七夕にかこつけていちゃつくカップル絶許!

作者:質種剰


 7月。
 大通りに面した洋品店の軒先に、立派な笹が2本飾られている。
 左の笹には様々な色味の布が短冊を模して吊り下げられ、生地のサンプルのディスプレイとして役立っているようだ。
 右の笹には本物の短冊が飾ってあって、店から出てきた客が次々と新しい短冊をぶら下げて帰っていく。
 どうやら、商品を購入した客へブランドオリジナルの短冊をオマケとして付けているらしい。
「短冊、2枚貰えて良かった。1枚は記念に残しておこっと」
「これで次のレースは万馬券取ったな」
 店の紙袋を提げたカップルが仲睦まじく話しながら歩いている。
「この短冊の生地、サラサラしてて良いんじゃない?」
「うん、こういうボクサーパンツあったら買おかな」
 反対に今から店へ入ろうとするカップルもいる。笹飾りの集客力は上々のようだ。
「短冊貰ったし、後は金平糖買って……もうすぐ七夕だから晩ご飯そうめんでいい?」
「いいよ」
 だが。
「七夕を理由にイチャイチャするカップルは許さーん!!」
 突然、ビルシャナが配下達を引き連れて洋品店へ襲来。
「彦星と織姫が年一度しか逢えぬ不幸にかこつけて自分達だけ幸せに過ごそうなど、浅ましいにも程がある!」
「そうだそうだー!!」
 笹飾りを力任せに薙ぎ倒して、勝手な理屈で糾弾するビルシャナ。
「ましてや、彦星織姫の不幸を嘲笑って醜い優越感に浸っておきながら短冊を書いて願い事をするなど言語道断!! その性根、叩き直してくれるわ!!」
 ビルシャナと配下達は洋品店を荒らし回り、客や店員を恐怖に陥れたのだった。


「奈良県生駒市にあるブランドショップが、近々ビルシャナの襲撃を受けるようなのであります」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が、困った様子で語り始める。
「首謀者は、個人的な主義主張によってビルシャナ化してしまった人間でありまして、個人的に許せない対象として『七夕を理由にイチャイチャするカップル』を選んだのであります」
 ソールロッド・エギル(々・e45970)の調査によって存在が確認されたそのビルシャナは、名を『七夕にイチャつくカップル絶許明王』と言う。
 奴はショップの営業時間内に配下を引き連れ、正面入り口から押し込むようだ。
「皆さんには、その店舗へと先回りして明王を迎え撃ち、しかと討伐していただきたいのであります。宜しくお願いします」
 七夕にイチャつくカップル絶許明王は、何より異端者を敵視しているため、ケルベロス達が七夕デート最高だとかこの日にイチャつかずしていつイチャつくんだなどなど声高に叫べば、襲撃の手を止めてその主張に聞き入る筈だ。
「明王は、彼の主張に賛同する一般人を10人配下として従えているであります。しかし当人が教義の浸透よりも異端者狩りへ力を入れているせいか、未だ完全には開眼してません」
 それ故、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化、人間へ戻す事ができるかもしれない。
「配下達は、明王が撃破されるまでは戦闘に参加して皆さんへ襲いかかるでありましょう。ですが、一番先に明王を倒せば助けられるであります」
 戦闘時に配下が多くなれば、それだけ戦いで不利になる為注意。
 さらに、明王より早く配下を倒してしまうと往々にして命を落としてしまう事も、決して忘れないで欲しい。
「七夕にイチャつくカップル絶許明王は、ビルシャナ経文とビルシャナ閃光を用いて攻撃してくるであります」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらすかもしれない遠距離攻撃。
 また、敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠状態にする事もたる単体攻撃だ。
「10人の配下は、流し素麺用の竹を武器代わりに殴りかかってくるであります」
 もっとも、説得にさえ成功すれば配下は正気に戻るため、明王1体と戦うだけで済む。
