熊本城ドラゴン決戦~この地に生きる者のため

作者:椎名遥

 夜の始まり昼の終わり。
 夕闇迫る熊本の空を、いくつもの影が駆ける。
 鳥よりも速く、風よりも速く。
 空を見上げて怯えの声を上げる人々には目もくれず。
 ただ一点を目指して、その影――ドラゴン『侵空竜エオスポロス』は空を駆ける。
 その翼が向かう先には、一つの城。
 その地こそが目的地。
 そこに向かうことこそが彼の使命。
 翼の生み出す速度を一切落とすことなく、ドラゴンの体は目的地である熊本城へと突き刺さり――直後、轟音と共に爆発を起こす。
 続けて一つ、また一つ。
 空を駆ける無数のドラゴンが城へ突入する度、その身は爆音とともにはじけ飛ぶ。
 衝撃に大地が震え、城壁は崩れ。
 そして――。
 自爆したドラゴンから解放されたグラビティ・チェインが周囲に満ちる中、崩れた熊本城の中から一筋の光が空に放たれる。

 熊本でのドラゴンとケルベロスの戦いは、次なる局面を迎えようとしていた。


「熊本での戦い、お疲れ様でした」
 集まったケルベロス達に向き直ると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は深々と一礼する。
 魔竜王の遺産を巡るドラゴン勢力とケルベロス達の戦い。
 その第一波として熊本の各地で繰り広げられた戦いは、ケルベロス達の勝利に終わった。
 だが――。
「竜十字島から出撃した多数のドラゴンの軍団が迫ってきています。至急、熊本城に向かってください」
 セリカは緊張した表情で、ドラゴン勢力の次の動きを告げる。
 熊本各地での襲撃を防いでグラビティ・チェインの略奪を阻止できた為に、魔竜王の遺産の封印はいまだ破られてはいない。
「ですが、今回の作戦を主導する『覇空竜アストライオス』は、迎撃の可能性も予期しており、失点を補うための作戦も用意していました」
 その作戦は、二つの段階に分かれているという。
 第一段階は、『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させることでグラビティ・チェインを開放し、魔竜王の遺産の封印を解除する事。
 第二段階は、封印が解かれた遺産を『覇空竜アストライオス』と配下の四竜『廻天竜ゼピュロス』、『喪亡竜エウロス』、『赫熱竜ノトス』、『貪食竜ボレアース』の儀式によって、竜十字島に転移させる事。
 ドラゴン勢力にも少なくない犠牲を強いることを前提とした作戦だが、それだけに相手の戦意は非常に高いだろう。
 だが、遺産が竜十字島に転移させられてしまえば手出しする事は至難となり、ドラゴン勢力の野望を食い止める事は不可能となる。
「この作戦を食い止めるためには、熊本城へ突入してくる『侵空竜エオスポロス』を迎撃すると同時に、儀式を行う『覇空竜アストライオス』と配下の四竜への攻撃を敢行する必要があります」
 強大な力を持つドラゴンを相手に難しい戦いを強いられることになったとしても、退くわけにはいかない。
「厳しい戦いとなりますが――皆さんの力を貸してください」
 頷きを返すケルベロスに小さく笑って頭を下げると、セリカは地図を指さして説明を続ける。
「作戦の第一段階として、まずは熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』を迎え撃つことになります」
 突入してくる『侵空竜エオスポロス』は、素早い動きを得意とし、鋭い爪と電撃のブレスを攻撃手段として備えている。
 それと戦い、倒すことが目的の一つであるのだが……、
「この相手は、突入の十二分後に自爆してコギトエルゴスムとなる事でグラビティ・チェインを放出します」
 自爆を許してしまえば、封印解除の為のグラビティ・チェインが周囲に放出されることになる。
 故に、完全に阻止する為には十二分以内の撃破が必要になる。
 また、自爆の阻止が間に合わなかったとしても、大きなダメージを与えるほど放出されるグラビティ・チェインも減少する為に、最後まで攻撃を続ければそれだけ相手の作戦を遅らせることができるだろう。
「そして……突入してくる『侵空竜エオスポロス』の迎撃と同時に、儀式を行なう『覇空竜アストライオス』と四竜への対策も必要になります」
 自爆による封印の解除に失敗した場合、『覇空竜アストライオス』は儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げてでも、魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとする。
「これを阻止するには、儀式が完成する前に『覇空竜アストライオス』か配下の四竜の一体以上を撃破する必要があります」
 だが、『覇空竜アストライオス』とその配下の四竜は、『侵空竜エオスポロス』の軍勢の背後で儀式を行っているために、その軍勢を突破しない限り攻撃を届かせることはかなわない。
「検証の結果、突入してくる『侵空竜エオスポロス』と戦いつつ少数の飛行可能なケルベロスが軍勢を突破して、『覇空竜アストライオス』と四竜を奇襲する作戦が、最も成功の可能性が高いとわかりました」
 そう告げるセリカの表情は、決して明るいものではない。
 相手は互いに連携してくるため、突破した全戦力を一体の目標に集中させれば、他の四竜の連携した妨害をうけて、確実に撃退されるだろう。
 本命の攻撃の他に、残りの4体に対しても少数での攻撃を仕掛けることで連携を妨害することができるかもしれない。
 四竜は『覇空竜アストライオス』を守る事を最優先にする為、そこを突くことで連携を乱すこともできるかもしれない。
 取れる策はいくつもある。
 ――それでも、相手は究極の戦闘種族であるドラゴンの軍勢なのだ。
 突撃してくるドラゴンの軍勢をかいくぐり、五体のドラゴンと戦って撃破する――その戦いが厳しいものになることは想像に難くない。
 成功の可能性が高いといっても、その数字は決して高いものではないだろう。
 それを乗り越えられるかは、ケルベロス達の力と想いにかかっている。
 だから、とセリカはケルベロス達を見つめ、
「間違いなく厳しい戦いになります。ですが……この地に生きる人々を護るために――勝ちましょう!」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
アム・クローズ(導く者・e24370)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483)

