熊本城ドラゴン決戦～恐るべき儀式

■リプレイ

●侵空竜エオスポロス
「あそこだ、降下してくれ！」
　熊本市上空を飛行するヘリオンから、レイリア・スカーレット（鮮血の魔女・e24721）は下方を指さして声を張り上げた。
「こっちだ、こっち！」
　峰岸・雅也（ご近所ヒーロー・e13147）が、手を振っているのが見えた。
　それに応じてヘリオンが高度を下げる。それを待つ間もなく、レイリアは扉を開けて身を踊らせた。
「待たせたな」
「いや。助かったぜ。お前らが来てくれたら百人力だ。やってやるぜ！」
　と、雅也が仲間たちの肩を叩く。
「よろしくね。連戦になるけど、傷は大丈夫かい？」
　アンセルム・ビドー（蔦に鎖す・e34762）の肩に乗っている人形が、小首を傾げた。
「あぁ。心配はいらない。休息は十分だ」
「聖王女のお力は、偉大ですから」
　月詠・宝（サキュバスのウィッチドクター・e16953）と朝比奈・昴（狂信のクワイア・e44320）の言葉は、虚勢ではないようだ。
「それなら安心だね。
　……さぁ、敵もお出ましのようだよ」
　花凪・颯音（欺花の竜医・e00599）が天を見上げた。
　ヘリオンが「がんばってね」と言い残して上昇し、離脱する。それと入れ替わるようにして、ドラゴンどもの咆哮が辺りに轟き渡る。
　侵空竜エオスポロスの軍団が、熊本城に襲いかかろうとしているのだ。
「竜の不始末は、僕がしなければ……ね」
　颯音は杖を堅く握りしめ、敵群を睨む。
「よし、みんな。手はずは話したとおりだ、いいな？」
「ボクたちに与えられた時間は、およそ……１２分」
　皆に呼びかけた宝が、レイリアに視線を送る。レイリアは無言で頷いた。
　そしてアンセルムが、タイマーを掲げてみせてスイッチを押す。
「了解なのデスよ！　熊本城は、ボクたちが守るのデス！　ロックに！」
　シィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）が力強く頷いて、拳を握った。
「そのとおりだぜ、私たちが来たからにはね！」
　誰が見ているわけでもあるまいに、上里・もも（遍く照らせ・e08616）は可愛らしくウインクしてみせた。
「いくよ！」
　ももが纏うオウガメタルが発光し、粒子を辺りに放出する。
「食らうのデスッ！」
　それを浴びたシィカは１匹のエオスポロスに狙いを定めてバスターライフルを構え、引き金を引いた。
「しっかり狙ってくれ！」
　雅也の喰霊刀からは、魂のエネルギーがアンセルムへと注がれる。
「そうだね」
　アンセルムの杖が敵に向けて突きつけられると、その先端からは雷が迸った。
　エネルギー光弾と雷とが敵の体表で弾けたが……さすがはドラゴンと言うべきか。致命傷にはほど遠い。
「ち！」
　舌打ちしつつ、宝は大槌を振るう。
「魔竜王を復活させるわけには、いきません……！」
　きつく噛みしめるあまり、昴の唇からは血が流れ出る。
　その身体のワイルドスペースが大きく広がり、その『腕』を逆の手でつかんだ昴は、それを、引きちぎった。激痛で視界には火花が散ったが、
「偉大なる我らが聖譚の王女よ。その恵みを持って我を救いたまえ、彼の者を救いたまえ……！」
　熱に浮かされたように何度もその名を唱え、握りしめたワイルドスペースを敵めがけて投げる。命中したそれは敵の体内を浸食していった。
　宝の竜砲弾も、敵の急所に命中した。
　エオスポロスは体勢を崩して慌ただしく翼を動かし、着地する。
「とはいえ、素早い敵だな」
「よく狙いをつけないとね」
　レイリアと颯音とが、続けてオウガ粒子を放出した。
　着地した敵は『目障りなケルベロスども』へと怒りの目を向ける。
「オオオオッ！」
