その音色は余りにも美しく

作者:白鳥美鳥

●その音色は余りにも美しく
 オレンジ色に染まる部室。有紀は誰もいなくなった部室で溜息をついた。
「……なかなかギター、上手くならないなあ」
「あなた、ギターが上手くなりたいの?」
 ぽつりと零した有紀の言葉に、見ず知らずの女子学生が立っていた。
「!?」
 驚く有紀をよそに、彼女は言葉を続ける。
「ギターが上手になりたいのよね?」
「……うん。中々上手くなれなくて。軽音部のみんなの足を引っ張っちゃうんじゃないかって心配なの」
 彼女の登場に驚いていた筈の有紀は、何故だか悩みを話し始めてしまった。
「そうなの? じゃあ、身近な理想の人って誰かしら?」
「え? そうだなあ……やっぱり彩音先輩かな。ギターの演奏が凄く上手いの。私も、あんな風に上手くなりたいなあ」
 そう語る有紀に、彼女は微笑む。
「理想の自分になるためには、その理想を奪えばいいのよ」
 そう言うと鍵を取りだし、有紀の心臓を突いた。有紀からギターを抱えた女生徒のドリームイーターが生れる。

「やだ、部室に忘れ物をしちゃった!」
 彩音が部室に入ると、ギターを抱えた有紀と彩音を混ぜた様な顔の女生徒のドリームイーターが立っていた。そして、彩音に襲い掛かったのだった。

●ヘリオライダーより
「みんな、憧れの人っているかな?」
 そう言ってから、デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は事件の概要をケルベロス達に話し始めた。
「あのね、今、日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたみたいなんだ。ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているみたいなんだよ。それで、コンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326)が予知した事件が起きてしまったんだ。今回狙われたのは有紀っていう軽音部の女子生徒。理想の自分と現実のギャップに苦しんでいる所を狙われたみたいなんだ。それで、被害者から生み出されたドリームイーターは、とても強い力をもっているんだけど、この夢の元である『理想の自分への夢』が弱まる様な説得が出来れば弱体化させる事が出来るんだ。例えば、理想の自分になっても良い事は無いとか、今のままでも魅力がある、とかね。その説得が有紀の心に届けば、上手く弱体化させて、戦闘を有利に進める事が出来るんだ」
 デュアルは続ける。
「場所は軽音部の部室だよ。ドリームイーターは、被害者の有紀と襲われそうになっている先輩が混ざったような顔になっていて、ギターを抱えているんだ。基本的にギターの演奏で攻撃してくるよ。ドリームイーターはケルベロスが現れると優先的に狙ってくるから、襲撃されている人の救出は難しく無いんじゃないかな?」
 最後にデュアルは一番大切な事をケルベロス達に伝える。
「あのね、ドリームイーターへの説得は、被害者である有紀の心にも影響を及ぼしてしまうんだ。だから、上手く説得しないと自信をより無くして、夢を失ってしまったり、努力をしなくなってしまう事もありえるんだよ。だから、説得には細心の注意を払った方が良いと思う。でも、みんななら有紀を救う事が出来るよ。信じているからね!」


参加者
七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)
錠前・エルマ(閉錠心・e19271)
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
霜憑・みい(一片氷心・e46584)
風柳・煉(風柳堂・e56725)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)
蟻塚・ヒアリ(蟻の一穴天下の破れ・e62515)

