じきに陽が落ちる。宵の明星はそこに。瞬きでもすれば月が顔を出すだろう。
それは彼の城……熊本城でも、同じように行われる日々の営みだと思われていた。
けれど……。
夕焼けの足音が聞こえる熊本城へと何者かが次々と突っ込んでくる。
侵空竜エオスポロスと呼ばれるそれらは、城へと突入後自爆を幾度も、幾度も繰り返した。
一瞬に廃墟と化したその場所で、
恐ろしい力を秘めたそれが姿を現すまで……。
●
「……」
浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)は軽く片手で額を押さえるようなしぐさをした。
「良い知らせと、悪い知らせとどちらを先に聞きたい?」
誰かが応える。その答えに、この回答は性格が出るよな。と肩をすくめたところで、彼女はいつものように、
「さて。しかしそんな諸君らの回答はまったく意に介さずとりあえず最初は良いニュースを叩き付けるのが月子さん流だ。……まず」
不敵な笑みを浮かべて人差し指を立てた。
「熊本市全域で行われたドラゴン勢力との戦いは、最小限の被害で敵を撃退、勝利する事画できた。これは諸君らの努力の成果だと思う」
おめでとう、とまずは心からの祝福を。そして、
「……とはいえ気を抜いてもいられない。竜十字島から出撃したドラゴンの軍団はもはや目の前に迫っている。……彼らの目的は、『熊本城』。そこに封じられた『魔竜王を復活させる事すらできる魔竜王の遺産』の奪取と見て、間違いはないだろう」
幸いなことに、魔竜王の遺産の封印はケルベロスの活躍により維持されている。しかし、
「ドラゴンの軍団は熊本城に特攻、自爆を行い、自らのグラビティ・チェインを捧げることにより封印の開放を狙っている。故に急ぎ、熊本城に向かい熊本の戦いに参加したケルベロス達と合流。その後熊本城の防衛に参加してほしい」
なお、敵の目的は二つ。
ひとつは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除する事。
もうひとつは、覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させる事。
「魔竜王の遺産が竜十字島に転移させられてしまえば、こちらから手出しする事は至難となる。ドラゴン勢力の目的を阻止することは、事実上不可能となるだろう。だからその前に、侵空竜エオスポロスを迎撃。同時に儀式を行う、覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を行ってほしい」
いって、月子は煙草を一本取り出す。口にくわえて火をつけると、
「……まあ、言うほど易くはない仕事だな。ただ、ここで立ち止まるわけには、いかない」
段取りはいささか複雑だ。よく気をつけて聞いてくれ給え、と月子はそう言って説明を始めた。
「まずは、熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』の撃破だ」
侵空竜エオスポロスは覇空竜アストライオス配下のドラゴンである。
彼らは熊本城突入の12分後に自爆しコギトエルゴスムとなる事で、封印の解除の為のグラビティ・チェインを放出する。
故に、これを完全に阻止する為には、12分が経過する前に撃破する必要がある。
「まあ、撃破ができなかったとしても、大ダメージを与えさえすれば自爆の効果は弱まる。封印を解除する力も減少するだろうから、可能な限りダメージを与え続けることが推奨されるな」
なお、今回相手にする侵空竜エオスポロスは、詳細は不明だが火を吐くタイプであるらしいと月子は伝える。
そして、同時に儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への対策も必要となってくる。
「覇空竜アストライオスは厄介なことに失敗する可能性も考慮している。自爆による封印解除を失敗と判断すれば、配下の四竜を犠牲に捧げてでも魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に転送しようとするだろう。これを阻止するために、転送終了前に覇空竜アストライオス或いは四竜の一体でも撃破する必要がある」
ただし、覇空竜アストライオスと四竜は、侵空竜エオスポロスの軍団の背後にいる為、侵空竜エオスポロスを突破しなければ倒すことはおろか戦いを挑むことすら不可能だ。
「どうしたものかと思ったんだが、様々な検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスを突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する……。その辺が、ぎりぎり不可能を可能にできそうな点だろうな、という結論に達した」
