●滑空
ぎゃあ、ぎゃあ、と。
宵を纏い始めた夕暮れの熊本の空に鳴き喚くのは鴉か──それとも、物の怪か。
黒く空に滲むように集まり始めたその翼竜は、抗うように重力の鎖を引き千切りその身に絡みつくのも構わずに力強く風を包んで羽ばたく。
魔物達が目指すのは、誰そ彼に佇む熊本城。
彼らはその『銀杏城』の天守閣へと取り付き潜り込み、そして爆ぜた。
次から次へと。
息吐く間もなく。
身を縛める鎖を嘲笑うかのように、悠々と。
屋根瓦が吹き飛び、瓦礫が降り注ぐ中、廃墟と化した『銀杏城』の跡に光が奔った。
ぎゃあ、ぎゃあ、と。
まるで歓喜の鬨が方々に上がる。
それは禍々しくも美しいもの。漲る力が溢れ出す、それは。
●勝利と布石
「──!」
弾かれたように顔を上げた暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はヘリポートに集まったケルベロス達の顔を見渡し、ひとつ息を吐いた。
「まずは、お疲れさまでした、Dear」
先に決行された竜牙兵やドラグナーなどのドラゴンの配下との戦いは、参加した仲間達の尽力の成果あって最小限の被害に抑えられた。
しかし勝利の余韻に浸る間もなく、更なる危機が迫っている。
チロルは脳裏にこびりついた幾多の羽音を振り払うように、かすかに首を振る。
「熊本城に封じられた『魔竜王を復活させることすらできるかの者の遺産』を奪取すること──間違いなく、敵の目的はそれでしょう。しかし、Dear達の活躍によってドラゴン勢力は想定量のグラビティ・チェインを略奪することができなかったようで、かの『遺産』の封印は未だ、破られていません」
そして視線を上げると、彼はひとつ肯いて見せる。
「……判りますね、Dear。その封印を、ドラゴン達はなんとしてでも破りたい。そう。仲間であるはずのドラゴンの多くの自爆によってグラビティ・チェインを捧げ、封印を解くために熊本城へと猛攻を仕掛けるようです」
今すぐ向かいましょうとヘリオンへ促し、応じるようにプロペラを回転させる機体を振り仰いで、幻想を帯びた拡声器のマイクを口許に添える。
防ぐべき敵の行動は二段階。
ひとつは自爆で以てグラビティ・チェインを『遺産』へと捧げる『侵空竜エオスポロス』の熊本城への特攻と自爆。
もうひとつは『覇空竜アストライオス』と配下の四竜──『廻天竜ゼピュロス』『喪亡竜エウロス』『赫熱竜ノトス』『貪食竜ボレアース』で行う儀式によって、封印を解除された『遺産』を竜十字島への転移すること。
それらを阻止するのが、今回の作戦の要となる。
「魔竜王の『遺産』が竜十字島へ転移されてしまえば、俺達の方から手出しすることは至難になり、ドラゴン達の野望を止める術は失くなってしまいます」
今回の作戦は侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、覇空竜アストライオスと四竜の儀式を阻止することだ。
「……決して、簡単なことではありません。厳しい戦いになるのは必至です。覚悟のある方のみ、俺の……俺達の話を聞いてください」
●飛翔
強い光を宿すケルベロス達の瞳を見渡して、チロルは肯き、改めてマイクを構えた。
「まず、各班1体ずつの侵空竜エオスポロスと戦うことが大前提になります」
素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスによる行動阻害を得意としているようだ。そして、熊本城への突入を果たした12分後には自爆し──ゴギトエルゴスムとなることでグラビティ・チェインを放出する。
完全に阻止するためには、12分以内に撃破する必要がある。
撃破には至らずとも、大ダメージを与えることができれば侵空竜の自爆の効果は弱まり、封印を解除するグラビティ・チェインの量には至らない。
出来得る限りのダメージを与えることが必須となる。
「同時に、覇空竜と配下の四竜の儀式の阻害を狙います。もし侵空竜達の自爆が『遺産』の解放に至らなければ、覇空竜は配下の四竜を犠牲に捧げてでも『それ』の奪取を狙うはず」
それを防ぐためには、覇空竜アストライオス、あるいは四竜の内の1体でも撃破する必要があるが、この五体は侵空竜エオスポロスの軍単の背後に陣取っているため、最低限1体のエオスポロスを倒した上で、巧みに近寄らなくてはならない。
「つまり……検証の結果、」
チロルは宵色の三白眼を伏せる。
至難を極めるその様は、予知の先でも見通せない。
