ミッション破壊作戦~7月に吹く風

作者:ほむらもやし

●戦いの宿命
「今月も使用可能なグラディウスが揃ったから、ミッション破壊作戦を進めたい」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、戦いの時が巡って来たことを告げた。
「これが諸君に預けるグラディウスだ。見た目は小さな剣だけど、『強襲型魔空回廊』を攻撃できる貴重な兵器。魔空回廊を守るバリアに刃を接触させるだけで、吸収したグラビティが解放され、恐るべき機能を発揮する。攻撃後は立ちはだかる強敵を倒し、速やかに離脱すること」
 つまり作戦は魔空回廊への降下攻撃と、撤退戦の二つの段階からなる。
 前者は思いの強さ。後者は素早い行動と仲間との連携が、重要と言われる。
「今から僕らが、向かうのは、攻性植物のミッション地域のいずれか。目標は集まった者で決定してほしい」
 命に関わることだから、意気込みだけではなく、パーティとしての戦力も熟考する必要があるだろう。
 重要な注意事項は、通常の依頼と違って、戦いを投げ出して逃げることができないこと。
 たとえ勝てる相手であったとしても、敵の増援を許すほどに状況が悪化すれば、撤退できないままに全滅する。

 危険な状況は確定だが、敵はグラディウスの攻撃の余波である爆炎や雷光、同時に発生する爆煙(スモーク)の影響で、大混乱に陥っている。
 なぜなら、この雷光と爆炎は、グラディウスを所持している者以外に無差別に襲いかかり、魔空回廊の防衛を担っている精鋭部隊であっても防ぐ手段が無いのだ。
 この好機を生かせれば、多少の大胆な行動も、まかり通る。……だろう。
 それが少人数の奇襲でも、1回の遭遇戦で撤退可能と見込める根拠である。
「スモークが有効な時間はそう長くはない。向かった場所やその日の状況で違いはあるようだけど、何十分も持つものでは無い腹づもりでいて下さい」
 時間制限がシビアであるが、現時点でミッション破壊作戦におけるケルベロスの死亡事例は無い。
「グラディウスは攻撃時に気持ちを高めて叫ぶと威力が上がると言われる。これは『魂の叫び』と俗称されている。君の叫びがミッション地域を人類の手に取り戻す力になるんだ。だから恥ずかしがらずに思う存分叫んで欲しい」

 通常の陸路で向かえば、ミッション地域の中枢でもある強襲型魔空回廊には遭遇戦の連続となり、たどり着けない。
 また重要なアイテムである、グラディウスを奪取される危険性を考慮すれば、高高度に侵入したヘリオンからの降下攻撃が適切とされている。
「叫びはグラビティを高める為の手段だ。効果的に威力を高める方法論は解明されていない。従って叫びの内容や思い入れの強弱によってグラディウスが制御不能に陥ったりもしない」
 使い手やグラディウスの個体差による挙動の違いはあるかも知れないが、自分から手放そうとしない限り、喪失することはない。
 ミッション破壊作戦は攻撃を繰り返しによるダメージの蓄積で、強襲型魔空回廊の破壊を目指す。ただの一度での制圧を狙いたいなら、もっと大規模な作戦が必要だ。
 過去に1回とか2回の、攻撃で破壊に至った事例もあるが、超幸運なケースだ。
 1回の攻撃で大きな戦果は要求していない。
 それよりも無事の帰還を最重視して欲しい。
 ミッション地域は、日本の中にあっても、人類の手が及ばない敵の占領地。
 日々ミッション地域へ攻撃を掛ける有志旅団の力を持ってしても、防備の固い中枢近くまでは、手が届かない。
 しかしそこで得られ既に公示されている、敵の知見は撤退行動の助けになるはず。

