死のトラオアー

作者:ねこあじ


 その夜、ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)は復興途中の街中を歩いていた。
 破壊され、そして再生されゆくこの光景は例えれば、狭間、だろうか。
 煌々とした灯り、それから逃れるように一歩、路地へと入れば月光すら届かぬ安らぎの闇。
 ふと、ヴィクトルは古びたビルの外部階段を上がり、屋上から市街を一望する――シガーケースを懐から取り出して葉巻を手にした時、点在する灯りが陰った。
「!」
 刹那、ヴィクトルは飛び退き振り向き様に武器を手にする。突如屋上に出現した異様な気配へと狙いを定め――息をのんだ。よく見ようと目を眇めれば、その眼光はより鋭くなる。
「お前さんは……」
 思いもよらぬ姿を目にしたヴィクトルの声は掠れ、対峙する者を呼んだ後半は音を紡げていない。
 夜風にのるかのように、ふわりと着地した『彼』は首を傾ける。
 止まることのない赤が、ぱたりと地面に滴下した。
 その血濡れた姿は凄惨で相乗により儚げな雰囲気を放つ『彼』の瞳は、透明感に溢れ、知と気韻を感じさせる。
『感じさせる』――それだけだ。時にして二拍、纏わりつく逡巡を一時的に断ち、ヴィクトルはコートの裾を翻し再度構えた。
「その魂、刈り取らせてもらうよ」
『彼』――否、敵が言うと同時に手中の書を捲れば、虚空に怨念が渦巻き玉状に分かれていく。
 敵は、ヴィクトルの四肢をとめるが如く黒い弾丸を次々と放った。


「緊急事態です。ヴェルマンさんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。
 急ぎ、連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ませんでした」
 駆けつけたケルベロス達に向かって、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が言う。
「一刻の猶予もありません。ヴェルマンさんが無事なうちに、救援に向かってください」
 頷くケルベロス達と応じるように、セリカもまた頷いた。
 そしてまとめた情報を掲示していく。
「敵は、家族や恋人を失った者のグラビティチェインを奪うために、その者の悲しみの対象である死者の姿を取り入れた死神です。
 恐らくはこの死神にとって、効率的な方法なのでしょう。
『なくした者』が目前に現れる――そんな状況に陥れば、誰だって躊躇うものです」
「ということは、現れる死神は、ヴィクトルの……?」
「ええ、亡き兄の姿をしているようです」
 兄の名はカールといった。
 ヴィクトルと死神はある復興途中の街にある屋上にて邂逅する。
 時間帯は寝静まった夜中であり、ひと気はないようだ。
「敵は本のような武器を持ち、主にそれを使って攻撃してくるようです」
 そして狙いは的確。油断は禁物だろう。
「ヴェルマンさんを救い、敵を撃破してください。
 皆さん、どうかお気を付けて」
 そう言ってセリカはケルベロス達を送り出した。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
エトヴィン・コール(澪標・e23900)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
名無・九八一(奴隷九八一号・e58316)

