熊本城ドラゴン決戦~ラディカル・ダンス

作者:弓月可染

●熊本城
 橙から藍へと、ラディカルなグラデーションを見せる熊本の空。
 だが、この日、逢魔が時の主役を声高に誇るのは、目が覚めるような色彩ではなく。
 熊本城の上空を埋める、多くのドラゴン達だった。
 侵空竜エオスポロス。
 自在に空を駆ける翼竜が、声を上げながら次々に熊本城へと突入していく。
 やがて。
 もはや廃墟と化した城から、姿を現すのだ。

 何かが。
 力を秘めたる、何かが。

●ヘリオライダー
 熊本市を狙う九つの軍団を最小限の被害で撃退したケルベロス達。だが、それを喜ぶ間も無く彼らに告げられたのは、竜十字島から飛来するドラゴン軍団の動向だった。
「魔竜王の遺産の奪取。それが、ドラゴン達の目的です」
 魔竜王の復活すら可能とするという遺産。その封印はいまだ健在だが、ドラゴンの力をもってすれば、封印を無理やりこじ開けることも不可能ではない。そう告げたアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は、齎された予兆に緊張の色を隠せてはいなかった。
「熊本城に特攻し、自爆して自らのグラビティ・チェインを捧げる――力ずくですが、確かに有効な方法ですね」
 翼竜を迎撃し熊本城を護ることが今回の作戦目標であると示した彼女は、しかし、敵の動きはそれだけではないのです、と続けた。
「ドラゴンを指揮する覇空竜アストライオスの作戦は、二段階に分かれています」
 第一段階は、エオスポロスの軍団を熊本城で自爆させ、そのグラビティ・チェインで遺産の封印を解除すること。
 そして第二段階は、アストライオスと配下の四竜の儀式で、魔竜王の遺産を竜十字島に転移させることだ。
「魔竜王の遺産を奪われてしまったら、もう手出しをすることは不可能に近くなります。それを防ぐ為には、迎撃と並行して、儀式を妨害しなければなりません」
 自爆による封印の解除に失敗した場合、覇空竜アストライオスは、先に儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げ、儀式を完成させようとするだろう。つまり、儀式が完成する前に、アストライオスと四竜のうち、一体だけでも撃破する必要があるのだ。
「エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能な方を突破させて、覇空竜アストライオスと四竜を奇襲する……危険ですが、取りうる手段はこれしかありません」
 エオスポロスは、熊本城突入後、十二分程度で自爆する。つまり、十二分が経過する前に撃破することで、儀式に必要なグラビティ・チェインの放出を阻止できるということだ。
 撃破に失敗したとしても、与えた傷によっては自爆の効果が弱まると考えられるので、り、力の限り攻撃することが重要だ。
「エオスポロスも弱い相手ではありませんから……出来るだけ多くの奇襲部隊を送り出したいですが、おそらく一人か、二人が限界でしょう」
 もっとも、最低限五体の内一体を撃破しなければならないとはいえ、アストライオスと配下の四竜もまた、互いに連携して戦うに違いない。各部隊から送り出されたケルベロスを一体の目標に集中させた場合、他の四体の妨害は苛烈になると予想できる。
「ですので、本命以外に対しては、少数での攻撃による牽制が有効と思われます」
 四竜は、主であるアストライオスの守護を最優先にする可能性が高い。そのため、ある程度の戦力でアストライオスを攻撃しつつ、本命の攻撃を集中させる作戦などが考えられる。
「本当に、危険な任務です。けれど、負ければ後がありませんから」
 よろしくお願いします、と一礼したアリスは、何か言葉を続けようとして――少しの沈黙ののち、ただ、勝って下さい、と呟いた。


参加者
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)

