黄泉よりほかに聴くものもなし

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 木漏れ日で斑に染まった山道を行く大小二つの影。
 夢山・蒼矢(明るい蒼・e40188)とウイングキャットのテノールだ。
 気分に任せてあてもなく散策しているつもりだったのだが、森の奥から美しくも悲しい歌声が聴こえてきたことによって『あて』ができた。
「なんだろう、この歌?」
 歌声の主を見つけるべく、蒼矢は道を外れ、森の中に分け入り――、
「……こ、これは!?」
 ――開けた場所に出たところで立ち竦み、息を呑んだ。
 歌声を発していたのは人間ではなかった。黒い羽毛に覆われた体を白いドレスに包んだ女のビルシャナだ。
 彼女から少し離れた場所には人間の死体が並べられていた。
 全部で十体。全員の顔に微笑が浮かんでいる。とても幸せそうな微笑。
「あら? 貴方も救済を求めて来たのね」
 ビルシャナが歌うのをやめて、赤い瞳を蒼矢に向けた。
『救済?』
 と、復唱しかけた蒼矢であったが、それより早くビルシャナが自分の名を告げた。
「私はディスペア。『死鳥』という忌まわしい二つ名で呼ぶ人もいるけれど、本当は『救済者』と呼ばれるべき歌い手なのよ。だって、この歌声で――」
 ディスペアは言葉を切り、美しいソプラノの歌声を披露した。
 そして、またすぐに語り始めた。
「――救済してあげるんだから。人生に絶望して死を望む定命者たちを。さあ、貴方も救済してあげるわ」
「遠慮しとくよ」
 と、蒼矢は吐き捨てるように言った。
「ボクは死なんか望んじゃいないから」
「いいえ、貴方は自分の絶望に気付いていないだけ。本当は死にたくてしかたないのよ。貴方だけじゃないわ。生きとし生ける者は皆、現世からの救済を求めているの。だから、私はこの人たちも救っ……」
「黙れ!」
 死体の列を指さしたディスペアに怒鳴りつけ、蒼矢は得物を構えた。
「絶対に許せない。こんなことに音楽を利用する奴は……」
「にゃあ!」
 主人に同意するかのようにテノールが鳴いた。

●セリカかく語りき。
 ヘリポートにて。
「埼玉県秩父地方の山地で夢山・蒼矢さんがビルシャナに襲撃されるビジョンを予知しました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロスたちの前に現れ、切迫した面持ちでそう告げた。
「襲撃と言っても、『死鳥ディスペア』という名のそのビルシャナは敵意も悪意も持っていないと思われます。それどころか、蒼矢さんを救うつもりでいるようですね。ディスペアにとって生は苦しみであり、死は救い。そして、生きている者は誰もが死を求めていると思い込んでいるのです」
 当然のことながら、説得という手段でディスペアの狂信を崩すことは不可能だ。ディスペアが言うところの『救済』を与えるしかないだろう。
「ディスペアのグラビティは三種類の歌声。どれも催眠効果を有しており、対象者を自死や自傷に誘導します。くれぐれも気をつけてください」
 敵の攻撃手段について説明した後、セリカは微かに柳眉を逆立てて、静かながらも厳しい声でケルベロスたちに言った。
「予知の中で蒼矢さんも仰っていたのですが、音楽という美しいものを使って人を死に至らしめるなんて、許し難いですよね。しかも、既に犠牲者まで……その数をこれ以上増やさないためにも、皆さんの力で偽りの救済者を打ち倒してください!」


参加者
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ルルド・コルホル(廃教会に咲くイフェイオン・e20511)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
夢山・蒼矢(明るい蒼・e40188)
大神・小太郎(血に抗う者・e44605)
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)

■リプレイ

●白い笑顔のカタストロフ
 緑深い森の奥の空隙――自然が生み出した更地で竜派ドラゴニアンの夢山・蒼矢(明るい蒼・e40188)は白いドレスの女と対峙していた。
 女の名は死鳥ディスペア。
 生きとし生ける者の救済を目的とするビルシャナだ。
