羊角の死神

作者:秋津透

 長野県長野市、郊外。夜更け。
 山間を縫う道路を、ライドキャリバーにまたがったパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)が走っていく。すると、闇だまりから道路照明灯の明かりの中へ、ふらりと人影が出てきた。
「!」
 出てきた人影を、パトリシアは撥ね飛ばす寸前で危うく避ける。しかし、その人影が誰か覚った瞬間、彼女は思わず口走った。
「……撥ね飛ばしてやればよかった。全力で」
「今からでも遅くはないよ。やり給えよ」
 車道の真ん中に立つ、白い長髪、羊の角、奇妙な形の黒衣をまとい大鎌を携えた若い男の外見をした相手が、心底気に障る口調で告げる。
「もちろん、簡単に撥ね飛ばされたりはしないけどね」
「そうだろうな」
 低く唸って、パトリシアはライドキャリバーから素早く降りる。
「私を待ち伏せていたのか」
「そうと知っていても、君は来ただろう? 私に会いたくて」
 嘲るような口調で、男は告げる。会いたいんじゃない、殺したいんだ、と、パトリシアは相手……死神『ナイトシープ』を鋭く見据えて唸りながら、身構えた。

「緊急事態です! パトリシア・シランスさんが、何か只事ならない因縁があると思われる死神に待ち伏せされて遭遇するという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「パトリシアさんは、長野県長野市郊外の山間部を走る道路上にいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。死神の名は『ナイトシープ』で、羊の角を生やし大鎌を携えた若い男の姿をしています。パトリシアさんとどんな因縁があるのかはわかりませんが、彼女の方が激しい怒りを発していて、死神は嘲弄するような態度です。ポジションはおそらくキャスターで、携えた大鎌で攻撃する他、触れた相手の心を惑わす厄介な能力もあるようです。恐ろしいほど強い、という相手ではなさそうですが、いかにも狡猾な感じで、一対一……いや、ライドキャリバーを加えた二対一で闘っても、パトリシアさんはいいように翻弄されてしまうのではないかと心配です」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援は呼びません。情勢不利と見たら撤退するかもしれませんが、逃がしてしまったら非常にマズいと思います。どうかパトリシアさんを助けて、死神を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)
天崎・祇音(霹靂神・e00948)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)

■リプレイ

●死神の悪謀と誤算
「ナイトシープ……漸く会えたわね。探してもう14年になるのかしら……?」
 長野県長野市、郊外。夜更け。山間を抜ける道路上で、宿敵である死神『ナイトシープ』を鋭く見据えたパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)は、油断なく身構えたまま呟いた。
「14年? ああ、そんなものかな。長いようであり、短いようでもあり」
 そう言って、『ナイトシープ』は気障りな嗤いを浮かべる。
「あの頃の私は、未熟者だった。せっかく、ケルベロスである君の恋人を殺すことができたのに、肝心のサルベージに失敗してしまうとは。認めたくないものだね、己の若さゆえの過ちというものは」
「あの時のわたしは泣く事しかできなかった。でも今は違う」
 嘯く死神の戯言を聞きもせず、パトリシアは低い声で呟く。すると死神は、自己満足げにうなずく。
「ああ、そうだろう。君があの時の君でないように、私もあの時の私ではない。ケルベロスの縁者を殺してサルベージしたところで、一般人の残霊を使う以上、嫌がらせ以上の戦力にはならない。しかし、ケルベロス自身を殺してサルベージすれば、どうなるかな?」
 さも秀逸なことを思いついたと言わんばかりの口調で、死神はずらずらと言葉を並べる。