「ある日、見たこともないデウスエクスが襲いかかってくる。見慣れた風景が血の赤に塗られる。君は、どう感じるか?」
 次に同じことが起こるのはあなたの住む街かも知れないし、知らない土地かも知れない。
 しかし目の前に見える景色が平和であっても、侵略を受けている日常は危機だ。
 知らない土地で起こった惨劇をニュースで見て、運が悪い、可哀想だ。で、済ませていいのだろうか?
 悲劇の当事者に、ならずに済んでいるのは、幸運なだけかも知れない。
 この危機に立ち向かえる力を持つのは、ケルベロスだけだ。


参加者
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)
アリス・ワンダー(音楽の国の迷い姫・e01945)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305)
ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)
アーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)

■リプレイ

●奈良県吉野、強襲型魔空回廊付近
 太古の時代から人と共にあった森は、今はもう奇妙に変異した植物の巣窟と化していた。
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)にとっては、2度目の攻撃であう。頭をもたげるのは18ヶ月前の戦いの記憶、蔓龍の巨体が崩れゆく時の記憶が昨日のことの様に思い出される。
 そんなタイミングだった。目標上空への到着を告げるブザー音が鳴り響く。続けて降下促すようにランプの色が赤から緑に変わった。
「着きましたね。それでは参ります!」
 降下姿勢を取り、開け広げられた扉から、勢いよく飛び出て行くのは、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)であった。
 雨の中を離陸したことが幻であったかのように空は青く、夜が明けてそんなに経っていないのに陽光に熱を感じた。眼下に広がるのは、濃緑の山並み、そして魔空回廊を守るバリアと見られる特異点に進路を向ける。
 およそ1分後には、この身体はグラディウスとともにバリアに激突する。そう思いながら瞼を閉じると、様々な記憶が頭のなかに浮かんできて、不思議な気持ちになってくる。
 自分に合わないからって、地球の自然を好き勝手に作り変えて、歪めるなんて、酷すぎる。同じ手を加えるでも、太古から自然の特性に合わせて共に生きてきた吉野の人たちのやり方とは根本的に違う。
「人と山林とが、自然とが共生をしている安らぎの場所を必ず取り戻します!」
 目を見開く。ついさっきまでは、豆粒ほどの大きさにしか見えなかった防護バリアは今や空の色を映す一面の壁のように見える。
「山で桜や紫陽花や沢山の四季の花々や自然を楽しめる、当たり前の日常を、誰もが笑顔で過ごせるように! こんな回廊は砕かせてもらいますよ! 地球と地球の命を好きにさせて堪るものですか! 必ず護り抜きます!」
 遅れて橙色の火球が膨張を始め、衝撃波が変わり果てた森の広がる山並みを揺さぶった。
「宇宙に輝く蒼き宝石……地球に代わって、大! 大! 大! お仕置きですよー!!」
 叫びと共にグラディウスを突き出した瞬間、閃光が爆ぜる。風景は瞬きの間に真っ白な光で満たされる。
「よくもまあ長いこと好き勝手に蹂躙してくれたものですわね……! もう充分気は済んだでしょう?」
 18ヶ月は長すぎる。
 そう感じつつ、ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)は、グラディウスを頭上に構え、身体のばねで衝撃に備える様にして、突入姿勢を取る。
 バリアを起点に立ち上がる爆炎に向かって、当然の自然現象として上昇気流が巻き起こる。ミルフィは炎を纏ったまま宙に舞い上げられてくる異形の植物の断片の間を潜り抜けるように降下を続け、構えたグラディウスを振り下ろす。
「貴方たちに、この森も、地球も、侵食し尽くさせる訳には参りませんのよ!!」
 この日、二度目の爆炎が空高く立ち上がると同時に、逆方向の地上側に流れ落ちるようにして、火の手があがる森に爆煙が広がって行く。
 異形と化した木も正常な木々にも、グラディウス攻撃の余波がもたらす破壊は平等に襲いかかる。
 迫り来る火炎の塊が、突入姿勢を取るシエナを避けるように不自然なカーブを描く。グラディウスを所持する者だけが、例外的にその余波の害意から守られている。
「Assertion(聞き分けなさい)! これはあなたたちには不要な物! だから壊させて貰いますの!」
 人々が普通に自然の草木を愛するように、シエナにとっては攻性植物もまた愛すべき対象だ。そこには人類に仇をなす攻性植物も含まれる。だからこそ、戦いの連鎖を吐き出すゲートを破壊して、新たに生み出される憎しみを無くしたい。シエナはそう願い、グラディウスを叩き付ける。
 弾き飛ぶシエナの身体。それと同時に樹枝状の雷光が立ち上り、その根の広がりと共にあふれ出たスモークが巨大津波の如くに山の輪郭を灰色で覆い隠してゆく。
「随分と長い事占領してくれたじゃない。もう十分でしょう、そろそろ吉野の地を返してもらうわよ」
 荒ぶる雷光のトンネルを真っ直ぐに突き進むのは、八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305)。空中に舞い上げられた、それなりの大きさの断片が伸びる雷光の枝先に貫かれ灰と消えて様を横目にグラディウスを頭上に振り上げる。
「覚悟しなさい蔦龍!」
 豊水の目の前には爆煙の裂け目が広がり、そこには雷光と爆炎の色を映し、現世の地獄の如きマーブル模様を描いたバリアの表面があった。
「あなたたちに何度侵略されようと地球の民は決して屈しない! 私たち、守りし者がいる限りこの吉野の森も必ず蘇る! だから……退きなさい魔空回廊! ここは私たちの通る道よ!」
 頭上から刃を振り下ろす刹那に満身の力で叫び、豊水はそこに映る自分自身の姿を目掛けて刃を突き立てる。
 身体の芯を貫かれるような凄まじい衝撃が抜ける。
 熱に晒された氷がひび割れるが如き軋音が響く間に、バリアを覆うような火球が茸の傘の如くに開き、急速に膨れ上がった。巻き上がる風は勢いを増し、炎を孕んだ爆煙を成層圏にまで届かせた。

