エメラルド・フラッペ

作者:東間

●帰ってきたマスコット
 すっかり夏らしくなった陽射しが何もかもをじりじり熱くする、そんな昼。
 茂みに半ば埋もれていた愛らしいクマも、自分を受け止めている茂みやその下のアスファルト、じわりとした空気と共にあっつあつのあっちあち状態だった。
 そこへカカカカカッ! と凄まじい勢いで近寄った小型ダモクレスは、もしかしたらあまりの暑さに急いでいたのかもしれない。何を急いだのかというと、棄てられていたクマへのヒールなワケで。
 中に入り込んだ小型ダモクレスの手によって、薄汚れていたクマのファンシーピンクなお肌はあっという間につやっつや。ひび割れていた円らな目も煌めきを放つ黒色の宝石になり、賞味期限切れだコレと言われる率200%だった左手のソフトクリームも、メルヘンカラーへ美味しくチェンジ。
『みぃーんな大好き、ソフトクリィム。モモちゃんと一緒にいかが?』
 そんなこんなで甦ったクマの『モモ』。
 とってもキュートな声と仕草で求めるのは、人々の命──グラビティ・チェイン。

●エメラルド・フラッペ
 数年前に閉店したソフトクリーム屋のマスコット、モモ。
 可愛らしい姿と声でちびっ子や一部の層に大人気だったが、閉店時に店主が1人の常連へ譲り、それがある日盗まれてしまった。そして時は巡り、残念な事にダモクレスへ変えられてしまったのである。
「『彼女』の職歴に傷を付けない為にも、事件が起きる前に撃破してきてほしいんだ」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)がタブレットに表示したのは、とある川のそばに造られた公園だ。その端には茂みが密集しているのだが、時折そこにゴミを捨てていく不届き物がいるらしい。
「そこに捨てられていたのね……なんてこと」
 静かに怒る花房・光(戦花・en0150)に、ラシードがうんうん頷く。
 捨てた人物がどうやって『モモ』を入手したのかは判らないし、ダモクレスとなってしまった『モモ』を持ち主に返す事も叶わない。出来る事は、ケルベロスとして『モモ』を止める事だけだ。
 攻撃グラビティは、左手のソフトクリームから発射するソフトクリーム型ミサイルと、両目からの破壊光線の2つ。体力が減ってくると、可愛らしいポーズを取りながら自身を癒すようだ。
「マスコットだった頃の名残かな。ソフトクリームはもう食べられないのが悲し……待てよ、確か……」
「どうかしたの、ファルカさん」
「いいニュースだよ。現場近くにフラッペ専門店があるんだ」
 そこでは季節に合わせたフラッペを出しており、今はメロンフラッペのみ提供中。
 かき氷はメロンの味が広がる淡いエメラルド色。そこに乗ったバニラアイスにかかるソースは勿論メロンで、アイスの周りを淡い緑とオレンジ──丸くくり抜かれた瑞々しいメロンの玉が囲っている。
 天色の目と真っ赤な目がシリアスに交差した。
「ファルカさん。そのメロンフラッペって、絶対に美味しいフラッペじゃないかしら」
「その通り。という事で、カフェで外の暑さと戦闘の疲れを癒してくるといいよ」
 『モモ』の勧めるソフトクリームではないけれど、彼女も『暑い日には冷たいものがイチバン!』と言ってくれる筈だから。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
ラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)