「配下となっている一般人の方々は、明王の影響を受けていますので、理屈だけでは説得できないでありましょう。重要なのはインパクトでありますから、そんな演出をお考えになるのもオススメであります」
 今回ならば、やはり『七夕にイチャイチャラブラブするメリット』や『七夕の楽しみ方を制限する自体おかしい』という正論を推すべきでしょうか、とかけらは首を傾げてから、
「明王当人はもうお救いできませんが、ブランドショップの買い物客や配下達をどうかお助けくださいませ。皆さんのご武運をお祈りします」
 ケルベロス達を彼女なりに激励した。
「……明王の襲撃理由は余りに極端です。極端ですが……世のリア充な方々の中には、無意識のうちに感じている優越感——案外痛い所を突いているのかもしれませんね……」
 ソールロッドは澄んだ瞳を瞬いて、明王の教義の守りの固さを憂いた。


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
アイリス・ゴールド(愛と正義の小悪魔・e04481)
絡・丁(天蓋花・e21729)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
蔓荊・蒲(サクヤビメの選択者・e44541)
ソールロッド・エギル(僕ね恋人とかいないんだけど・e45970)
丹生・サワメ(水底から空を・e61589)

■リプレイ


 ブランド店の軒先。
 扉の両脇に飾ってある笹がいつのまにか3本に増えていた。
 否、内1本は本物の笹ではない。
 笹着ぐるみを着たソールロッド・エギル(僕ね恋人とかいないんだけど・e45970)が笹へ寄り添い、スマホで自撮りしていたのだ。
「七夕を理由にイチャつくカップルは許さぬ!」
 迫り来る明王らに気づいて笑顔で振り向く姿は異様——販促キャンペーンの着ぐるみ店員と思われそうなのがまだ救いか。
「貴方達はもしや、非リア充友の会の同志ですか。私は会員ナンバー7番なんです」
「えっ」
 怯む配下に構わず、ソールロッドは口ずさむ。
「ごきげんよう、ぼっちー♪ ようこそー、ぼっちー♪」
 まさかのぼっちの歌(仮称)の継承者現る。
 サクヤビメを叩く蔓荊・蒲(サクヤビメの選択者・e44541)の伴奏がまた哀愁を誘った。
「誰がぼっちだ!」
「本当にぼっちなら彦星織姫を擁護したりするもんか!」
 必死に反論する配下だがその声は上擦っている。
「私は一年前、リア充を爆破しに此処へ来て、笹と友達になったんです」
 メンタルへ先制パンチをかましたところで、真面目に語り出すソールロッド。
「七夕にしか会えないんだけど。次の七夕も会いにくるんだ……」
 他人を攻撃するより、他人と何でも共に楽しむ方が得られる幸せは大きい——緩急自在な彼の主張は説得力も充分だ。
「こんな些細なことに突っかかるとか、よっぽどストレス溜まってたんすかね」
 ふと、ずっと伴奏に徹していた蒲が、素直な感想を洩らした。
「心の広い非リアになるってことを偏屈な大人達に教えないとっすね」
 ジト目や無表情、真顔に加えて無気力そうな喋り方と、整った顔立ちも相俟って一層テンション低めに見えるニホンノシロウサギのウェアライダーである。
「かくいう貴方達、人目を気にせずイチャついたことあります?」
 そんな蒲に抑揚のない声でサクッと痛い所を突かれて、配下がすすすと目を逸らした。
「カップル達って、不幸を笑ったり優越感に浸ったりしながらイチャイチャするかな?」
 ソールロッドが思い出すのは1年前、本当は病室でネット越しに観た七夕の風景。
 ずっと自分で足を運んで、画面の人々のように七夕気分を味わいたかった。
「それに、一年に一度しかイチャつけない人たちがいざイチャついてるとき、周りの人達がイチャついてることをわざわざ気にすると思います?」
 更には、友人を援護すべく、配下の心を容赦なく抉り抜く蒲だ。
「そんな事、思いつきもしないかもしれない。僕たちと違って」
 僕たち、と自分を含めたのは、ソールロッド自身も他人の幸せを妬む感情に覚えがあるからだ。
 そして、ソールロッドも蒲も知っている。
 本当に幸せなリア充は、他人にも優しくなれる事を。間違っても他人の不幸など願わない事を。