 少し離れた場所には、彼女によって救済された十人の男女が横たわっているが、その中に『生きとし生ける者』に含まれる者はいない。
 皆、息絶えているのだから。
「絶対に許せない。こんなことに音楽を利用する奴は……」
 蛇に似た形状の攻性植物『アルト』が蒼矢の袖口から伸びていく。
「にゃあ!」
 主人に同意するかのようにウイングキャットのテノールが鳴いた。
 次の瞬間、砂煙が盛大に立ちのぼり、蒼矢とテノールの姿をディスペアの視界から覆い隠した。
「許せねえよな」
 と、砂煙の奥から聞こえてきた声は蒼矢のものではない。
「……?」
 訝しげに首をかしげるディスペアの視線の先で砂煙が晴れ、声の主である人型ウェアライダーのルルド・コルホル(廃教会に咲くイフェイオン・e20511)が姿を現した。
 いや、そこにいたのは彼だけではない。十人近くのケルベロスが蒼矢の左右にずらりと並んでいる。ヘリオンから降下してきたのだ。
「まあ!」
 ディスペアは首を正常な角度に戻し、歓喜の声をあげた。
「生きることに倦み疲れた人たちがこんなに沢山……貴方たちも救済を求めているのね?」
 彼女の目には、自分を倒すために来たケルベロスたちも自殺志願者の群れにしか見えないらしい。
「救済なんて、求めてないの!」
 と、チームの紅一点――レプリカントのフィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)が言い放ったが、ディスペアは自分の見解を曲げなかった。
「いいえ、本当は求めているはずよ。自分に正直になりなさい……いえ、私が正直にしてあげる。死という救済を与えてあげる」
「やれやれ」
 ヴァルキュリアの二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)が大袈裟に肩をすくめた。
「死が救済とはまた……不死者がどの面さげて語ってるのやら」
「不死者だからこそ、死の尊さが判るのよ。死ぬべき運命の貴方たちよりもね」
「世迷い言を――」
 竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が巨躯を少しばかり沈めたかと思うと、地面を抉るほどの勢いで飛び出した。
「――抜かすな」
 ディスペアに突き進む姿は巨大な砲弾を思わせたが、当然のことながら、砲弾のように爆発することはなかった。間合いに入ると同時に放たれた攻撃は稲妻突き。ゲシュタルトグレイブ『淌』の竜翼型の横刃がディスペアの脇腹を斬り裂き、抉り抜く。
 ディスペアは黒い嘴の奥から大音声を発した。
 悲鳴ではない。
 歌声である。
「~~~♪」
 それは見えない二つの手になってケルベロスの前衛陣を優しく包み込み、外傷を残すことなくダメージを与え、催眠効果で心を少しばかり惑わせた。
「その『なにもか知ってます』ってな風に取り澄ました顔、滑稽だな」
 と、歌声を嘲笑で払い飛ばしたのは、黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)だ。中衛に陣取っていたために被害は受けていない。
「女の顔ってのは、怒りで歪んでるほうがよっぽど色気があるもんだぜ」
 陣内はディスペアに『Le chrysantheme(ル・クリザンテム)』を見舞った。それは怒りを付与するグラビティ。しかし、攻撃が命中したにもかかわらず、相手の表情に怒りの色は表れなかった。
「行くよ、スームカ!」
 フィアールカが躍るような動きで旋刃脚を放ち、ガラスのように煌めくフェアリーブーツのヒールをディスペアに突き入れた。陣内が言うところの『取り澄ました顔』をしたままの標的とは対照的に怒りに眉を寄せて。
 ブーツがディスペアから引き抜かれると、今度はエクトプラズムの槍が突き刺さった。ミミックのスームカが具現化した武器だ。続いて、テノールがキャットリングで、オルトロスのイヌマルが神器の剣で攻撃した。
 そして、サーヴァントたちの三種の武器が離れた直後、光の粒子群が飛んできた。たたらのヴァルキュリアブラスト。
「『許せねえ』とは言ったが、死こそが救済という考えそのものは嫌いじゃないぜ。ただ――」
