熊本城ドラゴン決戦~凶影打滅の刃となりて

作者:宇世真

●凶影、襲来
 夕闇迫る熊本城。
 不気味な黒い影の群れが上空を横切る。否。各々鎌首を眼下に伸ばす、その軌道は――。
 降り注ぐ矢の如き、降下突撃。或いは滑空突撃。
 揺らがぬ覚悟か信念か、脇目も振らず迷いなく、侵空竜エオスポロス達は一直線に城郭へと突っ込んで行く。
 己が身命を、矢とし、槍とし、果ては爆弾として、一体、また一体――次から次へと。
 響く轟音、瓦礫が飛散する。

 そして、廃墟と化した熊本城に『何か』が姿を現した。
 恐ろしい力を秘めた『何か』が――。

●凶影打滅の刃となりて
「いよっすー。待ってたぜぇ」
 気安い佇まいは相も変わらず。
 何者にも構えないくだけた挨拶と共に背筋を伸ばした久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)は、集ったケルベロス達に、まずはと労いの言葉を向けた。
「熊本市全域でのドラゴン勢力との戦いは、ケルベロス側の勝利だ。最小限の被害で敵を撃退したぜ。やったな! ――と言いたい所だが、竜十字島から出撃したドラゴン達がすぐそこまで迫ってる。二段構えで備えてたのかもしれねぇな。奴らの目的は『熊本城』に封じられた『魔竜王を復活させる事すらできる』っつー『魔竜王の遺産の奪取』に違いねぇよ」
 魔竜王の遺産の封印は未だ破られていない。
 それは、先の戦いでグラビティ・チェインの略奪を阻止したケルベロスの活躍のおかげだと彼は笑みを浮かべて続ける。
「だが、奴ら、この封印を無理矢理こじ開けようとしてやがんだ。熊本城に特攻、自爆して自分のグラビティ・チェインを捧げるつもりらしいぜ。……っつゥ訳で、今すぐ熊本城の防衛に向かう必要がある。皆の力を貸してくれ」
 熊本の戦いに参加したケルベロス達とは現地で合流する事になる、と彼は言い添え、それから「敵の目的は2つだ」と二本の指を立てた。一方を指先で押さえつつ、
「1、『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除する事」
 次いで、もう一方を押さえる。
「2、覇空竜アストライオスと配下の四竜――廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させる事。……全うされちまったら、こちらからの手出しは至難だ」
 そうなるとドラゴン勢力の野望を喰い止める事が、実質不可能となってしまう。
 阻止するには、侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を敢行する必要があるというのである。
 強大なドラゴンとの戦い、とはいえ、敗ける訳にも行かない。
 ヘリオライダー曰く。
「まずは熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』1体と戦う事になる」
 覇空竜アストライオス配下のドラゴンで、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスを得意としている。
「そいつは熊本城突入後、自らをコギトエルゴスム化する事で、封印解除の為のグラビティ・チェインを放出する。――突入から自爆までは12分。完全阻止するにはつまり、12分経過する前に撃破しなくちゃならねぇ、ってェ事だが、大打撃を与えて自爆の効果を薄めてやりゃあ、放出されるグラビティ・チェインも減少すっから、可能な限りダメージを与え続けてやんな!」
 広げていた手を、ぐっと握り込むヘリオライダー。
 続く説明は、同時に必要となる覇空竜アストライオスと四竜への対策について、だ。
「自爆による封印解除に失敗したら、アストライオスは儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げてでも、魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとするだろう。儀式の完成前に、アストライオスか四竜を一体でも撃破できりゃあ奴らの目論みをぶっ潰せるんだが、その手前に布陣してンのが侵空竜エオスポロスの軍団でな。結局、エオスポロス共をどうにかしなきゃなんねぇ。突破の隙を作る為にもな」
 検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いながら、少数の飛行可能なケルベロスを突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する作戦が最も成功の可能性が高い事が判明したという。
「かなり危険な作戦だが、よろしく頼むぜ。ケルベロスの――皆の、力と勇気に、かかってんだ。何もかも」
 低く抑えたトーン、神妙な面持ちは保って十数秒。
 その間に、彼は斬り込む様にざっくりと口にした。
「アストライオスと四竜は連携するし、四竜はアストライオスを護る事を最優先する。突破した全戦力が1体に集中すれば、他の4体の格好の的になっちまうから、決戦の舞台に上がる時には留意しとくんだぜ。奴らの連携妨害に手数を割いたり、本命絞りつつアストライオスの方に気を散らしてやるのも、作戦としちゃアリかもな」
 そして、鼻から息を抜く笑みで、肩を竦めるのである。
「とにかくまずぶん殴るのはエオスポロスだからな、って事で」
 ――出撃の準備は良いか? と。


