マルチコプターの暴走

作者:七尾マサムネ

 その山奥には、ごく一部の人々にのみ知られた、不法投棄ポイントが存在する。
 廃棄家電の山を構成する物の中に、壊れたマルチコプターがある。無人航空機……いわゆる『ドローン』として知られる飛行体の一種だ。
 回転翼は折れ、外装はくすみ、ひび割れている。家庭用の小型のものだが、あまり良い使われ方をされてこなかったであろう事が、伝わって来る。
 しかしそれは、小型ダモクレスにとっては格好の素材だった。破損部から内部に潜り込むと、自らの新たなる体として再生させたのだ。
 本体と共に巨大化した回転翼が、勢いよく駆動し、再び空を舞う。
「コプコプ……」
 だが、こぼれた電子音声は、どこか虚しさや寂しさを漂わせていた。

「ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)さんの情報提供を受け、廃棄家電のダモクレスの出現を予知しました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によれば、とある山中の一角にある不法投棄ポイント、そこに廃棄されていたマルチコプターが利用され、ダモクレスへと変化してしまうという。
 実害はまだ生じていないが、予知の通りに事態が進行した場合、人々の命が失われ、グラビティ・チェインが奪われてしまうのは避けられない。
「そこで皆さんには、現場に急行していただき、ダモクレスを阻止してほしいのです」
 現場となる山のふもとで、ダモクレスがやってくるのを待ち、迎撃するのがいいでしょう、とセリカは提案した。
 このダモクレスは、4つの回転翼を持つマルチコプターを巨大化させたロボットである。
 元はラジコンのように一般家庭で使用されていたようだが、ダモクレス化に伴い、武装が追加されている。
 二機のガトリング砲は、広範囲の標的を撃ち抜く事だけでなく、特定の対象に集中砲火を浴びせる事も可能だ。
 また、機体中心部に備えられた射出口からは、強力なエネルギー光線を照射する。
 いずれも遠距離にまで届く攻撃であるため注意してください、とセリカは警告した。
「マルチコプターダモクレスは対空していますが、戦闘時はある程度ケルベロスに接近するため、グラビティの効果範囲は、通常の戦闘と変わりないものと考えてください」
 なお、ポジションはスナイパーであるという。
「こちらからは以上です。任務を無事に果たせるよう、期待しています」
「承知した。持ち主からぞんざいな扱いを受けていた上、ダモクレスによって眠りを妨げられるとは。その呪縛から解き放ってやらねば」
 ティノが、セリカにうなずいた。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
井関・十蔵(羅刹・e22748)

■リプレイ

●堕ちた飛翔体
「コプコプ……」
 山のふもとまで降りて来たマルチコプターダモクレスは、不意に進行を停止した。
 自分を見上げる、複数の気配を察知したからだ。
「元は普通のドローンだって聞いてたけど、こんな姿になっちまって可哀想に……」
 視線の主の1人……鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が、悲し気な表情を浮かべた。
「不法投棄とは、何故禁じられていることを人は為そうとなさるのでしょう。元の家電に発生の罪はないだけに、憐れでもありますけれども、致し方ございませぬ」
 この手にて、成敗を。矢面に立つギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)に、ダモクレスがガトリング砲を向けた。邪魔するなら撃つ、と。
「人に捨てられたものが、人を襲おうとする。これを因果応報というものだろうか……」
「必要な時に必要とするが、使えなくなれば捨てる。人の自然の摂理なのだろうが、恨まれても仕方ないか」
 ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)と伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)達へと、ダモクレスの回転翼の起こす風が吹きつける。容赦なく。
「コプコプ……!」
 どこか憎めぬ、独特の声を耳にした奏真・一十(無風徒行・e03433)の瞳に、憂いが宿る。
「なんと侘しい声か。だが案ずる事はない。丁寧にバラしてやるからな」
「ダモクレスにさまたげられたのなら、今度こそ『コプコプ』には、ゆっくり眠ってもらおうね」
 野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が、コプコプことダモクレスに、ライトニングロッドを構えた。
 相対するダモクレスとケルベロス、高まる緊張感。
「ところで」
 メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が、ボクスドラゴンのコハブとダモクレスを、交互に見た。
「『コプコプ』と『コハブ』って似ている気がするわ。……えっ、そんなことはないって?」
 首を横に振るコハブ。「『コ』しか合ってない」と言いたげだ。
「ドローン、ねえ。昔から良くそんな名前の有名人に似てる、と言われるが。まあ、俺の方がイケメンだがな。カッカッカッ!」
 井関・十蔵(羅刹・e22748)の笑いが口火を切ったように。
 ダモクレスの中心部射出口から、光線が放出された。
「……俺のせいじゃねぇぜ?」
 とっさにかわす十蔵に、苦笑など、それぞれの反応を見せながら、ケルベロス達はダモクレスへと立ち向かった。

