熊本城ドラゴン決戦~穿て突撃魔竜

作者:零風堂

 ――熊本城。
 薄くなり始めた夕陽を浴びて、ゆっくりと影を伸ばしてゆくその佇まいは、遠目に見ても堂々としており、美しい芸術品を見た時にも似た感情を、見る者へ与えてくる。
 だが、いまこの時に熊本城を見ていた者は、そんな感情を抱く者ばかりではなかった。

 激しい憎悪と敵意、加えて忠義と覚悟。
 凄まじい速度で突っ込んでくる巨大な翼たち……。それはドラゴン、『侵空竜エオスポロス』の群れだった。
 侵空竜エオスポロスは熊本城へ次々と突っ込み、地面を揺るがすほどの大爆発を起こしていく。
 自爆しているのだ。
 この攻撃に晒されて、いくらもしないうちに熊本城も無惨な瓦礫へと崩壊していく。そしてその廃墟から、恐ろしい力を秘めた正体不明の『何か』が、ゆっくりと姿を現し始めた……。

「熊本市全域で発生したドラゴン勢力との戦いは、最小限の被害で敵を撃退することができました。これは、我々の勝利と言って良い結果でしょう」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう言って、ひとまずケルベロスたちを労う。しかしその表情が、単なる労いだけで話が終わらないことを物語っており、ケルベロスたちの緊張感も高まっていく。
「ですが、竜十字島から出撃したドラゴンの軍団が、すぐそこまで迫ってきています。敵の目的は『熊本城』に封じられた『魔竜王の遺産』の奪取に間違いありません」
 敵もそう簡単に諦める筈がない。さらに激しい戦いが予想されるだろう。
「先の戦いの勝利により、グラビティ・チェインの略奪を阻止できた為、魔竜王の遺産の封印はいまだ破られてはいません。しかし、この封印を強引にでもこじ開けようと、ドラゴン軍は熊本城に特攻、自爆して自らのグラビティ・チェインを捧げ、封印を解放しようとしているのです」
「……!」
 自爆までするという敵の力の入れように、ケルベロスの中からも動揺の気配が滲み出る。
「……皆さんは今すぐ熊本城に向かい、熊本の戦いに参加したケルベロス達と合流し、熊本城を防衛してください」
 緊張した空気の中でもセリカは真っ直ぐに、決意を込めた声音で呼びかける。その想いが伝わるかのように、辺りに静寂が広がっていった。
「敵の目的は2つあります。1つは『侵空竜エオスポロス』たちを熊本城に突撃、自爆させて、魔竜王の遺産の封印を解除すること。
 そしてもう1つは、覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させることです」
 突撃で封印を解き、すぐさま持ち去るつもりなのだろう。
「魔竜王の遺産が、竜十字島に転移させられてしまえば、こちらから手出しする事は至難となります」
 それは実質、ドラゴン勢力の野望を食い止める事が不可能になるということを示していた。
「敵の目論見を崩す為には、侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を敢行する必要があります。強大なドラゴンとの戦いに、手分けして当たるという危険な任務となりますが、ここで敗北するわけにはいきません」
 それからセリカは、詳しい段取りについて説明を開始する。
「まずは、熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』のうち1体と戦います。侵空竜エオスポロスは、覇空竜アストライオス配下のドラゴンで、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスなどを得意としています。侵空竜エオスポロスは、熊本城突入の12分後に自爆しコギトエルゴスムとなる事で、封印の解除の為のグラビティ・チェインを放出します。これを完全に阻止する為には、12分が経過する前に撃破する必要があります。撃破ができなかった場合も、大きなダメージを与える事ができれば、自爆の威力が弱まり、封印を解除するグラビティ・チェインも減少するので、可能な限りダメージを与え続けるようにしてください」
 そしてこの戦いと同時に、儀式を行なう覇空竜アストライオスと四竜への対策も必要になるのだとセリカは続けた。
「覇空竜アストライオスは、自爆による封印の解除に失敗したとしても、儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げて、魔竜王の遺産を手に入れ。竜十字島に送り届けるつもりのようです。これを阻止する為には、儀式が完成する前に、覇空竜アストライオス。或いは四竜のうち1体でも撃破する必要があります」
 しかしそこで、突撃してくるエオスポロスが邪魔になってくるのだ。
「覇空竜アストライオスと四竜は、侵空竜エオスポロスの軍勢の後方にいる為、侵空竜エオスポロスを突破しなければ戦いを挑む事ができないのです。
 ……検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスを突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する作戦が、最も成功率の高い方法だとわかりました」
「覇空竜アストライオスと配下の四竜は、互いに連携して戦う事ができるため、突破した全戦力を1体の目標に集中させた場合、他の4竜が連携して妨害してくる為、ほぼ確実に撃退されてしまいます。それを阻止する為には、本命の攻撃の他、残りの4体に対しても少数での攻撃を仕掛けて牽制し、連携を妨害する必要があるでしょう」
 突破した先でも、各々が全力で役目を果たす必要があるということだ。
「非常に危険な作戦となりますが、全てはケルベロスの皆さんの勇気と力にかかっています。……どうぞよろしくお願いします」
 セリカはそう言って、真剣な眼差しのまま話を終えるのだった。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
武田・克己(雷凰・e02613)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)

