デウスエクス・ドラゴニア。
所謂『ドラゴン』と呼ばれる者たちは、鎌倉奪還戦の折、神奈川県三浦半島の南端にある城ヶ島を制圧、拠点化した。
「あれから二ヶ月余りが経とうとしていますが、拠点外に出たドラゴンがケルベロスに撃退されて以降、表立った動きを見せていません。配下のオーク、竜牙兵、ドラグナーといった者たちは活発に活動しているようですが……」
「確かに、ドラゴンは全然見かけないっすよねー」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の隣で、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)がいつもと変わらぬ笑みを湛えながら言う。
「なーんか、やばい事企んでる感じがしないっすか? 今のうちに調べておくべきだと、楓さんは思うっすよ」
「狐村さんのようにドラゴンの現状を訝しむ声は多く、強行偵察作戦が立案されました。敵地に乗り込む大変危険な任務では有りますが、皆さんにも加わって頂きたいのです」
セリカはそう言って、三浦半島南部の地図を提示した。
「城ヶ島周辺には多くのドラゴンが生息しているため、正面からの攻略は困難です。その為、複数の部隊を多方面から侵入させて、内部の状況を調査することになりました。例え一部隊でも、敵戦力や拠点の情報を持ち帰って頂ければ、本格的な攻略作戦が可能となるかもしれません」
「とは言うものの、なかなか厄介な場所っすねー」
表情は変わらないが、楓の声が一段低くなる。
島自体は四方を海に囲まれ、三浦半島とは一本の橋で接続されているだけ。
周辺空域は警戒が厳しく、ヘリオンでの侵入は不可能だ。
ケルベロスたちは三浦半島南部から、それぞれの部隊が立案した方法で潜入する事になるだろう。
小型船舶、潜水服、あるいは水陸両用車など、潜入に必要とされる物があれば、申請すれば手配して貰えるとのことだ。
「ドラゴンに発見されてしまった場合は、恐らく戦闘になるでしょう。遭遇したドラゴンを撃破しても、すぐに増援がやってくるでしょうから、調査は中止、撤退して頂きます」
「その時は、他の部隊が見つからないように、なるべく派手に戦って注意を引いておけばいいっすね」
そういうのは得意っすよー、と楓は腕を振り回す。
「確かに、そういった連携も必要となるかもしれませんが、敵の勢力圏では何が起きるか分かりません。最悪の事態を避けるためにも、潜入に失敗した場合は早期の撤退を視野に入れてください。くれぐれも、無理はなさりませんよう」
敵地に赴くケルベロスたちへ、セリカは頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989) |
フクロウ・リブラフォレスト(影のない竜翼・e01213) |
石蕗・陸(うなる鉄拳・e01672) |
ペリム・エストルテ(インペリアルウィザード・e03609) |
ミュール・リエル(小さき銃神・e04689) |
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283) |
千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302) |
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744) |
●波に揺られて
海原を往く、二隻の船。
その片方に乗る狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)たち八人のケルベロスは、三浦半島から城ヶ島を大きく迂回して、島の南側からの上陸を目指していた。
もう一方の船にもケルベロスたちが乗り込んでおり、更にもう一班が海中を進んでいる。
上陸地点がほぼ同じ三班は、港から行動を共にしていた。
何かしらの発見、或いは敵との遭遇に備え、千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)が両班の吉野・雪姫、藤木・友と連絡先を交換し、連携を取れるようにしてある。
「このまま行けば、目的のポイントです」
