熊本城ドラゴン決戦～覇空と四竜の包囲陣

■リプレイ

●空を染める翼
　熊本城の大空を、黒き影が染めて行く。侵略を生業とする数多の竜が、その身に雷を従えて、空を覆い尽くして行く。
　彼らは捨て駒、生贄に過ぎない。しかし、仮にそうであったとしても、その獰猛さは決して衰えず。
「……シャァァァッ！！」
　甲高い雄叫びを上げて、一匹の竜が熊本城目掛け突撃した。屈強な翼が刃の如く空を切り、煌々と光る瞳で目標を見据えて直進する。だが……。
「……ッ！？」
　突然、城より飛び出した影が、竜の身体に痛烈な一撃を食らわせて大地へと叩き落とした。
　その軌跡は、さながら白く燃える彗星の如く。土煙を上げて倒れる竜の足元に着地して、水沢・アンク（クリスティ流神拳術求道者・e02683）は改めて拳を構え、かつて対峙した強敵を思い出しつつ名乗りを上げた。
「……前は名乗る前に先手を打たれましたので。……クリスティ流神拳術、参ります」
　正直なところ、奇襲で殴り付けるような戦い方は好きではなかった。しかし、これで良いのだ。
　相手は人の心や礼儀などに、欠片程の関心も持たぬ化け物である。互いに名乗り、正々堂々と勝負するような武人の心など、端から期待するだけ無駄なのだから。
「……グ……ググ……」
　憤怒の形相でアンクを睨み付けながら、竜は静かに立ち上がった。だが、再び竜を空へと逃がしてやるほど、この熊本の地に集まった者達は甘くなかった。
「逃がしませんよ！　空へなんて！」
「貴様達の好きにはさせん。大人しく、地べたに這いつくばれ！」
　新たに飛来する二つの影が、侵空竜エオスポロスの翼を左右から蹴り抜く。羽鳥・紺（まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339）と櫻田・悠雅（報復するは我にあり・e36625）の二人がその身を空中で回転させて着地したところで、他の者達も一斉にエオスポロスを取り囲んだ。
「風と稲妻を操る竜、か……。なかなか素早そうな相手だが……」
「でも、逃がすわけにはいかないよね。だったら、出し惜しみなんてしてられない」
　ムギ・マキシマム（赤鬼・e01182）と影渡・リナ（シャドウフェンサー・e22244）が、それぞれ喰霊刀を抜いて身構える。そのまま斬り掛かるのではなく、まずは刀身に封じた力を自らの糧として解放するために。
「グォァァァァッ！！」
　己の邪魔をされたと察し、エオスポロスが猛々しく吠えた。そのまま、感情に任せて爪を繰り出してリナを狙うが、しかしそれは届かない。
「どうした？　そんなものか、貴様の力は……」
　片腕に深々と爪を突き立てられ、激しく出血させられながらも、強引に割り込んだマサヨシ・ストフム（カオスブレイザー・e08872）が不敵な笑みを浮かべていた。
「さぁ来いよ、羽つきトカゲ共！　テメェらの計画、全部オレ達がブッ壊してやるからよ！！」
　そう言うが早いか、身体に纏ったオウガメタルから銀色の粒子を撒き散らす。己の傷を癒すためではない。敢えて、後方に並び立つ仲間達へ、少しでも攻撃の精度を上げさせるために。
「あまり、独りで無茶しねーでくださいです。突破させる前に突破されたら、洒落にもならねーですよ」
　念のため、釘を刺すようにして告げながら春日・春日（電気羊の夢を見る・e20979）がエネルギー球をマサヨシへ飛ばしたが、マサヨシから返ってきたのは苦笑だけだった。そんな光景を前にして、春日のウイングキャットが首を傾げながら羽ばたいていたが、それはそれ。
「さて……まずは第一関門ってとこね。見てなさいよ……あいつら、全部焼き尽くしてやるんだから」