●コプコプ荒ぶる飛翔体
 敵の攻撃に備え、メイアが、連ね星の鎖で、地面に陣を描いた。前衛に立つ仲間達が、加護に包まれる。コハブも、己の属性力を与え、耐性を配っている。
「イチカちゃん、こちらは任せて!」
「じゃあイチカは後ろのみんなを守るね!」
 メイアと声を掛け合いながら、イチカがライトニングロッドの魔力を、後衛の仲間達に向けた。ダモクレスに抵抗する雷の防壁が、それぞれの前にそそり立つ。
「コプコプ」
 ダモクレスがメイアを標的とした。炎弾が、集中的に掃射される。
 熱を覚悟したメイアは、しかし、見た。自分の前に立ち、その身を盾にしたギヨチネの背中を。
 もっとも、ギヨチネにとっては、痛みも熱も衝撃も、望むところ。仲間はもちろん、周囲の木々にも、火の粉の一粒たりとも通しはせぬ。
 ひとしきり砲撃に耐えたギヨチネの陰から、信倖が飛び出した。
 反攻の炎撃が炸裂し、ダモクレスの態勢を崩す。
「コププ……!」
「人の命を奪うために造られたんじゃないんだろ! 事を起こす前に、俺達の手で止めてやる。悪く思わないでくれよ」
 大切な相棒であるファミリアのアカと、視線を交わすヒノト。
 ヒノトが狙いを定め、アカが飛ぶ。ダモクレスの内部に突撃。一度脱したかと思うと、再び突撃を繰り返し、相手の破損を広げていく。
「これではドローンではなく戦闘機であるな」
 破壊をまき散らしながら飛空するダモクレスの周囲を、一十が駆ける。
「粗末な扱いの報復……というわけではなかろうが、結果そうなってしまわぬよう、こいつはここで止めよう」
 一十が、手袋に仕込んだスイッチを起動させると、ダモクレスの回転翼の基部、その1つが爆砕した。
 飛散する破片をかわしながら、ボクスドラゴンのサキミは、味方の守りを高めて回る。
 攻撃を仕掛ける仲間の背中を守るのは、後方に陣取るティノだ。頼もしい仲間達に助言を飛ばしながら、己の編み出したグラビティを繰り出した。
 直後、他のケルベロスの相手をしていたダモクレスを、衝撃が揺るがす。ティノのもたらした不規則な振動は、鋼のボディのみならず、その神経の役割を果たす回路を乱す。
「コプッ!?」
 問題個所を調整していたダモクレスは、突然の景色の変化に襲われた。ギヨチネの幻想花園だ。あちこちから伸びてくる蔓から逃れようと飛翔するダモクレスだが、あえなく囚われ、咲く花の芳香に惑わされる。
「コプコプ……!」
 意志を感じさせるつぶやきを聞き、信倖は思う。
「……ダモクレスであっても、まるで付喪神のようだな」
 人々に長く使われたならば、物品であっても魂を宿すと言う。
 竜翼で勢いをつけると、信倖が敵の機体を貫いた。槍を媒介に叩きこまれた稲妻が、ダモクレスの回路をショートさせる。
 傷ついた仲間には、十蔵が喰霊刀をかざした。刀身に蓄えた魂を分け与え、仲間の傷を癒す力に変える。
 一方、シャーマンズゴーストの竹光が、爪をかざしてダモクレスと格闘中。
 ぼーっとしているようでいて、時折、敵の動きを読んだかのように、不思議な身のこなしでかわしてしまうからあなどれない。
「……!」
 ……命中する時もあるが。