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●不穏の刻迫る
 肩で切る風が心なしか生温く淀んでいた。
 陽が傾き、時が近付くにつれて空気すら重く心に圧し掛かって来るかの様だ。一行は絡みつく嫌な空気を振り払う様に走り続けた。一路、熊本城へと。
「広喜!」
 先の作戦に参じていた君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)ら6名とも合流して迎撃ポイントを目指す中、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は並走する眸の天指す声に応じて加速する。
「――おう! やってやろうぜ。俺達は、盾だ」」
 空を不気味に侵食し始める無数の影。その様態は、
「まさしく、『侵空竜』――ですね」
 ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)が呟く。体長およそ12メートルの巨影は遠目にも脅威と判る。命を懸けた作戦に身を投じる侵空竜エオスポロスの軍団。実際に相手取るのはその中の一体、だが――月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)は、過った不安を頭を振って追い出した。
(「弱気になっちゃ駄目。私は私のできる事をしなくちゃ!」)
 侵空竜の壁の向こうでは、より強大な五竜が儀式を成そうと蠢いているのだろう。阻止すべく、決意の先に五竜を見据える仲間達がいる。彼らに道を開く為の戦いが、眼前に迫りつつあった。無論、侵空竜の自爆も阻止だ。思い通りにはさせまいと。
「今日もばっちり呪っちゃうぞ☆」
 最年少の狐っ娘、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)のお気楽な雰囲気が、我知らず京華の緊張を程好く解して行く。気負い過ぎない事も時には必要なのかもしれない、と筐・恭志郎(白鞘・e19690)が肩を竦める。彼自身、刺す様な空気に呑まれそうになっていたから。一方で、『呪(まじな)い』の言葉に表情を和らげるメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)姿が在った。突破に備え、何らかの思いを抱いて花飾りを左側頭部に差し直す虎鶫の翼持つ彼と、もう一人、星色の光翼を背負うラグナシセロを見遣って、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)が、ふと呟いた。
「思えば丁度一年前にも、別の城で竜達と戦ったのだったな」
 ドラゴンとの戦いは初めてではない。こうして作戦を共にするのも。
 頼もしさを感じている為か、互いに滲み出る余裕の表情、落ち着き払ったその態度。それがどれほど、若いケルベロス達の不安を和らげている事か。
「さ、勝ちに行こうか」
 メイザースがさらりと言った。
「行きましょうか」
 と、ラグナシセロが応えた。さもそれが当然であるかの如く、あたかも易く聞こえる気負いのなさである。戦友の短いやり取りにレッドレークは不敵な笑みを浮かべて、進路に向き直る。侵空竜の一体を捕捉し――。
「行けるか?!」
 位置を取りつつ、広喜が問う声。
「問題ないぞ。俺様は、外さないからな!」
 同胞に返すや否や、レッドレークは『赤熊手』を地面に叩きつけた。YIELD-FIELD:E(イールド・フィールド・エッジアース)――侵空竜めがけて地中を奔る衝撃に、合わせて奔る竜砲弾は恭志郎が放った一撃。何か説得力ある数字が見える訳でもなければ、絶対と呼べる類の代物でもない。言わばスナイパーとして在る彼の自負だ。広喜もそれを応とした。
「了解だ」
 実行し得るセンスと集中力。何より『必ず当てるのだ』という強い信念のもと、彼らは動く。それを補強する為の準備行動は仲間と共に。戦場の風を纏い、先んじて攻撃に出た男達の士気を高める祈りを捧げるラグナシセロを見ながら、広喜と眸は自らを含む前衛の超感覚覚醒を促すオウガ粒子を放出する。光り輝く粒子に包まれながら、眸のビハインド『キリノ』が先の二人に続く様に念じる動作、遠く離れた侵空竜をポルターガイストが襲う。
「京華さんの呪いは私におまかせっ!」
 支援行動も篠葉にかかれば総て『まじない』である、が名指しされた当人の心境や如何に。どぎまぎしている様でもあり、メイザースはしかし、少女の宣言にのみ応えた。
「頼もしいね。では、私は――『刻遡れ時計草、時の巡りは我が手の内に』」
 トケイソウを掌に、その掌を広喜に差し向け詠唱。時を刻む秒針の音は、彼の心身を鎮めて集中力を高めるだろう。『逆時呪「時計草」』が、時の加護を齎す。何もない空間に浮かべたオーラを全力で蹴り込む京華の身体に、彼方より篠葉が掲げる喰霊刀から染み出る魂のエネルギーが纏わり付いて行く。一瞬怖気が走った後、京華は己の心眼が目覚めた様な気がした。
 或いは、怖気の原因は、高空にあったのかもしれない。
 彼女が蹴り込んだ星形のオーラは鋭角かつ強烈に硬い外皮を抉り取り――煩わしげにエオスポロスが地上のケルベロス達をその眼に捉えた瞬間。石巖の刃で先制したレッドレークが、鼻で笑って顎をしゃくった。
「此度も俺様が同胞の元へ送ってやるぞ! 俺様達、がな!」
 賢しく進路を妨げるケルベロス達を認識すると同時に、頭部を彼らに向けて降下の挙動を見せた侵空竜が、吼える様に巨蓋を開いた。突撃降下の風圧だけで、か弱き者なら消し飛びそうな勢い殺さず、突っ込んで来る。
「ひゃ……!」
 思わず首を竦める京華。防御姿勢を取るケルベロス達の視界を灼く目映い雷光が轟音と共に迸り、棘に縛られ千々に裂かれる痛みを齎す息吹が、前列に叩き込まれた。
「……!!」
 痛烈な反撃、だが、一撃で折られる程、彼らもか弱くはない。次手に移行するべくすぐに駆け出している。誰からともなく乾いた笑いが零れはしたが。

