●凶つ黄昏
斜陽に落された影が、滑るように地面を駆ける。
見上げれば、茜の空に多くのドラゴンが飛んでいた。
いや、ただ飛んでいるのではない。
一体、また一体と、翼に爪に尾に胴に鎖を纏わせたドラゴンが、熊本城へと我が身を投げ打っている。
そう。『投げ打って』いるのだ。
飛来したドラゴンは余さず、爆ぜて身を散らす。
大気が轟き、城が砕けてゆく。
一体、また一体。
繰り返される自爆劇。
然して破壊の限りが尽くされた後、廃墟となった地で恐るべき力を秘めし『何か』が目覚める。
爪の台座に抱かれし宝珠のようなそれは――。
●迫る脅威
「ケルベロスの皆さんのお陰で、最低限の被害でドラゴン勢力を退ける事が出来ました」
先の熊本市全域における戦いの勝利を笑顔で労い、けれどすぐさまリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は表情を引き締める。
何故なら、竜十字島より出撃したドラゴンの軍団が、すぐ近くまで迫っているからだ。
「ドラゴン達の目的は、熊本城に封じられた魔竜王の遺産の奪取でしょう」
魔竜王の遺産。それは魔竜王さえ復活させる事が出来ると言われるモノ。ケルベロス達の活躍により、未だ封印の解かれていないモノ。
だがドラゴン達も諦めたわけではない。
「ドラゴンの軍団は熊本城へ特攻、自爆する事で自らのグラビティ・チェインを捧げ、無理やり封印を抉じ開けようとしているようなのです」
次なる戦いは熊本城の防衛だとヘリオライダーは言う。
敵の目的は二つ。
「一つは『侵空竜エオスポロス』の軍団を熊本城に突撃自爆させ、魔竜王の遺産の封印を解除することです」
そして二つ目は。覇空竜アストライオスと配下の四竜、廻天竜ゼピュロス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの儀式により、封印を解除された魔竜王の遺産を竜十字島に転移させる事。
「この計画が成ってしまえば、此方から魔竜王の遺産に手出しするのは非常に困難となります。つまり、ドラゴン勢力の野望阻止は実質不可能になるという事です……」
防ぐ手立ては一つ。侵空竜エオスポロス迎撃と並行しての、儀式を行う覇空竜アストライオスと四竜への攻撃敢行である。
強大なドラゴンとの戦いだ。けれどここで敗北するわけにはいかない、絶対に。
●ケルベロスの計略
「まずは熊本城に突撃してくる『侵空竜エオスポロス』一体と戦って頂く事になります」
覇空竜アストライオス配下である侵空竜エオスポロスは、素早い機動と鋭い斬撃、そして電撃のブレスなどを得手としているドラゴンだ。これらは熊本城突入の『12分後』に自爆し、コギトエルゴスムとなることで封印解除に必要なグラビティ・チェインを放出する。
「完全な阻止には12分以内での撃破が必要です。万一、撃破出来なかったとしても、大ダメージを与えておくことが出来れば、自爆効果は弱まり放出グラビティ・チェイン量も減少するので、可能な限り諦めず攻撃を続けることが肝要かと」
そして同時に執り行う、覇空竜アストライオスと四竜への対策。
「覇空竜アストライオスは自爆による封印の解除に失敗した場合、儀式を終了させた配下の四竜を犠牲に捧げてでも、魔竜王の遺産を手に入れ竜十字島に送り届けようとします」
しかしながら覇空竜アストライオスと四竜がいるのは、侵空竜エオスポロスの軍団の背後。つまり侵空竜エオスポロスという防壁を突破せねば、戦いを挑む事さえ出来ない。
様々を考慮した結果、導き出された最も成功率の高い作戦は。
「侵空竜エオスポロスと戦いつつ、少数の飛行可能なケルベロスに突破して貰い、覇空竜アストライオスと四竜へ奇襲をかけて頂きたいのです」
危険極まりない任務になる。それでもリザベッタは、ケルベロスの奮闘と勇気に期待する。
「覇空竜アストライオスと四竜は互いに連携して戦う事ができるので、ケルベロスの突破戦力が目標を一点集中させても確実に撃退されてしまうでしょう。阻止には本命への攻撃に加え、残りの四体へも少数での牽制が必要になります」
相手はドラゴンだ。
言うは容易くとも、為す事の困難さはリザベッタも嫌という程に理解していた。だが、道はこれしかない。
「侵空竜エオスポロスとの戦いから、誰かを更なる前線へ送り出すのも簡単な事ではない。無茶を承知の上でお願いします。どうか、ドラゴン達の野望を阻止して下さい」
