もう会えない君の面影

作者:青葉桂都

●兄を求める者
 普段からよく訪れる店を目指して歩いていた少年は、ふと、町に人の気配を感じないことに気づいた。
「あれ……」
 帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)は足を止めて、周りを見回した。
 夕方の今の時間には、もっと家族連れがいてもおかしくないはずだ。
 心の和む素朴な風景が、不思議と今はどこにもない。
 代わりに、1人の人影が大きな音を立ててどこからか道に飛び降りてくる。
 まず目に入ったのは紫色の巨大な2つの手。片方はいくらか小さいが、同じ色をした武器のようなものを持っているように見える。
 その手の向こうに、白いワンピースを着た小柄な少女の姿が見えた。
 悪夢のような紫色に隠されてよく見えない顔を確かめ、翔は大きく目を見開いた。
「……美空?」
 もう二度と会えないはずの妹と、そっくりな顔をしていたのだ。
「ねえ、あなたが私の『お兄ちゃん』なのかしら?」
 絹のように滑らかな白い手が翔のほうへ差し伸べられたかと思うと、同時に巨大な手が少年へ向けて身構えてきた。
「なにを……なにを、言ってるんだ?」
 明らかに人ならざる存在である少女は、疑問に答える意思を持ってはいないようだ。
「もし『お兄ちゃん』なら……あなたの命を、私にちょうだい」
 巨大な手は少女の体から伸びて、容赦なく翔へと襲いかかってきた。

●救援要請
 デウスエクスがケルベロスを襲撃する事件が発生すると、石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)は告げた。
 帰天・翔を狙うデウスエクスは死神で、兄を求める者という名のようだ。
「もっとも、『兄』というのが言葉通りの意味なのかはわかりませんが。帰天さんが本当にその『兄』なのかどうかも現時点では確認しようがありません」
 確かなのは放っておけば翔が単身デウスエクスと戦わなければならなくなること。
「連絡を取ろうと試みましたが、残念ながらつながりませんでした。一刻も早く、帰天さんの救援に向かっていただく必要があります」
 よろしくお願いしますと、へリオライダーは静かに頭を下げた。
 襲撃の現場は街角の路上だという。
 翔と死神以外の人物は周囲にいないので、戦闘だけに集中することができる。
「敵は兄を求める者のみで、配下などもいないようです」
 外見は少女の姿をしているが、上半身から紫色をした巨大な手が伸びている。片方は体と同じくらいの大きさを持ち、もう片方は武器らしきものを握っている。
「もっとも威力が高い攻撃は、単純に大きなほうの拳を握って殴ってくるというものです」
 高速の拳には強化の技を打ち砕く効果もあるらしい。ただのパンチと侮っては危ない。
 また、小さいほうの拳が握っている刃の威力も侮ることはできない。巨大な刃による攻撃は受けた者にプレッシャーを与えて動きを鈍らせるだろう。
 いずれも本人の手ではないため、遠距離まで届くという。
「さらに、両方の腕を振り回して範囲攻撃を行うこともできます。これは近距離にしか行えないようですが、受けると武器の威力まで減衰させられてしまいます」
 へリオライダーは説明を終えた。
「死神にいかなる事情と目的があるとしても、襲撃を成功させるわけにはいきません」
 必ず翔を助け、敵を撃破して欲しいと最後に芹架は告げた。


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)
ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)

