熊本城ドラゴン決戦~夕闇の空を侵すもの

作者:犬塚ひなこ

●侵攻する竜達
 これは、少し未来の光景。
 夕暮れの赤い色が空に滲み、夜の帳が降りて来る。
 熊本城が夕陽に照らされる最中、侵空竜エオスポロスが次々と激しい自爆を行っていく様は異様としか言えなかった。
 侵空竜の自爆によって轟音が鳴り響き、城は見る間に破壊されていく。
 崩れ落ちた残骸が砂煙をあげる。そのとき、中心から何か禍々しいものが姿を現し始めた。誰もが息を飲み、正体不明の『それ』の気配を感じる。
 謎の気配は次第に色濃くなり、周囲に重く圧し掛かるような感覚があった。
 その正体は、果たして――。

●熊本城ドラゴン決戦
 熊本市全域で行われたドラゴン勢力との戦いは、最小限の被害で敵を撃退することができた。でも、と首を振った雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はまだ終わりではないのだと真剣な表情で語る。
「竜十字島から出撃したドラゴンの軍団が、すぐそこまで迫ってきています。敵の目的は熊本城に封じられた『魔竜王を復活させる事すらできる魔竜王の遺産の奪取』に間違いありませんです!」
 ケルベロスによってグラビティ・チェインの略奪は阻止できた為、魔竜王の遺産の封印はいまだ破られていない。しかし、この封印を無理やりこじ開けるべくドラゴンの軍団は熊本城に特攻し、自爆することで自らのグラビティ・チェインを捧げようとしている。
 このままでは封印が解放されてしまう。
「皆さま、お願いです。今すぐ熊本城に向かって現地のケルベロスの方々と合流して、熊本城の防衛に参加してくださいませ」
 そして、皆に願ったリルリカはヘリオンを発進させる準備を整えた。

 敵の目的はふたつ。
 ひとつめは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除すること。
 そして、もうひとつは覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を竜十字島に転移させること。
「もし魔竜王の遺産が竜十字島に転移させられてしまえば、こちらから手出しすることは至難になります。ドラゴン勢力の野望を食い止めることも不可能になってしまいます」
 それを防ぐ為には侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を敢行する必要がある。
 まず、行うべきは熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』一体との戦い。
 侵空竜は覇空竜アストライオス配下のドラゴンで、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスを得意としている。
 侵空竜エオスポロスは熊本城突入の十二分後に自爆してコギトエルゴスムとなることで、封印の解除の為のグラビティ・チェインを放出するらしい。
 これを完全に阻止する為には十二分が経過する前に撃破する必要がある。
 撃破ができなかった場合も、大きなダメージを与える事ができれば自爆の効果が弱まり、封印を解除する力も減少するので、可能な限りダメージを与え続けるのが鉄則だ。

 また、この戦いと同時に儀式を行なう、覇空竜と四竜への対策も必要になる。
「覇空竜は自爆による封印の解除に失敗した場合、儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げてでも魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとするはずです」
 これを阻止する為には、儀式が完成する前に覇空竜アストライオス或いは四竜の一体でも撃破する必要がある。
 しかし、覇空竜と四竜は侵空竜の軍団の背後にいる為、エオスポロスを突破しなければ戦いを挑むことはできない。
「危険な作戦ではありますが……検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスさんを突破させて、覇空竜と四竜を奇襲する作戦が成功の可能性がいちばん高いのです」
 まさに決死隊と呼ぶに相応しい非常に危険な任務だ。
 だが、全てはケルベロスの勇気と力にかかっている。リルリカは一瞬だけ心苦しそうな顔をしたが、番犬達が怯えも恐れもしないことはよく分かっていた。
 また、覇空竜アストライオスと配下の四竜は互いに連携して戦う事ができる。
 突破した全戦力を一体の目標に集中させた場合、他の四竜が連携して妨害してくる為、こちらが撃退されてしまうだろう。
 それを阻止する為には本命の攻撃の他、残りの四体に対しても少数での攻撃を仕掛けて連携を妨害する必要がある。
 四竜は覇空竜アストライオスを守ることを最優先にする為、ある程度の戦力でアストライオスを攻撃しつつ、本命の攻撃を集中させる作戦は有効かもしれない。
 説明を終えた後、未来視で見た光景を思い出して身震いしたリルリカは顔を上げる。
「リカには皆さまを送り出すことしかできません。でも……信じています! 絶対に絶対、皆様がよりよい未来を掴み取って帰ってきてくださるってことを!」
 そして――おかえりなさい、と皆に言える未来が訪れることを信じよう。
 少女の瞳は真剣に、大切な仲間達の姿を映していた。


