夜路に開く白

作者:雨屋鳥


 暑い、と彼は呟いた。ビルの立ち並ぶ街の中は、まるで水に蓋された油のごとく沈殿物めいた熱気が倦んでいる。
 ネクタイを緩め、ワイシャツを寛げて少しばかり覚束ない足を家路へと進める。気難しいとばかり思っていた上司と共に呑んだ酒は、意外にも美味しかった。いや、側についていてくれた女性のおかげかもしれないが、数時間前までの世界は、男性に確かな満足感、情熱、そして少しばかりの情欲を湧き立たせてくれていた。まさに日常では縁のない、刺激だった。
 男性は繁華街を歩きながら、熱の蟠る息を吐きだした。
 店々の灯りが、瞬いて暖色に街を燃やしている。
 周りの音は気温を吸い込んだように膨らんで、意味をなさず彼の耳を吹き抜けていく。
「ねえ?」
 だからこそ、その声は彼の意識を惹きつけた。
 冷めた声。数歩歩いてからその声に振り返れば、そこには白い布に身を包んだ女性が一人。暗い路地裏の入り口で佇んでいる。
 おしとやかな顔立ちに涼やかな服装、落ち着いた瞳。だが、その口は熱烈ともいえる言葉を紡ぎだした。
「私と一緒になりましょう?」
 男性は、その言葉に体の芯から上る感情を自覚した。少し前まで触れ合っていた柔い肌を、彼の手が求めている。
 喉が渇く。
 彼の目は、品定めするようにその女性の体を舐め上げた。幸運だ。と思った。
 答えも聞かず、背を向け路地裏へと歩き去る女性の背を追う男性は、追いつきざまにその背を抱きしめた。
 女性は腕の中で振り返り、笑みを浮かべながら男性の唇に自らのそれを重ねる。男性は積極的な行動に負けじと舌を差し出せば、まるで子どもと遊ぶかのような容易さで舌を巻き取られ、口内へと侵入される。
 何かが。
 唾液を溢れさせる男性の口へと何かが転がり込んだ。
「……っ」
 それは驚いた男性の喉を滑り落ちていく。慌てて身を押しのけ離した男性は自らの腹に手を当てながら、目の前の女性を見た。
「これで、一緒になれましたね」
 微笑んでいた。手の奥で何かが蠢いた。まるで嘔吐するような感覚がせり上がってくる。だが、次の瞬間彼の喉から吐き出されたのは、胃液などではなかった。
 自らの口から突き出た細い緑の茎に、既に体の主導権を奪われた彼は、ただ瞳だけを彷徨わせた。


 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が、大阪市内に起きる事件を説明する。
「後手、と言わざるを得ないかもしれません」と彼は口惜しそうに言う。
 特定地域への重点的な攻撃。ケルベロス達に妨害されようと、まるで気にした様子も無いように僅かな侵攻を繰り返す攻性植物の起こす事件。その元凶は明確だが、その対処に奔る彼は、それでも目の前の事件を見逃すわけにはいかないと言う。
「この攻性植物は、女性に擬態して男性を誘惑し、種を植え付けようとしているようです」
 種は、男性の体を乗っ取り、急速に成長していく。植え付けられてしまえば、今のケルベロス達に助ける手段は、ない。
「ですが、この男性に事前に接触すれば、攻性植物はそれを察知し、目標を変えてしまうでしょう」
 男性を接触した瞬間を狙っても、強引に種を仕込まれ男性を救出する事が難しくなる。
「あくまで、間接的に男性の意識に女性の姿をした攻性植物に警戒を抱かせなければいけません」
 もしくは、攻性植物に興味を抱かせない事が必要となる。
「サブリミナル効果、無意識に働きかける、とまでは隠匿の必要はないかもしれませんが、攻性植物の誘いを彼自身に拒否してもらう必要があります」
 そして、男性に逃げられた攻性植物は、次の獲物を探そうとするだろう。そこがケルベロス達にとっての狙い目だ。
 攻性植物が出現し、なおかつ、人のいない路地裏で周囲を気にせず奇襲をかけられる。
「……もし、男性が誘惑されてしまった場合、私達は彼を見逃すわけにはいきません」