■リプレイ

●vsデンジャラスキュート
『いらっしゃい! みぃーんな大好き、ソフトクリィムはいかがー?』
 ファンシーピンクのボディ、黒く輝く円らなお目々。メルヘンカラーのソフトクリーム片手にぴょこぴょこ動くクマ型マスコット・モモ。その様はとにかく大きく、そして可愛らしかった。
「って、見惚れてる場合じゃねぇな」
 左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)は首を振る。
 近くにいた一般人には声を掛け、周囲はテープでぐるりと仕切った後。何だか屋外でのマスコットショーに思えなくもないが、容赦のない陽射しと緑の香りに包まれながら始まるのはダモクレスとの戦いだ。
「彼女の顔に泥を塗るような真似は断固阻止だ」
 どうか昔のように無邪気に笑ってくれたら。
 願いを乗せた銀の煌めきにラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)も同じ輝きを重ね、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)もその歌で前衛の『目』を高めていく。
「ネコキャット、よろしくね!」
 翼猫の羽ばたきが起こす清浄の風に包まれながら、彼らは改めて全体方針を胸に抱く。
 それ即ち──ガンガンいこうぜ。
「一刻も早くフラッペを!」
 アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の拳が夏空にえいえいおー。藍染・夜(蒼風聲・e20064)も竜槌を握り締める。
「可愛さには可愛さで対抗だ。カッチカチの熊と」
『みぃーんな大好き、ソフトクリィム~』
「もっふもふの熊猫と、どっちが可愛いかは一目瞭然!」
「何言ってんだ、夜……俺はクマを愛でに来たのであって、張り合いに来たんじゃない」
「……えっ夜、可愛さ対決にオラトリオは???」
「とても可愛らしいオラトリオさんは外せないわよね」
 十郎のツッコミが飛んですぐアイヴォリーは目を丸くし、花房・光(戦花・en0150)は彼らのやり取りに思わずくすり。
「あ、いえ、アイヴォリーさんが一番可愛いですヨ」
 そう言って竜の力を噴出すれば、モモは笑顔のまま躱そうとステップを踏み──しかし竜槌は軌道をぐんっと変えて追る。衝撃を叩き込んだ直後、真っ直ぐ落ちてきた流星が蹴り抜いた。
 モモを中心に地面が丸く陥没して、すぐ。御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)はモモの目の前にいた。今いる公園の端には立木や街灯が無い為、狙った通りの動きは出来ずとも。
「終わったモノは眠るが道理。疾く立ち戻るが良い」
 繰り出した一撃が轟音を響かせる。
 が、モモの手からソフトクリームは離れない。完全にくっついてるのだろうソレの代わりとでも言うのか、仰け反ったモモの表面にうっすら線が走った。
『み──、みんな、召し上がれ♪』
 線が蓋だと気付いた瞬間、ぴるるるると高い音を響かせ飛び出したソフトクリーム達。後ろにいた癒し手目がけ翔る、見た目だけはファンシーなそれ。十郎と共に飛び出したマサムネは咳き込みながらモモを見る。
「見た目は可愛くても侮れないぞこのダモクレス!」
 だが、メロンフラッペの為に頑張るという想いは決して砕けない。そう、決して。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が起こした季節外れの桜吹雪が紅蓮の檻に変われば、モモは両手をバタバタ、右へ左へ大慌て。
 その動きにモモの現役時代を感じたアルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)だが、彼女の現状を想う胸を満たすのは物悲しさ。だからこそと溢れさせた癒しの煌めきに、箱竜・メロが『力』を重ねる。
「人に危害を与えぬ内に、供養と思って倒そうか」
 炎越しでもわかる程、モモの目は爛々としていた。
 光が雷の突きを見舞った直後、その輝きを打ち消すようにオウガメタル特有の輝く粒子が、頼もしい歌声が再度広がっていく。