「話には聞いていたけれど、グラディウスってとんでも無い代物よね」
 地上に降り立った、豊水はこぼすように呟いた。スモークの中で蠢く気配が、そこかしこで雷光に砕かれているように感じた。
 自分らでグラディウスをコントロールできている間はこれほど都合の良いものは無いが、その逆もある。ミッション地域と曖昧に呼称しているこの吉野も、敵がグラディウスを行使して魔空回廊を開き、削り取った土地なのだから。
「Un souhait(願い)……このまま砕けてくれませんこと?」
 魔空回廊を守るバリアのダメージの深さを感じ、シエナが祈るように上を見上げる。
 一方、ミルフィも岳も撤退準備に余念が無い。危険なミッション地域でヘリオンとの合流を計画するのは無謀だ、あくまでミッション地域からの脱出は自力が基本になる。強敵を倒し、中枢地域を離れさえすれば、運良く有志旅団のケルベロスと出会えることもある。
「近鉄の吉野を目指すのが、妥当と思いますわ」
「では、それで行きましょう」
 恐らく、鉄道はミッション地域の拡大を抑えている有志のケルベロスたちも、利用しているだろう。有志のケルベロスたちとの合流や帰りの足までを考えれば、そこを目指すは最も事故が起こりにくい選択だろう。