●天雄導きて
「皆さん、大丈夫ですか?!」
「これぐらい、まだまだ余裕だぜ。絶対、壊させねえ」
 泰然と笑みを浮かべながらもどこか引き摺る様な動作で広喜が、眸に視線を向けるのを見てラグナシセロは祈る。当初の予定通り、だが、このタイミングで良かったとも思うのだ。
「――『数多の戦術を識る神々よ、我らに勝利の詩をうたい給え』」
 詠唱は初手同様に風に乗り、どこからともなく響いて来る英雄の詩に京華も痛みを掃って奮い立つ。眸ら自身も引き続き光の粒子を身に纏い、より感覚を鋭く研ぎ澄まして行く。
「ワタシはヒトの守護者。命をかけた貴様らの特攻、防がせテもらウ」
 己が傷付く事など意に介さず、侵空竜を睨みつける眸に、
(「壊させねえけどな」)
 内心で繰り返す広喜。視界の端ではレッドレークがドラゴニックハンマーの面影残すロケットランチャーを担ぎ、地獄の炎の如き竜の弾を派手にぶっ放している。その軌道を追って侵空竜に回り込み、的確に踏み込む恭志郎は、揺らめく陽炎の軌跡を残して舞う様に駆け、その身に宿したオーラで斬り込んで行く。――戒華(カイカ)。
「『手向けの華を』」
 と、呟き一つ。継続して敵の足止めに動く二人に続くは、キリノの金縛り――遠隔からの心霊攻撃再びだ。そして、メイザースや篠葉の回復支援も受けて気合十分の京華が、唸りを上げるチェーンソーで斬りかかった。傷口を抉り広げる渾身の斬撃だったが、またしても、相手に効いた様子はない。ただ、奇妙な手応えを感じて、彼女は仲間達を振り返った。刹那。鋭い風が横切り、交錯する衝撃と圧に煽られて、よろめく彼女の手を機械の腕が掬い取る。近付き過ぎた京華には見えなかったが、斬撃のお返しを貰ったらしい。
 彼女の代わりに飛び込んだ眸が。
「あ、……あ」
 京華が何も言えずに居る間にも、仲間達が脇をすり抜け、エオスポロスに向かって行く。寸前まで彼女を支えていた広喜の腕は、その場で砲撃に適した形状に変形し竜砲弾を射出。眸のビハインドと共にダメ押しの『足止め』攻撃。猛然と、ローラーダッシュから焔を纏った蹴りを放つラグナシセロとは対照的に、肉薄した恭志郎はドラゴニックハンマー『志心』を振り下ろし、生命進化の可能性を閉ざす超重の一撃――アイスエイジインパクトを見舞う。この間合いでも攻撃が通る事は、今しがた京華が証明したばかりだ。情報が即座に伝わった事に彼女は安堵した。気遣わし気に眸を見れば、
「気にすルな。これがワタシの役目」
 平然と振る舞い、彼は素早く周囲を見渡した。
「行け。援護すル」
 その言葉に背を押される様に、京華は地を蹴った。合わせて風を蹴り込むレッドレークが、彼女の行動を促し、放つ2人のフォーチュンスターが、前後して炸裂。狭間にメイザースがライトニングボルトのお返しを割り込ませるのを眺め、そのまま眸は回復補助に回り、経験の浅さ故にか行動が遅れがちな篠葉をサポート。今正に反撃のブレスに舐められた後衛の仲間達の背後に色とりどりの爆発を起こす彼を見て、篠葉が猛ダッシュで突っ込んで来る。
「んもう、人の事心配してる場合じゃないよねっ?」
「………」
「あ、みなまで言わないで。自分でも解ってるんだからっ」
 ツンツンしつつも、彼女なりに準備して臨んだであろう事はその身に受ける癒しの力から充分伝わって来る。少し背筋が涼しいのも、彼女の『呪い』の効果だろうか?

