紫陽花変異、園児たちを守れっ!

作者:かのみち一斗

 7月初め。
 関東地方では、はや梅雨明けが取りざたされているその日。
 ここ関西では五月雨がやっと上がり、広がる青空の下、爽やかな初夏の風が吹いている。
 大阪市東南部、かつて鶴橋町と呼ばれていた一角にある市立幼稚園。
 その園庭は、久しぶりのお天気に嬉しそうに遊ぶ園児たちの歓声で満たされていた。
 鬼ごっこに興じては、捕まえて得意げに鼻の下をこすり上げる男の子。
 園庭の隅に残された水溜りを渡ろうとして、おろしたての長靴が気になるのかいつまでもまごまごしている女の子。
 屋根がある砂場では、職人気質な園児たちの一大作品が製作真っ最中。

 そんな子供たちの傍らに、垣根を飾る紫陽花の花壇が広がっている。
 そこへふわりと音も無く飛来する謎の胞子が。
 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
 次々と紫陽花の装飾花に、茎に、葉に取り付いていく。
 どくりと──鼓動がひとつ。
 紫陽花だったそれが攻性植物へと変異していく。
 花壇の奥でそんなことも起こっていることも知らず、明るい陽だまりの下で、一際楽しそうに笑う園児たちの声が。
 未だ気付く者は居ない。
 殺戮が起ころうとしていることを──。
 
「やはり、あの幼稚園に出現するのだね」
 シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が念押しするかの様に問いただし、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が頷いて答える。
 セリカが該当する予知の資料を机の上に並べながら、いつもなら軽い調子を崩さないシェイが資料へと真剣な視線を投げていることに気付いた。セリカの気遣う気配に、
「さてね、弟妹が多いから……かな?」
 それだけ言いながら微笑を浮かべると、もういつものシェイで。
 小さく頷いたセリカがケルベロスたちを見回すと、話し始めた。
「シェイさんの働きにより、大阪での新たな攻性植物の事件を予知できました。先のサキュレント・エンブリオによるものでしょう、空から漂ってきた謎の胞子によって複数体の攻性植物が出現するのです」
 同時多発的に現れた胞子。
 それは大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物たちの新たな動きの一貫であった。
 大阪市内へ攻撃を行い続け、犠牲者と、そうでなくても人々の避難を誘い、自分達の勢力範囲を拡大することを狙い続けている。
「それを許せば、結果としてゲート破壊成功率も徐々に下がっていってしまうでしょう」
 防ぎ、どこかで反撃しなければならない。
 その意思は全ケルベロスに、ヘリオライダーに共通するものだった。
「今回の敵は攻性植物が5体、出現場所は、大阪市生野区にある幼稚園の園庭です」
 園庭の片面を占める紫陽花の花壇から、出現するようだ。
 出現は確定していること、警察や消防が駆けつけやすい位置であること、何よりも避難させることも目的の一つである為、園児たちの避難は任せてしまって問題ないようだ。
 逃亡することも無いようなので、ケルベロスたちは戦いに専念することができるだろう。
「ですが、敵の数は5体。数の多さそれ自体が脅威といえます」
 同じ花壇の紫陽花の変異体な為か、協力した戦法を取ってくるようなのだ。
「私たちが何よりそうであるように、連携してくる相手です。決して軽んじないで下さい」
 
 そこまで言ったセリカ、
「たとえ連携しようとも、護る為に戦うケルベロスの敵でないと信じています」
 そう締めくくると、頭を下げるのだった。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
安曇野・真白(霞月・e03308)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
アンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)
武蔵野・大和(大魔神・e50884)

■リプレイ

 ヘリオンのローター音が遠ざかる。
 激しく風を切る音が続き、雨上がりの空気が身に纏わり付く。
 見下ろす眼下には園庭が急速に広がり、ヘリオンの爆音に気付いたのか驚いて見上げる園児たちと、
 ──怪しく蠢き始めた紫陽花の垣根が。
 のそりと這い出るように現れ、立ち上がる五体ものデウスエクス、攻性植物。
 その異様な姿に、教諭だろう若い女性の悲鳴が響き渡ると同時。
 子供たちを護るように、ケルベロスが次々と降り立つ。

