熊本城ドラゴン決戦~空に舞う

作者:天枷由良

●未だ晴れぬ未来
 夕闇迫る熊本城。
 袂にて激闘が繰り広げられたばかりのそこに、次々飛び込んでくる竜の群れ。
 なりふり構わぬ彼らは、城に突入した瞬間、爆ぜて宝石と化す。
 そうして幾度となく行われた自爆攻撃の末、破壊された熊本城の跡からは、傍目に見ても強大な力を秘めていると分かるような何かが、姿を現した。
 それが竜の元に渡れば、空恐ろしい未来を招くだろう。
 ケルベロス達は、何としてもそれを阻止せねばならない。
 だが、竜もまた、何としてもそれを手に入れようとするはずだ――。

●ヘリポートにて
「熊本市全域で行われたドラゴン勢力との戦いは、先に向かったケルベロス達の奮戦で、被害を最小限に抑えながら勝利することができたわ」
 しかし、とミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は厳しい面持ちで続ける。
「竜十字島から出撃したドラゴンの軍団が、もう間もなく熊本に到達することでしょう。これを撃退しなければ、先の戦いで上げた勝利も水泡に帰してしまうわ」
 敵の目的は『熊本城』に封じられた『魔竜王を復活させる事すらできる魔竜王の遺産』を『奪取』することで間違いない。
 大虐殺によるグラビティ・チェインの略奪は食い止められた為、まだ魔竜王の遺産の封印は破られずにいる。そしてこれをこじ開けるべく、ドラゴン軍団は熊本城に特攻、自爆することで自らのグラビティ・チェインを捧げ、遺産を解放しようと目論んでいる。
 ケルベロス達は今すぐに現地へと向かい、先の戦いに参加した仲間達と合流。熊本城の防衛を行わなければならない。
「敵の作戦は二段階。まず一つは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除する事。そして、もう一つは『覇空竜アストライオス』と配下の四竜――『廻天竜ゼピュロス』『喪亡竜エウロス』『赫熱竜ノトス』『貪食竜ボレアース』による儀式で、解放した魔竜王の遺産を竜十字島へと転移させる事よ」
 魔竜王の遺産が竜十字島に転移させられてしまえば、その後の企みを阻むことは至難となり、ドラゴン勢力の野望を食い止める事は不可能となるだろう。
 それを防ぐ為にも、ケルベロス達は『侵空竜エオスポロスを迎撃する』と同時に『儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃』を敢行する必要がある。
「まず、皆は熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』一体と戦う事になるわ」
 侵空竜エオスポロスは、覇空竜アストライオス配下のドラゴンであり、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスなどを得意としている。そして熊本城に突入した十二分後、自爆してコギトエルゴスムとなることで、遺産解放のためのグラビティ・チェインを放出する。
「これを完全に阻止する為には、十二分が経過する前にエオスポロスを撃破しなければならないわ。……ただ、仮に撃破できなかったとしても、大きなダメージを与えられれば自爆の効果が弱まり、放出されるグラビティ・チェインの量も減少して封印解除を難しくさせられるから、可能な限りダメージを与え続けられるようにするのよ」
 そしてこの戦いと同時に、儀式を行なう覇空竜アストライオスと四竜への対策も講じる。
「自爆による封印解除に失敗した場合、アストライオスは儀式を終了させた配下の四竜までも犠牲に捧げて、魔竜王の遺産を入手、竜十字島に送り届けようとするでしょう」
 そのため、儀式が完成する前にアストライオスを、或いは四竜の一体でも撃破しておく必要がある。
 だが、覇空竜アストライオスと四竜はエオスポロス軍団の背後にいる為、エオスポロスを突破しなければ戦いを挑むことすらできない。
「此方の対抗策は『侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスを突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する作戦』が最も成功確率の高いものであるとの検証結果が出ているわ。非常に危険かつ難しい戦いになるでしょうけれど、ドラゴン勢力の企みを阻むべく、全員で一丸となって作戦にあたりましょう」


参加者
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
エーゼット・セルティエ(勇気を翼にこめて・e05244)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
レミ・ライード(氷獄騎兵・e25675)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)
雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)
神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)