 近接攻撃も十分威力を発揮するとあらば攻撃の幅も広がるというもの。遠慮なく接近戦を仕掛けて行くのはレッドレークだ。丹切接と名の付いたエクスカリバールを握り込み、
「おらおらァ」
 狙って傷をジグザグ抉り上げるアッパーぶり。ラグナシセロはファミリアシュートで、京華はチェーンソー携え、後に続く。禍つ竜は尾を振り立てて牙を剥く。一振りで纏めて薙ぎ倒されながら、毅然と立ち上がる広喜の気迫の笑顔。
「『さあ、一緒に壊れようぜ』」
 砂利に磨かれた頬の汚れを無造作に手の甲で拭い、シンプルにして強力なコマンドを叩き付ける。ジャミング、ジャミング、ジャミング。さぞかし食いでがあるだろうこの巨躯では。その『怒り』を一身に受けるのは相当に危険だが、これも布石の一つに過ぎない。
 新たに一つ、恭志郎が侵空竜に星を刻み、眸と篠葉が引き続き仲間を回復で支える中で、不意に、鳴り響く音。
 恭志郎がリストウォッチにセットしていた、4分経過を報せるアラームだ。

 突破のリミットが迫っている。
 メイザースとラグナシセロは視線を交わし、仲間達は仕上げに動き出す。万全の状態で彼らを送り出そうという、強い思いが伝播する。相棒の負担を減らすべく、眸も動いた。エオスポロスの神経を的確に捉え貫く『眼』が光る。
「『貴様の罪を自覚させテやろう……傷が痛むたび、ワタシを想ウがいい』」
 爛れた疼痛を引き摺る痛みは怒りを増幅させる――Guilty/Scar(ギルティ・スカー)。怒りを向ける対象の分散により、ドラゴンの目が逸れる瞬間を逃さず、広喜は飛行組のキュアを図る。足元を固める換装パーツ零式を巧みに操る軽やかなステップに、舞う花弁が見えた気がする。突破の為の前段、全員の足並を揃えたら、その次は。

