●対の花
寂れた高架下の闇から見上げるネオンは賑やかに見えた。
その一つにしゃぶる飴と同じ赤を見つけると、口の奥へと飴玉を追いやり噛み砕く。斜に構えた少女が、そうして頷くと対峙する相手も満足した様だった。
「その条件で構わないよ」
「決闘に負けた方のグループが勝った方のグループの傘下に入る、絶対忘れんなよ」
「そっちこそ。じゃあ、呼びなよ。お前ら【白薔薇】の代表ってのをさぁ!」
途端、叫んだ彼女の取り巻きである少女達が、囃したてて相手を急かせば、風に乗る様に甲高い笑い声がした。目の前に現れたのは、真っ白いフリルの傘にふんわりしたパニエを着込んだ愛らしい少女――ロリータファッションに身を包んだ彼女は、囃したてた少女達へ会釈するとにこりと微笑んだ。
「白薔薇の雪、と申しますわ。相変わら薄汚ねぇ面ですのね、【黒薔薇】さん」
「っなんだと!!」
「ぶりっ子やめなよぉ、性格ブスちゃん」
仲間の怒りを押さえて前に進んだのは、オールブラックのファッションをした少女だった。美耶姐さん、と呼ばれた彼女は、おかっぱに切り揃えた黒髪から、斜に構えた鋭い目で眼前のロリータを睨み付ける。
「同じ薔薇って名前で迷惑してんだよねぇ」
「アハッ、こっちもですわ。ざっくり殺してお終いにしちまいましょう」
言った白薔薇の雪は持っていた傘を路上へと投げ捨てる。その人差し指から、ぞるりと緑の植物が伸びた。溶ける様な伸び方のそれはどれにも棘が生え、次々と小さな花の蕾を付けていく。
「いかがかしら、今流行のモノでしてよ」
うっとりする様な植物でしょう――攻性植物を纏う相手に、【黒薔薇】の美耶は笑うとずり落ち掛けた服の肩口を握った。そして相手を挑発する様に小首を傾げると、だらりと下げた自らの手にも植物を生む。
「流行の最先端いってんのはさぁ、自分だけじゃねぇっての知ってるぅ?」
今現在、かすみがうらの争いで力の象徴とされるモノ――黒き薔薇の蕾を生む攻性植物を伸ばした少女は、けたけたと笑うと眼前の敵へと蔓を向ける。
「死ねよぉおおおお!!」
言葉と共に、黒薔薇の美耶がその蔓を放つと、甲高い笑い声が後に続いた。
●断絶を
近年急激に発展した若者の街、茨城県かすみがうら市。
この街に起こった異変――そのひとつを黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は感知したと言う。
「皆さんは最近、多発してた若者グループ同士の抗争事件ってご存知っすか。あれに関するモノっす」
そう話を切り出したダンテは、ケルベロス達を見回す。
若者のグループ同士の抗争事件。
ただの抗争事件ならば、ケルベロスが関わる必要は無いが、その中にデウスエクスが関係しているとなれば話は別となる。そう、攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した者が、抗争に関わっていると言うのだ。
これまでも同様の事件はあったが、その中で変化が見られたらしい。
その変化とは攻性植物化した者同士をグループの代表として決闘を行い、『負けたグループは勝ったグループの傘下に入る』というものだ。
「タイマンっていうんですかね。それを張るのが攻性植物化した人なんっすよ」
それはグループの中で力を持っているからこそ選出される――どうやら抗争を繰り返すグループの間では、攻性植物化を力の象徴と認識し始めているらしい。
こうした抗争が繰り返されれば、いずれかすみがうらの攻性植物はひとつの集団に統一され、デウスエクスの強力な組織ができあがってしまうかもしれない。
「そうなる前に、皆さんには攻性植物化した人を討って欲しいんっす」
そう言ったダンテは、事件現場となる場所がかすみがうら市内の寂れた高架下だと告げた。
立ち並ぶマンションと大型スーパーのネオンが遠くに見える場所で、駐車場になっているスペースで抗争が起こると言う。事件時は車はなく、高架下に入ってしまえば左右に金網等の障害物もなく、支柱以外は見えない見晴らしの良い戦場となるだろう。
「この状況で攻性植物同士の決闘の場に乗り込む事になるっす。ただ、もし攻性植物二体が一時休戦して皆さんと戦う事になると、戦闘で勝利するのは難しいかもしれないっすね……」
