ラッパの王国

作者:土師三良

●喇叭のビジョン
 とある市街地の公園。
 日当たりの良いフェンスが橙色の斑点に彩られている。
 開花して間もないノウゼンカズラだ。
 街の人々の目を楽しませる色鮮やかな花の群れ。だが、そのうちの六輪に異変が起こった。
 音も立てずに巨大化を始めたのである。
 もっとも、音を立てなかったのは巨大化している間だけ。直径八十センチほどまでに達したところで六輪の花は成長を止め、ラッパのような花弁を公園内に向けて声らしきものを発した。
「――――!!」
 人間の言葉では表記できない不気味な咆哮。
 凄まじい声量だった。
 しかも、それは破壊力を伴っており、公園の地面を抉り、遊具をへし曲げ、砂場の砂を盛大に吹き飛ばした。

●ピジョン&音々子かく語りき
「この前、皆と一緒にサキュレント・エンブリオとかいう巨大攻性植物をやっつけたけど――」
 と、ヘリポートの一角で口を開いたのは、同僚たちとともに招集されたピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)。
「――そいつが散り際に撒き散らした胞子が悪さを始めたみたいだねえ」
「そうなんですよー」
 ヘリオライダーの根占・音々子が頷いた。
「ピジョンさんたちがサキュレント・エンブリオと戦ったビル街からそう離れていない場所に大きな公園がありまして。そこのフェンスに蔦を絡ませていたオレンジ色の綺麗なノウゼンカズラが胞子を取り込んで攻性植物化しちゃったんです。幸いなことに変化したのは全部の花じゃなくて、六つだけですけどね」
 六輪の巨大ノウゼンカズラは基本的に公園から動かないらしい。しかし、危険な存在であることに変わりはない。自分たちのテリトリーに人間が現れたら、間違いなく襲いかかるだろう。
「敵は高い知性は持っていませんが、戦闘時には本能的に連携を取ります。具体的に言うと、攻撃役と防御役と回復役に分かれて戦うんですよ。でも、役割は違えどグラビティは共通していますから、攻撃役が仲間を回復させたり、回復役が皆さんを攻撃してくることもあると思います」
「面倒な連中だね。で、そいつらの攻撃方は?」
「ラッパみたいな形を活かして、ブブゼラよりもうるさい音だか鳴き声だかをぶつけてきます。『ぶびばぁー、ぶびばぁー!』って」
「ぶ、ぶびば?」
「強引に擬音にすると、そんな感じだと思うんですけど……あー、でも『うむびゃー』のほうが近いかもしれません。それとも『ん゛ん゛ん゛ぁー』のほうがしっくり来るかなー? ピジョンさんはどの擬音がお好みですか?」
「……」
『正直、どーでもいいよ』と答えるべきかどうかピジョンが迷っている間に音々子は擬音についての試行錯誤をやめて、巨大ノウゼンカズラの情報をまた伝えた。
「ちなみに敵は自分たちが出す騒音は平気なくせして、他の人が出す騒音は苦手みたいです。だから、皆さんが喚いたり、叫んだり、吠えたり、歌ったりしながら戦えば――」
「――敵を弱体化させることができるんだね?」
 と、ピジョンが後を引き取ったが、音々子はかぶりを振った。
「いえ、弱体化まではいきません。ちょっと怯む程度です」
「え? じゃあ、こっちが大声を出しても実質的なメリットはないの?」
「はい。まあ、気分の問題ですね」
「気分の問題か……」
 なんとも言えない顔をして復唱するピジョンであった。


参加者
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
鉄・千(空明・e03694)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
ミン・クーワン(烟・e38007)

