月に狂う

作者:黒塚婁

●狂瀾
 ふわり、ふわり。宵闇に仄かな光を受けて、胞子は舞う。
 風まかせに見出したのは――光を遠ざける行灯に秘められた、蕾を膨らませつつある月下美人。
 ふわり。
 民家の片隅で、一晩限りの絢爛なる日を待ち微睡む花に、胞子が舞い降りる。
 悲鳴をあげるように甲高い音を立てて割れた鉢を踏みにじるは、白妙の蔓。
 月下美人は、その美しさを其の侭に――怪物へと変じた。大輪の花は闇夜に耀くように花開き、かぐわしき香りを放つ。
 爪の先のような月が見守る下――五つの影が、狂い、匂い立つ。

●討伐依頼
「爆殖核爆砕戦以後、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き始めた」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はそう切り出し、説明を始めた。
 攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行い――市内で事件を多数発生させ、一般人を避難させることで拠点を拡大しようとしているのだろう。
 大規模な侵攻ではないが、これを放置すれば、いずれゲート破壊成功率も下がってしまう。
「これを防ぎ、かつ反攻を狙う……そのための一歩となる仕事だ。心してかかれ」
 前置きはここまで、辰砂は今回の事件について語り出す――前に、闖入者がある。
「月下美人の攻性植物が出たんだってねェ!」
 俺の予想通り、と錆・ルーヒェン(青錆・e44396)が言うのを、辰砂は頷き認めつつ、説明を続ける。
 事件の発端はサキュレント・エンブリオが放った胞子による――この胞子に取り憑かれ誕生した複数の攻性植物が、市街地に侵攻しようとしているのだ。
 それらは一般人と見るや否や、襲い掛かる危険な存在だ。取り込んでくる攻性植物と違い、出会えば即、死が待っている。
「敵の数は五体……いずれも行動を共にし、逃走もしない。個の力はそれほど凶悪ではないが、元々同一の植物であったためか、連携し対抗してくる。これが厄介な点といえよう」
 敵は先程ルーヒェンが言った通り、月下美人の攻性植物だ。
 闇夜に映える繊細な白い花弁の、一晩で萎んでしまう幻想的な花はそのままであるのだが――その儚さを無視するように巨大化し、全長は二メートルとちょっとまで至る。
 そして月下美人独特の芳香を広範囲に撒き散らし、人々を誘い――そして、容赦なく搦め捕り、縊り殺す。
 自立する身体も仄かに白く、本当にぱっと見は繊細なのだが、人間を超える全長で――それが五体。なかなか壮観だな、と辰砂は目を細めた。
 ――因みに、この攻性植物は夜誕生するため、夜間戦闘となる。ケルベロス達には然程問題はないだろうが、気になるなら対策を打ってもいいだろう。
 なお一般人は事前に避難させてある。ゆえに、戦闘に注力してもらいたい、辰砂はそう告げる。
「大切に育てられていた鉢だそうだ――このような災難に遭い、さぞ、無念であろう。元に戻すことが出来ぬ以上、早々に解決してやれ」
 説明を聴き終えたルーヒェンは――常と変わらぬ微笑みを浮かべた儘。
「折角自由に歩ける脚を手に入れたのに、満月も見れないなんて……かわいそーだよねェ」
 ぽつりと零したのだった。


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)
梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)