●飛翔体は二度眠る
 かつては人間に、そして今はデウスエクスに。その運命を、他者にゆだねてきたマルチコプターに心があったならば、いかなる思いであろうか。
 ギヨチネの降魔の拳が、鋼の外装を食い破る。ダモクレスの内なるエネルギーを、己の糧へと変換していく。
「コプコプ……!」
「コプコプ」
「コプコプ!」
 ダモクレスに、声色を真似て返すギヨチネ。通じているような気もする。
 すると、ダモクレスのガトリング砲達が、周囲のケルベロス達を蜂の巣にせんと、弾をばらまいた。
「そらそら! ぶっ倒れるのは爺より後にしてくれよ!?」
 ダモクレスの翼にひっかかっていた竹光を引っ張り下ろしながら、十蔵が風を起こした。菊の花弁が舞い散り、仲間達の傷を塞ぎ、ダモクレスの威圧を跳ねのける。
 十蔵の支援に感謝しつつ、惨殺ナイフを引き抜く一十。ダモクレスの機体に飛びつき、装甲を刻む。一太刀ごとに、各部の損傷が激しさを増し、危機を報せるブザーが鳴り響く。
「コプコプ……ッ!?」
 姿勢の制御に努めるダモクレスに、吹き付ける旋風。イチカが起こした炎に伴うものだ。稲妻……否、心電図の如き軌跡を描いて大気を走り、ダモクレスの全身に絡みついた。
 そろそろ決め時か。竜の尾で邪魔な破片を払う信倖。その瞳が、鋭い光を帯びる。仲間の攻撃を受け、高度を落とすダモクレスへと踏み込む。
 無数の槍撃。装甲板に空いた穴は数知れず、もはや守りの役目を果たせぬまで破壊してやる。
 機体のあちこちから火を噴く敵に、ケルベロス達が、挟撃を仕掛けた。
 まずはメイアの指から、流星が放たれた。ダモクレスの下方から斜め上に抜けると、金平糖のような煌めきが、空に弾ける。
 そしてヒノトは、両手に一本ずつ、雷槍を形成。一撃目に二撃目を重ねて十字を描くと、ダモクレスの回転翼を破壊した。
 ついでに本体を蹴り飛ばすヒノト。ティノが狙いを定めやすいよう、空へと押し上げる。
「コプコプよ、もう嘆く必要はないぞ」
 視線で感謝を伝えつつ、ティノが、敵に照準を合わせた。
「大切に整備している僕のアームドフォートで空に送ってやろう」
 最大出力で撃ち出された砲が、ダモクレスの中心を貫いた。
「コプ、コ……プ……」
 最期の言葉、その響きは、どこか穏やかだった。
 マルチコプター自身が、破壊してくれてありがとう、やっと眠れる、と言っているかのように。

●山中の清掃者
 ダモクレスを無事撃破した一十達が向かったのは、不法投棄現場だった。そこまでの道のりは、ちょっとしたピクニックといった趣。
 たどりついた現場には、廃棄家電の山。奇跡的なバランスで崩壊を免れ、塊状態を保持している。景観はもちろん、山の生き物にとって、いいものではない。
「戦闘後の力仕事であるが、みな平気か? 辛くはない?」
 ワークギアを着込んで、やる気みなぎる一十に、皆は大丈夫、とうなずいた。次々と怪力無双を使い、廃棄家電との格闘を開始した。
「みんなで、景観を壊す気なんて失せるくらい、綺麗にしていこうぜ!」
 さっそく、ドラム式洗濯機を持ち上げるヒノト。目の前に広がる惨状を見ると、自身に馴染みの深い山と重ねてしまう。山がごみ捨て場にされている事も、家電を棄てる人間の事も、腹立たしい。
「働かざるもの食うべからず、と、この国では云うのでございましょう」
「そうだな。人の不始末ならば、人が責任を負うべきだろう」
 ギヨチネに、ティノが同意した。草木が汚されたままにはしておけない。
 ギヨチネも、人工物が自然の中に紛れ込んでいると、どうにも居心地悪く感じてしまう。
 怪力無双に加え、生来の馬鹿力を発揮し、冷蔵庫を持ち上げてみせる十蔵。いつになく真面目な仕事ぶりが仲間達を感心させるが、その実、いい汗流していい酒飲むぜ、というのが十蔵の魂胆である。
 張り切って作業にとりかかりながら、イチカは思う。
「ちゃんといーい使いかた、してもらいたいんだけどなあ。機械だって、いつこころが芽生えるかわかんないんだもん」
 ちょうど、イチカ自身のように。
 大きなものは仲間にお任せ。軍手をはめたメイアが、コハブと一緒に、小さな家電を集めていく。
「わたくしたちが豊かに生活するために力を貸してくれた子たちが、こんなところに捨てられていいはずがないの」
 十蔵らと一緒に、信倖は、廃棄物を吟味する。
「何かよさそうなものはあっただろうか?」
「おう、これなんてどうだ」
 修理すれば、まだまだ使える物があるかもしれない。そういったものはリサイクルできるよう分別する信倖。
 そうして山中から持ち出した廃棄家電は、しかるべきところに引き取り、あるいは処分してもらえるよう手配してある。
 これで、少なくとも当分は、山の草木や動物達も守られるだろう。
「いっそ、看板でも用意して来ればよかったか。捨てるな、キケン! ……とか」
 一十の提案にも、サキミはいまいちといった顔。いつも通りではあるが。
「此度は皆、協力してくれて有難うだ」
「いいって事!」
 一仕事終えた皆の清々しい顔に安堵し、感謝するティノに、ヒノトが笑顔で答えた。
「もう、こんなふうになる子がでてこないといいよね。なりたくてそうなったわけじゃないと思うもん」
 そんな風に告げるイチカに、うなずきながら。
 一行は、マルチコプターのいた山を後にしたのだった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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