白球とイグザクトリィと夏の空

作者:奏音秋里

「ん?」
 昼休み。
 校庭をぶらぶらしていた男子生徒は、野球のボールを拾い上げる。
 大会前の部活のミーティングを、サボってきたのだ。
「けっ、やってられっか!!」
 びゅんっと腕を振り下ろして、ボールを投げる。
 しかし狙った窓硝子には当たらず、その横の壁に跳ね返ってきた。
「いでっ……」
「ふふふっ。見つけたわよ、不良。私が更生させてあげる」
 顔を上げると、いつの間にやら見たことのない女子が立っているではないか。
「んだとぉっ!?」
「あなたのような不良はきっと、そのボールで校舎の窓硝子を割り尽くして、一般生徒を震え上がらせているのね!」
「そうさ! 俺は、あんたの言うような凄い不良になってみせる!」
「そういうことなら、私が手伝ってあげる」
 そう言うと、女子もといイグザクトリィは、男子生徒の胸に鍵を突き刺す。
 倒れる男子生徒の隣に、ドリームイーターが出現した。

「これからドリームイーターの討伐に迎える方はいらっしゃるっすか?」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、ケルベロス達に呼びかける。
「日本各地の高校に、ドリームイーターが出現し始めたみたいなんっす」
 高校生が持つ強い夢を奪い、強力なドリームイーターを生み出そうとしているのだ。
「狙われた『かなた』という生徒は、不良への強い憧れを持っていたらしいっす」
 被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持っている。
 だが、夢の源泉である『不良への憧れ』を弱めるような説得ができれば。
 戦闘前に、ドリームイーターを弱体化させることも可能だ。
「不良になるのを諦めさせる説得、若しくは不良そのものに嫌悪感を抱かせるような説得でもいいんすけど。うまく弱体化させられれば、戦闘を有利に進められるっす」
 生み出されるドリームイーターは、1体のみ。
 野球ボールで学校中の窓を割るために、グラウンドをまわっているらしい。
「ドリームイーターは、ケルベロスを優先して狙ってくるっす。この性質も利用しながら、説得と同時に部活動中や帰宅中の生徒や先生達を安全な場所に避難させてほしいっす」
 最低限、建物のなかへ。
 グラウンドから離れてもらえるなら、それに越したことはない。
「戦闘になれば、ドリームイーターは窓のことなんか気にしないっすからね」
 モザイクでつくったボールを投げてきたり、割れた硝子で斬りつけてきたり。
 逃亡の危険性はないため、確実にしとめたい。
「高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すとか、許せないっす。けど不良になられても困るっすから、説得もしっかりして諦めさせてほしいっす」
 ダンテ曰く、被害者は部室棟の裏に倒れているらしい。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼に声をかけるか否かはお任せするっすと、ダンテは付け加えた。


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)
夢見星・璃音(彼岸のゼノスケーパー・e45228)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ

●壱
 現場に到着したケルベロス達は、避難誘導組と説得組に別れて、行動を開始した。
「わたしたちはケルベロスです。デウスエクスはわたしたちが必ず倒します。だから、至急建物のなかへ避難してください」
 アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)が、近くの者達に呼びかける。
「先生方にお願いしますわ。生徒達を建物のなかに連れていってもらえるかしら?」
 ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)も、教員に声をかけた。
「ここは危険ですから校舎内に避難してくださーい!」
 割り込みヴォイスの効力で、リティア・エルフィウム(白花・e00971)も声を届ける。
「ケルベロスですわ! 戦闘がありますので避難お願いしますの」
 八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)は、テレビウムとともに校舎の外をまわった。
「此方は任せて、君達の仲間は無事に帰すから。さあ、選手には休息も大事だろう?」
 それでも心配な野球部員達には、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)がさりげなく。
 グラウンドに出ている者達を、皆は順調に避難させていた。
 一方でじりじりと距離を詰めてくるドリームイーターを、残りの3名が包囲する。
「そうだね。窓ガラスを全部割るためにボールを投げていれば、確かに騒音とかでみんな震え上がるかもね」
 夢見星・璃音(彼岸のゼノスケーパー・e45228)は、いったんは理解を示したのだが。
「でもね、学校にいたならたぶんわかると思うけど……というか私もたまに見たけど……授業中とかになにか投げて生徒を震え上がらせてる人、いたよね? ボールなんかよりもっと細くて、ガラスを割ることもなく、さ」
 と、チョーク投げをする教師の存在をほのめかした。
「窓ガラスを割って、どうするの?」
 空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)は無表情のままで、首を傾げる。
「器物損壊罪で、弁償しなきゃならないと、思うんだけど。弁償して一文無しになり、人からは後ろ指を指され、普通のお店からは出禁をくらう……そんな、お先真っ暗の、格好悪い不良に、なりたいの?」
 淡々と語られる内容に、ドリームイーターは戸惑いをみせた。
(「いけませんね……不良とは悪しき存在です。読んで字のごとく、よいところなどありません。なんとしてでもあきらめさせましょう」)
 ふたりの説得を聴きつつ、天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)は考えを巡らせる。