参加者
猿・平助(申忍・e00107)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
上野・零(焼却・e05125)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)

■リプレイ

●天を仰ぐ
 遠く、遠く、遥かな空に悪しき翼竜が舞う。
 城に潜む物の封印を解かんとして集う侵空竜達。儀式を行う為に禍々しい力を発する廻天竜と喪亡竜、赫熱に貪食竜、そして――覇空竜アストライオス。
「…………」
 一陣の風がルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)の髪を揺らし、静かに吹き抜けていく。金の瞳に上空の竜達を映したルトは何も語らず、ただ拳を強く握った。
 儀式の阻止には覇空竜、もしくは四竜を倒さねばならない。だが、此方に気付いた侵空竜達がそうはさせないだろう。
 上野・零(焼却・e05125)は双眸を細め、自分達に向かってくる敵を見据えた。
「……随分と難しい状況だが……私は、私にやれる事を全力でやるだけ」
「エオスポロス、来ます……!」
 零の言葉に頷き、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)は仲間達に敵の到来を報せる。猿・平助(申忍・e00107)は蛟の名を抱く鎖鎌を手にし、身構えた。
「久々の作戦でこれはちっと重いが、やれるだけはやるかね」
「ええ、出来る限りを」
 平助に一度だけ視線を向け、アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)は雪青の瞳を瞬かせた。既に戦いは始まっている。
 飛来した侵空竜に向け、アウィスが理力を籠めた一閃を放つと同時に平助が鋭い一撃を重ねた。とにかくまずは、と平助は仲間達の方を見遣る。
 空を見上げるルト、そして御守りを小さく握り締めたネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)。二人を覇空竜達の元へ突破させることが残る者達の役目だ。
(「――この先を、切り拓く為に」)
 そっと誓うネロは気持ちをあらたにした。自ら進むのは危険で困難な道。だが、ネロとて死を選びに来たのではない。大事なもの、大切なひと、それから此処から続いていく未来を勝ち取る為にいま此処に居る。
 ネロが轟竜の砲撃を敵に向け、続いたロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)が地獄の炎弾を放った。
「自爆狙いとはね。正直こっちからすればいい迷惑なんだけど……」
「図体でかいだけのトカゲが、生意気や!」
 其処へ八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)が螺旋から成る氷縛波を解放し、エオスポロスを穿とうとする。だが、瀬理の一撃は躱され、代わりに翼竜のブレスが浴びせかけられた。
 咄嗟にロベリアがそれを肩代わりする。しかし零は竜からの一撃がかなり激しいものだと悟り、フィオも警戒を強める。
 緊張が走る最中、ルトは地に魔鎖を展開して守護陣を描いた。
「オレは……」
 何かを紡ぎかけたルトは首を振り、裡に巡る思いを押し込める。
 復讐心は消えていない。『あの日』を思い返すと胸の焔が激しく揺らいでしまう。
 けれど、あの頃の自分と今此処に立つ自分は違う。これまでに得た力と経験が己を奮い立たせてくれるものだと信じて、少年は再び空を振り仰いだ。