つまり、一体だけでも確実に攻性植物を撃破できる様に、立ち回りを工夫する必要がある。
その手掛かりとなるのは、現状でわかっている敵の情報からだろう。
「グループ『白薔薇』の雪さんは、人を見下して慢心する癖があるらしくて、油断しやすいっすね。対して、グループ『黒薔薇』の美耶さんは細かい事をねちねち気にする癖があるみたいっすから、はったりとか上手く考えればよさそうっす」
いずれも、理論が破綻しない・怪しまれないなどの工夫が必要だろうか。
攻性植物以外のグループの若者達は、ケルベロスが現れれば驚いて勝手に逃げて行くので、その辺りの邪魔をされる事はないだろう。
この情報を持ってどう対応するかは、ケルベロス達の自由にしていいだろう。
「あと、攻撃手段なんっすけど、二人とも攻性植物のせいか似た攻撃を二種類持ってるみたいっすね」
違うものは、白薔薇の雪は毒を扱う攻撃で、黒薔薇の美耶は蔓で縛り付ける攻撃だ。いずれも厄介であり、対策を講じた方が不利にならないだろう。
戦場、敵の状態、そして考えられる手掛かり。
一通り説明すると、ダンテは少しだけ口元を引き締める。その唇が小さく開くと、落ち着いた声色で事実を告げた。
「攻性植物化してしまった人間は、助ける事は出来ないっす。それが、力の代償であるのならば仕方のない……いや、諦めたくはないってのは知ってるんすけど……」
ダンテは首を振ると、ケルベロス達を見つめる。その目には決意が浮かんでいた。
「でも、攻性植物がこのまま組織化する危険を、見逃す事は出来ないっす」
秋に咲く薔薇は愛情を込めて育てられたものが応える様に咲くのだという。愛し思うからこそ、その咲き終わりも面倒を見る人の為に咲くのかもしれない。次の花を咲かせる為に、きちんと自分の散り際も見てくれると安心して。
思うからこそ、手折らなくてはならない時もある。
「よろしくお願いするっす」
願う様に、ダンテは静かに頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420) |
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634) |
メイベル・メイヤー(ダーティーリード・e02726) |
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) |
御手洗・きよこ(奥手な淫魔・e06986) |
茶野・市松(ワズライ・e12278) |
苦楽・落涙(クラックラック・e14791) |
小鞠・景(春隣枯葎・e15332) |
●激突
季節外れの蛍火が瞬く。
それが人の手によって作られた物だと意識すると、途端に現実へ引き戻された気がして茶野・市松(ワズライ・e12278)は、指を唇に当てた。夜気に当てられた指は聊か冷たい。
頭の上に陣取った自身のサーヴァント・ウイングキャットのつゆの手で暖を取ろうとした所、鮮やかに引っ掻かれ、しぶしぶ指を咥えた。その様を隣に潜むレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)に笑われる。
「しっかし、女の子には花が似合うとはいえ……攻勢植物で着飾る事はねーだろーになぁ……」
従えた自身のサーヴァントに背を預けたレイは、熱心に高架下を望むメイベル・メイヤー(ダーティーリード・e02726)へと視線を向ける。
一見してレプリカントとわかる彼女の容姿は、作り物である事実を差し引いても、見惚れる程に美しい。そんな彼女の唇は、眼下の様子に落ち着いた言葉を零す。
「臨機応変な対応で挑んでよかったかもしれんな」
「ああ、サーヴァント持ちの俺らがいるなら、余計、な」
答えたレイは眼下に集う少女達に視線を向けた。
当初は彼らも若者に紛れる手筈だったが、集団が地球人の女性であった為に、種族特徴が容易に隠せない者やサーヴァントを共にしていた者が紛れるのは不自然と判断したのだ。
「その条件で構わないよ」
