四葩の彩

作者:小鳥遊彩羽

 ――そこは、紫陽花で有名なとある神社。
 境内や庭園に咲く紫陽花が見頃を迎え、毎年恒例の紫陽花祭りが始まる朝のことだった。
 社務所の裏手にある物置に、握り拳ほどの大きさの小型ダモクレスが忍び込んだのだ。
 小型ダモクレスは何かを探すように薄暗い中を歩き回り、やがて壊れたまま置かれていたおみくじの自動販売機を見つけると、するりと中へ入っていった。
 すると、おみくじ自販機は機械的なヒールの光に包まれ、巫女服姿のロボットのようなダモクレスへと変貌を遂げる。
 ダモクレスとして生まれ変わったおみくじの自販機は、かしゃかしゃと機械的な音を鳴らしつつ、
「ダ・イ・キ・チーーー!!!」
 と叫びながら、物置の外へと飛び出したのだった。

●四葩の彩
 紫陽花祭りが開かれる神社にダモクレスが現れる。
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)がそうケルベロス達へ告げると、皆と一緒に話を聞いていたシエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)がぱちりと目を瞬かせた。
「トキサ様、もしかして、その一件はわたくしの……」
「うん、そのもしかしてだよ。シエルが気にかけてくれたおかげで、予知することが出来たんだ」
 シエルの言葉にトキサは頷き、件の予知についての話を続ける。
 このダモクレスは神社にある社務所の物置に長らく放置されていたおみくじの自動販売機が元となっており、神社らしさを意識したのか否か、巫女のようなロボットの姿をしている。
「で、攻撃方法もおみくじみたいな感じなんだけど、大吉でも大凶でもこちらへの攻撃に変わりはないから、あんまり気にしないで戦って欲しい」
 何となく真顔になって述べつつも、トキサはすぐに表情を和らげて、
「それで、さっきも言ったように、ちょうど神社では紫陽花祭りが始まるみたいなんだ」
「でしたら、戦いが無事に終わりましたら……」
「勿論、せっかくだから紫陽花を楽しんでくるといい」
 当日、参道には露店や屋台が並び、食べ物や手作り雑貨などが販売されている。境内では雅楽や神楽などが奉納される他、紫陽花の咲く庭園を散策したり、敷地内に併設されたカフェで一息つくことも出来るだろう。カフェでは、抹茶やほうじ茶のロールケーキ、葛餅やわらび餅などの他、紫陽花祭りの期間限定で紫陽花の色合いに似たミニサイズの紫陽花パフェも楽しめるとのことだ。
 まあ、とシエルは目を輝かせ、隣で話を聞いていたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)と楽しげにそっと目配せを交わした。
「そんなわけで、無事に紫陽花祭りを楽しめるよう、一仕事宜しくお願いしまーす!」
 トキサはそう締め括り、ケルベロス達に後を託すのだった。


参加者
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
御手塚・秋子(とある眷属・e33779)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