「侵空竜エオスポロスと戦いながら、少数──1名、あるいは最高でも2名の『飛行可能』なケルベロスを突破させて儀式を行う五体へと奇襲を行うのが最も成功率が高いと算出されました」
ざわ、とさざめきが渡るのを聞きながら、チロルは視線を上げる。
その表情は、僅かに強張る。
「厄介なことに。覇空竜アストライオスと配下の四竜は、互いの連携すら可能です。つまり『飛行』し侵空竜を突破した全戦力を、儀式を行うどれか1体へと集中させれば確実に撃墜されてしまうでしょう。……それほどに、敵は強力です」
儀式の礎たる覇空竜アストライオスは、四竜にとっても守るべき存在だ。
その習性を狙い、戦力を割り振ることも──ひとつの戦略だ。
長々と伝えた末に、チロルはきつく拡声器のマイクを握り締める。
「……、では、目的輸送地、魔竜群がる銀杏城、以上。……、」
そして躊躇い、それでも笑って見せる。
「帰りの報を、お待ちしてます。……Dear」
参加者 | |
---|---|
藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086) |
連城・最中(隠逸花・e01567) |
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651) |
グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868) |
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609) |
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959) |
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129) |
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882) |
●霹靂
では、行こうか。
革の手袋を嵌め直し、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)が見上げる先。
銀杏城の空を覆うのは、幾多の竜の影。
侵空竜エオスポロス。ドラゴン。
──パパとママを殺したジャバウォックを倒したのが、遠い昔に思える……。
思い返すのは二度その身に刻まれた痛み。微笑み浮かべながらもカナリア色の翼をふるり震わせたメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)の肩にママがそっと掌を添える。
城を取り囲むケルベロス達の布陣に気付き──一頭、また一頭と、その身に絡みついた鎖の音けたたましく、急降下で地へと降りて行く。
──決死の竜……護るにも相応の覚悟が必要だろう。……だが。
そして、一頭。
連城・最中(隠逸花・e01567)の視線を受けたかのように、竜が吼えた。
「ギィイイィアアァアア!!」
びりびりと震える空気の圧にも怯むことなく彼は片目を眇め、騒音を払うようにぴるっと耳を震わせたグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)は口角を吊り上げた。
「そっちが決死なら、こっちも全力で挑むまでだ」
「最強種族様がやぶれかぶれ決めてんじゃねぇよ……なァ」
抜いた喰霊刀をくるりと回して霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)が顎を上げれば、こくり肯いて四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は妖刀”千鬼”を抜き、急降下で迫る竜を見据えた。
「どうせ自爆しても死なないと思っている……傲岸不遜なその自信……打ち砕いてあげる」
──誰の、いのちも。 すり抜けるコトが……ないように。
自らの掌を見つめ、ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)がちらと見遣るのは翼を緩やかに羽ばたかせ、一定の高度を保って飛ぶ、藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)。それから、仲間達の後ろ姿。
背中を支えて、引っ張り上げて。
皆が前向けるように。
迷わず飛び立てるように!