聞こえた言葉に、高架橋で潜む者達の視線が下った。声を上げる少女達の中に、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)の愛らしい蝶飾りを見つけると、その位置の良さに安堵する。
集団のやや端だが、さり気無く観戦できそうな場所である。同じ様に紛れた小鞠・景(春隣枯葎・e15332)と苦楽・落涙(クラックラック・e14791)もまた、静かに口上を見守っていた。
『決闘に負けたグループが勝ったグループの傘下に入る』――その条件の確認が済むと、現れたのは白薔薇の雪だ。
彼女を反対側のグループから確認した烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)は、同じ側に潜んでいた御手洗・きよこ(奥手な淫魔・e06986)へ視線を投げると頷き合う。
やがて満ちるのは戦いを煽る声――そうして現れた黒薔薇の美耶は、予兆の通りに己が花を咲かせた。
盛り上がる緑の蔓から咲き誇る黒き薔薇。掌に咲いた一輪は眩む光の一閃を白薔薇へと叩き込む
「凄い……」
「踊るようですね」
落涙の感嘆を拾った景の言葉は、まさにこの攻防を現わすに相応しい言葉だ。
少女達が生み出す薔薇の蔓――攻性植物は宿主の意に沿って、次々と花を或いは根を張り相手の体へと肉薄する。植物の柔らかさと鋼の様な鋭さを持ち合わせた攻撃の披露に、少女達は熱狂した。
瞬く間に場を満たした薔薇は、味気ない高架下を薔薇の戦宴へと変えていく。
流行には疎いのでよくわからないという景は、最初こそ『あれが最先端だとは奇抜だ』と感想を持ったが、間違いなのではと思わされる。だが、二人の薔薇が間合いが取った所で我に返ると、情報を拾おうと灰の目を細めた。
双方、繰り出し続けたのは数合だが、明らかに力のレベルが違う。どの合ひとつをとっても、生身の人間ならばただでは済まないだろう。その撃ち合いが面倒になったのか、黒薔薇は笑うと次が最後にしようと歌った。
「余裕があっても必殺にしようと?」
「めんどくさくねえだろ?」
そんな言葉に双薔薇が笑った瞬間、夜を纏う娘の唇が開く。
「その勝負、待って頂きますわ!」
華檻が声を上げたのだ。
●声
視線の雨は進み行く華檻の身に集中していた。
驚く周囲を余所に前へ出た彼女を先頭に、潜んでいた者達が前へ出ると、グループの双方から威嚇と誰何の声が上がっていく。
「なんだてめえら、ぶっ殺すぞ!」
「おー、喧嘩か? オレらも混ぜてくんねぇかなあ?」
そんな声と共に着地音が複数聞こえると、サーヴァントを従えた市松達が戦場へと加わる。
瞬間、白薔薇の手が素早く動いた。
不意を突いた軌跡が魅せるのは、鞭の様な緑の蔓――強かに打たれたのはメイベルだった。
バトルガントレットに覆われた腕で攻撃を受け止めると、瞬く間に四散させたのだ。
「突然の乱入失礼する。この勝負、我々が代わりに引き受けさせてもらう」
「こ、こいつら……」
突然の攻防に、驚愕の声を上げた少女達はだったが、メイベルの一瞥で黙り込んでいく。やがてその威圧に耐えきれなくなったひとりが走り出すと、蜘蛛の子を散らす様に他の少女達が続いた。
その様を余所に、きよこは今の攻防から白薔薇の方がまだ余裕があると気が付く。
白黒どちらの薔薇も実力は拮抗していた。故に狙うは性格の分析から油断しやすい白薔薇だと考える。できる事ならば、黒薔薇を討ちたいと言う個人的な思いがあったが、それが可能か不可能かで考えるならば、成功する方を選ぶべきだ。
それに、もし逃がすとなれば活かす戦いを――。
「あら、あなた達も『力』を使えますの?」
きよこの思考を遮ったのは白薔薇の言葉だった。
試す様な彼女の様子に、違和感を感じた景だったが黒薔薇の隣に並ぶと、自身の得物を握り締める。
「抗争事件で死んだ知人の仇討ちをさせて欲しい」
「……大事な人を奪われたのが許せない、ただそれだけです」
だからこそ高飛車な鼻を、へし折りに。
静かに言葉を紡ぐ景とメリーナの様子の後方では、落涙が得物を構えている。その隣ではレイが相棒のライドキャリバー・ファントムと共に白薔薇へ銃口を向けた。
「あまり女性に手荒な事するのは主義じゃねーけどな……敵に容赦はしねぇぜ」
「ま、オレも似たよ―なもんか」