　そんな中、上空よりエオスポロスの様子を窺いつつ、キーア・フラム（憎悪の黒炎竜・e27514）は突破の隙を狙う。漆黒の炎にて形作られる翼から銀色の粒子を落としつつ、真の目標である天を巡りて廻りし竜の姿を探して。

●もっと高く！
　古来より火の国として人々に慕われし熊本の地。竜の宝玉を封じた場所としては、ある意味では相応しい地だったのかもしれない。
「紺、まだ行けるか？」
「はい……。ムギさんに、守っていただけていますから……」
　後ろを振り返らずに尋ねるムギに、紺はそこまで告げて言葉を切った。
　自爆も含めた特攻要員でありながら、目の前のエオスポロスは竜の名に違わぬ力を持っている。
　前衛の防御の穴を狙って尾で薙ぎ払いつつ、後衛にはブレスを仕掛けて癒して諸共に殲滅しようと試みる。幸い、威力よりは範囲を優先した攻撃が多かった故に一撃で倒される心配もないが、それでも厄介なローテーションに違いはない。
「無理やり作戦通りに動こうとしたら、死人が出たかもしれねーですね。正直、予想外なのですよ、これは……」
　額の汗を拭いつつ、春日が仕方なしに手にしたスイッチを押し、色とりどりの爆発でムギ達を鼓舞した。
　回復を専門とする立場にいながら、状況に合わせた回復行動よりも味方の強化を優先する。そんな行動が許される程、今回の敵は甘くない。
　敵の吐き出す稲妻のブレスに対して、耐性を持っていなかった彼女のウイングキャットは、早々に戦線から離脱させられた。今、この場で味方の命を支えられるのは、他でもない春日しかいないのだ。
「そろそろ、頃合いですね。皆さん……準備はいいですか？」
　それでも、ここで怯んでいては好機を逃すと、紺が気を取り直して仲間達へと告げた。
「ええ、こちらはいつでも構いませんよ」
「異論はねぇぜ。死ぬまで燃やして、殴り飛ばすまでだ」
　互いに顔を見合わせ、拳を構えるアンクとマサヨシ。その隣に歩を進める形で立ち並び、ムギもまた刃を掲げてエオスポロスと対峙した。
「さあ、踏ん張るぞ。此処が勝負の分かれ目だ」
　この一瞬に全てを駆ける。仲間を死地へと送る以上、自分達もまた覚悟を決めねばならないと。
「磨き、研ぎ澄まし、そして鍛え上げた炎の刃を受けてもらおう！」
「壱拾四式……炎魔轟拳(デモンフレイム)！！」
　狙いをこちらへ引き付けるべく、ムギとアンクが敵の足目掛けて業火を纏った一撃を繰り出した。だが、その威力と勢いは、もはや足止めの域ではない。できることなら、このまま倒し切ってやらんとばかりの凄まじい熱気。それを見て、燻っていた心に火が着いたのだろうか。
「さて……駄目押しにコイツを食らってみるか？　我が炎に焼き尽くせぬもの無し――我が拳に砕けぬもの無し――我が信念、決して消えること無し――故にこの一撃は極致に至り！」
　蒼き炎を拳に纏い、マサヨシもまたエオスポロスへと殴り掛かる。正面からの、三連撃。三者三様の炎が入り乱れて混ざり合い、竜の身体を穿って焦がし。
「よし……今ね！」
　三つの炎が敵を押さえ込む中、黒き炎が高々と飛翔した。その姿を、戦線を突破して廻天竜へと向かうキーアを目にし、エオスポロスも何かを悟ったのだろうか。
「オォォォォッ！！」
　猛々しく吠えるや否や、自らも翼を広げて飛翔しようと大地を蹴る。しかし、そうはさせまいと食らい付き、ムギとアンク、そしてマサヨシの３人が、エオスポロスの脚にしがみ付いた。
「邪魔はさせませんよ。あなたには、最後まで付き合っていただきます！」
「安心して行って来い、キーア。終わったオレに出来るのはお前を守りきって、お前の帰る場所を守ってやることだ！」
　アンクが拳に力を込め、マサヨシもまた敵を留めようと強引に地上へ引っ張り込んだ。その上で、悠雅が巨大な杭打機より射出される特大の杭を敵の尻尾へと叩き込み。
「これが楔だ！　受け取るがいい！」
