蒼炎の代役

作者:桜井薫

 人気のない路地を歩くアルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)は、数刻前から背後に感じていた気配に向け、苛立ったように吐き捨てる。
「……おい、居るんだろう。いい加減、出てきたらどうだ」
「気づいていたか。鼻が利くようになるものだな、番犬というものは」
 アルトが険しい目つきで睨みつけていた空間が、揺らいだ。
 そこに現れたのは、黒い礼服をまとった男。ぶっきらぼうなアルトと慇懃無礼な男の物腰は対照的だが、その白い髪と青い瞳は、どことなくアルトと似通った雰囲気を感じさせる。
「……! テメェは!」
「おや、名もなき『代用品』たる私の顔に、何か見覚えでも? 酔狂な男だ」
 眼に凶悪な炎を宿して男に敵意を向けるアルトをからかうように、『代用品』はひらひらと手を振り、その掌に蒼白い炎を出現させる。
「『代用品』で居るのも、少々退屈していたところなので……死んでもらおうか。名もないアンサンブルから、役名つきの身となった男。アルト・ヒートヘイズ」
「……っ!!」
 男の青い炎が、アルトの体に襲いかかる。
 誰もいない路地裏は、決闘の演目を繰り広げるステージに変わろうとしていた。

「ヒートヘイズが、デウスエクスの襲撃を受けるんが予知されたんじゃ」
 円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)はケルベロスたちに一礼し、前置きを省いて、手短に説明を始める。
「急いで知らせようとしちょうも、本人に連絡をつけることはできんかった。のんびりしちょる暇はなか。ヒートヘイズが無事でおるうちに、何とか助けに向かってほしいんじゃ、押忍っ!」
 続いて勲は、アルトを襲おうとしている宿敵の特徴と能力について説明を始める。
「奴は、『代用品』と呼ばれちょるらしい、量産型のダモクレスじゃ。人の姿を写し取って自分の見た目を書き換えることもできるようじゃが、現れた時点では、黒い礼服を着た白髪の男のごたる見た目をしちょる。芝居ががった、ケレン味のある戦いを好むようじゃな」
 勲によると、『代用品』の主な攻撃手段は3つ。
 1つめは、蒼白い色の炎を浮かべた掌から炎弾を放つ攻撃。見た目通り炎の追加効果を持ち、遠い場所のケルベロスにも高い威力でダメージを与える。
 2つめは、ゆらめく炎を生み出し、広範囲を焼き払う攻撃。距離を問わず複数の対象にダメージを与えるだけではなく、まとわりつく炎で、命中と回避に悪影響をおよぼす。
 最後は、対象の姿を模しながら空間にノイズを発生させ、自分の傷をヒールする技。回復とともに敏捷を冴え渡らせ、己の攻撃力と回復力を強化する。
「自己強化つきの回復に、追加のダメージに、命中と回避の妨害。隙のない技の構成を、命中回避バランス良く高める戦術でさらに強化した、油断ならん奴じゃけんのう。くれぐれも心して戦うじゃ」
 アルトを無事に助けだすためにも、しっかり気を引き締めて戦うよう、勲は念を押す。
「じゃが、どんな厄介な相手でも、皆が力を合わせれば怖いもんなんてなか。慌てず急いで、無事にヒートヘイズを助け出してくるじゃ……押忍っ!」
「はいっ! この『劇』、絶対ハッピーエンドにしましょうねっ!」
 勲の気合に天野・陽菜(ケルベロス兼女優のたまご・en0073)も元気よく手を挙げ、皆とともにうなずく。
 ケルベロスたちは、アルト救出に急ぎ向かうのだった。


参加者
ガーネット・レイランサー(桜華葬紅・e00557)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)

