熊本城ドラゴン決戦~暝天を穿つ牙

作者:小鳥遊彩羽

 唸る風の音。響き渡る竜の哭く声。
 夕闇が迫りつつある熊本城に、ドラゴン――侵空竜エオスポロス達が飛び込んでいく。
 侵空竜エオスポロス達は飛び込むと同時に次々に自爆して、その命を散らしていった。
 そして、ついに熊本城が破壊されて崩れ落ち、瓦礫の山となった廃墟から、恐ろしい力を秘めた『何か』が姿を現すのだった――。

●暝天を穿つ牙
 熊本市全域で行われたドラゴン勢力との戦いは、最小限の被害で敵を撃退、勝利を収めることが出来た。
 だが、竜十字島から出撃したドラゴンの軍団がすぐそこまで迫ってきていると、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はケルベロス達へ告げる。
「敵の目的は、『熊本城』に封じられた『魔竜王の遺産の奪取』に間違いない」
 ケルベロスの活躍で、ドラゴン勢力によるグラビティ・チェインの略奪を阻止することが出来た。そのため、魔竜王の遺産の封印は未だ破られてはいない。
 しかし、この封印を無理矢理破壊すべく、ドラゴンの軍団は熊本城へと特攻を仕掛け、自爆することで自らのグラビティ・チェインを捧げて封印を破ろうとしているのだという。
「皆には今すぐ熊本城に向かって、熊本市内での戦いに参加したケルベロス達と合流し、熊本城の防衛に参加してほしいんだ」
 敵の目的は二つ。一つは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除すること。
 そしてもう一つは、覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させることだ。
「魔竜王の遺産が竜十字島に転移させられてしまえば、こちらからの手出しは至難になって、ドラゴン勢力の野望を食い止めることが不可能になる」
 それを防ぐためには、侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を行う必要がある。
「強大なドラゴンとの戦いとなるだろう。でも、ここで敗北するわけにはいかない」

 トキサは真剣な眼差しでケルベロス達を見やる。
 侵空竜エオスポロスは、覇空竜アストライオス配下のドラゴンであり、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスなどを得意としているとのことだ。
「侵空竜エオスポロスは、熊本城突入の12分後に自爆してコギトエルゴスムとなることで、封印を解除するためのグラビティ・チェインを放出する。これを止めるには、12分が経過する前に撃破する必要があるんだ」
 例え撃破出来なかったとしても、大きなダメージを与えることさえ出来れば、自爆の効果が弱まりグラビティ・チェインも減少するため、可能な限りダメージを与え続けて欲しいとトキサは続けた。
 そして、儀式を行っている覇空竜アストライオスと四竜だが、覇空竜アストライオスは侵空竜エオスポロスの自爆による封印の解除に失敗した場合、儀式を終了させた配下の四竜を犠牲にしてでも魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとする。
 これを阻止するためには、儀式が完成する前に、覇空竜アストライオス、あるいは四竜の一体でも撃破する必要がある。
「けれど、覇空竜アストライオスと四竜は、侵空竜エオスポロスの軍団の背後にいる。つまり、覇空竜アストライオス及び四竜への攻撃を行うには、まず侵空竜エオスポロスを突破しなければならないということになる」

 そして検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスを突破させ、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する作戦が最も成功の可能性が高いことがわかった。
 しかし、覇空竜アストライオスと配下の四竜は互いに連携して戦うことが出来るため、突破した全戦力を一体の目標に集中させた場合は他の四竜が連携して妨害してくるので、確実に撃退されてしまうだろう。
 これを防ぐためには、本命の対象への攻撃の他、残りの四体に対しても少数での攻撃を仕掛けて連携を妨害する必要がある。
 四竜は覇空竜アストライオスを守ることを最優先にするため、ある程度の戦力でアストライオスを攻撃しつつ本命への攻撃を集中させる作戦が有効かもしれない、と言い、トキサは説明を終えた。
「非常に危険な作戦になるだろう。けれど、全ては皆の勇気と力に掛かっている。――どうか、無事で」
 帰りを待っているからと言い添えて、トキサはケルベロス達に後を託した。


