ねむの誕生日~夏空焚火パーティ!

作者:猫目みなも

「あの、みんな! ちょっとこれを見てもらえませんか!?
 何やら興奮した様子で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)がケルベロスたちに差し出したのは、とある旅行雑誌の記事だった。そこに大きな写真入りで載っているキャンプ場で何か事件でも起きるのかと思いきや、ねむは両目をキラキラさせて誌面を指差して。
「これです、これ! 炭火で作るスモア! 食べてみたいと思いませんか!?」
 スモア。串に刺したマシュマロを熾火で炙り、クラッカーで挟んでいただく、キャンプ場で人気のお菓子だ。
 表面がキツネ色に色付く程度に炙ったマシュマロは、外はさっくり中とろりの二段構えの食感に、温められて一層増した甘味もとろけるよう。
 そのスモアを若い女性たちが笑顔で口に運んでいる写真を見ながら、ねむは夢見るようにため息をついた。
「外はサクサク、中はトロトロの串焼きマシュマロを、クラッカーでさっと挟んで串から抜いて、そのままぱくっと……! マシュマロと一緒にチョコやピーナッツバターを挟んだり、ジャム入りのマシュマロを使ったりしても……! こんなの、絶対美味しいに決まってますっ! という訳で……一緒に、日帰りキャンプに行きませんか?」
 キャンプ場で火を起こして、皆で食べ物を囲む。普段とはちょっと違うロケーションもあって、なるほどそれは美味しい体験ができるだろう。
「ねむが行きたいキャンプ場ですけど、きれいな川の上流に沿ってて、釣りなんかも楽しめるそうです。マシュマロだけじゃなく、お魚の串焼きとかも作れそうですね!」
 その他、食材の持ち込みは自由となっているため、工夫次第で他にも色々な焚火料理が作れるかもしれない。
「せっかくの夏ですし、こうやって自然の中で美味しいものを食べるのって、とっても楽しいと思うのです。よければみんな、どうですか?」
 そう言ってケルベロスたちを見回すねむの瞳は、夏の太陽のように輝いていた。


■リプレイ

●まずはひと口、もうひと口!
 七月の山の緑は深い。太陽に熱されて更に濃さを増すような夏の匂いを含んだ風が、木々の葉を緩やかに鳴らして過ぎていく。焚火の仕込みを手際よく終わらせ、兄貴分から手渡されたホットミルクのマグを傾ける恭志郎の耳に、その音はひどく心地良く響いた。
 ふと、そこへ微かな足音――それに、火の中に仕込んだ焼き林檎とはまた違った甘い香りが重なる。顔を上げると、兄貴分その人である冬真が皿を片手に立っていた。
 ココアクッキーや、チョコレートとビスケットで挟んだ愛らしい一口菓子の盛り合わせ。初めてまともに目にするそれに、恭志郎はおずおずと手を伸ばして。
「……これが、スモア?」
「美味しい?」
 冬真のどこか気遣うような声音に、ぶんぶんと頷く恭志郎。お菓子を頬張った口もそうだが、何より胸がいっぱいで、咄嗟に出せる言葉がなかったのだ。
 ふわりと溶ける甘みを飲み下し、恭志郎は目だけを上向ける。嬉しげに小さく笑みを浮かべた冬真と、目が合った。
「……冬兄もっと」
「いくつでも作ってあげるよ」
 炭を拭った跡が残る袖をまくって、冬真が頷く。その表情は、どこか誇らしげな風にも見えた。
 スモアとは、英語で『もうちょっと!』を意味する言葉が崩れた名なのだと言う。その名の通りもうひとつ、もうひとつとついついつまみたくなるマシュマロをじっくりと焼きながら、サイファはしみじみと呟いた。
「『マシュマロを焼いてクッキーに挟むヤツ』って名前だと思ってたんだけど、カッコイイ名前があるんだな」
「そのまんまじゃん!」
 笑いと驚きが入り混じった表情で突っ込んでから、まあ僕もカロリー爆弾って呼んでたけど……と付け足す万里。彼の差し出す焼きたてカロリー爆弾……もといスモアを口に含んだ春乃が、瞬きの後に花咲くような笑みを見せて。
「すっごいあつあつだけど、甘くて、ふわふわで、とってもおいしいんだよ!」
 素直な感想を口にした後、春乃はロゼの横顔を……正確には、彼女が食べているピーナッツバターとチョコレートを両方挟んだスモアをちらり。
「ね、一口ちょうだい?」
「えへへー、幸せの味がしますよ。どうぞ、あーん!」
 そんな【箱庭】の仲間たちの楽しげな様子を見守っていた終が、荷物から取り出した釣竿を手に立ち上がる。魚よりも早く、サイファがそこに食いついた。
「焼き魚のにがにがとスモアのあまあま、これを交互に口にすれば無限に食べられる気がする……! さすがシュウ、分かってるね」
 名付けてあまあまにがにが作戦に加担させるべく、ぐいぐいと手を引っ張ってくる彼に首を捻りつつも、万里も敢えて抵抗はしない。だって何があるにせよ、このメンバーなら楽しいことになるのは間違いないから!
