●初恋は苺味
放課後の校舎裏、少女は目の前の少年に告白をした。
「イチゴくんのことが好きです。大好きです。あたしと付き合ってくださいっ!」
頬を赤らめた少女は少年の返事を待つ。
対する少年は深い溜息を吐いた後、首を横に振った。
「……いや、何度も言ってるだろ。俺には彼女がいるしアンタとは付き合えない。告白の呼び出しもこれで何回目だと思ってるんだ。頼むからいい加減に諦めて欲しい」
困ったような表情を浮かべた少年は、それじゃ、と告げて足早にその場から去っていく。きっと件の彼女と一緒に帰るのだろう。彼の後姿を見送った少女はふるふると身体を震わせていた。泣いているのかと思いきや、少女は瞳を輝かせている。
「うふふ、イチゴくんってば今日もすてきぃ」
少女は少しもめげていなかった。
何故なら、告白を続けていればいつかは彼女と別れてくれると何故か信じきっているからだ。真面目で優しい彼のことだ、今の彼女のことを振れずにいるに違いない。
そんな傍迷惑な思考を持っている少女の名は苺。そして、少年の名は一期。
同じ響きの名前の彼は苺にとって運命の初恋の人。一期と出逢ったことで恋を知らなかった少女の世界は変わった。毎日が薔薇色、もといイチゴ色だ。
「今の彼女さん、早く振ってくれないかなぁ~」
苺が良からぬ言葉を口にしたとき、校舎裏に別の人影が現れる。
「あなたからは初恋の強い想いを感じるわ。私の力で、その初恋を実らせてあげよっか」
「ふええ、本当?」
声の方向に苺が振り向くと、他校の制服を着た赤い髪の少女――ドリームイーター・ファーストキスが此方に向かって歩いて来ている姿が見えた。
そして、戸惑う苺の頬に両手で触れてから唇を重ねる。いきなりの出来事に苺が恍惚としている所へ夢喰いは鍵を突き刺した。
次の瞬間、苺は意識を失って倒れ込み、かわりに彼女にそっくりのドリームイーターが現れる。ファーストキスは棒キャンディを咥え、くすりと笑むと新たな夢喰いに命じた。
「――さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
●いちごとイチゴ
日本各地の高校に夢喰いが出現しはじめた。
ドリームイーター達は学生が持つ強い夢を奪い、強力な仲間を生み出そうとしているらしい。雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は最近よく起こっている事件について語り、今回の被害者について説明してゆく。
「初恋の憧れを奪われたのは苺さんという学生で、初恋を拗らせた強い夢を持っていたようなのでございます」
敵は現在、初恋の一悟少年の彼女を襲いに校外に出ていこうとしているようだが、今すぐに向かえば校舎裏から出る前に戦いを挑めるだろう。
苺自身は意識と夢を奪われて校舎裏に倒れているが、敵が夢主を攻撃することはないので救出は戦闘後で良い。
「こちらが姿を見せてしまえば敵はケルベロスを優先して狙ってくるみたいなので、避難誘導よりも戦いを優先してくださって大丈夫です」
彼女から生み出されたドリームイーターは強い力を持つが、この夢の源泉である『初恋』を弱めるような説得ができれば弱体化させることが可能だ。対象への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想を壊してしまうものでも良い。
「恋の夢を壊すのは少しだけ気が引けますが……このまま、この恋が良い方向に進むとは思えませんです。なので皆さま、弱体化させて夢喰いを倒しちゃってください!」
弱体化させないと苦戦する相手だが、成功すれば戦闘を有利に進められる。
ドリームイーターを弱体化させる事ができれば苺自身の偏った初恋も弱まり、一悟への傍迷惑な思いも普通になっていくだろう。
しかし、恋への思いを弱め過ぎると「恋なんていらない!」という事態になってしまうので説得は加減が重要だ。
「これはリカの勝手な思いなのですけれど……たとえ実らなくても、苺さんにとって良かったって思えるような初恋になって欲しいです」
