熊本城ドラゴン決戦~落陽に至りて

作者:秋月諒

●熊本城ドラゴン決戦
 空が、端から赤く染まっていた。浸るような夕闇がーー割れた。何故を紡ぐ者は無く、鳥たちの鳴き声さえかき消すように夕闇を割いた彼らは空を行く。
 侵空竜エオスポロスだ。
 空を震わせ、侵空竜エオスポロスは次々と熊本城に突っ込んで自爆していく。轟音と共に屋根が弾け、城壁が崩れ落ちる。
 やがて、破壊された熊本城の中から『それ』は姿を見せる。青白く、僅かに光をこぼす球体は災禍の中、その輝きを深めていった。

●落陽に至りて
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。まずは、先の作戦の報告ですね。熊本市全域で行われたドラゴン勢力との戦いは勝利となりました」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロス達を見ると、そう言った。
 先の作戦は、最小限の被害で敵を撃退、勝利することができた。
「ですが、敵が動きました。竜十字島から出撃したドラゴンの軍団です」
 竜十字島から出撃したドラゴンの軍団が、すぐそこまで迫ってきているのだ。
 敵の目的は『熊本城』に封じられた『魔竜王を復活させる事すらできる魔竜王の遺産の奪取』に間違いない。
「皆様のお陰で、グラビティ・チェインの略奪は阻止できました。魔竜王の遺産の封印はいまだ、破られてはいません」
 ですが、とレイリは続ける。
「敵は封印を無理やりこじ開けるために、ドラゴンの軍団は熊本城に特攻、自爆することで自らのグラビティ・チェインを捧げ、封印を解放しようとしています」
 強行突破だが、使える策であるのは事実だ。
「皆様には今すぐ、熊本城に向かい、熊本の戦いに参加したケルベロスの皆様と合流し、熊本城の防衛に参加していただきたいのです」

 敵の目的は1つある。
 1つは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除する事。
「もう1つは、覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させる事です」
 転移、と落ちたケルベロスの言葉にレイリは静かに頷いた。
「真竜王の遺産が、竜十字島に転移させられてしまえば、こちらから手出しする事は至難となります。ドラゴン勢力の野望を食い止めることは不可能と言えるでしょう」
 手出し不能の状況となれば圧倒的に後手に回る。
「これを防ぐ為には、侵空竜エオスポロスを迎撃すると同時に、儀式を行う、覇空竜アストライオスと四竜への攻撃を敢行する必要があります」
 同時に、だ。
 ピン、と張り詰めた空気に、静かにレイリはケルベロス達を見た。
「強大なドラゴンとの戦いとなります。ですがーー敗北をするわけにもいきません」
「作戦の概要を説明致します」
 まずは、熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』1体と戦いだ。
 侵空竜エオスポロスは、覇空竜アストライオス配下のドラゴンで、素早い機動と鋭い斬撃、電撃のブレスなどを得意とする。
「侵空竜エオスポロスは、熊本城突入の12分後に自爆しコギトエルゴスムとなる事で、封印の解除の為のグラビティ・チェインを放出します」
 これを完全に阻止する為には、12分が経過する前に敵を撃破する必要がある。
 撃破ができなかった場合でも、大きなダメージを与えることができれば、自爆の効果が弱まり、封印を解除するグラビティ・チェインも減少する。
「可能な限り、ダメージを与え続けるようにしてください」