●弐
 無事に避難誘導を終えた面々も合流し、改めて全員でドリームイーターをとり囲んだ。
「ミスター、そもそも不良のどこに憧れてますの? 素直に反抗できるところですの? 自由にみえるところですの?」
 頃子が、ドリームイーターを問い詰める。
「自由は自己責任になりますのよ、ミスター。本当に憧れますの? 管理されてる方が、いまのうちは楽ではありませんこと?」
 テレビウムも「そうそう」と、同意の言葉を表示した。
「不良に憧れるなんて、理解できません。まったくかっこいいなんて思わないです。何故野球部を辞めないのですか? 何故ボールを使っているのですか? 本当は野球が好きなのではないですか?」
 アメリーは、かなたが野球ボールで硝子を割ろうとしたことに着目する。
「不良よりスポーツマンの方がずっとかっこいいと思います。つらくとも、逃げていてはなにも成すことができないのですよ」
 此処で踏ん張れば幾らでもやり直せるのだからと、語気を強めた。
「君はどうして、不良になりたかったんだろう。右ならえと流されるみたいな人生が格好悪かった、とか? それじゃあ……ただ無心に逆らう、ただ否と答えるのが、君にとっては格好いいのかなって」
 若さ故というやつなのかなぁ、と、自分なりの理由を考察するゼレフ。
「それでもなってみたい? 君がいままでつくってきたものと引き替えにする程の価値が、果たしてあるのかな」
 押し付けることは好まないのだが、改心のきっかけになれればよいと思って問いかけた。
「不良になればなににも縛られなくて済む。自分の我をとおせるって、そういうところに憧れているのかしら? ヒトに後ろ指を差されながらも自分を貫き通す孤高の存在! っていうと確かに格好いいけれど……一歩間違うとただのワガママになっちゃうわよね」
 孤高でありたいのか、我が儘をとおしたいのか、それは分からないけれど。
「格好いい不良でありたいのなら、それ相応の努力は必要って話。不良になったからすべてが解決、なんてないんだからね。まずは自分の理想をちゃんと見つめなおしてみない? って、私は思うな」
 やけっぱちではなく自分の意志でなりたい自分を選んで欲しいと、ユスティーナも思う。
「窓ガラス壊してまわったら弁償費やばいと思うんですけど、そのへん考えてるんですかねぇ?」
 と、リティアはドリームイーターを一気に現実へと引き戻した。
「不良って将来なんの得にもなりませんよ? 一般の方には敬遠されるだけでまともな友達がどんどん離れていってしまいますし、碌なもんじゃないですからね! 大人になってからの、若い頃はやんちゃしてたエピソードとかも薄ら寒いですから!」
 明るくハイテンションに、不良の短所を並べ始める。
「正直に申し上げますと、いまのあなたはとてもかっこ悪い。世のなかの多くの方々が、そう考えます」
 言葉を選び選び、カノンははっきりと告げた。
「それに不良など将来的に考えてもなにもいいことはなく、未来は閉ざされるだけです。輝かしい未来に影を落としてまで不良になるなんて、とても考えられませんね」
 リティアの説得を後押しするかたちで、言葉を重ねていく。
 全員が想いを伝え終えると、ドリームイーターはその場にがっくりと膝を折った。
 しゅんとして、いまにも涙しそうな雰囲気である。
「諦めて……凍てつけ」
 先手をとって無月が、冷気を集中させたゲシュタルトグレイブを突き刺した。
「なにがあったのかわかんないけど、ホントは真面目な人じゃないかな……そういうときは、落ち着かせないと……ね」
 璃音もネクロオーブから、触れたものすべてを消滅させる虚無球体を放つ。
 応戦のため立ち上がるドリームイーターだが、遭遇時のような覇気は感じられなかった。