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(あの日の亡霊・e00040) |
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464) |
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) |
天津・総一郎(クリップラー・e03243) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873) |
●
頑強な脚に囚われた瞬間、大地が轟き揺れた。大気を孕んだ翼の撓みに、風が礫のように押し寄せる。
顔の前に翳した腕で視界を守るのが精一杯。しかし嵐の中心に禍つ赤眼を捉え、ティアン・バ(あの日の亡霊・e00040)は短く――笑った。
「はは」
途端、ティアンの胸元から黝い炎が静かに、やがて荒れ狂う波となって。一瞬で、世界が冥い水底へ沈んだよう。だが竜は悠々と鎌首をもたげ牙を剥く。
「天狼、アナスタシア!」
牙と牙の狭間に稲妻が奔るのを見止め、天津・総一郎(クリップラー・e03243)が天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)のライドキャリバーと華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)のウイングキャットを呼ぶ。他者のサーヴァントであるのは百も承知。だが今は、同じ役目を担う仲間。
「誰かが倒れないように手立てをほどこすのも……【盾】の役目だよな!」
文字通り『壁』の如く聳える巨体目掛け、二体を伴い疾走しながら総一郎は自分たちの前面へ光輪を展開させる。それらが護りの効果を発揮した直後、雷のブレスが轟いた。
「、ッ」
覚悟の上で浴びたのに、堪らず膝をつきたくなる。しかも帯びたばかりの盾の守護まで、実質、相殺されてしまった。でも――。
「いきなり魅せてくれるぜ」
総一郎らは成すべき事は成した。破壊を担う鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)を確り庇ってのけた同い年の青年の出だしを鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は讃え、労いを込めた銀の粒子を注がせる。その癒しの煌きに二次的に奮い立たされたよう、華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)が溌剌と唱え放つ。
「甘く、鋭く、爽やかに」
グラビティが結び、ポンと弾けた林檎は灯の祈りの結晶。受け取ったアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は、「丁度、食べ頃」と遠慮なく食む。
「こんな時でなければ一口味わってから力にしたかったのだわ」
こくりと嚥下すると、研ぎ澄まされていく意識。それを感じ乍ら、アリシスフェイルは竜の頭上をも越えようと跳躍した。
眼下では、翼を休めたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)がヒールドローンを繰っている。更に視界を広げると、数多くの竜と迎え撃つケルベロス達。そしてアリシスフェイルも流星と化し眼前の一体の鱗に覆われた背を打つ。
反動に跳ね上がった尾が、大地を叩く。撒き上がった砂埃に陽斗は口元を歪ませる。否、口元が歪んだのは砂埃のせいではない。オウガ粒子の放出による総一郎らへの癒しが、彼らが被ったダメージに遠く及んでいない気がしたからだ。
けれど。
狙いを定める力を確かとする加護を授かったシズクは猛然と駆け、天狼も悠然とタイヤを唸らせ、アナスタシアも若草色の翼を懸命に羽ばたかせている。
「俺もこの戦いに命をかけているが、最初から死ぬつもりの奴に負ける気はしないな!」
何一つ、戦略のピースはずれていない。その事を証明するようシズクは強く踏み込み、空の霊力を帯びた刃で侵空竜エオスポロスに斬り掛かった。
●
「はぁあっ!」
気勢を吐いて、全力で跳躍。真正面に捉えた竜の腹へ、シズクは体の捻りを加えた斬撃を見舞う。
――オォオオ!