■リプレイ

●侵空竜 1
 空を覆うかのように飛来したドラゴンの群。
 迎え撃つケルベロス達。
 熊本城の封印を巡る、四十を超える激突。
「そう簡単に、通すわけにはいかないわ」
 セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)の戦場もまた、その一つだ。進路を妨害する卑小な者共への鉄槌は、竜の巨体に見合わぬ高速機動から見舞われる先制の竜尾。
 だが、周囲を薙ぎ払う質量に強かに打たれながらも、少女はその清冽さを失わない。死地をも恐れぬその心が、鎧以上にセリアを護る故に。
「この足に宿れ――妖精の力よ」
 見上げるほど高く跳べたのは、七色照らす妖精の魔力故か。遥か頭上から降る虹の矢が、竜の頭蓋を蹴り抜いた。打撃の痛みに、竜の意識が彼女へと曲げられる。
「流石に速い……けど、いける」
 それは大きな隙。レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)の掌に力が籠る。革手袋が僅かに鳴いた。
 慣れ親しんだ長銃の代わりにありふれた六面体パズルを握りしめ、彼は大きく振りかぶって。
「灼き尽くせ、箱の中のインフェルノ!」
 投擲。肌にこつんと当たると同時に、それは竜を包むほど膨れ上がる。次いで空気を震わせる、金属が擦れ合う音。
 やがて六面体が消え去った後に現れたのは、幾重にも鎖を巻き付けた竜の姿。それが何を意味するのかを知っているのは、もちろんレスターだけだが――。
「上出来だよっ!」
 僅かでも敵の速度が鈍るならそれは好機。自分よりも大きな斧槍を手に、東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)は地に足を着けた竜へと迷いなく迫る。
「ドラゴンがいっぱいだけど、みんなで倒せば大丈夫だよねっ」
 岩の如き硬さを誇る竜の鱗と外皮。だが、小柄な体躯の少女は、地をも割るような衝撃をその敵へと叩きつける。その一撃が齎した振動は、たちまち竜の全身を駆け巡り脳幹をも揺らす程。
「かわいそうだけど、自爆させるわけにはいかないよー」
 ひりついた戦場には不似合いな可愛らしい声で、苺は雄敵へと得物を突きつけた。

 竜縛鎖・百華大蛇とは出来過ぎた銘だ、と思いながら、螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)は手元に戻ってきた八叉の鎖を握り締めた。
 もっとも、彼の過去と鎖の本来の使い手を考えれば、決して不思議な事ではない。その銘も。その感傷も。
「いずれにせよ、お前を倒す。それだけだ」
 だから、倒れない事を優先し後方で距離を取らなければならない現状は、彼に狂おしい程の苛立ちを与えていた。竜を討ちたい。この刀で。この拳で。
(「あるいは、俺でなくても――仲間達が」)
 だが、胸で荒れ狂う感情を押し殺し、セイヤは全身を巡る龍の力を掌に凝縮し、解き放つ。
 それは猟犬の如く、動き回る龍を追い、食らいつき、そして爆ぜるのだ。
「さぁて、まずは順調な滑り出しですが」
 霊刀を媒体にして御業を身に降ろしながら、二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)はそう独りごちる。
 あらゆる手段で敵の機動性を奪い、攻撃を集中させて二人の仲間を先に行かせ、なおかつ少ない戦力で制限時間中に勝負を決める。それも、ドラゴンを相手にだ。
「……占う気も起こりませんねぇ」
 困難な戦いであると承知していた。けれど、この場に立った時点で迷いはない。どれほど低い確率だろうが、目指す未来は定まっている。
 掬い上げるように腕を掲げ、ぐ、と掴む。同時に、たたらに連動するかのように現れた半透明の何かが、竜の脚を鷲掴みにした。
「何せ、結果が判りきってるんですから。きっちり仕事、こなしましょう」
「は。言ってくれるじゃねえか」
 その言い草に、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)が獰猛なる牙を剥く。随分と耳障りの良い事だ、と唇を歪めた。
 ああ、ヤり合う前からびびるより、よっぽど良い。
「そんじゃあまあ、地獄へようこそご一行」
 跳んだ。竜が動く機先を制し、後足の膝を踏み台にして更に高く。頭までには届かずとも、首の根元まで。
「ご案内を務める番犬だ。よろしく頼むわ」
 返事は聞かず、長剣を突き立てた。ぶら下がるようにして蹴り一つ、更に反動で身体を浮かせて拳を捩りこむ。力任せの攻撃の連打。
 敵を倒す。自らの血が流れる事も厭わぬ暴力の嵐。それを嫌ったか、竜はサイガを振り払い、雷の吐息を吐き散らす。
 白く染まる視界。だが、それは稲妻の光だけではない。
「お願い、皆を」
 ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)のオウガメタルが発する眩い光が、仲間達を包んだ。
 雷撃に抗するには及ばない。だがオウガ粒子の齎す覚醒は、全身の代謝を超強化するのみならず、感覚を刺激し集中力を高めていく。
「大丈夫。大丈夫、だよ」
 自分に言い聞かせるように繰り返す。
 怖くない訳がなかった。左胸の奥で熾火の如く燃える地獄の炎。
「僕は、僕は……」
「畏れる必要はない」
 没薬の香りを纏う青年。その背を押すように、龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)は断言する。
「敵の戦力は圧倒的だ。だが、それは必死、後が無いという事でもある」
 彼もまた、セイヤと同じく来る時の為に後衛に控えている。翼有る者として、廻天竜ゼピュロスを討つ為に。
「奴らも焦っている。胸を張れ、敵に絶望を刻むのだ」
 禍々しき手甲に黄金の魔力が集う。気合一声。ぐ、と拳を突き出せば、光は竜を超える高速の魔弾となって翼を穿つ。
「そして、我らは希望を謳おう」
 力任せの衝突。既に、二分が経過しようとしていた。