 ……とは言え、じっと待つのが苦手な性分はご愛敬。ほどなくしてちらちらと両隣を伺い始めた万里の気配に、じっと水面を睨んでいた終も思わずそちらを見て。
「……万里、飽きたならこっちは任せてもらってもいいよ?」
 その分調理は宜しくと続いた言葉に、照れ笑いが返った。三つの背中を見守る女子ふたりの視線もまた、温かい。楽しい時間は、きっとまだまだ終わらない。
 あつあつの焼き林檎を頬張るねむを見つけて、ミコトは花束を手ににそちらへ歩み寄る。朔羅と一緒に誘いへの感謝と誕生日の祝いを述べると、途端にヘリオライダーの表情が輝いた。
「実は私もこの間誕生日だったのです。なんだか親近感がわいてしまいました」
「わぁ、おめでとうございますっ! 何だか、嬉しい偶然ですね」
 手渡された愛らしい栞とカラフルな花束をきらきらした目で見つめるねむに、ミコトは小さく笑ってもうひとつの贈り物を差し出した。
「保護者として白百合に同伴したが……焼きマシュマロに興味津々のようだ、よければ相手をしてやってほしい」
「一緒に食べていいですか? 貴き龍の方は、子供のような年齢の私と一緒にいるとゆっくりできなそうですし」
「大歓迎ですっ! 今もらったマシュマロとドリンク、さっそく美味しくいただいちゃいますね!」
 元気よく頷くねむ、そしてふんわりと微笑む朔羅に背を向けて、ミコトはひとり川辺へ向かう。さて、ふたりに振る舞えるだけの釣果はありやなしや。
 彼と同じく真剣に川面を見つめるひとりが、晟だ。
 曰く、『キャンプというのあれば手加減は不要だな……いや火加減は大事だがな』。慣れた手つきで竿を扱う晟は、どうやら自分の取り分のみならず、他の面々に食べさせるための魚もしっかり確保するつもりらしい。ほどなくして釣り上げられ、下処理を施された川魚たちが、焚火の周囲にずらりと並んだ。
「さて」
 ひとつ息をつき、晟が荷物から取り出したのは、マシュマロの大袋とクラッカーの箱。それもそれぞれひと袋、ひと箱ではない。時間も量もたっぷりあるのだから、そこは楽しまねば損というわけだ。
 一方、ドラゴニアンの男たちが釣りに勤しんでいたよりもう少し下流では。
「アタシの野生の力を思い知れー!」
 玲の声と共に、透明な水飛沫が跳ね上がる。自らかけた虹の橋の下、彼女は素手で掴んだ魚を高く掲げて笑ってみせた。その勇姿に、愛用の釣竿で次々に魚を釣り上げていたペスカトーレもさらにその目を輝かせて。
「手づかみとは……やるネ! ボクもやるー!」
 ざぶざぶと流れに踏み入る足取りに、躊躇はない。そして、再び流水が弾けた。
 彼らが自然との一騎打ちに興じている間に、友枝はスマホ片手にてきぱきと炭を組んでいた。そこへミリムが着火剤を振りかけ、燈した火へと空気を送って焚火を作ったら、さあ、料理の時間だ!
 【ベオ狼】の不器用代表を自認するナザクは鉄串にマシュマロを通しつつ、通りすがったねむを手招く。
「我らがミリにゃんがバウムクーヘン作ってくれるらしいぞ」
 指差した先には、芯棒に巻いたホットケーキミックスの生地を真剣に見つめる少女たちの姿が。そのひとり、リリエッタが、ねむの視線に気付いて頬を赤くした。
「ねむ、誕生日おめでとう。ねむの予知のおかげでリリ、いっぱいデウスエクス倒せたよ。いつも、ありがとう」
 目は逸らしたまま、けれどしっかりとお祝いと感謝の言葉を述べれば、こちらこそと力強い声が返る。誰からともなく笑みが零れたその時、魚取り組のふたりが戻ってきた。
「けひひっ、大漁大漁! 宴の準備は万端だよ」
「焼き魚は任せてヨ。……ところでナザク、それ大丈夫?」
「……あっ」
 ペスカトーレの言葉と視線に、ねむからも声が零れた。着々と大きくなっていくバウムクーヘンに見とれるうちに、焼きマシュマロはすっかり溶けて垂れ落ち始めていた。
「……と、溶けちゃったらバウムクーヘンにかけても美味いんじゃないか? 」
「それいいかも……あ、私も閃いた!」
 きらりと目を輝かせた友枝が、自分のほどよく焼けたマシュマロをクッキーで挟む。ここまでは普通のスモアの作り方だが、ここからが彼女流。更にマシュマロを乗せ、クッキーも追加すれば、ダブルバーガーならぬダブルスモアの完成だ。味見とばかりに早速齧り付けば、贅沢に挟み込まれたマシュマロがどこまでも伸びる、伸びる!