■リプレイ


 夕闇迫る空は数多の竜に侵されている。
 エオスポロスの群れだ。ともすれば献身と呼べる彼らの行動を止められなければ熊本城は瓦礫と化し、魔竜王の遺産は封印を解かれてしまう。
(「……そんな事、させない、です」)
 透き通った結晶の如き槍を手に、レミ・ライード(氷獄騎兵・e25675)が胸中でした決意は、熊本に立つ全てのケルベロスが等しく抱いているはずだ。
「さて、下克上と洒落込んで参ろう! おのおの方、ぬかりなく!」
 気合の入った岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)の呼びかけに、神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)が熱い視線と頷きを返す。
 同時に空からも、使命を果たさんとする竜の咆哮が轟いた。


 それは大気を震わせ、身体を揺さぶる。
 だが怖気づく者などおらず、むしろ雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)などは久方ぶりの竜狩りに心躍らせる。
「さあ、景気よく行くわよ!」
 鈍器と銃器の間の子を構えて、狙うは急降下してくるエオスポロス。
「――あったれー!」
 叫びと共に唸る砲口は、歌劇の一節にも似た美しい音を響かせ、黒雷を天に放った。
 竜が羽ばたき、その身を横に滑らせて避けようと試みる。しかし大地から遡る力は獲物を逃さず、翻った翼を穿つ。
「姉様!」
 すかさず送られた紫姫の指示に反応して、ビハインド“神苑・星良”が念を籠めたナイフの束を飛ばす。
 そして一時、空で磔となった竜にカッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が狙いを定めて。
「喰い殺せ、黒猫!」
 野蛮な願いを吐き出すと共に、漆黒の大鎌を投げつける。
 激しく回転する刃が竜の首を斬り裂いてから持ち主の元へ返ると、今度はエーゼット・セルティエ(勇気を翼にこめて・e05244)が片腕を伸ばして叫んだ。
「衣を縫う糸のように、柱を巻く蔦のように……巡れ、時空の力!」
 大翼がピタリと止まり、彫像と化したそれは地表に向かって錐揉みを始める。
「――――!!」
 刹那、また鋭い咆哮が轟き、竜は何事もなかったかのように再び急進。ケルベロスたちを睨めつけて牙剥いた。
「来るよ!」
 仲間たちに声かけながら、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)が神剣の複製品で地面に山羊座の陣を描く。そこから溢れる光は空に上っていたエーゼットとカッツェの元にまで伸び、その身に星座の守護力を宿す。
 直後、竜の口から放たれた電撃のブレスが、天と地を分け隔てなく薙いだ。
「っ……こんなものっ!」
 竜に大切な何かを奪われる痛みと比べれば、遥かに小さい。
 白波瀬・雅(サンライザー・e02440)は、半身を焼く電撃に構わず飛び蹴りを打った。
 12メートルほどはあろうかという巨体が衝撃で僅かに揺らぐ。その一瞬、電撃の奔流から脱したレミが、ヒールドローンを散りばめる。
 しかし竜の息吹は完全に止まず、さらに荒れ狂う。
「くっ……」
「エー君!」
 攻撃から逃れるため、高度を落としたエーゼットを勇華が迎え入れるようにして護った。
 地面すれすれまで降りてきたカッツェも、紫姫に庇われて難を逃れる。見ようによっては仲間を盾として“使った”ようにも取れたが、それは為すべきことを為すべく、カッツェと紫姫が揃って最善の行動を選んだだけのこと。
 此度の戦いで完全なる勝利を掴むには、対峙する侵空竜を倒すだけでなく、その奥にいる覇空竜と四竜のいずれかを討ち果たせるだけの戦力を、五体満足のまま先に進ませなくてはならない。
「そのためにも……私が全てを護り通しますの!」
 それが今日、紫姫の為すべきこと。
 紫色の光翼が背から広がり、強烈な輝きでもって己と勇華を癒やしつつ、防御力も高めていく。
「紫姫が全てを護るというなら、拙者は仇なす者全てを打ち砕いてみせよう!」
 想い人の覚悟に応えて、風太郎が真っ赤な拡声器型光線銃のトリガーを引いた。
 薄白い光が一直線に空を裂く。その冷たい輝きが竜の鱗を塗り替えた後、風太郎は間断なく“御業”を行使して、巨体を鷲掴みにする。
 さらに星良が金縛り攻撃を重ねて、敵の動きが鈍ったと見るやいなや、雅と勇華が猛然と大地を駆け抜けた。
 竜の懐で暴風のような回し蹴りが叩き込まれ、砲撃形態に変じた光の大槌が翼に零距離からの砲弾を打ち放つ。穿たれた痕からは飛沫が舞い、それに紛れて竜頭の真下に詰め寄ったカッツェは、逆刃の大鎌を横薙ぎに振ってまた一つ敵の首に傷を作り上げる。
 そこに、利香が広げた翼から激しい黒雷を放った。
 四人の猛攻にエオスポロスは鳴き――それを物ともしない堅牢さを表すかのように、片翼を振りかざす。
「――っ!」
 すぐさま飛び退くが、巨体より伸びる翼は勇華から空を奪い、その先端に生えた悍ましい爪が命を削る。
 眼前で交差させた籠手が急所への一撃こそ防いだものの、左肩から袈裟懸けに抉るような斬撃は紫光の恩恵すら剥ぎ取り、勇華は軽々と吹き飛ばされて地面を転がった。
「勇華っ!」
 堪らず声を上げたエーゼットに呼応して、ボクスドラゴン“シンシア”が駆け寄っていく。勇華にも見慣れた小竜は、失われた力を少しでも埋めようと、己の羽属性を痛々しい傷跡に降らせていく。
 それに礼を返そうとした矢先、今度は氷の棺が勇華を包んだ。
 瞬きするほどの間を挟んでから、棺は砕け散る。その破片に自らの傷と同じような亀裂を見た時、勇華の痛みを掬い取った氷片は跡形もなく消え失せた。
「立て、ます、か?」
 傍に寄っていたレミが、辿々しい口調で問う。
 それに頷いて立ち上がると、勇華は戦意漲る両眼を氷棺の造り手から竜へと移した。