●侵空竜 2
 分刻みのアラームが三度鳴ってから、かなりの時間が経っていた。
「そろそろ、合わせていかないと、かな」
 苺の眼鏡がきらりと光る。鉄火場に在ってなお失われぬ余裕。見かけによらず、八人で最長の戦歴は伊達ではない。
「もっと感じちゃお、地球の重力を!」
 拳で語るタイプにも見えないが、自宅警備員らしからぬアグレッシブさも昔取った杵柄か。ともあれ、彼女の拳は地を抉り――そして、万物を大地に縫いつける重力が、竜の翼を貶める。
「俺の取柄は狙撃の腕しかないけれど――」
 だからこそ、誰にも負けないと。
 その誇りは口にせず、レスターは建物の影から長銃を構えた。目まぐるしく動き回るのが常の戦いで、今この時だけはじっと身を潜め、一瞬のチャンスを待ち続けて。
「――卑劣で臆病なスナイパーでも、役に立てるなら本望だ」
 黄色く染まった眼鏡越しの視界、全ての動きが止まる一瞬。引鉄を引いた。迸る閃光。真っすぐに伸びた魔力の光線が竜の翼、その付け根へと突き刺さり、爆ぜる。
 レスターの銃が齎した必殺の一射。下級のデウスエクスであれば一撃で仕留め得たであろう熱量。
 もっとも、デウスエクスの肉体は地上の生物とは違い、ドラゴンは他のデウスエクスとは違う。例え額や目を射抜いたとて、効果があるとは限らないが――。
 苦痛に吠えるドラゴン。その咆哮の中、彼らの耳は微かな響きを拾う。

 四度目のアラーム、約束の刻限の知らせを。

 同時に、竜はその前脚を振るい、爪でサイガを強かに引き裂いた。魔法陣を重ね守りを固めていなければ、意識を刈り取られていたに違いない一撃。全身を、激痛が苛む。
「……ッは、ごくろーさん」
 だが、入墨すら血で隠れる負傷の中、彼は小さく嗤ってみせた。これでいい。送り出す最後の一瞬まで、『アイツら』には傷一つも許さない。
「俺ァ意外と社畜なんでね……きっちりいい仕事してやんよ」
 力を振り絞って突き入れた拳。その表面を流体金属が覆い、一つの凶器となって竜の鱗を砕く。そして、後を追い食らいつく黒龍。
「魔龍双牙・獄焔ッ! 食い破れッ!」
 セイヤの右腕を覆う黒い闘気が、その声と共に牙を剥いた。肉を食い破り身を灼かんとする殺意は、彼の視線に滾る熱量よりなお猛々しい。
 続いて、次々と突き刺さる攻撃。勝負をかけるのは、四分が経ってからと決めていた。出し惜しみの無い最大攻撃に、流石のドラゴンも身を捩る。
「くっ……でも、今は……」
 その中で、ミルラだけは違う決断をしていた。もちろん、竜への攻撃に加わる手は用意している。
 けれど。
「それでも僕は、――俺は」
 黒い古木の杖を握り締めた。木々よ、大地よ。力を貸して。
 大切なものを、護る為に。
「俺は、癒やし手だから」
 咲き乱れるはニワトコの花。サイガを包む可憐な白を媒体に、ミルラは癒しの力を送り込む。
 彼等は総じて、やられる前にやれ、を体現したパーティである。
 攻撃力の高さは、継戦能力の低さとのトレードオフ。これほどの相手であれば、本来なら癒し手を増やして対応する所だが――二人を送り出すという方針がそれを阻んだ。
 だからこそ、その一手は彼の矜持であり、最善の選択だった。この瞬間を乗り越え、仲間を送り出した先にも、この竜を討つという難事が待っているのだから。
「その分は、自分が二倍働いてみせますよ」
 その横をたたらが駆け抜ける。敢えて吐いた大言。占わない。逆張りなど許さない。
 そうあれかし、と決めたのだ。後は、言葉でも何でも重ねて真実にしてしまえばいいだけの事。
「さあ、もう少し踊りましょうや」
 翼で滑空し、壁を疾ってまた跳んで。入り組んだ城郭の中故に、足場は多い。いつしか身体に巻き付いたケルベロス・チェインが、無理やりに身体を突き動かす。
 四秒、三秒、二秒。一際大きく屋根を蹴り、竜の目前に躍り出て。
「――必殺」
 それは未来を掴む手。迸る発勁が外皮を貫く。次いで、体勢を立て直したサイガが空を蹴って跳びあがり、ドラゴンにその身を晒した。
「こちらよ、竜の戦士」
 更に反対側から、翼をはばたかせたセリアが滑り込む。無論、ただ飛び回るだけではない。腕に抱えるのはランスではなく武骨なる鉄杭。
 彼女の得手とする凍気を纏わせ、体当たりで叩き込む。束縛を重ねて尚速い敵への最適解。車が衝突するような重い音、続けて開放された魔力がドラゴンのみならず周囲の空気を強烈に冷やしていく。
「私を喰らいなさい。それが出来るというのなら」
 囮。それが次々と竜に接近する者達の唯一つの目的。怖くはない。そのはずだった。
 そして、セリアは気づく。この場に、あの頼もしい背中は居ないのだという事に。けれど、そんな感傷を上書きするように、頼もしい二つの響きが彼女の背を押した。
「皆、後は任せた!」
「儀式を潰し、奴等に大打撃を与えてみせる」
 漆黒のオーラを纏ったセイヤと、黄金のオーラを纏った隆也。二人の竜人は、その翼を大きく広げてドラゴンの左右をすり抜ける。
 と、一瞬振り向いた隆也がライフルを構え、狙いもせずに引鉄を引く。突破口は竜の死角。だからこそ、其処からの攻撃は痛烈で。
「勝つぞ。必ずだ」
「任されたから――任せたわよ」
 飛び去って行く二人。隆也が作った隙を利用し、彼女もまた一旦距離を取る。
 杭打ち機を投げ捨て、再び槍を構えるセリア。残された者にとっても、ここからが本番だと判っていた。