●参
 説得の効果は上々で、繰り返される攻防もケルベロス優位に進んでいる。
「どんな暗闇でも、心に宿した光がある限り歩もう。魂が唄う限り」
 ユスティーナの歌声は、魂に刻まれた強い想いを喚起させ、前に進むための力を与えた。
 ウイングキャットも、前衛陣へと羽搏いて邪気を祓う。
「神の小羊、世の罪を除き賜う主よ、彼らに安寧を与え賜え」
 天上の神に祈りを捧げ、聖なる力を開放するカノン。
 大ダメージを狙って、グラビティ・チェインを昇華させた雷雲から雷撃を落とす。
「いまです、リティア!」
「任せてください、カノン。エルレ、一緒にいきますよ! そいや! そいや!」
 間髪入れずリティアが、左右から強烈な突きを繰り出した。
 グラウンドの隅まで追い詰めたところで、ボクスドラゴンが激突する。
「更生させる、って言ったのに、不良になるのを、手伝ってるの? 支離滅裂な思考・発言、っていうやつ、かな?」
 眼前の相手を生み出した張本人への意見を述べているあいだに、力を溜めて。
 無月は、筋力を載せた超高速の斬撃を放った。
「じょーかーさん、よろしく頼みますわねー! 此方も残さず綺麗に頂きますわ」
 キリッとした顔文字で応えると、テレビウムが凶器を振りかざす。
 このあいだに頃子は、黒い手袋を口で外し、異形に変わった両腕に前列を呑み込んだ。
「天蠍宮の大天使よ、彼の者にさらなる罰を与えるです……le Scorpion」
 回復を邪魔させまいと、中衛のアメリーが召喚の言葉を唱える。
 巨大な蠍の幻影がドリームイーターを貫けば、その傷口はじわじわと広がっていった。
「私とキャッチボールでもしてみる? 命がけだけどね」
 後衛の璃音も、魔力を凝縮した魔力球を、ドリームイーターへ投げつける。
 受け止めようとした手に命中して、ものすごい爆発が発生した。
「おいで、ストレス発散してくといいよ。ホームラン……とはいかないけどね、この剣じゃ」
 鉄塊剣をバットのように構えて、ゼレフはドリームイーターを挑発する。
 そうして投げ込まれたモザイクボールを、見送り、ファウル、ファウル、ヒット。
 そのうえでドリームイーターに剣を突き立て、螺旋を描く炎で包み込む。

●肆
 弱体化が成功していたこともあり、戦闘は始終ケルベロス優位で進んでいた。
「……終わらせよう」
 稲妻を帯びたゲシュタルトグレイブで、ドリームイーターの左腕を貫く無月。
 パラライズの影響で、モザイク硝子片が足許へ落下して、砕けた。
「私の一撃も受け止めてよね!」
 ディフェンダーのひとりとして攻撃を受けてきたユスティーナの、達人の一撃が炸裂。
 相棒のウイングキャットも、これまでどおり清浄の翼で邪気を祓う。
「最期はじょーかーさんと決めますわよー!」
 テレビウムが閃光で目を眩ませ、頃子が地獄の炎を纏わせた攻性植物を叩き付けた。
 がっくり膝を折り、前のめりに崩れるドリームイーター。
 戦いは、ケルベロスの勝利で終了した。
 周辺をヒールで修復してから、ケルベロス達はかなたのもとへ向かう。
 意識をとり戻した少年に、アメリーが手を差し伸べた。
「……生意気なこと言ってごめんなさい。でも、スポーツマンがかっこいいと思うのは本当の気持ちです。一生懸命好きなことに打ち込む姿というのは、すごく輝いて見えて……憧れます。野球を好きでいるうちは、どうか続けてほしいのです。わたし、応援してます」
「間違いに気付けたなら、気の迷いくらいは悪くないかもね。できれば別の夢を叶えて欲しいもんだけどね」
 ゼレフも、微かに笑んで自らの希望を伝える。
 たまに悪さしたくなる気持ちには、心のなかで同意しつつ。
「きっといまならまだやり直せる、だから一度冷静になって。それを、あの女の子は教えてくれたんじゃないかな……」
 優しく声をかけることで、璃音はかなたを、冷静になるように諭した。
 女の子、というのは、イグザクトリィのことである。
 皆でかなたを励まして、不良を諦める決意を聴いて、笑顔で別れた。
「上手くいってよかったですね。エルレも大活躍でかっこよかったですよ」
「ありがとうございます。帰ったら一緒にお茶でも飲みましょう」
 リティアのボクスドラゴンをぎゅーっと抱き締めて、カノンはその活躍を称える。
 礼を述べてからリティアも、カノンを縁側でのお茶会に誘った。
 超絶なかよしなリティアとカノンは、きゃっきゃしながらヘリオンに乗り込む。
 ほかのケルベロス達も、あとを追うのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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