レッツ下克上!

作者:朝比奈ゆたか

「……あっ、ハイ。すぐ買って来るッス!」
 俺焼きそばパンな。
 端的に投げかけられた先輩の言葉を、文脈から素早く自分に向けられたモノだと理解する。続け様にさらに複数、先輩や仲間達、はては下級生までのリクエストを背中で聞いて、改造学ランを着崩した茶髪パーマの少年、篠田は体育倉庫の陰から校門目掛けて弾かれたように飛び出した。
 彼の襟に止められた学年章、それが示すのはローマ数字の2。不良の世界は先輩の言うことが絶対。だから三年生の命令が自分に下るの自体は当然にしても。
「はぁ……何で俺が、一年の連中の分までパシらなきゃならねぇンだ」
 うっすら雲が掛かった空にも増して、走る篠田少年の心は曇りがち。ボスの三年生に疎まれている彼の不遇は、少なくとも先輩が卒業するまでは変わらない。
 ……いや、先輩が卒業したら本当に変わるのか?
 ふと未来を想像するたびに、彼の心に掛かった暗い雲はその厚みと面積を増す。今の様に同学年にも後輩の誰からも侮られ、軽く扱われている現実が、元凶一人が卒業したところで本当に改善されるものだろうか……?
「やっと見つけたわ。あなた、私が更生させてあげるから覚悟なさい」
「……あ? ンだァてめぇ?」
 マイナスに突き進む思考を、横合いからの声が断ち切ったのは校門を出たその時だ。
 自分に向けられた攻撃的な声音に足が止まる。殺気立った視線を少年が投げた先、電信柱の傍に佇む一人の少女が挑発的な視線を投げ返していた。
「あなた、この学園の不良のリーダーなんでしょう? 学年だって関係ない、腕力で他の不良を捻じ伏せ、従える力強いリーダー。それがあなた……」
 篠田の学校のものとは異なる制服姿の少女が投げてきた言葉は、問い掛けの形を取ってはいるが実のところそうではない。それが事実ではないと知っている、弄ぶような色合いを帯びたその言葉。当てこすりと取れるその言葉は、今の篠田の激情を揺さぶる力があった。
「ああクソッ、そうさ。俺がリーダーさ! そうだ、俺があいつら全員シメてトップになるんだ。パシリのままでなンざいられるかよ!!」
 彼は今にも殴りかからんばかりの勢いで、少女に向けて怒号を放つ。だが、少女は少しも動じる様子はなく、それどころかうっすらと微笑すら覗かせた。
「そう。そういう事なら、私が手伝ってあげる」
 そして、その言葉が終わるや否や。少女の手に握られていた巨大な鍵が、吸い込まれるように篠田の胸に突き立てられていたのである。


「ってカンジで、新たなドリームイーターが生み出されるみたいなんすよ!」
 日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたようだ。
 学校を狩場とするその連中は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているらしい。
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が告げる、今回狙われた茶髪の少年もまた然り。不良グループの中で顎で使われる境遇に憤懣を抱えていた所、心に秘めた強い上昇志向を狙われたのだろう。
「被害者の篠田って子から生み出されたドリームイーターは結構つえー力を持ってるっす。でも、それは被害者の願望をソースにした強さっすから、説得なんかを通じてその源泉である『不良への憧れ』を弱めることが出来ればその分弱くなると思うっす」
 それはそれは単に敵を弱体化させるというものでなく、人の心の在り様を変えてしまう試みでもある。だが、今回の場合は元々の願望自体が歪なものだとも言えるだろう。
 この子の人生的にもその方が良いんすかね、多分。少し考えこみつつダンテは言葉を続けた。
「これも本人の願望が現れてるんすかね。木刀とチェーンを得物にぶんぶんふりまわしてくるっすよ。ポジはクラッシャーっすね」
 気を取り直して説明を続けるダンテの説明では、相対する敵は一体のみ。校門の外側すぐの路上で生れ出たドリームイーターは直ちに学校に取って返し、体育倉庫裏に屯する仲間をシメに掛かろうとするだろう。幸い昼前の路上、学校の校庭とも人気に乏しい。『高校生の強い夢から、強力なドリームイーターを生み出す』という学園ドリームイーターの目的上、ケルベロスが現れれば交戦を優先するよう命じられていることからも巻き添えを生む心配は大きくはないと思われた。
 そして幾らかの説明を加えてから、ダンテは頭を掻きつつ軽くため息をつく。
「しっかし、尊敬できねー相手を上に持っちまうと大変っすね。その点自分は、ケルベロスの皆さんに出会えて本当に幸運っす!」
 だから、今回も皆さんがバシッと決めて解決してくれるの信じてるっすから。
 説明の最後をそんな言葉で括って、彼はケルベロス達を送り出すのだった。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
八代・社(ヴァンガード・e00037)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
月枷・澄佳(天舞月華・e01311)
リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)
朔望・月(桜月・e03199)

