●坐す絶望
堅牢たる熊本城――暮れゆく夕闇の刻に其処を落城なさしめたのは『侵空竜エオスポロス』達によって執拗に繰り返された特攻だった。
我先にとの勢いで、最強種族たるドラゴンが我が身を只の破城槌として惜しげもなく投げ捨て爆ぜ失せてゆく様は異様としか言い表しようが無い。だが……。
程無く、竜達による挺身の真の意味がその全容を現してゆく。
――開放を、解放を……!
飛沫の如くに崩れ散る武者返しの石垣と咆哮を遺して千切れ舞う竜翼……轟く爆裂音。
其の全てを産声に――『それ』は城の内側より顕れた。
竜にとっては希望であり……ひとの眼には絶望そのものとすら映る力秘めた『それ』の出現と同時、長らく此の地を見守り続けた名城は完全に喪われる事となる。
●翔る希望
熊本市全域におけるケルベロスとドラゴン勢力9軍団との戦いは被害をほぼ最小限に抑えた上で敵軍を撃退する事が出来たようだと、開口一番、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はまず先発のケルベロス達の戦果についてを伝えた。
「――だが竜十字軍から出撃した『覇空竜アストライオス』率いるドラゴンの軍団が既に熊本へと迫っている。敵の目的は『熊本城』……其処に眠る、魔竜王復活すら可能とする力を備えた魔竜王の遺産の奪取に間違いあるまい」
ケルベロスの活躍により熊本市内でのグラビティ・チェイン略奪を妨害されたドラゴン勢力は、現時点で、魔竜王の遺産の封印をいまだ解けずにいるらしい。
「そこでドラゴン勢力からの二の矢はドラゴンの軍団による熊本城への自爆突入作戦だ。特攻によって自らのグラビティ・チェインを捧げる事で強引に封印をこじ開けようとしているとの予知が導き出されたのだ。お前達には今すぐ熊本城へと向かい現地のケルベロスと合流した後、熊本城防衛に加わって貰いたい」
敵の目的は2つだとヘリオライダーは語る。
1つは『侵空竜エオスポロス』の軍団全てを熊本城に突撃させて自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除する事。
そしてもう1つは『覇空竜アストライオス』と配下の四竜――『廻天竜ゼピュロス』・『喪亡竜エウロス』・『赫熱竜ノトス』・『貪食竜ボレアース』らの儀式によって封印を解除された魔竜王の遺産を、竜十字島に転移させる事である。
「ひとたび竜十字島へと『遺産』を転移させられてしまえば最早こちらからの手出しは至難となろう」
そんな目論見を阻止する為の今回の戦いだが、それとて、決して容易なものではない。
熊本城へと押し寄せる全ての『侵空竜エオスポロス』を迎撃すると同時、後方で儀式を行う『覇空竜アストライオス』と四竜に対しても攻撃を敢行せねばならない。
「……特に後者は決死戦にも等しい激闘が予想される。しかし、此処で敗北する訳にはいかないのだ」
毅然と必勝を求めたヘリオライダーの表情は、兜に覆われ、窺い知れない。
男は唯、勝率を押し上げる為の策と情報とを死地向かう番犬達へと告げるのみ。
まずは熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』1体との迎撃戦となる。
いずれも高い機動力を誇り、鋭利な斬撃や電撃のブレス等を駆使して闘う『覇空竜アストライオス』配下のドラゴン達である。
『侵空竜エオスポロス』は突入から12分後に自爆を敢行しコギトエルゴスムと化す事で『遺産』の封印を解除するのに必要なグラビティ・チェインを放出する為、これを完全に阻止する為には自爆前に確実に撃破する必要がある。
たとえ撃破出来なかった場合でも、深いダメージを与える事で自爆の効果は弱まり封印解除の為のグラビティ・チェインも減少するので、とにかく可能な限りダメージを与え続けるべきだろう。
また対『侵空竜エオスポロス』戦線と並行して、『覇空竜アストライオス』と四竜の儀式に対しての対策も求められる。
たとえケルベロスが迎撃戦に完勝し封印解除の妨害に成功したとしても、『アストライオス』在る限り、儀式を終了させた四竜すらも犠牲に捧げて魔竜王の遺産を手に入れ、竜十字島に送り届けようとするだろう。
これを阻止する為には、儀式が完成する前に『覇空竜アストライオス』或いは四竜を1体でも撃破しておく必要があるという。
――とはいえただ無策に後方で儀式中の五竜へ戦いを挑もうとしても、当然、まずは『侵空竜エオスポロス』軍団が立ち塞がる事だろう。
