フレッシュな美味しいジュースはいかが?

作者:地斬理々亜

●ジュースはいかが
 人通りが少ない、深夜の、とある駅の構内。そこには、営業時間外の、静まり返ったジューススタンドがある。
 そのバックヤードに、小型のダモクレスが入っていった。
 コギトエルゴスムに機械の蜘蛛足がついたような、その小さなダモクレスは、長年放置されていたと思われる壊れたミキサーを見つけると、その中へするりと潜り込んだ。
 やがてミキサーは、機械的なヒールによって作り変えられ、生まれ変わっていった。
「イラッシャイマセ! じゅーすハ、イカガデスカ! イラッシャイマセ!」
 人間にジュースを浴びせ、殺し、グラビティ・チェインを奪う……デウスエクスへと。

●彼女らは語る
「美味しくて人気の、ジューススタンドがありまして。そこのスタッフが、壊れたミキサーを捨てられずにいたみたいなんですね」
 青い髪をさらりと揺らし、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は言った。
「それで、牡丹に伝えておいたのですよ。そうしたら……」
「はい、しずくさんが危惧していた通りでした。そのミキサーがダモクレスになる事件が発生する、ということを予知することができました」
 しずくの言葉に続けて、白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は告げた。
「被害が出る前に、駅の構内にあるジューススタンドに向かって、ダモクレスを撃破してください」
 牡丹の説明によると、ミキサーが変形したロボットのような姿のダモクレスが今回倒すべき敵であるという。
「使用グラビティは、ゴッドペインターのグラビティ3種に似ています。扱うのは塗料ではなくジュースですけれど、ね。つまり、単体にジュースを激しく飛ばす攻撃と、戦場にジュースを撒き散らす攻撃、それにジュースをごくごく飲むことで力を高めるヒールです。ポジションはクラッシャーですね」
 牡丹はこう付け加える。
「事件が起きるのは、人通りの少ない深夜の時間帯です。現地の警察にも連絡済みなので、一般の人を戦いに巻き込む心配はありません。場所は駅の構内にあるジューススタンドの近辺ですが、広い通路の方にダモクレスをおびき寄せれば、店への被害も抑えられるでしょう」
 最後に、牡丹は言った。
「それから、ジューススタンドのスタッフさんにも連絡しておきました。スタッフさんによると、店舗にある現役のミキサーと、果物や野菜を自由に使っていい、とのことです。ダモクレスを無事に倒せたら、せっかくですから、皆さんでジュースを作って飲んでみてはいかがでしょう?」
「やった!」
 ガッツポーズをしたのは、ケルベロスの一人、アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)。
「おー」
 しずくもまた、無邪気な笑顔を浮かべていた。


参加者
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)
九井・セージ(碧落・e62649)