●きみに送る夏のメモリー
 幾度も翔る流星のような軌跡の次は、甘さ香りたつ革命的な両断がサクリ。空の太刀筋ふたつが亀裂に入り込み押し広げれば、一瞬で迸った光線がそこを灼いた。
 前衛、後衛、中衛それぞれに立つ仲間達の命中精度を高めようと、十郎とアルスフェイン、マサムネは幾度もヒールグラビティを重ねていく。
 結果ケルベロス達はモモにも負けない精度を保っており、竜の力で加速した連撃、命啜って閃く刃、技術の粋からなる一撃、雷の突きや紅蓮の桜吹雪──全てがモモを喰らう牙となっていた。
「皆をキラッキラのムッキムキに仕上げるから、どっかんどっかんやっちゃって」
 微笑んだラズリーが電撃杖をひらり揮えば、そこから弾け飛んだ電撃が夜の全身に力を漲らせ、桜子も笑顔で頷き返す。
 人々の日常が刻まれる場所で暴れられたら迷惑以外の何物でもない。
 人々の為、美味しいフラッペの為──。
「必殺のエネルギー光線を、食らえー!」
 桜子の放った一撃は真っ直ぐモモを貫き、衝撃のあまりモモが後ろにゴチンと倒れた。
 が、デウスエクスになったモモは『そう簡単に引退なんてしませーん』とばかりに、愛らしい仕草で立ち上がり、抗い続けてくる。
 両手でほっぺを押さえて黒い瞳をキラッキラッ──という次の瞬間にはチュインッと嫌な音を立てる光線で白陽の腕を貫き、ケルベロス達の攻撃が連なって見舞われれば、左手のソフトクリームをじゃじゃーんと掲げて、
『みぃーんな大好き、ソフトクリィム。モモちゃんと一緒にいかが?』
 ピロリロリーン、とメルヘンメロディ。
 攻撃する時も己を癒すその時も、変えられて尚マスコットらしい動きを見せるモモ。だが、その動きには戦闘序盤程の軽やかさは無い。深海色の冠を煌めかすように舞ったメロのブレスがモモを包み、アルスフェインは熱孕む芝生を蹴って前に出た。
「そろそろ供養の時か」
 囁き、掌から叩き込んだのは螺旋描く力。
 流れを繋いだ白陽は維持し続けていた一足の間を越え、見舞った斬撃は凄まじい勢いで傷と禍を広げていった。直後、芝生が竜の力でなぎ倒される。
「……うん、やっぱりデカくて可愛いな」
 モモの過去を汚すダモクレスでなければ。
 十郎は名残惜しそうに一瞬だけかすかに笑い、力の限り竜槌を叩き付けた。
 ごおん、と重低音が響いたそこへと迫るは神速の刃。魂だけでも持ち主の元へ駆けて行けるよう閃く月の色。こうなる前のモモが見てきたように夜は笑む。
「お休み。美味なる涼と、皆へ沢山の喜びをありがとう」
 冷たさに笑う声、遠い夏の日。ファンシーピンクの身体を撫でてくれた人がいたかもしれない。メルヘンカラーのソフトクリームに齧り付こうとした子供も、いたのかも。そんな追憶の底へ送る流星をアイヴォリーは脚に纏わせ、跳んだ。
「モモ、あなたもどうぞ――その場所へ」
 一際強い衝撃は真っ直ぐ機械の身体へと。
 そして甦ったマスコットは完全に停止して、ざらざらと崩れて消えた。

●実るひととき
 戦場となった場所を皆で綺麗に片付けた後、汗を拭うのも忘れて飛び込んだ店内は、外の暑さが完全にシャットアウトされた天国だった。
 目の前にメロンづくしのフラッペが運ばれれば楽園への扉は開かれ、淡いエメラルドを一匙掬って口に入れれば、天国が楽園へとクラスチェンジする。
「んー、甘くて冷たくて美味しいな、色もすごく綺麗だし」
 大好きな甘い物に桜子は頬を押さえ舌鼓をうつ。ソースはどんな感じかな、と今度はわくわく笑顔でバニラアイスへと匙をくぐらせていった。

「仕事した後だしだらけて良いよね」
 白陽は紅茶片手にだらだらとフラッペタイム。そんな風に過ごせるのも、向かいにいるのが猫友かつゲーム好き友の千舞輝だからだろう。
 千舞輝はというと、温かい飲み物は甘えと言ってフラッペをどんどん口に運んでは頭をキーンとさせていた。なぜならそれこそが彼女の考えるかき氷(フラッペ)スタイル。
「ところでバナナフラッペとか」
「ここは今、メロンフラッペだけだよ」
 季節に合わせたフラッペを提供する店『みのり』。今は1種だけ。メロンオンリー。
「そんなバナナ」
 なら、とメニューを取る。風物詩は風物詩として、紅茶も飲みたいのはあるのだが。アイスティー。ミルクティー。
「アイス浮いとるやつとか無いかなぁ」

 艶々キラキラ。目の前のメロンフラッペはとても美味しそう、なのだが。
「オレが緑色だから、何か共食いしてるみたいだ」
「このオレンジ色もメロンだと聞いた。本当にマサムネのようだな」
「あ。シャルフィン、あーんしてあげようか?」
 あーん、と開けられた口へ一匙。マサムネも一口食べ、こめかみに来た痛みで僅かに縮み上がる。
「んー! 頭痛いけど美味しい!」
 こんな時はと温かな茶で体を少し温めて──と、そこへ差し出される一口分。シャルフィンからの『あーん』に目がパァッと輝くが、匙は華麗にUターン。メロン味かき氷はパートナーの口へイン。
「はっはっは。一度やってみたかった。……うっ」
 キーン、としたのだろう。こめかみを押さえる彼がメロンの被り物をしていても、ファッションセンスが微妙な所も好きだと思うマサムネだった。