身を侵す戒めの増加に、竜が天へと嘶く。その隙に灯は、小さな体を大きな爪に抉られたアナスタシアへ気力を分け与えて懸命に癒した。
「3」
腕で鳴るアラートを数えてティアンが声を張る。時間経過を示す単位は、敢えてつけない。彼女がタイムキーパーだと仲間が知る以上、言葉は最低限で足りるし、竜に此方の思惑を悟られる可能性も回避できる。
目まぐるしい攻防を繰り広げ、同じ密度でケルベロスは思考し続けていた。
(「ポジション断定は厳しい、か?」)
齎される驚異的な破壊力を前に、ティアンは並行処理の一つにピリオドを打つ。自分たちの実力を遥かに凌駕する強者と対峙し、重要なのは攻撃が当たるか否か。幸い、重ねに重ねた足止めの効果も相俟り、十分な命中精度を既に確保出来ている。しかも阻害因子を付与するのに長けた相手でなさそうならば。
「全力で打ち倒す」
逆巻く戦風に紛れて竜の背後を取ったティアンは、短い連なりに転じた武術棍を撓らせ、厳つい尾の付け根を強かに打ち据えた。
反撃は、その尾から繰り出される。地面ぎりぎりを振り回された尾が、ケルベロス前衛をまとめて薙ぎ払う。またしてもシズクを庇った総一郎は派手に吹き飛び、しかし背のバウンドから後方回転。素早く光の輪を象りつつ言葉での挑発をぶつける。
「お前を必ず倒す! 俺達全員の力でだ」
決意表明に含まされた罠。『全員』は、嘘だ。刻々と迫る『一瞬』に、雅貴の鼓動も跳ねる。
(「いや。これはオレのじゃねぇか」)
この緊張はきっと――。
「私が先に行くのだわ」
雅貴の空断ちの構えに、アリシスフェイルが巨大鋏を模した刃に雷を帯びさせ先行する。
「――」
全員の心を一つに繋げたからこそ出来る、より大きな効果を得る連携を目の当たりにし、カルナはごくりと喉を鳴らす。
雅貴へ伝播させる程、カルナの緊張は極限状態にあった。だが浮世離れした青年はそれをひた隠し、追った竜の目線とかち合おうと怯まず『当たり前』に睨み返すと、バスターライフルから熱奪う光線を撃ち放つ。
「大人しく逝けよ、爬虫類の旦那よ?」
獣の血を騒がす満月にも似る癒光を総一郎の為に象る陽斗も、肩を竦め、頬にはククとニヒルを刻む。サーヴァントを連れる陽斗と灯だけでは、回復は十分とは言い難い状況は続いている。しかし余裕を見せつけ、敵の意識をこの戦いに集中させねばならない。
その為に、天狼は縦横無尽な走りを止めぬし、シズクも庇われる事をよしとする。
――そして。
「4」
「皆さん、総攻撃です! 今ここで倒しましょう!」
五分の始まりを告げるティアンの一言に、灯が声を被せた。
見過ごし難いアナスタシアの蓄積ダメージを棚に上げてでも――そんな気迫に満ちた響きに、侵空竜エオスポロスの全身が強張る。
(「身構えた……!」)
ケルベロスの圧に飲まれた敵の反応に、ティアンは成功を確信してオーラの弾丸を撃った。手は抜かない、今日一番の渾身。思い込みの罠を、より強固にする為に!
「一刀必殺!」
衝撃に砕けた地面をじゃりと鳴らし、勢いに任せたシズクが巨大な光剣を一気に振り下ろす。雷を換えた刃が如き一閃に、竜の左翼が半ばから断ち落とされた。
苦悶に赤い瞳が燃え上がり、シズク目掛けて竜が爪を揮う。
(「俺達とドラゴンは、違いはあれど同じ事を思って戦っているのかもしれない」)
シズクが喰らえば致命傷になりかねない一撃を、スローモーションのように捉えて総一郎が走る。
何かの為に、誰かの為に。自らを犠牲として他者を生かす。
(「何とも、不健全で非生産的な行動だ」)
分かっている。だが、だからこその理性ではなく、意義を心が受け入れているからこその献身。
「飛べ!」
爪に腹を抉られ、目深に被ったキャップを風圧に飛ばし、だが羽交い絞めた爪に拳を叩き付けた総一郎が吼えた。
何かに気付いたように、竜の眼の焦点が一点に結ばれる。されどその視界を遮るよう、雅貴が跳ねた。
「おせぇよ」
立ち塞がれたのなら、抉じ開けるまで。漲る覇気を美しき刃に乗せ、雅貴は日常に戻る突破口を作るべく、竜の鼻先を三日月の軌跡で斬る。
「行きます!」
カルナの翼が、広がった。
――嗚呼、この背に翼があったなら!