 そして、あとひとつが儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への対策だ。

「侵空竜エオスポロスとの戦いと同時に、この対策も必要となってきます。覇空竜アストライオスは、自爆による封印の解除に失敗した場合、儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げてでも、魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとします」
 これを阻止する為には、儀式が完成する前に覇空竜アストライオス或いは四竜の一体でも撃破する必要がある。
「ですが、ここで一つ問題があります。
 覇空竜アストライオスと四竜は、侵空竜エオスポロスの軍団の背後にいる為、侵空竜エオスポロスを突破しなければ戦いを挑む事は出来ません」
 レイリはそう言って、ケルベロス達を見た。
「検証の結果、侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスを突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する作戦が、成功の可能性が最も高い事が分かりました」
 少数による突破作戦だ。
 危険値は高くーーだが、これが成功の可能性がもっとも高い。
「非常に危険な作戦となります。ですが、これが最も成功の可能性が高いと検証の結果、判明しました」
 全てを、皆様にお任せする形になります、とレイリは言った。
 信を込めた瞳で、真っ直ぐに見ると、息を吸う。
「皆様ならば成せると信じています。どうか、ご無事にお戻りください」
 無茶を言っている自覚は十分にある。でもだからこそ、そう口に出してヘリオライダーは続けた。
 覇空竜アストライオスと配下の四竜は、互いに連携して戦う事ができる。突破した全戦力を一体の目標に集中させた場合、他の4竜が連携して妨害してくる為、確実に撃退されてしまうだろう。
「これを阻止する為には、本命の攻撃の他に、残りの4体に対しても少数での攻撃をしかけ連携を妨害する必要があります」
 四竜は、覇空竜アストライオスを守る事を最優先にします。ある程度の戦力でアストライオスを攻撃しつつ、本命の攻撃を集中させる作戦は有効かもしれない。
 そう言うと、レイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「容易い相手では……まず、ありません。ですが、だからこそ残る全てを託します」
 信頼は勿論、この地の明日を、未来を。
 そう言って、レイリは静かに微笑んだ。
「これから先の日々を。では参りましょう、皆様に幸運を」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
詠沫・雫(海色アリア・e27940)
トパジア・ランヴォイア(療源の黄玉・e34314)

■リプレイ

●防衛の地
 空が、割れる。襲撃者の咆哮と共に雲は散り、落ちた影がケルベロス達に敵の姿を知らせる。
「ルァアア!」
 侵空竜エオスポロスだ。
「散開!」
 重なり響くその声と共に、地面が衝撃に揺れた。正面です、とその身を空に置くギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の声が響く。同時に、ダン、と重い足音が響いた。
「突破を狙うか」
「そう簡単に抜かせると思わないで欲しいところですね」
 静かに、声を落とした霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)が地を蹴る。砂埃の中、た、と身を飛ばした奏多の背を見送りながら、春日・いぶき(遊具箱・e00678)は息を吸う。
「誰も死なせない。封印も解かせない」
 暴走だって、させませんよ。
 口の中ひとつ、言葉をつくり白い指先を前に出す。
「自殺しに来ている輩なんて返り討ちにして。全員で、無事と成功を報告するんだ」
 熱を帯びた空気に触れる指先から零れ落ちるのは硝子の粉塵。溢れる煌めきは、戦場へと風に乗る。