 夜明けを迎えたばかりの神社。
 色とりどりの紫陽花が綻ぶ静謐な空気に満ちた境内を抜け、ケルベロス達は社務所の方へと急ぐ。
 耳を澄ませばすぐに届くカシャカシャという機械音に、シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)は目を瞬かせて呟いた。
「あら、澄んだ朝の境内には不似合いの音がしますわね」
 そして社務所の裏手へと回れば、物置の前に今まさに仮初の命を得たばかりの、おみくじの自動販売機だったもの――巫女のような姿のロボット型のダモクレスが、ケルベロス達の気配に振り向くのが見えた。
「ダ……、ダ・イ・キ・チ――!!!」
 ケルベロス達が散開すると同時、口を開いたダモクレスが撃ち出したのは派手な色合いのビーム。シエルを狙ったそれの前に、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)が素早く飛び込んだ。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦――とはいうが、やはり大吉は痛いな」
 どうせ当たるならば大吉がいいと思ってはいたが、実際に受けてみるとその威力は結構なもの。とは言え、盾というポジションと耐性を備えた防具のおかげでナディアにとって然程脅威ではなかったのは幸いだろう。
 ケルベロス達はすぐさま反撃に転じる。
「大吉と言われても、攻撃される身としては全て大凶だと思いますわ! さあ、行きますわよ!」
 ダモクレスにしっかりと突っ込みの反撃もしつつ、その機動を削ぐべくシエルが青碧色の竜槌から轟竜砲を放つのに合わせ、ナディアも大地を断ち割らんばかりの強烈な一撃を見舞い。
「おみくじ自販機ですか……最近のおみくじは随分と現代的ですね」
 気にすべき所が違うような気持ちにもなりつつ、小鞠・景(冱てる霄・e15332)は力強く踏み出した勢いで高々と跳躍し、頭上からダモクレスを狙ってルーンアックスを振り下ろした。
 痛烈な一撃を受けてたたらを踏んだダモクレスを見やりつつ、塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)は素早く地面にケルベロスチェインを展開させる。
「そういや、どっかで巫女さんのロボのおみくじがあるって聞いたことあるなあ」
 元の自販機はそういうのになりたかったのかねと想像を巡らせながら、翔子は黒鎖を手繰り、前衛を癒し守護する魔法陣を描き出す。すると、翔子の箱竜であるシロがするりと身を躍らせ、ダモクレスへと勢いよくブレスを吹き付けた。
 紫陽花の咲く神社、おみくじ、そして巫女。
「ダモクレスじゃなきゃ最高のシチュエーションなのに……なあ、ルネッタもそう思うだろ?」
 自身の魔力により生成した毀れ落ちる星の如き銃弾の雨を舞わせながら、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が視線を送ると、翼猫のルネッタが翼を羽ばたかせて澄んだ風を送りながら、同意するようににゃあと鳴く。
「後で本物の巫女さんにお逢い出来ますよ、きっと!」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が、前衛へと雷壁の守りを重ねながら力強く告げるのに、ラウルは楽しみだなと笑って応じた。
「大吉でも攻撃してくるなら有難みが全く無いですね。それに大切なのは御神籤の結果より、その後どう行動するかだと思うんですよねー」
 ひょいと跳び上がったミミックのフォーマルハウトが、ガブリとダモクレスに噛み付いたのに合わせ、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は竜砲弾を撃ち込み、しみじみとした呟きを落とす。
「被害が出るのは良くないし、さっさと片付けちゃおうね!」
 相手はダモクレス。ならば何も恐れることはないとばかりに御手塚・秋子(とある眷属・e33779)は卓越した技量からなる達人の一撃を放った。
「折角の四葩の彩る景観を、荒れた物にはさせたくないね」
 箱竜のメロが自らの属性を守りの力に変えてシエルへと注ぐのを見守りつつ、自身もまた宵と暁の刃を持つ星剣で守護星座を描きながら、アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)は凪いだ声でダモクレスへと告げた。
「無粋な巫女殿には、お帰り願おうか」