とはいえ、危険な作戦であることは確かである。
「それと、覇空竜アストライオスと配下の四竜は連携して戦う事もできるから、突破した全戦力を一体の目標に集中させた場合ほかの四竜も集中して妨害してくるのは想像に難くない。そうなってしまえば、確実に我々の敗北が決定する……。つまり」
わずかに、月子の表情が険しくなる。
「本命の攻撃のほか、残り4体に対しても、少数の戦力でも攻撃を仕掛け、妨害を行う必要があるだろう。少数での戦いは時に危険かもしれないが、それでもやらなければならない」
一応四竜は、覇空竜アストライオスを守る事を最優先にする為、それを元に作戦を立てることは可能だろうと月子は言った後で、
「危険な任務だが、君たちの勇気を期待するよ。……なんてね。そんなご大層なことは私には言えないが」
目を閉じる。一呼吸おいて小さく頷き、
「まあ、気をつけて、一捻りしておいで。帰ってきたら美味しい酒か紅茶でもご馳走するよ」
と、話を締めくくった。
参加者 | |
---|---|
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311) |
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512) |
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168) |
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555) |
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865) |
●地・邂逅
「イリス、右だ!」
「……!」
目の前を風が奔った。イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)がルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)の声に気付いて視線を向ける。
侵空竜エオスポロスがすぐそこへ迫っていた。とっさにイリスは爆炎の魔力をこめた弾丸を叩き付けた。ルビークも黒い鎖でその身を締め上げ動きを殺そうとする。
耳障りな金切り声を上げて、侵空竜は炎も鎖もかまわずに突撃する。イリスのその腕を食いちぎろうとした……そのとき、
「一歩でいい、下がってください……!」
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)の刀が閃いた。巧みな一撃は喉へと食い込み、同時に侵空竜の牙が霧華の右肩を噛み砕く。
「はっ。どこ見てるんだよ。……こっちだ!」
飛び散る血に肉を噛む音。自分のものでなくてもついテンションが上がってしまう。それを隠すように小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)は唇を湿らせた。
半透明の御業が走る。敵を鷲づかみにすると同時に、里桜は即座に後退した。それと入れ替わるようにエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)のバスターライフルが動いた。
「……通してもらうよ」
一瞬、里桜と視線を交わす。御業の拘束が解かれる前に、エヴァンジェリンはグラビティ弱体化のエネルギー光弾を叩き付けた。
「効いてるねぇ。大丈夫だよ、このままならいけそうだからね」
ギクシャクした動きの侵空竜に視線をやりながら、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)が霧華の傷口を強引に縫う。
「痛いねぇ。痛いだろう? ちょーっとの我慢だよ?」
「い、いえ。痛みは勿論感じますが、大丈夫です」
不気味に痛いを連呼するフィーに、霧華がもう片方の腕で刀を振るいながらも応えている。
「……いける、だろうか」
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)がオウガ粒子を放出し、仲間たちの感覚を補助しながらぽつんと呟く。
愛想のない、少しだけ人と交流するのを躊躇うような、そんな性格が見え隠れするような声だった。
もう少ししたら、エヴァンジェリンとリューデはこの侵空竜を追い越して大空へと飛び上がらなければいけない。
けれども、この敵は二人が抜けて勝てるほど易い相手でもない。それは戦っていれば嫌でもわかってきていた。
「できるか、できないかではないだろうね」
信じて良いのか。探るようなその言葉に応えたのはデニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)だった。
「……やるんだ。大丈夫、必ず連れて行くよ」