 舞踏会が終わるまで、あと七分。

●廻天竜 1
 言葉を交わす間もなかった。そんな情緒は何処にもなかった。
 廻天竜ゼピュロス。
 熊本城の上空、ケルベロス達を待ち受ける四竜が一。
 東洋の龍の姿を持つドラゴンは、彼らがが間合いの内に踏み込んだとみるや否や、その長い尾をぶん、と鞭のように振るった。
 尾の軌道に重なった空間が、ぐらり、と歪む。次の瞬間、その歪みが無数にひび割れたかと思うと、不可視の風刃となって小さき者達を襲って。
「流石に、簡単に倒せる相手ではなさそうですね……」
 左肩をざくりと裂かれたエストレイアが厳しい表情で竜を見据えた。
 二十六人ものケルベロスが展開するこの戦場で、全方位に攻撃を分散させてなおこの威力。風を司る廻天の竜は、ただの一撃で侵空竜エオスポロスなど足元にも及ばぬ格の差を見せつける。
 だが。
「ですが、押し通ります!」
 それで怖れるというのなら、彼女らはこの場には来ていない。巨大なる槌にぽかりと開いた砲門を竜に向け、星厄の騎士エストレイアはそう言い切った。
「私は、竜を討つ――その為だけに此処にいる」
 体勢を立て直した雅が、何処か硬質な声でそう告げる。白き装束の竜人を中心に、膨らんでいく歪なる凍気。
「だから、眠れ。絶対零度の氷柩の中で」
 その声すら凍てついているのは、偽り故か、呪詛故か。ともあれ、龍の咆哮の如き砲撃を追って、氷の奔流が竜を襲う。
「出し惜しみの必要はありませんわ。力で圧倒いたしましょう」
 強気に言い放ち、ワンドを高く掲げるラズリア。
「終焉の時は来たれり。星よ導け――」
 太陽の如き少女とは、勝利を約して別れたばかりだ。ならば、どうして立ち止まって居られようか。輝けよ蒼の星。身体を巡る濃密なる魔力が、水晶の形を取り溢れ出す。
「――我は再生を願う者なり!」
「全ては今此処にある勝利の為に! 我ら時空を司る者なり!」
 金の髪には紅と青の二色薔薇。ラズリアの詠唱に合わせるように、ロウガは手にした長銃の引鉄を引く。
「先達が封じた災厄、断じて放たせてなるものか」
 それはオラトリオの秘技、時間をも凍らせる弾丸。魔竜王とも争った天使の血の誇りが、強大なる竜へと食らいつく。
「さてさて、一筋縄ではいかない事は判っていたけれど」
 一斉砲撃の状況を、更に上空から見下ろすシェイ。多くの火箭が放たれ、しかし少なくない数の攻撃が竜の動きを捉えられず、彼方に反れていくのが見て取れる。
「ちゃんと働くかな。給料分くらいは」
 故に、足止めに徹すべしという僚友と同じ結論に達し、彼は棘のびっしりと生えた棍を一振りした。轟、と吠え猛る気弾が生まれ出で、竜を狙う。
「……逃がしません」
 また、クィルのように氷系統の魔術を仕掛けるものも多い。一度表皮を凍らせれば、後は攻撃を仕掛けるだけで皮や肉ごと砕けていく。なるほど、多数が集うこの戦場では有効な戦術だと言えよう。
「眠って下さい。どうか――これ以上は」
 宙より発し天に向け伸びた光が、氷の剣となって竜を襲い――ダイヤモンドダストとなって戦場を煌かせた。
「わ、何コレ? 綺麗ねー!」
 そんなクィルの輝ける氷剣を目にして、思わず歓声を上げるシィ。だが、彼女とてこの鉄火場に身を投じたケルベロス、ただ見惚れるだけではない。
「それじゃ、シャボン玉を合わせたりなんて――どうかしら?」
 そっと手を伸べれば、溢れるように形を成し、銀雪をかき分けていくシャボン玉。いや、その正体こそは『圧縮』された空間、触れれば弾ける美しき機雷だ。
「あれが、ゼピュロスさん……」
 息を呑むアリス。圧倒的な存在感を前に、それでも彼女の優しさは敬称すら省かせない。好き勝手にはさせないという決意と他者を討つ事への躊躇いが彼女の中でせめぎ合い――それでも。
「空色の焔よ……この空に羽ばたいて、どうか……」
 その髪には空色桔梗、その翼には地獄の炎。時間すらも灼くほどの蒼き光が翼より出で、銀雪もシャボン玉も何もかもを呑み込んで爆ぜる大火となった。