■リプレイ


 正午を前にして漂うやや緩んだ気怠い空気が急変したのは、リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)がその厭世的な様子に似合わぬ殺気を辺り一帯に解き放った瞬間の事だった。
 一瞬にして張り詰めた冷ややかな緊張が、人影が疎らな往来から人気を一層遠ざける。そこに敢えて踏み込む者があるとすれば、それは一般人とはおよそ異なる存在だろう。
「ンだぁてめぇら。邪魔すンのか」
 現れた茶髪パーマの少年――その姿を映しとった存在が、ドスを効かせた声音と眼差しを振り撒いた。リナリアは、そのいかにもな風貌と胸元を覆ったモザイクを目にして軽く肩を竦めてみせる。
「あーあー、やーねぇー。不良っていうか昔ながらのヤンキー的な……っとと」
 その態度が癇に障ったか。横薙ぎに振るわれたチェーンが、咄嗟に屈んだ彼女の髪を幾本か風に舞わせた。それを横目に十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)が投げるのは数多用意した問いの一つ目だ。
「なぜ、不良にあこがれるのですか」
「あァ?」
 正に戦いが始まろうという中で、それは場違いな問答に思えたのか。『篠田』は怪訝な様子を隠さず泉を見る。
「強さでしょうか。不良同士の輪に入りたいのでしょうか」
「ンだそりゃぁ、気持ち悪ィ」
 おままごとかよ、泉の問いを彼はせせら笑い、だが強さ、即ち力への願望は否定しない。
「不良に限らず、集団のリーダーになるって、何だか憧れますよね」
 ならば、力への願望はその先にあるより大きな欲求への手段に過ぎないのだろうか。朔望・月(桜月・e03199)は、支配欲とも呼ぶべき憧れを『篠田』に見る。
「……でも、そこに、腕力って必要なのでしょうか。腕力で周囲をねじ伏せて、頂点に立つ事は、本当にカッコいいことなのでしょうか」
「不良に憧れる、その理由は知りません。憧れる出来事があったのだろうとしか推測できません」
 月枷・澄佳(天舞月華・e01311)もまた相手の動きと間合いに気を配りつつ、月の問いかけに被せる様に言葉を放る。
「ですが、その憧れは本当に『不良』への憧れなのですか? 暴力で、恐怖で従える事が、あなたの理想なのですか?」
 篠田の冷笑的な態度は変わらない。だが反論も手出しもまだしないのは、思う所のある故ではなかったか。後者であれと願いつつ、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)や眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)も『篠田』へ向けた呼びかけに加わる。
「強者を斃した所でまた次の強者が出てくるだけだ。君は自分を擦り減らしながら、それらと戦い続けるつもりかい」
「そうやって苦労をしてまでトップになっても、卒業したら全部無意味になっちゃうし」
 その道を選んで行きつく未来は、逃げずしっかりと考えれば彼とて何れ気付くはずの事だ。事実、思う所があったのだろう。薄ら笑いが消え、表情を苦みを加えた『篠田』の様子にケルベロス達は注視を向ける。
「腕力に頼るだけでは、強い人が現れた時にねじ伏せられるだけでしょう。逃げることも一つの選択肢ですよ」
「……負けなきゃ何とでもなる話だろうが」
 ややあって、レティシア・アークライト(月燈・e22396)の呼びかけを拒む様に、唸る様な声音が『篠田』の口から零れ落ちた。考えたくない事を吐き捨てる様に。自分自身に言い聞かせる様に。
「何ならてめぇらをシメるだけの力がありゃぁ、この先も俺を馬鹿にできる様な奴ァいねぇだろうよ!!」
「人を支配したい欲求に衝き動かされたヤツは最後にはいつも、他人を抑圧したツケを払うことになる」
 それは因果応報の摂理。八代・社(ヴァンガード・e00037)は殺気に満ちた眼差しを意に介さず、涼やかな音と共に喰霊刀を抜き放つ。
 そして無造作に一歩。それを押し留めるように飛び来る鎖に肩口を強か打たれながら、笑った。
「そうなる前に止めてやろう。まだ、間に合わない話じゃないはずだ」