■リプレイ

●暑い夜の戦い
 現場であるジューススタンド近辺に到着したケルベロス達は、広い通路の方向へとダモクレスを誘き寄せていた。
「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
「いらっしゃいましたミキサーさん! 己にたらふく貴方様のジュースを飲ませてくださいましー!」
 莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)は通路の方へ駆けながら、追ってくるダモクレスに声を投げる。そんなバンリの背中に、ピンクの液体が激しく浴びせかけられた。
「ひゃー!」
「バンリ、大丈夫? すぐヒールするからね」
 那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)が声を投げかけ、タクトを構えて、大自然の護りをバンリへ与える。
「感謝であります!」
 短く礼を言ったバンリは、飛び蹴りのために地を蹴った。急上昇しながら、くんくん鼻を動かす。
(「さっきのジュース、ピンクグレープフルーツでありますな」)
 バンリはそんなことを思いながら、星の輝きと共に、ダモクレスへと蹴りを見舞う。
「白鷹天惺、厳駆け(いつかけ)散華」
 さらなるきらめきが続く。それは、藍染・夜(蒼風聲・e20064)の剣の軌跡。神速の刃が、幾度もダモクレスを刻む。
「くっ、熱帯夜にジュースを見せつけるとは、なんという精神攻撃……っ!」
 アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)は言い、御業を鎧に変形させる。それは、クラッシャーの、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)へと、破剣の加護を与えた。
「浴びるようにジュースを飲む、って言うと夢みたいなんですけどね……」
 大鎌を手にしたしずくは、アイヴォリーをちらりと見て呟くと、ダモクレスに向き直った。
「ジュースは人に浴びせちゃいけません!」
 お仕置きとばかりに、ドレインスラッシュ。『虚』の力を纏った刃がダモクレスを裂く。
「イケイケね! その調子よ、しずくちゃん」
 コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)は言い、きらめくオーブ、『Sylvan Lythalia』を覗き込んだ。
「OK! 良い運勢よ」
 バトルプロフェシーである。占いの結果を告げ、コマキはしずくを強化した。
「お仕事を終えてなお働こうとは、素晴らしいプロ根性! しかし人に迷惑をかけてはいけませんよ」
 アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)はダモクレスへと言って、それから仲間達を見る。
「皆さん、しっかりと退治してあげましょう。そのためにも、私は全力で支援致します!」
 アイカの全身から、前衛の仲間達へと、オウガ粒子が放出されてゆく。後衛に対しては、彼女の大切なサーヴァントたる『ぽんず』が、清浄なる風を届けた。
「オレはパーティーなんて柄じゃないが、さっさと終わらせて祝賀会にしようぜ」
 九井・セージ(碧落・e62649)は、クールな振る舞いを見せつつ、九尾扇を構える。
「まずはこの一手」
 百戦百識陣によって、セージは前衛の仲間達に破魔力を与える。彼のテレビウム『ブルーベル』は、顔のモニターから激しい閃光を敵へ放った。
「オッケー、みんな頑張ろう!」
 スナイパーに陣取った、アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)が元気に言い、ダモクレスへと駆ける。鞘から抜かれた刀が、敵をジグザグに刻んだ。

