熊本城ドラゴン決戦～決死の大攻勢

■リプレイ

●侵空竜エオスポロス
　熊本城は決戦の時を迎えていた。
「ドラゴンによる自爆特攻ですか。さすがに見過ごすわけにはいきませんね」
　ラーズグリーズ・クラテンシュタイン（癒しの姫医師・e25214）は凛々しく上空を仰いだ。
「ここは大地も空も守ってみせますよ」
　ケルベロス達が見上げる空には、数多のドラゴンの影が集結しつつあった。
　レーグル・ノルベルト（ダーヴィド・e00079）は相棒の長い髪を結わえてやると、短く声をかけた。
「できたぞ」
「おう、ありがとよ」
　藤波・雨祈（雲遊萍寄・e01612）は自身の黒髪がきちんと結わえられている感触を確かめると、静かに戦意と集中を高めていく。
　ドラゴンの軍団が熊本城へと降下してくる。
　うち一体、身を細めて凄まじい勢いで急降下した個体は、城外に布陣するケルベロス達の頭上で一気に黒い翼を展開し、急停止をかけた。激しい風圧と咆哮が、ケルベロス達を圧倒する。
　侵空竜エオスポロス。ギラつくその双眼には、自爆と儀式を邪魔する最悪の要素を排除せんとする、明確な殺意が宿っている。
「遥か格上だからって負の連鎖を止めるためなら退けるわけないでしょう」
　圧倒的な存在感をもってして威嚇してくる侵空竜に、しかしプルミエ・ミセルコルディア（フォーマットバグ・e18010）は一切怖じず、無機質に言い放った。
「見過ごせば起こる惨劇があるのなら何があっても送るし、殺して見せますよ」
　侵空竜の瞳が剣呑に細められる。
　かと思えば、翼の皮膜が上昇気流を一瞬にして捉えると、黒い肢体が瞬く間に中空まで舞い上がり、鋭い弧を描いてケルベロス達の頭上へと再び急降下した。
　襲い来る突撃。その軌道に、イェロ・カナン（赫・e00116）は自ら飛び込んだ。風圧を引き連れて激突してくる、１２メートルに及ぶ巨体を受け止め、足を踏ん張り、歯を食いしばって耐え……それでも受け止めきれずに後方へと吹き飛ばされる。
　肩で息をつきながら、イェロは一度だけ、戦場の空に耳をすませた。
（「……繋がってるって、信じてる」）
　各々の戦いを想えば、出来ることを出来る限り、やり抜くのみ。
　その勇姿は、ゼラニウム・シュミット（決意の華・e24975）を奮い立たせる。
（「護りは皆さんを信じて……私は私のやるべき事を！」）
　いつもは身に着けている小楯は、今は左手にないけれど、不安は感じない。右手の杖を両手で構え、全ての魔力を攻撃に注ぐのだ。
「簡単に、抜けられると思わないことだわ……寄り集まった人間は、強いのよ」
　ルベウス・アルマンド（紅い宝石の魔術師・e27820）は構える鎖を輝かせる。
「さぁ！　ここからがわたし達のステージだよっ！」
　空中で翼を広げ、溌溂とした声を張り上げるシルヴィア・アストレイア（祝福の歌姫・e24410）の姿が、煌めくオウガ粒子の輝きに照らし出された。