翔けゆく様にティアンは胸を焦がし、
――私たちは出来る事を全力で。
アリシスフェイルは竜の脚に鋏を突き立て、その身を案じるカルナを空へと送り出す。
どうか今だけ耐えてくれ。総一郎の余力が持つのを祈り、陽斗も雪豹のしなやかさを存分に活かした空からの蹴りで竜の横っ面を張り、天狼は尾から背へと駆け上がって炎を吹かせた。
「灯さんの分まで、ドラゴンをぶん殴ってきますよ!」
足掻く竜の爪が宙を切る。カルナの翼は、エオスポロスの頭上を超えた。
「私の分まで、宜しくお願いします!」
胸を覆い尽くしそうな心配を笑顔で抑え込み、癒しの力を練りながら灯はカルナを見送る。
同じ翼を持つ者として、選んだ違う道。自分は此処で、役目を果たすから。
「無事に戻って来なかったら、殴りますからね!」
「全力を尽くします!」
この選択で良かったと、後で皆と笑う為に。カルナは一際力強く羽ばたき、空の高みへ飛翔した。
地上に残る七人は、最初の務めを成し遂げた。けれど安堵の暇はない。怒りに全身を染めた竜の爪にアナスタシアが吹き飛び、起き上がれぬ姿にケルベロス達は残る務めに奮い立つ。
「5」
胸元から噴き上がる地獄の炎を棚引かせ、ティアンが低く走った。
(「ドラゴンは、嫌いだ」)
思惑通りにさせなどしない。死ぬ人を、悲しむ人を、増やさせなどしない。
「ここからが、本番だ」
竜の足元を掻い潜り、捥げた翼の真下へ滑り込んだティアンは、その付け根へ如意棒を突き上げる。
●
額に浮かぶ脂汗を手の甲で拭い、総一郎は竜を仰ぎ見た。体長は大凡12メートル。畏怖さえ覚える威容――は、既に過去のもの。数分で痩せ細ったように見える全身には幾重もの氷が張り付くのに、所々では消えぬ炎も盛ったまま。機能を失った片翼は胴より分かたれ、地面に落ちている。
盾の主力を担う総一郎自身も満身創痍だ。けれどカルナを送り出した後に立て直された戦線は、今も維持されている。
「どっちが先か、勝負だな」
言葉では嗾け乍らも、喰らったばかりのダメージを光輪で癒す総一郎は、勝負の行方を既に悟っていた。固めに固めた自分たちの守り。下げるだけ下げた敵の機動力と攻撃力。如何な格上であろうと、負ける要素はもうない。『タイムリミット』を除けば。
「このまま仕留めきるのだわ!」
仄かに緑を帯びた灰の髪で風を切り、アリシスフェイルが竜の背を走る。首筋に一つ、二つと雷の突きを呉れれば、長い首が宙をもがく。
「オレ達の意地、通させてもらうぜ」
刹那、脳裏に幾人かの顔を過らせ、雅貴は影に身を溶かす。
(「顔向けできねぇ、とか。冗談じゃねぇからな!」)
小さな手で祖母を守ると言った少女、ケルベロスの到来に安堵の笑みを浮かべていた人々。熊本での出逢いを力に換え、雅貴は一つ囁いた。
「――――オヤスミ」
安らかな眠りへ誘う言の葉。だが影より生じた鋭刃は竜を四方から襲い、永遠の命に苦しみと絶望を知らしめる。
「行けるな?」
確認の形をとりながら、確信の響きに天狼が速度を上げた。ティアンの声はもう『9』を数終え、何としても防ぎたい『自爆』までは残り時間は僅か。されどそれくらいなら天狼は耐えられると踏み、陽斗は総一郎の回復に注力する。その信頼に天狼は、ガトリング掃射でデウスエクスを威圧し応えてみせた。
「俺たちの方が、強い!」
二振りの残霊刀を携え、シズクが結い上げた髪を靡かせる。赤い瞳は竜と揃い、しかし視るものは違う。
「俺たちは、生きて、勝つ!」
まるで朱金の疾風が如く。直線で駆けた女は、迫った蠢く尾を得物と定める。地上に君臨する覇王を思わせども、生き物は生き物。戦いを経る中で解した弱みをついて、腕の交差からの斬撃でシズクは空を断ち、竜尾の肉を断ち切った。
――ガアァア!!