●連携対連携
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が軽やかに着地。黒髪が揺れ、額のサークレットが僅かに覗く。
 優雅に振り返り、驚き顔の園児たちへと微笑みながら教諭の女性へと呼びかける。
「慌てて転ばぬようお気を付けてー、皆様お逃げくださいましー」
 そのおっとりとした様子に女性が一瞬あっけに取られるも、次の瞬間には必死に頷き、声を張り上げた。突入する大阪府警の警察官たちの叫び声と避難誘導が続く。
 それに小さく頷くと懐に右手を潜ませながら攻性植物へと向き直り、
「紫陽花の見頃ですがー、あたら風情もなくー、剪定が必要ですわねぇー」
 右手を一閃、撒かれた紙兵が障りの守りと化して舞う。
 その傍ら、身を沈めて着地した安曇野・真白(霞月・e03308)とボクスドラゴンの銀華。
「いくよ、銀華っ!」
 白狐のウェアライダーの少女が、雪白の髪を揺らしながら高速で印を切り、銀華が一声鳴いてドラゴンインストールを主へと発動する。
 舞い踊る紙兵の中、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が気合の声と同時に全身に力を込める。
 半裸裸足の格闘家姿。鋼の筋肉がはち切れんばかりに盛り上がりポージングを決めた。
「その程度の守護、この筋肉には意味ねえぜ!」
 単なる威嚇ではない──守護を打ち破る筋力流の構え。その完成を意味する。
 泰地の眼前、五体の攻性植物たちが一群と化してケルベロスへと迫る。
 本格的な戦いの火蓋を切ったのはシェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)。
「たまたまなのか、狙ってなのか、中々嫌な場所に来るね、相手もさ」
 常に軽い調子を崩さないドラゴニアンが、真白の御業が攻撃を仕掛ける敵メディックを見出すや短く竜語を詠唱、掌に生じた竜の幻影を撃ち放つ。
 だが着弾する直前、敵ディフェンダーから伸る蔓が変形した。瞬時に蔓と葉が絡み合い膨張、生成された盾に受け止められる。
「ま、そう来るよね」
 やれやれとばかりに呟くシェイ。翠玉色の瞳を鋭く細めるや、敵を迎え撃つべく駆ける。
 その間に、愛用の無骨なレーキ──赤熊手を右肩に担いだレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)、
「アンナマリア、やるぞ!」
 深緋のコートを翻しながら敵を中心に半円に駆け、
 頷きを交わしたアンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)が、紫のカラードレスを取り巻くように光の鍵盤──月光鍵を展開、
「カーテン・コールの時間だわ。黄昏の中でラスト・ダンスを踊りなさい!」
 楽師の背後から殺到する御業が敵メディックへと襲いかかり、またも盾に防がれるも、
「そこだ!」
 レッドレークが死角から打ち放った轟竜砲が、敵メディックを直撃した。
 苦痛に激しく体を揺らめかせながら、紫陽花の真花を中心に癒しの果実が次々と実り──回復を行う収穫形態だ──狙っていたリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)が動く。
 一瞬の選択。直後、黄金の髪のオラトリオが殺神ウイルスを投擲した。
 狙い通り植物の盾に命中し、直後、施された癒しを弱体化するも、同時にアンチヒール自体を解除されると眼差しに迷いの色が深まる。
 その迷いに乗じるかのように、敵ジャマーが自らの蔓を大地と融合させるや、催眠を施す埋葬形態と化してリュセフィーを中心に後衛陣へと襲い掛かるも、すかさず武蔵野・大和(大魔神・e50884)が対抗詠唱を開始。
「かかって来い、植物共! あなた達の相手は僕達だッ!」
 大和の叫びと同時、花びらと変じた癒しのオーラが舞い、侵食された大地を打ち払い、せめぎ合う。
 グラビティの鍔迫り合いの中、両者の前衛同士が激突した。
 敵クラッシャーから伸びた蔓がハエトリグサの捕虫器めいた捕食形態へと変じ、唸りを上げてレッドレーク、泰地へと襲いかかり、フラッタリー、ミミックが迎撃する。
 フラッタリーが襲いかかった捕食形態を下段から鋭く一閃する蝶之掌で受け流した。僅かに軌道を逸らすと自らは身を低めて掻い潜り、
 ミミックはまともに噛み付かれ、地面へと叩きつけられるも、バウンドと同時に体勢を立て直して立ち向かう。