■リプレイ

●迫り来る破壊者
 あまりにも巨大で禍々しい翼の群れが、夕闇と共に熊本城へと迫って来ていた。
 その名は、侵空竜エオスポロス。熊本城へと特攻・自爆し、ドラゴンオーブの封印を解こうと目論むドラゴンの群れだ。
「――ドラゴンが相手であろうとも」
 武田・克己(雷凰・e02613)が大地の気を集めながら、『覇龍』の銘を持つ刀を抜き放つ。
 彼の傍らにはカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が寄り添うように立ち、練り上げた気を融合させるように刀へ手を添えている。
「ただ斬って捨てるのみ!」
 跳び上がり、鋭い斬撃を打ち下ろす克己だが、エオスポロスは翼から爪を突き出し、その一撃を受け止めた。
「――!」
 直後、振り払われるようにして弾き飛ばされた克己を、カトレアは茨のように展開させたオウガメタルを支えにして受け止める。
「ドラゴン……。何とも強敵でしょうけど、此処で退く訳にはいきませんわ!」
 そこから光の粒子を広げ、仲間たちの感覚を研ぎ澄まさせていく。
「日本の城に、そんなものが眠っているとはな……」
 ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)は小さく呟くと、そびえ立つ熊本城にちらりとだけ視線を送っていた。
 守り抜いてみせる。決意を静かに胸に刻み、ディークスはオウガメタルから光の粒子を解き放つ。
「……皆、よろしく頼む」
 ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)は仲間からの援護で自身の感覚を研ぎ澄ませながら、エアシューズで駆け始めていた。滑り込むように敵の真下へと入り込むと、一瞬で跳び上がる。
 それはまるで、上下逆さの流星の如く。
 煌めきながら繰り出されたラティクスの跳び蹴りが敵の片翼、根元あたりに突き刺さった。
 一瞬ではあるが、エオスポロスが大きく羽ばたいて体勢を立て直そうとする。
「魔竜王の復活。それだけは阻止しないとな」
 ルーク・アルカード(白麗・e04248)が敵の鼻先へと踏み込んで、ナイフを構える。羽ばたきながらも迎撃に爪を向けるエオスポロスだったが、ルークの姿は霧の如く散り消える。これは分身による目くらまし。ルークの本体は――。
 背後から後頭部の辺りを狙って、痛烈な一撃を叩き込む。
(「硬い……!」)
 渾身の一撃を叩き込んだルークだったが、その手ごたえに僅かばかり戦慄する。
 堪えた様子など、まるで感じられない――。これが今回の敵、これがドラゴンか。
 動揺は胸の奥にしまい込み、ルークは素早く身構える。エオスポロスがその顎を開き、喉奥に雷光が迸っているのが見えたからだ。
 ばぢっ!
 かなりの至近距離から、前衛に向けて雷のブレスが吐き出される。荒れ狂う雷が駆け巡り、全身に刺すような痛みと熱、僅かに遅れて痺れが襲いかかってくる。
「まさか、一旦熊本から戻る暇も無いなんて……!」
 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)はメタリックバーストの光で仲間を癒しながら、オルトロスの『アロン』を突っ込ませる。
(「大丈夫、わたしはあの頃よりも強い……!」)
 ちょっとした三、四階建ての建物ほどの巨体を持つ相手に、立ち向かうアロンはあまりにも小さく見えた。それでもキアリは気圧されぬよう、自身に言い聞かせるように胸中だけで拳を握る。
「遂にドラゴンさんたちが……。でも、好き勝手にはさせないです……!」
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)はオラトリオの翼で飛行しつつ、戦況を見守っていた。十字架の刻印を抱くリボン状のブレスレットをデバイスに、愛しい想いを歌って雷撃を受けた仲間たちを癒していく。
 空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)もドラゴニアンの翼で飛行し、敵の姿を見据えていた。
 そこから摩天槍楼を発動させ、下から突き上げるような槍で攻撃を試みるも、エオスポロスは大きく飛び上がってその一撃を回避する。