味わった事のないだろう痛みに、竜の絶叫が轟く。鼓膜を、皮膚を、小刻みに叩かれ、灯は決断を下す。
間もなくティアンが「10」を告げるだろう。一足早いのは、分かる。だが、今、この瞬間が!
「えんじぇりっくな私の、出番ですよ!」
全ての不安を押し退け灯は強気に笑顔を弾けさせ、徹した回復を捨て竜の砲弾を撃ち放つ。衝撃に竜の胸元を覆う鱗が、纏う氷ごとちらちらと散り砕けた。
「良い判断だ」
灯の傍らへ滑り込み、同じ射線を意地し。ティアンは刻む時の代わりに灯の決断に賛辞を呈し、全身から立ち昇らせたオーラを一点に集約させる。
「ここで決めよう」
口振りは常と変わらず淡々と。しかしそこに魂怒を宿し、ティアンは鋭く放つ。飛んだ気の弾丸は灯が剥き出しにさせた部分を喰らい、竜の裡深くを抉り爆ぜさせた。
――ゴォアァッ!
咆哮を上げ、竜が尾を薙ごうとする。が、骨で危うく繋がるそれは碌に動かず。バランスを崩した巨体が、無様に傾いでいく。
(「無念だろう――けどな」)
目的を達せず果てようとする竜へ総一郎が哀惜の一瞥を向けたのは瞬きの間。効果最大を過たず選び、盾たり続けた青年は螺旋の力を込めた掌で竜の首に触れる。
起きた内部崩壊に、エオスポロスの腹が、頭が、翼が、地に這う。
「幕引きだ」
「喰らいやがれ!」
首さえ擡げられなくなったデウスエクスへ、雅貴とシズクが畳み込む。影より躍った刃は竜の視界を暗ませ、全身を闇で蝕み。虚ろになった眼ごと、聳え立つ光剣が竜の頭を斬り割る。
「今だ」
「ええ!」
自分より、アリシスフェイルの方が早い。そして決め手を持っている。そう冷静に判断した陽斗の合図に、滅びた一族の願いの結晶とも言うべき娘は右手を高々と天へと掲げた。
「銅から水晶に至り、未知の恐怖を心に刻め。理手折る月の花、我欲貫く彷徨い火、馥郁たる幻惑の帳が下りる」
朗々と唱え、アリシスフェイルは殲滅の魔女の物語を白昼夢の先に視て。緑と混合の四色の紋章浮かぶ右掌から、力を解き放つ。
「――胡蝶の迷い路」
戦場に、蝶が舞う。月光抱く無数の羽ばたきは、まるで夜空に滔々と流れる銀河。アリシスフェイルの元を飛び立ち、侵空竜エオスポロスの全身を覆い尽くし。
――無音、静寂、余韻。
星々が黎明に溶けるよう、全ての蝶が消えた時。災禍を目覚めさせんとしていた竜の一体は、内包したグラビティ・チェインを魔竜王の遺産に捧げることなく息絶えていた。
●
彼ら彼女らは、自分たちの役目を全うした。
しかし大局は。
「俺たちなら、どうにか出来る。今までだって、そうして来たみたいにな」
十九体の侵空竜エオスポロスの自爆。完全に崩れ落ちた熊本城。濛々と上がった土煙が晴れた後、そこに現れていたモノを見上げ、陽斗は年下の仲間達を鼓舞し振り起す。
「そうですよね!」
送り出したカルナ達の奮戦結果は知らずとも、意識を取り戻したアナスタシアを抱えた灯の瞳は絶望を映してなお希望に輝いていた。
絶望――魔竜王の遺産であるドラゴンオーブは目覚め、熊本城天守閣があった付近に浮遊している。
つまり、まだ。ドラゴン達の手に渡ったわけではない。
「踏ん張りどころが続きそうだぜ」
二ッと口の端を好戦的に上げるシズクに、雅貴も総一郎、アリシスフェイルも同意を頷く。
終わりでないのなら、幾らでも、何処までも。
「ティアン達は、出来ることを尽くす」
黝炎を燻らすに留め、ティアンは髪を遊ばせる風の彼方を視る。
命運は未だ決さず。
抗う意思ある者たち足も、未だ止まらず。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月7日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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