■リプレイ


 この時期独特の湿度――じとりとした空気を感じつつ、ヘリオンから飛び降りるケルベロスたち。
 闇中を駆けようとする漆黒。その起点を、降下の最中に見極めた藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は此咲に霊力を纏わせ、雷気を迸らせた。
 瞬き迫る彼我の距離を狙い定め、敵目掛けた神速の突きが、天から放たれた光矢の如く敵を穿つ。
「――助けに参りました、ヴィクトルさん」
 刹那の滞空を得、敵胴を台に跳躍し間合いを取った景臣が言う。
 その間、屋上に到達したアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が接敵する。既に高速演算による敵の構造的弱点を見抜いた視野で、痛烈な一撃を見舞った。
「……ッ、援軍、だと」
 敵の油断はこの時だけだったのだろう。ケルベロスの攻撃を受けた勢いそのまま飛び退く、死神。
 敵の眇めた目はより鋭くなるも、直ぐに打ち消される。それがケルベロスたちには殺気として感じ取ることができた。
「ヴィクトルさん、大丈夫ですか?」
 ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)の前に降り立ったカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は、一声掛けて、兎脚特有の瞬発力をみせた。
 挟撃の形でミミック・フォーマルハウトが輝きの残滓を撒くなか、エクトプラズムで武器を作り攻撃する。
 一気に距離を詰めたカロンが手足に重力を宿し、重量のある蹴撃を放った。
 空中で軽やかに反転したカロンの真下を、エトヴィン・コール(澪標・e23900)の鋭い一閃が走る。
 日本刀が弧を描き、次ぐ空の霊力を帯びた数打ちが一寸の狂いもなく同じ軌道を駆け――否、敵胴の最中、僅かに斬り上げたエトヴィンは、鋼の牙を下へと払い様にするりと敵懐から抜けた。
 どくどくと、毒々しい敵の紛いものの血が屋上を汚す。
 飛沫した血を踏み、駆けよるフィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)が白い炎のブレスをヴィクトルへと吹きつける。
 対し、ウイングキャットのテラは与えられた務めをこなすべく敵とケルベロスの間へと飛んで行った。
 救出に来た仲間の初手は、ヴィクトルの体を貫くはずだった敵の攻撃をぶれさせ、右腕に走るものへと止めている。
 その右腕に残る黒の残滓と痛みを、祝福の吐息が和らげていった。
「……彼が、いや、あの姿が、お前のお兄さん……なのか」
「心配するな、フィスト」
 そう言ったヴィクトルの視線の先には、ケルベロスの牽制をいなし、接敵をゆるすまいと動く『カール』の姿。
 ヴィクトルは、違う、と呟く。一度言葉にしてしまえば、それは確信めいた言霊へと変化する。
「お前さんはカールじゃない……!
 その姿をっ……兄貴のあの死に様を、真似するな!」
 ヴィクトルがハンドガンを撃てば、射出されたオウガメタルが瞬時に逆流し、彼を覆った。鋼の鬼と化したヴィクトルが敵を殴りつける。
「失った大切な人の姿で現れる……実に効率的な方法です、が」
 繊細な鎖の音とともに聴こえる声。アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)は展開するケルベロスチェインで魔法陣を敷きながら言う。
 穏やかな声色に裏打ちされた意。
「人の死を悲しみ、悼む心を。
 誰かの大切な人の生きた姿を、誇りを、魂を、冒涜するようなやり方を許す訳には参りません」
 これ以上被害が出る前に、終止符を打ちましょう――と仲間への守護を強める。
「助けに、来たよ。約束、守らせてもらい、ます」
 一音を丁寧に紡ぐ名無・九八一(奴隷九八一号・e58316)へ、ヴィクトルは「ありがとう」と湧き上がる情を噛みしめるように応えた。
 気配を拾うように九八一のワイルドスペースは揺らぎ続け、右腕にあたる部分を動かせば地獄より生じる炎が闇に奥行きを作り、鎖が走った。
 アリッサムとは違う魔法陣が地面に描かれ、後衛の守護を強めていく。