■リプレイ

●その音色は余りにも美しく
 オレンジ色に染まる軽音部の部室。そこに二人の女学生が対峙していた。片方はギターを抱えているが、どこか表情がいびつに見える。そして、もう一人は衝撃を受けた様な顔をしていた。
「彩音さん、こちらに」
 錠前・エルマ(閉錠心・e19271)は、放心しかけている彩音に声をかけ、有紀から距離を取らせる様にした。
「ミーミアさん、宜しくお願いします」
「お任せなのよ! 彩音ちゃん、こっちなの! 細かい事は後から説明するから来て欲しいの!」
 エルマの言葉にミーミア・リーン(笑顔のお菓子伝道師・en0094)は頷くと、彩音の手を取って走り出す。小さな女の子に引っ張られて彩音は戸惑っているようだが、状況が可笑しいと判断したのもあり促されるままについていく。
 ミーミアと彩音の姿が見えなくなってから、滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)と風柳・煉(風柳堂・e56725)は殺界形成で人が近づかない様にした。
 改めて有紀から生まれたドリームイーターを見る。ギターを抱えるその姿は様になっている様で様になっておらず、表情も自信のある明るい顔と共に自信の無い暗い顔が混ざっている。……実に不安定だと一目で分かるドリームイーターだ。
(「自分と理想が入り乱れた姿。きっとボクから生じてもそんな感じなんだろね……。嫌いだよ、ドリームイーターは」)
 そう思うのは、七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)。金色の瞳の奥で色々な思いがよぎり、複雑な気持ちになるのだ。
「あなた達……私の邪魔をしに来たの? だったら、邪魔なんてさせない……!」
 ドリームイーターはギターを構えたと思った瞬間に物凄い爆音を轟かせる。その激しい音は、有紀の抱える葛藤とドリームイーターとしての思いが同時に爆発したようにも聞こえた。
 そんなドリームイーターに、霜憑・みい(一片氷心・e46584)が、その瞳を覗き込むようにして優しく話しかける。
「有紀さんは、ご自身を部の足手まといだと思っているのね? 確かに新入りは足手まといかもしれません。慣れるまでは周りのペースも乱すし、教えてもらった事を忘れる時だってあるわ。でも最初はみんな同じです、私だってそう……。きっと彩音先輩も最初はそうだったんじゃないかしら?」
「……でも! 新入りでも馴染める人だっている。彩音先輩の奏でる音色は凄すぎて……私みたいな姿なんて想像できないよ!」
 悲痛なその声から感じるのは、有紀は彩音の事をとても慕って尊敬している事実である。尊敬しているからこそ、自らみたいな姿など想像できないのだろう。
「思った通りにするって、難しいですよね。僕は、音楽とか詳しくないですけど、自分の望む基準に自分が届いてないと思う気持ちは、わかります」
 エルマは言葉を噛みしめるように、そうドリームイーターに伝える。音楽ではないけれど、彼にも望む姿があり、それに近づけていないから。
「だったら分かるよね? 私、ギターを上手くなりたい、彩音先輩みたいに素敵な音を奏でたいって!」
 必死で自分の主張をしてくるドリームイーター。
「だけど、あなたが本当に目指したい場所はそこじゃないんでしょ? 先輩に憧れた理由はただ技術があるからだけじゃないんじゃないでしょ?」
 天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)の言葉に、風柳・煉(風柳堂・e56725)も重ねていく。
「理想……か、先輩から理想を奪った所で、果たしてそれは『君』と言えるのかい? ……いいかい? よく聞いてくれ。君が本当に欲しいのは、理想とした先輩に並び立つ『君』だけの『音色』じゃ無いかい?」
「……あ……」
 ドリームイーターの声が小さくなる。何か思い当たる事があったのだろう。
「ねえ、有紀さん。君が初めて、ギターで一曲弾けた時、それはどんな音だった? 上手い下手じゃない、自分の手で自分だけの音色を弾けたのが嬉しくはなかったかい?」
 瑪璃瑠が、ドリームイーターに語りかける。その言葉に、ドリームイーターは後ずさり、そして両手を見た。
「……初めて一曲弾けた時……自分がこの曲を弾き上げたんだって凄く嬉しかった。上手くなんて無かったと思う。でも、自分一人で弾けた事が心の底から……嬉しかった」
「理想を奪っても、あなたが望んだ理想にはきっとなれません。だってそれは時間もかけない、努力もしないで手に入れたモノ。本当に手にしたいのは、そんな簡単なモノではないでしょう」
「一人で悩むと悪い方に考えてしまうことも、意を決して話してみると案外そうでもなかったり……時には理想に近づくためのヒントに出会えるかもしれない。有紀さんの音は、有紀さんにしか出せないんだから……」