頭を掻く市松が告げると、メリーナがおどけた様に言葉を継いだ。
「ま、こんな具合に恨み持ってる人が寄せ集まりまして――」
言葉は尽くした。その想いで黒薔薇を望めば、相手ははふりと息を吐く。
「助力なんていらないねぇ。どうせ嘘なんだろぉ」
向けられた瞳は病み、不意に薄ら笑いが浮かぶ。
有無を言わさず攻撃と畳みかける予定だったが、異様な空気を放つ黒薔薇から意識を離す事ができない。ともすれば、奇襲を食らうやもしれない――その可能性に、レイは手にした冥淵銃 アビス 【The Second】をそろりと腰元へ垂らした。
薄氷を渡る様な緊張感が生まれ、その上をメリーナが渡った。
「本当の事を言いましょうか」
「あぁん?」
「……あなた待ちですよ」
瞬いた瞳はあどけない。だが、表情はすぐに疑問から納得した者へと変化する。
「『自分達は寄せ集まり』だと言ってたねぇ。なぁるほどなるほど」
つまり、白薔薇への助太刀が終われば、次の狙いは自分だと。
薄ら笑いが深い三日月に変わると、メリーナは演劇を紡ぐ様に言葉を繋いでいく。
「最初から混ぜろと言って揃いで突っぱねられたら、元も子もないです。そのまま戦うには戦力不足、その一言。勝手を恐縮ですが、あなたは強いから」
いつだって先を変えるのは言の葉。
黒薔薇はにやりと笑うと勝手にしな、と言い捨てた。
●崩落
「お話は終わりまして?」
退屈そうに欠伸をした白薔薇は、にじり寄る落涙に微笑み掛けていた。
どうやら彼女の頬にある薔薇の呪紋を気に入ったらしい。
そんな彼女の様子に、黒薔薇は眉間の皺を作ると、ぞるりと攻性植物を伸ばしていく。
「手を組んでもよろしくてよ。黒薔薇のブスごとぶっ殺して差し上げましょう」
「ハッ、いらないねぇ!!」
黒薔薇の咆哮が、再開の合図となった。
どうやら二人の薔薇達は、力を持つケルベロスの不良グループが私怨を晴らしに来たと思ったらしい。黒薔薇がそれを好意的に受け取ったのかはわからないが、ケルベロス達も戦場へと挑んでいく。
最初に動いたのは華檻だった。己の制服を脱ぎ捨て戦支度を整えた彼女は、瞬く間に間合いを詰めると、高速演算で割り出した白薔薇の弱点へと一撃を叩き込む。
苦痛に歪む白薔薇の顔に、思わず舌なめずりしそうになった。愛らしい衣装の愛でるべきものであるというのに、自分の物にならないならば散らしてしまうのは仕方ない事。
「ったく……こういう形で女の子と会いたくはねーよなー……」
似た感情を抱いたレイは、目にも止まらぬ弾丸を放ち敵の動きを牽制する。そこに市松の描いた守護星座の輝きが割り込めば、ウイングキャットのつゆが翼を羽ばたかせ、仲間の身に守りの力を届けていく。
新たに走り出すケルベロス達に薔薇達の生む花は、次々と攻撃を繰り出し力を削いだ。その様をメイベルは冷ややかに捉えていた。
(「若気の至りというやつか。力欲しさに人の道を踏み外すとは……」)
その姿はまさに狂気。これが自身の望んだ結果かわからぬも、自分のやるべき事は変わらない。己の拳に込めた魂を食らう力を相手の腹に叩き込めば、溢れた鮮血と共に場違いな笑い声が上がった。
「笑ってる場合じゃないよ」
気味の悪い事態にメリーナが達人の一撃を放てば、景もまた炎の蹴りで白薔薇の身を燃やしていく。その被弾を喜ぶ暇も有らばこそ、追い撃ちをかける様に黒薔薇が展開した攻性植物は、ケルベロス達をも飲み込んだ。
衝撃が前衛の身を駆け、同時に緩やかな眩暈に囚われる。ふらりとメリーナの手が味方を狙った瞬間、危うさに気が付いたきよこが己の御業を解き放ち、その体から凶行の気を抜いた。
「やっかいな攻撃じゃ!」
眉根を寄せたきよことは対照的に、にやりと笑った黒薔薇はますます猛威を揮っていく。小まめな状態異常の回復を心がけた事で、今の所被害はないが、このまま黒薔薇の攻撃に巻き込まれ続けては埒が明かない。信用していないケルベロスへは配慮がなく、どんなに巻き込まれようがお構いなしなのだ。
だが、そんな中でも光はある。
大地を蹴った落涙の手には、呪いを宿した得物がひとつ。
「その生命、頂くよ」
振り下ろされた一撃が、白薔薇の服に真っ赤な色を落としていく。
このまま押し続ければ――!