「がんばって絶対倒しましょ。メアリのような哀しい思いをする子を増やしたくないもの。さぁ──来るわ!」
「ギィアアァアアアァアアアァア!!」
放たれた雷光が、視界を灼いた。
「、は……ッ、……!」
地表へと降りてきた竜の大きさに、息を呑む。そのサイズはまるで大樹だ。
挨拶とばかりに前衛を襲った雷撃は、光が晴れてもじわりじわりと灼ける痛みが蝕み続ける。炎に巻かれるかのようなそれは、放置できない。最中が迅速に分析したと同時に味方を鼓舞するが如き爆発が背後で戦場を彩った。
命を投げ出す事が正しいなど、認めたくもない。だから、これは意地だ。
──護り抜く。
その想いはジゼルとグレインも等しくて。
「……小さき隣人たち、その矢尻の秘蹟を此処に」
彼女の周囲に淡い翠の光が浮かび上がり、後衛の仲間へと降り注ぐ、深緑の矢──アルフリック・フリント。
援護を受け携えたドラゴニックハンマーを彼が構えれば、重金属は咢を開いた竜へと姿を変えた。
「なぁ。大層ご立派な覚悟だが、……勝ちってのは、生き抜いてこそだぜ!」
轟音。打ち抜いた弾丸は確実に敵の機動を削る。
だから、誰ひとり、死なせない。
胡桃色の瞳に強い意志を宿すジゼルへ、トウマが向けた刃から浮かび上がった蒼い光が雲のように纏わりついて宿る。
「さすがに強い……なんて、言ってやらない」
千里が告げて斬るのは千鬼流 肆ノ型。
時間はない。
だからこそ綿密に、敵の機動を削ぎ、生命力を確実に削ることが至上命題だった。
けれど「……っ?」身と魂に宿るグラビティの練り上げが巧くいかないことにメアリベルが瞬時戸惑い、咄嗟に撃ち出す竜砲弾が竜の爪に相殺されたときも、ベーゼは笑う。
「だいじょうぶ、っすよぅ。みんな、居るっす」
与えられた満月の力は彼女を包み、彼女は少し眉を寄せて「ありがとミスタ・ベルレ!」と微笑んだ。
綿密に話し合う中で築いた絆は、揺るがない。
──皆ならきっと大丈夫。
うるるは祈りの形に拳を握り、そして両手を合わせたまま開き、ふ、と息を吹いた。
「冷たいくらいが丁度良いでしょう?」
恋は妄執──ロマンス・ロマンス。パキパキパキっ──と噴き上がった鋭い氷柱が竜の脚を翼を貫いて、その身を蝕んだ。
「ガァアアアアァア!!」
煩わしさに悶え、竜が哭く。
繰り出された音速の爪の軌跡を、捉えていても避けることは叶わない。硬い音が跳ねてマントが千切れて舞い、
「ぐぅ……ッ!」
直撃を受けつつも地を踏み締めて堪えたトウマは、回路を灼く痛みに確信を得る。防御に特化した彼に付けられた傷の深さから、判る。
対峙したその竜が、ただひたすらに攻撃に特化していることを。
●雄飛
これで、何度目のアラームだろう。
時限を理解した上で挑む戦場の中、敵に意図を悟らせないためとは言えど一分ごとに響き渡るアラーム音は焦燥を煽った。
しかし侵空竜エオスポロスにとっても湧き上がる焦りは同じだ。
早く、速く、迅く──ドラゴンオーブの礎とならなくてはならないのに、包囲網は一向に破ることができる気配がない。それだけ、ケルベロス達の策は優秀であったと言えた。
すいと熊本の城を仰ぐように首をもたげた竜の姿に、千里の紅みを帯びた瞳が反応する。
なにかある、と。
声を発する暇もなく竜は飛び──その大きな翼を限界まで広げて、音速の急降下で番犬達へと襲い掛かった!
「~~ッ!!」
「……うるるっ……!」
グレインの声が示す。その攻撃は後列に位置する仲間すべて、つまり飛行中のうるるをも巻き込んだ。なのに与えられた超大な打撃は、邪魔をする者を排除するという強い意志が滲む。
痛々しく傷付いた翼を羽ばたかせる姿に、小さく詰まる咳をして、最中が手を伸ばす。指には綺羅の輝きを帯びる、マインドリング。
その指で、宙を斬る。
「──導け、星影……っ」
一閃。
淡い輝きが彼らへと舞い降りて傷を癒す。けれど足りない。万全とは、言えない。
仲間達が攻撃を続けるさ中、うるるの傷を最優先で癒すのには当然、理由があった。
ピピピピピピピピピピッ!
「!」
二重奏のアラーム。
それが示すのは4分の経過。つまり──突破の契機!
地獄の番犬達が素早く視線を交わし合った、その瞬間。
けれど、トウマの藍色の双眸が揺れた。視線の先では再び竜がその首をもたげていたのだから!
今一度あの攻撃を受けたなら、例えこの場を突破できたとしても儀式を行う竜達との戦いに支障を来たす。総攻撃は全員が揃わないと成し得ない。後衛以外の攻撃に賭けて総攻撃を行うか。それとも──回復に備えるか。
躊躇は一瞬。
竜が飛ぶ。
巨大な質量が超速で風を斬って、
「ミクリさんッ!!」
飛び出したのは、樽型のミミック。
(皆のコト、ビシッと護るんすよう!)
