輝け偶像、約束の地で

作者:洗井落雲

●夜闇に輝く虹色の
 光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が、今日の路上での音楽活動を終わりにしようと思ったのは、予定していた曲目をすべて終えた時だ。
 今日はずいぶんと静かだったかな、と思う。大人気、等とうぬぼれるつもりはないが、路上パフォーマンスなどを行っていれば、大なり小なり、人の興味を引くものだ。それが、今日は全く……反応がうかがえない。人の声はなく、強いて言うならバサバサと言う、鳥のはばたく音だけだ。うん? 鳥?
 睦は思わず、目を見開いた。
 鳥だ。
 ビルシャナだ。
 それは、睦の目の前にいた。周囲には人の気配はない。このビルシャナにより、人払いでもされたのだろうか。
「実に――」
 ビルシャナが、口を開いた。
「素晴らしい歌声ですぞ」
 そう言った。
「は、はぁ……あ、ありがとう……」
 あっけに取られていたので、睦は思わず礼を言った。
 ばっ、と、ビルシャナは腕を振った。手には、指で挟むように、何本かのスティックライトを持っている――どうやら、先ほどから聞こえる鳥の羽ばたき音は、コイツがスティックライトをふっていたせいのようだ。
「精進すれば、武道館に到達する可能性を秘めた存在。アイドル。その卵。それ故に――惜しい」
 ビルシャナが言った。
「ケルベロスであるという事実が。そして、ここで拙者に倒されるという事実が――!」
 ばさり、と、ビルシャナは腕をふるった!
 どうやらやる気であるらしい、という事に気付いた睦は、困惑しつつも、戦闘態勢をとる――。

●アイドルよ永遠に
「ケルベロスの睦が、デウスエクスの襲撃を受ける予知があった」
 と、集まったケルベロス達に告げるのは、アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)である。
「本人に連絡をとろうとしたものの、急な事もあり連絡がつかない。そこで、皆には、襲撃が予知された場所へ向かい、睦を救助、そして敵デウスエクスを撃退して欲しい」
 と言って、アーサーはふむん、と唸ると、
「敵についてだが……ビルシャナだ。数は一体で、信者はいない。敵の特徴だが……アイドルオタクの明王……のようだな……」
 若干困惑の見えるアーサーであったが、ケルベロス達はあまり気にしなかったかもしれない。変わったビルシャナは多い。
「そう言うわけで、攻撃は手にしたペンライト……なのか? これを用いたものが多い様だ」
 アーサーは、その手の界隈にはあまり詳しくないようである。こほん、と咳ばらいをひとつ。
「戦場は、夜の公園だ。とは言え、敵の手で人払いがされたようで、周囲に人はおらず、新たに誰かがやってくることはない。また、夜とは言え、辺りには充分明るい。今から向かえば、2人が戦闘を始める直前に到着できるだろう」
 アーサーはそう言って、ヒゲを撫でた。
「妙な相手だが……一人で攻撃を仕掛けてきた相手だ。強敵だろう。くれぐれも気をつけてほしい。君達の無事と、作戦の成功を、祈っているよ」
 そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
古海・公子(化学の高校教師・e03253)
須々木・輪夏(翳刃・e04836)
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)
レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)
山下・仁(旅団放浪中・e62019)