双眼鏡をぶら下げたペリム・エストルテ(インペリアルウィザード・e03609)が、舵を握る石蕗・陸(うなる鉄拳・e01672)へと言った。
陸の傍らには、海底と同じ色に塗り替えられたライドキャリバーのヴォーテクスが控えている。
ペリムが手に持つ地図には、自分たちの現在地がマーカーとして表示されていた。
少しずつ島に近づいていくマーカー、その先には、今作戦での重要地点と定めた幾つかの印が付けてある。
まず海上に付けられている印の地点まで到達した後、敵の警戒網を掻い潜る為に船舶での移動から潜水へと変更。
そして、島最南部にある馬の背の洞門からやや西側に上陸し、隠密行動を厳にして島の中心部にある印――常光寺、及び海南神社へと向かう。
作戦が順調に遂行出来たなら、そのまま島と三浦半島を繋ぐ城ヶ島大橋へ向かって脱出。
途中でドラゴンと遭遇したならば、陽動も兼ねてひと暴れしつつ撤退。
島の南部に居る間に発見されてしまうようであれば、同じように陽動を行いながら来た道を引き返し、海路で島を離れる。
事前に得られた情報と他班の活動を考慮し、最善手と思われる策を講じた。
作戦に臨むケルベロス八人は、そう自負している。
用意したものはドライスーツと酸素ボンベ、マスクとゴーグルの潜水用具一式に、潜水時に使用する水中スクーター。
情報収集用の撮影機材として、カメラやシャッター付きのランプを防水加工された岩肌色の袋に入れ、直ぐに持ち運べるようにしてある。
ドライスーツは既に着用を終え、後は潜水地点への到着を待つだけだ。
「……静かだな」
大きな身体を目立たせないようにと、船縁にしゃがみ込んでいるフクロウ・リブラフォレスト(影のない竜翼・e01213)が呟く。
「えぇ、潮風の向きも悪くない」
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)も、愛用の刀と道具袋を手にしながら頷いた。
「敵もここまでは警戒してないかもです?」
ミュール・リエル(小さき銃神・e04689)が耳をそばだてる。
それならば、ある程度読みが当たっているということだ。
「和奈さんの方は、どうっすか?」
「……海にも空にも、何も見えないよ。安心は出来ないけど、一先ずは順調って事ね」
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)の持つ双眼鏡を借り受け、楓も周囲を見回す。
同行する船と、遠方に浮かぶ城ヶ島以外に見えるものはない。
ケルベロスたちの意識は、既に上陸後の行動へと向きつつあった。
●招かれざるもの
「あ……吉野さんから連絡が……っ!」
震える携帯を開いた涼乃の顔が強張り、続けて声を上げる。
「潜水中の班から、敵発見の報告!」
発すると同時に、水中から爆発音の様なものが聞こえてきた。
「何事っすか!?」
楓たちが船の縁から覗くと、海中を蠢く何かの姿が見える。
ケルベロスたちはにわかに動揺した。
恐らく、事前に情報を得ていた『回遊するドラゴン』だ。
ここは敵を撃破、あるいは撤退へ追い込むため、協力して迎撃に当たったほうがいいかもしれない。
だが、その為に此処で時間を使っては、島に上陸する機を逸することは必至。
予期していたよりもかなり早く見つかってしまったことで、ケルベロスたちも即断しかねていた。
「向こうから援護の要請は来てんのか?」
舵を握ったまま、陸が尋ねる。
「いえ、『赤い戦艦が近づいて来るから、こちらは迎撃に当たるね』と、それだけです」
その文面だけならば、まだ余裕を感じる事が出来る。
潜水して進んでいた班も装備と人員を揃え、敵との遭遇に備えていたはずだ。
ならばここは彼らに任せ、第一目標としている城ヶ島への潜入、情報収集を目指すべきかもしれない。
――決まりかけた方針を反転させる出来事は、数分も経たぬうちに続けて起きた。
「……っ! なんですかっ!?」
鈍い音が響き、遅れて船が波に煽られる。
船縁を掴んだ恵が見れば、もう一方のチームの船に向かって体当たりする敵の姿。
「おいっ、まさか二匹目か!?」
驚愕する陸の視線の先で、体当たりを受けた船のケルベロスたちが次々と水中へと飛び込んでいく。
言うまでもなく、敵との戦闘を決意したのだろう。
「どーするっすか!?」
楓の腕を、和奈が握って言う。
「……悩むまでもないみたいよ」