■リプレイ

●襲撃する妹
 ひと気のない路上で青年は少女の顔を見つめていた。
「美空!? そんな! 妹は僕の力を覚醒させるためにドリームイーターに殺されたはず!」
 戸惑う帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)を、死神は虚ろな目つきで見つめていた。
「ねえ……くれるよね。だって、あなたは『お兄ちゃん』なんだもの……ね?」
 肉親に甘えるかのような言葉を吐きながら、『兄を求める者』が望んでいるものは翔の命だった。
 紫色の腕が伸びてきた。
 同じ色をした剣の切っ先が翔へと向けられている。
 だが、それが青年の体に届くことはなかった。
 止めたのは、灰色の髪と瞳を鎧に隠した、壮年の男。
「どうして邪魔するの? 私は『お兄ちゃん』にお願いをしてるのに」
 ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)は虚ろな瞳へ鋭い眼光を向けた。
 別に縁もゆかりもなく、特段の義もなく恩を売りたいわけでもない……が。
「同胞の危機を見捨てる如き行為は、ケルベロスとして失格なのだ」
 ただそれだけのことだと、ダンドロは告げた。
 死神が後方へと跳びすさる。
 彼女がもともといた場所に銀髪の虎娘が飛び込んできて、道路にパイルバンカーが深々と突き刺さった。
「っしゃ! 今回も間に合うたね!」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は死神を牽制しつつ武器を構えなおす。
「なんやブツブツ言うとうけど、なんやあれ。自分の兄貴の命くれて、ヤンデレか」
「仲が悪くても命を狙ってくる妹はいないんじゃないかの。狙ってどうするんじゃろうなぁ。その姿で悪事を働くんじゃったらわらわ達も止めねばならんのぅ」
 ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)の声を聞き、死神が彼女へと視線を向ける。
「むろん帰天どのの命は取らせぬし他の者も襲わせるわけにはいかんのじゃ」
 それぞれの役割に合わせてケルベロスたちはデウスエクスとの距離を計る。
 風魔・遊鬼(風鎖・e08021)は、覆面の下から言葉を発することなく、中距離から得物を死神に向ける。
「面影は、影でしかないんだ。本人じゃない」
 漆黒の髪を夕日で染めて、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が死神との距離を詰めていった。
 翔の隣にはチョーカーを首に巻いた女性が近づいていく。
「……ウィアテストさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。うちの店の常連の帰天さんが危険な目に遭うなんて聞いたら、居ても立っても居られないし此方から出迎えに行かなきゃって思ってね」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は素早く翔の様子を確かめる。精神的にはともかく、まだ負傷はしていないようだ。
 彼女が営む『ベオウルフ』で、翔から家族のことはよく聞いている。
「……これも何かの縁かな」
 呟いて、ミリムは両手に剣を構える。
 翔は死神へと近づいていった。中衛に陣取る黒豹の横を駆け抜けていく。
「行けるのか?」
 すれ違うとき、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は翔へ問いかけた。
 振り向いた彼は、表情に迷いを浮かべている。うなづこうとして失敗したのか、陣内からは彼の顎が少しだけ動いたように見えた。
「……そうか」
 初対面の翔に、わかったようなことを言う陣内ではない。
 前進していく翔に、死神がまたその巨大な手を差し向けた。

●惑う兄の姿
 敵に距離を詰め、武器を構えはしたものの、翔の動きはいいとは言えなかった。
 妹と同じ姿を持つ死神は、そんな彼に容赦なく攻撃を繰り出してくる。
 巨大な腕が青年を殴り飛ばす。叩きつけられたアスファルトに、大きなひびが入る。
「どういう意味で兄か知らないけど、玩具じゃなく命が欲しい妹なんてあまり聞いたことないね」
 ミリムは容赦なく攻撃してきた敵へと、揶揄するような言葉を飛ばす。
 とはいえ、翔のことは正直言って心配だ。
 ワイルドスペースにとらわれていたことや家族のこと、彼の悲惨な過去については店で何度も耳にしている。
(「帰天さんは今、どんな苦い気持ちでここにいるんでしょうか……」)
 エネルギー球を生成しながら、ミリムは彼へと視線を向けた。
「私が私の知り合いに似たデウスエクスと対峙した時に来てくれた帰天さんみたく、今度はその恩返しに私が帰天さんの力になりますよ……!」
 満月に似たエネルギー球が、翔の傷を癒していった。
「膝をつくのはまだ早い……挫けぬ心よ、その身を鉄の壁と変えん!」
 ダンドロが気合を放つと、金色の盾が広がって死神の攻撃から仲間たちを守る。
 守るだけではなく、遊鬼が降らせた剣の雨が巨大な手の威力を減じている。
 翔も飛び蹴りを放つが、彼の一撃は地面をえぐっただけに終わった。
 反撃に巨大な剣が翔へと振り下ろされる。
 ノチユは近くの壁を足場にして、巨大剣と翔の間に体を滑り込ませる。
「兄さんを抱きしめるには無骨すぎる腕だと思わないか」
 剣の向こうに見える少女へと告げるが、死神は彼の言葉を意に介す様子はない。
 着地した敵へ仲間たちがしかけた。後衛から放つララの攻撃が動きを縛り、攻撃を当たりやすくしてくれている。
「悪いがその腕、もぎとらせてもらう」
 縛霊手を握って、ノチユも仲間たちに続いた。
 ――狙いすました一撃は、死神を冥府へと導く道標を刻み付ける。
 翔に叱咤できる資格などノチユにはない。彼自身、家族を失った過去があるからだ。
 それでもできることならある。
(「このまま面影を追いかけてむざむざ死ぬのを、黙って見てられるか」)
 祭壇を内包した拳が少女を撃つ。反動で揺れた漆黒の髪が星屑のように煌いた。
 翔が身に付けた血染めの包帯が死神の体をかすめる。
「素直にその身体をくれればいいのに……抵抗するんだね、『お兄ちゃん』」
 死神の声に、翔が顔を歪める。
 ララは胸の前で拳を握った。傷つけた側の彼がつらそうな顔をしていたからだ。
 無関係なララでもやりにくいのだから、翔はなおさらだろう。
 だが、死神を放置すれば、さらになにかしでかすのは間違いない。
「妹の姿をしてる敵が攻撃されているのを見るのはつらいじゃろうな。せめてわらわ達がこの時間を短くしてやらねばのぅ」
 開発中の弾丸をガジェットにセットする。ミリムの回復にあわせて敵へと向けた。
 死神をとらえた弾丸から重力が広がり、また敵の動きを遅くする。
「本当の妹の事をしっかり思い出すのじゃ。そなたが何を言っても言う事を聞かない悪い子じゃったのかの? 失った命はもう帰らぬのじゃ……分かるじゃろう?」
 なおつらそうな顔をする翔に、ララは語りかけた。
「見た目も言葉も覚えあるでしょうけれども、それは今ではないあなたの中だけの妹です!」
 ノチユを癒やしたミリムも声をかけている。
「うちらの攻撃、どっちも避けれるもんなら避けてみぃ!」
 瀬理はパイルバンカーに冷気をまとわせた。
「お前はこの世で一番美しい。神々に愛されるほどに」
 氷のような冷徹さで陣内がパイルバンカーを突き刺すのとタイミングを合わせて、彼女もまた杭を敵に向ける。
 敵を覆った氷が、杭を中心にさらに広がっていく。
 距離を取るために後退するうちに、瀬理の視界に翔の表情が入った。
「辛いなら、替わろうか?」
 同様に中距離へと戻りながら、陣内が声をかける。そっけなくも聞こえる短いその言葉だが、青年への気遣いがこもっているようだ。
 迷いの見える表情で翔が陣内を見る。首を、横に振ろうとしているように見えた。
 横をすり抜けながら、瀬理は彼の背中をどやしつけた。
「……なぁ、翔さん。気持ちはよう分かるわ。うちも妹おるし。けど……あそこにおるんは、ホンマにあんたの妹か? 寝ぼけた目ぇ開いてよう見てみぃ。なぁ! あれは、あの、ひとの大事な家族の姿を弄んどうクサレ共は! ホンッマに! あんたの妹なんか!?」
 翔が、大きく首を横に振る。
「違います……。美空は、あの子は優しい子だった。人を傷つけたりなんかしません! でも……」
 顔を上げて、翔が答える。
 きっともう彼はわかっているはずだ。仲間たちの言葉を聞き、背中を見て。
 ためらいは消えていなかったが、彼は前を向こうとしていた。