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ

 夕暮れの空に、竜の咆哮が響き渡る。
「来たわ! すごい数ね」
 千手・明子(火焔の天稟・e02471)が見遣る先には、幾つもの巨大なドラゴンの影。魔竜王の遺産――ドラゴンオーブの封印を解くために熊本城へ飛び込まんとする、侵空竜エオスポロスの軍団だ。
「……あれを突破しなければ、先には進めないのですね」
 クィル・リカ(星願・e00189)が確かめるように呟くのに、アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)がああと頷き。
「リカと俺はまずここを抜けないと話にならないからな。必要以上に気負うこともないが、全力を尽くそう」
「二人が安心して行けるよう、わたくし達も気合いを入れていきますからね」
 緊迫した気配の中にあって、明子は朗らかな笑みを覗かせる。そうして作戦通り、アジサイとクィルが翼を羽ばたかせて空へと舞い上がったのを確かめてから、地上に残るケルベロス達も一斉に散開した。目指すは犇めく侵空竜エオスポロスの群れ――その一体。
 すると、接近するケルベロス達に気づいたらしいエオスポロスがこちらを向き――その直後、大きく開けられた口から迸った雷の閃光が、洗礼とばかりに飛行中の二人を含む後衛へと襲い掛かった。
 これに対し、戦いが始まる直前に自身の立ち位置に齟齬が生じていたことに気づき、クラッシャーからディフェンダーへと移ったベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705)とウイングキャット達が庇いに入る。遠距離の列攻撃とは言え、フルパワーの状態から放たれたそれは、いかに練度の高いケルベロスと言えど何度も耐えられるものではないのは明白だった。
 己に代わって雷光を浴びた猫の背にちらと目をくれて、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は自らの役目を果たすべく口を開く。
「いいか、よく狙えよ」
 黒豹ノ瞳が告げるのは、竜という大物を確実に仕留めるための『狩り』の仕方。
 全長10メートルを優に超えているだろう侵空竜エオスポロスという『壁』を、限られた時間の中で穿ち、壊すために。
 綿密に組み立てた作戦の元、ケルベロス達はまず可能な限りエンチャントを重ねて能力の底上げや耐性の強化を図った。
 そして命中の精度を数名掛かりで高めた上で、次に狙うのは侵空竜の足止めである。
「我が刃、雪の如く。――参ります」
 簾森・夜江(残月・e37211)が振るうのは、刀身に魔術を付与した氷の刃。忽ちの内に大地が冷気に覆われ侵空竜の足場を凍らせると、クィルから幻影の加護を受けたリノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)が、素早く地を蹴っていた。
 躱す隙など与えぬとばかりに、リノンは流星の煌めきと重力を纏う蹴撃を叩き込む。
 エオスポロスの巨躯に対し、ケルベロス達はあまりにも小さい。だが、ケルベロス達の攻撃が届いていることを示すように、エオスポロスが不快げに唸り声を漏らすのが聞こえた。
 やがて各自のスマホにセットされていたアラームやアプリが最初の1分が経過したことを告げた頃、白銀の騎士剣を構え、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は侵空竜エオスポロスへと高らかに告げた。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 壁が在るならば、壊すだけ。そして、その先へ。
 ケルベロス達の反撃が、始まった。