影の如き一撃は回りこんで竜の背に。振り返るころには地を蹴って即座に離れる。
「……わかった」
その言葉に、リューデは少しだけ考えて、そして小さく頷いた。
侵空竜が吼える。徐々にうまく動かない己の体に苛立っているのだろうか。
口を開く。喉の奥を鳴らすような音と共に、炎が一気に吐き出された。
●地・祈り
そしてアラームがそのときがきたことを告げた。
呼吸を合わせる。リューデとエヴァンジェリンは視線を交わす。
攻撃の音にまぎれるように飛ぶ。目指すははるか上空。儀式が行われるその先で……、
「危ない!」
意図を察したのかいないのか。させじと竜も飛んだ。尾を振りその翼を折ろうと尾を振る。それを霧華とルビークが割って入って止めた。
「包囲、今です!」
怪我を押して霧華は走る。フェイントで、ルビークと共に回り込むような動きをする。
「……っ、こーの、やるねぇ! でもこんな事もあろうかと、特製薬も準備万端、ってね!」
庇いきれなかったフィーの赤い頭巾に血が乗る。それでもフィーは支援を優先して愛用の救急箱から謎の薬瓶を取り出し、エヴァンジェリンたちの周囲に撒く。謎の光が発生して、少し頭をすっきりさせる。
「ほーら、これで万全だよねぇ。まだ次がある。いけるよねぇ!」
「それは、けれど……」
いいのかと、思わずリューデは言葉を飲み込んだ。二人での突破が難しいようなら、彼はエヴァンジェリンに後を託す予定だった。
「まあまあ。そういわず。気にせず行っておいで」
それはデニスも同様だった。己の痛みも気にせず柔和に微笑む。血塗れた手を軽く挙げると、
「――立ち塞げ」
霧を纏う灰の狼が咆哮をあげながら駆けた。狼を捕らえそれを持って鎖となす。空を行く仲間を邪魔さぬように。その枷となるように。
「……思い出すねぇ」
手を動かしながら、ぽつんとフィーは呟いた。
「僕たちは4人を送り出して、そして……そのうち2人は帰っては来なかった」
今でも思い出す。そしてきっと何度も思い出すだろう。それは多分生涯において消えない彼女たちの疵だ。……だからこそ、
「最善は尽くしたつもりだよ。それでも帰ってこない人がいた。今回も最善は尽くして送り出すよ。けれどそれでも何があるかはわからない。だから……必ず、戻ってきてね?」
前を向く。霧華も頷いた。
「この身を賭して血路を開きます。けれど、私たちにできるのはそこまでです。だから……」
二人の言葉に、エヴァンジェリンも小さく頷いた。
「アタシも、皆を、守りたいから。……だからリューデ。一緒に来てよ」
いけると彼女は言った。行けると仲間たちも言った。リューデはその手を握り締めて目指すべき空の向こうをまっすぐ見る。
竜は吼える。それでもなお余力を残してそれは火を吐いた。その炎に炙られながら、里桜も跳んだ。
「ガチの勝負はいったんお預けだよ!」
戦闘狂の自分がこんなことを言うなんて。里桜はなんともいえない気持ちになる。
……ただ、大事な友人のその思いを壊さぬようにと願えるなんて。
「……っ、こ、の! そうね……、貴方の相手はこっちよ!」
イリスも同時に声を上げる。二人して竜の至近距離まで駆け上がる。煙幕弾と閃光弾を同時に投げつけた。
「どうかしら!?」
イリスが注意深くそれを観察する。しかし、見た目だけではその判断もつきにくい。効いているのかいないのか。竜は一瞬、沈黙した後、
「――!」
大きく咆哮を上げた。尾を振り上げて飛び上がろうとする彼らに襲いかかろうとする。しかし今までの攻撃の積み重ねが効いているのか、その動きが一瞬、隙ができたように止まった。
「……今だ! 行け!」
その攻撃から庇うようにルビークは跳ぶ。エヴァンジェリンとの間に割って入る。止めるように鎖が竜を再び縛り上げる。
今にも飛び立とうとしていたエヴァンジェリンは、一瞬だけ振り返った。
血に汚れる仲間たちがいた。
傷つき倒れそうになりながらも攻撃を続けようとする仲間たちがいた。
それをぎりぎりのところで踏みとどまらせようと支援を続ける仲間たちがいた。
それらを、一瞬で把握した。
「……いこう」
凛とした声で、エヴァンジェリンはそれらの全てに背を向けた。
守りたい。でもそれはできない。それが……、今、彼女が此処にいる意味だから。
「………………わかった」
リューデも、それで小さく頷いた。
その一瞬のやり取りを。ルビークはすぐ傍で聞いていた。
彼女たちからしてみれば、置いていくということになるだろうけれど。
自分たちからしてみれば、彼女たちを死地に送り出すということなのだ。
不安がないといえば嘘になる。
声をかけてやりたいに決まっている。
叶うなら……一緒に行きたいに決まっている。
……ただ、その背中で、
「……行ってこい。気をつけてな」
「行ってきます。……武運をっ」
エヴァンジェリンが羽ばたく。それにあわせてリューデも翼を羽ばたかせた。
「……」