■リプレイ

●騒音 Soul On
 大阪市某所の公園。
 ラッパに似た六輪の大きな花がフェンスに蔓を絡み付かせていた。
 それらと距離を置いて対峙しているのは十数人のケルベロス。
「あれが攻性植物化したノウゼンカズラ……」
 狐の人型ウェアライダーである御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が静かに呟いた。家伝の斬霊刀『若宮』を抜きながら。
『むぅ! ノウゼンカズラ!?』
 突然、何者かが滑り台の陰で防具特徴の『割り込みヴォイス』を使用した。
 それがフィー・フリューアの声であることは明らかだったが――、
「知っているのか、雷で……じゃなくて、謎の人!」
 ――と、人派ドラゴニアンの鉄・千(空明・e03694)はあくまでも『謎の人』として扱いつつ、解説を促した。
『ノウゼンカズラはノウゼンカズラ科の落葉蔓性木本。形状がトランペットに似ているため、英語では『トランペット・ヴァイン』と呼ばれているのだ。しかし、似ていると言っても、所詮は形だけ。そんな物がどんなに大きな音を出したところで、真のトランペットぱわーは発現できないであろう』
「いや、トランペットぱわーってなんなの?」
 人派ドラゴニアンのミン・クーワン(烟・e38007)がそう尋ねたが、『謎の人』は答えることができなかった。
 ノウゼンカズラたちがケルベロスの前衛陣めがけて咆哮をぶつけてきたからだ。
 それは怪音であると同時に騒音でもあった。耳が引きちぎれて吹き飛んでしまいそうなほどの。
 しかも、グラビティなのでダメージを伴っている。耳がちぎれこそしなかったが、前衛陣の体のそこかしこが裂け、血が噴き出した。
 だが、宵一だけは無傷だった。
 青い巨躯が盾となったからだ。
 竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)である。
「風情のない花だな」
 血塗れになりながらも表情一つ変えることなく、晟は左手を胸の前にやった。逞しい手を覆う白手袋の上方に操作パネルのMR映像が浮かび上がる。そこに右手の指を素早く走らせると、またもや大きな音がした。今度は前衛陣の背後から。
 ブレイブマインの爆発音だ。
 ノウゼンカズラたちは一斉にびくりと花弁を震わせた。ヘリオライダーの根占・音々子が言ったように、他者の出す騒音が苦手であるらしい。
「音々子曰く『気分の問題』だそうだけど――」
 ブレイブマインの爆煙の奥からピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)が姿を現した。
「――気分はだいじ。気分で負けちゃダメなのだ。勝ちにいくのだ」
 ピジョンの後を引き取って、千も爆煙の奥から出てきた。
 その横に並ぶのはシャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)。
「勝負はまず気持ちで負けちゃいけない。学校の先生もそう言ってた」
 あかりの手の中でライトニングロッドの『タケミカヅチ』が光を放ち、雷の障壁が築かれた。だが、『タケミカヅチ』の役割はそれで終わりではない。
 あかりは太鼓を用意してきたのだから。
 そう、『タケミカヅチ』のもう一つの役割は太鼓の撥。
「こういうのは、えーっと……アゲる? とか言うんだっけ?」
「うん。アゲていこう!」
 あかりに頷いて、ピジョンも楽器を取り出した。最近、『ウン万本もの商品が売れ残った』という悲惨なニュースで話題になった(?)ブブゼラである。