覗く双眼鏡の先には、何体、いや、何隻と言ったほうがいいのか。
戦艦竜たちの群れが脇目もふらず、こちらを目掛けて突撃してきていた。
「ははっ、こりゃー参ったっすね……」
笑みを絶やさない楓すら、乾いた声を出す。
これから潜水して島に向かっても、辿り着く前に捕捉されるだろう。
かといって船を突っ切らせれば、別の警戒網に掛かるはず。
自分たちがいる南方の海上では島から遠すぎて、暴れまわった所で陽動にもならない。
死に物狂いで戦ったとしても、更に増援が向かってくるだけ。
もはや事前に立てた作戦など、何も意味を成さなくなっていた。
上陸も、陽動も、敵の撃滅もままならぬのであれば、残された選択肢は一つ。
「……撤退、するしかない、か」
努めて冷静に、フクロウは言った。
彼が幾度か渡り歩いた戦場の中にも、このような空気があったかもしれない。
故に彼は、いち早く現状を言語化し、己と仲間にそれを理解させる機を与えた。
「悔しいけど、安全第一ね」
和奈が言った所で、ケルベロスたちは思考を一斉に切り替えた。
撤退するにしても、戦闘状態の二班を置いて帰る訳にはいかない。
まずは事態を知らせ、戦いを援護し、全員で撤退できる状況を生み出す必要がある。
ならば、どちらを先に援護するか。
それは簡単な話だ。
「船を持ってない方ですね」
恵が言うとおり、港から潜行を続けていた班は母艦となるものを有していない。
どれだけ急いでも、水中では簡単に追いつかれてしまうだろう。
「涼乃、すぐに浮上するよう連絡を取ってくれ!」
言うなり、潜水装備をふんだくって陸が飛び込んだ。
「ボクたちが援護するです?」
「頼みます!」
ミュールと和奈、そしてペリムが船上に残り、恵とフクロウ、楓も装備を着用して海へと飛び込んでいく。
●今、出来ることを
「……撃つです?」
ミュールが銃剣を構え、周囲を魔術で生成された遠隔誘導攻撃端末『銃神』が取り巻く。
「魔力充填、シリンダー回転開始!」
専用の麻酔弾をセットしたガトリングガンを構え、和奈は海中へと銃口を向ける。
「我は影に命ず!」
剣を手に、ペリムの生み出した十八本の影の剣が、海中のドラゴンの『魂』を狙う。
「加減は無しよ! 弾幕、展開!!』
和奈の合図で、幾重もの光線と無数の銃弾、黒い剣が海中へ向かっていく。
それは飛び込んだ四人の横を通過して、次々と赤い戦艦竜に命中した。
「(さすがっす! 楓さんたちも行くっすよー!!)」
水中では声を上げられないが、心の中で気合を入れた楓。
刀と拳、それぞれの得物を手に、四人は戦艦竜の元へ急ぐ。
いざ海中で目の当たりにすると、相手は想像以上の大きさだった。
十メートル以上は有ろうかという赤い体躯、体のあちらこちらから生えている砲台。
水中でも炎を吐き、ケルベロスたちを相手に大立ち回りを演じている。
少し離れたところでは、もう一体の青い戦艦竜も氷のブレスを吐き暴れまわっていた。
両班とも善戦しているように見えるが、これ以上構っていられる時間はない。
「(この野郎、当たるとイテェじゃすまねぇぞ!!)」
先行した陸が、戦艦竜の鼻っ柱を思い切りぶん殴った。
続いて恵が愛刀に信念を、フクロウは鋸剣に地獄の炎をそれぞれ纏わせて斬りかかる。
二つの斬撃は、竜の鱗を大きく裂いた。
「(ドラゴンにも、楓さんと踊ってもらうっすよ!)」
楓が放った無数の刃は、渦を巻いて竜へと向かう。
複雑怪奇な軌道を取る刃たちは、あらゆる方向から突き刺さり、竜の裂傷を広げる。
四人が一太刀浴びせかけた所で、赤い戦艦竜はその身を翻して逃げ始めた。
撃破は出来なかったが、船に上がるなら今がチャンスだ。
全員で海面に上がるように指差すと、水中にいたケルベロスたちは一瞬躊躇いを見せた。
その理由をフクロウは察する。
涼乃が急いで送った電文には、浮上するようにとしか書かれていないのだろう。
ならば彼らはまだ、戦艦竜の大群が迫っていることを把握できていない。
可能ならば追撃をかけ、敵を撃破するべきだと考えているはず。
……だが、僅かな逡巡で合点がいったのか、彼らはすぐに頷いて、海面へ浮上していく。
ちらりと見やれば、もう一方のチームは青い戦艦竜との戦いを続けていた。
すぐさま、彼らを援護しなければならない。
「――何かあったの?」