●さぁ行け、今がその時だ
 飛行組を除く全員が示し合わせて、其々が其々に最大威力が見込める一撃を一斉に繰り出した。否、篠葉だけは送り出す二人に回復の餞。集中攻撃が竜の動きを縫い留める一瞬。隙を捉え、まずラグナシセロが動いた。
「行きます――!」
 仲間を信じて振り返らず、一言だけを残して星色の光翼を広げ、地を蹴って高みへ抜けて行く。より早く、高く、確実に突破する為、最後の一撃は諦めた。煌めく光の軌跡を確認してメイザースも飛び立つ。二人揃って撃墜されるのを防ぐ為、別の方向へ。いざとなれば自らを囮とする覚悟もあったが、二人を送り出そうとする仲間の強い思いが作る機会を逃す手もない。そのまま後を引き受けてくれる仲間達に感謝しながら、二人はそれぞれの空を翔け上がる。ラグナシセロは廻天、メイザースは赫熱の竜を目指して。

「刀は鞘に必ず戻るもの……」
 熊本市防衛に発つ際に護り刀の鞘は自室に置いて来た。飛び立つ二人の姿に、恭志郎はふとその事を思い出した。厳しい戦いはなお続く。覚悟の上だが、願わずにはいられない。
「きっと、全員で揃って帰還しましょう」
 彼らにも届くといい。この先は、斃す為の戦いだ。
 一斉攻撃に怯んだかに見えた侵空竜は未だ健在に見えた。一撃の威力が落ちないどころか、その機動力は鋭さを増した様にすら思えて――京華はすっかり無言になっていた。二人が抜けた影響はかくも――。
「冗談。まだまだ、やれるだろ?」
 ボロボロになっても広喜は笑顔を絶やさず。無論と応じるレッドレークも似た様なものだ。残る戦力で戦線を維持するのは確かにヘヴィだが、彼らは一貫して落ち着いていた。前半に比べて極端に火力が落ちない様、毎時、一定以上のダメージを積み重ねている、筈だ。それでも敵の勢いが落ちないというのは、
「エオスポロスも、それだけ必死って事だよね。さあ、行こう皆! ……その前に、ちょこーっと背筋が涼しくなるかもだけど、ご容赦! 『有象無象の御霊よ、此処に在れ』!」
 神籬(ひもろぎ)を振る篠葉の御霊降臨之呪(ミタマコウリンノマジナイ)に、身震いしながらも不思議と体力充実する広喜の何とも言えない反応を見て、同じ不思議体験をした眸は只管無言。だが、彼女の言う事にも一理ある気もする。

 不意に、再び響いた恭志郎のアラーム音で、あれから既に6分――戦闘開始から10分が経過していた事にケルベロス達は気づいた。自爆まで、あと2分。
「そんなこと、させない――!」
 挫けそうな心を奮い立たせる京華のマインドリングから生える光の剣が唸る。
「『そこで大人しくしているが良いぞ!』」
 レッドレークの赤熊手が地を叩き、眸と広喜は『怒り』を以て攻撃を誘う。恭志郎は生命活動そのものを凍てつかせるかの如く志心を叩き付け、そんな彼らを、篠葉が回復で支える。決死の思いで仕掛けたこのターンも侵空竜は凌ぎ切った。
 そして、鎌首を擡げる挙動に――ブレスを警戒したのは一瞬――弾かれた様に、皆が一斉に動いていた。其々が、其々の最大火力で。
「『そこはまだ私の間合い! 打ち砕く!』」
 震脚を加えて放つ掌底。衝撃波が竜翼を破壊する京華の破鋼掌(ハコウショウ)を始めとする残戦力の全てを結集した全力攻撃が、侵空竜の熊本城特攻を阻止して、撃墜する――!
「よく当てたな……!」
 最後の一撃には篠葉も加わったものの彼女自身は実感が湧かなかった。
「やった、の?」
 仲間が喜んでくれているので、きっとしっかり当たったのだろう。
 良かった。と、喜びを噛み締めるのも束の間、熊本城の方から響く轟音。次々と供犠に殉じる侵空竜達を目の当たりにしても、彼らには最早どうする事も出来ない。
 爆発の衝撃、砂埃と共に吐き出される空気の圧に押される様に、後ずさる。
「熊本城が……!」
 破壊されて行く。
「ここにいては危ない。離脱するぞ……!」
 退避行動を取る彼らの背後で爆音が続き――数分後、砂煙が晴れた先、天守閣跡の空に浮かんでいたのは――禍々しい輝きを放つドラゴンオーブであった。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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