「アゲていくのだ」
 千も己の楽器を誇示した。こちらは法螺貝だ。
(「ほ、法螺貝!? そんな物まで持ってきたんですか?」)
 仲間たちの装備に圧倒される宵一。しかし、驚きを表に出すことなく(実は目を少しばかり見開いていたのだが、前髪に隠れているので誰にも見えなかった)御業を解き放った。標的は回復役のノウゼンカズラ。
 そんな彼を応援するかのようにピジョンがブブゼラを吹き鳴らし、自身もまた『ニードルワークス改』を発動させた。
 半透明の御業が回復役を鷲掴みにして、『ニードルワークス改』で生み出された魔法の針と糸が蔓の一部をフェンスに縫いつける。
 その間に新たな音が加わった。千が法螺貝を響かせたのだ。百戦百識陣で前衛陣に破剣の力を与えながら。
 ピジョンと千の息が切れても、静寂は戻らなかった。公園に流れるのは『タケミカヅチ』を撥代わりにしたあかりのドラミング。
「良い感じの音だねぇ。よーし、俺もテンションあげて、やっちゃおうかぁーっ!」
 拙いながらも熱意が込もったビートに合わせて体を揺らしながら、ミンが竜派の姿に変じてドラゴンさながらに吼えた。
「ヴォォォーッ!!」
 咆哮とともに凶悪な光も放たれた。発生源はミンの小太刀『架愚羅』。
 その凶悪な光――惨劇の鏡像を受けて回復役が苦しみもだえると、ピジョンが息を吸い直し、再びブブゼラの演奏(?)を始めた。
「ブブゼラって、懐かしいですわね。久しぶりに見ましたわ……いえ、久しぶりというか、肉眼で見たのは初めてかも」
 感慨深げに独白しながら、サキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が縛霊手を突き出した。無数の紙兵が噴き上がり、前衛陣に降り注ぐ。
 その紙兵の群れの間を縫うようにして折れ線を描きながら、一発の銃弾が飛んだ。オラトリオの姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が跳弾射撃を披露したのだ。
「今回の敵はうるさいラッパみたいな奴だっていうから、ラッパーのことなのかと思っちゃったYO!」
 ラッパーならぬラッパ型の回復役に銃弾が命中したのを見届けると、ロビネッタはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)の肩をつついた。
「YO! YO! ヴァオさんって、ラップもできるの?」
「あったりまえだろうがYO! 聞かてやるぜ、魂ゆさぶるリリックを!」
 バイオレンスギターを奏でつつ、ヴァオは『魂ゆさぶるリリック』とやらを刻み始めた。
「ヘリオン離陸、爆音響く、風切るプロペラ、ドップラー効果♪ 敵影キャッチ、開くぜハッチ、ハジけるバトラー、トップから降下♪」
 それを受けて、ロビネッタも見よう見まね(聞きよう聞きまね?)でリリックを刻み始めた。
「高く素早く華麗にはばたくぅ、まぶしく輝く未来を拓くぅ♪ ヘリオン、ヘリボーン、ライドオーン♪ ヘリオライトでオールライッ♪ ……こんな感じでいいのかなー?」
「チェケラッ!」
 と、ギターの演奏を中断して両手で前方を指さすヴァオ。
「ちぇけらっ?」
 と、言葉の意味が判らない(十二歳の彼女にとっては古代語も同然だった)ながらも復唱して同じポーズを取るロビネッタ。
 その様子を眺めながら、淡雪がまた独白した。
「『チェケラ』って、ブブセラ以上に懐かしいですわね。久しぶりに聞きましたわ……いえ、久しぶりというか、肉声で聞いたのは初めてかも」