 ディスペアが粒子群に撥ね飛ばされる様を見ながら、ルルドが呟いた。その足元ではブラックスライムが狼に似た姿に変わり、彼と陣内を援護するためのフォーメーションを組み始めている。ジャマー能力を上昇させるグラビティ『付き従うは昏き者共(アラガミ)』だ。
「――それを言ってる奴が気に食わんし、やってることも気に食わん」
「俺ァ、死が救済だなんて、ぜってー認めねえぞl」
 ルルドの独白の前半部を大声で否定した者がいる。チーム最年少――十一歳の大神・小太郎(血に抗う者・e44605)だ。灰色狼の人型ウェアライダーである彼は地を蹴って空中で弧を描き、全体重を乗せたスターゲイザーをディスペアに打ち込んだ。
「死っていうのは救済じゃなくて逃避だろうがよ! そりゃあ、時には逃げ出したくなることもあるかもしれねえけど、逃げてばかりじゃ、なにも救われねえ!」
「そのとおり」
 スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)が同意を示し、フローレスフラワーズの舞いを披露した。対象は傷ついた前衛陣。
「人生は苦難の連続。だが、苦難の先にこそ喜びがある。死という形で苦難から逃れてしまっては、喜びは得られない」
「苦難の先に喜びがある――私もそう思うわ」
 ディスペアが頷いた。蒼矢の『アルト』が蔓触手形態に変わって絡み付いているが、あいかわらず『取り澄ました顔』のままだ。
「でも、その喜びこそが死なのよ」
 そして、彼女は再び歌声をぶつけた。今度の標的は中衛の陣内とルルド。表情は変わっていないが、怒りは作用しているのかもしれない。
「死が喜びだというのなら――」
『付き従うは昏き者共』を後衛陣に送りながら、ルルドがディスペアに指を突きつけた。
「――おまえを完膚なきまで喜ばせてやるよ、デウスエクス」
「ああ、完膚なきまでにな」
 晟がルルドの言葉を繰り返し、口から炎を吐いた。ドラゴンブレスではない。体色と同じ蒼い炎『旋焔(センエン)』だ。
 それを浴びせた後、彼は静かに付け加えた。
「救われなかった、そこの十人のためにも……」
「救われなかった? なにを言ってるの?」
 体のそこかしこを炎に焼かれながら、ディスペアは十体の死体に向かって片方の翼を伸ばした。
「あの人たちは救われたわ。ほら、よく見て。皆、幸せそうに微笑んでいるでしょう?」
 その言葉(の少なくとも後半)は嘘ではない。
 すべての死体が微笑んでいる。
 幸せそうに。
 とても幸せそうに。

●赤い瞳とカタルシス
「確かに幸せそうだが――」
 陣内がファナティックレインボウをディスペアに食らわせて怒りを追加した。
「――幸せそうな人間が本当に幸せとは限らないわけでして」
 たたらが後を引き取り、またもや光の粒子群に変じて突撃した。ヴァルキュリアブラストではなく、その応用技の『ヴァルキュリアグリード』だ。
「死は、なにもかもやり切って生き抜いた人にこそ訪れるものなの!」
 粒子群の直撃を受けてディスペアが体勢を崩したところにフィアールカが肉迫した。怒りに染まっていた顔に悲しみの色が滲んでいる。『救済』された十人の死者への悲哀。
「生きていれば、苦しいことや辛いことだってある! でも、だからといって、途中で理不尽に命を奪っていいわけがないの!」
 怒りと悲しみの叫びとともにスパイラルアームが突き出され、ディスペアの肉を抉った。
 そう、肉だけ。
 心を抉ることはなかったらしい。
 ディスペアは悠然と反駁したのだから。
「あのね、お嬢さん。この世の誰もが『なにもかもやり切って生き抜いた人』になれるわけじゃないの。むしろ、弱い人のほうが多いのよ。そんな人たちに『苦しくても辛くても生き続けろ』と強制するほうが理不尽じゃなくて?」
「だからって、殺すことはないじゃないか! しかも、本来なら人を楽しませるべき音楽を使って!」
 蒼矢がバスターライフルからフロストレーザーを発射した。
「なぜ、君が言うところの『弱い人たち』を音楽で勇気づけてあげようと思わないんだ? それこそが救済だろ!」
「いいえ、そんなものは救済じゃないわ」
 レーザーを真正面から受け止めつつ、ディスペアはかぶりを振った。
「音楽に限らず、なにかで心が癒され、あるいは励まされることもあるでしょう。でも、それはほんの一時だけ。死が与える永遠の安らぎには適わない。そもそも、音楽というのは、貴方が思っているほど強いものではないのよ。ねえ、よく考えてみて。この世界には多種多様な音楽が溢れているでしょう? にもかかわらず、世界はいつまで経っても平和にならないし、不幸な人は後を絶たない。つまり、不幸の前に音楽は無力なの」