そんな思いを表す様に、歩を緩めぬ華檻は白薔薇をめがけて跳躍するとその豊かな胸に少女の顔を抱き包む。
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
囁きと共に零れた舌は、淫らな娘の甘い誘い――その身が地を蹴り、白薔薇の首を曲げた瞬間、声が響いた。
「そのまま抑えてなぁ!!」
黒薔薇の意図がわかる。離れなくてはと華檻が思った瞬間、狂う鞭の様に伸びた蔓が、サキュバスの娘を飲み込んだ。
ああ、仲間の呼び声が遠い――地面に崩れ落ちた彼女を移動させようと前衛が地を駆けた瞬間、大地にめり込んでいた白薔薇が叫び声をあげ、狂い咲く薔薇の蔓を解放する。
「ガァアアアアアアアアアアアア!」
獣に似た咆哮。その勢いと共に放たれた攻撃に、前衛は体力を削られ、悲しくもレイのライドキャリバーが消失する。奇声を上げ続ける白薔薇の目は血走り、攻性植物が皮膚の下を侵食しており、その称号の面影はなかった。その顔のまま、震え立ち上がった彼女に、落涙は小さく言葉を向ける。
「華は、散る時がもっとも綺麗だともいうね……キミは、どうかな」
彼女の放つ斬撃が、白薔薇へ向けた餞の口火となった。
薔薇が散る。心染まらぬ白き薔薇が。
白薔薇の身へ攻撃が放たれた瞬間、ケルベロス達を新たな光が貫いた。
●激情
こふん、と血が流れていた。
己の友の前で光を受けたウイングキャットは、小さな身を震わせるとゆっくりと落ちていく。
「つゆ!!!」
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
なんでお前がオレの事庇ってんだよ。オレよりしっかりモンのお前が、なんで。
市松が抱き止めたサーヴァントの体は、いつもの柔らかい体毛の感触を残して消えていく。
いや、残したのはそれだけでは無い。
光の粒へと消える前に、猫の目はしっかりと青の瞳を見据えていた。その光の強さを灯に、市松は声を張り上げる。
「舐めた真似してくれたなぁ!」
「ハッ、本音はあたし狙いなんだろ? なら自分の身を守って何が悪い!?」
嘲笑う声に答えたのは、魔弾魔狼が起こした撃鉄の音だった。感づいた黒薔薇が降り返るその前に。
「全てを撃ち抜け! ブリューナクッッ!!!」
放たれるのは高密度のエネルギーだ。それが黒薔薇の眼前で五つに分かれると、逃がさぬとばかりに加速し着弾する。悲鳴を上げた黒薔薇だったが、すぐに応戦の一撃が放たれた。
最初の勝負を中盤まで見守った恩恵はあったが、黒薔薇の警戒が完全に解けなかった事で攻撃を受ける不利はあった。特に白薔薇を討つ際に、ケルベロスを利用して体力を温存されてしまった事は痛い。
それはプラスマイナスゼロの事態――そう確信した景は、立て直す様に現在の戦況を整理する。
倒れているのはサーヴァントを含めて三名。半数以上の戦闘不能という撤退条件は見てしているが、予想以上の疲労に油断は出来ない。おそらく、誰かを庇えば撃沈は必至。
短期決戦に持ち込めばと思ったが、自分達の持つカードでは難しいと判断する。
彼らの作戦で足りなかったものは、力の強化だ。自分達の底上げが今一歩足らず、決定力に欠けていたのだ。
おそらく、短期決戦を望む者と長期戦を覚悟した者の意識の差なのだろう。
その良し悪しをそのままに、ケルベロス達は攻防を進めていく。
返り血と、自身の血と。
動かなくなり始めた体で、黒薔薇は蔓を大地へと這わせていく。そのひとつがきよこの体を貫こうとした瞬間、メイベルの身が彼女を押した。代わりに腸を貫かれ、散っていったのは鋼の欠片。
「しまった……!」
きよこがそう言って御業を放つも、膝を付いたレプリカントの身には届かない。
同時に蔓へ囚われたレイが意識を手放すと、ケルベロス達の顔に動揺が走った。
これで撤退条件に達したのだ。
「退きましょう!」
苦々しい物を味わいながら、景が宣言するとケルベロス達は仲間の回収に走り出す。ぐったりとした華檻を背負い、メイベルとレイを保護した仲間に先を急がせると、メリーナは殿として得物を構えた。
「てめぇら、絶対忘れねぇ……わすれねぇッ」
「私も、絶対に。この演目程、一音を落とした悔しさはありません」
「ざけんなぁあああ!」
放たれた黒薔薇の攻撃を、メリーナは恐ろしく正確な一撃で粉砕する。
散らばり落ちる薔薇の黒さに、目を奪われた。
だが、すぐに踵を返すと蝶劇の娘は仲間の後を追う。ふと、振り返れば膝を付いて蹲る少女の姿が見えた。
「……あぁ、こういう『お芝居』は後味悪いですね」
おそらく、もう少し粘ったのならば討てたかもしれない。だが、撤退条件は堅実なものであり、ケルベロス達の判断が誤りだったとは思えない。
ただひとつ確かなのは、彼らは胸の内に悔しさが灯るのならば、黒薔薇を忘れる事はないという事。
次は絶対に。
湧きあがる炎の様な激情を抱えたまま、ケルベロス達は闇夜を走っていく――。
作者:深水つぐら |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年11月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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