「ここで、絶つ……次また破壊しなければならない状況を、これ以上作るわけにはいかない……! 今! ここで!」
 上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)の叫びが響き渡る。
 生命は生きたいという意思によって、生きる存在だ。だから千鶴は生きていて、今死にたいと思うことはない。
 落下速度は秒速50mを超えるほど。一本の矢となった自分の身体は数秒後には防護バリアに激突する。本当に生きていられるだろうか、羽根を持たぬ種族にとっては何度体験していても恐怖が全くないといえば嘘になるかも知れない。
(「守りたいよ……!」)
 蜘蛛の巣の如き亀裂が走ったバリアに映る、無数の自分自身の像を目掛けて、落下方向にグラディウスを突き出す1秒にも満たない時間、千鶴の脳裏に、バリアに映った自身の数だけの、数え切れない程の万感があふれる。
 何かを成し遂げる前に、死にたくはない……それはきっと、誰もが思うこと。
 だから、理不尽に、命を奪うやつらを……。
 だから、人里へ向かって再び侵攻するやつらを……。
 絶対に、許しはしない……!
「終われええええええええええええ!!」
 爆発、そしてバリアは鱗のような破片を散らしながら軋音を響かせ、爆発と共に広がる衝撃波がそれに晒されたあらゆる物を破壊して行く。
「てめぇら……くせえぜ。俺らの星を滅茶苦茶にした連中と、同じ臭いがしやがるぜ!」
 そして、身体を細切れにされる激痛と共に宙に投げ出された千鶴の両眸には、叫びと共に、赤黒い爆煙を引き裂いて降下してくる、アーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)の姿が映る。
 激しい上昇気流に巻き上げられた濃緑の異形が、稲妻に貫かれてそこかしこで灰と消えて行く様に、アーシャは眉を顰める。
「地球は、俺らの星の二の舞にはさせねえ! てめぇらもそっくりだから気に食わねえ、俺の本能ってヤツが、てめぇらを潰せと、叫んで止まらねえんだよ!」
 この森を、これ以上好きにはさせねえ! 故郷と、吉野を追われた人々、壊された昔の人々の思い、そして自分自身、吉野に縁のあるありとあらゆる人々の思いを乗せるように、アーシャもまた刃を向ける。
 直後激しい衝撃に弾き飛ばされる刹那、閉じかけたアーシェの目に半球の頂点付近の一画が陥没する様に崩れる様が見えた。
「ははははは、やった、やってやったぜ! 忘れちゃいねぇぜ、てめぇらなんて、踏みつけて、細切れになるまで引きちぎってやるぜ。今更、「ごめんなさい」なんて言っても、許しちゃやんねーぜ?!」
 バランスを崩して煙の中に落下してゆく、アーシェの哄笑が響き渡る中、続けて澄んだ音を立てながら、亀裂は広がり、蜘蛛の張る網目の如き模様を全体に広げて行く。

「……まだ崩れていませんよね?」
 羽根を広げてスピードを緩める、アリス・ワンダー(音楽の国の迷い姫・e01945)の紫の眸には、小さな穴が開いたとは言っても、破壊しきった様には見えなかった。
 グラディウスの使い方は難しくない。しかしこのチャンスに砕ききれなければ、後からどんなに悔やんでも、やり直しはきかない。暴走しても結果を修正することもできないことも分かっている。
「先、行くよ!」
 一方、偶々、回廊の破壊を目の当たりにしたことのある、ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)にとっては大きなチャンスに見えていた。

 時間の猶予は少ないのは分かっている。
 降下速度を緩めたアリスは命を懸けてでも守りたい人たちの顔を思い浮かべた。
 その脇を追い抜いて行くノーヴェは、爆煙の下で無残に破壊し尽くされた森の歴史に思いを巡らせながら、穴の開いた中心を避けるようにして突っ込んで行く。
「ここは、お前らみたいなのが居ていい場所じゃないんだよね。だからキミ達みたいな迷惑な雑草はボクたちが綺麗に刈り取ってあげるよ!」
 叫びと共に大きな爆発が起こり、解放されたグラビティが、バリアとその下にある魔空回廊、そして目に見えるあらゆるものを激しく揺さぶった。

「もう壊れそうなのにね」
 期待を込めて上を見上げていた、千鶴の表情が微かに曇る。
「惜しいわねえ。もしかして、プレッシャーもあるんじゃないかしら?」
 確りとグラディウスをホルダーに固定しながら、今日、壊れなくとも次があるわよ。と、豊水は軽く返し、撤退の準備を終えた。

「行きます。今の私には、命を懸けてでも守りたい人たちがいる。その人たちのために、少しでも強くなれるように、私はありたい。これは私の願いであり、誓いであり、魂からの想いです!」
 小さな胸に想いを抱き、決意と共にアリスはグラディウスを振り下ろした。
 爆発、荒れ狂う劫火と意味をなさない叫喚の如き音を轟かせて、魔空回廊を滅し去った。
 果たして、「歌書よりも軍書に悲し――」とも詠まれた、吉野の地に、長きに渡り居座った魔空回廊は遂に落ちた。