 超硬化した爪の一撃が、ベリザリオが展開させたヒールドローンを貫いて砕く。
「ブレイク持ちか、厄介だな」
 地獄の炎と共に吐き捨てるように呟くベリザリオ。だがそれも想定の内で、紙兵をばら撒くベリザリオの前に陣内がすぐさま浮遊する光の盾を具現化させる。
 クィルが掲げた雷杖から迸る光がエオスポロスを撃ち、アジサイの援護を受けて愛刀を手に斬り込んだ明子が、鍛え抜かれた技量からなる一撃を存分に見舞う。
「掴まえろ」
 リノンが自らの影を自在に操ってエオスポロスを捕らえ、そこに夜江が降る星を乗せた重い蹴りの一撃を叩き込んだ。
「少しは、効いているのでしょうか」
「手応えはあった。効いてはいるだろう」
 ふと言葉を落とした夜江に、リノンが応じる。その間にもセレナがローラーダッシュで一気に間合いを詰め、炎を纏った激しい蹴りを放っていた。
 麻痺、氷、更に重ねた足止めは、全て次からの3分と、その先の1分に繋げるため。
 エオスポロスのドラゴンたる破壊力を未だ削ぐことが出来ずにいる中、エオスポロスは咆哮を上げながら尾を勢いよく振り抜き、前衛を薙ぎ払った。
 壁になりながらも何とか堪えた陣内の翼猫と夜江の相棒、錫丸が懸命に翼を羽ばたかせて清涼なる風を導き、陣内とベリザリオも回復に専念する中、ケルベロス達は攻勢に転じる。
「どうか、そのまま、――眠って」
 ぽつりと落ちるクィルの声。刹那、永遠の眠りを願う、蒼く悲しい氷の息吹がエオスポロスを包み込んだ。
 ここを抜けることが出来るだろうかと、少しずつ高度を上げながらクィルはふと思う。けれどすぐに、微かに浮かんだ不安を払うように首を横に振って。
(「……必ず、この先へ」)
 クィルは星映す瞳を真っ直ぐに侵空竜へと向け、決意を新たにした。
 リノンは死神の黒き手と名付けられた鎌を回転させながら投げつけ、夜江は再び氷の魔術を付与した刃を振るってエオスポロスの足場を凍らせる。
「その覚悟、打ち砕きます!」
 間合いを詰めたセレナが、雷の霊力を纏わせた剣で神速の突きを繰り出した直後、敵のグラビティを中和し弱体化するエネルギー光弾が空から撃ち込まれた。
「行けるか、あきら」
「ありがとうアジサイ、バッチリよ!」
 アジサイの声ににっこり笑って応え、明子はエオスポロスへ向き直る。
 アジサイが届けてくれた二機の小型ドローンが示すのは、高速演算から導き出された敵の動きが『緩む』ポイント。
 糸のように細く光る線を辿り、明子は愛用の大脇差を手に踏み込んだ。
(「――応えなくちゃ女じゃないわ」)
 作戦を練り上げる中で、そして今この戦場に在って、皆が自分を信頼してくれているのが明子にはよくわかる。だから、
(「皆の付けてくれた傷を、めちゃくちゃに切り開いてやる」)
 射抜くような眼光と共に、明子はジグザグに変形させた刃を抉るように突き立て、深く、鋭く、そして激しく斬り刻んだ。