■リプレイ

●月下
 夏の闇はどこか仄淡く――しかし数刻もすれば、より深くなろう。新月過ぎの月はひっそりと痩せ、頼りなげに浮かんでいる。
 そんな儚い光を、強く押し返す白。大輪に咲いた――巨大な月下美人。白妙の蔦を伸ばして這いずるように歩む、その不格好さは不気味でもあり――必死に腕を伸ばしているようにも見える。
 梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)は青梅の双眸を細めた。それは恐らく幻想であろう、と。
「花が月に、胞子が花に……魅入られちゃった子、どっち? ――両方?」
 錆・ルーヒェン(青錆・e44396)が背後で低く囁くのに、乙女は驚きつつ、振り返る。
 彼が歩けば、高い踵が立てる独特の音が響くのに、気付かなかった。
 そんな彼の背後の闇に――ゆらゆらと小さな灯りが揺れている。ケルベロス達が備えた灯りはそれぞれの個性をもって。これもまた、何処か非日常的なものに見える。
 あれが月下美人か――ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)が密やかにひとりごつ。
「写真などでしか見たことがないが、確かにこれは……美しいな」
 地を這うような低音が零した感想は、意外なものである――無論、巨大なそれ全体を見て、美しいとは言いがたいが。
 鮮やかに咲き誇る大輪の花は、元の美しさを失っていない。
 鑑賞できる美しさは失われていないように思える――アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)も、そう観た。
「細い花弁は、今宵の細い月にも似ているな」
 そう告げる彼の声音は確りしているが――その瞼はとても重そうであった。
「月下美人の花言葉は艶やかな美人や、秘めた情熱、それと儚い恋なんてのもあるのよね」
 ふと、凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)が口にする。小首を傾げるような仕草で、彼女の淡く輝く白髪をさらりと音を立てると、月下香の香りがふわりと漂う。
「一夜しか咲かない花、儚いイメージだったが……」
「儚さって何だったかしら……」
 月音やアラドファルの言葉を耳に、妹からの贈り物であるランプを片手に、セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)が困惑滲ませ嘆息すれば、
「巨大月下美人なんて、綺麗じゃなくて不気味って言うよね」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が頷く。彼は彼で、武器やら装備やらにサイリウムを備えた彼は、夜間の住宅街において、妙に浮く風体であった。
 そう、静かな夏の夜、ことのほか派手であったケルベロス達に、五体の月下美人が気付かぬはずはない。
 不器用な蔦をくねらせ、ぐんぐんと迫ってくる。脅威的な速度ではないが、決して愚鈍と断ずるほど遅くも無い。対峙するが一般人であれば、なすすべも無く捕らわれてしまうだろう。
 鋭い金眼を細め、ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は相手を見やる。月下美人が蔦と根を蠢かせ移動する様は――花が如何に美しい儘であろうとも、否、そう見えるのであれば尚のこと――常軌を逸して巨大化したそれは、醜悪だ。
「哀れなことだ――持ち主に大切に育てられ、咲く時を今か今かと待ち望まれていた花たちであろう」
 静かに息を吐き、強く彼は断じる。
「悪意を振りまく前に散らすのが情けか」
「ええ、花も持ち主も気の毒だけれど。せめて花弁が血で染まる前に、摘み取ってあげましょう」
 ぶん、と音を立て、ガイストの両腕に収まるは二対の如意棒。合わせ、音も無く、ナイフを掌の内側に滑らせ構えた月音が居並び構える。
 うんうんとルーヒェンは頷きつつ――でも、小さく呟く。
「散らしちゃうのって、ザイアク感」
 どこか毀れたような、軽薄感も漂う彼の言葉だが――その時に瞳に浮かんだ光を、乙女はどう見たか。
 首肯したようにもとれる程度、俯いて彼女はやや俯く。蔭る目許に、三日月の影が落とし。
「せめて、君達の咲いた艶姿を我々の目に焼き付けなければ……ね」