「君たちケルベロスの絆の強さは、異常なほどだ。たとえ一面識もない間柄でも、ケルベロスはケルベロスに献身的なほどに協力し、自分の身を危険に晒してでも助けようとする。ならば、ケルベロスを殺してサルベージし、こちらの手駒にすることができれば、直接の知り合いのみならず、すべてのケルベロスに対して有効な戦力になるのではないかな? たとえ、その者が我々デウスエクスには遥かに及ばない力しかなかったとしても」
「……それで、わざわざわたしを殺しに出てきたのね」
 パトリシアの瞳が憎悪でぎらりと光り、紅唇が歪む。
「確かに……14年前のわたしなら、なすすべもなく泣きながら殺されていたかもしれない。でも今は違う。『I can't cry so anymore』泣くのはもうやめたの」
「なるほど。それでは、その違いとやらを見せてもらおうかな?」
 嘲笑気味に死神は告げ、パトリシアはぎりっと奥歯を噛む。
「必ず……斃してやるわ」
「さあ、君に私が倒せるかな?」
 定命の者が積む14年の研鑽など、不死のデウスエクスから見れば一瞬の足掻きにすぎないのだよ、と高慢に嘯きながら、死神はパトリシアに催眠を仕掛けようと襲い掛かる。
 名無しのライドキャリバーが、パトリシアを庇おうと割り込みかかるが間に合わない。
 しかし、その瞬間、真上から降下してきた戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)が、パトリシアと死神の間に割り込んだ。
「クオン!」
「……貴様ぁ!」
「へへ……ぎりぎり、間に合ったようだな」
 久遠は嘯き、眼鏡を外す。表情や態度には極力出さないが、パトリシアを狙った死神の一撃を見事に肩代わりしたのはいいが、ダメージ(半減ではあるが)に加え、しっかり催眠まで受けてしまった。
(「自分にBS耐性のヒール……いやダメだ、間違って死神野郎にかけて耐性つけちまったら目も当てられん」)
 瞬時に判断し、久遠はパトリシアを促す。
「こっちは大丈夫です。姐さん、存分に……」
「アリガト!」
 言うより早く、パトリシアは刃のような回し蹴りを放ち、続いて名無しのライドキャリバーが突撃する。予想外の援軍の登場に狼狽したか、死神はまともに攻撃を喰らい、たじたじと後退する。
「な、なぜだ!? なぜ、ここに、ケルベロスが!? なぜ、わかった!?」
「お前なぁ、ケルベロスの絆の強さを利用しようとしてるのに、その絆の強さを甘く見てるのか? ただのバカか?」
 思いっきり皮肉を籠めて、久遠が告げる。そこへ鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)が降下し、久遠へオリジナルグラビティ『暁光輪・単(ギョウコウリン・タン)』を放つ。
「今必要なのは速効の癒し!」
「ああ、まったくだ、その通り」
 奏過が身に纏った装甲から白金のオウガ粒子が放出され、恩に着るぜ、と、久遠が告げる。
 そして久遠は、自分とパトリシア、ライドキャリバーの前衛三人に雷電防御を巡らせ、催眠を初めとする状態異常への耐性を付ける。
 確かに、一撃で催眠を付けてくる力は侮れないが、手の内が分かっていれば対応はできる、と、久遠は声には出さず呟く。
(「強力な催眠使いは、一対一では恐ろしくタチが悪いが、複数で分担して対応すれば何とかできるものさ……むろん、油断はできんがね」)
 そして、続いて降下してきた差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)は、手際よく自分の目尻に紅を入れ、戦化粧を施す。
「さあ、姐さんの復讐劇の幕開けだ。夏にはちょいと早ぇが、飛んで火に入る仇の死神だな」
 言い放つと、紫音は死神の下腹に強烈な重力蹴りを決める。
「ぐふっ!」
「へへ、足元ふらついてるぜ。鍛え方が足りねぇな、色男」
 金も力もなかりけり、あるのはセコい悪巧みだけってやつか、と、紫音は嘲笑を浴びせる。
 そしてウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が、よろめく死神の背後へと降り立つ。
「因縁、少しだけ聞いた。酷い話、だと思う」
 訥々と言い放ち、ウォーレンは前衛にオウガ粒子を放つ。命中力が向上し、久遠のダメージが回復可能な分については完全治癒される。