 硬く鋭い爪の一撃や、旋回する尾が生み出す暴風のような衝撃、そして吐き出される雷撃のブレスに翻弄されながら、ケルベロス達は更に攻撃を重ねるものの、決定的な隙を見出だせないまま5分が経過した。
 上空でドラゴンオーブ解放のための儀式を行う覇空竜アストライオス、そして配下の四竜の元へクィルとアジサイを送り出すためには、戦闘開始から6分となる今が最大にして最後の好機となる。
 これまでに付与した状態異常は、明子と夜江のジグザグによって大きく増やされた。これにより確実に攻撃が通るようになってはいるが、戦いの流れがこちらへと来ているようにはとても感じられない。
(「……行けるか、どうかな。――いや、」)
 侵空竜を見やりながら、陣内は胸中で独りごちる。無論倒れるつもりなど毛頭ないが、強大な敵を前にすれば、『もしも』の可能性はいくらでも考えられる。
 もしも、その時が来たら。真っ先に脳裏に浮かんだ赤い髪の少女を想うもそれは一瞬、口を開いたエオスポロスが、大きく息を吸い込むのが見えた。
「――来るぞ!」
 陣内が声を張り上げて注意を促すと同時に、エオスポロスが雷のブレスを吐き出した。
 狙いはやはり後衛。最も多くの者が布陣し、その中には飛行中であるクィルとアジサイもいる。二人が突破を狙っているかどうかまでエオスポロスが察していたかは定かではないものの、狙わない理由はどこにもない。
 雷光の衝撃に構えたクィルは、その前に躍り出た小さな影に目を瞠った。
 陣内の翼猫が、煌めく翡翠の翼を懸命に広げてクィルを雷撃から守っていたのだ。
「猫さん、ありがとうございます……!」
 クィルの声に、猫は力なく鳴いて応える。
 そして、エオスポロスが攻撃を終えた今こそが好機と、ケルベロス達は一斉に攻撃へと転じた。
 クィルが氷の息吹を送り、アジサイが肩に担いだバスターライフルから凍結光線を撃ち込む。夕空に煌めく氷の軌跡、それが示す先を辿るように陣内が伸ばした黒鎖がツバメの如く飛び回ってエオスポロスを締め上げ、猫も僅かに残る体力を振り絞り、尾に綻ぶ木香薔薇の輪を勢い良く飛ばした。
「余所見をしている暇などないぞ」
 僅かに痺れるような感覚を振り払い、光の翼を暴走させて空を翔けるリノン。
 全身を光の粒子に変え、エオスポロスの目を潰すべく一直線に飛び込み――閃光が爆ぜる中、ベリザリオが縛霊手で殴りかかった。
「貴様にもこの悪夢を味わわせてやる」
 拳が叩き込まれると同時、放射状に広がった網状の霊力がエオスポロスを捕縛する。
「お二人を、通させていただきます……!」
 夜江が影の如き視認困難な斬撃を繰り出すのに合わせ、錫丸も尾を飾る紐の輪を飛ばす。
 畳み掛けられる攻撃に苦しみもがくエオスポロス。するとその眼前に、閃光の如き速さでセレナが迫っていた。
「参ります! アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 自身の肉体に魔力を瞬時に巡らせることで飛躍的に高められた能力の全てを使い、セレナはエオスポロスの急所を目掛け、夜空に浮かぶ月のように冴えた渾身の一閃を繰り出す。
「心に花の種ぞある……、さあ、行ってらっしゃい、二人とも!」
 明子はひとときの餞に、癒しの力に余剰のグラビティと込めた想いをアジサイへと託し。
「ああ、行くぞリカ!」
 明子に手を挙げて応え、アジサイはクィルへと力強く告げる。
 絶望請負人として、絶望を請け負う前に。――絶望などさせぬために。
「はい、アジサイさん! ――皆さん、行ってきます!」
 クィルもしっかりと頷いて応え、そして、二人は翼を大きく広げると、一気に高度を上げていく。
 二人の姿はあっという間に見えなくなり――ケルベロス達は、改めて侵空竜エオスポロスへと向き直った。
 怒りとも焦燥ともつかぬ感情を滲ませながら、首を振り回し咆哮するエオスポロス。
 その様子を見やりながら、陣内は仲間達へと呼びかける。
「さあ、ここからが本番だ。一気に潰すぞ」

 一瞬の隙を突くことは出来たが、エオスポロスはまだ弱っているようには見えなかった。
 ドラゴンという種そのものが持つ、もともとの生命力ゆえか、それとも、死の運命に抗わんとする究極の戦闘種族としての意地か。
 翼の旋風に薙ぎ払われて陣内の猫が、そして鋭い爪に裂かれて夜江の錫丸が戦場から姿を消す。
 ただ一人の盾となったベリザリオも消耗が激しく、陣内の優れた治癒力をもってしても、最後まで立たせることは難しいだろう。
 覇空竜アストライオスと四竜の元へ二人を送り出したことで、最初は辛うじて均衡を保っていたかに見えた天秤が、次第に傾き始めていた。