 ダンドはそういった。
 もし攻性植物に寄生されてしまったならば、きっと彼は戦闘に加わることになる。当然、敵として。二体の攻性植物を相手取るのは、恐らく簡単な事ではない。
 加えて。
「それは、きっと攻性植物の思惑に沿った結果になってしまうでしょう」
 一般人の攻性植物化、という明確な被害が発生してしまう。ダンドはそれを疎んで言う。
「彼を救い、事件を引き起こそうとする攻性植物を撃破してください」


参加者
新条・あかり(点灯夫・e04291)
遊戯宮・水流(水鏡・e07205)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)

■リプレイ


 上司と別れた後、男性は少し酩酊した足取りで帰路に立っている。疎らになってきた雑踏の中で男性は、つい先ほど、隣の席で上司と自分の話に笑ってくれた女性を思い返し、上機嫌に鼻歌を鳴らす。
 熱気を孕んだ夜の下、周囲は賑わっている。
 呼び込みの声、酒を煽るサラリーマンの笑い声、ぬいぐるみを抱いた少女は顔を伏せてくすくすと笑い声を漏らしながら歩き、若いカップルが仲睦まじく食べ歩きをしながらすれ違う。
 酒に酔った頭に、雑踏が響いてうるさい、と思いつつもそれが心地よくもあった。
「うん?」
 と、数歩歩いて男性はふと振り返る。何かもやっと心に引っかかるものがあったが、酔った頭はそれをはっきり思い出させてくれることは無かった。
 急に立ち止まった男性の肩に通行人が殴りつけるようにぶつかり、舌打ちを吐き捨て消えていく。出かけた謝罪の言葉を呑み込んで男性は再び歩き始めた、その時。
「ねぇ寄って行っていかない? 今帰ると白い幽霊に取り憑かれるかもよ?」
 そんな声が雑音としか聞き取れないような雑踏の中で、妙にはっきりと耳に飛び込んできた。
「それ聞いた事ある。こんくらいの時間に結構見たって子いてんねん、怖いわ~」
 この辺りはよく通るが、そんな話聞くだろうか、と男性は首を傾げる。口振りからして有名らしいが聞いた事は無い、が話のタネには良さそうだと耳を傾ける。
 だが、その話は、男性が「スミレちゃんと飲んでくしかないわ~」と誘いに乗ったことで途切れてしまった。
「なんやねんな」と男性は思わず独り言を零して歩き出すと、歩みを緩めていた彼の横からはしゃぐ子どもが通り過ぎていった。出かけていたのか、カバンを背負った少女は、兄と思わしき人物と連れ立って歩いている。
 仲睦まじげに笑う彼女は、少し離れたところで後ろを振り返ると、その声を急に潜めて、兄の袖を引いて疑問を口にした。
「お兄ちゃん。あの人、おねーちゃん背負ってる」
 白い服の、という妹に兄はその指さす方角を見ては困ったと笑う。
「またなのかい、私には何も見えないよ」
 人の往来の少なくなってきた道で兄は屈んで妹の目線に合わせて言う。
「前に言ったことを覚えているね。『見えるモノ』には君に悪意を持つものや、引き込もうとするものがいる。決して付いて行ってはいけないよ。わかったかい?」
 と諭す。
 子どもは霊感があるって言うからな、と男性が妙な納得を覚えながらその言葉を聞きながら、少女の指さした方角を気になって振り返ってみた。
「……っ」
 白い女がいた。
 正に暗がりに男性を引きずり込む所を目撃してしまった。
 男性と深いキスで繋がりながら、白い女は男性の視線を感じ取ったように、目を合わせると薄っすらと目を笑みに歪める。
 鬱屈した熱い空気が妙に腹の底に纏わりつくような奇怪さを覚えた男性は、慌てて目を逸らす。
「……なんや」
 その路地裏の入り口が見えるだろう場所を歩く女子高生達は、白い女を気にした様子もなくすぐ傍を通りすぎる。まるで、見えていない、ように。
「てかあれ、最近幽霊出るとか噂になってねー? ないわー」
「一緒になろうって誘う幽霊の噂、良く聞くですよね」