きっとケルベロスなら上手くやってくれると信じ、リルリカは信頼の眼差しを向ける。
何よりも学生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すなんて許せないことだ。よろしくお願いします、と頭を下げたリルリカは戦いに赴く者達の背を見送った。
参加者 | |
---|---|
一后・鈴蘭(君影白苺・e00183) |
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404) |
隠・キカ(輝る翳・e03014) |
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829) |
遠野・葛葉(鋼狐・e15429) |
ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714) |
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779) |
終夜・帷(忍天狗・e46162) |
●初恋と夕暮れ
暮れなずむ空の下、少女は愛しい人を想う。
その感情は恋。一途と云えば聞こえはいいが少女が抱くのは執着のようなもの。今や想いは夢喰いに囚われ、凄惨な未来が引き起こされようとしている。
初恋は大抵が面倒臭い。
「相手の男が諦めろと言っているなら一先ず素直に受け入れるが良いだろうに」
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は軽く息を吐き、校舎裏に現れたドリームイーターの姿を見遣った。
居た、とルースが仲間達に告げると、終夜・帷(忍天狗・e46162)が静かに頷く。
帷自身には色恋の経験は無い。だが、人を想う気持ちは素晴らしいものだと感じていた。少しでも少女の助けになれるといいと考え、帷は一歩を踏み出す。
「ううん? だぁれ?」
すると、少女夢喰いもケルベロス達に気付いた。
隠・キカ(輝る翳・e03014)は腕の中の玩具のロボ、キキをそっと抱き締めてから少女に声を掛ける。
「とってもすてきな恋をしたんだね。彼のこと、だいすきなんだね」
「初恋ですか~、思い出として、とても大事なものですけれどね~」
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)もふわりと微笑み、苺の姿をしたそれを見つめた。対する敵は口許を綻ばせ、嬉しそうな笑顔を見せる。
「イチゴくんのことを知ってるのね。ふふ、イチゴくんってすてきでしょ?」
焦がれるような、それでいて闇のようなものが奥底に見える瞳は何故か不気味に見えた。遠野・葛葉(鋼狐・e15429)はそれが執念の形なのだろうと感じ、少女が持つ想いの強さを改めて知る。
「その執念や良し。押して押して押しまくれば道理など吹っ飛ぶのだ! だが……」
葛葉には少女の思いを否定する意思はない。しかし、それが夢喰いによってあらぬ方向に逸らされてしまうならば話は別だ。
一后・鈴蘭(君影白苺・e00183)は自分の名を名乗り、少女に明るく笑いかける。
「苺ちゃん! 俺もイチゴっていうんだ。だから運命の相手は、俺でも良いよね」
「ふええ、何言ってるの? というか邪魔だから退いて欲しいなぁ」
苺はきょとんとした表情を浮かべた。そして、今から一悟の彼女を殺しに行くのだと言って歩き出そうとする。
しかし、ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)とルースが立ち塞がった。
「お前、そいつの何が好きなんだ?」
ボクスドラゴンのカマルを伴ったムスタファは身構えながら問う。ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)もナノナノのニーカに戦闘準備を整えるよう願い、説得をはじめてゆく。