「侵空竜1体に対して1隊で戦いつつ少数の飛行可能なケルベロスを突破させ、飛行状態のまま覇空竜や四竜に対して奇襲を仕掛ける……此れが最も成功の可能性が高い作戦なのだと重力子演算は弾き出した」
戦闘下において他ポジション効果を棄てる程の飛行を維持し続ける選択は、概ね、有利よりも不利が大きく上回る極めて危険な行為の筈。
にもかかわらず突破役のケルベロスはドラゴン相手の連戦時の選択として強行せねばならず、また、突破役を送り出し減じた戦力で迎撃続行する他のケルベロス達の負担とて決して軽いものではない。
其れら総てを勘案して尚この策が最も成功率が高い――それ以外の勝ち筋がついぞ見い出せなかった死戦。其れが今回の熊本城防衛戦なのである。
「それから……飛行突破した全戦力を1体のドラゴンのみに集中させる策は採れない。覇空竜とその配下である四竜の連携力を前に其れを実行すればたちまちの内に五竜掛かりでの反撃に遭う――その様な戦況に陥ればケルベロスの敗北は必至だ」
ザイフリートはそう断言した後、ただし付け込む隙があるとすれば四竜の最優先は『覇空竜アストライオス』守護にあるという点かもしれないと直ぐに言葉を継いだ。
いずれにせよ儀式を執り行う5体のドラゴンいずれにもある程度の戦力を振り分け、その連携を妨害・分断する必要があるだろう。
――と、其処までを伝え終えた後。エインヘリアルのヘリオライダーは事此処に到っては覚悟など問わず奮起なども促さない。
「往くぞ、ケルベロスよ」
死地への案内役としての役割を果たすべく、男は唯、その一言のみを吐いて踵を返すのだった。
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110) |
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161) |
ニケ・セン(六花ノ空・e02547) |
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455) |
知井宮・信乃(特別保線係・e23899) |
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710) |
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295) |
●架ける/賭けるものたち
「定刻通りに到着なのです!」
上から下まで赤で揃えた制服姿に黒髪を長く風に泳がせた知井宮・信乃(特別保線係・e23899)の第一声は凛々しくも可憐。
チーム唯一の追加戦力としてヘリオンから溌剌と送り出されて来た信乃を皮切りに、戦い終えたばかりのケルベロスらも続々と熊本市内各地からの合流を果たす。
「なーーんか、おかわり来ちゃったね。はー……よっし! もうひと働き頑張りますか!」
2戦連続のシリアスモードは流石に疲れますなぁなどと笑って零したクロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110)だったが、西区方面から人機一体で駆けつけた彼女とエアの様はまるで風に乗る隼を思わせる程だった。
決戦の地は熊本市中央区――熊本城。
作戦指揮にと潜伏していた『竜性破滅願望者』・中村・裕美との激闘も醒め遣らぬまま、黄昏へと染まる其の上空を目指し、今まさに、翼影連ねた侵空竜エオスポロスの軍団が雲霞の如くに押し寄せようとしていた。
(「あんなドラゴンをギリギリの戦力の相手取る……正直、恐くて、怖くてしょうがありません。ですが、奴らの好きにさせればもっと大きな被害が出ます……」)
その方がずっと恐い、だから……と、臆病者なりの勇気を奮わせた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は作戦を前に仲間内全員で時計の時刻を合わせた。
大気を震わせる衝撃、雷轟。一瞬にして視界が閃光へと灼け染まる。
雷のブレスにまず狙われたのは最も人数の多い後列だった。
「私もドラゴンと闘ってみたかったんだよね!」