　一声咆哮をあげると、鞭のようにしなる尾を叩きつけてきた。とっさに颯音とシィカとが立ちはだかる。その一瞬のおかげで仲間たちは難を逃れることができたが、直撃を受けたふたりは吹き飛ばされた。巨木の幹に叩きつけられ、一瞬、呼吸が止まる。全身の骨が、軋む。
「さすがはドラゴンだけど……これくらいで怯んではいられないね。
　さ、行こう、ロゼ」
　颯音の身体を桃色の霧がおおった。主に撫でられたボクスドラゴン『ロゼ』は、
「きゅぴ！」
　と、愛らしく鳴いてシィカに向けて自分の属性を注入した。
「感謝するのデス」
　シィカのブラックスライムが大きく顎を開いて、エオスポロスに襲いかかる。それとほぼ同時に、上空のレイリアが蹴りを放つ。それは激しい炎を巻き起こしたが、敵は尾をしならせてそれを弾いた。
「いくぞ、昴！」
「はい」
　そこに、宝と昴とが地を蹴って飛び込んだ。流星の煌めきと重力を宿した蹴りを左右から浴び、敵はのけぞる。
　アンセルムが拳を握りしめて間合いを詰めようとしたが、
「オオオオッ！」
　敵は大きく口を開き、そこから雷の息を吐き出した。エオスポロスの前面に展開していたケルベロスたちに襲いかかり、強い痺れを覚えたアンセルムは、たまらず膝をついた。
「任せて！」
　大きく息を吸い込み、ももは生きることを罪を肯定するメッセージを朗々と歌い上げる。それに励まされ、仲間たちは痺れを忘れて立ち上がった。
「助かったぜ。これでも喰らいやがれ！」
　喰霊刀から魂のエネルギーを得て、雅也が敵に狙いをつけた。敵の動きが、見える。
　だが、敵も間合いを詰められることを看過はしない。鋭い爪が襲いかかり、雅也は肩口を引き裂かれた。それでも、雅也の足は止まらない。
　極限まで研ぎ澄まされた『達人の一撃』が、ドラゴンの鱗さえ切り裂いて、その身を抉った。
　それを突破口にと、ケルベロスたちは攻撃を叩き込んだ。そのたびに鱗が弾け飛び、血飛沫が舞って地面を濡らす。

●その瞬間まで、諦めない
　しかし、そのことでエオスポロスは怒り狂い、さらなる闘志を燃え上がらせたようだ。
「くるよッ！」
　颯音が叫んで、身を強ばらせた。
　太い尾がケルベロスたちを、そしてあたりの樹木だろうが歩道の柵だろうがをお構いなしになぎ倒し、顎をもたげては、雷の吐息でケルベロスの身を焼く。
「やられっぱなしじゃない！」
　ももがまたしても、大きく息を吸い込む。
　今度の歌は、折れても倒れても止まっても傷ついても泣いても投げ出しても。再び剣を取って立ち上がる、反骨の歌。
「おとなしく絶望したままでいられるもんか。意地があるんだよ、私たちにはな！」
　やせ我慢上等！　やせ我慢で、なにが悪いのよ？
「負けないからな！」
　と、ももはエオスポロスに人差し指を突きつけた。
　汗と血を拭い、宝とアンセルムも敵を睨む。
「手応えがない……ってわけじゃないが」
「深手を負わせた感じが、まったくしないね。しぶとい相手だよ」
「これがドラゴン、か……」
　レイリアは高度を上げ、エオスポロスを見下ろした。
　敵の注意はさほどこちらを向いてはいない。今が、好機か。
　ちらりと仲間たちを見ただけで、彼らは察してくれた。
「行くぞッ！」
　雅也が合図とばかりに声を張り上げ、刀を構えて突進する。
　宝とアンセルムの杖からは雷がほとばしり、その間に距離を詰めた颯音の拳、そして昴のワイルド化した肉体とがドラゴンを打つ。
「さぁ、お行きくださいレイリアさん！　聖王女はいつも、あなたとともにあります！」
　エオスポロスはそのときにやっと意図を察したようである。レイリアは鎖を伸ばしたが、敵はそれを振り払って、彼女を追おうと翼を広げた。
「やらせはしないのデス！」
　シィカのバスターライフルが閃光を発し、敵は思わず顔を背けた。凶悪な顎の狙いがそれる。
「行かせはしないよ」
