込んだ街の姿を思い出しながら、想いを込めてヒールを輝かせる悠乃。守りたいのは命だけではない。人々の心も、救いたいのだ。
 修復作業を終え、一息つこうと壁際に身を寄せた菖蒲の耳に、暗い呟きが届く。
「……これから新たな攻性植物が現れたとしても、片っ端から狩ればいい。そうだよね?」
 どこか凄みのある声音で零すクラリスの眼差しは、どことも知れぬ場所を睨みやっている。
「……たぶん」
 菖蒲は深く考えずに答えると、タバコに似せたラムネ菓子を口に咥え、サキュレント・エンブリオのいなくなった空を見上げて静かに黄昏れた。
 この戦いにおける人的被害はゼロ。破壊された街もつつがなく元の生活を取り戻した。
 しかし攻性植物の侵攻はなお続く。飛散した胞子がどのような事件をもたらすか。
 新たな予知を待ちつつ、ケルベロス達はひと時の休息を得るのであった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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