●空への路
 侵空竜の羽搏きが風を起こし、番犬達に襲い掛かる。
 後衛に襲い掛かった陣風は鋭く激しい。だが、アウィスへの一撃は平助が庇い、フィオは自ら風をひらりと避けた。
 反撃としてフィオは満月めいた光を己に宿し、敵との距離を詰める。
「一撃ずつ、確実に削ぎ落とす……!」
 猛獣の如き急襲で敵を穿つ最中、紅く染まったフィオの眼光が尾を引いた。仲間の一撃が敵の足止めとなったことに気付き、ロベリアは駆動剣を掲げる。
「ま、私が盾役に成る以上、仲間は守り通すよ」
 ね、イリス。とビハインドに呼び掛けたロベリアは廻る刃を叩き込んだ。
 頭巾を揺らしてこくりと頷いたイリスは仲間の守護に付きながら、金縛りの力を解き放つ。更に零が血の斬撃を重ね、ネロが虚無の魔法を撃ち込んでいった。
「……絶え間なく、翻弄しようか」
「頼むよ。ネロも力を尽くそう。せめて、彼だけでも――」
 先ず狙うのは隙を突いての上空突破。零が思いを口にするとネロも決意を瞳に宿らせた。彼と称したのは無論、ルトのことだ。
 彼は並々ならぬ思いを胸に秘めているはず。
 それが表に見えないのはきっとルトなりに未来を見据えている故なのだろう。零は少年の為にも気は抜けぬと静かに誓い、ネロも気を引き締めた。
 瀬理も気合いを入れ、手にした杭打ち機に雪さえも退く凍気を宿らせる。そして、全力の一閃で竜を穿った。
「うちも遠慮なくいくで!」
「それじゃこっちからも。……比翼よ、」
 其処へ平助が地を蹴り、アウィスに目配せを送る。その眼差しと声に応えたアウィスは上空から舞うように翔け、平助が地を駆け抜けた。
 足元と頭上、巨大な翼竜に向けられた連撃は鮮烈な光と共に突き刺さる。
 しかし、侵空竜も反撃として爪を振るった。すぐさまロベリアが狙われたネロを庇い、イリスも次の一手に備えて身構える。
 アウィスは痛みを受けたロベリアに向けてアリアの音色を紡いだ。
「この想いよ、歌よ、届いて」
 強く弱く、響く音は寄せて返す波のように幾重にも折り重なり、共鳴する。その間にルトも攻勢に入るべく、腰に携えていたジャンビーアを宙で鍵の如く回した。
「オレはその先に用があるんだ! ――燃やし尽くせ!」
 衒いも迷いもない声が凛と響き、開かれた異世界の扉から地獄の業火が迸る。ルトに宿る思いの焔は一振りの槍となり、侵空竜の脚を貫いた。
 流石の竜も悲鳴めいた声をあげ、苦しがる。
 其処に隙を見出したネロは両の爪を黒く鋭く硬化させ、一気に斬り込んだ。
「疵を付けるネロを忘れてくれるなよ」
 恣意の愛の赴く儘に、ネロは獣の如く傷跡を刻む。踊るように舞う柩の魔女が付けた傷に抉り込む形でロベリアが両手の地獄によって溶かされた黄金の剣を振るう。
「燃え滾れ私の地獄。……さあ。溶けろ、沸き立て! 切り刻め!」
 変幻自在の刃と炎の乱舞がエオスポロスを斬り裂いた。
 それでも敵は怯まず、瀬理を狙う。即座にイリスが攻撃を肩代わりすることで守ったが、その一撃はかなりの深手となった。
 零は少々の危うさを感じながらも、冷静に力を紡いでゆく。
「……さぁ、いざ至れや地獄道、黒き焔は此処に一つ」
 地獄の化身めいた黒き地獄が迸り、翼竜を包み込む。零の烈しい一閃に合わせ、瀬理もまた己の力を解放した。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から!」
 瀬理が戦うのはただ、大切な人達を護る為。虎撃は得物を狩る牙となり、鋭い衝撃となって竜を貫いた。
 其処から攻防が巡り、アウィスは懸命に傷付いた仲間を癒していく。
 生きる事の罪を肯定する音色を響かせる彼女に敵からの攻撃が向いたが、平助が決してアウィスへの攻撃を通さなかった。
 そして、平助が虚の力で敵を斬り裂いた、そのとき。
 好機の訪れを感じたルトとネロが頷きを交わす。フィオも突破のチャンスが訪れたと察し、刀を真っ直ぐに構えた。
「私は飛べないけど……私にも、やれることはある。だから、こう言います……」
 翼を広げた仲間達を見つめたフィオは力の限り、思いを言葉に変える。
「――ここは任せてください!」

