朝靄に包まれた蓮は

作者:MILLA

●蓮の変異
 朝靄の立ちこめる池に蓮が浮かんでいた。目覚めたばかりのやわらかな陽射しを受け、蓮は桃色の花を開かせる。その花は昼には閉じる。一時の儚い美しさ。朝靄に包まれて、その儚さはますます際立つように幻想的だった。ところが――。
 突如、謎めいた花粉のようなものが飛来し、蓮に取り付いた。すると、可憐であったはずの蓮はむくむくと茎を伸ばして巨大化し、攻性植物と化したのだ。それも一体ではない。次々と五体もの蓮が変異したのだ。その数メートルにも達する巨大な姿には、もはや水面に浮かぶ蓮の可憐なイメージからは程遠かった。
 攻性植物たちは人間を襲わんと蠢き出す……。

●予知
「蓮に取り付くなど、許せないのじゃ!」
 ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)が固めた両拳をぶんぶん振った。
 セリカはこくりと頷いて、集ったケルベロス達に説明を始めた。
「ステラさんの調査によって、蓮が攻性植物と化す事件を予知できました。爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出し、大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしているようです。おそらく、大阪市内で事件を多数発生させて一般人を避難させ、大阪市内を中心に拠点を拡大しようという計画なのでしょう。大規模な侵攻ではありませんが、このまま放置すればゲート破壊成功率もじわじわと下がっていってしまいます。それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に防ぎ、反攻に転じなければなりません。今回の蓮の攻性植物たちは、一般人を見つければ殺そうとする危険な状態です。敵の数は五体と多いですが、別行動する事無く固まって動き、戦い始めれば逃走などは行わないので、対処は難しくありません。しかし、数の多さは脅威ですし、同じ植物から生まれた攻性植物であるからなのか、互いに連携もしっかりしているので、油断はできません」
 敵の出現場所は、緑地公園内にある池。早朝であるため、散歩している人がまばらにいる程度。避難誘導は容易に行えるはず。戦闘に集中できるだろう。敵は連携がしっかりしてはいるものの、個体差による強さの違いはさほどない。攻撃法も同じだろう。蔓草による捕縛攻撃、花からの光線、そして回復。
「被害は絶対に抑えるのじゃ!」
 ステラがそう意気込むと、セリカもつづいて言葉に熱を込めた。
「なんとしても被害は食い止めたいと思います。皆さんの働きに期待します!」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)

■リプレイ

●幻想的なる敵群
 澄んだ水より、泥水の中でこそ、蓮は大きく美しい花を咲かせる。
 朝靄漂う池に蓮の花が開いてゆく光景は、えも言われず幻想的だった。少し後に攻性植物が発生するなどとは信じられないほどに。この静謐さがいつまでも続いてくれればと願うばかり。
 白い朝靄に黒衣を包むように佇み、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は、淡い蓮の花を少し眩しそうに重たい眼で見つめて独り言ちる。
「攻性植物と化すとはいえ、蓮を始末しなければいけないのかと思うと……辛いわね」
 白い翼をはためかせて、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は上空から池を中心に公園全体を確認、周囲にいる人々の状況の把握に努める。その悠乃の指示を受け、素早く人々の避難誘導を行うケルベロス達。
「オレ達はケルベロスだ、間もなくこの池に攻性植物が出ちまう、なので速やかに池から避難してくれ!」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が池を見張りつつ、大声で人々に呼びかける。まさにちょうどそんなときだ、蓮が攻性植物と化し、むくむくと巨大化したのは。その数は予知通りに五体。泰地はすかさず信号弾を上げて皆に敵の出現を知らせた。
 太い茎をうねらせる攻性植物は大きな花を開かせ、光線を放つ。
「危ないっ!」
 熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)は、車椅子の老婆を庇い、間一髪敵の光線から逃れた。
「大丈夫?」
「大丈夫。おばあさんも……大丈夫ー!」
 まりるがシアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)にほのぼのとした笑顔で答える。
「綺麗な蓮の花に取り憑くなんて……。許せませんね」
 シアライラが剣で描いた守護星座が光り、まりると老婆を包む。敵が闇雲に誰彼構わず攻撃するようでは、思わぬ被害が出る可能性があった。
「これ以上被害は広めさせない。誰も傷つけさせない。私が早々に始末するわ」
 セレスティンが己の感覚を研ぎ澄ませ、敵へと向かう。同じくルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)もまた敵へと肉薄する。そこに駆けつけた眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)は自身の攻性植物を変化させ、彼女たちに光の祝福を授けた。
「ルージュ、加勢するぞ」
「避難が終わるまで、僕たちが食い止めなくちゃ!」
 ルージュの刀が弧を描き、敵を斬りつける。
 そうして時間を稼いでいるうちに人々は無事避難したらしかった。
「ハッ!」
 人々を遠ざけるために樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が気合一閃放った殺気が、池の周囲に冴え冴えと張り詰めた。朝靄漂い朧だった景色は一変、ただならぬ緊迫感が漂い始めていた。