「太陽の騎士シヴィル・カジャス、見参! ドラゴンよ、覚悟するが良い!」
 上下感覚を失う全天周飛行戦闘。ゼフィロスに指呼の距離まで迫ったシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が高らかに名乗りを上げる。
 その誇りが、その勇気が挫ける事はないのだろう。どのような危地に在っても。どのような強敵と戦うのだとしても。
「此処は、我らの空なのだ!」
 クロスボウから放たれる、エネルギーの光矢。それを追うように、激しい氷雪のブレスが空間を埋める。
「例え強大なドラゴンにだって、僕は負けません!」
 ギルボークのブレスは大竜のそれには劣るのかもしれない。だが、込められた熱量はいささかも劣ることなく、故に練られた魔力は竜をも凍てつかせる冷気を振りまいた。
「今こそ古の竜を討つ! ――だから待っていて、ヒメちゃん」
「若さとはパゥワーじゃのう。善き哉善き哉」
 呵々大笑する重臣が、予想外の不意打ちに赤面したギルボークを置き去りにすっ飛んでいく。棒切れ一本引っ提げて、目指すはもちろん青龍が首。
「人々の未来と平穏の為、何より儂の意地と旨い菓子の為!」
 本気を見せてくれよう――そう不敵に唇を吊り上げ、老雄は竜と交錯する。それは一瞬、なれど確かな手応えが心地良く腕を痺れさせて。
「ひひ、ドラゴンと言えども生物よ。ならばことごとく蝕んでみせようぞ」
 褐色の肌に桃色の蓮。この決戦において最年少の一人であるステラは、しかし驚くほど嫋やかに笑みを浮かべてみせた。
 夕闇迫るこの時は、まさに月と太陽が並び立つ時間。両の加護を一身に受け、星の名を持つ少女は老獪に喉を鳴らす。
「余らは離れていても共に戦っておる。ならば、畏れる事は無いのじゃ!」
 投擲されたカプセルがその外包を溶かし、無数のウィルスを撒き散らす。そして、それすらも呑み込んで撃ち込まれた、黒き火球。
「呪いの黒炎よ、今こそ復讐の時よ。決して逃さないで……!」
 それは、同じ色に燃え盛る地獄の炎の翼を持ったキーアが、射殺すような視線と共に放った魔力弾だ。仲間の支援が奏功したか、竜に直撃した黒炎は、手を広げるように竜へと絡みついて。
「全て燃やし尽くしてあげるわ……!」