■リプレイ

●巻き込みの開幕
「……今更、一人の人間を護る為に、身代わりになることも失敗した『失敗作』に、何の用があんのかな?」
 慇懃無礼な黒衣の男に応えを返すアルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)の視線は、いつにも増して険しい。
「用? そんなもの、ありませんよ。ただ、『代用品』の退屈な日々に、筋書きのないエチュードを添えたくなった……それだけです」
 自ら『代用品』を名乗るダモクレスが、用などないとうそぶきながら、その掌に青い炎を浮かべ、今にもアルトを焼き尽くそうと腕を振りかぶった、その時。
「退屈凌ぎに大事な仲間を傷つけられてはたまったものではないな。場違いなゲストには、早急にご退場願うとしようか」
 いの一番に割って入ったのは、アルトと旅団を共にするビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)だった。放たれた光り輝く流体金属の粒子は、ビーツーの鉱石を彷彿とさせる輝く鱗にきらめき、次々に駆けつける仲間たちの感覚を研ぎ澄ましてゆく。
「食べ物の恨みは怖い……というけど逆もまた然り。先日の鶏ハムトマト鯛焼きのお礼参りです」
 続いて、御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が、狐のものに獣化させた無刀の左手を振り抜き、爪で切り裂くように『代用品』の胴を殴りつける。この姑息なダモクレスを退けた後は、アルトの元でまた美味しかった鯛焼きを買いに行くためにも、早々に決着をつけるべく、宵一は鍛えられ戦術で威力を増した一撃に集中し、小気味良い打撃音を響かせた。
「皆、悪ぃ。巻き込んで申し訳ねーが……宜しく頼むな」
 次々と駆けつける頼もしい仲間たちに心の中で謝罪と感謝を述べつつ、アルトは紅蓮の鎧装に包まれた戦闘モードの姿をあらわにし、両手で振りかぶったドラゴニックハンマーから竜の力を込めた砲弾を放つ。
「……! これはこれは。随分大勢の飛び入りゲストだ。『代用品』だろうと容赦はしない、番犬とはそういう生き物だったな」
 宵一とアルトの一撃に軽く体制を崩しながらも、ダモクレスは慇懃な態度を崩さず、一対他の状況を揶揄してみせる。
「『代用品』ねぇ……それじゃあえて聞くけど、『あなたはだあれ?』」
 アルトに近い立ち位置から、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)はだるそうな半目の表情を崩さず、静かな嫌悪感を込め、敵に問いかける。自宅警備員にも思想信条はいろいろあるが、樹にとって、自宅、すなわち護りたいものがあることで、『自分』らしく在れる……自己を確立するのはあくまで自分の責任との認識に、今回の敵はとことん相容れないとの思いからだろうか。腕に装着した特製の業務用爆破スイッチを押す手には、表に出さずとも、確実に殲滅する意思の力が込められているようだ。『二藤式地雷起爆術』は見えない地雷を『代用品』の足元に送り、爆発と共に着々と回避を削る。
「『代用品』は『代用品』。それ以上でもそれ以下でもない……はっ!」
 樹の問いには答えず、レプリカントはその手に蒼くゆらめく魔弾を生じさせ、強烈な勢いでアルトめがけ、炎が殺到する。
「……ふざけた事を言う。代用品だと。人であれデウスエクスであれ、誰かが誰かの代用になどなれる筈もないと言うのに」
 炎とアルトの間に割り込み、誇り高い怒りを浮かべて我が身を強靭な盾としたのは、カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)。19世紀の士官礼服を模した美しい衣装は、魔弾の属性にマッチした耐性で炎をしっかりと防ぎ、被るはずだったダメージを大幅に軽減させた。
「きっと貴様は嘲るであろうが、それでも私は貴様を憐れもう。それが、私が捧げられる唯一の手向けだ」
 正面から敵に向き直り、カジミェシュはノブレスオブリージュの精神溢れる気高い言葉を投げかける。そして癒しの力に特化して鍛え上げた新月刀を高々と掲げ、火力の担い手たる宵一に向けて、命中力を高める『Przewodnik』の強化を施した。
「息災ですか、アルト。お手伝いしますよ」
 彼に続いて、マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)も援護に駆けつける。ミミックの『田吾作』と共に『代用品』の前に割って入り味方をかばう体制を整え、マリオンもまた、閉じた右目から解析した敵の動きを、緑色の瞳を開きグラビティを通して宵一に伝えることで、高火力のダメージソースの確実性を高めようと援護を重ねた。
「目標捕捉。戦闘を開始……ドローン、展開する。ハルナも援護を頼む」
「はいっ!」
 ガーネット・レイランサー(桜華葬紅・e00557)は自身を戦闘モードに切り替え、耳の辺りからアンテナを起こし、ゴーグルの装着された瞳が輝く。ガーネットの指示に天野・陽菜(ケルベロス兼女優のたまご・en0073)はうなずいて、前衛に展開していたケルベロスたちを、守りを固めるドローンと、ビーツーが用いたものと同じ命中力を高めるオウガメタルの粒子が、重ねて強化した。徹底して初手に重ねられた強化は、9人と4体の戦力を着実に高め、命中と回避を強化した戦力に勝る1体の敵への準備を万全に整える。
「……!」
 アルトのウイングキャット『アイゼン』も、主人に協力する頼もしい味方たちに鼓舞されたように翼を広げ、アルトの頭から飛び立って、清浄な光に満ちた羽ばたきを仲間たちに振りまく。その瞳は爛々と輝き、アルトに敵意を向ける敵を共に打ち破ってみせる、との決意が表れているかのようだ。
「出し惜しみはせぬ……温(あま)いわ! 滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」
 仲間たちから受けた強化を乗せ、オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)は、最初の一撃からとっておきの技を惜しまず振る舞う。水の力で戦うオニキスの消すべき炎は、決して見誤ることのない唯一の標的、『代用品』。青い炎に被せるように、混沌の水は龍の奔流となって、彼女の体を勢いよく敵本体に叩きつけた。
「……生憎、番犬たちが主役の群像劇は、見飽きてるのでね。さあ、『代用品』たる私のアドリブ、ごらんあれ……」
 『代用品』はケルベロスたちから一歩距離を取り、体の周囲にまとったノイズを強め、己の姿を覆い隠した。