 男性が、そこにおるやろが、と心中で声を上げるもそれを察知することは無い。
「私と一緒になりましょうって連れてかれるんだよねー。拒めば問題なしだっけー?」
「あははっ、そんなの居るわけ無いですよね。今時幽霊なんて、きっとストーカーを見間違えたとかです。……あっ、それはそれで怖いですが」
 何も見ていないと、歩き去っていく女子高生の後ろ姿を追った後、ふと路地裏に目をやればもうそこには何も存在していない。
 ただ、倦んだ薄暗がりがあるだけだった。
 そして、それは男性の酔った頭が生みだした幻聴だったのか、それとも、得体のしれないものに目を付けられたのか。
「みぃーつけた……」
 無表情な声が響いた。
 顔を跳ね上げた男性は、見渡すも声の主は見当たらない。妙な焦燥に急かされるように男性は早足で家へと歩き始める。
「ねえ?」
 と、路地裏の入り口を通り過ぎた時、そんな彼を呼び止める声がした。息をつめ、唾を嚥下してその声を探れば、暗がりへの口に白い女が立っていた。
「私と一緒になりましょう?」
 その言葉は、まるで甘美な響きを持っていただろう。もし、男性が妙な体験をしていなければ。
 ああ、そう言う事か、と男性は納得した。
「ドッキリやな」と。
 醒めたような頭はぼんやりと思考する。
 幽霊の話をする人々の言葉が彼の知らない話だったのも、どこか説明的であったのもこの状況を作るためだったのだろうか。思えば先ほどまでの出来事と違い、目の前の女性は実物的すぎる。
 ならば、ここで彼女についていけば待つのは落とし穴か、クリームパイだろうか。少し面白そうだ。
「ねえ?」
 と白い女は手を差し出す。
 男性は、だが、その手を取ることは無かった。楽観的な考えを思い浮かべても、どこか引っかかる何かが男性に、足を後退させていた。
 ドッキリであれば誘いに乗らないよう誘導する事は、大掛かりな芝居の割に合わない。それに目の前の女性は工夫も感じられない、ただ手を差し伸べるだけで詰めが甘い。
 それに、もし、これがドッキリではなかったら、という無意識が彼の頭の中にあった。それが無ければ、そもそも幽霊かもしれないなどと考えなかっただろう。
 男性が感じたのはそれらが派生した違和感の重なりであったが、その手を拒むのには十分であった。


 白い女は、攻性植物は去った男性を追おうともせず、路地裏の暗がりへと戻っていく。この街に人はまだまだいる。急いて騒ぎを起こす利点は無いのだろう。
 闇に電磁の網が瞬いた。
 新条・あかり(点灯夫・e04291)の放ったそれを合図にし、その背中へと紺色のスカートを翻し凶刃が駆ける。淡く光を放つ剣を手に機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、唐突に割れた地面から跳躍すると壁面を跳んで攻性植物の背後へと回り込む。だが、その刃が振るわれるより早く地面を割って現れた大量の蔓草が白い花を纏って彼女へと襲い掛かる。まさに壁と化した花の壁は、しかし彼女に届く前にぶち破られた。
「ナイスです、プライド・ワン」
 火の粉を巻き上げ、赤いヘッドライトが草の群れから飛び出した瞬間に真理は身を屈めて駆けだしていた。飛び込んできたライドキャリバーにスクールバッグをすれ違い際引っ掛けた彼女の刃が白い女の腕を切り飛ばす。
 飛び散るのは、血ではなく細い草茎。痛みも無いように表情を変えない攻性植物は傷口を蠢かせ、腕を再生しようとするが、そこに一陣の風が吹きこむ。
「それ、厄介だからね……、佐々木さん!」
「ほいよ、スミレちゃん」
 回復を阻害する風を起こし、攻性植物に纏わせた比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)を呼べば、再生途中のまま捻じれ長い枝のような腕の攻性植物の頭頂へと照彦が舞い降りた。