「上を目指して憧れを抱く事はむしろ向上心があると思うよ。ただし、急がば回れだ。焦る必要はない……どころか君が選ぼうとしている道は近道どころか取り返しがつかなくなる。蟻が巨大な巣穴を作るも一から十まで、一朝一夕の城づくりとは行かないもの」
 動揺を隠せないドリームイーターに、滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)、交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)、そして蟻塚・ヒアリ(蟻の一穴天下の破れ・e62515)が言葉を重ねていく。麗威は自らの気持ちも重ねつつ。ヒアリは彼女の育った環境を重ねつつ。
「先輩になるということは君の音楽が、先輩の音楽になってしまうということ。先輩を奪うということは自分の音色も理想も奪われるということなんだよ。君は、自分と自分の音楽を譲ってもいいの? 君の理想の他人は先輩かも知れないけれど、君の理想の自分と音楽は、君だけのものじゃないのかい?」
 瑪璃瑠は再びドリームイーターに話しかける。内心では理想に自分を譲った成れの果て……という思いがあるだけに自嘲してしまう所もあるけれど、でもだからこそ突きつけなるべきだと思うから。
「悩んだ時は同じ部の皆さんに積極的に相談したら良いと思うの。頼られる事を嬉しく思ってくれるような先輩方も世の中にはいますから」
 みいは優しく言葉をかける。それに続くようにヒアリも言葉を重ねる。
「そう、彼女……先輩に教えを乞うのも一つの手だ。憧れの人なのだろう、きっと君の夢の手助けになってくれると思うよ。そんな彼女を潰してしまう訳にはいかない。そうは思わないかな」
「……君はバンドに憧れたと聞いた。なら分かるはずだ……、独りよがりの音色じゃ意味がない事位。『調和』や『調律』……君がピースとして必要とされる音色」
「そもそも、有紀さんは、彩音先輩の理想を知ってるの? ……理想を奪おうにも、理想を知らないなら、奪うことなんてできないんだよ。悪夢から覚めたら、先輩に聞いてみて、もう一度君自身の理想も考えてみようよ」
 煉と瑪璃瑠も、ドリームイーターに説得する様に、未来を見据える様に言葉を投げかける。
「私は……私は……」
 ドリームイーターは苦しんでいる様だった。ケルベロス達の言葉は決して有紀の気持ちを踏みにじるものではない。その先の未来を見据えた言葉。
「先輩に認められるほどの技を手に入れたとしても、同じ場所で一緒に音楽をすることはできなくなっちゃうよ。本当にそれで良いの? それじゃあ駄目だって思う気持ちがあるならさ、今からドリームイーターの呪縛から解き放ってあげる。そして必要なら見守るし一緒に謝ってあげるよ。どうかな?」
 最後の蛍の言葉に、ドリームイーターの心は大きく揺れていた。有紀のドリームイーターはそもそも憧れの彩音の技術を奪う事。だけど、それ以外にも沢山の道がある事を示して貰った。それが有紀の心に深く刻まれる。その為、生れたドリームイーターの力は弱っているけれど、ドリームイーター自身の方向性は変わっていない。やはり、まずはケルベロス達を狙っている様だ。だから、ドリームイーター自身はケルベロス達を狙ってくる。
 ドリームイーターはギターを奏で始める。心穏やかにしていくメロディは、攻撃の要である蛍の耳に心地よく響き、彼女の思考能力を奪っていく。それでも、蛍はなんとか意志で自らを奮い立たせ、ドリームイーターに重い蹴りを放った。続けて、みいはドリームイーターを捕縛し、ビハインドである兄が金縛りによる攻撃を加える。
 煉はドリームイーターに重い蹴りを放ち、弓月は花弁を散らしながら蛍達に浄めを与えていく。続けてヒアリは麗威達に紙兵を放ち、護りを高めていった。
「天羽さん、聴き惚れるのはこれが終わってからにしましょう」
 まだダメージの残る蛍に麗威は拳を喰らわす事で癒しを齎していく。一方でエルマはドリームイーターのギターも射程に入れつつ重い蹴りを喰らわす。ドリームイーターは蹴りを喰らったが、ギターの方は守った。やはり、ギターの腕を上げたいドリームイーターだけに、ギターを傷つけたくないのだろう。
「遅くなったの! 蛍ちゃんに力をあげるの!」
彩音の避難、説明が終わったミーミアが戻ってきて、蛍に対し、雷の力によって力の底上げをしていく。一方で、ウイングキャットのシフォンはドリームイーターに対し、リングを放った。
「……私は消えるべき? ……でも、私だって生まれたのだもの……」
 ドリームイーターにも葛藤があるらしい。しかし、ギターをかき鳴らし、明るいアップテンポの音楽を演奏する事で、再び蛍の聴覚を奪っていく。彼女の強い力に、やはり消えてしまう事が怖いらしい。
 だが、蛍も多くの支援を貰っている。ここで決めなければ、その想いが強い。蛍はドラゴニックハンマーを振るい、加速を伴った一撃でドリームイーターを叩き潰した。
 ……そして、ギターの音と共にドリームイーターは消えていったのだった。

