バーサーク・ウルフドッグ

作者:砂浦俊一


 三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)は滝行に来ていた。
 人里離れた山奥で、滝の清冽な水流で身を清め、雑念を払ってから刀を振る。彼なりの修練だった。
 しかし滝に打たれて雑念を払ったはずなのに、刀を振っているうちに焦燥感や胸騒ぎに襲われてしまう。
「どうしちまったんだ。全然、集中できねえ……」
 まだ自分が未熟であるがためか。
 だが原因は他にあった。
 滝の周囲、生い茂る木々の隙間からの視線に、武蔵は気づく。
 野生動物か。
 いいや、気配が違う。
「おい、そこの。用があるなら隠れてないで出てきな」
 武蔵は視線を感じる場所へと刀の切っ先を向けた。
 そして茂みの中から現れたのは……。
「悪ィなぁ。修行の邪魔したみたいでよ」
 薄ら笑いを浮かべた、狼犬のウェアライダーのような風貌を持つ男だった。
 その姿に武蔵は目を見開き、直後に腹の底から煮えたぎる怒りが沸き上がってくる。
「テメエは、屍奪の……っ!」
「屍奪の駆狼。いい機会だから、人様の名前はきちんと憶えておきな」
「っるせえ! 師匠の仇はここで取らせてもらう。忘れたとは言わさねえぞ、このクソオオカミ!」
「忘れたねえ。おまえの師匠ってなぁ、どこのどなた様だ? 自分より弱いやつのことは覚えられなくってよぉ……さて、おまえはどうだ? 俺様より強いか弱いか。歯ごたえがねえと面白くねぇ、さあ俺様を楽しませな!」
 右手にナイフ、左手に刀を持ち、屍奪の駆狼は武蔵へと襲いかかる。


「皆さん、ヤベー事態っす! 三笠之・武蔵さんが死神の襲撃を受ける予知があったっす!」
 オラトリオのヘリオライダーである黒瀬・ダンテは真っ青な顔だ。
「急いで連絡を取ろうとしたんすけど、連絡をつけることが出来ませんでした……面目ないっす……事態は一刻の猶予もありません、武蔵さんが無事なうちに救援へ向かってほしいっす!」
 最悪な状況が迫りつつあるのだろう。急ぎ、ヘリオンで急行しなければならない。
「死神の名は屍奪の駆狼。性格は狡猾にして悪逆非道、そして残忍。今の肉体以上の強い肉体を求め殺戮を続ける戦闘狂の、ヤベー相手っす。武器は右手のナイフと左手の刀、詳しくはこちらの資料で。ヘリオンの機内で目を通して欲しいっス」
 急ぎプリントアウトした資料を、ダンテはケルベロスたちに配布する。
「場所は、この山地の滝の近くっす」
 続けてダンテの背後の液晶モニターに、現地の写真が映し出された。大小の岩がゴロゴロと転がった滝の近く、周辺はそそりたつ岩壁と生い茂る密林だ。
「滝の近くは十分な広さがあるので、ここが主戦場になるはずっす。ただ岩が多いので足場はよくありません。あと川や滝壺に落とされる可能性もあるっすね」
 川や滝壺に落とされたなら、バッドステータスの【ずぶ濡れ】は避けられまい。戦闘に影響はないが、念のため着替えは必要だろう。着替えが必要なくなる、すなわちこちらが敗北するようなことになりさえしなければ。
「戦闘前に到着できれば良いのですが、1~3分ほど遅れる可能性もあるので、それを踏まえた作戦を考えておいてほしいっす」
 到着時には戦闘がある程度進んだ状態かもしれない。こちらもすぐに加勢できるよう、準備を整えておくべきだろう。
「武蔵さんを救えるのは皆さんだけっす。どうかこの死神を撃破して欲しいっす!」
 ともかく今は一刻を争う事態。
 仲間を救うべく、ケルベロスたちはヘリオンの搭乗口へと駆けた。


参加者
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
雪村・達也(漆黒纏う緋色の炎・e15316)
ライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)
智咲・御影(三日月・e61353)