■リプレイ

●アンサング
 マサ(めざせ武道館明王)が、その手のスティックライトを振るう。バサバサと言う羽音とともに、七色の光が夜空を切り裂いた。
 じり、じり、とマサが距離を詰めてくるのへ、光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)は、じり、じり、と後退する。
 睦の背後、すぐそばには噴水が設置されている。このまま下がっても、すぐに追い詰められることになるだろう。
 睦は意を決し、マサを見据えた。そんな様子を見て、マサは呟いた。
「そう、その目だ――」
 どこか悲しげな声だった。その声色に、睦は脳裏に疑問符を浮かべた。
「そんなに強い、強い意志に輝く目を持っているのに――」
 マサがその手を振りかぶった。来る! 睦が迎え撃とうと構えるのへ――。
「そこまで、です――!」
 声と共に、何かが飛来した。2人に割り込むように降り立ったのは、アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)である。アンジェラは睦を守る様に両手をひろげ、
「よかった、間に合いました、です。助けに来ました、です!」
 そういうと、睦に向かって笑いかけた。
「むっ、援軍にござるか!」
 先ほどまでの悲しげな声色とは打って変わって、テンション高くマサが叫ぶ。
「ふふ、ビルシャナさん、慢心しました、ですね? 『ケルベロスは、1人見たら8人居ると思え――』。8人相手なら、そう簡単には行きません、ですよ?」
 そう言って得意げな笑みを浮かべるアンジェラへ、
「……ちょっと、その言い方だと、なんだか私達が面倒な厄介ものみたいに聞こえるわよ?」
 ふぅ、と嘆息しつつ、レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)が声をあげた。
「でも、あなたの敵ではあるのだけれど。楽しませてもらえるかしら?」
 くすり、と笑うレイス。
「間に合ったようだな、睦」
 ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)が、睦へ声をかけた。
「団長……!」
 思わず声をあげる睦へ、
「わたしも助けに来ました!」
 篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)もまた、声をかけた。
「葛葉ちゃんも……!」
「嬉しいのは分かるけど、気は緩めないでね?」
 古海・公子(化学の高校教師・e03253)が言う。
 ケルベロス達は、マサへと視線を向けた。マサはむむ、と唸ると、大きく後方へと跳躍。距離をとる。
「だが、何人こようと同じことですな! 拙者の手により、お主らは、死ぬ!」
「……させない!」
 睦が言った。
「あなたの目的はわかんないけど、私達は、負けないよ!」
 そう言って、武器を構える。
「助太刀するでやんす!」
 声をあげながら、山下・仁(旅団放浪中・e62019)もまた、武器を構えた。
「ありがとう……!」
 睦が感謝の言葉を述べるのへ、仁は頷きで返す。
 須々木・輪夏(翳刃・e04836)もまた、睦へ向けて、静かに頷いた。斬霊刀へと手を伸ばし、静かに、敵を見据える。
「――我が教えに逆らう愚か者どもよ」
 マサが声を張り上げた。ばっ、と両手を広げると、背中の翼もまたばさり、と音をたてて広がった。
「汝らに救いなし――でござる!」
 マサが駆ける。
 それを迎え撃つべく、ケルベロス達は、各々の獲物を手にした。