「――頭が高いわ、小さき者どもよ」

 戦場を威圧する大喝。
 初めて言葉を発したゼピュロスが、強烈な暴風のブレスで戦場を薙ぎ払う。そして、翼の制御を失い上下感覚を失ったケルベロス達を、鎌鼬が容赦なく襲っていった。

●侵空竜 3
 永遠にも感じられる戦い。
 六人での戦線維持は綱渡りの連続だ。いや、維持では足りない。時間内に倒す為、前のめりに攻め続けなければ。
 しかし、その攻勢は明らかに鈍っていた。二人を欠いただけではない。ミルラの手だけでは支援が足りず、アタッカーが手を止めるシーンが目立ってきたからだ。
 だが、番犬の牙は未だ折れず。
「足りないっていうなら、ある所から貰うとしようかねぇ」
 うっそりとたたらが嘯く。
 この刀で神をも斬ったというならば、竜が斬れないはずもない。半円を描くように野太刀を振るえば、ずん、と開いた竜の傷から血よりも濃く流れ出る生気。
 足りないならば奪えばいい――腐ってもドラゴンですねぃ、と呟いて。
「そろそろ決めるよっ」
 苺の構えた斧槍に、ばちりと稲妻が奔る。
 高速で駆ける雷竜に、本来であればその穂先は届かなかったのかもしれない。だが、幾度も繰り返された攻防の結果、最早竜の動きに当初ほどの精彩はない。
 それに、何よりも。
「自爆なんか、絶対にさせないよー!」
 明るい声色の裏に凛とした決意。ここで竜を止める。熊本城の封印を護る。その想い一つ抱いて、彼女は真っすぐ得物を向けた。
「――覚悟!」
 疾った。跳んだ。その槍の先には稲光、竜の雷撃を超える雷。怖れを知らず突き入れた穂先が、電撃と共に腹を食い破る。その横から飛び込んだ白き小竜マカロンが、速度を落とさぬままに激突した。
「根性見せるじゃねぇか、小っちゃいの」
 幾度も竜の攻撃を受け止めてきたサイガが、面白げに唇を吊り上げる。泥臭く足掻くのは嫌いではない。最後の最後に、立って勝ちをもぎ取る為ならば。
「なァ――てめえらは城に突っ込んで仕事納めらしいが」
 するり尾を避けて走り込む。本来なら後ろに回って尻を蹴り飛ばしてやる所だが、今日の役目はていのいい的だ。的が隠れちゃ意味がない。
「残念だな。俺にゃ、明日の仕事も待ってんだ」
 刃のように鋭い蹴りを苺の刻んだ傷口に叩き込み、褐色の肌の番犬は誇り高く胸を張る。
 生きるという選択をした者に、どうして死者が敵おうかと言わんばかりに。

 竜が飛び立つまでのカウントダウン、最後のアラームが鳴った。
「狙撃手を舐めるなよ、ドラゴン」
 無論、誰一人として諦めはしない。それは、前衛達を信じて狙撃ポイントに留まり続けたレスターも同じだ。
 我こそは黙示録の騎士、死を運ぶ馬の乗り手。愛銃に手を添えて、最後の、そして最高の一射を放つ。
 伸びるは熱線。首を貫き穴を穿つ処刑の光。完全な止めには未だ至らないが――。
(「儘ならないものね、こんな時に思い知らされるなんて」)
 この魂が燃え尽きても構わない。そう蒼い炎に誓い、ここまで戦ってきたセリアは、しかし『弱くなった』自分を目の当たりにしてほろ苦く笑う。
 いや、本当に気付かされたのは、そんな自分が決して嫌いではない、という事か。
「……考えるのは、戦いが終わってからね」
 愛槍を媒介に、凍てつく魔力を収斂させる。細く、細く紡ぎ。
「さあ、氷精の一矢よ。竜の戦士を射抜き穿ちなさい」
 青白き一本の光線が、レスターの穿った穴を押し広げるように氷の傷を刻んでいく。
 そして。
「灯した炎が消えない限り、俺は、僕は」
 翠為す焔、吹きすさぶ花嵐。ミルラの掲げたニワトコの杖を中心に、魔力で編まれた植物が花咲き生い茂る。
「立ち続けよう、此処に」
 左胸に掲げた聖なる誓い。ここまで一人の脱落者も出さなかった癒し手が、最後の一手を突きつける。
 ゆらゆらと揺蕩う無数の花弁が竜を包み込む。それはさながら翠の火柱、ドルイド達の葬送の手向けのように。
「――花開け」
 それが、終わりを告げる言葉。
 花弁が爆ぜ、灼熱の檻にドラゴンが断末魔の声を上げた、その時。