■リプレイ

「……やれ、随分でかいお客さんだな」
 覗き込むカメラのレンズの中で見る間に大きさを増してゆくその姿に、ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)は小さく息をつくとシャッターを切る。
 彼我の距離はまだ遠い。
 それでも、自分達を見据えるドラゴンの目には、レンズ越しでもわかるほどの敵意と決意がこもっている。
「やれやれ、ドラグナーの悪巧みが片付いたと聞いて、いきなり団子でも食べようと熊本に来てみたら……ドラゴン直行便とは、熊本城も大人気だ」
 閉店している郷土菓子の店に視線を向け、次いで空のドラゴンへと視線を向けて、豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)は軽く肩をすくめて苦笑をこぼし、
「まったくとんでもねぇ侵攻しやがる」
「あれね。カミガゼ! って奴よね。知ってるわ!」
 仲間達と共にヘリオンで到着したギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)の言葉に、アム・クローズ(導く者・e24370)はぐっと拳を握り締める。
 空を駆けるドラゴンの狙いは熊本城に眠る魔竜王の遺産。
 そして、それを得るための手段は――自爆。
 だけど、その目的も手段も、果たさせるわけにはいかない。
「魔竜王の遺産とやらが相当なお宝なのは確かなようだが、好き勝手はここまでにさせてもらおうか」
 カメラをしまい、葉巻を咥えて火を着けるヴィクトルに頷いて、アムはご当地キャラのキーホルダー片手に沈みゆく夕日を背にしてポーズを決めて――、
「全てを導く者にして三時空の神に愛されし美少女。アムちゃん登場よ! 残念だけど思い通りにはさせないわ。この子のお城が可哀想でしょう!?」
「いやアレ別にヤツの城じゃねぇから」
「――そうなの!?」
 ……直後に入ったギルのつっこみに目を丸くする。
 そうしている間にもドラゴンとの距離は近づいて。
 それに合わせるように、ケルベロス達も得物を構えて戦闘へと備えてゆく。
 ふわり、と光の翼で宙に浮きあがった姶玖亜が黄金の果実を生み出して、
「……これ以上、連中の食い物にはさせねぇ。怨敵呪殺――呪縛、解放」
 陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483)の開放する呪詛が感覚を研ぎ澄まてゆく中で、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は刀を鞘から抜き放つ。
「……さあ、竜退治と参りましょう」