●其々の戦場
 少女の声を起点として、仲間達が各々に動きはじめる。
「頼んだぜ、皆」
 ルトはフィオの言葉を頼もしく感じ、自分は独りではないと改めて実感した。
 全ては空への突破口を作る為に。先ずは零が気咬の弾を放ち、標的の翼に傷をつける。エオスポロスの気が一瞬だけ右に逸れた瞬間、零が合図を送る。
「……今だ」
 そして、それを受けたアウィスが地面を蹴った。
「突破、してみせる」
 アウィスは敢えて敵の視線が向いた方へ飛んだ。
 月銀の髪をなびかせて放つのは時空すら凍りつかせる氷弾。翼竜はアウィスを狙って爪を振るうが、彼女は突破する気など最初からない。所謂、囮の役目だ。
 その隙を見計らってルトとネロがひといきに左側へと飛翔する。
 鋭い一閃がアウィスを貫こうとするが、すかさず平助が彼女の前に飛び出した。
「させねーよ」
 彼女への一撃を代わりに受け止めた平助は、行け、とルト達に向けた言葉を送る。されど視線は向けない。エオスポロスに二人の存在を悟らせてはいけないからだ。
 瀬理も敵の気を引く為に氷縛波を放つ。
「きっちりカタつけといで!」
 仲間達に声を掛け、瀬理は敵を翻弄する形で立ちまわった。
 ロベリアもイリスに仲間の守護を強めるように願い、敵の生命力を喰らう炎弾を見舞っていく。おそらく突破に向かうルト達には強い思いがある。
 けれど、と首を横に振ったロベリアはクールに言い放った。
「生憎と、私は感傷に付き合うつもりはないし、自分の仕事を果たすだけだよ」
 それは皆を守り続けること。
 高く飛翔するネロは地上に残る仲間達を一度だけ見下ろし、武運を願った。
「ルト、此処からは別々の方向だ。健闘を祈るよ」
 結果的に僅かではあるが、共に同じ方向に飛ぶことになったルトへ声を掛けたネロは薄く笑む。それは今まで以上に危険な戦いに赴く前の景気付けのようなもの。
 それまで真剣な表情を崩さなかったルトはその意図に気付き、ほんの少しだけ表情を緩めてネロに視線を返す。
「ああ、この戦いが終わったら……また会おう!」
 その言葉は此処で命を落とす心算はない、と断言するような強いものだった。
 そしてルトは覇空竜アストライオスを、ネロは喪亡竜エウロスを目指して飛ぶ。互いの無事を、作戦の成功を願って――。
 風は異様に冷たく、身を裂くような緊迫が周囲に満ちていた。
 それでも少年達は未来を掴み取る為、その翼を大きく広げて空を往く。

 同じ頃、地上では二人の姿を見送ったフィオ達の姿があった。
 夜色の翼と竜尾をなびかせて舞う娘。隼を思わせる雄々しい翼で風を切り、宿敵に向かう少年。二人に報いる戦いをしたいと願い、フィオは視線を敵に向け直す。
「こっちはここからが、勝負……!」
「……正念場か」
 フィオが気合を入れ直し、零も己を律した。
 突破は見事に成功したが、後は残る六人で目の前の敵を撃破しなければならない。もし上空の四竜達を撃ち倒せたとしても侵空竜の自爆を阻止しなければ、作戦の完全成功とはならないのだ。
 エオスポロスは尚もアウィスを狙ってブレスを吐こうとしている。
 その度に平助とロベリア、イリスが仲間を庇おうと動くが、盾役の体力も心許なくなっているのも事実。
「少しずつ押されてるか……でもな、やられてばかりじゃねぇ!」
 平助は負けて堪るかと自分に活を入れ、比翼連撃を撃ち込むべく跳躍した。
 たとえ自分が傷付いてもアウィスが癒してくれる。彼から全幅の信頼が寄せられていると感じ、アウィスも呼応のアリアを謳う。
「――Trans carmina mei cor mei……concordia」
 痛みを癒し、力を与える加護は想いとなって戦場に響いていった。
 しかし、その間にも刻々と時間が迫っている。瀬理は虎撃で以て攻撃を続けたが、敵は未だ余力を残していることがはっきりと分かった。このままでは自爆に持ち込まれてしまうだろう。
「舐めた真似すんなや、この……トカゲ風情が!」
 妹を、友を、仲間を、護るために振るった一撃は鋭く巡る。
 ロベリアも敵の動きを阻害する為に立ち回ったが、イリスの傷が既に癒せない所まで来ていることも悟っていた。
 それでも懸命に戦うビハインドと共に、ロベリアは無慈悲な斬撃を振るう。
「……この状況は……」
 零は胸裏に浮かぶ嫌な予感を消しきれずにいたが、最後まで諦める心算などない。黒き地獄を再び放ち、零は侵空竜を貫いた。
 フィオも勝機を感じれずに焦りを覚え始めている。だが、慌てて首を振った。
「ここは任せろって約束したんだ……好きに、させるもんか……!」
 渾身の力で地面を蹴ったフィオの瞳が紅く染まる。勝利を目指し、未来の為に足掻く。その為ならばどんなに傷付いたって構わない、とその瞳は騙っていた。
 巡りゆく強い思い、胸に宿る使命、戦いへの意思。
 全てを孕んだ戦いは続いてゆく。