戦いの前に与えられた命を、全うし──崩れ落ちた。自らにも襲い掛かる激痛にベーゼが顔を歪めたのはきっと、痛みの所為だけではない。
「キミはキミの舞台に上がるんだ」
「!」
うるるの若菜色の瞳を見上げ、ジゼルが告げる。
仲間全員からの視線が返ったのも一瞬のこと。
「いくわよ、ママ。ハックション、みんな一緒に倒れましょう!」
メアリベルの明るい声にママも微笑み、何度も打ち付けられる圧に砕けた瓦礫を浮き上げて放つ傍から、鋭い棘を持つ攻性植物が竜を縛め、血の赤で彩る大輪の薔薇を咲かせる──Ring-a-Ring-o' Roses。
「護らせてもらうぞ、──全力で!」
「あぁ。やっぱてめぇらは殲滅しねぇと、なぁッ!」
その薔薇を挟むように左から撃ち出したグレインの竜砲弾がエオスポロスの半身を打ち、右から繰り出したトウマの繰り出すパイルバンカーがその脚を貫く。
「ギィイイィイ、ッガァア?!」
上げんとした竜の咆哮が突然の発破に無様に遮られ、放たれたオーラが更に敵の喉笛へと喰らいつき、振り払ったかと思いきや、その巨体に巻き付いた鎖を足掛かりにしてその眼前へと高く跳んだ千里が、身を最大限に捻って遠心力を白銀の槌に乗せ、
「眠るといい……永遠に」
竜の鼻面へと叩き込む。仲間の支援を受けて増幅された、攻撃特化の彼女の一撃は強烈のひと言だ。
「ギィイイァアアアア!!」
それは純粋な悲鳴。
暴れる竜の脚が蹴立てる土煙の中を、雷光が奔って爆ぜる。杖を軽く振るって、ジゼルはハットの縁を抓んで見せた。
「佳い戦果を待っているよ」
相手は当然、うるるひとりだ。
彼女は「任せて!」と胸を張った。
「必ず倒してくるわ──だって約束は守るものだって、ママも言っていたもの!」
白い翼が羽ばたいて、悶絶する竜の爪に掛からぬよう注意を払って。
彼女は夕暮れの銀杏城へと飛び立った。
竜が再び地獄の番犬達へと燃え立つ敵意を向ける頃には、彼女の姿は既に遠く。
さて、と最中がひとつ、息を吐く。
「俺達も、約束を果たさないといけませんね」
●咆哮
「ガァアアアァアアアアァア!!!」
振り上げた腕が、動かない。紅の双眸が強く彼らを睥睨し悔し気な咆哮は圧となって彼女達の髪をすら揺らした。
今更、怯むこともない。強敵であることは承知の上。
負けてやるつもりもない。勝ちは、生き抜いてこそ、だ。
「貸してくれ、傷つけないための力を……!」
瞼を伏せ胸に当てた拳。まるい膜がメアリベルを包み、漲る力は大地から湧き上がる自然の護り──エレメントスフィア。
決して楽観視できる状況ではなかった。
けれど、積み重なった状態異常のお蔭で敵の動きは大きく鈍り、その隙に回復もある程度は追いつくことができた。
だが、それでも。
回復しきれない疲労は確実に蓄積していて。
ビ──ッ! ビ──ッ! ビ──ッ!
「ッ10分経過……!」
迫る期限に、脈が早まる。ジゼルと最中のアラーム二重奏に、全員の表情が強張る。追い討ちのように竜はまた空を仰ぐ。
「! またあの攻撃が来るわ!」
天高く飛翔した姿が、夕焼けを遮る深く黒い影となって急降下する。
速度と重量を伴う衝撃は地を穿つほどの勢いを彼らへと叩き付け──、
「……っく、ぅ……!」
「千里!」
がくり、最前線で敵の命を削り続けてきた少女が膝を崩す。
駆け寄ろうとしたベーゼへ、しかし少女は白い掌を向けた。
「……構わ、ないで……! 時間が、ない……っ」
「っ、」
瓦礫の中、チリチリと雷撃の息を零しながらゆっくりと体勢を整える敵とて、限界が近いのは明らかだ。
「ここで……見逃すわけには、いかない……!」
彼女の燃える紅帯びた瞳へ宿る、悲壮な憎悪。その視線に打たれた仲間達全員が、覚悟を決めた。ひとつ、ふたつ。誰からともなく首肯を交わして駆け出す。
竜の許へと。
「おやすみ赤ちゃん、木のてっぺんで!」
軽やかに敵の身体を跳び上がるメアリベルの蹴撃が、高い位置にあるドラゴンの横っ面へ星型のオーラを叩き込む。強制的に横向かされた顔面を、跳び上がったグレインの星を纏う爪先がぐるん、と重力乗せて蹴り落とす。
「ガアァアッ!!」
闇雲に振り回す腕を掻い潜りひとつひとつ、確かにダメージを蓄積していく仲間達の姿に最中も指輪から生み出した光の剣を構える。
「俺達も行きましょう」
告げるが速いか地を蹴り跳ぶ。トウマの杭に穿たれジゼルのドリルと化した腕がえぐった竜の腹の傷へ、更に最中が突き立てる刃は身を侵す種々の効果を増幅させて。
「ガァアアアァアアアァアアア!!!」
ビリビリと身を震わせるその声は、昔の自分なら恐れて物陰に隠れてしまいたくなっていたことだろうとベーゼは思う。でも。
──おれ、嬉しかったんだ。
(今度は僕が止める)
かつて掬えなかった命に彼が俯いたとき、目許に触れた少女の指先を思い返せば、自然と緩む口許。そして敢えてそれを振り切るように敵へと視線を上げた。キミが、止めてくれるなら。
──おれはもう、泣いたり、しない……!