　その死角から、アンセルムが攻性植物を伸ばした。首の付け根を深々と切り裂かれ、敵は滝のように血を流しながらたまらずよろめく。
「さぁ、こっちを見てごらん？」
　先ほどから浴びせていた雷の痺れも増して、思うように翼が動かせないようだ。
「やっと手応えが出てきたね」
「一気に叩き込め！」
　宝に言われるまでもなく、颯音も聖なる文様を描き出す。
「……じっくり味わいな」
　どこにも傷は付いていない。しかし敵は、あるはずのない痛みにのたうち回った。
「聖断せよ！」
「燃えちまいな！」
　颯音の放った破滅の光とともに、敵の懐に飛び込んだ雅也は至近距離から業火を浴びせた。
「オオオオッ！」
　敵はのたうち回りながらも空へと翼を伸ばすが、もものオルトロス『スサノオ』の剣が、それを貫いた。
　轟音とともに、大地に落下したエオスポロス。
「……武運を。私は、私の為すべきことを果たす」
　後ろ髪を引かれるような思いはあれど、レイリアは翼を広げて速度を上げた。
「……与えられた任務は、最後まで果たすのが私の流儀だからな」
「任せたぜ！」
　雅也は刀を掲げて振ったが、すでにレイリアは前だけを見て、飛ぶ。
「さて、あとはボクたちの役目だね」
　血走った目でこちらを睨みながら、敵は起きあがった。アンセルムは表情を引き締めて、敵を見据える。
「怖い怖い、そう怒るなよ？」
「あとはお前を片づけるだけだぜ！」
　ニヤリと笑った宝と雅也とが、拳を、剣を構えて敵に打ちかかった。
　が、敵は翼をはためかせて飛びあがり、拳の手応えは浅い。そして振り下ろされた刃を、鋭い牙で受け止めた。
「く……！」
　突破に成功したとはいえ、それは作戦の半分にすぎない。むしろ、レイリアを欠いた状態でこの強敵を屠らなければならないことを思えば、これからの方が厳しい戦いとなる。
「オオオオッ！」
　竜の爪が雅也を襲い、叩きつけられた尾が宝を、そしてももと昴とを吹き飛ばした。
「でかい図体の癖して、なんて速さだ」
「しっかりして」
　颯音の『サキュバスミスト』が雅也を覆う。
　宝のもとにはそのナノナノ『白いの』が駆け寄って、ハート型のバリアで主を包んだ。
「助かったぞ」
　と、宝が従者の頭を撫でる。
「まだまだ！」
　ももが顔の下で両手を握りしめて、仲間たちを励ます。
　皆が疲弊しているのはわかっている。それでも、私は歌おう。踊ろう。笑顔を見せよう。寄り添いながら。
「みんな輝けぇッ！」
　もものオウガ粒子の輝きが再び、仲間たちを癒し、活力を与えていく。
「相手だって、見た目ほど余裕はないはずです」
「そう、願いたいデス！」
　昴の杖がファミリアに変じて敵に襲いかかった。その狙いは正確無比で、敵の首の付け根に突進した。
　傷口を再び裂かれた敵はたまらず呻いて、シィカのバスターライフルから放たれた凍結光線を避け損ねたではないか。
　凍結した部分から鱗が裂け、血が吹き出た。
「当たったデス！」
　シィカが歓声を上げる。
「こっちだって、闇雲に突破を謀っていたわけではない、ってことだよ」
　抱きしめたビスクドールで口を隠したアンセルムが笑う。
「自爆よりもすてきな死に方を用意してあげよう。
　爆ぜろ、檻よ」
　エオスポロスの巨躯を覆うように、不可視の檻が取り囲んだ。爆発が立て続けに、その内部で起こる。
　受けた傷は深く、血は全身から流れ出ている。だが、それでもまだエオスポロスは倒れない。この程度で、ケルベロスを相手などに、ドラゴンたる自分が滅ぼされるはずなどない、とばかりに。
　ふたたび、竜の吐息が襲いかかる。
　再三にわたって仲間たちを庇っていた颯音は、またしても敵の前に立ちはだかる。しかし、続けて飛びかかってきた竜の顎は避けきれず、肩の肉をゴッソリと持って行かれた。
「ぐあ……！」