 先陣を切ったのは、ギル。
「魔竜王の遺産だか知らねぇが、まず人様に迷惑かけんじゃねぇ!」
 電光石火の蹴りが首筋を狙い、一瞬遅らせて流星の煌めきを纏ったアムの蹴りが足元を狙う。
 同じ団に所属し、呼吸を知るからこそのコンビネーション。
 その衝撃がドラゴンの身を揺らがせ、
「さて、こいつはビリっとくるぞ?」
 一瞬の隙を逃すことなく、ヴィクトルの撃ち込む電撃砲がドラゴンを貫く。
 続けざまの三連撃。
 無論、とどめにはまだ遠い。
 だが、そこに至る道を示すには十分な戦果。
 しかし、
「――っ!」
 続く景臣の神速の突きを、ドラゴンはその牙で受け止めて。
 そのまま振り回し放り投げ、体勢を崩した景臣へ向けて爪を振るう。
 そして――、
「……くっ」
 振り抜かれる爪を、直前で割り込んだユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)が手にした斧で受け止める。
 その衝撃に彼女の体がわずかに宙に浮き、そのまま後方へと飛ばされそうになるけれど――。
「――やらせないわ!」
 この斧に刻まれたルーンはurとブランク。
 その加護の下、一途に、勇猛果敢に、気を吐くとともに踏みとどまって振り上げた斧は、ドラゴンの爪をそらして跳ね上げて、
「侵空竜エオスポロス、か。立派な名前の割りにゃ、やってる事は特攻自爆要員、ね」
 直後に踏み込んだ水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)の刃が鱗を裂いて血をしぶかせる。
 その言葉に何を思うのか、あるいは何も思わないのか。
「――!」
 いくつかの手傷を負いながらも、ドラゴンはその闘志を鈍らせることもなく咆哮を上げる。
 だが、闘志はケルベロス達にもまた、十分に満ちている。
「行きます」
「ああ!」
 ドラゴンの咆哮にも負けないほどに、手にしたハンマーからドラゴニック・パワーを放出して景臣とヴィクトルが地を駆けて。
 それに続けて、アムが生み出す幻影のドラゴンが襲い掛かる。
 轟竜砲、ドラゴニックスマッシュ、ドラゴニックミラージュ。
 三人の連携攻撃がドラゴンへと打ち込まれ――直後、吹き荒れる電撃のブレスが彼らを薙ぎ払う。
「くっ!」
「きゃっ」
 とっさに飛び出したギルとユスティーナが、前衛に降り注ぐ電撃を受け止めて。
 鬼人が無名の刀を振るってドラゴンを牽制している間に、ギルとユスティーナはシャウトで体に残った痺れを振り払い、それでも残るものは煉司の送り込むオーラが癒して行く。
 ドラゴンの攻撃は、強く、重い。
 だからこそ、ディフェンダーである彼らがどれだけ攻撃を受け止められるかは、そのまま戦いの流れを決定づけることになる。
 その一方で、
(「流石に、やるものだね」)
 メタリックバーストで後衛を支援しつつ、姶玖亜は小さく感嘆の息をつく。
 彼女のポジションは、前衛、中衛、後衛のどれでもない、飛行中。
 タイミングを見計らって、ドラゴンを突破して相手の指揮官を討ち取ることが彼女の役目である。
 そのために、無理に攻撃に出て相手の気を引く危険を冒すよりも、回復支援に徹するように動いているのだが……、