 白いアイスをとろり彩る緑の蜜。メロン味のかき氷。艶々丸いメロン達。漂うメロンの香りは芳醇。一口食べただけでも広がる味は、最高潮に至った期待を裏切らない。
 そして宝石のように綺麗なフラッペは──ほら、梅太の肩に留まる小鳥のよう。
 メロン色の瞳をぱちぱちさせた梅太は照れながら一口ぱくり。そんな甘い幸せ噛み締める友らとフラッペをラズリーはスマホに収めると、2口目を味わって。
「今日は俺の奢りだよ、沢山食べて」
「お、おごり……じゃあもっと食べないと……」
「あ、あまり一気に食べると……」
 キーン。
「うぅ」
 案の定。
 きゅっと目を閉じた梅太にラズリーはくすり笑む。
「緑茶飲みながらだと幾らでも食べれるよ」
 飲めば辛い痛みはアドバイス通り和らいで、エアコンですっかり冷えていた体もほのかに温まった。これでもっと食べれそう、と梅太が笑えばラズリーも笑う。
「誕生日おめでとう。これからも共に在れる友人でいてね」
「もちろん、これからも友達でいてね」
 冷たさでキーンとする時間も、一緒に過ごせば楽しくて──とびきり素敵な誕生日。

 フラッペ専門店『みのり』は、他の時期になるとまた別の果物づくしのフラッペを1種だけ提供するという。
 そのスタイルが続いているという事は余程の美味なのか。爽やかな翠色の冷菓を一口食べれば、それを裏付ける味がアルスフェインの口内に広がった。
 向かいのクィルに目をやれば、丁度良い甘さのアイスからメロンな氷へと匙を進めていた少年の頬がゆるゆると蕩けていたところ。その頬は微笑みに気付いた瞬間きりりと引き締まるが、アルスフェインの微笑は薄れない。
「甘い物好きと知っていれば誘うのは当然だろう?」
「覚えていてくれたのが嬉しいですよ。えへへ」
「君の好き人ともいずれ来るといいかもしれないね」
「好き人、とも、んん、いつか来れたらいいなぁ、とは」
 照れながらフラッペをつんつん。
 そういう所が可愛らしいからアルスフェインはつい揶揄いたくなる。そういうアルスさんにはいないのかなぁ、と思うクィルの視線は、彼の匙が瑞々しい淡色のメロン玉を乗せる過程を見つめ──。
「ほら。メロ」
 楽しげに口を開く箱竜へ。
 ふたりとひとり。合わせてさんにん。微笑み絶えないひとときが、ここにある。

 メロンから? 順当に氷から?
 アイヴォリーが迷う間も宝石に似た冷菓はほんの少しずつ汗をかいていく。
 既に躊躇いなく匙を入れていた十郎と、彼女の真剣な様を眺めていた夜は目を合わせ、つい吹き出した。
「2人とも、もっと真剣にフラッペと向き合って!」
 怒った天使の瞳は、夜の器から自分の器へコロンと贈られた2色のメロン玉で丸くなる。食めば甘い蜜がひやり広がるよう。笑顔が花の如く綻べば、夜の表情も、また。
「夜は変わったな。可愛くなった」
「俺もついに可愛いへ仲間入りかヤッター。……それ褒めてるの?」
「……褒めてるんだぞ?」
 そんな他愛ないやり取りでも恋人が大切に想われてるのだと解って、アイヴォリーはそれが少し悔しい。けれど嬉しさはそれ以上。夜を愛しげに見ていたショコラの瞳が、きらり悪戯に輝いた。
「ところで十郎、夜と付合いが長いのでしょう。秘密エピソードなどご存知? 御礼は如何様にも……」
「さて、どれが秘密かはよく判らないな」
 ひそひそ。こそこそ。
 幼少期は未経験。成人した今が初体験。故に子供のように瞳を輝かせながらフラッペを味わっていた夜の手が、静かに止まる。
「……2人とも、聞こえているよ?」
「あっいえ冗談ですよ、ウフフ」
 少女の翼は青年の身体を軽く自由にして、初対面の2人は互いに笑顔を浮かべて言葉を交わし会う。3人共に紡ぐ時間は、夏の日に刻まれた一頁。甘さに満ちた冷菓を掬えば、揃う声はひとつ。
 ──暑い日には冷たいものが一番!

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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