　ケルベロスたちの中には、いざというときの『覚悟』をしてきた者もいた。どうしても、この強敵を倒さなければならないときは……。
　宝が、ちらりと雅也を見た。いざというときは、頼む、と。
「お断りだね」
　雅也はぶっきらぼうに返事をして、口の端を持ち上げはしたが……。
「相打ち覚悟なんてのは、ロックじゃないのデス！」
　その空気を吹き飛ばしたのは、シィカの全身全霊、全力全開の歌声である。
「聞いてほしいのです、ボクの歌を！」
「絶対的な力に立ち向かうなんて、ロックンロールだね♪」
　笑う、もも。彼女もまた、反骨精神にあふれた歌で仲間たちの傷を癒していく。
　シィカと、もも。ふたりのハーモニーに背中を押され、ケルベロスたちは再び攻勢に出た。
　尾をしたたかに打ち付けられた宝も、雷の痺れが残る雅也も、仲間を信じて前に進んだ。雷を叩き込み、刃を突き立てる。

●ドラゴンオーブ
　ピピピピッ！
　何度目かのアラームが鳴った。
　残り時間は、もう少ない。
　ここに至り、満身創痍の仲間たちを横目に見ながらも、ももは攻勢に転じた。手にしたスイッチを押すと、エオスポロスの翼で立て続けに爆発が起こる。
「オオオオッ！」
　なおも咆哮をあげて尾を振り回すエオスポロス。
　敵を睨む昴の脳裏に浮かぶのは、先日の惨劇である。自身も重傷を負うほどに、雲霞のごときオークどもと戦い続けたのだ。
　しかし、救えなかった人々がいる。ドラゴンの策謀によって蹂躙された人々が。
「その命の償いを……していただきます！」
　昴が跳んだ。エオスポロスは四方からケルベロスたちの刃を、拳を浴びながらも、近づいてくる新たな脅威に対し、尾を叩きつけた。
　石畳に叩きつけられたが、それでも昴は立ち上がって、再び跳んだ。
　流星の煌めきと重力を込めた蹴りは、さながら放たれた勁矢のごとく……さんざんに傷ついたドラゴンの首を貫いた。
「やった……！」
　その呟きを漏らしたのは、誰だったか。あるいは全員か。
　エオスポロスの巨躯が力を失った屍となって、地に伏す。
　他は、他のケルベロスたちは？
「見て！」
　ももが、悲鳴のような叫び声をあげる。
　熊本城に迫る侵空竜は、たしかに数を減らしてはいた。しかしまだ、多くのドラゴンがケルベロスたちの囲みを突破し、熊本城に向けて襲いかかる。
「く……！」
　雅也が刀を握りしめ、駆け出そうとしたが。
　ピピピピッ！
「……駄目だよ、間に合わない」
　アンセルムが苦渋の表情で、頭を振った。
　アラームの音は、これほどまでに無機質だっただろうか？
　突入した侵空竜が次々と自爆していく。人ならざるモノの力に、人の力で作られた城はひとたまりもなかった。爆煙が晴れたのちには、あの勇壮たる天守はどこにもなく。
　ここからではわかりづらいが、大きさは３メートルほどだろうか。見るからに禍々しい妖気を放つオーブが、宙に浮かんでいた。
　シィカが、呆然と呟いた。
「あれが、ドラゴンオーブなのデスか……？」
「……だろうね。見ているだけで、不快な気分になってくる」
「あぁ……！」
　颯音は吐き捨て、昴は悩ましげに眉を寄せて祈った。
　その周囲の空間は振動し、空間が歪んでいるようにも見える。
　黙ってそれを見つめていた宝が、舌打ちして息を吐いた。
「これ以上、俺たちがここで出来ることはないだろう。
　……いったん、撤収だ。やれるだけのことはやった」
　城に背を向け、一行は現場を脱出した。

　ドラゴンオーブの妖しい蠢きが、新たな戦いを呼ぶ。

作者：一条もえる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年7月7日 難度：難しい 参加：8人 結果：成功！
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