●面影はただ消えゆく
 3度目の翔の攻撃は、先ほどよりしっかりと当たっていた。
 とはいえ、まだ吹っ切った様子ではない。
「――お前、その姿、どこで手に入れた?」
 陣内は死神を睨みすえて、杭とともに言葉を向ける。
 翔が吹っ切れるような返答を期待していたが、敵も簡単に応えてはくれない。
「どうしてそんなこと、答えてあげなきゃいけないの? 必要なのは『お兄ちゃん』だけなの。邪魔しないで!」
 紫色の両腕が振り上げられた。
 薙ぎ払う一撃は、翔を狙っているのではなく、陣内たち中衛へ向かってきた。
 サーヴァントである猫が陣内をかばった。ダンドロは遊鬼をかばっている。
 翔が息をのむ音が聞こえた。
「本当に目障りね、ケルベロスって。簡単に死んでくれないだもの」
「それ以上、その顔と声でしゃべるんじゃねぇ! 妹の身体から出て行きやがれ!」
 怒りの声が死神の声をさえぎる。
 翔が先ほどまでと違う乱暴な口調で叫んだ。
 陣内がオウガメタルに空の魔力をまとわせて、死神を切り裂いた。その傷口に手をかけて、翔が怪力で少女を引き裂く。
「すまねぇな、ウィアテストさんも、他のみんなも。もう俺は大丈夫だぜ! 絶対にあいつを追い出してやる!」
「目ぇ覚めたんなら、ええ。よう戻ってったな。とっとと仕留めんで」
 翔に暖かい瞳を向けた後、瀬理は死神へ冷たい視線を向ける。
 青年の目から涙があふれていることは、彼女にも皆にも見えていただろう。だが、あえて指摘するような野暮な真似は誰もしなかった。
 強気な口調と好戦的な態度を見せているのが、陣内にはまるで己を鼓舞するためにかぶった仮面のようにも思える。
「本当に、厄介な連中だ」
 自分だって姉の顔をした敵がいればまともな判断ができる気はしない。陣内は心の中で呟いた。願っているのは、誰だって同じなのだから。
 翔が立ち直ったとはいえ、一気に圧倒できるほど死神は甘い相手ではない。
 ダンドロは幾度目かになる剣の一撃から翔をかばった。
 衝撃で、アスファルトに足が沈み込む感覚があるが、それを耐えきる。
 彼とノチユ、猫は、仲間たちが死神を攻撃している間、攻撃をしのいでいた。
「関係ないくせに、邪魔ばかりして!」
「然り。そちらの事情など関係ない。我はただ役目を果たすのみだ」
 戦闘はすでに半ばというところだろう。死神の言葉を切って捨て、腕に力を溜める。
 柄に『後継者』の証である紋章が刻まれただけの、何の変哲もないバスタードソードが、死神を深々と切り裂いた。
「熱い人だね。僕に同じようにはできないけど、できる限りのことはするよ。墓守にできることはそれだけだ」
 精悍な体の陰からノチユが放った地獄の炎弾が、敵に食らいついていた。
「うむ。帰天どのが自らの手で決着をつけられるよう、わらわたちは全力でフォローするのみじゃ」
 光の粒子と化したララが突撃し、死神を吹き飛ばしている。
 無言のままで遊鬼が敵を見据えると、紫色の両腕が爆発した。
 死神は前衛を薙ぎ払うが、遊鬼の攻撃でその威力は下がっており倒れる者はいない。
「ボクがいる限り、誰も倒させたりしないよ。帰天さんのためにもね!」
 惨劇の記憶を大地から呼び出して、ミリムが前衛たちを癒している。
「うちがついとる! さぁ行くでぇーっ!」
 瀬理もまるで『アイドル』のように大きな声を出して、皆を鼓舞していた。
 暴れ狂う両腕の動きは鈍ることがないものの、敵の体力は確実に削り取っている。
 やがて終わりの時は訪れる。
 遊鬼はゾディアックソードを手に死神へ接近した。
 今、強力な攻撃を仕掛ければ、当たりどころによっては倒しきれるかもしれない。
 だが、今回、けじめをつけるべき人物は遊鬼ではない。
(「元肉親の退治……私の場合は肉親といったものはわかりませんけど、家族と言える方達はいましたからね」)
 星座の刻まれた腹の部分を敵に叩き付け、無言のまま翔へと視線を送る。
(「なくすのは今思い出してもつらいものですし、けじめをつけて頂きたいですね」)
 翔は腕を死神へと向ける。
 涙でかすんでいても、彼の視線の意味は翔にもわかった。
 混沌の水で補っているその腕を、変化させなければならない。けれど……これで最後だと思った瞬間、わずかに動きが止まった。
「迷うな、帰天殿。迷うならば我が斬るぞ。それが嫌なら早く斬れ!」
 かすかな躊躇を見抜いて、ダンドロが翔を叱咤する。
「帰天さん、これはあなたにしか任せられないことなんだよ」
「ああ、わかってらぁ! 俺が……やってやる!」
 ミリムの言葉に背を押されて、翔は腕を大型の砲へ変化させた。
「捉えたぜ……! ……肉片も残さねぇ……跡形もなく……」
 陣内がつけた傷に狙いをつける。ララが足を止めてくれたおかげで、その砲口は確実に死神をとらえる。回避しようとする敵を瀬理の氷がさいなんでいる。
「さようなら、美空。ごめんね、助けてあげられなくて」
 放つ寸前に漏れたのは、普段通りの翔の言葉だった。
 高出力の光線が、夕暮れの街を明るく染める。
 光が過ぎ去った後に、倒れ伏す少女の姿が残っていた。