●薫香
 真っ先に戦端を開いたのは、ディディエ。ケルベロスと月下美人が最終的な距離を詰めるより先、静かな所作で衣を捌いたかと思うと、真っ直ぐに差し向けた掌から、ドラゴンの幻影が地を這うように駆け上がる。
 竜の軌跡が熱で揺らめく――立ち塞がったのは、狙いと異なる月下美人、立ち塞がるは勝手だが、囁き、彼は目を細める。
「……耐えられるか?」
 ぶつかり燃え上がるのは幻影の炎だが、根を包む熱は現。
 根や蔦、花弁の一部まで炎上した状態で、それはケルベロスの前に立ち塞がり続ける。
 その様に、物言わぬ花がもつ覚悟をみつつ、紫陽花の飾りが揺れる蛇の巻き付いた形の杖を手に、セレスが向き合う。
「……不運だとは思うけど、それ以上に不運な人間を出すわけにはいかないもの。ここで動きを止めさせてもらうわ」
 ぴしゃりと、落雷の音が響く。
 ――宵闇を鮮やかに照らす、雷の壁。
 それを背に、軽々と宙を駆けたアラドファル。揺った長い髪が彼の動きをトレースするようにふわりと追う。
 真上から唐竹割に――振り下ろされたルーンアックスの刃が芳香を散らす。
 そのまま消えてしまうかと思った香りは、彼を追うように更に高まる。
 月下美人独特の甘やかさの中に、感覚を鈍化させるような、包み込むように柔らかな芳香――くらり、現か幻か、アラドファルにとってはまさに抗いがたい睡気が襲う。
 程なくセレスの雷の力で遮断されたが、強い香りは鼻腔に漂い、残った。
 目には見えぬ、香りという形の武器を正面から斬り拓くように。
「月明かりの代わりに、私が一緒に踊ってあげるわ」
 微笑みを口元に、月音が影の弾丸を放つ。
 黒く染まり、項垂れ――一瞬にして色あせたような月下美人に向け、カンッ、高い音が道路を叩く。
「ンひひ、ハメ外したくなっちゃう気持ちわかるわかる。でもダメなもんはダメでさ、ごめんねェ」
 錆びた脚で軽やかに跳躍したルーヒェンが、流星の耀きを纏って云う。
 天からの重力を宿した蹴撃にあわせ、地を真っ直ぐに駆けた乙女の喰霊刀が、美しい軌跡を描く。
 下方から斜めに振り上げられる呪詛を載せた一閃で、相手の中心となる軸を深く斬りつけ――返り血は無色の液体だ。甘やかな飛沫が乙女の衣を汚す。
 ルーヒェンが散らしたいくつかの花弁が、戦場にひらひらと舞う。
 その最中、ガイストが一気に距離を詰めた。
 ひゅっ、空気を裂く軽い音から重い音へ、二対の如意棒を巧みに繰り、踏み込む。怒濤の乱打は回避を許さず、相手の守りを崩し、更に撃ち込む。打ちのめされた月下美人は自身を苛む炎に灼かれながら、どうと倒れる。その足元にはやはり無色の液体が広がって、強い香りが周囲に漂う。
 仲間を奪われた報復か――強い殺意をもった蔦がガイストを狙い至近距離から伸びた。
 させじと滑り込んだのは、月音。
 彼女の腕に、きつく絡みつく蔦。それは棘を持つわけではないが、触れればひりりと痛む。締め付ける力も強いが、ケルベロス達にすればどうという程でも無い。
 別の方向からセレスを狙った蔦は、アラドファルが割り込みルーンアックスを振るう――断ち切りながら、巧く逃れつつも――彼の足にきつく巻き付いていたものは、雷の守りが焼き、崩れた。
 同じく逃れ、距離をとった月音に、躙り寄る錆次郎の影――。
「さぁ、傷を見せてねぇ?大丈夫、痛くしないからねぇ?」
 彼は待っていたとばかり、機械腕をわきわきと怪しく動かし――まあその声音や雰囲気こそ怪しいが、その治療技術は本物だ。
「それほどの傷じゃないわよ」
 言いつつ、断る理由もないので月音は手当を受けつつ――先程とは少し異なる薫香が漂っていることに気がつく。ひたすらに甘い、蕩けるような香りは、仲間の傷を癒やすためのものであろう。
 同じ顔をした花たちがきちんと己達のなすべきことを補い合っている。予想よりも厄介な相手かもしれないわね、セレスが杖を手に皆へと告げれば、ディディエは面白いとだけ応え、瞑目する。
「五人揃ってお花戦隊・月下美人。なんの、こっちは八人だかンね!」
 言って、あ、一体減っちゃってたねェとルーヒェンが訂正するを、乙女は黙って頷くに留めた。
「我等の連携の方が優れている事、思い知らせてやろう」
 至極真摯なガイストの言葉に――アラドファルは、ん、と短く同意し、
「まだ昼寝には早いようだ。」
 無数の語り部たる星たちが紡ぐ、光の糸で傷を癒やし――守りを備え直し、確りと花々を見据えた。