■リプレイ


「このクソオオカミ……師匠は弱くなんかねぇ!」
 師匠を侮辱されたことに、三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)は怒り心頭。突撃してくる屍奪の駆狼へと、自らも翼飛行で突っ込んでいく。
「屍奪の駆狼。二度も言わせんな。おまえ、脳ミソまで筋肉で出来てんのか? あ?」
「黙れェ!」
 両者は斬撃と同時に交差、同じタイミングで振り返る。
 屍奪の駆狼の頬に赤い線がスッと走り、遅れて血が流れ出す。頬を伝う血を駆狼は長い舌で舐めとり、ニヤリと笑った。
 一方の武蔵は左の太腿に裂傷。鮮血が噴き出し、思わず彼は膝をついてしまう。
 二刀流では駆狼に一日の長があるのか。
 だが、武蔵は負けるわけにはいかない。いつか仇敵を討つ日が来るだろう、彼はそう思っていた。それが今日のこの日、男が全てを賭ける時だ。
「師匠から習った剣でテメェをぶった斬って……師匠の強さを証明してやる! そして師匠の最期の願いを叶えてやる!」
 鬼気迫る顔で武蔵は敵を睨みつける。
「そのヘナチョコな剣で斬れるモンならなぁ!」
 駆狼が岩場を跳躍して武蔵へ襲いかかろうとした、その時。
 真横から黒い影が駆狼へとタックルを浴びせた。仲間の窮地に駆け付けたミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)である。そのまま組み付いた彼女は駆狼を大小の岩だらけの地面に叩きつけた。
「やあ、ヘナチョコオオカミ。かかってきなよ」
「ンだとォ!」
 ミリムの挑発に怒る駆狼は刀を突き出すが、その時にはもう彼女は後方に退いている。代わりに駆狼が見たのは顔面に蹴り落とされてくるブーツの分厚い踵だ。
「俺のダチに何してやがんだコラァ!」
 体から金色のオーラを放つ戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)。武蔵とは酒飲み友達であり、大事な友人である。
 間一髪、駆狼は久遠の踵を避けた。そして別の岩の上に跳び乗る。
 攻撃を避けられた久遠は舌打ちしつつも、振り返って武蔵へと笑みを見せる。
「助けに来たぜ、武蔵。ケリがついたら皆で騒ごうぜ?」
 頭上には上空を旋回するヘリオン、そして降下してくる仲間たち。
「最悪の事態は避けられたな」
「これより、ミッション……『武蔵の救援』を開始するっ」
 雪村・達也(漆黒纏う緋色の炎・e15316)は黒兎に動物変身した智咲・御影(三日月・e61353)を抱え、ライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)は不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)をお姫さま抱っこ、揃ってエアライドで華麗に着地する。
「武蔵お兄さんは葵が死神に襲われた時に助けに来てくれた……だから、今度は葵が助ける番!」
「初めまして、武蔵殿。ささやかながら、因縁へのお手伝いに。心置きなく戦うといい」
 小さな体の葵はそれでも武蔵を敵から庇うように立ち、動物変身を解いた御影は微笑を浮かべる。
「滝行のこと、皆に話してたっけか? よくこの場所が分かったもんだ……」
 救援に来た仲間たちに感極まった武蔵は、それだけを口にできた。
「ダンテの予知だ。後で礼を言っておくのだな」
 最後に降下してきたナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)が武蔵に肩を貸し、立ち上がらせる。