●託された翼
　縛霊手の祭壇から大量散布される紙兵が、ケルベロスチェインにより描かれた魔法陣の輝きが、オウガメタルの放出する光輝く粒子が、ケルベロスの陣営を満たしていく。
「顔を上げて、前だけを見ておいで」
　その眸が硝子玉ではないことを証明して。イェロの短い呟きが、仲間たちの瞳に力を与えていく。
　速やかに整っていく陣営。強化を得て、雨祈は左手の親指の腹を犬歯で噛み切った。溢れ出た血を、己の影へとぱたりと落とす。
「絡め取れ、影法師」
　波紋の如く波打つ影は、地を這い竜へと延び迫り、侵食しながら締め上げた。
　動きを鈍らせた竜へ、ゼラニウムが圧縮したエクトプラズムの霊弾を飛ばし、プルミエは流星煌めく蹴撃を浴びせて、敵の機動力をさらに削いでいく。
　侵空竜エオスポロスは甲高く吼えた。体を大きく振り乱し、絡みつく影を引きちぎると、首を大きく逸らして胸を膨らませる。
「――！　ブレス、きます」
　つぶさに敵のしぐさを観察していたプルミエが、短い警告を発した。
　その瞬間、勢いよく吐きつけられたブレスは激しい雷撃となって、空を飛ぶ二人を含む後衛を打ち据えた。いかずちが広範囲に爆ぜ、とてつもない衝撃と痺れが広がっていく。
「っ……、やってくれるな……！」
　レーグルは翼を羽ばたかせて、全身を這う痺れをねじ伏せ、地獄の炎弾で竜の生命力を喰らった。
「私の歌を聴けーっ！ってね♪」
　歌はアイドルたるシルヴィアの武器の一つ。立ち止まらず戦い続ける者たちの歌が、仲間を癒し奮起させていく。
「聖なる癒しの輝きよ、目となりて敵を穿つ力となれ」
　ひたすら仲間の強化に勤しむラーズグリーズ。オウガ粒子の輝きが、後衛の超感覚をさらに覚醒させていく。
　イェロと雨祈はお返しとばかりに稲妻ほとばしる超高速の突きを仕掛け、プルミエはドリルのように回転する腕で敵の防護を斬り裂き、ゼラニウムはメイスモードのクリスタル・ウィルで、敵の頭にフルスイングをぶち当てた。
　ケルベロス達は戦線の強化と敵の弱体化を順調にこなしていった。尖兵とはいえ、エオスポロスは強敵だが、八人の連携で対すれば十分に対抗しうる手応えがあった。
　……が、この先はそうもいかない。
　戦闘開始から五巡目を迎えたその時、戦いに没頭する戦場の中心に、アラーム音が鳴り響いた。
「時間だっ！」
　武器を打ち鳴らし、大声で知らせるイェロ。
「さて、そろそろ本腰を入れましょうか」
　ゼラニウムも雷光と雷鳴を放ち、周囲の仲間たちに時が来たことを周知した。
　ケルベロスの様子が変化したことに、警戒を高めるエオスポロス。
　その瞬間、後衛に控えていたルベウスが、それまでしまい込んでいた血飛沫の如く赤い翼を広げ、今にも飛び立たんと大きく羽ばたいた。
　エオスポロスの全身に、戦線を突破される危機感が駆け抜けた。一息で身を翻し、地上にいるルベウスへと突進を仕掛けようとする。
　それを見逃すケルベロス達ではない。
「――今だ！」
「いっくよーっ！」
　翼はためかせ空を駆けたのは、ルベウスではなく、すでに飛行状態にあったレーグルとシルヴィアだった。
　事態に気付き、慌てて態勢を立て直し対応しようとするエオスポロスを、地上に残ったケルベロス達の総攻撃が襲う。
「行かせるか――！」
　なんとしても相棒を先へ送り出そうと、雨祈は正面から突っ込んだ。正確かつ強烈な斬撃が、竜の堅牢な鱗の装甲を突き破り、悲鳴じみた咆哮を上げさせた。
　イェロの超高速の突きが、ラーズグリーズの輝く突撃が、ルベウスのルイン・アッサルが、竜をその場に釘付けにし、そこに示し合わせて飛び出したゼラニウムとプルミエが続いた。
「忌み嫌われし呪いの術にて私は望む……生への渇望を否定し、『核』より蝕む『瘴気』と成れ！」
　尋常ならざる集中と精度をもってゼラニウムが放つ衝撃と毒素は、エオスポロスの左目を強烈に打ち据える。
「あなたは私です。……私は……“あなた”ですよ」
　逆側に回ったプルミエは、【非同期実行】によって敵の右目を侵食した。
　吼え猛り、空中で悶えるエオスポロスの両脇を、レーグルとシルヴィアが高速ですり抜け、さらなる高みを目指す。
「行かせてもらう……！」
「みんなー！　ありがとーっ！」
　仲間への信頼に報いるためにも、必ず結果を出す。
　決意を宿して、皮膜の翼と光の翼は次の戦場へと飛び去った。
　痛めつけられた両眼を、エオスポロスは憎々しげに見開いた。その視線がそれまで以上の殺意を持って睨み据えるのは、地に足をつけたまま、胸の赤い宝石を魔術の余韻に淡く光らせる少女。
「もう少しだけ……付き合ってもらうわ……」
　見事ドラゴンを謀ってみせたルベウスは、強敵と対峙する恐怖を努めて封じながら、決然と告げた。