「一悟が彼女を好きな気持ちも苺と同じなんじゃない? それとも……」
見栄を張りたいとか便利だから付き合ったり、苺が彼女より自分を好きだからって比べて乗換えたりする酷い奴なのか。そんな彼を苺は好きになるのかと問いかけたナクラに夢喰いは首を振る。
「違うよぉ、イチゴくんは優しくてカッコイイから好きなの。酷い人じゃないよ!」
その言葉に続き、ムスタファも疑問を投げかけた。
「優しい? カッコイイ? ではお前の知る中で最も醜い容姿に入れ替えてみろ。好きだと言えるか? 言えなかろう」
結局のところ、お前はそいつの見た目や名前に惹かれているだけだとムスタファが告げると苺は更にぶんぶんと頭を振った。
「イチゴくんは醜くならないもん。嫌なこと言わないで!」
そして、夢喰いは怒りに任せて好きの魔力を解放する。一瞬で広がる苺色の軌跡がムスタファを貫いた。すぐに紗羅沙が癒しに入り、帷が地面を蹴って反撃に移る。激しい雷が標的を貫いたが、少女はびくともしていなかった。
なかなか厄介な相手になると帷が察するのと同じく、キカも小さな覚悟を抱く。
「周りも自分も見えなくなるくらい、だれかをすきになるのって……ちょっと、こわいね」
ね、キキ、とロボに話しかけたキカは思う。
それでもきっと、恋はすてきなもののはず。少女の想いはそのままに、暴走する気持ちだけを沈めたいと願い、仲間達は其々に戦いへの意気込みを抱いた。
●初めての気持ち
実る恋も実らぬ恋も色々、恋はいつだって初恋だ。
「でも初恋だから大事なんじゃないよ」
自分が自分以上に相手を好きになれたから大事なのだと話し、ナクラはニーカと一緒に仲間を補助していく。
その気持ちも素晴らしいが、少女は初めての恋で舞いあがっている。
紗羅沙は周りが見えていない苺に色んなものを見て欲しいと考え、先ずは問う。
「苺さんはどれだけ一悟さんの事を知っているんでしょうか~? そして、ちゃんと一悟さんのお話聞いていますか~?」
話を聞かない人のこと好きになってくれると思うかと紗羅沙が聞くと、少女は勿論知っているというように胸を張った。
「大丈夫。誕生日も好物も分かってるし、今はあたしと付き合えないことも知ってるよ。それって別れたら付き合えるって意味でしょ?」
なんて拡大解釈だとルースは肩を竦める。
そして、襲い来る夢喰い目掛けてルースは霊弾を解き放った。キカもルースに続き、仲間を守る為の紙兵を散布してゆく。
「揺るがぬ姿勢も良いが、気持ちを秘めながら素直に従う女の方が愛おしく映る」
「でも、だいすきな彼を、苺が苦しめてるかもしれないよ」
彼が彼女を選ぶのは、苺よりそのひとがだいすきだから。キカの感じた思いは間違ってはいないが、苺にとっては考えられないことだった。
「違う、違うよ。だってイチゴくんはいつも呼び出したらすぐ来てくれるから!」
だから少なくとも好かれていると信じているのだろうか。
随分と拗らせている娘だと感じたムスタファはカマルに癒しを願い、自らは夢喰いを穿つ為に駆けた。炎の一閃を叩き込み、彼は告げる。
「お前のその恋などというものは綺麗な物などではない。もっと生々しい、見た目が良く健康的な優れた異性を求めるという生物の本能にすぎん」
「え?」
ムスタファの現実的な物言いに夢喰いが戸惑いを見せた。其処に隙を見出したミミックのパコミィが敵に齧りつき、鈴蘭は黄金の果実をみのらせていく。
先程、苺は鈴蘭の呼び掛けを否定した。つまり、と頃合いを見た鈴蘭は核心を伝える為に少女を見つめる。
「君が俺を何とも思わないってことは、名前だけじゃなくて一悟くんの素敵なとこを知っているから好きなんだろ?」
「誰かを一途に想う葉山の気持ちは、掛け替えのない物だ」
其処へ帷が月光の斬撃を見舞う。少女の心を肯定した帷の思いは、その眼差しのように真っ直ぐだ。
葛葉は其処に魔鎖を展開して仲間の守りを固める。
「執念も恋慕も良いが、最後は他人の力に頼るのはどうなのだ? 今まで自分の力で相手に振り向いて貰おうと努力したのだろう?」