「ギシャァァァッ！！」
　肉を穿たれ、骨を砕かれる痛みに、さすがの竜も悲鳴を上げた。その隙にキーアは戦場を離脱セント空高く舞い上がるが、しかしエオスポロスもまた決して諦めてはいなかった。
「ギ……ギ……グァァァァッ！！」
　己の肉が引き千切れるのも構わずに、アンクやマサヨシ達を身体に乗せたまま跳び上がる。そのまま、強引な旋回で自らの身体に纏わりつく者達を振り落とし、改めてキーアを狙って稲妻のブレスを放たんとするが。
「ちゃんと帰ってきてよ。信じているからね！」
　そう言って見送りつつも放ったリナの斬撃が、エオスポロスの背中に直撃した。
「皆……分かった！　ちょっと行ってくるわね！」
　後ろは決して振り返らず、キーアは飛んだ。それでも、しつこくキーアを狙おうとするエオスポロスだったが、それを許すケルベロス達ではなかった。
「今だ……やれ、紺！」
　先の一撃で、敵は背中を負傷している。追い込むなら今だ。キーアを無事に送り届けるためにも、ここは倒すつもりで攻撃しろとムギが叫び。
「……消え去りなさい、あなたの世界は終わりです」
　瞬間、夜色の影が無数の弾丸と化し、エオスポロスの翼を撃ち貫いた。さすがに、衝撃までは殺せなかったのか、翼をハチの巣にされた侵攻竜は、空中で大きく身体を捻り。
「グ……ゥゥゥゥ……」
　低い唸り声を上げながらも、エオスポロスは死んでなどいなかった。その瞳に湛える激しい怒り。口から溢れ出る稲妻を、自らの足から振り落とした者達目掛け、腹いせとばかりに叩き付けた。

●抗う力
　魔竜王の遺産を狙い、熊本の地へ集結せし数多の竜。その一角である廻天竜の下へとキーアを送り届けたケルベロス達であったが、その代償として、かなりの苦戦を強いられているのは否めなかった。
「くっ……後は任せたぜ……紺……」
「元より、拾った命だ……。誰かの礎になれれば、本望だぜ……」
　強靭な尾による薙ぎ払いの直撃を受け、とうとうムギとマサヨシが地に倒れ伏した。
　防御の穴を突かれる形で叩かれつつ、時に後ろで戦う者達を庇って盾となる。いかに防御を固めようと、それを上回る勢いで何度も攻撃を受け続ければ、やがて限界を迎えるのは自明の理。
「さすがに、ちょっと厳しいね。でも……」
　気持ちで負けたら、そこで終わりだ。それだけ言って、リナは再び大地を蹴り、エオスポロスへと斬り掛かり。
「あたしはメディックなのです。誰一人斃されることもなく、あたしも立ち続ける……。それがメディックとしての矜持なのです」
　既に満身創痍ではあったものの、春日は最後まで仲間達への支援を惜しまずに銀の粒子を散布した。
　時間は既に、限界に近い。それならば、せめて自分の命が尽きるまでは、仲間を支える柱でありたいと。その力を受け取り、紺は手にした水晶を掲げて念じることで、見えない炎を繰り出して。
「ムギさんの想いに報いるためにも、最後まで諦めません！」
　竜の身体を覆う鋼の如き鱗を、徐々にだが確実に削ぎ落とす。
「ここが正念場ですね。倒すことができなくとも、せめて少しでも体力を奪えれば……」
「そうだな。元より、遠慮などするつもりもないが」
　アンクが炎の拳を叩き付けたのに合わせ、悠雅もまた敵の頭を蹴り飛ばした。だが、岩塊をも砕き、鉄をも貫く脚の一撃を食らっても、エオスポロスは未だ倒れず。
「グ……ガァァァッ！！」
　牙が砕け、口から鮮血を吐き出しながらも、強引にブレスを発射して来た。
　轟く雷鳴。駆け抜ける閃光。盾役を失った後衛に、それを避けるだけの術はない。
「くっ……し、しまった！」
「そ……んな……。ここまで……なのですか……」
　荒れ狂う光の奔流に飲み込まれ、それが悠雅と春日の限界だった。元より、体力の低かった春日に、ブレスへの耐性を持たなかった悠雅。圧倒的な竜の力を前に、激戦を繰り広げてきた二人では、もはや耐えることもできなかった。