 そこから二度の応酬を経た頃。エーゼットは念動力の途切れた鎖を手元に戻しつつ、カッツェと視線を交える。
 冷酷な青瞳は、その時を訴えていた。
(「……よし!」)
 傷ついた仲間たちを――果敢に盾となって戦う勇華を置いていくことは勿論気がかりであるが、しかし大切な人がいるこの地を護るためにこそ、エーゼットは征かねばならない。
 万が一に備えて一分の猶予は作っている。だが幾らか動きを鈍らせてはいるものの、未だ朽ちる気配を微塵も見せない竜を相手に、余裕など感じられるはずもない。
 チャンスは一度きり。そのつもりで竜の向こうを見据えた時、地上に残る仲間たちも血路を開くべく一斉に動き出す。
「ここはわたし達が引き受けるよ!」
 先陣切って言い放ち、勇華が手刀に闘気を纏わせながら竜の元に突撃をかけた。
「うおおおおおお!!」
 勇猛な武士のように吼え哮って地を蹴り上げ、巨体を両断せんとばかりに腕を振り下ろす。我流拳技・桜花流が奥義の一つ“気刀・八文字長義”は竜の眉間に見事打ち当たり、地割れの如き巨大な傷を作り上げた。
「――――!!」
 竜が首をもたげて悶える。見開かれたその瞳が、宙空の人影を捉える。
「ヴァルキュリア・ストラァァァイク!」
 また一際豪胆な叫びが降り注ぎ、戦乙女の鎧を纏った雅が凄まじい勢いで墜ちる。必中を期して眼を狙った一撃は僅かに逸れたが、それでも視界への注意力を奪うには十分だったろう。
「今でござる!」
「二人ともお願い!」
 空に言葉を投げた風太郎が凍結光線を撃ち、続けて利香が霊力帯びる黒刀を竜に刻まれた傷へと捩じ込む。
「姉様、私達も!」
 突破の成功率を少しでも上げ、最終的に討ち取らねばならない竜を死に近づけるためと、紫姫も懐刀を手に竜へと斬りかかり、星良はナイフを差し向ける。
 シンシアも封印箱に入って体当たりを仕掛け、ついには癒し手を担うレミまでもが、魔法のブーツに溜めた力を星型のオーラに変えて撃ち出した。
(「今だ――!」)
 ダメ押しとばかりに、エーゼットは翼が耐えられる限界まで飛び上がりながら気咬弾を放つ。猛撃を受けた竜は大きく体勢を崩し、その隙を――。
「……っ!」
 突こうとした瞬間、エーゼットの行く手を恐ろしく強烈な雷光が過ぎた。
 直撃は避けたものの、余波が身体を攫う。勢いを削がれたエーゼットは押し戻されて、突破の機会を見失う。
 そして雷光が求めていたのは、エーゼットではない。
 それが探していたのは、息を潜めて気配を消し、低空から竜の脇腹を抜けていこうとしたカッツェ。
「くそっ……!!」
 嵐のような息吹に薙ぎ払われたカッツェは何とか宙に舞い戻り、突破し損ねた苛立ちを露わにする。
 溢れる殺気を努めて押し込めたところで、竜には気取られていたのかもしれない。