怖くないといえばうそになる。竜と竜牙兵には個人的には少しの恐怖もある。……けれど、信頼する仲間のために、今はそれを呑もう。
口には出さず、全力で護ると心に誓い、彼も空へと飛び立った。
それ以上はかける言葉もない。かけている余裕もない。翼の音が遠ざかる。それを背中で聞くしかない。ただ一度だけ願うようにルビークは空を仰ぎ見た。
「失敗したら、ただじゃおかないわよ……!」
イリスが毒づくように、その背中に声を張り上げた。後を押すように。どこか願うような色で。それが彼女なりの精一杯の応援だった。
低く唸るような声を竜は上げる。さて。とデニスは一息つくように肩を竦めた。
計画はうまくいったが、とはいえこれで終わったわけではない。……と、いうより、これからが本番である。
「――為すべき事を、為そうか。ケルベロスとして」
呟いた声は先ほどとは雰囲気が異なっていた。ハンマーにつけた武器飾りがきらりと揺れる。
「そうだね。お楽しみはこれからだ」
里桜の言葉にフィーは肩を竦めた。
「それは良いけど、ちょっとごめん。手が回らないから手伝ってほしいねぇ」
「わかった。……そうだな、まだまだこれからだ」
ルビークは頷く。勿論彼女たちのことは心配だけれど……。以降、ひとまずはそれを忘れる。
彼らの戦いは、まだこれから始まったばかりなのだから……。
●空・邂逅
熊本城上空。
おのおのの死闘を抜けた更にその先で、覇空竜アストライオスとの戦いもまた始まっていた。
「アストライオス……」
戦いから数刻。アストライオスの攻撃を何とかしのぎ、おのおの攻撃を続けていた。ルトは名を呼ぶ。それがルトのほうを見た瞬間、一瞬、呼吸が止まった気がしたからだ。
「――」
復讐心が、ないわけではない。悔しくないわけじゃない。けれど……、
「大丈夫ですか?」
何が、とまでは言わずに笙月がマインドリングから浮遊する光の盾を具現化する。ルトを守るように展開するのを見て、ルトが大丈夫、と静かな声で頷いた。
「この命は皆を守る為に使うって、あの空に誓ったんだ」
猟犬の鎖が走る。救援を阻害するように竜の体を締め上げた。今はやれることをやるのだと、いわんばかりに。
「まだまだ、行かせるわけにはいきません! 解放―――! 輝き、戒めよ!」
レクシアが蒼い地獄を籠めた水晶石を投げる。開放した地獄は青い光となってその竜の視界を覆った。
「そうですね。大丈夫、余裕はまだたっぷりありますよ」
レクシアの言葉にシトラスが頷いた。穏やかな口ぶりでファミリアを解き放つ。顔には出さない。内心では敵の強さに気が気ではない。
「カッカッカッ! さあ、まだまだ戦いはこれからじゃ!」
ドルフィンが氷結の螺旋を放つ。アストライオスの巨体足の方向に突き刺さったそれを追いかけるように、あぽろが氷結光線を叩き付ける。
「オーブは渡さねえ……。魔竜王を復活なんざさせねぇ。来いよ覇空竜! テメェの敵はここにいるぜ!」
楔を打つように次々に攻撃が撃ち込まれる。アストライオスはひとつ翼を羽ばたかせた。それだけでも圧力を感じて、迅は顔を上げる。
「やれやれ。こいつを足止めするのは骨が折れるぜ。けど……」
言うや否や翼を羽ばたかせて迅は一気に距離をつめた。背後に回りこんで拳をその背に浴びせる。まるで小さい。途方もないように感じる攻撃に、
「そういうの、勝負師の血が騒ぐぜ!」
可笑しげに言った。その様子にアストライオスはただ厳かに、
「我が征く手を阻むというか」
言った瞬間、
空が割れたかと思った。
アストライオスが爪を凪いだ。確かに距離があったはずなのに、その一撃は飛行するケルベロスたちの体をいとも容易く引き裂いた。
「その小さき身で我に戦いを挑むというか!」
吼える。まるで空間を切り取ったかのような一撃はケルベロスたちを容易く引き裂き空に紅い血が飛び散った。
「……、大丈夫だ、まだ負けてない」
「そうだね。守護者に祝福を……! 罪人に罰を……!」
周囲が血で染まる。しかしこちらの立て直しも早い。エーゼットがオーラを溜めてネリシアに渡す。シルヴィアもまた即興の歌を歌い上げた。祝福をとささげる聖歌で、クロハの傷を見る間に癒していく。
「ありがとうだよ。ちょっとびっくりしたね」
ふわっとネリシアはワッフルの形をした何かを大量に作り出す。
「今は威力より物量と確実な効果を……生成開始(ビルド・オン)……鬆餅焼成(ワッフル・ファイアリング)っ!」
フォトンビームワッフルと名付けたそれは敵を凍結させる爆弾となって、銃弾のようにアストライオスへと降り注いだ。
凍結爆弾の雨の間を縫うようにして、クロハの地獄の炎弾が放たれる。傷は治りきってはいないが手は動かす。そもそも完璧な戦いなど望めるべくもない。
「ええ。全力を出してくれるなら、私たちだって全力を出すまでです!」
「ならば受けるがいい、小さきものよ。覇空竜の名の下に、我が行く手を遮る者たちに全力で以って応えよう!」