 足止めを重ねて確実に攻撃を当てられるようにしてから、ケルベロス達はさらに畳み掛けていく。
 精度の高い一撃を放ってくるダモクレスにバスターライフルの照準を合わせ、景とナディアがバスタービームで鮮烈なプレッシャーを与え、アルスフェインも続いて螺旋を籠めた掌を触れさせれば、内側から爆ぜる衝撃にダモクレスの体が跳ね上がる。
 更にシエルが影の如き視認困難な斬撃を繰り出し、カロンがファミリアに魔力を込めて送り出せば、それまで与えられていた状態異常が一気に増えて、ダモクレスの動きが大きく鈍った。
 まだゆっくりと愛でられていない紫陽花を、そしてこれから始まるお祭りを楽しみにしている人々のために。
 巡る攻防の先にある戦いの終わりへ向けて、ケルベロス達は攻撃を繋いでゆく。
(「……楽しみ、だな」)
 カロン自身もまた、紫陽花とこの後の『ごほうび』を楽しみにしていた。
 だからこそ、悪しきことをなすデウスエクスはこの場で終わらせなければならないと、カロンは終焉を導く星を灯す。
「夜の空を見てごらん。星が綺麗だとは思わない?」
 刹那、宝石のように眩いポラリスの光がダモクレスへと降り注いだ。
「Time to rock!!」
 戦いが始まった直後から終始、攻撃は最大の防御とばかりに攻め続けていた秋子が、ダモクレスの真正面に回り手にしたエクスカリバールで力任せに地面を叩く。すると、ダモクレスの足元が勢いよく隆起し、鋭い石や岩が爆発を起こしたように襲い掛かった。
「ダ、……」
 バチバチと体中をショートさせながらも反撃に転じようとしたダモクレスだったが、開いた口から出たのは黒い煙だけ。
 癒しは足りていると判断した翔子が、静かに手を伸ばす。
「じゃあね、短い付き合いだったが、次はちゃんとしたおみくじロボになれるといいねえ」
 言葉と共に翔子が極限まで高めた精神力が解き放たれ、ダモクレスの体の一部が爆ぜる。
 そこに、高速で回転しながら突撃を仕掛けたのはナディアである。
 守りを貫く衝撃は鉄槌の如く。胴体を大きく凹ませたダモクレスが、バチリと一際大きくショートして。
「そろそろ終わりにさせて貰うよ。人を、待たせているのでね」
 アルスフェインが無慈悲な斬撃を刻むと同時、景は灰色の瞳でダモクレスの色彩を捉えた。
「では、頂きましょう。――あなたの色をひとつ」
 機械の体へするりと絡みつくのは、色彩のない世界から齎された呪いの鎖。灰雨の海に溶けた名もない旅人が遺した軛が、生の色に彩られる。
「終わりだぜ。――存分に哭け」
 不敵な笑みを浮かべながら、ラウルは再び游星の光を導いた。踊るような軌道を描きながら清冽に戦場を彩る狂弾の驟雨。毀れ落ちる星の瞬きに貫かれたダモクレスの体が少しずつ砕け、散ってゆく。
「妖精さん、妖精さん。どうか、わたくしに教えてくださいませ」
 シエルは謳うように魔導書に綴られた詩を読み上げ、知識に長けた妖精を喚び出した。
 小さな妖精はシエルの願いを聞き、そっと答えを耳元で囁く。
 示された道の先、打ち砕かれた迷いと共に、ダモクレスの命も砕かれて――。
 そうして、導かれたのは戦いの終わり。雲間から差し込む朝の光が、穏やかな日常が取り戻されたことを教えてくれていた。

 戦いで荒れた箇所に、ヒールを施す。周囲に幻想的な色彩が溢れる頃には、ケルベロス達の耳に訪れた人々の楽しげな声が届き始めていた。
 そして、作業を終えたケルベロス達もそれぞれ連れ立って、思い思いの時を過ごすために踵を返す。

 露店で買ったアイスを舐めつつ、景とロビンはお参りをしてからおみくじを引きに。
「そういえば、どんな運勢が一番気になりますか?」
「そりゃあ……恋愛運、とか?」
 おみくじが入った筒をかしゃかしゃと振りながら問う景に、ロビンはぱちりと目を瞬かせて答える。
「なんて、ちょっと冗談だけれど。わたし、おみくじとかあんまり信じてなくて。……なんて言ったら、神様に怒られちゃうのかしらね」
「そうですね、怒られ……てしまうかもしれませんが、ロビンさんらしいと思います」
 他愛ない言葉を交わしつつ、かしゃかしゃと鳴る音がもう一つ重なって、二人の手におみくじが渡る。
 景の結果は凶、そしてロビンの結果は大吉だ。
「私は……ロビンさんはどうでしたか?」
 景は微笑を浮かべて、ロビンにおめでとうございますと告げる。だが、自身の結果に対しては気にしていない素振りを見せながらも、落ち込んでいるのが目に見えてわかる雰囲気で。
「……景、あたま撫でてあげようか」
 ロビンはぽつりと告げて、そっと景の頭を撫でるのだった。
 二人で出店を巡りながら、陣内はふとあかりの頭に手を当てて、それから、その手を高さを変えずに自分の身体に当てた。
「……伸びたな」
「……伸びたよね」
 身長も、髪も。ついでに女子力も伸びていたらとこっそり胸中で呟くあかりを見やりつつ、陣内は共に過ごした一年という時間を想う。
 一年という時間は、今の陣内にとってはあっという間のもので。
 けれど陣内が子供だった頃の一年という時間は気が遠くなるほどに長くて、いつになったら大人になるのだろうとぼんやり考えていたこともあった。
 傍らの少女を想えば、何故だか今もそんな気持ちになる。
 いつかの陣内がそうだったように、今のあかりにとっての一年という時間は、まだまだとても長くて。
 それでも、去年の話をして、来年の話が出来る。二人で、歳を重ねてゆく。
 それがとても嬉しいのだと、あかりは柔らかく微笑んだ。