船上にいる者たちの手を借りて船に上がると、フェクトが説明を求めていた。
「あちらを見て下さい」
ペリムが指し示した方向には、より大きな航跡を描きながら近づいてくる戦艦竜の群れが見える。
「あれだけの数のドラゴンを相手には出来ません。残念ですが作戦は中止し、撤退するべきだと判断しました」
僅かな言葉と迫り来る光景は、フェクトらを納得させるに十分だった。
「海中の藤木さんにも連絡を入れました!」
涼乃が声を上げた。
電文は『敵増援多数、至急浮上、撤退求む』とまで打ってある。
これだけあれば、意図は十分に伝わるはずだ。
「残るもう一方の戦艦竜も叩きます! 攻撃可能な方は協力を!」
応じた別班の三人と、先ほど援護をした三人。
そしてフクロウと涼乃を加え、計八人が攻撃態勢を取る。
「っしゃぁ! 気合入れろオラァ!」
陸が舵を切り、青い戦艦竜に向けて平行に船体を向けた。
「行きますよ!」
二班は合同で、残る戦艦竜へと援護射撃を放つ。
「大地に眠りし、邪眼の光!」
ペリムが詠唱し、光線が敵の体を石化させんと一直線に向かう。
ミュールと和奈が銃弾を雨あられと打ち込み、涼乃の喚んだ黒き触手がそれに続く。
最後に、全てを焼き払わんとフクロウのドラゴンブレスが炸裂した。
次々と放たれる攻撃を受け、残っていた戦艦竜も逃げ去っていくようだ。
浮上してくる仲間たちの姿を確認して、陸は再び舵を切った。
船は加速し、城ヶ島と戦艦竜の群れは、みるみる遠ざかっていく。
●反攻の誓い
なんとか敵を振り切り、帰還する道中。
「アタシたち、何も出来なかったね」
潜水用具を片付けていた和奈は、そう零した。
「……くそったれ!」
陸が舵を叩く。
楓も僅かに唇を噛み締め、落ち着き払っているように見える恵も、刀の柄を固く握りしめていた。
「ボクたちの作戦、無意味だったです?」
「そういうことに、なるのでしょうか……?」
船縁に寄りかかり、ぼんやりとした目で遠く空を見つめるミュールと涼乃。
確かに彼女らは、島を偵察して情報を得るどころか、ドラゴンを撃破して戦力を削ぐことも、他の仲間達の行動に影響を及ぼすほどの陽動も果たせなかった。
規定されていた目的を達成出来なかった以上、作戦は失敗したと言わざるを得ない。
なんと言っても、島に乗り込めなかった事が、ただただ悔しくてならなかった。
「私たちケルベロスは、デウスエクスに抗える唯一の存在です。その貴重な戦力を一人も失わずに帰還できただけでも、良しとしませんか」
「……そうだな、他の班が何らかの成果を挙げている可能性もある。いや、きっと挙げているだろう」
ペリムとフクロウ、年長の二人が気遣うように言う。
「あくまで推測ですが……広く海に面している南方海域は、通常のドラゴンや配下の者たちでは監視が難しかったのでしょう」
「だからこそ戦艦竜の警戒範囲だった、ということか。ならば、南方からの進軍は不可と分かっただけでも、無駄ではないかもしれん」
「……そうっすね!」
楓は首を振って皆へと向き直り、腕まくりをして見せた。
「予想外の事はいつだってあるっす! 楓さんはこんなことでへこたれないっすよ!」
次こそ、皆でドラゴンたちをぼっこぼこにしてやるっす!
そう息巻き、いつもの笑顔へと戻った楓を見て、涼乃と和奈の、そして全員の肩の力が少しだけ抜けた。
「楓さんの言うとおりですね。次の機会が必ずあるはずです」
「その時はアタシの麻酔弾をありったけ撃ち込んでやるね!」
「銃撃なら、ボクも負けないです?」
「なら私は、髭でも切り取ってやりましょうか」
「俺も一発しか殴れなかったからな、次は蹴りとばしてからヴォーテクスで土手っ腹に穴開けてやるぜ」
ケルベロスたちは次なる戦いへと気持ちを向けた。
この悔しさを晴らす機は、きっとすぐに来る。
それまで英気を養い、万全の状態で備えるだけだ。
反攻を誓うケルベロスたちを乗せ、船はゆっくりと港へ戻っていった。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2015年11月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
|
||
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|