「そーねー。更生の余地はあるはずよね」
 再び音を立てて迫る鎖が、リナリアの前に飛び出した彼女のサーヴァント――『椅子』を打ち据え更に彼女の構える酒瓶に絡みつく。一閃、瓶を揮って鉄鎖を弾き、彼女は傍らで巨漢の物言いに小さな笑いを浮かべた。
「でもま、ヤシロくん。ヤクザの若頭みたいなアナタが言うと、なんか説得力がね」
 どこからか取り出した眼鏡を掛けながら放たれた知己の軽口に、社の口元に苦笑が浮かぶ。視線は『篠田』から外さない。得物の『残照』を携え、夏の日光に熱された路面を蹴りその間合いを一息に詰める。
「ハハッ! 冗談じゃねぇ、良い気分なんだぜぇ今の俺はよぉ!」
「良い気分か。さっき掛けられた言葉が嘘だと思うなら、かかってきてみな。おれ達がそれを証明してやるよ」
 すでに剣戟の間合い。近づく社を打ち据え様と、『篠田』が木刀を振りかぶった。だが、その切っ先は不意に軌跡半ばに止まる。
「ああ、一つ言い忘れていたけど」
 ドリームイーターの動きを止めたその声は真横、至近距離からのもの。回避の余裕もなく、懐深くに飛び込んだ戒李の鉄爪が煌めいた。
「……今時全然モテないよ。不良は」
 モザイクが掛かった胸元から、ぱっと飛び散る鮮烈な朱。一撃を見舞った戒李が素早く離脱、そのスペースを埋める様に杜が迫る。
「自分より強いヤツに会ったとき、貰い物の力しかないおまえに一体何ができるか……考えてみろ!」
 言葉と共に叩き込まれる鋭い刺突が肩口を抉る。『篠田』も為すがままではなく、舌打ちと共に荒々しい木刀の一閃を社へ見舞う。
「モテるかモテないかとか、本当の意味での不良の良さとかはわからないですけど……」
 そう小さく首を傾げてから、月は言葉の欠片を紡ぎ合わせて癒しの歌を社へと贈る。
「全力で自己主張して、自分の居場所を作って頑張ってる。そういうのは、すごいなって」
 だが、その努力の向かう先が過ちへと向いているのなら? 素直な感銘を受けつつも、月は説くべき言葉を探す。
「学生に夢を持つ人が多いのは確かだと思いますが……」
 その夢は現実に見合うものばかりでも、良いものばかりでもない。だが夢を抱かぬ方が良いという訳ではない。澄佳はその難しさを想いつつ、社に追撃を試みる敵の動きを牽制する。
「悪い手本に倣う事はないんです。人のことを顎で使う人の元を離れてしまえば、パシリにされて悩むこともないのでは?」
 そもそも環境を変えなければ解決されない問題もある。そう諭すレティシアが戦斧を掲げると、その三日月状の刃に刻まれたルーンが陽光の中でも眩い輝きを灯す。
「さあ、受け取ってくださいな」
「ありがとね、レティシア」
 生じた煌めきが己の身に宿るのを感じ、ネロは口の端を持ち上げて短く謝意を告げた。
「舐めてンじゃねぇ!!」
 その間にも続く攻防の中、咆哮する『篠田』の身体に炎の様な靄が掛かったと思うと、その身に受けた傷が拭き取られる様に消えていく。
 鬱屈した日々の果てに募った根の深い願いを力の源泉とするドリームイーターは、その願いの丈に見合った力を備えている。そう、力だけは。
「そもそも、そんな不良の世界に居るのが宜しくないな」
 だがそこには思慮がない。力に囚われた『悪い子』には仕置きをしてやらねばなるまい。ネロは薄く笑みを湛え、羽根をひとたびはためかせ、そして軽やかに地を蹴った。
「今ならまだ、やり直すには充分すぎる。皆平等に振る舞える方へ戻っておいで」
 彼女の得物、Rotkappchenが光を曳いて振り下ろされた。そしてその一撃を浴びて生まれた僅かな隙が、更なるケルベロス達の攻撃を招く事に繋がる。
「そう、今ならまだ。歳を経て不良のままである方はいらっしゃらないですよね? 何故か、考えたことはありますか?」
「答えて下さい、貴方が本当に憧れたのは何ですか?」
 瞬きの間に詰まった間合い。挟撃の形で迫る二つの影から掛けられた言葉に、『篠田』の表情が揺らいだのは状況に対処しきれぬ故の焦りだけだったろうか?
 次の瞬間、泉の猛火を纏った蹴り足が、澄佳の雷の如き脚技が、回避を許さぬ鋭さを以て左右からドリームイーターの体躯に叩き込まれた。