「お前、紫陽花好きだったのか?」
 紫陽花に彩られた庭園の片隅。俊輝が尋ねる声に翔子は嫌いじゃないと答えてから、目に映る色とりどりの花達を見やり。
「……そうだね、昔は好きじゃなかった。何時だったか言ってたね、『家族』って花言葉もあるって。……無くしたモンを思い出して、辛かっただけなのさ」
 紫陽花へと向けられているはずの翔子の瞳がどこか遠くを見つめているように見えて、俊輝は彼女が本当に失ったものを知る。
 無くしたと思った時に、見ることさえ辛くなってしまった程に、『紫陽花』と『家族』は、彼女にとって大事な存在だったのだと。
「お前に紫陽花を取り戻す事が出来て、良かった。今後も嫌いにはさせない。――誓うよ」
 翔子は俊輝へと顔を向け、彼の姿を瞳に映し――ほんの少しだけ眉を下げて、笑った。
「……よせやい。気障だね」
「……キザかな?」
 俊輝も苦く笑って、けれど後は二人寄り添ったまま、静かに、ただ穏やかな時を過ごす。
「また今度、雨の時にも来てみたいもんだね。雨にこんなに映える花なんてそうそう無いだろ?」
「そうだな。雨の時もまた、綺麗だろうな」
 やがて翔子が何とはなしに零した言葉に、俊輝は静かに頷いた。