「それが僕の務め、でしょう?」
 加護をひとつ、いぶきは紡ぐ。
「さぁ、生きましょう。明日のためにも、今日を、全力で」
「グルァアアア!」
 硝子の煌めき、払うように竜は吠えた。咆哮と共に、ぐん、と踏み込んだ巨体がそのまま一気に身を倒してくる。接近というよりは、物量が叩きつけられるのに感覚としては近い。その巨体を、奏多は射抜く。ゴウ、と唸る雷光が竜へと撃ち込まれた。
 ガウンと鋼鉄を叩くような音と、爆ぜる雷光を深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は聞く。
「さて……即刻失せろ。お前達の思い通りにはさせない」
 瞳をギラつかせ、低く告げたルティエのいる場所は、竜の背後。足音無く、飛ぶような跳躍にて踏み込んだ娘の振るう刃が竜の鱗をーー断つ。
「グルワァアア!?」
 その衝撃に、背後の存在を悟った竜が暴れるように身を振るった。攻撃というよりは、間合いを散らす為か。た、と身を後ろに飛ばし「紅蓮」とルティエは声をあげる。
「ギルボークさんに属性インストールを」
「!」
 了解、と言うようにボクスドラゴンが翼を広げる。その瞬間、侵空竜の周辺の空気がーー歪んだ。震える空気に、バチ、と見覚えのある光が点る。電撃だ。
「来ます……!」
 トパジア・ランヴォイア(療源の黄玉・e34314)が警戒の声をあげる。躱すにはーー一撃が早すぎる。構えた武器を縦に、だが、トパジアの視界に踏み込む仲間の姿が見えた。
「させは……ッ」
「しません」
 いぶきと、詠沫・雫(海色アリア・e27940)だ。爆風と共に叩きつけられた竜砲を、盾役の二人とサーヴァントが受け止める。
(「えぇ、確かに。重いです」)
 ちり、という痺れはあの電撃の所為だろう。同じように血を流すいぶきに、ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の声がかかる。
「大丈夫ですか?」
「えぇ」
 勿論、とゆるり笑ういぶきは、ギルボークへと向かう斜線を塞いだのだ。過度な守りにはならぬよう、気をつけながら、だが確かに守られた事実に空にある青年は覚悟を刻む。
 この戦いには、勝利以外に後一つの目的があった。この場での勝利以外に、だ。
(「次の戦場……、この場の突破」)
 即ち、アストライオス及び四竜との決戦。上空へと抜ける必要がある以上、翼のある者が必要となる。そこに、ギルボークは志願したのだ。
「だからこそ……!」
 今は、自分にできることを。振り上げたハンマーが砲撃形態へと変形する。空を叩く一撃が、竜砲弾となって侵空竜へと叩きつけられた。
「グルァア!?」
 竜の瞳が、攻撃手を探すように揺れるーーそこに駆ける姿が一つあった。首から下げたヘッドホンを頭に装着して、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)はハンマーを振り下ろした。
「そんじゃ、その存在狩らせてもらうぜ? 悪いが悪く思うなよ大蜥蜴!!」
 撃ち出されるは再びの竜砲弾。二発続けて竜を撃った一撃を瞳に、雫は歌う。
「はじまりはじまり」
 私が壊すのが先か、貴方が壊すのが先か。どちらが勝っても恨みっこなし。
 微笑みを浮かべ、蒼い少女は歌う。紡ぐ癒しは加護を込めて、前衛へと届けば竜の咆哮に揺れる戦場が音に満ちた。
「ーー歌を」
 リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は紡ぐ。世界を愛する者たちを癒す歌を。
(「彼らにも命を賭してまで、望むものがある。ならば私達も、全力をもって挑みましょう。……人々を守る為、この手を血で汚してでも」)
 前衛へと届けるその歌に、乗せた加護は前に立つケルベロス達の集中力を叩き上げる。
「ルァアア!」
 重ね紡ぐ加護に気がついてか。竜の鋭い爪が地面を割った。熱を帯びたそれを視界に、トパジアはゆっくりと手を伸ばす。
「癒しを」
 前衛へと、少女は紡ぐ。再びの加護。光り輝くオウガ粒子を仲間へと届ければ、竜の唸り声が耳に届く。
「グルァア……ルァアアア!」
 むき出し殺意と共に、竜はその身を前に飛ばした。