●軽音部の絆
 軽音部の部室をヒールしている中で、有紀本人も見つかった。瑪璃瑠、弓月、麗威、ヒアリを中心に治療する事で目を覚ましてくれた。
 一方で、ミーミアが彩音を連れてくる。大体の事情を知っている彼女は、まずは有紀本人が無事である事を喜んだ。それは、先輩後輩の絆から来る様にも、軽音部の仲間として分け隔てなく接している様にも映り、少なくとも彩音は有紀を大切に思っている事はケルベロス達にも伝わってきて、それが何だか嬉しかった。
「有紀ちゃんも彩音ちゃんも、みんなもお疲れ様なの! ミーミア、手作りアイスを持って来たの。みんなゆっくり休むと良いのよ!」
「疲れた時と悲しい時には甘いものが一番ですよね。……良ければお飲み物でも配らせて頂こうかしら?」
「ありがとうなの!」
 ミーミアとみいで部室の机を使って簡単なお茶会の準備を整える。
「さあさあ、有紀さんも彩音さんも、みんなも座って座って」
 みいが声をかけて、皆を机に座らせていく。
「瑪璃瑠さんも煉も、ほらほら座って座って」
 蛍も明るく皆を誘導していく。
 隣同士に座った有紀と彩音。有紀は彩音にしてしまった事が辛くて顔を合せられない。だが、そんな有紀に彩音は優しく声をかける。
「ごめんなさいね。あなたが悩んでいるのに気が付いてあげられなくて」
「そ、そんな事……! これは私が勝手にした事で先輩には一切責任は……!」
 彩音の言葉に、有紀は強張った表情で、必死に否定する。だが、彩音は優しく微笑んだ。
「私達は軽音部の仲間でしょう? それに、あなたは将来、この軽音部を担っていくのだから……困った事や悩んでいる事、何でも相談して良いのよ? だって、私達は音楽を愛する同志だし、バンドがとても好きなのだもの」
「……先輩」
 優しい彩音の言葉に、有紀の心は更に癒されていくように見えた。同じものを愛する者同士、恐らくぶつかり合いもあるだろう。でも、それ以上の絆が音楽を通じて存在しているのだ。
「有紀さんを見てくれる人は直ぐ傍にいたんですね。……ボクにとって、あなたがそうであるように」
「そ、そんな事を言われると恥ずかしいよ」
 恋人であるヒアリに感謝の言葉を伝えるエルマに、彼女は赤くなる。
 でも、理解者が傍に居てくれる事は本当に恵まれている。それだけは確かだと思う。
「有紀さん、有紀さん」
 弓月が有紀に話しかけて、自らのスケッチブックを見せる。
「音楽も芸術です。芸術って、楽しくていろんな可能性があるんですよ」
 そこに描かれているのは技法も描いた対象も統一感の無い絵が描かれていた。
「……私は絵についてはよく分からないけど……こういう世界もあるんだ……」
 その絵に有紀に新たな感覚を感じた。そう、今まで考えた事の無い世界だったから。
 麗威は、談笑している皆を遠巻きに見ていた。自らも、もっと頑張ろう。そう心に刻みながら。そんな麗威に見事な邪魔が入る。
「麗威ちゃんは、一緒にお茶をしないの? もしかして、甘い物駄目なの? それなら、飲み物だけでも飲んでほしいの。麗威ちゃんも凄く頑張ったから、少しは休んで良いのよ?」
 下から話していたのは、やたらと小さいオラトリオの少女。
「好きな物を持ってくるから言って欲しいの」
 そう言われて、麗威は苦笑する。そして、少しばかり歓談の席にお邪魔する事になった。

 彩音は有紀を責める事無く、彼女の力になりたい話や、好きな音楽の話をしている。それを聞いている有紀も少しずつ表情が柔らかくなり、彼女も好きな音楽について話し始めた。音楽を愛する二人。有紀はまだ技術は追いついていないけれど、音楽を愛する気持ちは二人共変わらない。
 今回の事件で、皮肉にも二人の距離は縮まった様にさえ見える。でも、軽音部の絆を深く感じる事が出来た。
 これからも二人が音楽を愛し続けていける様に――。そう願うケルベロス達だった。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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