●喚呼 Come Call
「がんばれ、ピジョンー! フレッフレッ、みんなー!」
 オラトリオの翼を広げて皆の頭上を旋回しながら、マヒナ・マオリが拡声器越しにエールを送っていた。
「マヒナの声援があれば――」
 マヒナの恋人であるピジョンがファミリアシュートを勢いよく見舞う。
「――すべてのグラビティがど真ん中に命中して、クリティカルな一撃になること間違いなし!」
 ヤモリの姿をしたファミリアロッドが食らいついた敵は攻撃役のうちの一体。ピジョンの思惑に反して『クリティカルな一撃』にはならなかったが、既にかなり弱っていたために攻撃役は力尽きた。
 これは二体目の犠牲者だ。最初の犠牲者である回復役は、戦闘が始まってから三分も経たぬうちに落ちた。皆の集中攻撃を受けて。
 事前に決めた撃破順に従ってケルベロスは戦闘を繰り広げていたが、怒りを付与するグラビティを何度か受けたためにペースが乱されることもあった。しかし、それは敵側も同じ。晟(だけでなく、テレビウムのアップルも)が攻撃役に幾度か怒りを付与したのだから。
 その晟もピジョンたちと同様、大きな音が出る道具を装備していた。
 自衛官だった頃に使用していた特注の号笛である。
「ブブゼラに比べると、大人しい道具だが――」
 まだラッパーの気分に浸っているヴァオを晟がちらりと一瞥した。
「――まあ、足りない分は騒音担当のヴァオ大先生に補ってもらおうか。にぎやかしは得意中の得意だろうからな」
「誰が騒音担当だ! 俺はめちゃくちゃ寡黙な男だっつーの! チェケラッ!」
「……」
「いや、ツッコめよ! 『おまえのどこが寡黙なんだ』ってツッコめよぉーっ!」
「……」
「無視すんなー!」
 ヴァオの抗議など聞こえないような顔をして、晟は号笛を口の端にくわえた。身が引き締まるような音が鳴り響き、それに合わせてボクスドラゴンのラグナルがボクスタックルで敵にぶつかっていく。
「ハウリング・キィーック!」
 と、相馬・泰地が必殺の蹴りを放った。ボクスタックルと同様にブレイクの力を有するその攻撃によって、回復役が残したエンチャントが消え去った。
「泰地さんとラグナルくんに続けぇー!」
「おう!」
 ロビネッタと千が続けざまにジャンプした。全力で漕いでいたブランコをカタパルト代わりにして。
 しかし――、
「しまったー! かっこよく飛んだ後、どんなアクションに繋げるか考えてなかったよー!」
 ――空中でパニックに陥るロビネッタ。
「こうすればいいのだ!」
 お手本を見せるべく、千が華麗に着地した。
 そして……普通にテイルスイングで攻撃した。
「そうすればいいのか!」
 千に倣って、ロビネッタも華麗に着地した。
 そして……普通に愛銃の『シェリンフォード改』を発砲した。
「二人とも、べつにジャンプする必要なかったよね?」
 やんわりと指摘しつつ、あかりが千にステルスリーフを施した。その間も空いてるほうの手で太鼓を叩き続けている。
「皆様、盛大に騒いでらっしゃるわね。ほら、貴方も好きに鳴いていいわよ」
 淡雪の手から鶏型のファミリアロッドが飛んだ。ガンモドキを思わせる不格好な体格をしているため、赤い鶏冠がなければ鶏には見えないかもしれないが。
「コケコケコケコケェーッ!」
 耳障りな声でけたたましく鳴きながら(『好きに鳴いていい』と言ったことを淡雪は後悔した)、彩雪という名のその鶏は攻撃役の敵に食らいつき、ジグザグ効果で状態異常を悪化させた。
「敵も味方も大騒ぎですが……俺は平常心で臨みますよ」
 自分に言い聞かせるかのように呟きながら、宵一が同じ敵にハウリングフィストを叩き込んだ。激しい攻撃であるにもかかわらず、スローモーションだと錯覚してしまうほど静かな所作。心頭滅却。明鏡止水。
 しかし、次の瞬間――、
「そうら! 撃って撃って撃ちまくるよぉーっ!」
「ひえっ!?」
 ――不意打ちの咆哮に平常心を吹き飛ばされて、奇声を発して飛び上がった。
 咆哮を発したのは敵ではなく、ペイントブキを構えたミンだ(ちなみに人派の姿に戻っていた)。
「おっと、いけない! 『塗って塗って塗りまくる』の間違いだった!」
 ミンが飛ばした白い塗料を受けて、三体目のノウゼンカズラが息絶えた。
 葬送行進曲代わりにブブゼラと大太鼓と法螺貝と号笛と鶏の鳴き声が鳴り響く。
「貴方はこういう騒がしい感じが好きだったわね」
 クイックドロウで四体目の敵を攻撃しながら、アウレリア・ノーチェが伴侶たるアルベルトに語りかけた。アルベルトはビハインドと化していたので、なにも答えなかったが。
 他にも無言の者がいた。
 爆破スイッチを連打している比嘉・アガサだ。
「あの、アガサ様……」
 淡雪が遠慮がちに声をかけた。
「援護には感謝いたしますが、爆破はもう少し控えめにしていただけませんか? 私たちまで巻き込まれてしまいそうで……」
「……」
「アガサ様? 聞いてらっしゃいます?」
「……」
「もしもーし?」
「……」
「あ!? よく見たら、耳栓してる! このお姉さん、ちゃっかり耳栓してるぅ! 一人だけ耳……しぇぇぇ~んっ!?」
 爆風に吹き飛ばされる淡雪。
「チェケラッチョーッ!?」
 と、ヴァオも巻き添えを食らって吹き飛ばされた。
 宙で放物線を描く二人の姿を視界に入れないようにしながら、アガサはひたすら無言で爆破スイッチを押し続けている。
 彼女ばかりでなく、フィーも滑り台の陰で爆破スイッチを押していた。
「判ったぞ、謎の人」
『謎の人』たる彼女が起こした爆風を背中に受けて、千が拳を握りしめた。
「これがトランペットぱわーなのだな」
「いや、ただのブレイブマインだと思うんだが……」
 晟がもっともな意見を述べたが、その声は他の音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