「これ以上の悲劇を生まさせないし、パトリシアさんを倒させもしない。暗く冷たい冥府の海へ送り返してあげるよ」
「き……貴様……」
 攻撃されたわけではないが、なぜか死神は表情を歪めてウォーレンを見据える。
 そこへ降下してきた露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)が、勢いをつけた重力蹴りを見舞う。
「ぐわあっ!」
「ケルベロスや、その縁者を殺してサルベージ? 随分笑えないことを企んでいるんだね。キミはここで終わらせておかないと、ダメだね」
 元気印の沙羅にしては淡々とした口調で告げながら、彼女は蹴り倒した死神の顔面を容赦なくげしげしと蹴りつける。どうも、本気で激怒しているようだ。
 更に、続いて降下してきた天崎・祇音(霹靂神・e00948)が、喰霊刀『建御雷神』で斬りつける。
 そして祇音のサーヴァント、ボクスドラゴンの『レイジ』が、奏過に状態異常への耐性を付与する。治癒回復の要となるメディックの奏過が、万が一にも催眠に捉われないようにする、地味だが堅実賢明な一手だ。
 最後に降下してきた折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)は、死神を見据えて告げる。
「お前がデウスエクスというだけで倒す理由としては十分だ。悪だくみも人殺しもこれ以上させない」
「何を、偉そうに……」
 げほっと赤黒い血を吐きながら、死神は茜を睨み据える。ちなみに今回、サキュバスのパトリシアとウォーレン、そして羊のウェアライダーである茜の三人が、死神と同じ羊角を備えている。
 そして茜は、その角を首ごと落としてやるといわんばかりの勢いで、ぶんぶんと凶暴な唸りをあげるチェーンソー剣を振り回す。
「うわあっ!」
 ちょっと怖すぎるぞ、そのキャラでその攻撃は、と、死神は身を翻そうとするが、茜は大胆に踏み込む。彼女が振るうチェーンソー剣は、首を落とすには至らなかったが、胸板を大きく裂いて鮮血をほとばしらせた。

●死神、死すべし
「くそっ、やってられるか、こんな数を相手に……!」
 忌々しげに、そして明らかに怯えを含んだ声で呻き、羊角の死神はパトリシアを狙って大鎌を振り回す。
 しかし、間一髪、茜が飛び込んで庇う。
「やらせませんよ」
「はっ! 別に誰でも構わんよ。ドレインが取れればな!」
 嘲笑混じりに、死神は言い放つ。茜は厳しい表情で、オリジナルグラビティ『勇なき羊の鎧鼠行進曲(エスケープゴーツ・アルマジックマーチ)』を発動させる。
「どんな因縁があるかは、ここで聞くまで知りませんでした。ですが、デウスエクスを倒したくて清算したい因縁があるのなら……倒れぬ盾となって、貴方の前に立ちましょう」
「アリガト!」
 ダメージを回復しながら全身に土色の装甲をまとい、異形……アルマジロの姿を取る茜にパトリシアは一礼し、流れるような動作で死神に降魔真拳を叩き込む。
「ぐっ!」
 吹っ飛ばされて呻きながらも、死神は大鎌を左右に回し、何もない空間を斬るような動作をする。
「ん? 空間を切り裂いて逃げようっていうのか?」
 殊更に軽い口調で、久遠が言い放つ。
「無駄だな。この面子相手に逃げられるとは思わんことだ」
 魔空回廊を開かれたら確かに厄介だが、そう簡単には開けないはず、と、冷静に戦況を測りながら、久遠はオリジナルグラビティ『万象流転(バンショウルテン)』を発動させる。
「陽を巡らせ陰を正す……即ち、お前の邪気を正しい気によって潰す。万象流転」
「ぐわああああっ!」
 活殺自在を誇る久遠のグラビティをまともに喰らい、死神は大きくよろめくが、鎌を振るう動作は止めない。
「こんな……こんなところで、自分で張った罠の中で、やられるなんて、そんなことがあってたまるか……」
「いいえ、逃がしません」
 言い放ち、奏過がケルベロスチェインを飛ばす。鎖に絡みつかれた死神に、紫音がオリジナルグラビティ『血煙舞踏・塵(ケツエンブトウ・ジン)』を使って殺到する。
「独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 今更逃げようなんぞ、させると思ってるのか、このボケ、と、言い放ちながら、紫音は日本刀『無銘』とパイルバンカーで、死神を滅多切りの滅多刺しにする。