 ケルベロス達と戦いながらも、幾度となく向ける視線で自分の動きを牽制してくるドラゴンは、容易に通してくれるような隙を見せてはくれない。
 それでも、やらないわけにはいかない。
(「予想外の大仕事も来たけど、こいつを成功させないと……いきなり団子はお預けだね」)
 そして――、
「「今!」」
 戦場に鳴り響くのは、煉司がセットしていたアラーム音。
 それを合図として、ケルベロス達は一斉に攻勢に出る。
 煉司とユスティーナが同時に気咬弾を放ち、それに合わせて踏み込む景臣が神速の突きを繰り出して。
 刃を引き抜いて距離を取る景臣と入れ替わるように、ヴィクトルの放つ電撃砲が切り裂かれた傷口へと撃ち込まれる。
 それまで回復に徹していた煉司も加えた一斉攻撃に、ドラゴンの注意がわずかに乱れ。
「どこ見てるんだ?」
「ほら、こっちよ!」
 その注意をひきつけるように、鬼人の刃とアムの幻影の竜がドラゴンの目を狙って放たれる。
 無論、部位狙いの攻撃が早々当たるはずもなく、どちらの攻撃も空を切るものの――それで十分。
 今、この瞬間、ドラゴンの意識から姶玖亜の存在は消え去った。
 だから、
「行くよ!」
 意識をそらしたドラゴンの視界の外を、姶玖亜は全力で通り抜ける。
 目指すは敵の群れのその向こう。ドラゴンを率いる指揮官竜。
 そこを目指して翼を羽ばたき空を駆け――、
「――!」
 数秒遅れ、通り抜けられたことに気づいたドラゴンもまた、姶玖亜を追って身をひるがえす。
 その背をユスティーナに切り裂かれても、それを気にすることもせず。
 双方の距離は、スタート時点で数秒差。
 だが、ドラゴンとケルベロスの能力差の前には、その距離はまだ十分ではない。
 ドラゴンが翼を羽ばたかせるたび、二人の距離は見る間に近づいてゆき、
「――さあ、」
「そこまでだ」
 景臣の呼び出す地獄の炎とヴィクトルのアイスエイジインパクトがドラゴンを包み込む。
 凍え往く紅炎にドラゴンの注意がそれたのは、わずかな時間。
「この――行かせるかよ!」
 だが、その時間で追いついたギルが縛霊撃を叩き込んで、ドラゴンの翼を霊力の網で絡めとり。
 続く鬼人とアムの振るう空の霊力を宿した刃が、その呪縛を二重三重に倍加させて縛り付ける。
 そうして攻防を交わす間にも姶玖亜との距離は開き続ける。
 ドラゴンの力をもってしても、開いた距離と身を縛る呪縛を超えて彼女を捉えることが困難なほどに。
 そして――、
「――!」
「リウ! やれんだろ!」
 最後のあがきとばかりに撃ち出す電撃のブレスを、ギルの背を蹴って飛び上がったボクスドラゴンの『リウ』が受け止めて。
 ――それが決定打となった。
「それじゃ、行ってくる!」
「ああ……こちらは任せろ」
 煉司と言葉を交わして飛んでゆく姶玖亜を見送り、鬼人は複雑な表情で息をつく。
(「空を飛べるのは羨ましいって何度か思ったが…こういった時には少し考え物だな」)
 姶玖亜の向かう先に待つのは、ドラゴンの指揮官とその側近の四竜。
 一方で戦力を送り出した自分達の前には、決死の覚悟を決めたドラゴン。
 どちらが楽ということもなく、どちらも間違いなく死闘になるだろう。
 だから、まずは自分のやるべきことを。
「一人抜けた穴を何とか埋めるとするか。上手く行くといいが、な」
 そう呟いて、鬼人は刀を構えなおす。