光り輝く鎖は、21グラムの弱さ。ちっぽけで吹けば飛びそうなくらい軽くて──この上なく重い、いのちの重さ。
「ギィイイィイイァアアアア!!」
「おしまいに、しよう」
身を縛めるその輝く鎖に照らされて、躍り上がった千里の『妖剣』が鈍く光を放つ。
突き刺した刃。
吼える竜。
最後の足掻き──文字通りの。
「チサト!」
「っ!!」
鋭い爪が、彼女の振袖を引っ掛け振り抜き──、彼女の小柄な体躯を荒れ果てた地面へと叩き付けた。
一度大きく跳ねた彼女は、まるで人形のように地に伏せて、動かない。
「てめぇ……!!」
対峙したときからふつふつと胸の奥に確かに湧き、今溢れそうになるその感情の名を、彼は知らない。
ただその感情は迸る雷撃となって侵空竜エオスポロスの翼を灼き焦がし、大きく傾いだ敵の前へジゼルが立ち塞がる。彼女にも『それ』がなんなのか、はっきりとは判らない。それでも明確なことはひとつある。
「……幕引きだ。これ以上、私の隣から奪うことは認めない」
絶対に。
くるくると回したナイフは、吸い込まれるように敵の喉を斬り裂き。
竜は、
「……!!!」
最期の咆哮を上げることも叶わず崩れ落ち、地面をその巨体が打つ直前、塵と消えた。
●崩落
「……大丈夫よ」
すぐさま千里の傍へと駆け寄った仲間達に、メアリベルがそう微笑んだ、そのとき。
竜の咆哮など比べものにならない轟音と光と、少し遅れて圧が、彼らを襲った。
ひとつではない、いくつも、いくつも、いくつも。
全身をくまなく打ち付けるその圧が爆風であると気付いたのは、発生源が銀杏城であると振り仰いだ空に──花火のように業火が上がっているの目にしてからだった。
「エオスポロス……!」
リミットが来た。
儀式を妨げるためには仕方がなかったとは言え、ふたりを『突破』に派遣することを選択したチームが多かった。それが故に、討ち漏れた竜達が熊本城上空で自爆を決行したのだ。
「そん、な」
歴史ある城が成すすべもなく崩れ落ちて行くのを、彼らは目の当たりにした。
まるで、映画のワンシーンのように現実味に欠ける遠くの出来事。
しかし爆風に乗って飛んでくる砂礫が肌を裂く痛みは本物で。
風が巻いて、地を浚う。
もうもうと爆破の名残に覆っていた土煙の中から現れ、喪われた天守閣の辺りに浮かび上がったのはおそらく間違いなく、ドラゴンオーブ、なのだろう。
神々しくも禍々しく。
その存在は、続く戦いを啓示するかのようで。
護り抜いてみせると。
「……一旦退こう」
千里の身体を背負いグレインが告げれば、彼女の治療のためにもと肯きが返る。
めいめいに城を背にする中。唇を引き結び、最中は浮かんだ竜珠を、そしてその『向こう側』に犇めいているであろう竜達を睨めつける。
──……知っていますか?
胸の内での問い掛けは静かに、けれど揺るがぬ意志を秘めて。
──俺達の仲間は、強いんです。
それは間違いなく、宣戦布告だった。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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