●泥水に塗れて
「夜鳴鶯、只今推参」
 レンの到着により、ケルベロスたちは全員揃って、敵を前にする。
「次から次に植物に寄生しやがって。今回も静かになってもらうぜ」
 弘幸が面倒くさそうに言葉を吐き捨てる。
「その美しさで生を謳歌し、人々に喜びを与えてくれる存在であるお前たちが怪物に変えられるとは哀れな。狂わされ命を奪うことなぞ、お前達は望んでいまい、最早元へ戻してやれぬが倒すことでお前達を救おう」
 レンが決意のほどを口にしたとき、蓮の怪物たちは大きく蠢き始めた。目の前にいるケルベロスたちを敵と認識したのか、あるいは餌として認識したのか。触手を伸ばしてまりるの脚に絡みつき、池の中に叩き落した。
「シグナス、敵を引き付けて!」
 シアライラはボクスドラゴンのシグナスにそう命じると、まりるの救援に向かう。
 まりるはぶはっと池から顔を出し、シアライラに手を貸してもらい、池から上がる。
「やっぱりこういう戦いになるんだねー。胴付長靴を履いてきて良かったよー」
 胴付長靴は防水面に優れ、動きやすくもあるが、少々見た目が不格好である。シアライラの水着の上に薄手のワンピースという、動きやすさ等を考慮しつつもおしゃれを意識した格好を見て、まりるは多少思うところがあったようだが、気を取り直した。
「戦いに赴くにあたり、格好がイケてないとかは些細な問題なのだー」
 蓮の怪物たちの攻撃はつづいていた。その主な攻撃法は、触手で相手を絡め取ったところを、別の個体が光線で狙うといった連携攻撃。池という地の不利もある、仮に触手を躱しても、光線による追い打ちまで躱しきるのは難しい。
「ぐっ……!」
 光線を受けて、泰地が池の外にまで吹き飛ばされる。すかさずレンは印を結び、磨羯宮の聖域から怪魚マカラを召喚、泰地に加護を与える。
「大事ないか?」
「心配すんな、俺の筋肉はこの程度の熱じゃ燃焼しねえぜ、戦友!」
 泰地は親指を上げると、「うおりゃっ!」と気合とともに鉄拳を敵に叩きこむ。敵は苦しむようにくねるが、敵群にも回復の担い手はいるのだ。味方の傷を素早く癒す。
「焦りは禁物。攻撃を集中させて、一体ずつ確実に仕留めましょう」
 セレスティンが静かに告げる。攻撃が分散しても回復されて長引くだけ。
 召喚した御業によって加護を得た悠乃は、まず敵の足止めを考える。美しい翼をはばたかせて頭上から急降下、狙いすました蹴りを叩きこむ。それによって動きの鈍った個体から集中的に狙うケルベロスたち。
「まずは一体……さようなら」
 黒衣の淑女セレスティンは樹の幹を蹴り、敵に接近、ライフルを零距離で敵に突き付ける。そして自身の内にある闇の力を弾丸に変え一気に放つことで、情け容赦なく敵の命を刈り取った。
 残る個体は四体。仲間をやられたという意識があるのだろうか、敵の攻撃は激しさを増してくる。花が光り、光線がルージュを襲う。しかし身を挺してその攻撃を受けたのは、弘幸。その背中が焼かれたのを見て、ルージュが心配そうに声を上げた。
「弘幸、大丈夫!?」
「ああ。これしき何のことはない。俺は敵の注意を引き付ける。その隙にお前は思う存分奴らを叩いてこい」
「わかったよ」
 うなずきあい、二人は池沿いに左右に別れて走った。
「かかって来いよ、相手をしてやる」
 そう挑発する弘幸を捕縛しようと触手を伸ばす蓮。触手は弘幸の片手に絡みついた。が、弘幸はもう片方の手でケルベロスチェインを放ち、相手を刺し貫く。
「お前が相手にしているのは、ただの壁じゃねぇぜ?」
 その隙を狙い、ルージュは敵に躍りかかり、深くその幹を斬りつけた。
「どう?」
 しかし、まだ仕留めきるまでには至らない。刻まれた傷は、別個体によって治癒される。
「ちっ、なかなかの連携じゃねえか」
 弘幸の眉間に深い皺が寄る。
「敵の治癒能力を阻害する必要がありそうですね」
 悠乃が大きく広げた翼から無数の羽根が鋭利な刃となり敵を切り刻んだ。その後も羽根は敵の周囲に漂い続ける。集中砲火を浴びせるべきは、その個体だ。
 そうはさせまいとするかのように蠢く別個体に、泰地が襲い掛かった。
「てめえは少し黙ってろ!」
 とずしりと響く強烈な蹴りを叩きこむ。
 その間に泰地以外のケルベロスたちが、狙いをつけた個体に一気に攻めかかる。後方にいる蓮は再び味方の治癒を行った。しかしその途端、先ほどから漂っていた悠乃の羽根が襲い掛かり、回復した傷を抉るのだ。
「蓮の分際でなかなかのコンビネーションじゃねえか。だが、こちらも……」
 弘幸が敵目掛けて一直線に躍りかかった。無論、敵もその接近に気づき、触手を伸ばしてくる。弘幸は触手を受け止め、
「行け、ルージュ」
「任せてくれ、弘幸!」
 弘幸の背後から飛び出したルージュは敵の死角を突く。敵に迫りつつ、地獄化した炎を通して、その瞳は幾重にも織り重ねられた未来の糸のうちから最善の糸を選択した。
「これがキミを砕く最良の一手!」
 ザンッという快音とともに、蓮の茎が断ち切られた。それでもまだその個体はうねっていたが、やがて重たく池深くに沈み込んだ。
「残るは三体。蓮のためにもこの忍務、必ず成し遂げる」
 体に負担のかかる大技を使い、消耗しているルージュに、レンは摩利支天の加護を与える。陽炎のごとく揺らめく分身がルージュを包む。
 シグルスがブレスを吹き、シアライラが剣で穿つ。果敢に攻め立てていた彼女を触手が捉えた。そこに別個体が光線を放つ。
「させないんだからー!」
 まりるが体を張ってシアライラを敵の攻撃から庇った。
「まりるさん!」
 池に落ちていくまりるを追いかけようにも触手に縛られて動けない。その拘束を断ち切ったのは、疾風のように飛んできたレン。
 シアライラは急ぎまりるの救助に向かい、池に落ちる寸前で彼女を抱きとめた。
「大丈夫?」
「あいたた……頑張って体張ろうとは思ってたけど、こうも敵が多いと、やっぱきついなー。でも、大丈夫! 胴付長靴は防御力も鉄壁なのだー!」
 にかっと笑うまりるを見て、シアライラもくすっと笑った。