「はぁ? なんだ、その三段論法はよぉ?」
 元・音楽教師のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターを構え、無力ならざる『紅瞳覚醒』の速弾きを始めた(もちろん、速く弾いたからといって、効果が増すわけではない)。対象は中衛陣。
「どうやら、この鳥には――」
 速弾きバージョンの『紅瞳覚醒』に合わせて、スルーがまたフローレスフラワーズを舞い始めた。こちらも対象は中衛だ。
「――なにを言っても無駄のようだな。自分の正しさを微塵も疑っていないらしい」
 その言葉を聞くと、ディスペアはくすりと笑った。
「貴方たちこそ、自分の歪んだ価値観を疑うべきね」
「歪んでるのはおまえのほうだぁーっ!」
 怒声を発して走り出したのは小太郎。ディスペアの懐に飛び込み、鞘ごめに抜いた喰霊刀を向こう脛に叩きつける。
「俺様殺法、脚断剣!!」
「うっきゃあぁぁぁーっ!?」
 と、悲鳴をあげたのはディスペアではなく、数秒前まで速弾きをしていたヴァオだ。自分が攻撃を受けたわけでもないのに、向こう脛を押さえて悶絶している。
「それ、痛いやつやん! 地味にめっちゃ痛いやつやん! 見てるほうまで痛くなるやつやぁーん!」
『地味にめっちゃ』というのは矛盾した表現だが、言わんとしていることは他の者たちにも伝わった。それはもうしっかりと伝わった。
 いや、ディスペアだけには伝わっていないかもしれない。少なくないダメージを受けたにもかかわらず、悲鳴一つあげていないのだから。
 おそらく、また悲鳴の代わりに美しく悲しく恐ろしい歌声を紡ぎ出すつもりなのだろう。彼女は黒い翼を大きく広げて、胸を反らした。
 陣内がそれを見て取り――、
「まったく、鳥ってやつは神様に依怙贔屓されてるよな。翼に体色に鳴き声、どれをとっても美しいと来たもんだ」
 ――惨殺ナイフを抜いて、刃をジグザグ状に変形させた。『翼』と『体色』と『鳴き声』を挙げたが、彼の八つ当たりめいた感情はそのうちの一つにしか向けられていない。
「まあ、本物の鳥が相手なら、少しばかり妬む程度で済むが……ビルシャナとなれば、話は別だ!」
 陣内は素早く踏み込み、惨殺ナイフを縦横無尽に振るった。神様の依怙贔屓から生まれたかもしれない黒い翼がジグザグスラッシュによって無惨に斬り裂かれていく。
 それでも、ディスペアの表情は変わらない。彼女は陣内に怒りを付与されているが、この光景を見た者は、陣内のほうが怒り狂っていると思うだろう。
「~~~♪」
 三度、ディスペアは歌声のグラビティを繰り出した。『Le chrysantheme』とファナティックレインボウに付与された怒りが(表情には出ていないながらも)発動したのか、標的は中衛陣。
 しかし、怒りを付与した当人である陣内はダメージを受けなかった。
 翼を有した青い影が前面にふわりと降り立ち、盾となったからだ。
 晟である。
「この翼も妬ましいか?」
 ディスペアにエクスカリバールを叩きつけながら、晟は背後の陣内に尋ねた。
「おまえさんのはゴツすぎるよ。まあ、かっこいいのは認めるがね」
「ボクのもかっこいいかな?」
「俺の翼もかっこいいから! かっこいーいーかーらー!」
 晟と陣内のやりとりに割り込む蒼矢とヴァオ。
 四者四様に軽口を叩いているが、それは怒りを抑えるためだった。この四人だけでなく、ほぼすべてのケルベロスがディスペアに対して怒りを燃やしている。
 なりよりも腹立たしいのは、自分たちの怒りを相手がまったく意に介していないことだ。怒れるケルベロスたちに向けられたディスペアの赤い瞳にあるのは慈しみの光。哀れみも少しばかり含まれているかもしれないが、嘲りはなく、まして憎しみなどあるはずもない。
 わけも判らずに吠えたてる愚かな子犬を前にした、寛大な飼い主のような心境なのだろう。

●黒い鳥が騙り、死す
 戦闘が続くうちにディスペアには怒りを始めとする様々な状態異常が付与されたが、ケルベロスたちにもまた少なからず催眠が付与された。
「俺のせいだ……俺が殺した……俺のほうが死ぬべきだったんだ……あれ?」