●贈る言葉
「アキレアの花言葉って知ってる?」
 続いた戦闘において、敵が行ってきた列攻撃に対応する形で、摩琴が動いた。ガンベルトの薬瓶を割ると、漂うのはノコギリソウの香り。
「治療、勇敢、そして君の微笑み!」
 手製の調合薬、『Achillea Heal Powder(アキレア・ヒール・パウダー)』が、負傷した仲間達に纏わりついて、自然治癒力を引き上げた。
「棘の無い薔薇は無い、恐ろしさの無い魔女もまた然り!」
 敵を見据えて、コマキは指でルーンを描く。スリサズ――意味するのは、棘。
「生と死の垣根に立つ女、その末裔を甘く見ないでッ!」
 指先から、細く長くエクトプラズムが放たれ、イバラの形となる。まるで細工物のように生み出された、『Fragile Thorn(フラジャイル・ソーン)』が、敵に、がりりと傷を穿った。
 ケルベロス達の猛攻は続き、ダモクレスの機体には傷が増えていく。
 ダモクレスは、頭部として据え付けられた巨大なミキサーの、そのカップの中にジュースを溜める。直後、ごくごくという音と共に、その中身は減っていき、すぐに空になった。
「オイシイ!」
 自画自讃するダモクレス。そのパワーは高まっている。
 だが、すぐにしずくが動いた。
「ミキサーなのに自分で飲んじゃうんかーい! ですっ」
 まるで裏拳突っ込みのように放たれたハウリングフィスト。仲間の援護もあって確実性の高まっていたブレイクにより、ダモクレスの強化は砕かれた。
「風よ、私の声が聴こえますか」
 アイカは風の精霊を呼び、優しく『癒しの風』を吹かせる。回避を阻害する足元のべたつきが、清められた。
「順調だね」
 ミサイルを敵に浴びせて、アッサムが言う。
 敵は高威力のクラッシャーだ。しかし、ほぼ全員が敵の攻撃に対応した防具を用意していたため、ケルベロス側の被害をかなり抑えることが実現している。
 敵のエンチャントへの対策なども練られており、優れた作戦であると言って良かっただろう。
「このまま一気に……あっヤバい」
 言いかけたアッサムは気づいた。自分を含めた後衛が、ダモクレスが次に行う攻撃の標的だと。
「アッサムさーん!」
 すかさずバンリが割って入り、身代わりになってジュースを浴びる。セージもまた、冷静に摩琴をかばった。
「助かったよ!」
「ありがとうね!」
 アッサムと摩琴は、各々、短く感謝を告げた。
 なお、他の後衛メンバーにはジュースが直撃したわけだが、アイカはどこか嬉しそうにも見える。ジュースを全身に浴びるという稀有な体験ができたからかもしれない。
「立て直すよ!」
 摩琴が指揮棒を振るい、エクトプラズムを操る。擬似肉体となったそれは、後衛の負傷を塞いだ。
「幽かな光でも、その目に届く限り――」
 セージはグラビティで夜空を描き出す。それは、『紺碧の空、星影の夜』。星明かりが、静かにセージを癒した。傍ではブルーベルが応援動画を流している。
 続いたコマキは、勇気を出して、ゴーストヒールを使用する。
「……良かったー」
 キラキラやデフォルメが必要なグロい光景が現出する、ということはなく、コマキは安堵した。
 こうして、ケルベロス達の戦線は維持された。対して、ダモクレスは満身創痍である。
「しずくさん、ばっちり決めちゃってください!」
 アイカは魔導書を開き、詠唱する。それは、しずくの脳細胞を賦活した。
 ダモクレスは、ぽんずによる引っかき攻撃と、アッサムの斬撃を受けた後に、夜へとジュースを浴びせる。
 けれど、敵の攻撃のその威力は、いくつもの武器封じによって下がっていた。夜は、落ち着き払って『白鷹翔』を放ち、ダモクレスを葬送する助けとなす。
「終りなきを終えましょう、御身だけの其の為に!」
 アイヴォリーが、恋人たる夜に続いて動いた。敵の体を挽いて刻んで、ぐるりとめぐらせ、よく冷えたそれを切り分ける。『禍渦(ガランティーヌ)』のできあがり。
「ググググ……」
 苦しむダモクレス。
「やっちゃってください、しずく! 早く飲みたいです!」
 思わず本音をこぼしつつ、アイヴォリーは叫ぶ。
「さぁ、今度こそ眠りに就く時間だよ」
 夜はダモクレスへ言い、それからしずくの方を見て、片目を瞑ってみせた。
「任せたよ、しずくん」
「トドメであります、しずくんさん!」
 摩琴とバンリも声を上げる。
「はい!」
 頷いたしずくは、空気中の水分から一振りの剣を生み出した。
「この一撃で、あなたを……止めてみせます!」
 どこまでも迷いなき太刀筋、どこまでも透き通ったその刀身。『剣魂一滴』のその一撃が、ダモクレスを両断し、その命を終わらせた。
「お休み、お疲れ様――それから、ありがとう」
「今まで、沢山の方々に、美味なるジュースと健康と幸せを、ありがとうミキサーさん」
 夜とバンリが、そっと呟いた。

●ジュースパーティー!
 周辺のヒールや片づけ、それにベトついた服の着替えも済み、かくして、祝賀会ことジュースパーティーが開幕の運びとなった。
「乾杯!」
 ケルベロス達はグラスを合わせ、各々、中身を口に運ぶ。蒸し暑い夜だからこそ、ひんやりした喉越しが心地良い。
 互いに視線を交わし合い……一部メンバーによる飲み比べが始まった。
「これは、至高のレシピに辿り着いてしまいましたね……」
 自信あり気に言ったアイヴォリーは、苺とラズベリーとミルクで作った『至高』のジュースを仲間に配る。これこそがジュースの真髄というものだ、と訳知り顔で頷きながら。
「わたしの南国スペシャルだって負けてませんよ」
 しずくの、太陽をイメージしたジュースは、パインにマンゴー、パッションフルーツ。鮮やかな『黄金』の色だ。
「ボクも参戦しようっと!」
 『無上』のジュースと称して摩琴が場に出したジュースは、パインとキウイ、にんじんに蜂蜜をミキサーに掛け、裏漉しして飲みやすくした逸品である。
「では、これが己の『究極』のジュースであります!」
 バンリのジュースは、アサイーと、トロピカルフルーツ2種、ベリー2種を使ったものだ。ソイミルクでまろやかに仕上げてある。
「んっ?」
 何かに気付いたアッサムが、バンリの傍に近寄って、小さめの声で話しかける。
「これいいね。ポリフェノールと鉄分がたっぷりだね」
「そ、そうでありますなぁ」
「これぞ、KENKOサポート、的な?」
「うぐぐっ」
 ぎくぎくっと固まるバンリ。アッサムは、意味ありげに笑っている。
「フ、究極ですか? 無上も黄金も――」
 恐るるに足らず、と言う心積もりで、アイヴォリーはそれぞれ飲み比べてゆく。至高のツンデレ親父っぽい顔で。