●貫く者、打ち破る者
 気合一閃。
 泰地が召喚した刃の群れが敵前衛へと降り注いだ。
 切り裂くと同時に蔓を大地へと縫い止め、構えに宿る破剣の力が守護を打ち砕く。
 直後、敵前衛へと癒しの輝きが光り回復が施されるも、泰地の眼差しに迷いは無い。

 ケルベロスたちは連携を整えていた。
 泰地が弱体化を、フラッタリー、ミミックが自陣を固め、大和、リュセフィーで支える。
 その上で敵メディック、次いで敵ディフェンダーを倒し優位を得ることを狙っていた。

 真白と銀華が左右に散ると同時。
 敵メディックを狙い、真白の熾炎業炎砲、銀華のボクスブレスが打ち放たれる。
 だが、何と言うことか──敵ディフェンダーが展開する植物の盾が左右に枝分かれするや、両者共に迎撃されてしまう。
 真白の表情に驚きが浮かび、かさに掛かるように敵ジャマー、ディフェンダーから伸び上がるツルクサ──蔓触手形態がレッドレーク、シェイへと襲い掛かり締め上げるも、
「大和さん!」
 今度はリュセフィーが叫ぶと同時に対抗詠唱へ。
「じっとしててください。今、飛ばします!」
 反応した大和が続く。
 リュセフィーが放つオラトリオヴェールが二人を包み込み、まず蔓が溶け落ち自由を得たシェイが転がりながら間合いを取り、時間差で大和が蹴り放ったジョブレスオーラが、残ったレッドレークを開放する。
 レッドレークがシェイの傍らまで飛び下がりるや、舌打ちをつく。
 同時攻撃に反応された以上、力付くで盾ごと破壊するしか──。
 と、シェイが僅かに肩を竦めるや、
「左右が駄目なら上か、それとも?」
 何かに気付いたレッドレーク、不敵な笑みが交換され、
「なるほど、そうだな!」
 言うなり身を屈めた。地に手を付け詠唱を開始し、シェイの詠唱が重なる。
「その身を贄と捧げろ!」
 レッドレークの叫びと同時、袖元から伸びる攻性植物、真朱葛が足元へと広がるや、真紅の魔方陣と化して敵直下へと一気に展開し、
「北海の玄武よ、大地の猛威と共に敵を喰らえ!」
 シェイの全身から気が湧き上がる。腕の一振りと共に眼前の地面へと突き刺さったソレが大地の加護の助けを受け蛇の如く広がり、地面を貫いて突き進む。
 次の瞬間、敵メディックの足元から、魔法陣から躍り上がる熊手と化した蔦草と、牙を剥く無数の蛇が襲いかかった。
 直下からの攻撃、しかも初見である。
 まともに喰らった攻性植物が引き裂かれた。
 断末魔めいた蠢きだけを残して蔓が散り、それも溶けるように崩れ去る。