「個体ひとつ、刈り取るくらいは直ぐだと思ったのだけれど――」
 殊更丁寧な口調で『カール』は言い、書を捲った――よく見れば、それはカバーをかけたノートなのだと分かる。
「お前さん……その手に持っているノート、一体どうした!」
 ヴィクトルが思わず叫ぶ。
 脳裏に流れたのは日本到着時、ワイルドハントに襲われた時のこと。
 逃げる際、落とした荷物の一つ――兄の詩集ノートとそっくりであった。
「ああ、これかい」
 応じる『カール』はケルベロスの牽制をいなし、厚みのある怨念を纏っていた。強風に煽られたかのようにページが強く捲れていく。
「拾ったのさ。――その結果が、今」
 にやりと笑み、暗い情念、業を糧に『カール』は力を振るう。
 彼らを取り巻くのは、敵が纏う厚みのある闇。青の駒鳥が力を削ぐべく、闇夜に羽ばたいた。
 恨み、悲嘆、ケルベロスへと向けられた怨念は彼らの身体を傷つけ、ざらりと細かな波が立つように侵食していく。
 蝕むそれらは壊死へ導くかの如く、ケルベロスたちの肉体を疲弊させ、脆くしていった。
 すり抜けていく闇を肌に感じながら、九八一は精神を集中させ、サイコフォースを死神へと放つ。
 同時に、動揺の空気が決意する張りつめたものへと変化するのを感じ取る九八一。
「この手に、返して貰おう。……兄貴の大事な形見だからな!」
『本物』だと悟ったヴィクトルが言い、魔導石化弾を発射する。
「我を天に産み落とした星よ! 我と我に味方す者に生命の加護を!」
 フィストのドラゴンスレイヤーが地面に描いた守護星座を光らせ、仲間を傷つける怨念を払い浄化していく。
「大事な形見、か。
 ならばこそ、必ず取り戻さないと、だな」
 そう、フィストが言った。
 もし、自分が家族や友人、大切な人を失って、同じ姿の死神が目の前に現れたとしたら――アリッサムは思いを馳せる。
(「それが偽りだと判っていても、優しい思い出の姿に身を委ねてしまうかも、しれません。
 だからこそ、そのやり方が許せないのです」)
 この時、回復に専念するフィストに癒しを任せ、アリッサムは星型のオーラを敵へと蹴りこむ。軌道は尾のように、いわば流星に穿たれた『カール』に、続き到達するはエトヴィンの終の腕。
 敵は、恐らくカールが死したその時の姿のままなのだろう。
 視覚、紛いの血臭は、脳髄を侵す毒そのもの。
「失った人の姿を模す、か。
 死神って随分といいご趣味してるよねえ?」
 蹴撃から切り替えた斬撃。
「大事なものを踏み躙った報いは、存分身に刻んでから消えるといいよ、遠慮なんて要らないからさ」
 緩く笑むエトヴィンではあるが、生み出す一刀は躊躇なくそして苛烈であった。
「断て」
 鋭い呼気とともに放たれた言葉。
 技巧はなく、精髄もなく。刃に掛かった夜気をも絶つ刃は、悲劇の連鎖を断ち切るべく、死神の胴を傷つける。
 斬撃ののち敵懐から飛び退く彼を追うのは、剣山のような黒であった。
 テラの清浄の翼が発動する直前、黒の射線に入った景臣が威力を削ぐため直刃を振るう。
 ケルベロスの体力を吸収するためなのだろう、闇と鍔迫り合う刀をすりぬけ、幾つかの黒が景臣を刺突する。
 死神と対峙する度、思いだす姿――立ち帰る、時。彼は藤色の目を微かに眇めた。
「……いやはや、死神の所業ほど、度し難いものはありませんね」
 鷹揚と紡いだ刹那、刃が朧げな紅を映す。
「彼等が我々に絶望を与えるならば、その絶望すら、捻じ伏せてご覧に入れましょう」
 横から穿たれた仲間の攻撃に合わせ、刃を翻した景臣は灯蝕を放つ。その剣筋は幽けき紅蓮の残滓により、かろうじて読み取れた。
「ッ」
 呼気を乱した『カール』の体が、何かに引っ張られたようにぶれる――剣圧にのったアジサイが大きく踏みこんだためだ。掌を押し当て、一呼吸の内に突き出す猛熊ノ掌は、敵に守りの術を与えない。
 死は特別ではない。
 それはアジサイも皆も、知っていることだ。いつかは、死ぬ。
 だが、残されたものにとって、特別になってしまうのは何故だろう。
 アジサイは知っているのだ。もう二度と会うことも語らうことも出来なくなるから、死は特別なのだ、と。
 永遠の別離。
 だから、
(「姿を真似て現れるなんてそんなやり方で、死者も生者も冒涜するこの死神は、度し難い。
 必ずここで打倒してみせる」)
「色々と思うことはありますが」
 一つだけ、と言葉を紡ぐカロン。
「……死者は、墓下で眠るべきです」
 痛み、悼み、慟哭、救いの混在する場に。
 攻撃の精度が落ちたフォーマルハウトに向かって、魔力を向けるカロン。
 毛筋ひとつひとつ呼気にすら魔力をのせ、全てを、使役する友達へと向ける。
「暴食の宝箱よ」
 魔術研究による到達点、一音すら精査し昇華させた術。
「我が命に従い、敵を喰らいつくせ!」
 唱う呪言に応じ、フォーマルハウトがその身を拡大させた。死神も、死神が纏う怨念も咀嚼し飲みこむ。
「……しまった!」
 くぐもった死神の声が聞こえ、空気が震えた。カロンの獣毛がぶわりと逆立つ――『カール』は新たな怨念をかき集めようとしている。
「トドメ、お願いします!」
 九八一の声と同時にヴィクトルのBlitz Falkaは猫を模した大型の機獣形態に変化している。
「コイツにとって俺は哀れなネズミだ。……お前さんもな」
 デウスエクスへ鋭い爪を伸ばすKatzennagelは、敵の四肢を削り裂き、胴を貫いた。
「――ここまで、かッ!」
『カール』のものではないざらついた声を吐き出し、死神はがくりと膝をつく。
 ぼたりと落ちる赤は紛いもの――どろどろと凝固しつつあるものが、血溜まりを作り上げ、『カール』はそのなかに倒れ伏した。