 『至高』は、とろりと甘く、ほのかな酸味が心地良い。
 『究極』は、コクがあり、柔らかな口当たりだ。
 『無上』は、すっきりと爽快な飲み心地で、清涼感がある。
 『黄金』は、夏にぴったりの、ハワイアンな華やかさのある味わいだ。

 ……カッと目を見開き、アイヴォリーは声を張り上げた。
「お代わりください!」

「目にも鮮やかだな。このまま店のメニューにしてもらえるんじゃねーか」
「そうねー」
 ほど良い距離から眺めていたセージが呟き、コマキが自分のグラスを傾けつつ同意した。
「皆さんのジュースも美味しそうですね!」
 『おいしくなあれ』をかけたバナナミルクを飲みながら、アイカも述べた。
 ふとアイカは気づく。……食いしん坊たる、ぽんずが、飲みたそうな眼差しで、じーっと見つめている。
「グラスじゃ飲みにくいですよね。ええと……」
 ちょうどいい器を探しに、店のキッチンの方へアイカは向かった。入れ違いにアッサムが近寄ってくる。
「コマキはどんなの飲んでるの?」
 にっこりして、尋ねるアッサム。
「ベリーミックスよ。ストロベリーにラズベリーにブルーベリー。とれたての白桃も入れて、フルーツみ満点」
 コマキの、縦割れの瞳孔が細くなる。
 爬虫類の瞳が表すのは……『テンション上がってきた』ということだ。
「実は全部バラ科の植物の実だから、相性が悪いわけないのよねー♪」
 竜の魔女は、ハッピーな笑顔を見せる。
「すっごくいいね!」
 アッサムは、コマキにぐっと親指を立てる。それから、セージを見て、声をかけた。
「セージ、これ飲む?」
 示されたアッサムのグラスは、淡い黄緑色。
「これは?」
「メロンピーチミルクだよ」
「……もらうぜ」
 一瞬考えてから、セージは手を伸ばした。

 夜は、片隅で静かに楽しんでいた。
 愛しいアイヴォリーが、食道楽の本領発揮とばかりに仲間と語らい、笑いあう様子が、とても微笑ましかった。
 けれど、当のアイヴォリーは、誰かを探すように視線をさまよわせている。
 その視線が、夜の方を向いて止まる。
 アイヴォリーはさりげなく、そっと、賑やかな場を離れて夜へ歩み寄った。
「感激のあまり惚れ直してくれていいですよ」
 自信満々に差し出す、薄紅のミルク。夜は受け取り、それを口にすると、花のように表情を綻ばせた。
「惚れ直したよ」
 夜が口に出したのは素直な称賛。
「君の髪に咲くのもその花だから、なお、美味しいね」
 夜の視線の先には、アイヴォリーの髪に咲く白い小さな花々。
「交換する?」
 夜の提案に、アイヴォリーは頬を染めながらグラスを受け取る。
 グラスの中身は、夜による手製。桃とグレープフルーツを合わせ、ミントを添えた爽やかなジュースであった。
 誰にも見えぬよう、二人は密やかに手を繋ぐ。
 それから、ささやかに、甘い乾杯を。

「ごちそうさまでした!」
 ケルベロス達の声が重なった。
 笑顔も、幸福も、感謝も、『大好き』も、胸いっぱいに流し込んで。
 綺麗に道具を洗って、丁寧に後片付けを終えたなら、それぞれ自分の場所へ帰ってゆく。
 それから、また明日に向けて、進んでゆく。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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