●アン ソング
 マサが奇声をあげながら疾走した。手にしたスティックライトは、ただの照明器具ではない。
「キ、エエエエエエエエエイ!!!」
 雄たけびを上げ、スティックライトを振り下ろす。ヒルダガルデは喰霊刀でその斬撃を受け止めた。甲高い音とともに、お互いの刃が交差する。
「おっと……!」
 ずしり、とした重みを、ヒルダガルデは感じた。コミカルな見た目に反し、結構な力を持っているようだ。だが、ヒルダガルデは、その笑みを崩すことはない。
「やれやれ、ファンならアイドルに手を出さないでもらいたいものだがな」
 マサは後方に跳躍して距離をとる。
「そうです! アイドルにお触りは、厳禁、です!」
 アンジェラは虹を纏った急降下キック。マサはスティックライトを構えてそれを受けた。激突する虹と虹。アンジェラは反動を利用して跳躍、距離をとる。
 マサの隙を見逃さず、ヒルダガルデは距離を詰めた。刃で一気に斬りつける。マサはスティックライトでその攻撃を受け止める。2人の刃が再びの交差。
「ファンであるなら、その活動を応援してやるものではないか?」
 ヒルダガルデの言葉に、マサの眼鏡がギラリと光った。
「アイドルとは、これすなわち武道館を目指すもの」
 低い声で、マサが言う。
「今に甘んじ、その努力を放棄したアイドルなどアイドルにあらず! ましてやケルベロス……!」
「武道館に行かなくたって、想いを届けることはできる!」
 睦が叫んだ。ヒルダガルデの攻撃の隙をついた電光石火の蹴りが、マサの腕に直撃する。たまらずうめき声をあげるマサ。だが、その眼鏡をギラリと光らせ、マサは睦へと視線を移した。
「だが、武道館に行けば、多くの人へその歌を届けられるのだ!」
「そういうのって、数じゃないでしょ!?」
「負け犬の遠吠えよぉ!」
 マサが叫んだ。そんなマサへ向けて、レイスは跳躍からの蹴りの一撃を見舞う。
「あんたの体型、サンドバッグによく似てるわ!」
 嬉々とした様子で笑うレイス。
「ファン、ってどういう意味だか解ります? Fanatic……狂信者、という意味も有るんですよ!」
 公子が言った。『サンフォニー・ブゥケ』より生まれた黄金の果実から放たれる輝きが、ケルベロス達を包む。
「私も含めて、ファンになるというのは、自分の狂気と付き合いつつ、その対象を大事にすることなんですよ!!」
「相手のことが好きだから、期待しちゃうっていう気持ちはちょっとわかる、かも」
 輪夏が呟くように言った。持ち前の身体能力を生かし、マサの死角より放たれる刃の一撃。マサは慌てて、その攻撃へと対処する。
「でも、それで、迷惑をかけていい事にはならない……好きな人を、困らせたいの?」
 尋ねる一言に、マサは無言で返さない。
「あんたの行動は、独りよがりでやんすよ!」
 仁が言った。オウガメタルより放たれる輝きが、味方のケルベロス達に降り注ぐ。
「アイドルが好きなのはわかるでやんすが……アイドルだって一人の人間でやんすよ! 考え方だって違う! それを、自分の求める形に強制しようなんて……!」
「黙れ!」
 マサが叫んだ。公子、輪夏、そして仁。三人の言葉に、己の教義を揺さぶられたが故の激昂であろうか。
「拙者の教えこそ至高……この教えに従ってこそ、全ての者が幸福になれる――」
「さえずりを聞く気はない」
 と、葛葉がその言葉を制した。姿勢を低くして駆け出すや、マサへと肉薄。手にした白いデザインのガジェットを、マサの腹部へと、突き刺すように突きつけた。
「おしゃべりの代わりに銃弾を頭に撃ち込んであげるよ!」
 発砲。トリガを引きながら、その銃を、頭部目がけて斬り上げる。昇るように放たれた弾丸が、マサの身体を蹂躙する。頭部に放たれた弾丸が、マサの眼鏡を粉砕した。
「ぐぬぬ……おのれぇ!」
 マサが忌々し気に葛葉を睨みながら、その腕を振るった。手にしたスティックライトが激しく点滅し、巻き起こされた熱気が炎となってケルベロス達を飲み込む。
「っ……このステージの邪魔をしないでください、です!」
 アンジェラが叫ぶ。マサは激昂したように叫んだ。
「邪魔をしているのは、どっちだ!」
 アンジェラはオーロラのような光を生み出し、仲間達を包み込んだ。その身を焼く炎が、光により瞬く間に消滅する。
 ヒルダガルデは喰霊刀に地獄の炎を纏わせ、マサへと叩きつけた。地獄の炎はマサへと燃え移り、マサの顔が苦しげに歪む。
「マサさん……あなたの想い、聞かせて! 恨み言も不満も、ぜんぶこの拳で受け止める!」
 睦が、マサへと拳の一撃を放った。一見すれば、ただの拳の一撃であるそれは、『虹架拳(アフター・レイン)』と呼ばれるグラビティである。その一撃は、相手の無念や悲しみ、憎悪などを感じ取ることができるとされる。
「……えっ?」
 睦が声をあげた。呆然としたように、マサの顔を見つめる。
「あなた、私の――」
「ぼさっとしないで」
 レイスが睦へと声をかけながら、チェーンソー剣による、一撃をマサへと見舞う。
「その羽……飛び散らせ甲斐があって素敵ね」
 チェーンソー剣による斬撃が、マサの羽を派手に散らした。
「光宗さん、どうしたの? 大丈夫?」
 公子が心配げに尋ねるのへ、睦は慌てて頷いた。
「は、はい! 大丈夫……」
 言葉とは裏腹に、何処かショックを受けたような表情を見せる睦へ、しかし公子はかける言葉を持たない。心配は拭えないが、今は戦闘中であるし、睦の心の内を詳しく聞くわけにもいくまい。
「無理はしないでね」
 無難な言葉をかけることしかできなかったが、それが今できる最善の事であった。公子はケルベロス達への援護を再開する。
「須々木さん、手伝って!」
 公子の言葉に、輪夏が頷く。祈る様に手を組めば、生まれいずるは風船唐綿の実。仲間たちに纏うそれは、やがては割れて、その綿毛を舞わせる。
「力を貸して……!」
 『夢見月(ユメミヅキ)』と名付けられた、輪夏の技である。「隠された能力」の花言葉を持つ風船唐綿の力は、仲間達の傷を癒しつつ、その力を向上させる。
「こっちは攻撃を……!」
 仁がルーンアックスを振るい、マサへと肉薄する。力を溜めた一撃が、マサの身体を切り裂いた。
「あんたのは……わがままでやんすよ!」
 仁の言葉に、マサが吠えた。
「違う! この教えこそ真理!」
「人に迷惑かけておいて、何が真理だよ!」
 葛葉が手にしたがジェットガンを発射する。弾幕にマサが足を止め、銃弾はマサの腕を貫く。
「多くの人へと歌を届けることができる! その力を振るわない事は、罪だ!」
 マサが叫び、炎の風を巻き起こした。炎風がケルベロス達を包む。その炎を切り裂いて、アンジェラは駆け抜けた。マサへと組み付くと、
「つかまえました、逃しません、です!」
 その小さな体を精一杯に駆使し、的確にマサの関節を極めていく。
「あなたのいう事も、少しわかります、です。でも」
「力の使い道は、本人が決めるものだよ」
 ヒルダガルデが言った。喰霊刀が、マサの身体を深く切裂いた。
「マサ、さん」
 睦が言った。睦の瞳は、悲し気だった。
「ビルシャナになる前に、話せてたら……」
 左手が、マサを掴んだ。
「ごめん、ごめんね」
 右手が、マサを捕える。
 撃ち放たれた拳の一撃は、マサの顔面を捕えた。
 マサが吹き飛ばされる。数メートルを飛んで、マサが地に落ちた。
「拙者が……泣かせた……?」
 呆然としたように、マサが呟いた。それが最期の言葉になった。
 睦の頬を、一筋の涙が零れ落ちていた。