●撤退
 スモークが満たす風景の中を一行は吉野線の終着駅を目指してひた走る。
 素早い撤退を目指すなら、通りやすい道を使うのは誰もが思いつきそうなことだ。大昔から手を入れられてきた道は長く放置されてなお、その機能を発揮して距離を多く稼ぐことができた。しかし、そこに敵が待ち構えているのも自然なことだった。
 一行が遭遇した、蔓龍は前もって攻性植物だと知らなければ、ドラゴンと見間違えそうな外見だった。
 樹皮のような肌、樹枝のような角、緑の蔦、言われれば気づくことも出来るだろうが、直ちにこれを攻性植物と見破れたなら大した目利きである。
 かくして、見た目の迫力とは裏腹に、戦闘では早い段階でケルベロスが優勢を確保した。
 超速で駆け抜けた千鶴の生み出す、ソニックブームがその衝撃で巨体を覆う樹皮を砕いて舞い上がらせる。
「はははっ! こいつが、てめぇらに喰われたヤツらと……仲間の怒りだ!」
 アーシャが感情のままに撃ち放った竜砲弾が山なりの軌跡を描いて飛び行き、それを追うようにしてアリスも地を蹴った。
 次の瞬間、竜砲弾が炸裂する。焼け焦げた破片に貫かれて蔦龍が咆吼を上げる刹那、動きを止めた隙を逃さずに肉薄した、アリスが星座の光を打ち消す重力と共に刃を薙ぐ。
「チェシャ、お願いね」
 そう言い置いて、アリスが後ろに跳ぶと同時、入れ替わるようにして、ウイングキャット『チェシャ』が爪撃を放った。
 ノーヴェの歌声が濃霧のようなスモークに覆われた戦場に響き渡る。それは生きることの罪を肯定する歌だった。それはまるで蔦竜を取り除く為、100年を超えて生きてきた木々をも焼き払った罪への慰めにも聞こえた。
「仕方ないじゃないですか? 他に方法があるのですか?!」
 歌声に背中を押されてなお、鋼の鬼と化した岳の気持ちは収まらない。昔からある木々までもが薙ぎ倒されて、焼かれるに任せるしかできない無念をぶつけるように、突き出した拳が蔦竜の横腹を打ち砕く。
 大きなダメージが刻まれるも、未だ倒れない。
 生還するには、道を阻む、この蔦竜を倒して、先に進むしかない。
「此処は……人々の日々の営みの為にこそある森ですわ……異形が蝕んで良い所ではありませんわ!」
 岳が今の想いを紡ぐよりも早くミルフィの超音速の拳が、続けて蔦竜の腹を突き砕く。次の瞬間、自重に耐えきれずに半身が前に傾くが、無数の蔦を蠢かせて踏み止まった。
 ハエ取り草の如くに変わったシエナの攻性植物が蔦竜に食らいつき、続けて、ボクスドラゴン『ラジンシーガン』の吐き出すブレスが、巨体に重ねられたバッドステータスを花開かせる。
 傷口から流れ落ちる血を零しながら、豊水は「隠・剛・忍」の詠唱と共にそれを身に纏う紅螺旋と変え、蔦竜につかみかかる。巨体は見た目のイメージよりはずっと軽く感じた。
「もう、これで終わりにさせてよね」
 直後、地面に叩き付けられた巨体はバラバラに砕けて完全に息絶えた。
 心残りは誰の心の中にもあるが、今は撤退するしか出来ない。
 燃える森の火を消したい、少しでもヒールをかけたい、弔いたい。抱く思いは様々だ。
 だからこそ、岳は不用意に立ち止まることが無いように、気持ちが揺らがないよう駆け続けた。
 今日、損なわれた命が、巡り巡って、この大地のどこかで咲く花と生まれ変わり、共に生きることが出来ますように。そして今度は天寿を全う出来ますように。そう願いながら。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。