●ノイズからの場転
「……! それで、俺の姿を写し取ったつもりか」
 アルトの苛立たしげな声が、戦いの場に響く。
 ノイズが元通り『代用品』の体を薄く覆うのみになった時、そこに立っていたのは、アルトの戦闘モードの姿を模した、一体のダモクレスだった。
「……悪趣味ですね。アルトの姿は真似られても、その『心』は、同じものにはなり得ません」
 マリオンが淡々と評した通り、体を覆うノイズが無くとも、アルトと偽『アルト』の違いは、仲間たちにとって明らかだった。彼女は動揺することなく、アルトを含めた後方のケルベロスたちに向かって、戦意を鼓舞し力を高める色とりどりの煙を展開する。
「ならばこの場で『心』ごと葬り去るまで……その後は、ゆっくりと『名』を奪うのもまた、一興か」
 姿を変えた『代用品』は、声だけはアルトとまったく同じ周波数で傲慢な台詞を口にし、全身にゆらめく幻の炎を湧き上がらせる。揺らぐ炎は浮かび上がり、大きく広がり、アルトたちに殺到した。
「「「……!!」」」
 ビーツーのボクスドラゴン『ボクス』、田吾作、アイゼン。
 3体のサーヴァントたちは、白橙色の炎を輝かせ、鳥型の細い足を踏ん張り、サバトラ風の毛を目一杯逆立て、それぞれの目標を護ろうと、恐れる様子もなく炎に飛び込んだ。勇敢な同士に応えるかのように、カジミェシュのボクスドラゴン『ボハテル』は炎の色に輝く角から、もっとも傷の深かったボクスに属性をインストールし、息の合った援護を見せる。
「『名』を奪う、か……名を名乗るのに、許可など不要だろう」
 ビーツーも相棒たちの連携を補助するように、ケルベロスチェインで魔法陣を描き、敵の炎に縛られた仲間たちを癒し手の戦術で、束縛を解く。その内心に浮かんでいたのは、名前を嫌いほぼ通称のボクスで呼び名の折り合いをつけた相棒か、渾名だろうと本名だろうと関係なく矜持を持って生きる己の生きざまか……いずれにしても、目の前の敵に遅れを取る気はまったくない。
「逃がすものか」
 ガーネットは敵の攻撃後の隙を突くかのように、流星の煌めきを宿した蹴りで、アルトの姿をした『代用品』の脚部をしたたかに打ち付ける。
「戦況は決して劣勢ではない。皆、恐れるな」
 落ち着いて戦況を見渡し、カジミェシュは妖精の祝福を宿した矢で、敵の強化を破る力をアルトに付与した。
「ああ、勿論だ……戒めるは焔気、刻むは夢現の境、導くは陽炎!『戒焔剣:白昼凶夢』、夢と現の境界を斬り崩せェ!!」
 アルトは赤く燃え盛る焔気を練り上げ、陽炎の刃を掌に生成し、剣技というよりは体術のような身のこなしで、同じ姿を取った『代用品』を斬り刻む。その一撃は、カジミェシュら仲間たちから貰った援護を存分に載せ、別の仲間たちが積み重ねた敵への弱体を、ジグザグに走る刀傷とともに一気に増幅させた。
(「たとえ代用品として生まれたとしても、そうであることを選んだのは……」)
「『自分』を棄てたのは、そっちが先なんじゃないの?」
 樹は前段を心の中で呟き、『名』を奪おうとする『自分』のない敵を否定するかのように声に出し、爆破スイッチを構えて遠隔爆破の見えない爆弾を起動させる。敵の命中を削ぐ爆炎の勢いは、樹の不快感をそのまま表してるかのように、その威力を増している。
(「これだけ積み重なれば……」)
 仲間たちの、特に背中を預ける樹の攻勢が、『代用品』の体勢を崩した機は決して逃さない。
「……!」
 宵一はしなやかで無駄のない動きでダモクレスに急迫し、『浮木』の強烈な一撃を、敵の隙が一番大きいと判断した胴体の左側に叩き込んだ。さらに続いて、信頼する宵一らのため力を貸さんと駆けつけた晟も、『代用品』のお株を奪うような蒼い炎の息吹で畳み掛ける。
「さあ、もっと身を焦がせ機械人形。この程度の殺意(ほのお)では、吾が水気に容易く飲まれてしまうぞ?」
 味方の青い炎に重ねるように、オニキスも巨大なチェーンソー剣を振りかぶり、豪快に振り下ろす。回転する鋸刃は偽の赤い鎧装を切り裂き、明らかに相手の守りを削いでいた。