 敵の手から放り出されたノート――それを、恐る恐ると触れ、
「……カール」
 直後、確りと手にしたヴィクトルが言う。死神の力に覆われていたノート。
「爺ちゃんのガジェットでお前を手にかけなくて、本当に良かったぜ」
 ヴィクトルの声は、救いを手にしたような色だった。
 アジサイは手を胴にあて、一歩、二歩とさがる。
 悼みの根底にある喪失、絶望。立ち、悲しみを片手に、救いを拾う。
 長い歴史。幾度となく繰り返される尊き歩みの道を眺め、アジサイは静かに一人頷く。
「……Vielen Dank、皆」
 兄の詩集をそっと、緩やかに撫でたヴィクトルが視線をあげ、仲間へと言った。
「よかっ、た」
 嬉しさが伝わったのだろう、応じるように、こくりと頷くのは九八一。
 flower giftにタンポポのミニブーケを添えたものを、カロンが献花する。
「ここにはお墓はありませんが、少しでも、ヴィクトルさんのお兄様が救われてくれれば、と――願います」
 カールの魂に向けた弔い。
 安らかに星に還れるよう祈りを捧げるフィスト。
 思い思いに弔う彼らを見守る景臣は懐から眼鏡を取り出す。僅かに視界を隔つそれは双眸の色を淡くした。
 屋上に残る血溜まり――業深き死神が奪い続けてきたそれは、潰えた縁溜まりだ。
 通し見たエトヴィンは、ヴィクトルの兄へと向けて短い瞑目を捧げる。
 アリッサムが、お互いを大事にし合える兄弟の絆を感じながら、祈りを捧げた。
 そして、屋上から音もなく飛び降りたエトヴィンがヒールしたことに気付き、彼女もまた屋上をそっとなぞるように歩いた。
 光差さない帰路をゆくエトヴィン。
 アリッサムは周辺をヒールしていく。
(「破壊された街が少しずつ復興していくように、いつか、人の心の傷も癒えますように」)
 そんな、願いを込めて。
 弔う紫煙の香りが先へと流れていった。

作者:ねこあじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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