 虹色の光を振りまき攻性植物へと振り下ろされた脚撃は、轟然と白い女の頭蓋を砕き割りアスファルトへとめり込ませる。
「いや、頭狙うんが一番かなて……ぉっ」
 攻性植物とはいえ、まず顔を潰しにかかるとは。スミレちゃんことアガサのそんなどこか冷めた視線に、考えうる限り最も威力の出た自身の攻撃に弁明する照彦は、足元を割り砕いて現れた棘に満ちた蔓に巻き取られた。
 頭を引き抜いた攻性植物は、おしとやかな顔立ちなど彼方に、半ばから潰れた顔面から蠢く無数の蔓で血をすすっていた。
「……うわ」
 血を啜る蔦を切り裂いた照彦のテレビウム、テレ坊の画面も心なしか非難めいた光で回復を施している。
「ま、本性らしくなったんじゃないの?」
「何、姿形がどうだろうと、斬り捨てるのみだ」
 と女子高校生の制服に身を包んだ遊戯宮・水流(水鏡・e07205)が言えば、怨嗟の呪いを吸生の蔦に喰わせるように刃を振るった月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が攻性植物に肉薄していく。迎え撃つ白い花の群れに、思考を惑わされながらも白銀の軌跡がイサギの体を蝕む植物を裂いて白い女から膨れ上がる蔦の群れを断つ。
「無理はあかんで、お兄ちゃん」
 と、自分の負傷を省みず攻撃を仕掛けるイサギに、男性への芝居の折、妹役に興じていたジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)がヒールドローンを向かわせる。
「ジジが居てくれるからね」
 整った顔立ちと普段見せない優しい言葉に、耐性のない女性なら眩んでしまいそうだ。とジジは反省の見えない答えに、呆れを吐き出した。
「でもなあ」
 とジジは攻性植物を観る。
 統率から離れ大地へと落ちる蔦を蹴り飛ばし、水流が本体の側に着地する。待ち構えたように振るわれた蔓の群れにドラゴニックハンマーの弾丸が撃ち込まれて引き千切られる。
「容赦はしないわ、此処で刈り取られなさい」
 轟竜砲を放ったアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)の甘い声がビハインドの名前を呼ぶ。
「お願い、アルベルト」
 その瞬間に、打ち漏らした蔓が空中で動きを鈍らせる。金縛りによって動きを阻まれた攻性植物を水流が追撃する。
「逃がさないヨ」
 即座に地面へと根を生やすように伸ばす茎を水流のミミック、びーちゃんが噛み付いて霧剥がせば、その脚を彼が薙いだ。そのまま体を回し、宙に浮かせた攻性植物の胴体を流星の輝きを以て蹴り飛ばす。
「助けてあげて」
 あかりの声に応え呼び出された黒豹にアガサが跨り、地面を転がる攻性植物を追い越しざまに惨殺ナイフでその体を切り裂く。
 すぐさま回復しようとする攻性植物を真理が自身でカスタムしたチェーンソーの刃が、その加護を削り飛ばし、傷を深めていく。
 惑迷の花が照彦を狙い澄まし殺到し、照彦の雷槍と鬩ぎ合う。
「どんだけ効いてるか分かりにくいなあ」
「効いてんで、ぁっ!」
 と一人、大半の攻撃を一身に受ける結果になっている蔓草から逃げながら照彦が短くジジに言い放った。外見や動きに疲弊は見られなくとも、直接攻撃を受け続けている彼には微細な差も感じ取れたのかもしれない。
「ほーか、あ、マダム・アウレリア」
 攻性植物がまた体の再生と増幅を図ったのを見たジジは、妨害も十分と悟り攻性植物にダメージ優先の動きを始めたアウレリアへと祝福の矢を放つ。
「あら、ありがとう、ジジ」
 回復を施した直後の攻性植物にアルベルトが捲れ上がったアスファルトを引き剥がしその体を押し固める。
 もはや白い異形としか言えぬそれへとリボルバー銃を向けた。破れた全身から植物を溢れさせる白い女は、人であれば大動脈のような茎すらも露出させている。
 彼女の細い指が引鉄に置かれ、迷いなく引かれた。弾丸が音より速く攻性植物へと空を渡る。空気を捻じり、数ミリのブレもなく、それは彼女の狙った箇所へとその先端を触れさせていた。