「そんな心情を理解できず、勝手に憶測して無辜の人々を邪魔するなんて……あっこりゃ貴方達クリスマスもバレンタインも独り身ですね」
 サクヤビメをコンコン叩き、無表情のまま淡々と煽り続ける蒲。
「子どもの時、七夕はどんな日でしたか?」
 ソールロッドは、どこからか響く音楽をバックに配下達を誘った。
 ——妬むよりも一緒に短冊書きませんか、楽しく。
「そうだよな……リア充って自分達以外目に入る訳ないよな」
「他人を嗤うのは自分が不幸な人間だけ、か」
 配下は打ち拉がれるも、ソールロッドの笑顔に絆されて、短冊を受け取った。
『リア充滅殺』
 説得攻勢の序盤な事もあってソールロッドの望む願いでは無かったろうが、奴らの教義の建前を崩し、蒲とのタッグで精神へ大ダメージを与えただけでも収穫である。
(「俺もイチャついたことはないけど」)
 蒲の苦笑に気づく者は、誰もいない。
 続いて。
「ちょっと待ったー!」
 配下へ大喝を浴びせるのはリーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)。
 先程ソールロッドの説得の締め括りをBGMで盛り上げた張本人である。
「キミら! その武器……その武器はなんだ?」
 格好良くリーズレットが呼び咎めるのは、配下の携えた武器について。
「流し素麺用の竹は武器ではない! 流し素麺をする事に使うんだ!」
「ま、まぁ……否定はしないけど」
 紛う事なき正論を言われて、顔を見合わせる配下達。
「こんな美味しい催しが出来るものを殴る道具にしてはいけない!」
 リーズレットの呼びかけは実に正しく、普通なら反論しようも無いのだが、
「うーん、彦星織姫の無念をぶつけるつもりで選んだんだしなぁ」
「じゃあ、竹箒あたりにしとく?」
 そこは既に明王の毒牙に半分やられている配下達。
「本来の使い方をして流し素麺パーティする方が良くないか?」
 と、如何にリーズレットが平和的な解決方法を提示しようとも、
「天の川のように流れ流れて竹から竹へ伝う水、そして美味しそうな素麺……ほら……段々したくなってきた!」
 幾ら叙情的に流し素麺の良さをアピールしても、
「食べたいな流し素麺……」
「襲撃を成功させて良い気分で素麺パーティーしようぜ!」
 配下達は特に堪えた様子もなく、別の武器を探し始めるだけだ。
 七夕信仰やリア充非リアに直接言及していない為、仕方ないだろう。


「織姫と彦星って仕事サボって迷惑かけまくった末の自業自得なのよなぁ」
 さて、彦星と織姫の寓話を一言でバッサリ切り捨てるのはアイリス・ゴールド(愛と正義の小悪魔・e04481)。
 利発そうな見た目に違わぬ狡猾さを持つ彼女は、仲間が正攻法で説得する最中も何やら悪巧みを実行すべく、明王の隣へさり気な~く移動していた。
「ほら、文句ばっかり言って喉渇いたでしょ?」
 そして、無意識で受け取ってしまうタイミングを見計らい、胸元から取り出した栄養ドリンクを明王へ差し出す。
 現に、明王は今まで配下と一緒にケルベロス達へ文句つけたり納得したり落胆したりと忙しく、夏の気温のせいもあって喉が渇くのも止む無しだろう。
「ああ、かたじけな……」
 だから、明王は何の疑問も抱かずドリンクを受け取った。
 まるで長年連れ添った彼女が彼氏の世話を焼くような、アイリスの演技力の賜物かもしれない。
「って、貴様誰だッ!?」
 当然、我に返った明王は本気のツッコミを入れるも、さらさら意に返さないアイリス。
 ちゅっ、と嘴の付け根にキスまでして、甘え声で言い募った。
「誰? とかヒドい、ぼっちの人からかう遊びまだ続けるの? そろそろ構ってくれないとすねちゃうぞ☆」
「はぁ!? 知らぬ知らぬ、我は貴様など会った事もないわッ!」
 恋人ぶるアイリスに怖気を震って後退る明王だが。
「明王様……1年に一度しか会えない恋人がいるって嘘だったのですか!」
「嘘じゃなければ浮気ですか!?」
「まさか明王様が現地妻を作るなんて……信じてたのに……」
 配下達からはあらぬ疑いをかけられ、評判と信用を一気に落とした。
 かなりの搦め手ではあるが、配下をぼっちと詰ってる事もあり、アイリスのハニートラップは彼らの中に確かな不協和音を生んだ。
 一方。
 ——ドサッ!