「超サイコーなんだけど! ほら! ねむの分も作ったから食べてみなって!」
「はわっ……これは、凄いのです!」
 同じくとろけたマシュマロ(ダブル)を伸ばして歓声を上げるねむに、ミリムがふふんと笑いかけた。
「へっへーん、だったらこっちも見てほしいな。ほら、これ!」
 彼女の両手にあるのは、大きな皿からはみ出るほどの立派な焼きたてバウムクーヘン。一緒に芯棒をぐるぐる回していたリリエッタも、出来栄えにほっと息をつきつつそれを見つめて。
「出来立てっておいしいのかな?」
 首を傾げた彼女に答えを示すように、ミリムはバウムクーヘンにナイフを入れる。いちばん大きく切り分けたひと切れをねむに差し出して、彼女は太陽のような笑顔を見せた。
「誕生ケーキ代わりにプレゼントだ! ねむさん、ハッピーバースデー!」

●夏色の煌き
 ビスケットに挟んでいただくのも絶品だが、焼いたマシュマロの楽しみ方は何もそればかりではない。
「ふふふ、でもタルト好きの私としてはやっぱりこうですね~」
 そう言ってティが取り出したのはこれもキャンプでお馴染みの道具、スキレット。バナナとチョコレートを敷き詰め、その上にマシュマロを並べてじっくり焼き上げれば、ほどなくして濃厚な甘い香りが漂い始める。通りすがったねむの羨望の視線に小さく笑って、ティは彼女を呼び寄せた。
「お誕生日おめでとうございます! 一緒にいかがですか?」
「ぜ、是非っ! いただきますっ!!」
「おお、ティヌ殿のも美味しそう……」
 醤油を塗りながら串焼きにしたお団子風、きな粉と黒蜜を合わせたきな粉餅風と、こちらも工夫を凝らした和風の変わりマシュマロにストレートティーを添えてねむとティにも勧めつつ、鈴女もまた瞳を輝かせる。
 温かくて美味しいものを一緒に楽しんだら、今度はTシャツを脱ぎ捨てて、水着で川へ繰り出そう。涼やかな水の戯れが、きっとそこに待っている。
 その予感を証立てるように、ひとつの声が川辺に響いた。
「アレはなんだ!」
「えっ?」
「……隙あり!」
 思わず指差された方を素直に振り向いたレスターの背中を、コンスタンツァが力いっぱい突き飛ばした――いや、突き飛ばそうとした結果、勢い余って自分も一緒に水の中へと突っ込んだ。
「やったなこの……!」
 釣竿を放り出し、冷たい水を両手でかけてくる兄貴分の大人げなさに、コンスタンツァもけらけらと笑ってさらなる攻撃を仕掛け返す。せっかちな自分とは真逆に、辛抱強くかつ快調に魚をとる姿がちょっぴり面白くなかったのも、こうなった今では小さなことだ。
「あーびしょぬれっすあはは!」
「誰のせいだと思ってるんだい」
「だって! あのままじゃアタシが負けちゃってたっす!」
「何の勝負なの、もう……っ、はは!」
 頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れになりながらじゃれ合ううち、いつの間にやらふたりの間に笑顔の花が咲く。それは、どこか野生のひまわり畑にも似た輝きを宿していた。
 仲良く並んで釣り糸を垂れていたのも束の間、隣に座る雪乃がちらちらと……いや、もはや今となってはがっつり焚火エリアの方を気にしているのに苦笑して、エルバートはひょいと立ち上がる。風が運んでくる甘く濃厚な香りは、それほどまでに魅惑的だ。
 釣り道具を手早くしまい、早速雪乃がマシュマロを熾火に当てると、たちまちまたあの甘い香りが鼻から脳へと突き抜ける。
「なるほど……これは確かに、アウトドアならではですね……」
「プラス、チョコレートとか最強じゃないですか……♪」
 呟くエルバートに向かってチョコとクラッカーで挟み、カラーシュガーで飾ったスモアをつまみ上げ、雪乃が笑う。
「エルバートさん、おひとつ何如?」
 勿論、断る理由などどこにもない。あーん、と開けて待ち構えたエルバートの口の中に、瞬間甘い香りと味わいが広がった。この幸せを返すべく、エルバートも次は見よう見真似でマシュマロを炙り始める。クラッシュナッツを添えたスモアは、きっと彼女の唇へ。
「ふぁあ……」