●面影はただ消えゆく
 倒れた少女に、翔が駆け寄る。
 もう動くことのない少女の姿を確かめて、それから翔は仲間たちへ向こうとした。
「無事で良かったわー。早よ帰って、無事な姿見せたり。心配かけとう人もおるやろ?」
 力強い笑顔を向ける瀬理の声に答えるため、彼は口を開いた。
「皆さん……ありがとう、ござい……」
 最後まで言い終えることができず、彼の目から涙がこぼれ落ちる。
 雫の次に膝が地面に落ちた。
「ごめんね、助けてあげられなくて……」
 夕暮れの街に、青年の嗚咽が流れていく。
「帰天どのは考える時間が必要じゃろう。建物直したり後の処理はまかせておくのじゃ」
 ララの言葉に皆がうなづく。
 片付けや手当を終えて、ケルベロスたちは去っていく。
「落ち着いたらでいいから、また店に来てね。ボク、待ってますから」
 去り際にミリムがかけた声に、まだ翔は答えを返せなかった。
 ダンドロは去り際に翔の姿を見やる。
「ケルベロス失格にならずに済んだようだな」
 聞こえないほどの声で、老戦士は呟いた。少なくとも、守るべき者は守れた。それから先は、彼が口を出していい領域ではない。
(「『兄を求める者』か……奴はそれを求めて何を得たかったのだ。ぬくもりか……それとも……」)
 ダンドロは首を横に振る。
「よそう、勝手な推測はあの者に失礼だ」
 風の中で彼は立ち去っていく。
 兄と、妹の姿をしたものは、ただ2人きりで再び訪れた別れの時を過ごしていた。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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