 彼らは見た。
 熊本城が、轟音と共に崩れ落ちていくのを。

●廻天竜 2
 もうもうと立ち込める土煙。
 その向こうは上空のケルベロスからも未だ伺い知れなかったが、少なくとも相当な数の翼竜を自爆させてしまったのだろうという事は察せられた。
 言葉なく広まっていく動揺。浮足立つ戦列。だが。
「で、どうするの? 尻尾巻いて帰る?」
 カッツェの強気な台詞が、彼等の意識を引き戻す。いずれにせよ、やる事は一つだけ。そのシンプルな目的を、皆が思い出す。
 いい顔になって来たじゃない、と不敵に微笑んで。
「お待たせ、お詫びに教えてあげる。ここから先は通行止めだって!」
 黒と蒼、月食の月の如き二本の鎌を構え、急加速した彼女はドラゴンに迫る。長い尾に沿い死角に隠れ、見えない背よりざくりと斬りつけた。
「その意気や良し。此処が正念場だ、征くぞ!」
 常はあらわにしない深紅の翼を大きく広げ、隆也がその後に続く。纏うは黄金のオーラ、戦士たれ勇者たれと思い定めた竜人の誇りが、一層の輝きを彼に与えていた。
「侮るな、しかし、恐れるな! さあ、俺に続け!」
 至近距離まで肉薄し、黄金のオーラを魔弾に換えて叩き込む。如何に巨体なれど素早いと言えども、この距離から追尾させれば外しようがない。
「今は攻め時ですが……しかし」
 一方、瑠璃の翼を広げてやや離れた場所を飛びながら、霞は冷静に戦力を数える。既に何人かが力尽き、あるいは戦場を離れていた。
 あまりにも戦場は広く、癒すべき者も多い。そのため、広い範囲に癒しを与える魔術や医術の類は効果が薄かった。
 一方で、極端に癒し手が少ない、という事情もある。手を止めて自己回復力を高めようとする者も居たが、余程の効果がなければ、単に手を遅らせるだけに留まっている。
「使い惜しみは無し、でしょうね」
 抜き放つは真鍮にも似た輝きの刃。鍔の宝玉を一撫ですれば、かつて喰らってきた魂の残滓が魔力となって仲間の傷を癒す。
「次はこっち、ですね」
 一方、戦場に目を走らせるエルスは、異界の知識すら引き出してみせると言わんばかりに魔導書を開いた。
 詠唱。彼女以外には耳慣れぬ響き。その力ある言葉が紡がれる度、傷ついたケルベロスが痛みすら忘れ再び攻撃を開始する。
「ドラゴンは殺す。どんな事をしても」
 黒き瞳に宿るは妄執。可憐な少女の声に、憎悪の色が乗る。だがその時、そんな感情すら生ぬるいとばかりに、全ての悪意を煮詰めたような声が戦場に轟いた。
「咲いた、咲いた、赤い薔薇――」
 それは、歌だ。
 信じられない事に、この地の底から響くような声には音階が在った。神経を逆撫でる響きと呪詛を編んだような詩。血よ、咲き狂えとその声はがなり立てる。
「――赤い花は、彼方の空へ」
 歌声よ、血を啜れ。その発生源はアンジェリカ、地獄の炎と化した歌声。あんじゅちゃんもがんばるよ、と可愛らしく告げたその声は、年頃の少女なりの愛らしさであるのだが。
「……こ、これは凄いですね」
 マイペースなカルナも、流石にこれには苦笑いを隠せない。気負いを解す効果もあったのだろう。必死に攻撃するだけだった彼は、改めて戦場を俯瞰する余裕を得ていた。
 無傷で居られないのは敵も同じだ。竜もまた全身に傷を負い、また物理的にも魔術的にも多くの束縛を受けている。後は、どちらが先に沈むか、という勝負なのだろう。
「ええ、ですから教えてあげます。こう見えて諦めが悪いんです、って」
 魔導書に魔力を注ぎ込む。生まれ出でるは乱舞する氷雪。
 竜の首を獲るその瞬間まで、カルナは希うのだ。風よ、嵐を告げよ、と。