●大声 Own Go Way
 ケルベロスたちの騒々しい攻撃に圧されながらも、ノウゼンカズラたちは時には『ぶびばぁー!』と喚き、時には『うむびゃー!』と吠え、時にはどう頑張っても字に起こせないような叫びをあげた。
「うるさぁーい! 植物のくせに!」
 マヒナの応援で(気持ち的に)パワーアップしたピジョンがマジックミサイルを発射して、最後の攻撃役を黙らせた。怒鳴っているのでブブゼラを吹くことはできなかったが、主人に代わってテレビウムのマギーが吹いている真似をしている。
「後は防御役だけだな。がおー!」
 残された二体のうちの一体に千が旋刃脚を見舞った。猛々しい(?)咆哮とともに。
「はい、イヌマルもご一緒に!」
「がおー!」
 オルトロスのイヌマルも猛々しく(?)吠えながら、パイロキネシスで敵を焼いた。
 続いて響いたのは何発もの銃声。ロビネッタが『名探偵ロビィ、参上!(イニシャルシュート)』というグラビティを使ったのだ。その名の通り、『R.H.』というイニシャルを弾痕で印す技である。
「このサイン、上手に書けたためしがないんだよねー。でも、今回の標的は動かない植物なんだから、しっかり決められる……と、思ったのに!」
 ロビネッタは悔しそうに地団太を踏んだ。敵に命中はしたものの、弾痕のサインは『R.H.』には程遠い代物だったのだ。
「1314……なにかの暗号かな?」
「ちーがーうー!」
 四桁の数字のようなサインを見て、首をかしげるピジョン。より激しく地団太を踏むロビネッタ。
 そんな二人の間を槍状のブラックスライムがすり抜けた。ミンのケイオスランサーだ。
 スライムが敵の一体を刺し貫くと、命中を祝うかのように法螺貝や大太鼓や号笛の合奏がまた始まった。
 その大きな音に驚いて(まだ慣れていないらしい)二体のノウゼンカズラがまたもやびくりと体を震わせた。
「ひえっ!?」
 と、平常心で臨んでいるはずの宵一も二度目の奇声を発し、耳と尻尾の毛を逆立てた。
(「こ、こんなことで驚いてしまうとは……不覚! まだまだ修業が足りない」)
 心の中で落ち込む宵一。
 倍近くのボリュームに膨れ上がった彼の尻尾を見ながら、あかりが微笑を浮かべた。
「宵一さんのリアクション、ちょっと可愛いかも」
「敵もけっこう可愛いねぇ。いちいち体をビクビクさせちゃってさぁ」
 と、ミンも笑った。
「だけど、やっぱり――」
 あかりは大きく息を吸い込むと、叫びに変えて吐き出した。
「――僕の中ではタマちゃんがいちばん可愛いー!」
「ちょ……やめろよ……」
 と、傍らでいたたまれない顔をしているのは『タマちゃん』こと玉榮・陣内。一方、彼のサーヴァントであるウイングキャットは上機嫌。きゃっきゃと笑うような鳴き声をあげ、あかりの首っ玉に文字通りにかじりついた(甘噛みだが)かと思うと、頭の上に登って頭頂部を両の前足で交互に踏み、それに飽きると体の向きの前後を変えて尻尾を振り、あかりの鼻先を優しく撫で始めた。
「ホントにホントに可愛いー!」
 目の前でワイパーさながらに動く尻尾を払いのけることもなく、あかりは更に声量を上げ、ドラゴニックミラージュの炎を撃ち出した。その様子をなぜかハンディカメラで撮影するアップル。
 炎が命中すると同時に桜吹雪(周囲のノウゼンカズラの花弁も交じっていたが)が舞った。平常心を取り戻した宵一が『若宮』を振り、桜花剣舞で二体まとめて攻撃したのだ。
 一体のノウゼンカズラが萎れ、砂のように崩れ去った。
 そして、最後の一体も――、
「風情を学んで、出直して……いや、咲き直してくるんだな」
 ――晟に如意棒を突き立てられ、一瞬のうちに枯れ果てた。

「あかり様が愛を叫ぶ様をアップルに録画させておきましたのよー」
 公園内のヒールを一通り終えた後、淡雪が陣内に声をかけた。
「この映像、陣内様に売ってあげてもよろしてくよ。彩雪の一食分の代金で」
「彩雪ちゃんの一食分ということは――」
 財布と相談を始めた陣内の横であかりは彩雪を一瞥した。
「――普通の鶏の五食分くらい?」
 そんな怪しい取引がおこなわれている間、千は怪しくない物を皆に配っていた。
 のど飴である。
「ありがとー」
 飴の包み紙を開けながら、ミンが礼を述べた。
「ホント、助かるよ。ドラゴンみたいに吠えまくったせいで、喉が大変なことになっちゃったからねぇ」
「うん。ミン、声がかなり枯れてるよ。他の皆も大丈夫?」
 ピジョンが仲間たちを見回すと、宵一が苦笑を返した。
「そう言うピジョンさんの声が誰よりも枯れてますよ」
「そっか。ははは……」
 ピジョンもまた苦笑した。
 その顔の半分は疲労感に染まっている。
 残りの半分を占めているのは達成感だ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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