 戦闘が始まって六分。
 ケルベロス達は仲間を指揮官竜の下へと送り出すことに成功した。
 同時にそれは、ドラゴンの自爆までのタイムリミットの半分が経過したということでもある。
 故に、ここからは終盤戦。

「――――!」
「あいつらを倒そうっていうなら――まずは俺を越えていくんだな!」
 後衛に打ち込まれる電撃のブレスをギルが受け止めて。
 庇われたアムの呼び出す幻影の竜は、ギルの背中越しにドラゴンへと襲い掛かる。
「おじ様は硬くておっきぃわね! このまま隠れさせてね!」
「間違っちゃいねぇが、言い方ってもんがあんだろ!」
 どこか不満げな表情になるアムに突っ込みを返しつつも、ギルの表情には隠し切れない疲労が滲み始めている。
 幾度も振るわれる爪やブレスは、受けたケルベロス達に癒しきれない負傷を積み重ねている。
 ――だがそれ以上に、ケルベロスがドラゴンに刻み込んだ呪縛はその動きを確実に封じている。
 足を止め、毒を打ち込み、鱗を砕き。
 メディックである煉司を中心として、電撃を受けながらもこまめに回復を重ねたケルベロスと、一切の回復手段を持たないドラゴンと。
 彼我の力の差は、開幕直後に比べれば格段に詰まっている。
 ――それでも、相手は究極の戦闘種族とまで呼ばれるドラゴンなのだ。
「――――!」
「くっ!」
 咆哮と共にドラゴンが爪を振るい、受け止めた武器越しに伝わるその威力にユスティーナが声を漏らす。
 身を縛る呪縛を闘志で抑え込み、ここを死地と定めたドラゴンの覚悟は、傾きかけた戦況を押し戻すほどの力を持っている。
(「正直な所、結構震えてる……」)
 受け止めた腕が震えるのは、爪の威力からだけではない。
 攻撃を受け止めるたび、敵意を向けられるたびに、武器越しに伝わるドラゴンの意思がユスティーナの心まで薙ぎ倒さんとする。
 強気を装っても、その奥にある臆病さはごまかせない。
 それでも、
(「……けど、だからこそ、私なんだわ!」)
 それでも、誰かのために、をできる自分であるようにという意思は何よりも強く。
 歯を食いしばり、拳を握り、一時でも震えを抑え込んで撃ち出す気咬弾は、電撃のブレスとぶつかり合い、打ち消して、
 散らされた電撃を貫いて、煉司の轟竜砲がドラゴンを捉える。
「時間が無い。急げ」
「ああ!」
 アラームに視線を走らせた煉司に頷いて、ヴィクトルは手元のガジェットを大型の銃に変形させる。
 銃の内部で増幅された高圧電流は、電撃となって標的へと撃ち出され、
「Vallop!! ぶちのめすぞ!」
「ええ。爆発する前に、あるべき場所へ導いてあげましょうか」
 体中を駆け巡る電流に動きを止めたドラゴンに、アムはそっと手を伸ばす。
 今は敵対している相手だけど、いつかはきっと良き隣人になれるはず。
 そうなると、彼女は信じている。
 だから、
「きっとそっちの方が皆幸せになるわ」
 生み出す幻影の竜は、ドラゴンを抱きしめるように包み込んで。
 続け、踏み込む鬼人の動きは、決して早くなく、それでいて誰にも捉えられない滑らかなもの。
 一切の無駄なく振り抜かれた鬼人の刃は、ドラゴン自身にも気づけぬほどに自然な動きで首をはねて。
「……刀の極意。その名、無拍子」
「――終わりです」
 その首が地に落ちるよりも早く、景臣の呼び出す紅炎が焼き払い、風の中へ消し去っていった。


 ドラゴンの姿が風に消え。
 ほっ、と。誰ともなく息をつく。
 同時に、戦場に最後のアラームの音が鳴り響く。
 これで、戦闘が始まってから十二分。
 自爆させることなくドラゴンを倒しきれたことに安堵しつつ、ユスティーナが姶玖亜の向かった先へと視線を向ければ、五つの巨影のうち一つが地へと落ちてゆく光景が目に映る。
「よかった……守り切れたのね」
「ええ……あちらも無事だったようですね」
 安堵の息をつくユスティーナに頷きながら、首飾りに触れた景臣が視線を向けた先でも、ドラゴンは自爆することなく倒されている。
(「何とか、無事に終われたんだな」)
 同じように、鬼人もロザリオに手を当てて、胸の中で帰りを待つ相手に無事に終われたことを伝えて、
 直後、爆発音が地面を揺らがせる。
「――! 何だ!?」
 身構え、周囲を見回すヴィクトルの視線の先で、一つだけでなく、二つ、三つと、連続して響く音が地面を揺らし。
 巻き起こる砂煙の中で、熊本城はその姿を失い崩れ去ってゆく。
「間に合わなかったの!?」
 驚愕の表情を浮かべるアムの前で、もうもうと立ち上る砂塵は熊本城の在った場所を覆い隠し。
 煙が薄れてゆくにつれて、その中に生まれた『それ』はケルベロス達の前に姿を現す。
 それは、人の二倍近い大きさを持ち、怪しい輝きを宿す宝玉。
 崩れ去った天守閣の場所に浮遊し、周囲の空間を震わせて近づくものを弾き飛ばすその宝玉こそが魔竜王の遺産。
「あれが……」
「ドラゴンオーブ、か」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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