「師の仇だそうだな、三笠之さん」
 達也は武蔵の負傷を月夜見尊で癒やす。宵闇に仄かに光る月のような煌めきが、武蔵の傷を塞いでいく。
「……あれは師匠の親友だった男の体だ。師匠はそれに動揺して……隙を突かれたっ」
 脳裏をよぎる過去の記憶に、武蔵は歯噛みする。
「だがあのクソオオカミはそのことも覚えちゃいねえ……自分よりも弱いやつは覚えられねえ、なんてぬかしやがる……師匠も、師匠の親友までも侮辱しやがって……!」
 怒れる武蔵の拳が近くに転がる岩に叩きつけられ、粉々に砕いた。
「なるほどな。だが怒りに我を忘れては勝てる相手にも勝てない。ましてや、それが仇敵であるなら」
 魂うつしをかけつつ、ナザクが注意を促す。
「ああ、わかってる……っ」
 自らに言い聞かせるように武蔵は呟き、仇敵を見据えた。
 敵は岩場を跳躍しつつ、救援に来たケルベロスたちと交戦中。多数を相手に一歩も引くところがない。
「ケルベロスの犬コロども、群れりゃ勝てると思ってんのか?」
 一際大きい岩の上で、ケルベロスたちを挑発するかのように駆狼が真っ赤な舌を見せた。
「言ったね! 葵たちは負けないんだからっ」
「その性格、精神が、そう成り果てる前からそうだったとは言わん。だが、それでも確かな事はひとつ。おまえには狼の誇りも犬の勤勉さもない。強い者と戦うという欲求を言い訳に弱者を狩り、己が上だと言わんばかりに牙を向け吠えるケダモノ! それがおまえだ!」
 葵は白き睡蓮の微風で前衛組に盾を付与。ライは河伯槍を敵へと投擲、河の神より授かった力の一撃は巨大な岩をも砕く。
「久遠殿、武蔵殿。支援する」
 駆狼は反撃に出ようとするものの、御影のプラズムキャノンが機先を制した。
 そして久遠と武蔵が突撃する。
「手前は絶対許されねえ事をした。俺のダチに手を出しやがった事だ。歯ァ喰いしばれやぁぁ!」
「その体から出て行け腐れ外道ォ!」
 唸る降魔真拳と絶空斬、対する駆狼も両手の得物を自在に操り、激しい近接戦となる。
「武蔵さんの勢いは良し……」
「だが狙いがまだブレているな」
「ですね、彼には後で鬼指導です!」
 オウガメタルを嵌めた拳で殴りかかるナザクに続き、ミリムは得物砕きで敵の武器を狙う。
 駆狼の手にした刀が半分に折れ、弧を描いて宙を舞った。
「俺様の刀になんてことしてくれやがったんだコラァ!」
 怒れる駆狼はナイフを振って真空の刃を繰り出すが、これは達也が防ぐ。
「どうせそれも誰かから奪ったものだろう? 盗人め」
 素早い敵を相手に、こちらは命中率を高めたい。盾役をこなしつつ彼は仲間たちにメタリックバーストをかける。
「世の中ってのはなぁ! 奪う者と奪われる者しかいねえんだよ! 当然俺は奪う側、故に俺様の名は屍奪の駆狼! ヒャハハハハァ!」
 狂乱の叫びを上げ、駆狼は一層激しい攻勢に出る。


 激闘は続く。大小の石が転がる岩場、膝まで水に浸かる川の中、戦場は目まぐるしく移り変わる。
「オラァ! 右だ、左だ、そして脚だ! ぶっとべ!」
 敵の猛撃を浴びたライは川の中へ倒れてしまう。
「くっ、泳ぐのは苦手……なんだ!」
 そこが川の深みでないのは幸いだった。すぐさま槍を支えに起き上がった彼女は、ずぶ濡れになりながらも百烈槍地獄を浴びせに行く。
「川の水は美味かったか? もう1回飲ませてやろうかっ」
「……もう、さっきからキャンキャンうるさいよ!」
 嘲る駆狼に向けて葵がケイオスランサーを飛ばし、御影も斬霊刀を手に斬りかかる。
「なるほど。間近で見れば見るほど卑怯者の顔だというのがよくわかる」
 鍔迫り合いとなり、彼は嫌悪感のこもった眼差しを敵へと向ける。
「卑怯ぉ? そいつはこの屍奪の駆狼には褒め言葉だ!」
「それはおまえの名ではないだろう? 死者の名を穢すんじゃない、耳障りだ」
「死んじまえば耳障りも糞もねえ。兎ってなあ、狼に喰われる生き物だろっ」
 鋭い牙を剥き出しにして駆狼が圧し掛かってくる。力負けしそうになった御影は素早く身を引いた。入れ替わりに前衛組が敵を囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。
 囲まれて集中攻撃を受ける駆狼だが、その顔には残忍な笑み。
「まとめて逝けやァ!」
 刀とナイフの乱舞、自らの周囲を攻撃する駆狼の大技が炸裂した。
 前衛組の血飛沫が舞い、川の水に混ざって流れていく。
「やりゃあがったな……クソオオカミ……!」
「まだ生きてたか。体力だけはあるようだな、脳筋トカゲ。早く楽になりたいだろ? あの世で師匠とやらと、師弟水入らずに暮らせるようにトドメをくれてやろうか?」
 武蔵は歯を食いしばり、せせら笑う駆狼を見据える。
「……この『修行バカ』の師匠の友人だったなら、相応に腕の立つ男だったのだろうな。だが日々の努力と鍛錬の賜物、それらを横取りして胡坐を掻いてるだけなんざ、随分お手軽な『強さ』をお持ちでいらっしゃる」
 憎まれ口を叩き合う仲だが、ナザクは武蔵の腕前には敬意を払っている。だからこそ侮辱されては黙っていられない。
「ああン? テメエから殺されてぇか!」
「肝に銘じておけ。信念を持たない貴様など、武蔵の敵ではない」
 気合いを注入するように彼は武蔵にエレキブーストを飛ばす。
「武蔵お兄さんは、絶対に負けません! そっちこそ血だらけじゃないですか!」
 武蔵に駆け寄り、彼の負傷を癒やす葵が駆狼へと叫んだ。
 指摘されて初めて駆狼は気づいた。いつしか自分の腹から夥しい血が流れ、下半身を赤く染めていることに。
「なっ……畜生、さっきのか……っ!」
 狼狽する駆狼に前衛組が不敵な笑みを見せた。さっきは大技を喰らったものの、こちらも敵に深手を負わせている。
 勝機は、ある。