 敵クラッシャーの放つ破壊光線を、フラッタリーが無造作に素手で打ち払った。反れた光条が傍らのジャングルジムを吹き飛ばす。
 轟音と舞い散る金属片、フラッタリーの腕から滴る血、そして──炎。
 空気が──変じた。
 闇が落ちる相貌。黄金の瞳が輝き、フラッタリーが立つ。
 轟、と。
 額の傷跡を封じた額冠が展開し、地獄の炎が溢れ出す。
 ニィ、と唇の端だけを上げた狂笑を浮かべた獣が叫ぶ。
「セmEテ花ノ散リ際ヲ愛デ∃ウゾ!」
 額から迸る炎が燃え盛る弾丸と化して襲いかかり、必死に受ける敵ディフェンダーの盾ごと喰らい、侵食する。
 ギリギリの拮抗。
 捕食者の視線に、怯えるかの様に敵攻性植物が僅かに怯んだその時、アンナマリアが奏でる鍵盤が踊る。
「悪夢の時よ、凍り付け! さあ、我が御業よ! 哀しき未来を駆逐なさい!」
 舞うごとに力を得る御業が膨れ上がり──。
「エリミネートッ! ティアァァァァズッ!!」
 魔曲が、完成した。殺到する不可視の力と共に襲いかかる。
 限界まで侵食された盾とデウスエクス本体が、存在する空間ごと瞬時に凍結した。
 次の瞬間、御業の雄たけびと共に付きこまれた拳が盾を貫き、返す拳のラッシュが敵ディフェンダー本体へと叩き込まれる。
 凍った時の中である。そこに回避も耐性も無い。
 硝子めいた硬質の音と共に、攻性植物の上半身が砕け散る。
 直後、時が動き出し。
 下半身もまた──崩れ落ちる。

●掃討
 均衡が破れた。
 攻性植物たちは護りと癒しを失った。
 その上、積み上げられた加護と呪縛。
 そうなれば最早、決定力に欠けた寄せ集めにすぎない。

 敵ジャマーを狙いシェイが駆け、左右後方に銀華、エアシューズで加速する真白が続く。
 敵クラッシャーからシェイへと拘束のツルクサが伸び、当然のように敵ジャマーが埋葬形態を広げ、銀華、真白を狙う。
 片方の自由を奪い、もう片方を攻撃する当然の戦術、だが──。
 蔓の拘束を紙兵の加護を持つシェイが自力で打ち破った。直後、蔓ごと貫いた旋刃脚が、完全に不意を打たれた敵ジャマーへと横手から突き刺さる。
 植物の葉と蔓が吹き飛び、敵ジャマーがたたらを踏んだ。
 一瞬の隙。だがそれで、十分。
「銀華!」
 叫びざま真白が左地面を蹴るや、流星を纏う蹴りを放つ。
 銀華の逆方向からのボクスタックルにより、封印箱に張り付けにされた攻性植物へと、真白のスターゲイザーが突き刺さった。
 その余りの衝撃に、攻性植物が引き裂かれるように四散する。

 アンナマリアの御業が炎弾を、狙われた敵クラッシャーが破壊光線を同時に打ち放った。
 炎弾と光条が空中で急接近し、すれ違い──。
 互いの腹部に命中した。
 燃え上がるデウスエクスが苦悶に体を揺らめかせ、アンナマリアが僅かに眉をしかめ、すかさず大和、リュセフィーが癒しの体勢へ。
「僕の心の『太陽』よ。今こそ、もっと輝け!」
 大和が、自らの掌に癒しの熱を練り上げグラビティを完成させる直前、リュセフィーの遠隔手術が発動した。アンナマリアの傷が高速で修復されていき、回復が過大になると即座に見切った大和が横飛びに跳ぶ。
 炎に苦しむ敵の懐に飛び込むや、練り上げた熱の全てを叩き込んだ──それは味方ならば癒しであり、敵ならば攻撃となるグラビティなればこそ。
「僕がいる事を忘れないでほしいですね」
 高熱を放ち続ける掌を握り締めるオウガ戦士の眼前。
 劫火が燃え盛り、攻性植物がのたうちながら燃え尽きていく。