ドラゴンぶん投げが最終目標ならばそのブレスだって、一つや二つ、無手で捌くぐらいは女子プロレスラー当然の嗜みとばかり、草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)は躍らせたその身で幾条かの雷撃をがっちりと受け止めた。その威力の半ば以上がひかりの肉体を灼く事叶わず宙へと霧散する。
「いつも以上にっ! バッチこーいまかせてっ!」
台詞こそ明るく好戦的ですらあったが、この戦い、彼女のディフェンダーとしての仕事ぶりは、防御の要を担い回復の一端を下支えしその合間にも着実に敵体力を削っておくという極めて堅実かつ献身的なものに終始する事となる。
「助かったんだよ草薙さん――役目上やっぱりクラッシャーでやって来たみたいだね」
ふわり、はためくはスノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)の白翼。
天使の手からはどこか糖衣菓子めいた銀色の光がきらきらところがり落ちて辺りを包む。
同じくオラトリオであるルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)は改めて対峙する敵の強大さ……そしてその敵すら凌駕する実力を備えるであろう貪食竜との戦いの厳しさを痛感していた。
(「初っぱなからでも隙あらば抜けて行く覚悟、と言いたい処だったけど……逆にこっちが隙を衝かれていきなり沈められないよう気合入れないと」)
距離と高度を保ちつつの飛行姿勢から彼は古代語魔法を唱えて石化光線を放つもこれはあっさりと躱された。
只でさえ遥か格上のドラゴンが万全の態勢で在るのに隙など有ろう筈が無い。故にこそ、此処から総力あげてそれを作り上げていかねばならないのだ。
自爆特攻阻止と儀式阻止。難題2つを前にして一行が選んだ作戦は飛行状態のスノーエルとルードヴィヒを伴ってまず侵空竜戦に臨み、離脱のタイムリミットぎりぎりに両名を同時に上空の儀式場へと送り出すというものだ。
「いかせないよ」
2名ともを行かせる為に。
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)の眼力は即座に敏捷よりは頑健を以って衝くべしと弾き出し、足止めの竜砲を轟かせる。
「来い、ドラゴン! クロノさんが撃退してやらぁ」
つむじ風が舞うが如き回し蹴りに星の煌めきを纏いながら。
派手にスターゲイザーを蹴り込んだ女鎧装騎兵とほぼ同時、既にスピン機動に入っていたライドキャリバーも畳み掛ける。
「ここが潮目だ」
成功率は高いと言えないが、成功させないと逆襲は始まらない。そんな重要ミッション。
桐箱ミミックが見せた手鞠のような軌道の大ジャンプによって頭上からのブレスを免れながら、リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)は大地に対艦戦用城塞防盾を突き立てた。
『――ドローン各機、支援対指定完了……データリンク開始……』
この戦い、多大な損耗を受け続ける事など大前提。だが同時に短期決戦をも要求される過酷さにあっては過不足無い効率良い治癒行動こそが重要と、癒アップの為の医療支援特化型ドローンがまずは後衛列、次いで前衛列へと配備されてゆく。
序盤ケルベロスが選んだのは実力差を埋める為――そして儀式阻止戦力を送り出す為のバッドステータス攻勢とエンチャント支援。
飛行中の2人が位置する後衛は計5人を連ね、その上、初手から命中率の高いスナイパーを擁する事もありブレス攻撃はほぼそちらが狙われていた。
だが、ひかりだけでなくサーヴァントであるエアやミミックもディフェンダーに加わり、ダメージをかわるがわる肩代わりしギリギリの処で凌ぐ事に成功している。
一方で近射程から超高速で繰り出される竜爪攻撃はその恐るべき破壊力も相当な物だったが何より其処へと宿るブレイクの効果が痛い。
「デウスエクスとかけて急な仕事ととく。その心は『こっちの都合はお構いなし』。こんなのが続いたら商売上がったりです」
「あの……信乃さん?」
「分かってますとも、ちょっと冗談の一つも言ってみたかっただけです。仕事ですから!」
厚き盾付与の後は、出雲の名工作の斬霊刀を斜め正眼へと構えて。
ジャマーの位置から信乃が振り抜いた絶空斬は初撃こそジグザグが決まり絶大な効力を発揮したが、見切りを承知の二撃そして三撃とも同じ太刀筋ではドラゴン相手には通用せず。
「むぅ、もう少し早めに雷刃突へ切り替えるべきでしたか」