 ゼピュロスとの戦いが始まって、七分と少し。
 三度ケルベロス達を襲った、空間すら割り砕く尾の一撃。ここまで戦線を維持してきた者達も限界を迎えたか、四人ものケルベロスが叩き落されていた。
「諦めるな! 見ろ、ゼピュロスももう限界だ!」
 士気を鼓舞すべくセイヤは叫び、自ら妖刀を掲げ竜へと向かっていった。普段は口数が少なくとも、戦場に在ればこの程度は高揚してみせる。
 いや、個体は違えども、ドラゴンと戦うというならば。
「竜をもって竜を喰らう! 撃ち滅ぼせ、黒き双牙よ!」
 ぶん、と虚空を斜めに斬れば、集束したオーラが剣閃に乗って宙を裂く。その後を追うように飛ぶ、魔力秘めし小動物。
「早く終わらせたいだけよ」
 夕闇の中、ヴェールがファルゼンの顔に影を落とす。表情は隠れていようとも、その声は気怠げな印象を与えていた。
「……ええ、早く」
 だが、二度繰り返した早く、という言葉には、どこか焦りも感じさせる。小さな体で竜を攪乱せしめたファミリアを古木のワンドの姿に戻し、ちらり、遠くを見やる喪服の女。
 その先には、蛭のような、蜥蜴のようなドラゴンと――きっとそこで、白い髪の少女が戦っているはずだ。
「恐れはしませんよ、我々は。……どうぞ、お覚悟を」
 ラグナシセロの声は決して大きなものではなかったが、不思議と凛として戦場に響いた。勝てるか、だなんて何も根拠などない。けれど、勝ってみせるのが僕らの役目だから。
 一抱えもあるような長銃を構え、ゆっくりと引鉄を引く。あふれ出る魔力はやがて一本のレーザーに収束し、凍てつく極北の光となって。
 のんびりとした日常に生きる青年は、けれど今この瞬間だけは、自分が戦士だと知っている。
「一気に押し切ってしまいましょう。もう終わりが近いなら」
「――」
 その言葉を聞いたあおは、しかし金の瞳にいささかの揺らぎも起こさない。戦場に在ってなお、この茫洋とした少女は昂る事はなかった。
 握り締めたエニシダの柄は武骨なれど、魔法の触媒としても有効には違いない。何事か、古代語の音節を聞こえぬ程度に呟けば、力ある言葉は奔流と化して主の敵を襲うのだ。
 ああ、それは理を翻す歪曲の調べにして、心優しき怨嗟の詩。世界の理をも憐れむ呪は、遥かなる大竜であっても痛みの記憶を伝えるだろう。
「後悔させてあげる。この世に生まれた事を」
 一度は意識を失って落下し、しかし精神の力一つで再び戦いの舞台へと戻ったリィ。彼女は自らの内に飼う魂を呼び起こし、黒き鈎爪へと練り上げる。
 解き放てよ混沌の悪意。ああ、この技術すらも、おそらくはもう自分しか継いではいないだろう。
 であっても、感傷の揺らぎが赤い瞳に現れる事はない。滅んだ故郷の為でも、自らの過去の為でもなく、たった一つの約束の為に。
「自分に、誰かに誇れるような――そんな自分でいたいもの」
 そして、そんなリィに、私もよ、と応える声一つ。
「私も、絶対に諦めない。だって、太陽にも負けないって、そう決めたから」
 血と鋼鉄と魔力が吹き荒れる戦場で、それでも零れるような笑顔を忘れないで。うるるが大鎌を一振りすれば、かつて彼女を苛んでいた病魔の力が凍てつく波動となって放たれる。
「ねぇ、どんな苦しい事があったって、明日のあなたはもっと素敵になれる筈なのよ」
 素敵な明日は来るのだ、と。
 ドラゴンを前にして、そう、陽光の少女は言い切ってみせるのだ。
 だからこそ、追い詰められた竜は激高する。

「賢しらなる者ども、汝らに明日があると思ってか――!」

「ええ、だって」
 苦痛に身を苛まれながらも叫ぶ廻天竜に、纏は甘やかに微笑んで。
「どんなにみっともなくたって、ここで踏ん張って立ち上がる。それが、わたし達ケルベロスですもの」
 す、と掲げたのは、細く細く、消える寸前の月のように細い深紅の刃。
 ふと脳裏によぎる横顔。家族になってくれた蒼い瞳。
 ――もう。怖くなんて、ない。
「さあ、上手に踊って、歌ってね」
 生き残りのケルベロス達が、一斉に攻撃を開始する。力を振り絞り、気力で体を支え、此処で刺し違えてもいいと。
 そして。

「――無念。我らドラゴン種族の、希望、が――」

 絞り出すような声。そして、意識を途切れさせた廻天竜ゼピュロスは、地上へと落下していった。
 晴れつつある砂煙の向こう、熊本城の瓦礫に浮かぶドラゴンオーブに最期まで手を伸ばしながら――。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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