葛葉が語る他人の力とは夢喰いのことだ。しかし、苺本人と同じ気持ちを持っているとはいえ相手はドリームイーター。それゆえ他人の力という言葉がぴんときていないらしく、少女は首を傾げた。
ナクラやキカは懸命に少女に呼び掛け、過剰な恋への思いを和らげようと言葉をかけ続ける。鈴蘭もまた、パコミィと共に戦いながら呼び掛けていく。
「一悟くんの言葉ちゃんと聴いてほしいな。でないと……君は『気持ちを無視して運命の人は自分だと主張した』俺に感じた感情を彼から向けられることになる」
それは悲しい。彼に君の事をそう思って欲しくない。
攻性植物を解き放ち、鈴蘭は少女の良心に訴えかける。すると夢喰いは急に不安そうな顔をして、番犬達を見遣った。
「あたしの思いって、普通とは違うの?」
「別に間違ってはいないぞ? 生き物として当然の欲求だ」
本能とでもいった方が良いだろうとムスタファが答えると、少女は俯く。
ルースは戸惑いを引き出せていると察し、更に言葉を向けた。
「解るか、相手にとってアンタの恋が疎ましいものになってしまってはその恋はネガティブなものになる」
恋には相手を慕い想う心ひとつあれば良い。他者の傷を願うのは仕方なくとも、それを押し付けるのはただのエゴだ。揺るぎなく告げたルースはムスタファに目配せを送り、呪いを込めた斬撃を敵に見舞った。
続いたムスタファが縛霊の一閃を打つ最中、敵も魔力を放ち返す。
しかし、紗羅沙が即座に式神を顕現させて狙われたナクラの傷を癒した。
「色んな人と会って、色んな経験をして、そして、色んな恋を知っていく、それで良いと、お姉さんは思うのですよ~」
自分なりの思いを伝えた紗羅沙に合わせ、葛葉も回復に移る。集気法で以て足りぬ癒しを補った葛葉は少女の心に呼び掛けた。
「何であれ、今の彼女を蹴落とすのだろう? これから先、自分の方が彼のことを愛しているのだと、隣に立つのに相応しいのだと胸を張って誓えるのか?」
「……」
二人の言葉に夢喰いは黙り込んだ。
このまま苺が一悟少年に執着するのはよくない。そう考えたキカ達は少年との関係について話す。
「もう、彼とお別れしよ。このままじゃ彼がおこって、苺にひどいこと言うかもしれない。今度はね、苺がきずつくよ」
「葉山の気持ちを受け止め、そして同じ様に葉山を想ってくれる。……恋を知る葉山ならば、そのような相手をきっと見つけられると俺は思う」
帷もまた、心からの思いを伝えた。
戦いの最中、少女は戸惑いを隠せぬ様子だ。ニーカに補助を続けるよう伝えた、ナクラは思いきって問いかける。
「なぁ、苺はどうしたい? 苺の気持ちを聞かせてくれよ」
「……わかんない」
対する夢喰いは弱々しく答え、攻撃の手を止めた。そして――。
「恋って何なのか、全然わからなくなっちゃった」
力ない呟きが零れ落ちた瞬間、夢喰いの力が弱まる気配がした。
●失われた心
敵の有り余る力の源は暴走する恋の想いだった。
それが『解らない』ものに変わった刹那、番犬達に勝利の道標が示される。葛葉は分からぬのもまた恋だと感じ、敵を倒すべく駆けた。
「命短し恋せよ乙女! ハハハ、存分に励むと良い!」
「苺さんの気持ちはわからなくはないですけど、思い込みが強すぎたんですね~」
旋刃の一閃が夢喰いを貫き、其処に紗羅沙が放った熾炎が重なる。
恋への思いが消え去った今、敵の力も残りわずか。業炎砲が標的を包み込む中、鈴蘭は攻勢に入った。
(「でも、この状況は……」)
夢喰いといえど、少女の顔に失意が見えた気がして鈴蘭は懸念を抱く。
だが、相手を倒さなければ本物の苺は救われない。帷も不安が消しきれなかったが、任務を果たす為に力を振るった。
軽い身のこなしで敵を翻弄した帷は怒號の一撃を見舞う。
されど敵も帷を狙って魔力を放つ。大きな衝撃が帷を襲ったが、すぐにキカが優しい記憶を呼んで樂園の夢を魅せた。
「これ以上苺がきずつかないように……きぃ達が、あなたをこわす」
苺の初恋をこんな風に利用しないで。とっても大切な思いをふみにじらないで。
そんなキカの思いを継ぐようにナクラが敵の前に踏み込む。