 最後の一体。
 残された敵クラッシャーが特攻めいた勢いでレッドレークへと迫る。
 迎え撃つレッドレーク。
 フラッタリー、ミミックが迎撃に動こうとするのを止め、右裾から伸ばした真朱葛を左手で掴み、真一文字に構える。
 次の瞬間、激突した。
 捕食形態の牙が、腕に突き立ち鮮血が舞うも、僅かに奥歯を噛み締めるだけで耐える。
 それは泰地により繰り返し施された弱体化の計算と、護るべき物を背後に背負った故。
 力任せに押さえつけ、伸びる真朱葛が駄目押しとばかりに敵クラッシャーに絡みつき、動きを封じるや、
「相馬、決めてやれ!」
 静かに頷いた泰地が、構えた。
 両手を引き絞り全てのグラビティ・チェインを込める。左右のマッスルガントレットが聖なる光と、闇を超えた漆黒を纏う。
 それが両拳一点に集中した次の瞬間、レッドレークが素早く飛び退ると同時に聖なる左がデウスエクスを捕らえ、
「破ッ!」
 闇の右拳をデウスエクスの胴体へと真っ直ぐに叩き込んだ。
 葉を裂き、蔓を断ち切る正拳が攻性植物を抉り、逆側の体表が内部から破裂するかのように吹き飛ぶ。
 ひとたまりもなく──。
 崩れ落ちたのだった。

●雨は上がりて
 戦いが終わっても、ケルベロスの仕事は終わらない。
 大切な、小さな日常へと戻るまでは。
 戦いの余波で大きく抉れた園庭、原形を留めない遊具と、連なる垣根。
 手分けして癒しを施していく。

 アンナマリアの癒しの歌が優しく奏でられると、壊れたジャングルジムがみるみる形を取り戻していく。
「小さな子達が怪我をしないように、きちんと直しておかないとね……」
 繋ぎ目のささくれ一つで、大怪我をしてしまうこともあるのだから。
 女教師が察して園児たちに言い含めると、ちんまりと行儀よくしゃがんで、アンナマリアの手元を不思議そうに覗き込んでいる。
 その様子に頷いた教師へと、リュセフィー、
「幼稚園を壊してしまってすみませんでした……」
 言われた教師が、却って恐縮した様子で助けてくれた礼を言い、頭を下げる。
 それに──砂場や建物は無事でしたから、とも続けた。
 それはレッドレークが、流れ弾が必要以上に施設に破壊が及ばないように意識していたこともあったのだろう。
 その本人はというと、園児たちから離れ、園庭の隅で小さくなって癒しを施していた。
 曰く「小さい子供には何故か近づいただけでよく泣かれるからな……」だそうな。
「本人に強面の自覚がー、あんまり無いのでしょうねー」
 残りの癒しを紙兵に任せたフラッタリーが苦笑を浮かべて。
 傍らの大和が、待ってる間におやつにしませんか? とばかりにお手製のメロンパンを配りだすと、園児たちが顔を綻ばせて。
「頑張った後のメロンパンはまた、格別ですね……」
 自分でもひとかじり。
 男の子が大和からメロンパンをいくつも受け取り、レッドレークの方へと走っていく。
 明らかにうろたえたレッドレークと園児のやりとりに、顔を見合わせて笑い合って。

 と、泰地が大勢の人々を引き連れて戻って来るのが見えた。
 周辺で非常線を張っていた警察官たちへと、報告を終えたのだろう。
 連れ立つのは止められていた父母たちだ。不安を顔一杯に我が子の名前を呼んでいる。
 その姿に気付いたのか、わっと歓声をあげて、園児たちが両親の元へと駆けていく。
 抱きとめる若い母親が、幼い我が子の言葉に、安心した笑顔で何度も頷いている。

 そんな光景を遠くに。
 柔らかな風が吹き、傍らの紫陽花の花が揺れる。
 その花言葉は──。
(「家族の結びつき、か……」)
 シェイが胸の中だけで呟く。
 そうして気付いた。
 傍らの真白が銀華を胸に、子供たちと母親たちの姿を、じっと見つめていることに。
 小さな花がたくさん寄り添い咲く姿に、ほんの少しの寂しさを。
 我慢できなくなったのだろうか、俯き、ただ一人の家族のボクスドラゴンを、ぎゅっと抱きしめて。
 シェイの瞳に優しい色が加わる。
 でも言葉は無くて。
 真白を促し、仲間たちの方へと歩いていくのだった。

作者:かのみち一斗 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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