●饗宴
 死骸や傷から零れる濃密な匂いに噎せ、人を惑わす芳香に僅かな目眩を覚え――セレスは今自分が誰と戦っているのか、よくわからなくなる。
「しっかりして!」
 錆次郎がオウガ粒子を彼女に向けて放つ――超感覚の覚醒を促す輝きは、彼の力を載せ、セレスを惑わせる匂いを払う。
 意識がはっきりとした彼女の視界に映ったのは、ガイストが炎を巻き上げ、無造作に花の根を蹴り上げるところだった。
 炎に焼かれながら、それは更なる芳香を放つが、
「お花ちゃんたち、せっかくの美人が台ナシだよォ!」
 ルーヒェンが気弾で追い打ちをかける。
 語星に守られたアラドファルが芳香を蹴散らし、影より一体、また仕留める。
「残り、三体」
 彼がカウントするのを耳に、乙女が包帯を繰る。呪詛の血で硬化させたそれを槍の如く、敵の懐まで深く踏み込んで、刺突する。
 逃れようとする彼女を追うように、蔦が走る――そこだっ、痛銃を鋭い角度で構えた錆次郎が声を発しながら、発砲し、弾く。
 更に彼は体型に似合わぬキレの良い動きで、反対側の暗闇へとサイリウムを放り込む。そうして彼がいくつか仕込んだ蛍光のポイントがあり、それを遮る影から、敵の動きが改めて確認できた。
 尤も、今が真昼であっても――セレスの音を拾い相手の動きを探る、というスタイルは変わらなかったが。
「右ね」
 蔦が蠢く音から、攻撃の方角を悟り彼女が身構えるを、
「あら、余所見なんてしないでくれるかしら?」
 月音が遮る。セレスを狙い放たれた蔦を、斬り刻む。正確無比な刃の軌道と身体捌きは鮮やかな舞踏、長い髪を踊らせ、身を返す。
 間隙を縫う精製した物質の時間を凍結する弾丸――仲間を庇いその前へと身を投げ出す月下美人だが。
「……失せろ」
 緋喰成光の鋒をゆっくりと下ろしつつ、ディディエが淡淡と告げる。
 受けるか、流すか――既に満身創痍の相手は、どちらの対処もとれぬ儘、一気に氷の彫像と化し――はらはらと崩れ落ちていった。
 その一瞬の美に、彼は目を細める。
 夏夜に輝く氷の粒は、瞬く間に消えてしまう。
「どうなっても君達は夜の内に失われる運命らしい……攻性植物になった以上次は無い」
 距離を詰めていたアラドファルがオーラを纏った拳を、振り抜く。
 加護を破られ後ろへと蹌踉めいたそれの元へ、畳みかけるは軋む鉄の音。
「行っくよー梅ちゃん、俺たちの土蔵パワー!」
「ど、土蔵パワーか何かは兎も角として……我々の力、此処に示すとしよう」
 突飛なルーヒェンの言動に翻弄されつつ、乙女も続く。
「――さあ、」
「―――……"お食べ"」
 衣が汚れるも厭わず、白皙に滔々と流れる呪詛に塗れた鮮血と、鉤のように突き立てた指を染める朱の雫。
 呪詛と、腐食と、力に満ちたふたつの血が、他の花の前に立ち塞がる個を縛り、捕らえて離さぬ。
 更に――喉に触れながら、セレスが唇を開く。
「嫌なもの程気に掛かる。気に掛かるから縛られる。さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?」
 朗と彼女が紡いだ言霊は、既に受けた戒めを強く意識させ――それが物言わぬ植物であろうとも、深く強固に楔、逃れられぬものへと変えていく。そこへ、低い声音の詠唱が追いかけた。
「……出でよ、畏れられし黒の獣よ。あれぞ、我らの敵だ」
 身動きを許されぬ月下美人に迫るは、実体を持たぬ幻想の獣。
 ディディエの繰る黒妖獣が花へ喰らいつく――それが、恐怖を感じる遑はあったか。甘い芳香を散らしながら、黒くしおれていく。
「ダンスもそろそろおしまいね。さあ、終幕といきましょう?」
 残った花の前で、月音はナイフを手に軽やかに躍る。美しくも残酷な舞踏によって、細かに刻まれた蔦や葉が、風に流れていくを更なる暴風が食い破っていく。
「――推して参る」
 唸るはガイストが振るった如意棒、生まれ出た翔龍は音も無く。
 夜闇に閃き、奪っていく。
 散華した花弁たちは、ふわりと風に巻き上がり――月に届かず、消えていく。
「ならばもう、おやすみ」
 それを見守り、アラドファルが最後に囁いた言葉には――優しい響きがあった。