「……彦星と織姫が不幸というのは違うと思うけど……?」
 いつものように蒼眞を蹴落としてから自分も降下してきたのは、月白・鈴菜(月見草・e37082)。
「……本当にお互いに好き合ってるのなら……会える回数なんて関係無く相手の事を想うだけで幸せなんじゃないかしら……?」
 蒼眞の背をぐりぐり踏みつける鈴菜だが、彼の台本を暗唱してるだけに弁舌はマトモだ。
「……それに……中々会えないならその分だけ会った時は燃え上がるものよ……」
 鈴菜の足の下、今日もがっつり小檻の胸へダイブしてきた蒼眞が無言で頷く。
「……七夕の日は一年間たっぷりと溜まったものを吐き出して……色々と凄い事をしているのでしょうね……」
「……」
 鈴菜の淡々としつつも直截的な単語に却って妄想を掻き立てられたのか、静まり返る配下達。
「……それから……大抵の恋人達はどんな状況におかれていても自分達が世界で一番幸せだと感じているものよ……それを他人が優劣を付けようとする方が浅ましいと思うわ……」
 すぐさま彼らの興奮を一気にへし折ってキツい説教をかます辺り、すっかり依頼慣れしている鈴菜。
「……そういう考え方なら……寧ろ同情しているような方々こそが、内心ではその醜い優越感に浸っているんじゃないかしら……?」
 人間の醜い内面を暴いた疑問も、台本だけでなく鈴菜本人の意思で投げかけているのでは、と感じさせるのが彼女の凄さである。
「ま、まさかそんな……」
「彦星織姫を同情する俺らが優越感に浸るなんて、そんな訳……」
 図星を突かれた配下が一気に顔色を失う。
「……それに……七夕の楽しみ方は人それぞれで良いじゃない……それこそ……恋人が欲しい、なんて願い事をしてみても良いと思うのだけど……?」
 最後は表向き無難に纏め——実際は非リアのメンタルへ休みない連打を見舞って、鈴菜はもはや魂が抜けたような配下達を見下ろすのだった。
「……クソアベック共がイチャコラするのと七夕かどうかなんてのは実は何の関係も無いんだよ」
 どんな日だろうとも勝手に二人だけの世界を構築して盛り上がる、七夕だからなんてのは所詮後付けの理由でしかない——と断じるのは蒼眞。
「それはそれとして、自分の気持ちを誤魔化して何かに理由を求めるようなせこい考え方をするな。七夕がどうのと理由を付けた所で、結局クソアベック共が気に入らないというだけだろう」
「ぐっ」
「それなら素直にその胸に滾る熱い何かを拳に充填して、クソアベック共に叩き込め!」
 微妙に襲撃を助長していなくもないが、それでも七夕信仰を傘に着なければクソアベックを叩けないのは卑怯だとする糾弾はある意味清々しく、配下の罪悪感を強く揺さぶった。
 他方。
「なんとも面倒な奴らが出てきたものだな……まあ、適当に何とかするか」
 丹生・サワメ(水底から空を・e61589)は、さっぱりとした物言いで配下へ話しかける。
「実は七夕伝説の発祥地には、ある言い伝えが残されていてな」
 天帝に織女との離別を言い渡された牽牛は、しばらく塞ぎ込んでいたが、ある時気付いたそうだ。
「『そういえば俺……翼飛行で川を渡れる!』とな」
「ええええええ!?」
 サワメのリアルなボケを聞いて驚愕する配下達。
「以降、牽牛は密かに対岸へ渡って、織女との逢瀬を重ねたらしい」
「嘘ぉぉ……」
 ショックな新事実発覚に、がくりと地面へ手を着く者までいる。
「表立っては言えぬ密会故に、公式の伝説には残っていないようだがな」
 古風な言い回しのお陰か、サワメの主張には胡散臭さや嘘臭さが無い為、間に受け易いのだろう。
「つまり、牽牛と織女は、皆が見ている七夕の日以外も会いたい放題!」
 翼で飛翔し川を渡れば、所要時間は僅かに3分!