「カトレア!」
 克己の声にカトレアは頷き、克己の肩にひらりと跳び乗る。克己がジャンプし、最高点に達した瞬間を逃さず、薔薇の飾りがついた絢爛なるブーツで、突き出された真紅の篭手を蹴って更に跳ぶ。
 二段ジャンプで上から落ちてくるカトレアの斬撃と、下から斬り上げる克己の斬撃が、エオスポロスの首を挟んで叩き込まれた。
「グァアアアッ!」
「――いけないっ!」
 ドラゴンの咆哮を聞きつけ、カトレアは咄嗟に克己を突き飛ばしていた。直後、荒れ狂う嵐のように振り抜かれた翼が、克己以外の前衛陣を薙ぎ払っていく。
「……うん、少しでも」
 キアリが急ぎ、分身の術を発動させてフォローに回る。
(「必ず……、守ってあげますわね」)
 血の味と、身を裂くような痛みの中で、カトレアは辛うじて立ち上がっていた。
「さて、何処までいけるか」
 ディークスがちらり、とラティクスの方へ視線を向けて、晶樹の手鎚を担ぐように構えた。砲撃形態へと変じた鎚は、唸るように弾丸を解き放つ。
「……合わせる。いけっ!」
 ラティクスが絶妙にタイミングをずらし合わせて竜砲弾をぶっ放していた。タイミング的に両方防ぐのは困難だったか、エオスポロスは初撃をかわし、次弾を翼の背で受ける。
(「喰らいつけ!」)
 ルークが飛びかかり、身に纏うブラックスライムを広げて捕縛を試みるが……、相手は急加速してぶちかましを浴びせかけるようにして攻撃を払い、ルークを地面に叩き落とした。
「っ!」
 素早い身のこなしでルークは足から着地すると、次の機会を狙って再び駆け始める。
「少しでも、できることを……」
 アリスが宝石の花蕾のような鎚を構え、竜砲弾を解き放つ。その軌跡を追うように無月が急降下し、星の如き輝きを宿した槍を突き出した。
 その輝きは次第に稲妻となり、エオスポロスの背に轟竜砲と共に突き刺さる。反撃を受けぬよう急上昇する無月と入れ替わりに、仲間たちが次々に攻撃を仕掛けていく。