 川面に映る陽光のように、ミニュイの瞳がきらきら輝く。マシュマロの甘い匂い、香ばしい魚の匂い。火のそばから立ち上る美味しそうな匂いたちをいっぱいに吸い込んで、彼女は傍らの青年たちを見上げた。
「魚でマシュマロ挟んだら駄目?」
「相性良くないと思うなぁ」
「いやいや、マシュマロも焼き魚も美味いはずだから、美味いもんと美味いもんが合わさったら、もっと美味いかもしれないぞ!」
 やんわり掌を見せて制止するラウルに、シズネはそう反論する。その口の端から涎が垂れかけているのに淡く笑って、ラウルはせっせとマシュマロを炙り始めた。とろりと焼けたそれに合わせるのは、食感も楽しいクルミにドライフルーツ入りのチョコレート。その彩りを目にしたミニュイもまた、得意げに鞄に手を入れて。
「私もチョコ持ってきたよ。苺や白いの、抹茶にレモン!」
「おお、からふるだな……!」
 自分は不器用だからと焼き魚の番に集中していたシズネも、これにはふるふると尻尾を揺らす。バケットやマフィンで挟んだカラフルなスモアはサイズもちょっぴり大きくて、そこはかとなく贅沢気分。ねむも交えて四人で一緒にかぶりつけば、フレーバーも様々な甘味がたちまち溶け出した。
「ミニュイもラウルも、『すもあ』を作る天才だな!」
 屈託なく笑うシズネに、ラウルは眩しそうに目を細める。彼の焼き上げた最初の魚をひと口齧り、そうして彼は首を傾げた。
「シズネは焼き魚を作る天才、だね?」
 その言葉を耳にしたのか、はたまた焼きたての香りが届いたのか、【花華女子会】の和が釣ったばかりの魚を前に顎を擦る。
「釣った魚は塩焼きもいいよねぇ……あ、でもハーブもあるし香草焼きもええねぇ」
「ちゃんちゃん焼きも定番だろう、やりたいな。マルティナさん、お魚焼くなら一緒に焼かないか?」
 リーズレットに呼びかけられ、マルティナがはっと顔を上げる。ふたりの女子力に打ち震えていた彼女も、楽しむ準備は万全とばかりに力強く頷いた。
 下ごしらえして串を打ち、或いは鉄板を火にかけて、そうして魚の焼ける香りが立ち始めた頃、リーズレットが荷物の中から何かを取り出した。ふふんと自慢げに、張り切って鉄板の上に注がれたそれは――。
「待って待って跳ねるからそれ!」
「ポップコーンとは斬新……いっ! あっつ! 分かっちゃいたが跳ねるじゃないか!」
「あっち! なんだなんだ!?」
「防御手段とか考えてこなかったのか!?」
 和の制止も時すでに遅し。弾けた熱々のポップコーンが三人の顔に、腕に、情け容赦なく飛び掛かる。そんなちょっとした騒ぎがありつつも、なんやかんやと美味しい時間は過ぎて行って。
「焼きマシュマロ……って、溶けないか?」
 恐る恐る鉄串をつまむマルティナに、和が柔らかく笑みかける。
「大丈夫。こっちは跳ねないから。ほっぺたが落ちるくらいで☆」
 欲しい欲しいと言わんばかりにその手を甘噛みしてくるボクスドラゴンのりかーをなだめつつ、そうして和はキツネ色のマシュマロを熾火から離した。
 彼女たちのご馳走のご相伴にあずかり、すっかり幸せそうにお腹をさするねむの姿を見つけて、野鳩はゆるりと歩く足を止めた。
「ねむ殿、誕生日おめでとう。情報局、楽しみにさせてもらっている」
「えへへ、ありがとうございます!」
 屈託のない笑顔を前に、野鳩は自分の胸元へと指を置く。今湧き上がるこの気持ちは、地獄化の炎が映し出すものだ。けれど、たとえそこに『地獄』がなくとも、同じ思いを抱けただろう――そう、彼女は思う。
 言葉にならない想いを、今はただ想いのままに。そうして野鳩は、夏の空に目を向ける。少しずつ夕暮れに近づき始める青の中、マシュマロのような雲が白く白く流れていた。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月28日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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