「汝が自宅から最寄りのコンビニに行くより速いぞ!」
 立て板に水のようにすらすらと捲し立てるサワメ。まるでデパートの実演販売。
「よって七夕伝説はハッピーエンドであり、リア充を爆破する理由はない」
 いいな? 分かったら復唱!
「は、はい!」
 サワメの迫力へ気圧されて、反射的に配下の背筋が伸びた。
「そんな……七夕伝説がハッピーエンドなら」
「俺達、ありもしない悲恋を見下して優越感に浸ってた……つくづく馬鹿じゃね?」
 しかも落胆の余り、鈴菜の推察をも認めてしまった始末である。


(「正直、好きな人と数日会えないだけでも寂しく思ってしまうし、一年に一回だけと言われたら辛いだろうな……」)
 マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は、彦星織姫の境遇を我が身と引き比べて、面を曇らせる。
(「でも『自分たちはいつでも会えるからよかった』なんて、無意識にしてもそんな優越感は……」)
 他人を見下しているような幸福感など持ってしまいたくはない。
 持ちたくはないが、自分だってそうなる可能性は充分あるのだろう——と配下達を完全に他人事とは思えないマヒナだ。
「ワタシも前にプラネタリウムで『星の世界の一年は大した時間じゃない、何分に一回くらいの頻度で会ってるという解釈もある』って聞いたことあるなぁ」
 ともあれ、マヒナはサワメの超解釈に話を合わせて、配下の動揺を誘う。
「全然究極の遠距離恋愛じゃねえじゃん……」
 目論見通り、勝手に追撃ダメージを精神に食らって落ち込む配下達。
「あと勘違いしてる人多いけどオリヒメとヒコボシって恋人じゃなくて夫婦だよ」
「何ィッ!!?」
 そんな彼らへ、七夕伝説の絵本を見せてあらすじをおさらいするマヒナ。
 これもまた明王の教義がどれだけいい加減か知らしめる為——とはいえ、彼女の優しい心根の表れか、その語り口は親しみ易い。
「引き裂かれて二度と会えなくなるところだったけど、タナバタの夜に毎年会えるようになったっていう再会のお話で、悲恋物語じゃないよ?」
「ええぇぇぇぇ……」
 親しみ易い何の衒いも無さそうな口調だけに、配下達も疑ってかかる気にならないのか、素直に大ショックを受けている。
 美少女を前に落胆のあまり崩れ落ちる——実に情けない有り様だ。
「ワタシが思うに……二人は悲劇のカップルじゃない、離れていてもお互いを心の支えにして再会を楽しみに頑張る、そんなステキな夫婦」
 ぱたん、と閉じた絵本を胸に抱えて、マヒナはふっと瞼を閉じる。
「それを不幸だって決めつける方が失礼じゃないかな」
 再び開いた瞳は、遠い天の川を映しているかのように純粋な輝きを放っていた。
「嘘だ……彦星織姫が夫婦だったなんて」
「数分単位で頻繁に会えるにしても、離れていても再会を楽しみに頑張ってるにしても、幸せなただのリア充じゃん……」
「俺達は何の為に擁護していたんだ……これからどうやって優越感に浸れば良いんだ!」
 その傍ら、配下達はすっかり絶望の真っ只中にいた。皆の説得のお陰である。
 すると、
「いーい、あんた達。来年、再来年には、彼氏彼女が出来てない保証あるわけ?」
 絡・丁(天蓋花・e21729)が、既に一杯ひっかけたかのような絡み口調でクダを巻き始めた。
 快楽主義と刹那主義を掲げて天衣無縫に振る舞うも、根は面倒見が良くて情にも篤い、気っ風の良いサキュバスの女性。