 うつろな目をして自分に惨殺ナイフを突き立てようとしていた陣内だが、ボクスドラゴンのラグナルに属性をインストールされて我に返った(ラグナルはメディックのポジション効果を得ていた)
 ラグナルは舞い上がり、陣内のウイングキャットとともに皆の頭上を旋回した。
 そのウイングキャットの清浄の翼に傷を癒され、なおかつヴァオの『紅瞳覚醒』にキュアされた(ヴァオもメディックのポジション効果を得ていた)たたらが――、
「いや、いい気付けになりました」
 ――催眠の影響で自らに与えた傷をさすりつつ、光の粒子群に変わって、数度目の『ヴァルキュリアグリード』をディスペアに見舞った。
「貴様が死を苦難からの解放と嘯くのなら、俺たちは貴様を倒し、その妄執から解放してやろう!」
 スルーが回復役から攻撃役に転じ、サイコフォースを放った。それは正しい判断だった。もう仲間の治癒は必要ない。ディスペアは力尽きようとしている。
 だが、あくまでも『ようとしている』であり、まだ力尽きてはいない。晟が、陣内が、フィアールカが、ルルドが続け様に攻撃を加えても、彼女は余裕ある態度を崩さなかった。
「妄執ですって?」
 黒い嘴が憐憫の笑みに歪む。
「あの男の人は、生活苦から一家心中を試みたけど、一人だけ生き残ってしまったの。あのご婦人は、生まれたばかりの子供を不注意で事故死させてしまったの。あの青年はウィッチドクターも匙を投げた病魔に冒されて、余命宣告を受けたの」
 と、死者たちを一人ずつ翼の先で指し示していくディスペア。
「ねえ、教えてちょうだい。妄執なき貴方たちなら、あの人たちをどうやって救うの? さっきみたいに『なにもかもやり切って生き抜け』とか『苦難の先に喜びがある』とでも言ってあげるの? それとも、お得意の音楽を聴かせてあげるの? そんなことで本当にあの人たちが救えるとでも思っ……」
「黙れぇーっ!」
 ディスペアの言葉を小太郎が咆哮で断ち切り、バスタービームを発射した。
 かつて目の前で自殺した母を想いながら。
「うぉぉぉーっ!」
 小太郎に叫びを重ねて、蒼矢が愛用のバイレオンスギターから『輪唱砲撃(カノン)』を発射した。
 ビームがディスペアを射抜き、轟音がディスペアを打ち据える。
 そして、彼女は『救済』された。
 憐憫の笑みを浮かべたまま。

 蒼矢とスルーの歌声が森に流れていく。十人の死者への鎮魂歌。ヴァオがしょんぼりと肩を落としてギターを爪弾き、その歌に伴奏をつけている。
「彼らをこのまま放置しておくわけにはいかんな」
 死者たちを見下ろし、晟が重い声で言った。
「そうですねぇ。警察に連絡しておきますか」
 たたらが地図を取り出し、防具特徴の『スーパーGPS』を発動させた。この場所の正確な位置を警察に伝えるために。
「しかし、こっちが勝ったっていうのに敗戦処理をしているような気分ざんしな」
「……」
 陣内が無言で腰を屈め、たたらが言うところの『敗戦処理』の一つを始めた。死者たちの所有物をチェックし、身元を確認。遺族や縁者のもとにズムーズに戻れるように。もっとも、ディスペアが語った死者たちの情報が事実であれば、何人かには遺族など存在しないだろう。だからといって『天国で家族に再会できてよかった』などと無邪気かつ無責任に喜べるはずもなかったが。
 歌い終えたスルーが死者たちの傍にやってきて、静かに語りかけた。
「降りかかる苦難から解放され、聖王女の御許へと旅立つがいい。聖王女の慈愛を知らぬ者は幸いなり。これからその愛を一身に受けるのだから」
 フィアールカがスルーの横に並び、チョトキを手にして目を閉じた。祈る神は違えど、十人の冥福を願っている点は同じ。
 ルルドも死者たちを弔っていたが、ここで自分ができることはもうなにもないと悟ると――、
「苦しまずに逝ったのが、せめての救いか……しかし、笑えねえなぁ」
 ――誰にともなく言い残して、立ち去った。
「ああ、笑えねえ」
 遠ざかるルルドの足音を背中で聞きながら、小太郎が呟いた。
 そして、涙を必死に堪えて、死者たちに吐き捨てた。
「幸せそうな顔して死んでんじゃねえよ……」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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