●活劇の佳境
「……っ! つまらない、ありふれた筋書きだ……!」
 強打の重なりはさすがに痛手だったようで、パーツだけはアルトと同じ表情を歪め、『代用品』は再び強烈な炎を掌に生じさせる。その炎の色は変わらず冷たい蒼をたたえているが、その表れ方は、先ほどアルトが用いた彼自身で編み出した技をも真似するかのように、刃のような形を取っていた。
「形だけを真似たところで、崩すことは出来ん……」
 カジミェシュは真正面から身じろぎもせず強烈な炎を受け止め、そして、すらりと剣を抜く。
「護るべきもののある剣こそ、攻めに転じて強きものと知れ!」
「ぐ……!」
 卓越した技量を乗せたカジミェシュの剣は、氷の刃を纏う一撃となり、『代用品』の胸元を容赦なく打ち付けた。敵の胸元を押しつぶす衝撃は、アルトを模した声帯の中で強引に空気を通し、潰れた悲鳴のような声を吐き出させる。
「吾が激龍の苛烈さ、並ではないぞ!!」
 オニキスも再び『龍王沙羯羅大海嘯』を放ち、畳み掛ける。一気にとどめすら刺してしまおうという勢いを乗せ、小柄な、しかし強靭なオニキスの身体は、恐れを知らない勢いで『代用品』にぶつかっていった。
「Undifinedの気持ちも分からなくはありませんが……」
 『Undifined』、すなわち、『未定義』。
 元々がダモクレスであったマリオンも、心を得たはずだがその在り方は未だわからないこともあり、レプリカントとダモクレスを分けるその境界は、彼女自身、はっきりと答えられるものではない。
「まあ、今の私は……こちら側ということです」
 しかし、そんな迷いを振り払うように、マリオンは心霊治療士の力を込めた霊弾を浮かび上がらせ、定義を持たぬ『代用品』に、真っ直ぐな軌道で撃ち込んだ。力なき誰かが暴虐に晒されることを嫌悪する心はきっと、どこかにある……そう信じて。
「逃げ場など無いと知れ……散滅せよ、デウスエクス・マキナクロス!」
 同じレプリカントであるガーネットも、心について思うことがあるか無いかは、さておき……少なくとも、今すべきことへの迷いは、微細な電子回路の一筋ほども持っていなかった。ガーネットの『対デウス・エクス多弾頭反応弾』は敵の目前で分裂し、すでに本来の力を出すことは不可能なまでに重なった状態異常を、終幕に向けて導くかのように積み増してゆく。
「……!」
 宵一の霊力を帯びた太刀筋も傷口を正確に引き裂き、練度戦術援護などの積み重ねで最大の火力を引き出し、『代用品』のボディパーツを正面からとらえていた。
「で、もっかい聞くけど。『あなたはだあれ?』」
 相棒である宵一の、いつも通り寡黙でありながら、信頼の置ける戦いぶりに応えるかのように。
 樹は再び問いと共に爆破スイッチに手をかけ、自宅警備員の将来性で満たした爆薬を淡々と生成する。
「『代用品』は……」
「あ、もう答えとか期待してないんで」
 樹は真顔で眉一つ動かさず『代用品』の言葉を遮って、手元のスイッチをこれみよがしに押し、爆弾の破片を炸裂させた。
「『代用品』、は……!」
「さあ、アルト殿。そろそろ、幕引きの頃合いだろう」
 アルトの顔立ちで苦悶の表情を浮かべる『代用品』を横目で見て取り、ビーツーは生命を賦活する電気ショックを本物のアルトに向け、仲間が相応しい決着をつけることを促す。
 アルトは無言でうなずき、深く息を吸い込んで、『代用品』に向き直った。
「……分かりませんか? 貴方もこれで、『代用品(そのたおおぜい)』じゃなくなって終わるんですよ」
 演劇めいた、相手の慇懃な物言いに合わせるかのように。
 アルトは芝居がかった口調と物腰を整え、その身に赤い炎を纏わせた。
「な、何を言い出す……かっ!」
「最初から、『代用品(おれたち)』には、代わりなんて、……いくらでも、居るでしょう?」
 ダモクレスのノイズが、揺らぐ。それは、敵の動揺を示しているのか、いないのか。
 アルトは『代用品』の応えを待たず、纏わせた炎を幻想的に揺らめかせ、白昼夢を誘うかのように煌めく陽炎を、同じ顔をした機体に浴びせかけた。
「…………!!」
 アルトの姿を写していた『代用品』に、再びアルト自身が創り出した技の炎がぶつかり、爆ぜる。
「最期ってやつは……『代用品』にとっても、ただ一つ。誰のものでもない、俺の手で……誰のものでもない、お前の存在に、ケジメをつける!」
 アルトの炎と声が消え、一瞬の静寂が訪れたのち。
 『代用品』はゆっくりとアルトの姿を失ってゆき、最初に現れた男の姿となって、その機能を停止させた。