●アンサーソング
「無事なら、それで。何よりだわ」
 レイスが言った。デウスエクスを撃退したケルベロス達は、戦場となった公園をヒールし、一息つく。
「結局、何で襲ってきたのかしらね」
 小首をかしげるレイスへ、
「たぶん、好きだったから」
 輪夏が言った。
「好きだったから……許せなかったのかも、しれない。自分の理想とかけ離れてしまう事が……」
 輪夏の言葉に、レイスは嘆息した。
「身勝手ね」
 言い放つレイス。輪夏は静かに目を閉じた。
 一方で、睦はギターを手に、俯いていた。
 せめて鎮魂の曲を、と開いた口は、歌を紡ぐことはできなかった。
「なんだか、元気がないみたいです……」
 葛葉の言葉に、
「心配でやんすね……」
 仁が言った。
「歌って言うのは、想いを乗せるものだから」
 公子が言った。
「ビルシャナ……それになる前の人間に、自分の想いが伝わらなかった事……そして、歪んだ姿に変えてしまった事……それがショックなのね」
「難しいでやんすな」
 仁が言った。
「言葉を尽くしたって、人間はその想いを正しく伝える事は難しい……それが、歌になるとなおのこと難しいのかもしれないでやんすね」
「でも、睦さんなら、きっと大丈夫」
 葛葉が言った。
「大丈夫……きっと」
 少しだけしゅんとした様子で、葛葉がそう言った。
「歌わないのかね?」
 睦の隣で、ヒルダガルデが言う。睦は項垂れるように頷いた。
「歌うのが、怖くて」
「そうか」
「想いが伝わらないのが、怖くて」
「ああ」
「歪んで伝わってしまうのが、怖くて」
 睦の言葉に、ヒルダガルデは優しく、頷いた。
「……少し、厳しいかもしれないが」
 ヒルダガルデが、静かに言った。
「今が怖いのなら、明日はきっともっと怖い。今日の、その恐怖に打ち勝てるのは、此処が最初で最後だ。……それに彼が望んだのは、他でもない睦の声だろう? ならば、此処で歌わずどこで歌う。君が歌わず誰が歌う」
「……大丈夫、です? もし怖いなら、一緒に歌います、です? ……わたしの知ってる歌なら、ですけど」
 アンジェラが、心配げな様子で、睦にそう言った。
 睦は、顔をあげた。
 こちらを心配げに見つめる、仲間たちと目が合った。
 少し、目を閉じる。
 路上で歌い始めたのは、この街の人達に想いを伝えるため。
 伝わらない事もあるかもしれない。
 歪んで伝わってしまう事もあるかもしれない。
 それでも多分。自分には、これしかないのだと。
 自分が戦う手段は、歌しかないのだと。
 睦は目を開いた。
「大丈夫」
 微笑んで、アンジェラへと頷く。
 睦は意を決したように、息を吸い込んだ。
 ギターの弦をつまはじき、音を奏でる。
 仲間達へ向けて。人々へ向けて。マサへ向けて。
 届くように。届くように。
 睦は口を開いた。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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