 敵の攻撃は重く激しく、一瞬でも気を抜けば意識を持っていかれそうになるほどだ。対してこちらの攻撃は、それほど堪えているように見えない。
 それでも――。

●石さえ穿つ水滴のように
 キアリは祈るように、ちらりと時計に目をやった。それから大きく、息を吸い込む。
「いくよ、全力攻撃……!」
 オウガメタルをその身に纏い、キアリは声と共にエオスポロスへと突っ込んだ。鋼の拳を相手の顎にぶち込むも、首のしなりで地面に叩き落とされる。
「その身に刻め、葬送の薔薇!」
 カトレアが克己と共に、敵へと斬撃を刻み付けていく。ぎしぎしと、刃を振るうたびに身体が悲鳴を上げるかのように痛んだが、今はそれに構っている場合ではない。
「こっちは最初から本気だっ」
 薔薇の一突きを押し込めば、今度は克己の神威が唸る。ふたりの気と大地の気が融合し、斬撃のエネルギーとなって十字に傷を刻み付ける。
「必ず……、届かせる……!」
 血色の瞳に闘志を燃やし、ディークスが地を蹴った。迎え撃つように竜の爪が振り下ろされたが、これは武術着を僅かに掠めたのみ。そちらには構わず、ディークスは強引に蹴りを叩き込んだ。
「グォォォォッ!」
 怒涛の攻撃を仕掛けるケルベロスたちを振り払うように、エオスポロスは翼を振って前衛陣を薙ぎ倒していく。
「……っ!」
 腹から左肩までを強打され、ルークが吹っ飛ぶ。しかしその手に握られた刃は、忌まわしき呪詛の力を宿して輝き、既に敵の表皮を薙いだ後であった。
 視界が歪み、刃を握る手から力が抜けそうになる。痛む腹部に無意識に手を当てれば、慈しみの光を宿したお守りが手に触れた。
 ――まだだ。自身に言い聞かせるように、安らぎを願った者に生還を誓うように、ルークは闘志を心に刻む。
「闘刃形成……、収束」
 ラティクスが自らの闘気を刃に変え、槍の穂先に集めていく。気を抜けば霧散しそうになるその刃を収束させたまま、ラティクスは敵へと駆け出していた。
 仲間たちが攻撃し、敵が翼で払う。その直後に踏み込んで、穂先を胸へとめり込ませる。
「貪れ、刃群!」
 同時に闘気の刃を解放し、敵の体内へと刃を食い込ませていく。
「空色の焔……。不思議に煌めき羽ばたいて」
 アリスの翼が幻想的な焔を纏い、そこから巻き起こる風に光を乗せてエオスポロスの頭上へと広がっていく。その意識と、直後の事象を灼き尽くし、一瞬だけ敵の動きが止まった。
 そこを狙い、無月が流星の如き光線を解き放つ。フロストレーザーはエオスポロスの左翼を凍結させ、がくんと姿勢を大きく崩させた。
 今――!
 無月が左、アリスが右から突破し、敵陣の奥を目指して羽ばたいた。
「お前の相手は、ここだ!」
 克己がふたりの後を追わせぬように刃を振り上げるが、月光の如き軌跡は硬い爪で受け払われる。逆サイドからはカトレアが霊力を込めた斬撃を繰り出すも……、浅い。表皮を僅かに裂いたものの、肉はそれほど斬れていない。
「……止めてみせる」
 ディークスが大地に触れ、炎を帯びた鎖を呼び起こす。周囲の空気を歪ませるほどの熱量を宿した鎖は敵を絡め取ろうと突き進むが、敵は僅かに羽ばたいて身を引き、鎖を避ける。
「!?」
 直後、ディークスの視界が大きく揺さぶられ、頭が割れるような衝撃が襲いかかってきた。
 身を引いたエオスポロスが尾を振り出し、ディークスの死角から殴りつけてきたのである。10mをゆうに超える巨体から繰り出された一撃は重く、意識までぐらりと遠ざかって感じられた。
「……っ」
 倒れそうになるその背に、キアリが急ぎ分身の術を施して、寸前で支える。回復を続けるキアリには、まさに息つく暇もなかった。しかし、弱音を吐いてはいられない。滲み出る汗を拭おうともせずに、キアリは力の集中を再開する。
(「そこか……?」)
 ルークは下がった敵を追うように走り、間合いを詰めていく。その途中で影を纏い、二体の分身を生み出して散開、突撃する。
 正面の影に喰らい付くエオスポロスだが、鋭い牙が空を食む。直後、いつの間にか背後に回っていたルークが両手のナイフを突き立て、体重をかけて滑り降りるように斬りつけていった。
「こっちもしっかり、やることやるさ」
 飛び行くふたりを一瞬だけ見送り、ラティクスは素早く『サラスヴァティー』を『インドラ』の穂先下に取り付け、ハンマーに変えて振りかぶる。そこに超重の冷気を宿らせて、敵の腹部へ打ち上げるように叩き込む。

 ふたりの敵陣突破は、成功した。
 そしてここからは、減少した戦力で、エオスポロスと戦うことになる。
 だがそれもまた、覚悟の上だ。ケルベロスたちは傷付いた体に残された力を振り絞るように、その手に武器を握り締める。