 だが幾人かの仲間から発せられた“ここで突破させる”と言わんばかりの台詞や、僅かではあるが“威力より命中率を優先”した攻撃。そして肝心の突破を試みる二人が“その間際まで攻撃を行うのか、察知されないように動くのか”など、些細な食い違いは幾つか積み重なっていた。
 それがエオスポロスに狙いを悟らせ、攻勢に出たことで僅かに遅れたエーゼットを阻みつつ、カッツェにも辛うじて喰らいつくという状況を許してしまったのだろう。
「――だから何だって言うのよ!」
 にわかに立ち込めた重苦しい空気を、利香の叫びが一掃する。
「無理を通して、押し飛ばす! それが私の戦法だよ!」
「うむ! ならば次こそは!」
 もう狙いを隠す意味はない。
 ケルベロスたちは残る一分で、再度の突破を試みる。見切りを避け、繰り出せる技の中から、最も最良の結果を引き寄せるはずと思えるものを選び、竜に襲いかかっていく。
 星良の金縛りが今一度、竜の一部から自由を分捕った。それに加えて積もり積もった数多の不調をシンシアのブレスが悪化させ、震える竜に紫姫が白光の突剣を刺して熱を奪う。
 槍を構えたレミが目にも留まらぬ速さで翼から後肢までを穿てば、勇華は片脚に力と想いを籠めて蹴りを打つ。
 そうして猛攻を加える仲間たちが道を作ると信じて、エーゼットとカッツェは竜の左右に散った。
 攻撃はしない。出来ない。竜は地上への反攻を行わず、此方を睨めつけている。
 その眼を塞ぐのは、送り出す者の役目だ。利香はサキュバスの翼を広げて、そこから三度目の激しい黒雷を放つ。
 まるでオラトリオが“罪”を責め立てる為に使うような、しかし彼女らの聖なる光とは違う漆黒。それが竜の身に刻まれた“罰”の全てを掘り起こし、抉り、さらに大きなものへと変えた瞬間、敵の動きは明らかに弱まった。
「神速の拳の流星群、とくと見よ!」
 喚び寄せた紅蓮乙女の残霊と共に、風太郎が弾幕の如き拳撃を叩き込む。
 時間にして十秒。この場に立つケルベロスの中で最大の火力を風太郎が発揮した時、空に舞う二人は彼方へと力を振り絞る。
 ――行かせるか、と。竜の鳴き声が言葉になったような気がした。
「邪魔はさせるかぁッ!」
 雅の蹴りが、今度は下から上へと炸裂する。黒鎌が残した爪痕を正確に突いた一撃は、極めて短く、しかし絶対に取り返せない時間を竜から掠め取る。
「儀式を阻止して下され!」
 風太郎の大きな声に、エーゼットは全力で飛びながらも僅かに振り返った。
 一方でカッツェは、竜への殺意に突き動かされるようにひたすら進む。だが彼女が身につけた緋色のリボン――戦支度をする最中、雅に力と想いを託されたそれが一瞬ばかり煌めいたのを見て、残る者たちは必ず使命が果たされるだろうと、そう感じ取った。