●救われる道
 攻撃を重ね続けるケルベロス達だったが、三体に数が減ったとはいえ、敵に怯む様子はない。
「消耗戦になってきているわね。手っ取り早く始末したいところだけど」
 セレスティンは流れるような動きで触手をかいくぐり、影の斬撃で敵を刻む。そこにルージュと悠乃が立て続けに攻撃を浴びせ、傷口を広げていく。
「よーし、やられてばかりではいられないのだー! 自分たちの力を見せてやるのだー!」
「ええ、そうしましょうか」
 まりるとシアライラがうなずきあい、敵を見据える。
 まず打って出たのは、シアライラ。
「燃え盛る太陽よ、煌々と輝く月よ、夜空に瞬く無数の星よ。大いなる力を与えたまえ!」
 Lumen de Purificatione――天空に捧げし祈りが敵を浄化する光を放つ。その清浄なる光に敵は見悶えた。
「誰にも 何処にも 何時かは 廻(もとお)れ!」
 そこに気合一閃放たれた強烈な鉄拳――双極阪路。その一撃が敵を深く抉り、息の根を止めた。
 好機と見て、泰地が拳を固める。
「よーし、残り二体! 一気に畳みかけてやるぜ! 頼むぜ、悠乃!」
「了解しました」
 悠乃が翼をはためかせると、美しき羽根は再び鋭き刃と化す。舞い踊る羽根は敵を切り刻み、治癒を阻害した。
「うおおおおぉぉぉ!」
 泰地が吼える。泥水蹴って飛び上がり、
「ハウリング・キーーーーーック!!」
 磨き抜かれた肉体から繰り出す必殺のキックがズドンと叩きこまれ、敵はよれよれと項垂れ、動かなくなった。
 残された敵は一体。こうなると、もはや戦況を覆す手立てはなく、ケルベロス達の猛攻を防ぐ術も残されてはいなかった。
「蓮よ、約束通り今こそお前を涅槃に送ろう」
 レンが蓮の頭上より飛来する。
「泥水に大輪の花を開く蓮は清濁あわせもった美しき花。それはこの世の在り方そのもの! お前は世を彩る光であり、影でもあるのだ!」
 森花分霊撃――蓮の葉と花弁を借り受け、己の分身と変える。数多の影となったレンは全方位から飛び交い、敵を斬り、そのものの悪しき因果を断ち切った。
 意にそぐわず化け物と化した蓮の無念を思い、瞑目して片合掌。
「もしまた生まれ変わることがあるなら、清らかな花を咲かせよ、精一杯に」