いったん鞘へと納め直した赤き女剣士は、居合いの姿勢のまま次なる合図を待つ。
その時、時計は4分を過ぎようとしていた。
「その速度、この雷神の鎖で奪ってあげるわ!」
高い機動力が自慢だというのなら、奪えばいい。握り締めたクロノの拳へと急速に集まるは稲光る魔力――『斬り抉る雷神の鎖(ブリッツディゾルバー)』。
速き迅雷の鎖に重ねてスノーエルの掌から撃ち放たれたのは凍える時の遅滞。
「マシュちゃんも、合わせて!」
ぽわぽわ天使からのそんな必死のお願いに、ふわふわ羽毛の箱竜は渾身のボクスブレスで応えた。竜鱗穿つ稲妻と時空凍結弾の浸食は急加速してゆく。
そして。
2人のオラトリオの間で無言の目配せが交わされ――ごく自然な戦闘の流れを巧みに装い、右と左、二手にと散開する位置取りで布石は着実に打たれつつあった。
●翔ける/欠けるものたち
そして時計は遂に5分経過を告げる。
「これで決めるよ!」
白詰草が揺れる。スノーエルがめいっぱい勇ましく張り上げたその掛け声と共にケルベロス達は一斉にエオスポロスのもとへと殺到し取り囲む。
メディックであるリティすらもバイザーを下ろして火力支援モードへと移りアームドフォートによる火力投射に徹し始めた。
ただ――惜しむらくは各々が共有し得えていると考えていた戦術指針は時に錯綜を余儀なくされていた。
たとえば飛行突破支援の為の敵包囲開始のタイミングについては、戦闘開始後5分到達と同時の合図で一斉実行すると定めた者、様子見の後6分目に合図するとした者、そして仲間の動きに合わせると決めていた者などの思惑が現場では入り乱れた。
尤も、確かに一斉攻撃や包囲という面では若干の綻びは生じたが迅速に修正が図られ、『6ターン目にスノーエルとルードヴィヒを貪食竜の下へ送り出す』という真の目標達成に大きく支障を来たす迄には到らずに済んだのだが。
レオナルドが大太刀『稻羽白兎』を振り上げて喉の限りに雄叫び、エアのエンジンはひときわ爆音高く何度も何度も鳴り響いた。
侵空竜の眼には業を煮やしての破れかぶれとでも映るであろうケルベロスの猛攻は、特に突出したミミックが竜の爪牙の下に沈められ消失しようとも緩む事は無く、更にもう一波。僅かに、だが初めて、その不動の巨体が傾いだ。
(「――今しか、ない!」)
ようやく穿たれた針の穴ほどの隙を、只管狙い続けて来たルードヴィヒは見逃さない。
(「ありがとう……みんなっ」)
サーヴァントであるマシュを残してスノーエルの翼は夕暮の空へほぼ同時、ルードヴィヒとは真逆の方角へと大きく旋回する。
無謀とすら思える突然の大攻勢を隠れ蓑に、オラトリオ達は無事、戦場からの離脱に成功したのだった。
2人の体内には後衛列へ向けて幾度か浴びせられたパラライズが突破開始時まで残っていたが一斉攻撃直前にリティが施したライトニングウォールの助けを借りてギリギリ振り解くのに間に合った様だ。
(「行って。必ず、倒して帰って来てね」)
飛び立つルードヴィヒに向けてニケはそう声を掛けたかったが……今、それを行えば此処まで慎重に慎重を重ねて真の意図を伏せ切った努力が水泡に帰すかもしれないと考え直し、言葉は呑み込んだまま見送るのだった。
――突如、戦場に響き渡った咆哮はみすみす儀式阻止の戦力を取りこぼした事をようやく察知した侵空竜の慚愧の念からのものであろうか。
遠い翼の一つに狙いを定め、列に拡散するブレスではなく雷撃の威力を極限まで対単体にと収束させた雷球が竜の口から吐き出された。が、咄嗟に反応したライドキャリバーの突進がそれを阻んだ後、爆散した。
サーヴァント戦力2体と引き換えの目標達成に、だが、喜び合う余裕などは無い。
飛び立った者達も踏み止まる者達も、此処からが戦いの正念場なのだから。
「怖い……でも……戦うんだ!」
盾役が減り自然と被ダメージが嵩み始めたレオナルドは攻撃をドレイン主体へと切り替えてゆく。
「援護、参りますね」
時間内撃破の為にはクラッシャーである彼を立たせ続けてこそと、信乃は番犬の鎖を揮い残り2人となった前衛列を守護の魔法陣で包んだ。
スノーエルが残してくれた【氷】の深き傷とジャマーとしてのマシュの働きは、どちらも戦力を穴埋める大きな助力となった。
心通わせる主との別行動によって細やかな戦闘判断や他ケルベロスとのコンビネーションこそ不可能となったが、ブレスとタックルを交互にとの指示は生きており、高レベルボクスドラゴンは忠実にそれをなぞり戦い続けていた。