「後はこいつを倒すだけだね……!」
「大変、ですが、全力、尽くす、です」
 尾を振り乱して吼えるエオスポロスを見やり、利香とレミが言葉を交わす。
「さぁ、ここからが正念場だよ!」
 気を引き締めるように呼び掛けた雅は、空をじっと眺める小竜に手を伸ばした。
 自分がいなくなった後は、仲間の指示に従え。そう主から命じられていたシンシアは雅を見つめた後、まずは雅を庇えるような位置に陣取った。
「……ここからが本当の下剋上ですね、風太郎さん」
 息を整えながら言う紫姫に、風太郎は笑みを湛えながら頷く。
 それは勝利への確信――ではなく。彼女の身に残る傷から感じた不安を悟られるようにするため。紫姫が護り通すと誓ったからには、その身を案じても下がれとは言えない。
 ならば一刻も早く竜を討ち果たす。そして生き残る。
 決意を新たに、風太郎は光線銃の引き金を引く。
 そこから伸びるフロストレーザーが直撃したのを皮切りに、六人とサーヴァント二体はエオスポロス撃破に向けて動き出す。

 ……が、しかし。
 隊列による強化を受けられない飛行状態であったとはいえ、戦いにおいて“攻め”を担っていた二人を欠いた後。それを埋めるだけの攻撃力を得られないまま、残るケルベロスたちの多くは竜の打倒よりも生き残ることへと意識を傾けてしまった。
 癒し手のレミ、元より回復を重視する紫姫に加えて、徐々に積み重なるダメージを埋めるべく、勇華とシンシアも残された時間の半分以上を回復に費やす。
 無論、そうせざるを得ないだけの攻撃がドラゴンから繰り出され、程なく小竜が露と散ったが、戦力の半数が戦線維持を務めれば、幾ら竜の状態異常を増やしたところで攻め手に欠ける。
「このまま、では」
 間に合わない。手持ちの時計を見たレミの言葉にも微かに焦りが滲み、ケルベロスたちは一転、全てを投げ売って攻勢に出る。
 だが、遅すぎた。
「――――!!」
 最後の置き土産とばかりに、竜爪が紫の光翼を穿つ。
「紫姫ッ!」
 風太郎の叫びが虚しく響く。
 心より激しい怒りは沸き立つが、それは暴走の切っ掛けになどならない。
 暴走は制御できないからこその暴走。利香のように「後少しで撃破できるなら」と発動することも叶わない。
 その箍が外れるのは、生死の境目と言うべき絶体絶命の窮地から、逃れられぬ時。
 そして十二分を過ごした竜がケルベロスの殲滅でなく、遺産解放を目的としてその身を捧げに来た戦場で、そんな窮地など、まず訪れはしない。
「諦めるものかあああああッ!!」
 未だ心に残る、竜十字島から帰らなかった仲間の姿。彼女への想いを胸に、雅が全てを懸けた乙女の一撃を放つ。
 それに引き寄せられるようにして、レミも槍を突き立てた。
 しかし彼女らを振り払って、エオスポロスは空に舞い上がる。
 お前達の望むがままにはさせぬと、高らかに吼えながら。
 そびえ立つ城へと、飛び込んでいく。
「ああっ……」
 全てを懸けても守ると誓ったのに。
 嘆く勇華の前で、他の戦場を耐え抜いた竜の同胞が次々と爆ぜた。
 名城が崩れ去る。
 砂煙の中から、怪しげに輝く秘宝が、姿を現す。
「……ここに、留まるの、危険、です」
 無念に打ちひしがれる仲間へと、レミが言った。
 秘宝の周辺には、明らかに異変が生じている。
 もう、為せることは何もない。
 ケルベロスたちは肩を貸し合いながら、後ろ髪を引かれる想いで戦場を離脱していった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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