●歪んだ空
 幾度も竜が咆え、番犬が応戦する。
 そして――戦闘開始から十二分が経った。
 戦いの最中に皆を守り続けたイリスは既に倒れ、他の者達もかなり疲弊している。瀬戸際の状況、残った六人は最後まで敵に決定打を与えられないでいた。
「……ここまで、か」
 零は敵を倒し切れないと悟って呟く。無理もない、作戦とはいえど二人が戦線から離脱した以上、戦力低下は否めなかったのだ。
 だが、敗因はそれだけはないと瀬理は歯噛みした。
「うちがもっと頑張れてたら……!」
「そうだね、私は上手く立ち回れる可能性があったかも」
 瀬理は自分の行動において詰めの甘さを感じ、ロベリアも最善を尽くせなかったことを自覚する。仲間を守り、突破させることにおいては無駄がなかった。だが、侵空竜を倒す為の手が足りなかったのだ。
 やがて、時が訪れたと察した侵空竜は翼を広げ、当初の目的である熊本城への自爆に向かってゆく。飛び去る最中に侵空竜は此方を一瞥した。
 まるでそれは嘲笑のように見えた。
 敵を追おうにもアウィス以外は空を飛べない。あと一撃でも、と夜色の翼を広げて飛ぼうとしたアウィスだったが、平助がその腕を強く握って止めた。
「駄目だ、行くな」
「平助……」
 おそらく彼女一人が追撃しても返り討ちに遭うか、自爆に巻き込まれるだけ。平助とて敵を撃破できるのなら可能性に賭けてみたかったが、彼女の命までは天秤にかけられない。それが彼の賢明な選択だった。
 結局、ケルベロス達は自爆に向かうエオスポロスを見送ることしか出来なかった。
 侵空竜は生き残った竜達と共に城へ突撃していき――。
「……爆発が来る」
「皆さん、伏せて……!」
 零の声にフィオが反応し、仲間達も物陰に飛び込む。
 その瞬間。
 城に衝突した侵空竜が爆発を起こし、周囲に轟音が鳴り響き、砂煙が舞った。
 それから数十秒、否、数分は周囲の光景が砂に覆われていた。そして徐々に煙が晴れていくと、其処には熊本城の残骸の上に現れた怪しく輝くものが見えた。
 あれこそがドラゴンオーブなのだろう。
 天守閣があった辺りに浮かぶそれは周囲の景色を奇妙に歪ませ、何者も寄せ付けぬ空間を形成していた。
「これは……なんて、禍々しい空気……」
 フィオは思わず身体を震わせ、この世のものとは思えないと首を振る。瀬理とロベリアも言い知れぬ何かを感じ、零はこの場から離れるべきだと察した。
「……このまま此処に隠れている訳にはいかないか」
「ああ、一旦脱出だ」
 平助は頷き、先程から握ったままだったアウィスの手を引く。
 この混乱の中、離れてしまわぬように強く。それでいて優しく包み込むような平助の掌を握り返し、アウィスも撤退を決めた。それから、ふと天を仰ぐ。
「空が、歪んでる」
 夕闇の空へ飛び立ったネロは、そしてルトは事を成し遂げてくれただろうか。
 仲間の無事を願い、ケルベロス達は城を背にして駆け出した。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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