「だけど――ごめん」
故にこそドラゴンの爪撃届く中衛は標的となり盾たるひかりは庇う事を断念した。
BSの足し算を掛け算へと変える自慢のブレスを最後の一矢にと浴びせた後。つぶらなその蒼眸をそっと夕空へと巡らせながら、小さき竜は、己が身を砕かせるに任せた。
当初求められた数を上回る戦力を儀式へ送り込んだ事もその為にサーヴァントを次々と使い潰す形となった事にも今更後悔は無い。
だが戦略上已む無きこととはいえ自分達は、そして同様の決断を下し実行に移す多くの部隊は皆その損失分を補えているのだろうか……。
――眼前、顔色ひとつ変えず言葉ひとつすら発さぬまま黙々とその暴威を揮い自爆特攻の道を邁進するドラゴンの『命』だけがその答えを知る。
「敵ヒールの所持は確認されず。ならば……」
殺神ウイルスの投与は必要ない。リティからユニットの一つが切り離される。
幾重もの盾付与と、もしも素通しさせていれば何度となく中後衛を蹂躙したであろう敵猛攻を一身に引き受ける盾役と。
二重の意味でいまやチーム唯一の『盾』たるひかりの存在こそが生命線と踏んだリティは後半戦ほぼ掛かりきりで共鳴ヒールを注ぎ込んだがそれでも全治には到らず……。
「最後の最後に、必殺のスープレックスで三倍返し、キメるまでは……倒れて、なんか……やらないんだから!」
龍投げをいつまでも従妹だけの十八番にさせておけないからなどと不敵に笑ったひかりだったが既に息は荒く乱れ、満身創痍。
そんなチャンピオンを地へと叩き臥せる為に竜が浴びせた攻撃は、先に一度だけ見せた、雷球ブレスだった。
「く……っ」
凌駕を許さぬ灼雷へと呑まれ、遂に此処に、部隊から最後の『盾』が失われた。
●駆けるもの
「ここで止める、必ず!」
威力かそれとも確実性か。刹那の躊躇の後、仲間達がここ迄に重ねてくれたBSの枷の力を信じたレオナルドが択んだのは威力。
恐怖よ今だけは静まれとの白獅子の祈りに応えた心臓は陽炎を吐き『獣王無刃』たるその高速抜刀をさらに速きものとした。
「……残り2分。『朱奪』を使わせてもらうね」
今のままでは火力も癒しも足らないと見たニケが紡いだのは失われた詠唱唄。より広範へと拡がるこの古代語魔法を施す先は唯一複数戦力を残す後衛列へ。
夕陽の下、長く長く伸びる影に赤鎖の影が溶け込み、死闘の決着を後押しする。
侵空竜の瞳はもはやただ一点、熊本城天守閣のみを映して羽搏き、飛び立つ。
「!? させないっ!」
残すは1分を切る局面。追い縋るケルベロス達。
クロノが放った破鎧衝が既に傷深い竜鱗を貫いたのを皮切りに。
レオナルドが呪詛の刀閃を浴びせ、ニケがゼログラビトンを射出、リティのフォートレスキャノンが火を噴く。
それらより数拍を置いた長呼気の後。信乃がチャキリと鯉口を切るや抜き放たれた刃は、斬霊の毒を迸らせていた。岩山の如き侵空竜の背中を斬霊斬の一刀が鮮やかに斬り裂く。
失速する巨体。
しかし、天守閣への突撃を止めないドラゴンの命全てを伐ち切るには到らず――。
――開放を、解放を……!
ケルベロスが恐れたのは、自爆への巻き添えと多くの者が暴走トリガーとした仲間達の生命の危機。
だが侵空竜に漲る殺気の向かう先は己が身。為すべきは熊本城奥に眠る『それ』を目覚めさせる為だけに己が命使い潰す自死あるのみ。
竜十字勢力にとっての明けの明星(エオスポロス)となる為の――。
「……撤退よ」
堪える様に拳を握りしめ努めて平静を保ったままクロノが仲間達に指示を告げる。
飛沫の如くに崩れ散る武者返しの石垣と咆哮を遺して千切れ舞う竜翼……轟く爆裂音。
演算よりも遥かに数少なく一つ一つもやや小さきものとなった、其れら全てを産声に――輝ける『ドラゴンオーブ』は天守閣が存在したはずの空間へと顕れた。
だがそれでも。この戦いは痛み分け、あるいはケルベロスが勝利を収めたといえよう。
覇空竜最大の目論見は粉砕されたからである。
撤退途上。はるか上空を揺るがす一斉攻撃の音に振り返れば、其処には確かにさかしまに火の国の暮空を墜ちる廻天竜の最期。
彼等が託し送り出した飛行突破組は、見事、四竜の一角を伐ち転送儀式の阻止に成功したのだった。
作者:銀條彦 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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