●侵空竜エオスポロス
 夏の熱を残していた戦場は、今や雷光と撃ち合う火花の熱を灯していた。
「少なくとも、こいつは弱点じゃなさそう、だな」
 よっと、と振るう尾を飛び越えて、空牙が距離を取り直せば、奏多が息をつく。
「そうだな。攻撃の重さからすれば、クラッシャーか」
 硬さはーー竜相応のものか。ひび割れた鱗を見る限りダメージが全く通っていないと言うわけでもないのだろう。
「見事に、まだ元気だね」
 始まったばかりではあるけれど、といぶきは息をつく。完全に、まだ全員が攻撃の態勢には入っていない。紡ぐ加護はこの一戦と、突破を成功させる為のものだ。
「……」
 ならば、といぶきの瞳は弧を描き、竜を見据える。
「冥土の土産に熊本観光です? それとも、万策尽きたゆえの自棄っぱちでしょうか」
 お可哀そうに。
 挑発だ。突破の前、このタイミングですると決めていた。怒りを煽るような言葉を紡いで、赤い瞳が鈍く殺意を宿すのを見る。
「突破後も後を追われないように、勝利を疑い職務放棄? 所詮、トカゲの群れですか」
「グルァアア!」
 ぐん、と竜の爪がいぶきに伸びた。避けるには流石に足りず、真正面から構えたナイフと共に受け止める。
「聞こえていたようですね」
「ルァアア!」
 は、といぶきは息を吐く。受け止めた一瞬、竜の腕は己の前にある。ならば、一撃、払う手など届くまい。
「凍て付け、龍の息吹に!」
 ギルボークの氷の吐息が、竜を捉えた。キン、と高い音と共に竜の体の一部が凍りつく。払うように、その身を振るう竜へとルティエは再び踏み込む。その目に宿る妖しい光と共に、振り下ろした刃がぐん、と面を上げようとした竜の動きを、一瞬、鈍くする。
(「入ったな」)
 制約だ。敵の攻撃は重いが、こちらとて一撃、叩き込めていないわけではないのだ。
 加速する戦場に、流す血を今は無視してケルベロス達は駆ける。予定していた突破のタイミングまであと、少しだ。挑発は有効だ。だからこそーー使う分には注意もすべきだったのだ。
「此方は、まだ全く堪えていませんよ? もう責め疲れです?」
「グルァア!」
 トパジアの言葉に、ぐん、と顔を上げた竜の一撃が竜砲となって届いた。
「トパジアさん!」
 顔を上げた少女の前、雫が踏み込む。崩れ落ちるように僅かに、膝を折かけた彼女に慌ててトパジアが回復を紡ぐ。一帯を狙うブレスとはいえ、雫がいなければトパジアの耐久力では受け止めきれなかっただろう。
「光の盾よ……」
 光の剣を構え、トパジアが紡ぎ上げたのは癒しと盾の加護。
「ルァアア!」
 回復を終わらせぬ気か、追撃を狙う竜にリコリスと空牙が動く。
「狙わせません」
「こっちもいるっての」
 距離を詰める二人へと意識を向けた竜を視界に、リコリスは突破は、と小さく声をかける。
「あぁ、次だな。最悪、あと一回待つってのもあるが……」
「大丈夫です」
 ゆるり、立ち上がった雫が奏多の言葉にそう言った。
「なら、次で」
 ギルボークが告げる。えぇ、といぶきが頷いた。
「道を開けましょう」
 血と雷撃を以って戦場は熱を増す。起き上がり様に、一気に飛び込む竜を前にケルベロス達は己の武器を振るう。ひく足が、慎重さを見せるのは今がーーその時だからだ。ポケットで振動するスマホが奏多にその時を告げる。
「自爆しか術は無く、たかが数人すら振り切れない……」
 手を、前に。銀を媒介とした魔術は幻花と呼ばれる一撃を紡ぎ出す。
「物足りんな、お前さん」
 ガウン、と一撃は鋭く竜に届いた。衝撃に、僅かに身を揺らした巨体がこちらを捉えるより早く、空牙の伸ばした如意棒が竜の顔を穿つ。
「グァア!?」
 目の近く、貫くように届いた一撃に竜の視界が揺れる。
「目の前の敵さえ対処できないとは、それでもドラゴンの端くれか?」
「ルァ……ッグァア!」
 挑発と共に、ルティエが向けた銃口が光線を発する。熱に焼かれ、バキ、と鱗に皹が入る。零れ落ちる体液が地面を濡らし、苛立ちを見せる竜へとリコリスはバールを振り下ろす。
「グルァ……ッ」
 苛立ち滲む咆哮が途切れたのは、雫に放った魔法の矢が突き刺さったからだ。雨の如く降り注ぐ光の帯は、雷光の残る戦場にあって明るい。続けて、一撃を叩き込むようにギルボークは翼を広げーーそのまま、上へと身を飛ばした。
「ルァアア!」
 咆哮が、背に届く。ここで今、振り返るわけにはいかない。追わせるとでも? と声がする。させないと声が届く。行ってください! と背を押す声がーー届く。
「空中での戦いに慣れている訳ではありませんが……。それでもケルベロスとしての自負があります!」
 空を見据え、声だけを届けてギルボークは飛んだ。
「僕は僕の役目を果たします……後は任せました!」
 振り返らずに、皆を信じて。
「ヒメちゃん、どうかこの翼に祝福を……! 古より受け継がれし竜を討つ業を今!」
 守護騎士は空を行った。決戦の地へ。