 アウレリアが狙ったのは、茎が幾つも枝分かれしている太い幹。その中央。
 小さな弾丸に込められたグラビティ・チェインが違うことなく風穴を開けた。その一撃に右肩から伸びていた蔓草が全て力を失ってビルの壁に垂れ下がっていく。
 更に、首から地面へと潜っていく部位へ目掛け、二振りの刃が交差する。
 イサギの呪いを滾らせた刃は、彼自身の剣技と混ざり合い流麗とも歪とも言える直線の軌跡を描き、水流の流水思わせる鞘から奔る白銀の刃は、水月の如き滑らかな弧を描く。
「終わりダネ」
 ここまで力を失えば、それは目にも明らかだった。水流が言うとイサギは、答えず後退し、少し遅れて水流も後退し、道を開けた。
「全く、残霊でも変わんないな」
 そこに投げ込まれたのは、アガサだ。跨っていた黒豹に咥えられ、乱暴に放り出された彼女は持ち前のバランス感覚で難なく着地すると、マインドソードを現出する。
 光の剣が残る茎幹に深々と突き立った。逆手に持った剣の柄に片手を添え、アガサは捻じり込みながら攻性植物の体を引き裂く。
 言葉も、表情も、音もなく。
 路地を割り葉を伸ばしていた攻性植物は、動きを止めて静かに朽ちていった。


「あの人大丈夫かな」とアガサは、熱の籠る路地裏から表通りに出て呟いた。攻性植物から引き離した後、すぐ戦闘へと移ったため、彼がどこへ行ったかは定かではない。
 その声を聞き取ったイサギは「戻れていなくとも、それはあの男の自己責任だよ」と歯に衣着せぬ言葉を告げる。
「まあ、無事やって」と照彦がジジのヒールドローンに集られながら、路地裏から同じように出てきた。今回の戦闘で、仲間の攻撃を庇い、尚且つ集中的に攻撃を受けていた彼は、周りと比べ別戦場にいたかのように負傷が激しい。
「てか、改めて見てもハマってんなあ、スミレちゃん」
「ん、ありがと。佐々木さんハマってるよ」
「それなー」
 と照彦の反応より先に、ジジが路地から飛び出してきた。
「カッコよかったで、おっちゃん、ていうか皆ハマってたな」
 とジジは振り返り、銀髪のビハインドと手を繋ぎながら歩くアウレリアを見つめた。
「めっちゃ濃厚やったし」
「あら、そうかしら?」と当の本人は自覚が無いように首を傾げ、ふと心配を口にした。「……新たな都市伝説とかにならないと良いけど」
 その場に一瞬の沈黙が下りる。はて、目撃者はどれほどいたのだろうか、それはケルベロス達でも分からない。
「どうかしたんです?」
 とその沈黙に、真理が訊く。猫のぬいぐるみを抱えた彼女の後ろには、熊のぬいぐるみを持った水流と豹のぬいぐるみを持ったあかりがいる。
「芝居が他の方に見られて噂にならないかと思って」とアウレリアが説明すれば、真理はああ、と納得の声を上げた。
「まあ、上手く行ったって事は、そういう事ダネ」
「そいや、マドモアゼル・あかりもいい演技やったね」
 水流は言うと、ジジがあかりに話を振った。
「笑い声とか真に迫ってたネ」
「コツとかあるんです?」
 真理が尋ねるとあかりは、そうだったのか、と目を瞬かせる。
「こうやって」とあかりはどこか悲し気な色合いを帯びて、穏やかな笑みを浮かべた。「話しかけるんだ」
 あかりの腕の中でぬいぐるみが抱きしめられる。背で路地裏の暗がりを触れる彼女の口がゆっくりと、それでもはっきり、言葉を紡いだ。
「――逃がさない」
 一瞬、空気が冷えたような気がした。が、すぐ熱気のよどみがその感覚を攫って行く。
 気の知れた仲間への悪戯か、そんな演出をした彼女は優しく微笑むと、街を照らす光の下に戻るのだった。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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