「初恋は誰にも一度切りだ、大事にしたいのは解る」
けれど執着と大事にすることは違う。だから、と一気に放たれたナクラの一閃は夢喰いを深く抉った。
「証明して見せろ。己の欲を抑え相手を思いやってみせろよ」
今のままだと無理だが、と夢喰いに無慈悲に告げたムスタファは痺れの一撃で標的の自由を奪う。其処に勝機を見出し、ムスタファは仲間に合図を送った。
それを受けたルースは呼吸を整え、敵を見据えた。
己の恋はいつだったか、今の恋が初恋でないのなら初恋が永遠のものでなくて良かったとルースは思う。
(「離れて、近付いて……ヒトの心などそんなものだ」)
それは一瞬。間合いを詰めたルースによって貫かれた夢喰いはその場に蹲る。
そして、それは悲しげに此方を見遣った後、跡形もなく消失した。
●恋の終焉
戦いが終わり、夢は還ったのだと察した帷はそっと得物を仕舞う。
そして、少女の元へ行こうと示すように帷は歩き出した。キカやナクラ達も頷き、苺が倒れている場所へと向かう。すると其処には――。
「ひっく、うぅ……うわぁああん!」
地面に座り込んで泣いている苺の姿があり、鈴蘭は驚いて傍に寄った。
「大丈夫か、何で泣いてるんだ?」
「だって、みんながよくわかんないことばかり言うから……!」
鈴蘭が問いかけると少女は頭を振る。紗羅沙が落ち着かせようと腕を伸ばしたが、苺はその手を振り払った。
「苺さん、何か気に障りましたか~」
紗羅沙がやさしく聞いてみたが、苺は答えようとしない。
ルースは冷静にその姿を見つめ、そうか、と気付いた。そしてルースの予想通り、苺は混乱気味に言葉を紡ぐ。
「あたしの気持ちは間違ってないのに、諦めろとか他の人を探せとか、エゴとか本能だとか……何にもわかんないよぉ!」
そう話す少女はどうにも気持ちが整理できないでいるようだ。
「永遠に続く想いなどないが……」
「これも俺達のエゴか」
ムスタファが少女を見下ろして呟き、ルースも目の前の結果を受け止める。
恋への異常な憧れは確かに消えた。仲間達の言葉や思い、ひとつずつは決して悪くない。しかし、方向性は各自で違っており様々な矛盾を孕んでしまった。
その結果、少女は何も納得できないまま恋を否定する形になったのだろう。
キカは自分達の言葉が過ぎたのだと知り、キキを強く抱き締める。
「苺……ごめんね」
きっと苺のことをすきになってくれる人は絶対にいる。そう伝えたかったが、苺はそんな言葉を求めていないことも分かった。
「恋も人生も奪い合いである事は否定せんぞ。得たものが甘酸っぱいものになるかは知らんがな」
葛葉は少女を見つめ、最後まで己が抱く矜持を貫く。その声を聞いた苺は頭を抱え、唇を噛み締めた。そして、少女は震える声で叫ぶ。
「こんなにわからないものなら、もう恋なんてしたくない!」
「……そう、か」
以前も心を救えなかった者がいた。そのことが裡に過ぎり、ナクラは痛いほどに拳を握り締めて歯噛みする。
何かを誤れば手をすり抜ける。命や、記憶、時間、かけがえの無いもの。
その重さを考えると足が竦み、切り捨てられも乗り越えられもしない事実が圧し掛かる。それでもまだ、何も掴めていない自分は立ち止まる訳にはいかない。
想いを胸に秘めるナクラの傍ら、鈴蘭も少女を瞳に映した。
「俺は――」
君の初恋を諦めなくても良いと思う。
告げるはずだった思いを紡ぐことは出来なかった。もう恋なんて要らないと泣きじゃくる今の少女には誰の言葉も届かない。
きっともう、苺の花から実となった想いは腐り果て、地面に落ちて潰れた。
それでも、いつか本当に素敵な恋が訪れて欲しい。そう願うことは罪でも悪でもないはずだと信じ、鈴蘭達は少女が泣き止むのを待った。
沈みゆく夕陽はまるで昏い恋の終わりを示すかのように、仄暗い宵を誘っていた。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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