●終幕、それぞれの胸に
「なにかこー、悪りィな。俺が勝手にしたことに巻き込んだようで」
 しばしの間をおいて、アルトは仲間たちに向き直り、少しばつが悪そうに口を開いた。
「アルト殿のせいではない。気にするな」
「その通りだ。当然のことをしたまで」
 ビーツとカジミェシュの言葉に、皆がうなずく。
 縁あって駆けつけた者も、ケルベロスとして仲間の危機に駆けつけた者も、その思いは同じだった。
「……でもさ、俺は間違いなく、お前らのお蔭で『アルト・ヒートヘイズ』でいられるんだよな。……ありがとな」
 仲間たちの想いを受け取り、アルトはその表情を少し和らげ、照れくささを押し殺しながら、素直に礼を言う。
「勝敗は否応なしに決まってしまうが……決して代えの効かぬ良き闘争だった。汝のことも、決して忘れはせぬぞ」
 オニキスは動かない『代用品』を見やり、誰の経験にも変えられない、自分たちがたった今終わらせた戦いと、その相手に思いを馳せる。
 誰かが誰かで居るために、必要なもの。
 この場に立っている全員が、今の戦いを通じて再認識したものだ。
「さあ……行きましょうか。誰のものでもない、俺たちのいつもに帰るために」
「ああ、目標の殲滅は完了済みだ。状況終了、帰投する」
 宵一とガーネットの言葉とともに、アルトたちは振り向き、戦いの舞台をあとにする。
 こうして、脚本のないエチュードの幕は降りた。
 決して再び演じられることのない、一度だけの公演……その模様は、ケルベロスたちの記憶だけに刻まれている。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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