 庭園を臨むカフェは、密やかな賑わいを見せていた。
 カロンの目の前には、紫陽花パフェとロールケーキ。
 一口食べれば和の優しい甘さがふわりと広がり、別腹でなくとも食べられそうで。
「お味はいかがですか、カロンさん」
「はい、とっても美味しいです。フォーマルハウトも、美味しいかい?」
 隣のテーブルに座るフィエルテの言葉に笑って頷き、カロンは友たるミミックに問う。
 葛餅やわらび餅をぱくぱく食べるフォーマルハウトは、とても機嫌が良さそうに見えた。
 そして、シエルとフィエルテのテーブルにも、紫陽花パフェが二人分。
「期間限定という言葉は魔法の言葉ですわね、フィエルテ様!」
「はいっ、とても心が惹かれる魔法の言葉、ですねっ」
 まるで魔法に掛けられたかのように目をきらきらと輝かせ、満開の紫陽花を堪能しつつ、スプーンに咲く紫陽花に揃って舌鼓。
 いつもならばここで交換こがお約束、だけれど――、
「交換こも素敵ですが、たまには同じものをいただくのも良いですわね!」
 綻ぶ笑みに綻ぶ言葉。綺麗な紫陽花も美味しい紫陽花も満喫出来て、大満足のひとときを過ごしたのだった。
 師と仰ぐ男と共に紫陽花を見ながら、紫陽花パフェを楽しむ秋子。
 かたや、わらび餅をつつく男の視線がパフェに注がれているのに気づけば、
(「この人顔に似合わず可愛いもの好きだからなー」)
 なんて思いながら、一口分掬ったスプーンを差し出して。
「はい、あーん」
 途端に苦い顔になりながらも渋々食べる男に、秋子はこれが言いたかったとばかりに口を開く。
「紫陽花の花言葉、辛抱強い愛情ってあるんだって。いつもありがとう、先生」
「……名前で呼べ」
 ぶっきらぼうな言葉の後、頭を撫でてくれた手に、秋子は嬉しげに頬を緩めた。
 硝子の器に咲く、菫に浅縹の混じる四葩。
 初めて見る紫陽花パフェの涼やかな美しさは、崩すのを躊躇ってしまう程。
 意を決してそっと摘むように匙で掬い口に含めば、柔らかな甘さにラウルは思わず声を上げる。
「シズネ、凄く美味しいよ!」
 パフェを見つめる瞳の煌めきも、その美味しさに色づく頬も、更に眩しく輝く瞳も、その全てがシズネには面白くて。
「……俺よりパフェの花を見なよ」
 交わる視線にずっと見られていたことに気づいたラウルは、照れ隠しに視線を逸らす。
「紫陽花は後でも観れるが、今しか見られない花もあるだろ?」
 なんて格好をつけながら、シズネはきな粉と黒蜜たっぷりのわらび餅を口いっぱいに頬張って。
 嬉しそうなその姿は、まるでリスのようにラウルの瞳に映る。
「確かに、口の中を幸せで埋め尽くす君の花笑みは今しか見れないね」
 お返しとばかりにラウルが紡ぐ甘い言葉と笑みに、シズネはやはり『伊達男』には敵わないと肩竦め、そして彼が驚くような言葉を届けてみせると決意を新たに。
 何はともあれ、この幸せを飲み込んでから。
 テーブルに咲くのは、小さな花を幾重にも重ねたような紫陽花パフェがふたつ。
 届いた時からメイアの視線はパフェに釘付けで、そんな彼女の髪色に四葩の彩を重ねながら、アルスフェインは一口分を掬ってその口元へ差し出した。
「甘いよ、きっと」
 色合いこそ異なれど同じ物。それを敢えて差し出す意味を考えて、メイアは目をぱちくりと瞬かせる。
(「きっと、わたくしを幼子だと思っているのね」)
 けれど甘やかされるような気分は悪くないからと、溢れる横髪を押さえて頂けば、口の中に広がる甘くて可愛い幸せの味。
(「……ああ、女の子なのだな」)
 メイアのささやかな仕草に、アルスフェインは分かりきった思考を過らせて、くすぐったさを覚え。
「えへへ、とってもおいしいわ。アルスちゃんもどうぞなの」
「ああ、俺もいただこう」
 不思議と自分の物よりも美味しく感じるのは、彼女の手から貰うからだろうかとアルスフェインは考える。
 何よりも、『君』の綻ぶ顔が、一番のご馳走なのだけれど。
(「ほう、パフェは期間限定……ああでも焙じ茶のケーキも気になる……パフェはミニだしいける、か? いけるな?」)
 甘味は別腹とは、良く言ったもので。
 開いたメニューに逡巡し、魅惑の選択にまるで唸り声でも上げそうな顔になりながら数十秒。良い暇潰しとばかりに眺めるヴィルベルの視線に気づかぬまま心の中での葛藤を終え、ナディアはメニューを差し出した。
「私はこれとこれにする」
「他に気になるのどれ?」
 折半すればより色々楽しめると提案するヴィルベルに、先程の葛藤はどこへやら、ならば遠慮は要らぬとナディアはあれやらそれやらと指を差し。
「全部半分こな」
「うん、半分こで」
 遠く響く心地良くも神聖な和の音色。祭りに興じる人々の声。
 何よりも嬉しく楽しい癒しの音を傍らに、テーブルに並んでいく魅惑の甘味達を見れば目も舌も大喜びにご満悦。
 紫陽花に染め上げられた甘味の園で、綺麗な言葉の花が咲き綻んだ。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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