●不屈の闘志を燃やして
「グォォォォォォォッ!」
 空気すら震わせて、エオスポロスが吼えている。その身体の中心辺りに、圧倒的なパワーが集まり、高まっていくように感じられた。
「もう、時間が……!」
 キアリが時計に視線を向けて、残り僅かだと仲間たちに通達する。カトレアは頬に伝った血を拭い、克己と視線を交わして、頷く。
「バーテクルローズ!」
「火生土……、森羅万象、神威!」
 真紅の斬撃が薔薇の華を描き出し、大地の気が斬撃に乗せられて喰らいついていく。
「お前を倒して儀式も阻止する。本気ってのはそういう意味だぜ!」
 ふたりの繰り出した渾身の攻撃が、敵の腹部を深々と抉り裂いた。
 だがエオスポロスはその身を抉られながらも、翼を振り下ろしてこちらを薙ぎ払おうとしている。
(「……守ってあげますわ。必ず」)
 衝撃が駆け抜け、克己を庇ったカトレアが倒れる。オルトロスのアロンも限界を迎えたらしく、地面に落ちて倒れていた。
「……」
 キアリはアロンに一瞬だけ視線を向けてから、オウガメタルを身に纏う。鋼の鬼にその身を変えて、渾身の力で拳を繰り出していく。
 ルークも倒れそうになる足に鞭打ち、両手のナイフで舞うように斬りつける。この足が、腕が止まるまで、斬り続ける覚悟で腹を括った。
 地を蹴るディークスの視界にも、自身の額から流れ出た血の赤が滲み広がってくる。しかしディークスはその眼を閉じ、空気の流れと肌に感じる敵の気配だけを頼りに、抉り込むように蹴りを突き入れる。
「……叢雲流牙槍術奥義」
 ラティクスは雷神の名を抱く槍を携えながら、敵の視界に潜り込むように駆け出していた。だがその最中、びりびりと肌に、髪に、威圧感のようなものを覚える。
「零式・饕餮!」
 構わず連撃を叩き込んだラティクスの目に、雷光を蓄える敵の喉奥がちらりと見えた。
「ブレスだ、くるぞ!」
 咄嗟の叫びが響いた直後、怒涛の雷撃が降り注ぐ。
 ――!
 ディフェンダーが倒れた前衛を、稲妻は容赦なく蹂躙する。
「……っ!」
 ここまで踏ん張った克己の意識が、消し飛ばされる。ルークの身体で肉が焼け、血が即座に蒸発して散り消えていく。
「…………うん、やれるだけやるわ」
 絶望が、キアリの身体にのしかかる。だがそれでも、最後の一瞬まで止まるわけにはいかない。
(「せめて、自爆の規模を抑えるだけでも」)
 星型のオーラを足に集め、エオスポロスに撃ち込んでいく。それを目くらましに、ラティクスもハンマーに変形させた獲物を振り上げる。
「おまえの命、ここで燃やし尽くしてもらう!」
 エオスポロスの脳天へ、渾身の一撃を叩き込んだ! 衝撃で僅かに、相手の首が下を向く。
「高まる熱に上限は無く……。絡まる深さに際限は、無い」
 ディークスが煉獄の鎖を具現させ、その首を炎で捕らえた。ディークスは限界まで力を振り絞り、そこから更に炎を広げ、翼と腕を大地に引き寄せるように、焔を絡み付けていく。
「……」
 倒れたルークの魂が、傷付いた身体を突き動かす。
 このままでは、終われない。終わっちゃいけない。
「……この、力は」
 拳を握り、焦げた足に力を込めて、身体を支え立ち上がる。
「この力は、誰かを守るために――」
 限界を超えた肉体を凌駕するまで魂を燃やし、ルークは次々に分身を生み出し始める。その影はエオスポロスの顔面に突撃し、衝突と同時に消滅していく。
 どっ!
 無数の分身の中に紛れ、ルークはナイフを敵の喉へと突き立てる。
「グォォォッ!」
 苦しみもがくエオスポロスに、ルークはナイフから手を離し、逆の手に握ったもう一本のナイフで、より深くに突き刺さるよう、思いっ切り打ち付ける。
 ――!
 びくんと巨体が大きく跳ね、ディークスの絡み付かせた炎に包まれながら地面に落ちた。
「…………」
 敵が再び動き出さないことを、まだ辛うじて意識のある者が、固唾を呑んで確かめる。

 ――自爆はしない。こちらの、勝利だ。
 あとは、儀式の阻止に向かった仲間たちの成功を信じて。
 ケルベロスたちは傷付いた身体を支え合い、その場を後にするのだった。

作者:零風堂 重傷:カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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