クロハの言葉に応えるように、アストライオスが口を開いた。その奥から目もくらむかのような光が見える。
「来るわね……! さぁ、祈って!」
銀の槍を携え、エヴァンジェリンは彗星の如く駆けた。全体を巻き込む攻撃は避けようと思っても避けれるものではない。ならば蒼の戦旗を振り翳し、毒を纏った一撃をエヴァンジェリンはアストライオスの首に叩き付ける。
同時に、アストライオスの口から雷が放たれた。雷撃は外に出た瞬間一気に弾ける。まるで天から落ちる矢のように、滝のように叩き付ける様にそれは墜ちた。
「っ。まだだ。最後の一人になっても、決して退かない!」
頭上から叩き付ける様に降る金色の雨にリューデは歯を食いしばる。痺れる。そして何より気が遠くなるほど熱い痛みがある。それでも場を維持させるしかないと、リューデは強引な傷の縫合を開始する。
「は……。最後の一人なんて悲しいだろう。なるべく皆で帰れるよう頑張ろうか――来い、「ピアリィ」!」
真琴が自身の翼で作ったカードを撃ち抜いた。召喚した水の乙女が癒しの歌を歌い上げる。
まだまだこれからだと、誰かが言った。誰もが同じことを感じて心の中で頷いた。……長い戦いになりそうだ。
●空・咆哮
最初のうちは余裕もあった。もしかしたらこのまま押し切れるのではないかという気さえした。
けれど……。
「は……っ。どうやらここまでのようじゃ。また会おうぞ!」
「そうですね。せめて一太刀、浴びせられたので良しとしましょう」
「うん。これ以上追撃されたら危ないからね!」
爪が閃くと同時にその乱暴な一撃はごっそりと仲間たちの体を抉っていた。
口では軽く言いながらも、ダメージは深刻なところまで来ている。ドルフィンとシトラス、シルヴィアが顔を見合わせ、飛行をやめて落下していく。
「悔しいが生還最優先だ。無理はなしだぜ!」
「そうだね。大丈夫、あと……少しだよ……!」
「うん、必ず皆がゼピュロスをしとめてくれる……!」
迅に促されるように、エーゼットとネリシアもその場を離れた。攻撃に曝され続けた体はもはやヒールをしても意味がないほどに消耗しきっている。これ以上戦場にとどまっても、命の危険があるだけだ。
レクシアは血で滑りかけたロッドを握りこむ。それをペットに変えて放つ。
「少しだけ惜しく思います。ほんの……少しだけ」
「生命が最優先だ。とはいえ、倍の人数で挑んでいたら勝てたかもしれないな」
真琴も凍結光線を当てて牽制しながら首を巡らせた。……まだか。そう、考えた瞬間、
咆哮が響き渡った。
「……! これは……!」
クロハが声を上げる。それはアストライオスの声ではなかった。首を巡らせる。
視界の隅で、竜がひとつ。墜落していくのが見えた。
それに、アストライオスも気が付いたのだろうか。それは一瞬、沈黙した後。
「間に合わなかったか……。間に合わなかったか! 本当に我が征く手を阻むとは!」
「……っ、気をつけて! 来ます……!」
叫ぶような声がした。同時にクロハはドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させる。足止めを狙って叩き付ける。……だが、
「良いだろう小さき者どもよ。我らにとって最大の障害よ!」
アストライオスが動く。天をも覆うかのような稲妻が弾けた。意思を持つかのように光は降り注ぎ、上空に残ったものたちを打ち据えていく。
「一体残らず磨り潰し、噛み砕き、この腹の中で我が力と為してやろうぞ!」
そして同時に動いた。爪が鳴る。
「撤退ね。逃げ――」
エヴァンジェリンの台詞は最後まで声にならなかった。
「……!」
落ちる。光の花がかたどられたブレスレットが真っ赤に染まっていた。それだけではない。右の腕も、腹も、よく見れば何かにそぎ落とされたようにごっそりとくりぬかれ……、
「エヴァンジェリン!」
リューデが庇うように前に立つ。その目でまっすぐアストライオスを見据える。
「大丈夫……。大丈夫よ。急ぎましょう」
右手に握力がない。けれども……最後まで諦めない。エヴァンジェリンの様子にあぽろがアストライオスを睨み付け手のひらを掲げた。
「目晦ましにゃもったいないが……陽の深奥を見せてやるよっ」
焼却光線をアストライオスに浴びせかける。笙月も御業を繰り出して掴みかかるようにして動きを阻害した。
「さて、どこまで効いていますのやら。……とにかく、回復は後です。なるだけ早く後退しましょう」
「ああ!」
ルトが最後までアストライオスを牽制する。アストライオスはまっすぐにこちらを見ていた。
ルトもそれを見返す。敵の真意は読めない。
勿論今回の作戦は理解している。それとは別の話で、
「……」
憎くないといえばうそになる。悔しいに決まってる。
本当は今すぐにでも飛び掛りたいに決まってる。
「く、そぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
けれどそれは。
けれどそれは!