(「学校は好きではなかった。虐められて学校へ行くのをやめた過去の自分には、学校に居場所などなかったから」)
 飛来したチェーンが重く、ハンマーを握る月の腕に絡みついた。それを振りほどこうと試みつつ、月の心にはそんな思いが去来する。
 今の少年の立場もある種、それに近しい環境だろう。だが、彼は居場所と信じたそこに足掻き、執着していた。それはただの現実逃避でしかないのかも知れないが。
「……そうやって足掻き続けられる事自体、羨ましい。でも、だからこそ、ですね」
 だからこそ、前へ進んでほしい。月は鎖の戒めを推して、癒しを唄に乗せて傷付いた仲間達へと願いを贈る。
「クソッたれ……!」
「……随分、動きが鈍って来たかしら?」
 後衛へと飛んだ鎖の一つに『椅子』を投げつけ叩き落したリナリアは、相手が漏らした呪詛の言葉に潮目の変化を感じ取った。
 無論それは数多重ねられた諸々のエフェクトの影響もあるだろう。だが、望んだ結果を得られず忌々し気にこちらを睨む『篠田』の面差し、その瞳が動揺に揺らぐ様をリナリアは見逃さない。
「……負ける訳ねぇンだ。この、俺がっ!!」
「もう気付いているのではないですか? 強さだけに頼る在り方が、何時までも続くものではないことを」
 自身の得た強さが、決して絶対のものではないという事実。泉もまたその機、その動揺を見逃すことなく、ダメ押しとばかりの問いかけを鋭い一撃と共に叩きつける。身体を覆う氷が更にその領域を広げ、『篠田』はたじろぐ様を隠せず大きく二歩、三歩と後ずさると、立ち直る間を与えまいとネロが両の腕を異形と変えて踊りかかった。
「盛り上げてくれよ、スウィーツ。おれが踊りたくなるくらいに」
 そのネロの背を追って、杜がにやりと笑って駆けだした。
 ネロもまた、視線はそのままに言葉を背に受け小さく笑う。いずれも同じねぐらに集う友だ。そこにあるのは阿吽の呼吸。ネロの動きに呼応して、杜と戒李が三方から迫る。それと共に後輩ではレティシアが徐に何かを握る手を差し伸べ、敵へと迫る仲間の背を見つめた。
 間髪入れず、勝負時と見てとった澄佳やリナリア達が動き出す姿を目にネロの笑みは一層深まった。誰も彼も、実に頼るに足る戦友達ではないか。
「もう一押し、といったところでしょうか。では、私からも」
 レティシアの言葉と共に、その後方に鮮やかな爆炎の華が咲く。それは戦意を掻き立てる艶やかな緋色。ケルベロス達の得物を握る手に、駆ける脚に更なる力が籠る。
「何事も一つの事しか見えなくなるのは、よくありませんよ!」
 告げる澄佳が放つのは牽制の一撃。迎え撃つ木刀はルーチェの妨げにより届かない。更にその間隙を縫ったネロの一撃に相手がよろめくと同時、自分を追い抜く二つの気配にネロは愉快気な声を贈る。
「さあ、挙世無双の君達だ。悪い子に、目が醒める様な一発をくれてやる事くらい造作も無いだろ?」
「ああ、舞台は整ったね」
 生じた隙は、致命的なモノ。ネロの声を背にした戒李は『篠田』が集中を取り戻すより早く、その内懐へと飛び込んでいた。
「ヤキ入れっていうのは、こうやるんだよ」
 間近で振るわれる爪の連撃を躱すことも儘ならず、その猛打に晒され立ち尽くす『篠田』。そこに深く踏み込んだ社の拳が、よろめく彼の胸板を強烈に打ち据える。
「幕引きだ」
 それは彼が淡々と告げた通り幕引きの一撃であり。
 数瞬の後、悪夢はモザイクをその全身に広げ、融ける様に宙に広がり消え去ったのだった。