 荒い呼吸を整えながら武蔵は思う。
(師匠の最期の願いは『駆狼の身体を死神から解放する』こと……こいつを果たすのが唯一出来る親孝行だと考えてきた……)
 傷は塞がったものの、体力の消耗が激しい。大技を放てるとしたら一度が限度だろう。だが、それはおそらく敵も同じ。
「クソが……血が足りねえ! 血を寄越しやがれぇ!」
 憤激する駆狼だが、その体はミリムが全身から放出した暗黒縛鎖に縛られる。
「あなたに差し上げる血など一滴たりともありませんよ。鎖に繋がれ、大人しくしていなさいっ」
「この程度で俺様を止められると思うなボケ!」
 駆狼は体を縛る鎖に噛み付き、強引に千切ろうとする。だが力を込めれば込めるほど、鎖の隙間から流れる血の量が増えていく。
「念仏でも唱えてろ。唱えられる暇があるならな……本命は任せたぜ武蔵!」
「俺たちがおまえの刃を通す道を開こう。決めて来い!」
 水飛沫を巻き上げる久遠の旋刃脚が駆狼を蹴り上げ、宙に浮いた体へと達也の轟龍砲が直撃。吹っ飛ばされた駆狼は滝の裏側の岩壁に激突する。
「……やってくれたなぁっ」
 全身を滝に打たれながらも起き上がった駆狼は、左腕が動かなくなっていた。
 その視線の先には、川の中で佇立する武蔵の姿。
(師匠、養子にしてくれた貴方を俺は照れくさくてずっと師匠と呼んできた……貴方が死んでから、それをずっと悔やんできた。貴方の願いを叶えるまでは父とは呼ばないと決めた。でもそんな日々も今日で終わる……)
 そして武蔵は一切の雑念を捨てる。
 この一刀に己の全てを賭ける、それだけが頭にあった。
 彼へと御影がルナティックヒールをかけ、ライが分身の術を施す。
「いいぜ、来いよ……。おまえが欲しいのは、これだろ?」
 右手のナイフで駆狼は自身の首を指し示す。
 斬れるものなら斬ってみろ、殺せるものなら殺してみろと、彼は言っている。
「この体はもうダメだ……だから俺様はおまえを殺して体を貰う」
 駆狼は口にナイフを咥え、まだ半分に折れた刀を右手に持ちかえた。
 対する武蔵。背中の翼を大きく開き、翼飛行で水面を這うように翔ける。
 邪魔するものは何もない、宿命の一騎打ち。
 両者が繰り出す渾身の斬撃――わずかに速かったのは、武蔵だ。
 龍が天へと翔け昇るが如き剣は仇敵を斬り捨て、打ち落とされる滝の流れも逆流させた。
 地龍天昇。まさに、その名が如く。
 この一撃に、見守っていた仲間たちも息を呑んだ。
「……クソオオカミ。テメエが弱いと侮辱した、師匠直伝の剣術で逝く気分はどうだ?」
 武蔵は真っ二つに断たれた屍奪の駆狼を見た。その遺骸と武蔵に、打ち上げられた水が雨のように降り注ぐ。
 清冽な水が、血で汚れた体も過去の因縁も洗い流していく。
 何もかも流していく。
 仲間たちの歓声を背中で聞きながら武蔵は空を見上げた。
 そこには一本の虹がかかっている。
「俺、やりましたよ。父ちゃん、これで安らかに過ごせるでしょう……?」
 照れくさそうに『父ちゃん』と口にすると、武蔵は踵を返し、仲間たちのもとへ歩み寄っていく。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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