●蓮の池のほとりで
「やったな、レン」
 蓮の冥福を祈るレンの肩に泰知が手を置いた。その後ろで悠乃が「おつかれさま」とやわらかく微笑む。
「蓮は食べてよし、薬効あり、で有用な植物なのに……攻性植物になるとは勿体無かったなー」
 と、まりるは池を眺めつつ冷えたペットボトルのお茶で喉を潤した。
「早朝からひと働き、頑張りましたー!」
「がんばったね、お互い。ずいぶん汚れちゃったけど」
 と、シアライラ。
「大丈夫。女子高生の嗜みとして、着替えは用意してきたよー。今は胴付長靴だけど!」
「私も着替え用意してきたわ」
「さすが女子力高いなー」
「お互いにね」
 二人はくすりと笑いあった。
「こんな泥まみれになったのは、ガキの時以来だぜ」
 弘幸が愚痴をこぼす横で、
「こんなに泥だらけなんて僕は初めてかもしれない。えーと……まずはお風呂かな?」
 にこりと笑いながら頬の泥を拭うルージュ。
「そうだな。朝から銭湯も悪くはないかもしれねえな」
「銭湯かー。それもいいね」
 ルージュは満面の笑顔でうなずいた。
 激しい戦闘があった後も、池には健気に蓮の花は咲く。濁った水の上に生命の美しさを漲らせて。
「泥に塗れてこそ大輪の花が咲き、朽ちゆくものがあるから、生まれるものもある、か……」
 セレスティンは物憂げに呟き、過去を懐かしむように遠い目をした。
「ほのかなロータスの香りが懐かしい……私はまた歳を重ねてしまったわ」
 清らかな蓮の花を眺めて何を思うか。それは人それぞれだが、泥にまみれた過去があるほど、深いのかもしれなかった。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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