門を開ける。中からあふれ出る業火が奔った。槍の如き一撃はアストライオスを貫きその体を貫く。しかし炎の熱が消えたとき、
「それでこそ! それでこそだ翼持つものよ! 喰らう甲斐があるというものだ!」
その身はなおも顕在だった。あまたの攻撃にさらされて尚、アストライオスは余裕を持って彼らの前に立つ。
「……、急いで、全速力で後退だぜ!」
気丈にルトが殿を勤めて声を上げている。追撃は苛烈を極めた。だが……、不意に、
「……?」
攻撃がやんだ。あれほどまでに執拗に追いすがっていた雷撃がぷつりと消えた。
「何……だ……?」
誰かが切れ切れの声を上げる。……そして、
「ふ……ははははははははは!」
咆哮のような笑い声が周囲にこだました。
音が耳を劈き、空気が震える。最初は何のことだかわからなくて。そして、
あれを、と、誰かが言った。
視線の先には、彼らの仲間たちが守っていたはずの熊本城が……、
●地・おかえり、を
「みんな、下がるんだっ」
デニスがかけた声は一瞬、遅かった。前を駆けていた三人を炎が周囲を包み込む。
「……!」
イリスが思わず息を呑んだ。叫びそうになるのを一瞬で堪える。炎の向こう側から、
「いやまって、これはちょっと恥ずかしいねぇ……!」
「失礼しました。すぐ、降ろします」
里桜を庇うように抱えた霧華が炎を破って竜へと肉薄し一太刀浴びせる。
「ありがとう。大丈夫だ。照れているだけだろうだから」
「それ、大丈夫かどうかは私が決めるものだと思うよ」
ルビークの冗談か本気かわからぬ口調に、里桜が軽く頬を膨らませるような仕草をしてみた。手を離されると、ありがとうと里桜は言う。……それ以外言葉がない。仲間の盾となり続けていた二人は、もう限界が近かった。
「お前達がいなければ誰かが泣かない。誰かが生きられる。その罪を知らぬとしても、その血がお前自身を縛るんだ。……血よ、告白せよ」
けれどもそれが役割だといわんばかりに、ルビークも詠唱を続ける。流れる竜の血が本人自身へと向かう中、もう限界だと自分たちも感じていた。
「も……もう! みんな、何をじゃれてるの! 心配して損したじゃない。さっさと手を動かしなさい! 配下のトカゲごときに負けたんじゃ、先に行った人達に笑われるわ」
もはや立っているだけの二人に、イリスが怒ったような声を上げる。その声がかすかに震えていて、強がりだということが自分にでさえ明らかで、
「と、とにかく、怪我したならすっこんでいることね! 総攻撃の時間だけれど……、こんな敵、私一人でだって充分よ」
苛立ちをぶつけるように茨型の攻性植物を走らせた。アラームが自爆を警戒する時間を示している。逃すものか。させるものかと揺り籠のように喰らい付いた攻性植物は、デウスエクスを侵食する猛毒を流し込みます。
「ああ。私たちって……私たちって、なんて馬鹿なのかしらね!」
「ばか?」
そのいい様にデニスが軽く噴出した。
「馬鹿か。ばかかなぁ。バカかもしれないねぇ」
思わずフィーも笑っている。デニスも頷いた。
「そうか。そろそろ自爆の時間だね。……大丈夫。敵も弱っているから、全力で行けば必ず倒せる」
古代語の詠唱と共に石化させる魔法の光線を放つ。愛する娘の姿が頭をよぎる。
矛盾した話だ。愛する人がいて。愛してくれる人がいて。守るために、傷つかないために、戦いへと赴き、その背中を見送るのだから。
「そーゆーこと。だから悪いけど、痛い人はちょっと我慢してねぇ。悪いけれどここからは、倒れるまで前に進むしかないんだからねぇ!」
「望むところだよ。絶対自爆なんてさせない」
フィーがオーラの弾丸を撃ち込んだ。里桜もバールを投げつける。
もはや竜のほうも身は裂け、傷だらけでようやく動いているという状態であった。それでも果たすべき使命を諦めてはいない。
「――――!」