 ――残り、2分。
 癒しを受けながらも立ち続けていたベリザリオが、ついに限界を迎え意識を手放した。
 しかし、侵空竜エオスポロスは満身創痍になりながらも未だ健在で、闘志を剥き出しにしながら濁った眼でケルベロス達を睨めつけている。
「少し、厳しいかしらね……」
 震える足を叱咤して、明子は唇を噛み締める。自身の手番も回復寄りで費やされており、クィルとアジサイが離脱したことで、そもそも攻撃手が不足している。
「あまり言いたくはないが、厳しいな」
 癒しの力を行使しながら、陣内も小さく声を落とした。
 時間と手数が足りない。そう思わせるには十分だった。
「いいえ、まだです……まだ、やれます!」
 白銀の星剣を構え、セレナがエオスポロスへと飛びかかる。
(「どうすれば……やはり、ここは……」)
 空の霊力を刀に纏わせ、傷口を斬り広げながら。夜江はふと思いを過ぎらせ、小さく首を振った。
 エオスポロスを倒すために暴走を選択することを、考え、覚悟していた者も少なくはなかった。
 だが、侵空竜エオスポロスの本来の目的は、ケルベロス達を絶体絶命の、生命の危機に陥らせることではなく、覇空竜アストライオスの儀式の完遂のために熊本城へ特攻し、自らの命を捧げることにある。
 ゆえにこの戦いで全滅したとしても、エオスポロスはケルベロス達に止めを刺すことなく熊本城へと向かうだけで、この状況で暴走を選択することは、出来なかった。

 そして――。
 盾を失った後衛に、雷の息吹が降り注ぎ、明子が咄嗟に声を上げた。
「たまぇさん、夜江さん!」
 リノンに比べ、サーヴァントを使役しているがゆえに耐久の劣る陣内と夜江が、善戦むなしく倒れ込む。
 それでも最後に一矢報いなければと、セレナが、明子が、そしてリノンが持ち得る中で最も威力のある技を叩き込んだが、エオスポロスが倒れることはなかった。
「これでも、倒せないのですか」
 肩を大きく上下させながら、セレナはただ一振りの剣を支えとしてなおも食い下がろうとする。
 このまま戦い続けていれば、いずれ倒すことは叶っただろう。だが、限られた時間の中で削り切るための攻撃力と時間が、あと少しだけ、足りなかった。
「……時間切れ、なんて」
 響くアラームの音に、明子が唇を噛み締める。セレナもリノンも、未だ強い光を湛えた瞳で竜を見る。
 だが、そんな彼らを最早見遣ることもなく、侵空竜はよろめきながらも、最後の力を振り絞るように傷だらけの翼を広げ、飛び立った。

 ――朱い空の下。ケルベロスという壁を超えた侵空竜達が、流星の如き勢いで次々に熊本城へと衝突、爆発し、その命を鮮やかに散らしていく。
 決して少なくはない数の侵空竜エオスポロス達の命、そしてグラビティ・チェインと引き換えに、ついに熊本城は崩れ落ち、崩壊の轟音と共に炎と煙に呑み込まれた。
 それから時間にして数分、次第に煙が晴れていく中――ケルベロス達は、『それ』を自らの目で確かめることになる。
「あれは……」
 熊本城の天守閣があったであろう場所に浮かぶ、禍々しい光を放つもの。
『それ』こそが、竜の鉤爪の台座に抱かれた宝玉――ドラゴンオーブに他ならなかった。
 同時に周囲の空間が振動を始め、何人たりとも寄せ付けぬ結界のように、熊本城があった場所を覆い尽くす。
「空間が、歪んでいるのか?」
 リノンの呟きに、明子が首を横に振る。
「いいえ、これは、……これはもっと禍々しいものだわ」
「……このまま、ここにいては危険ですね。一旦離脱しましょう」
 セレナの言葉に二人は頷き、そして、意識を失った三人を連れて脱出を図る。
「……長い戦いになるわね」
 空に浮かぶドラゴンオーブを最後に一度仰ぎ、明子は小さく呟いた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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