 戦いが終わって程なくの事。ところどころ抉れた路面や側壁を順にヒールしつつ、澄佳は勢いを増す暑気に汗ばんだ額を拭った。
 修復は粗方済んだだろうか。確認の為に周囲を見渡し、近付く幾つかの人影に気付く。
「あの子の置かれた環境だと力で奪い取るって考えになるのはわかるけどね」
 街路樹の木陰の下、地に伏せる『椅子』にぐったり腰掛けたリナリアもまた同じくそれに気づいた。彼女の評は少年に一定の理解を示しつつ、だがそれは正しくないという結論を導き出す。
「彼も、これを機に不良から更正してくれると良いのですが」
「きっと本当は気付いていたと思うんです。『それ』は違うって」
 その評に概ね賛成し、それに続くべき言葉を澄佳が零し、月も作業の手を止めて希望を繋げた。
 だが、例え篠田自身の不良への憧れが消えたとしても、狭い関係の中でしがらみは残るものだ。
「今持っている人間関係を切って、そこから離れようとする事はとてものは難しい事ですけど……」
 レティシアはそう呟き、言葉を切って眼差しを近付く一団へと送る。誰も、彼女の呟きに言葉を加える者はいない。その先は、ケルベロス達にもどうする事も出来ない本人の問題だったからだ。
 彼女らの眼差しの先で、篠田は目覚めたばかりで覚束ない足取りを社に支えられて歩を進めている。
 先刻の強靭かつ凶暴なドリームイーターの姿からは懸け離れ、肩を落として項垂れたその姿は大柄とは言えない体躯を一層小さく見せていた。
「……まあ、こうなるよなァ」
 利用されていた記憶があるのだろう。項垂れた篠田の漏らした呟きは、自嘲に満ちたものだった。
「頼れるものが力だけなら、自分より強い奴に出くわした時にはどうにもならないもんさ」
「それこそ今この時の様にな。重々わかった事だろうがね」
 彼を両側から挟んで応じた社とネロの言葉は、飄然とした口ぶりながらも篠田にとっては苦いものだ。
 篠田は、彼自身ではない存在としてであれ、力を得た上で負けた。力は力で対抗され得る。それは思い知った。だが、それならどうしたらいいのだ。
「先ほど問いを幾つも投げました。今回もそれと変わらないのです」
 内心で答えを求めた篠田に、泉は穏やかに、だがはっきりと告げた。泉の投げた問いは、他者がその解を持つものではないと。それならば。
「……自分で考えろ、と」
 そう不満げに唸る篠田に泉は静かにただ首肯する。
 彼らは不良少年を外から蝕むデウスエクスの悪意は退けた。だが、彼の選ぶべき道を指し示してやる事まではできない。
 それは変わらないけれど。
「そうそう、考えた方がいい。何しろ不良ってのは――」
「今時モテない、だろ? じゃ……モテるように変わらなきゃだな」
 やがて、先に投げた冗談を繰り返そうとした戒李を遮り、篠田がその先の文言を先取りして答えた。その口元には、苦さを含んだものであっても笑いが浮かんでいる。
 どんなに悩んでも、人はその悩みを抜けた先で笑うことが出来る。
 今はまだ悩みの中にいるのだとしても、そんな人の強さを期待していいのだろうと、ケルベロス達は想うのだった。

作者:朝比奈ゆたか 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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