「来年には、『○○君のお願い事ってなぁに~?』『君と永遠に一緒にいることかな』『キャッ、それってプロポーズぅ~?』みたいな甘々爆散イベントがあんたの元に発生するかもしれない訳よ」
 丁は、生来のノリの良さを活かして、非リアからリア充へと進化した配下の七夕の過ごし方を、胸焼けするぐらいにベタベタとラブラブな様子で演じてみせた。
「来年彼女が……?」
 呆気にとられて固まる配下。
「無理無理、夢物語だって」
 と、中にはハナっから諦めモードの者もいる。
「確かに今は爆発しろと思うでしょう。ていうか本当はうらやましいんでしょ!?」
「うぅ……」
 だが、丁の勢いに押されて、素直にポロリと本音を零した。
「そりゃ、羨ましい……です」
「あたしもうらやましいわよ!!!」
「あんたもかよ!」
 丁の魂の叫びを聞くや、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)がツッコんだ。
「でも、だからこそ、ゼロじゃないこの可能性は捨てちゃいけないのよ!」
 配下の曇った目を覚まさせようと、彼らの未来に必ず希望があるのを解らせようと、丁は激励する。
(「まああたしは28年間彼氏できてないけどね!」)
 そんな暴露は胸に仕舞い込み、
「だって、ラブラブイベントはいつかの自分の為にあるのだもの……!」
 実に綺麗に演説を締め括って、配下へ明るく笑いかけた。
「べ、別に織姫が羨ましくなんかないわよ……泣いてないわよ……」
 拳を血が出そうなほど強く握り締めているのは、多分気のせい。
 ともあれ、ケルベロス達の説得が功を奏して、
「俺……他人を妬むより真面目に彼女探すわ……」
「俺はリア充を僻まずに七夕を満喫する所から始めよう」
「俺は七夕を理由にしないで真っ直ぐリア充と対決するわ」
「明王様の裏切り者!」
「織姫と彦星には騙された……」
 配下達全員が無事に正気を取り戻した。
「随分と粘ったようだが……それもここまでだ!」
 そして、ケルベロスらの集中攻撃の末、サワメが稲妻突きを見舞って明王の息の根を止めた。
 店内に入り、笹へ吊るす短冊を書き出す一行。
「さて、何と書いたものか……汝は何と書いたのだ?」
 サワメがソールロッド達に問えば、微笑ましい内容が返ってきた。
「こんな時無難な願い事しか思いつかないんすよ、初詣じゃあるまいし」
 そう照れた蒲の短冊には、『穏やかな生活を送りたい』。
「別に速やかに恋人欲しいわけじゃないんすよねー、実感湧かないっす」
 一方ソールロッドは、文字でなく鳥の絵だけを短冊に書いていた。
「そうだ。少しでも高い所に飾って天が見やすくなるようにしたげようか?」
 と、男子らの短冊を笹の天辺に吊るしてあげるのはリーズレットだ。
「ありがとうっす」
「あんたは何と書くんじゃ?」
 ガイバーンに問われた丁は少し考えて、
「そうねえ……あんたたちが幸せであるように、とでも」
 マヒナは明王の遺体へ祈りを捧げてから、『皆が生きやすい世界になりますように』と短冊に書いていた。
「ところで『ぼっちー♪』とは何だ?」
「ああ、あれはですね……」

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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