吼えた。吼える声と共にその尾が大きく凪がれた。
「っ、ぁ……!」
「あ……っ!」
「大丈夫、だ……! あと少し……頼んだ」
「ええ。どうか、よろしくお願いします……!」
霧華とルビークが地に叩き付けられる。思わず声を上げるイリスにルビークが声を上げて霧華も頷いた。どうか最後まで抗い続けてほしいと。
「わかったよ。なに、大丈夫さ。……間違いなく、倒せる」
冷静に。けれどもどこか余裕のある飄々とした口ぶりで。デニスはユミルの枷を解き放つ。竜に食らいつ狼に、
「そのとーり。これならいけるねぇ! 帰ってきたときちゃーんとむかえてあげなきゃいけないからねぇ。そのためにも、きちんと終わらせるよ」
「そうね。じゃあ遠慮しないわ。まあ、最初から遠慮なんてしてないけど!」
フィーのオーラの弾丸が。イリスのガトリングガンが竜へと打ち込まれる。それでもそれはよろめくように動き出そうとした。もはや彼らのことを見てはいない。目標は熊本城だ。……だが、
「そうだね。きちんと胸をはって迎えてあげたいから……」
その前に里桜が動く。多数の緋色の符を空中にばら撒く。符は一枚一枚がマスケット銃となり、彼女の周囲に突き刺さった。
「ま・しぇりみたいに上手くないケド……下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってね!」
撃つ。ひとつを手に撃つ。撃てば次のものを手にして再び撃つ。銃の数はすさまじく。故に降り注ぐ炎も限りなく凄まじかった。見よう見まねの銃技で当たるまで撃ち尽くされたその炎は、どれが当たったのかはわからない。
流が吼えた。しかしその声には最初ほどの威力はない。どれが同当たっているのかはわからないけれども、数限りない攻撃にさらされて、やがてその声も小さくなり……消えていった。
●未来の行方
「やった……か?」
もはや動くこともできないルビークが、わずかに状態を起こして呟いた。里桜が小さく頷く。
「ほんと、お疲れ様だね。これで一息……」
爆音が聞こえて、地がゆれた気がした。
「……! 皆さん……!」
「違う、これは……!」
霧華が思わず手を伸ばし、デニスがさすがに驚いたような声を上げる。
彼らは自爆を止められたが、止められないところもあった。攻撃を受け、熊本城が今、彼らの目の前で崩れ去った。
砂煙が舞い上がる。視界がさえぎられる。晴れるまでは数分を要した。そして……、
「……なんだろうねぇ、あれ……」
フィーが愛用の救急箱を取り出しながらもそれを見上げる。
熊本城の天守閣があった場所には、3メートルほどの巨大な何かが浮き上がっていた。
「解らないわね。けど……」
イリスが唇を噛む。尋常でない、危険なものであるのはひと目で解る。
新たな戦いの気配を感じ、皆一様に天を仰ぐ。
儀式は中断された。しかし、戦いはそれで終わったわけではないのだ……。
「やはりあったのか。……あったというのか、ドラゴンオーブよ!」
上空でアストライオスは低く喉を鳴らせる。その声は歓喜に震えているようであった。
「覇空竜アストライオスが命ずる。このまま作戦を継続し、ドラゴンオーブを奪取せよ!」
もはやケルベロスたちを追うことはしない。仲間に檄を飛ばし覇空竜は再び作戦を開始する。
「厳しい戦いになるかもしれぬ。更なる犠牲を生むだろう。だが……おのおの心せよ。勝つのは、我々だ!」
作者:ふじもりみきや |
重傷:西条・霧華(幻想のリナリア・e00311) ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512) エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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