●残香
「怪我残ってる人とかいない? 大丈夫かしら?」
「ええ、皆大丈夫そう」
 セレスの案じる声に、月音が答える。
 周囲には月下美人から零れた甘い匂いが強く染みついていた。
「……一晩でしぼんでしまう、儚い花、か……」
 ディディエがそっと呟く。
 とある友人から聴いていた、その花の宿命通り――それらは一晩にて潰えた。それでもここに在った証だと言わんばかり、香りだけが、残っている。
 ねェ梅ちゃん、とルーヒェンが声をかけてくる。
「あの子たちもどこかに行きたかったのかもしンないね」
「何処かへ行きたかった、か……怪物になれば、自由を手に入れられると?」
 乙女の言葉に、彼は肯定も否定もせず、続ける。
「そいつの咲き方は遠い昔に体に刻まれたンだって。お月さまと顔合わせられンの……たったの一晩きりじゃねェ。俺なら寂しくて――狂いたくもなっちゃうねェ!」
 だから、ずっとお月さまを見ていられる場所に。ルーヒェンは錆びた脚でくるりと踵を返す。
 その背中を見つめ――瞑目する。
 未だ瞼の裏に刻まれた、儚い白の影。衣に残る甘い香り。
「……此処で斃さなければ、彼等も永く生きられたのかも」
 なんて言ったら、ケルベロス失格だろうか――自嘲のような美しい微笑みを浮かべ、乙女は嘯く。
 許さざる、あり得ぬ話だ。だが、成し遂げたからこそ、これぐらいの戯れ言を零しても――月が笑うくらいであろう。
 彼らのやりとりの傍、もう少し光が欲しいな、頼りない細い月を仰いで、アラドファルは今度こそ小さな欠伸をひとつ。
「やはり夜は眠いな……」

「そういえば、胞子が飛んでる割には、これだけしか攻性植物にならないなんて、なんで?」
 錆次郎は純粋な疑問を思わず口にする――さてな、ガイストは目を細める。
 目をとめたのは、花弁、と呼ぶには大きな一片だ。戦場において踏み抜かれることも無く、綺麗に残っていた。
 それの残骸は匂いばかりだと思っていたが――近づいてみれば、やはりその白は美しく、人を惑わす薫香を纏っている。力を持たぬとはいえ、これを花の主に届けるは危険が過ぎるか、ひとたび逡巡する。
 やがて、意を決したように、ガイストはそれを握り潰す。言葉だけでも、己の願いは充分に伝わるであろうと信じ。
「花は育てればまた咲く――こりずにまた、美しい花を育てて呉れ」

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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