●死闘
　戦線を突破した二人の姿は、瞬く間に空の彼方。
　侵空竜エオスポロスは賢明にも、いたずらに追撃をかけようとはしなかった。
　目の前のケルベロスを排除し、本来の使命を果たす――それはもはや揺るぎない信念となって、竜の眼をギラギラと輝かせている。してやられた悔しさは捨てて、強化の穴となっているラーズグリーズへと冷静に狙いを定め、急降下からの突撃を繰り出した。
「――白縹！」
　イェロの声に、ツンと澄ました硝子のボクスドラゴンは、やたらと嫌そうな雰囲気を発しながらも、冷静に我が身を突進の軌道に割り込ませた。弾き飛ばされつつ己に治癒を施しながら、エオスポロスを見返す視線には複雑な色がある。
「聖なる癒しの鎖よ、盾となりて友を守れ」
　ラーズグリーズは一貫して、仲間の強化に力を注いだ。地面に描き出された魔法陣が、前衛に立つ仲間たちを守護していく。
「やはりこの程度で目は潰れてくれませんか。ならば畳みかけるのみ！」
　ゼラニウムは巧みにクリスタル・ウィルのモードを使い分け、敵の状態異常の増殖に心血を注いでいく。
「よう、出し抜かれた気分はどうよ？」
　挑発めいた軽口で注意を引き付けつつ、エクスカリバールを投げつける雨祈。その手応えは、これまでのグラビティと合わせて、敵が確たる弱点を持たないことを伝えてくる。地道に攻撃を続けていくしかないだろう。
「急所はそこですか」
　プルミエは電光石火で竜の懐に飛び込み、仲間の攻撃によって鱗の剥げかけた部分に、無表情のまま鋭い蹴りを叩き込む。
　残った六人は死力を尽くした。しかし初めの戦力から二人を欠いた穴は、決して小さくない。
　鋭い爪がラーズグリーズを引き裂く。強烈な激痛を、しかしラーズグリーズは無視して、ひたすらに仲間に加護を振りまき続けた。
「あと少し……っ、戦線を保たなければ……！」
　ルベウスは酷使した宝石が熱を帯び始めたのを感じ、軽く胸を抑えた。
（「熱い……」）
　だが手を止めるわけにはいかない。治癒と鎖を巧みに使い分け、エオスポロスの前に立ちはだかり続ける。
　激戦が心身を削いでいく。戦いに没頭するケルベロス達は時間も忘れ、ただひたすら、敵へとグラビティを集中していく……。
　竜がブレスを吐いた。雷撃が前衛を打ち据え、視界をまばゆく閉ざす。
　――激しい雷鳴のさなか、二度目のアラームが鳴り響き、ケルベロス達ははっと顔を上げた。
「時間がない……これが最後のチャンスだッ！　行くぜ！！」
　イェロは武具を打ち鳴らすや、一直線にエオスポロスの頭上へと躍り出、ありったけのグラビティを込めた蹴撃で強襲した。
「自爆という行動……とても気に食わないですね」
　ロッドモードのクリスタル・ウィルに魔力を滾らせ、瘴気を巻き起こすゼラニウム。
　総攻撃が開始された。回復も防御も放り捨て、全員が全身全霊の攻撃を敵へ叩き込んでいく。
「行きます――！」
　光の粒子に変えた全身で飛翔するラーズグリーズ。突撃は深々と突き刺さる――が、エオスポロスは押し込まれた反動を利用して素早く身を反転し、舞い上がった。
　気流を巻き込んでの急降下突撃が、ラーズグリーズの肉体を強烈に痛めつけ、吹き飛ばした。
　突撃直後の硬直を、プルミエの手が捉える。
「……捕まえた」
　バリン……ッ。
　片翼の皮膜は瞬く間に水晶化し、花の如き亀裂が走った。
　痛いもキツイも呑み込んで、雨祈は敵の懐に身を投じる。
「突破した先も死闘だ……相棒に報いる為にも、負けられるかよ……！」
　託して、託された、それぞれの戦場で死力を尽くすのだ。気迫を込めた一撃が、エオスポロスの命を大きく削り取る。
　ルベウスの胸の宝石が、肉を焦がさんばかりに熱く輝く。
「轍のように芽出生せ……彼者誰の黄金、誰彼の紅……長じて年輪を嵩塗るもの……転じて光陰を蝕むるもの……櫟の許に刺し貫け」
　ありったけの魔力を編み上げて空中に創り出したのは、黄金色の魔法生物。
　巨大槍の如き姿のそれは、宙を駆け、侵空竜エオスポロスの腹へと深々と突き立った。

●秘されしもの
　魔法生物の姿がほどけて消えていく。
　侵空竜エオスポロスは空中でぴたりと制止し、ほんの数瞬。
　――竜の両眼が、ギラリと見開かれた。
　咆哮がケルベロスの耳をつんざく。大気がビリビリと震える。
「まだ生きて……っ！？」
　驚愕するケルベロス達の目前で、エオスポロスの翼が急激に風を掴んで舞い上がった。それは新たな攻勢のためではなく――、
「まずい、城に――！」
　鋭く回頭し矢の如く空を走るドラゴンに、追いすがる猶予はなかった。
　熊本城に、満身創痍のエオスポロス達が殺到する。その数、二十体近く。
　爆発の轟音が連鎖した。
　熊本城が、砂煙を巻き上げながら完全に崩壊していく。ケルベロス達は茫然とその光景を見つめるしかなかった。
　やがて視界を遮る砂煙が退き始め、ケルベロス達は見出す。
　天守閣があった宙に浮かび、怪しく輝く、全長３メートルにも及ぶ巨大な宝珠を。
「……魔竜王の遺産、か……？」
　巨大な宝珠の周囲は、近づくものを拒絶するかのように空間が振動しているように見えた。
「空間が歪んでいるのでしょうか……？」
「いいえ……もっと、禍々しいものよ……」
　ケルベロス達はしかし、それ以上交わすべき言葉を失った。
　事態は急転した。もはやこのままここに居続けるわけにはいかない。
「……一旦、離脱しましょう」
　ケルベロス達は頷きあい、各々の想いを胸に秘め、素早く戦場を後にした。
　宝珠の放つ不気味な光は、否応なく、新たな闘争を予感させた……。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年7月7日 難度：難しい 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。