「み、皆さん……ご無事ですか……」
　身体のあちこちを黒く焦がし、紺が立ち上がった。彼女とて、決して無事なわけではない。先の一撃を辛うじて耐えたが、次に何かを食らえばそれで終わりだ。
「無事とは言い難いですが……なんとか、後一撃くらいは殴る力を残していますよ」
　口元の血を拭いながら、アンクが言った。このままでは、遠からず全滅だ。しかし、それで敵に背を見せるようなことはしない。少しでも戦える力が残っているのであれば、最後まで運命に抗ってみせる。それが限られた命の定めを持つ、この惑星に住まう人間の意思なのだから。
「ゴォォォォッ！！」
　全身の傷口から鮮血を吹き出しながらも、エオスポロスは駄目押しとばかりに、強靭な爪の一撃を繰り出して来た。だが、対峙するアンクは避ける素振りさえ見せず、敢えて真正面から拳を繰り出した。
「……っ！　まだです！　まだ、負けるわけには行きません！」
　白炎を宿した拳で敵の爪を受け止めて、そのまま力を拮抗させる。最悪、力を殺し切れずとも構わない。それで残る他の二人が、敵を仕留めてくれるのであれば。
「逃がしませんよ！　この胸に輝く、私達の絆にかけて！」
　既にムギは倒れていたが、それでも心までは死んでいないと、紺もまたデウスエクスの残滓を捕食形態へと変えて繰り出した。
　漆黒の液体が津波のように襲い掛かって竜の動きを封じ込める。残された時間は、もう僅かしかない。
「今です、リナさん！」
「任せて！　……放つは雷槍、全てを貫け！」
　視界を奪われ、四肢を押さえて悶える竜へと、リナの放った幻の稲妻が魔槍となって飛翔する。目には目を、歯には歯を、そして雷には雷を。
「……グギャァァァッ！！」
　脳天を貫かれ、竜が吠えた。地の底から天まで穿つような雄叫びを上げて、エオスポロスはゆっくりと後ろに倒れ、二度と再び起き上がっては来なかった。

●現れしもの
　多くの犠牲を払いながらも、エオスポロスにより熊本城への突撃は阻止された。
　だが、それはあくまで、この場だけの話。他の場所では今もなお、侵空竜と戦っている者達がいるはずだ。
「他の方々の援護……には、さすがに向かえそうにないですね」
　肩口の傷を押さえつつ、苦笑するアンク。重傷を負わされたり、命まで奪われたりした者こそいないが、このダメージを回復させるには相当の時間がかかりそうだ。
「後は、他の場所で戦っている人達が、上手くやってくれるのを祈るしか……」
　そう、リナが言い掛けたところで、唐突に起こる大爆発。見れば、いくつかの竜が防衛網を突破して、熊本城への特攻を成功させた後だった。
「そんな……間に合わなかったの？」
　崩壊する熊本城。一抹の不安を覚えつつ、立ち込める煙が晴れるのを待つケルベロス達。
　やがて、土煙が晴れたところに姿を現したのは、怪しげな輝きを放つ巨大な球体だった。
「これは……空間が歪んで……いや、もっと禍々しいものですね」
　出現した竜宝玉より発せられる不気味な気。それを感じ取ってアンクが呟いたが、それ以上は何も言えなかった。
「潮時ですね。……撤退しましょう」
　倒れたムギに肩を貸し、紺が他の二人へと告げる。これ以上は、負傷者を抱えたまま戦場に留まるべきではない。そう判断し、ケルベロス達は不気味に輝くドラゴンオーブを前にしつつも、静かに撤退せざるを得なかった。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年7月7日 難度：難しい 参加：8人 結果：成功！
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