●決戦場の猟犬たち
 斯くして、突破された事実に暴れる竜を以って地上の戦闘は激化する。
「グルァアアア!」
 制約は刻めてはいるが、加護を砕く一撃は面倒だ。いぶきが引き受けている分はあるが、盾役のダメージが大きいのも事実だった。
「はじまりはじまり」
 雫は歌う。加護を紡ぐ歌を。回復と共に届ける少女に、ぐん、と竜は鼻先を向けーー翼を、広げた。
「グルァア!」
 飛ぶように竜は前に出る。勢いよく、伸びた手足が雫にーー届いた。
「ッあ、と、は」
 回復を告げるトパジアに、雫は首を振った。もういいのだと告げる。
(「最後に、歌……」)
 届いて良かったと、盾役として立ち続けた少女は倒れる。
「グルァア、ルァアア!」
「それで、勝ったつもりですか」
 にぃと笑う竜にリコリスは告げる。叩きつける一撃を手に、深く、深く制約を竜の体に刻み込む。一撃、一撃は確かに重い。だがこちらの制約も、敵に届いている。
「ーーやはり、これですか」
 頑健による一撃。リコリスの一撃に、竜の鱗が剥がれ落ち体液がし吹く。最初こそ然程変わりが無いように見えた制約も重ねた今であれば、竜の反応差も良く分かる。
「グルァア!」
「その分、理力はあまり効果は無い、か」
 ならば、と奏多が手の中、武器を落とす。それなら、とルティエが一撃を選ぶ。空牙が地を蹴り、前を行く仲間にトパジアが回復を紡ぐ。加速する戦場に、剣戟が舞う。尾で一撃を受け止められれば、横から踏み込んだ仲間の一撃が届く。傷は多く、駆ける体は重くともーーこの一撃、届くのであれば。
「グルァアアア!」
 竜砲が、勢いよく後衛に叩きつけられた。ゴウ、と空を唸らせ、響く一撃にトパジアが倒れる。唯一のメディックが倒れたのと、奏多のスマホが時を告げたのはーー同時だった。
「時間だ」
 短く告げる。竜の視線が自分たちではない、他所に向く。熊本城の城壁、その一番近い場所に。
「無理やりにでも自爆する気か」
 小さく、奏多は息を飲む。此処で守れずに終わるのか。脳裏を過ぎるのは遠い背中との約束。『守る』為なら全てを尽くす。状況をひっくり返す手はひとつ。暴走をーーそう、思った男の前、竜の体が一瞬、傾いだ。
「制約ですね」
 リコリスが告げる。重ね紡いだ制約があの竜を捉えている。進む一歩を鈍らせた。ならば、その隙に。その一瞬を全て利用して。
「倒そうぜ」
 空牙が告げる。声と共に地を蹴って自爆を狙う竜へと迷うことなく一撃を仕掛ける。
「出て来て変われ、不足を補え」
 それは影分身の一体を鎖鎌へと変化させる術。放つ一撃が容赦なく、竜の傷を抉ればバキリと翼を氷が覆い、振り返る竜の赤黒い目がこちらを捉えた。
「グルァア」
「こっちだろ」
 なぁ、と告げる青年の横、リコリスは歌う。それは葬送の歌。遥か昔に滅んだ一族の歌のひとつ。
「どれだけ傷を負っても、私は歌い続けましょう……貴方の命が尽きるまで」
 旋律が進む竜を捉えきる。踏み込む足が歪み、振り払う為に広がった翼にーールティエは触れた。
「ネェ、モットワタシト遊ビマショウ?」
「!」
 振り返る頃にはもう遅い。間髪入れずに振るわれる刃は、竜の機動力を奪う。翼が破け、ぐらり大きくその身を揺らした巨体にいぶきはひとつの球体を届ける。
「どうぞ」
 それは虚無の球体。触れたもの全てを消滅させる不可視の力。
「ァ? グルァア!?」
 衝撃に、一撃を知った竜が吼えた。激昂をその身に、視線を逸らすことなく受け止めたいぶきの前、奏多の力が展開する。
「仮令何を賭けようと、己の目の前では何一つ、喪わせない」
 銀の弾丸は、無数の幻影となって竜へと向かった。逃れるように身を飛ばす。だがその身は、制約に縛られ、鈍る動きでは銀の弾丸は避けきれない。
「グルァアア……ッ」
 銀が、竜の胴を穿つ。ぐらり揺れた巨体は、己の電撃に似た白い炎となってーー崩れ落ちた。

●終焉
「とりあえず、なんとかなったか?」
 竜の熱が、まだ頬に残っているようだった。
 ほう、と息をついたルティエに、誰もが頷く。だが次の瞬間、ルティエは空を見た。
「何か……」
「揺れ?」
 いぶきがそう口にした次の瞬間ーー強烈な振動が一行達を襲った。
「熊本城が!?」
「崩壊して……いや、あれ……」
 息を飲むリコリスの横、崩れ落ちた熊本城を呆然と見上げた空牙は息を飲む。
「なんだ」
「まさか……」
 熊本城のあった場所に現れた物に、怪しく輝くドラゴンオーブにいぶきは小さく息を飲む。
「ドラゴンオーブですか」
「ーー、一旦、退こう。あれが何か、明確に分からない以上深追いは危険だ」
 奏多はそう言って、未だ目を覚まさぬ二人を見た。あれが想像通りのものでーー此処を動いていないのであれば。
(「この先に、戦いがある」)
 誰もが、その先の予感を胸に、熊本城を離れた。その目に見たものを、決して忘れぬように焼き付けて。

作者:秋月諒 重傷:詠沫・雫(海色アリア・e27940) トパジア・ランヴォイア(療源の黄玉・e34314) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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