「ぐわ……が……ああああ……」
 苛烈な連続攻撃を受け、たちまち満身創痍になりながらも、死神は必死に鎌を振るい、空間を開いて逃げ道を作ろうとする。
「逃げ延びてやる……こんなところで……やられてたまるか……」
「いやはや……何とも諦めが悪いね」
 呆れたように呟きながら、ウォーレンはオリジナルグラビティ『酒涙雨(ティアーズ・ブリンガー)』を発動させる。
「今日も銀河に雨が降るから……一緒に泣いて、踊ろうよ?」
「うわ、うわ……あわがっ!」
 さあっと驟雨が降り注ぎ、その中に身を隠したウォーレンが死神を存分に打つ。雨のしずくを浴びてずぶ濡れになり、泣き崩れているような有様になりながらも、しかし、死神は鎌を動かす動作を止めない。
「まだだ……まだ……まだ……」
「パトリシアさん……」
「万が一、逃げ道が開いてしまったら目も当てられないわ。わたしには構わず、潰せるなら一秒でも早く、遠慮なく潰しちゃって」
 声をかけてきた沙羅に、パトリシアがきっぱりと言い放つ。
 うなずいて、沙羅はオリジナルグラビティ『赤錆ニ鞘ハ要ラズ(アカサビニサヤハイラズ)』を発動させる。
「『赤錆』に命令させるな。召喚に応じろ」
 沙羅が言い放つと同時に、死神の頭上に、名もなく朽ち赤錆に蝕まれた無数の刀が出現する。そして次の瞬間、赤錆刀は死神の上から落ち、傷つけ、錆粉で蝕む。
「げっ、げっ、げっ、ごほっ!」
 咳込み、身体を震わせながらも、魔空回廊を開こうとする死神の動作はまだ止まらない。
 その姿を難しい表情で見据えながら、祇音が強大なオリジナルグラビティ『天津罪(アマツツミ) 』を発動させる。
「天罰、執行」
 その呟きが放たれた刹那、祇音の身体に異神が宿る。凄まじいばかりの体力と精神力の消費、そして罪と穢れを表すおぞましい呪紋の発動と引き換えに、強大にして純粋な神力が標的……死神を撃つ。
「ぐわ、ぐわ、ぎいああああああああっ!」
 この世のものとも思えない苦悶の呻きとともに、死神は大鎌を取り落とす。しかし、執念深いと言うか何と言うか、それでも倒れることはなく、空間を開く儀式の続きか、あるいは単なる痙攣か、両腕をふるふると震わせる。
 そして茜が、パトリシアに告げる。
「行って!」
「……アリガト」
 うなずいて、パトリシアは愛用のリボルバー銃を構える。普段は使わない、オリジナルグラビティ『紅蓮地獄(グレンジゴク)』のための、取って置きの武器。
(「大丈夫、わたしは今、一人じゃない。あの頃とは違う」)
 声には出さずに呟くと、パトリシアは宿敵に狙いを定める。
「全てを焼き尽くせ! 悲しみも、全て!」
 万感を籠めた叫びとともに放たれた弾丸は、見事に死神を、宿敵を直撃。焔の魔力が発動し、瀕死の死神は一瞬のうちに圧倒的な炎に包まれる。
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
 断末魔の叫びとともに、死神は灰も残さず焼き尽くされる。その光景を見据えながら、パトリシアはほとんど無意識の動作で、銃をしまい、くわえたタバコに愛用のジッポライターで火をつける。
「……ねぇ、リョウ。わたし、やったわ。これで貴方も報われる?」
 呟いて、パトリシアは紫煙が溶けて消える空を見上げる。表情が緩み、一筋の涙が流れる。
 そして彼女は、グイっと袖で涙を拭い、仲間たちに向かってにっこりと笑う。
「みんな、アリガト! 助けに来てくれて、手伝ってくれて、とても心強かったわ」
「役に立てたなら、よかった。お疲れ様……」
 穏やかに告げ、ウォーレンが温かい缶コーヒーを差し出す。受取ったパトリシアは、両手で包み込み、温かさを感じる。
「アリガト……ホント言うと心細かったわ」
 それでも、わたしは、あいつに、死神に、宿敵に、彼の仇に勝ったんだ、本当に、と、彼女は実感を噛みしめるように呟いた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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