百の足持つ殲滅兵器

作者:木乃

●モータルレッグ・アンロック
 山が動いた――そう言ったのは誰だろうか?
 千葉県君津市、そこは首都圏内とは思えぬほど閑静な地方都市。
 低い山の並び立つ牧歌的な風景を破壊したのは、ムカデじみた巨大な機械。
 かつての残虐性を示すように白い装甲を、頭部の鋏と多数の足先には赤黒いシミが土と共にこびりついている。
 市街地に現れた巨大ムカデはかつてのように、人々の営みに突進するとビルごと容易く踏みにじり、鋭い鋏で容易く半身を刈り取っていく。
 それは自然界における捕食行動に似た、不必要なまでに残虐極まりない殺戮行為。
 邪魔な建造物は胴体をぶつけて粉砕し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々は逃さず餌食に変えていく。
 『捕食』という名の略奪はまだまだ続く――アリの子一匹逃がしはせず、残しもせず。
 全てを腹に収めるまで。

「自律型ロボットの動作参考に節足動物の動きを用いる、と聞きますが……ダモクレスも同様でしたか」
「大侵略期に地球人が生理的嫌悪から思考停止しやすいデザインを選んだ、とも考えられますわね」
 瀬部・燐太郎(自称竜殺し・e23218)からの進言に、調査したオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)も推論を述べる。
「場所は千葉県君津市、ですか……投入時期によっては首都機能を停止させられた恐れもありますが、大戦末期のオラトリオ達に封印されていたため、現在はグラビティ・チェインが枯渇した状態ですわ。戦闘力も大きく低下しているようです」
 しかし、放っておけば不足したグラビティ・チェインを補充すべく、多数の市民を襲いに向かうだろう。
「このダモクレス、体内に量産工場を格納しており、グラビティ・チェインを補給した際の余剰分をダモクレス量産に回すことが予想されましてよ」
「では、今回の任務は『巨大ダモクレスを早急に撃破する』ということですね」
 確認をこめた燐太郎の言葉にオリヴィアは頷き返し、
「ダモクレスは出現から『7分経過』すると『魔空回廊から撤退』してしまいますわ。撤退されてしまえば手の打ちようがありません、速攻で撃破してくださいませ」
 と、改めて討伐依頼を要請する。
「場所は君津市内。人口密集地に向けて侵攻しながら、グラビティ・チェインを収奪するつもりでしょう。既に市民には避難勧告を出しているため、皆様が避難民の遅れを確認する必要はございませんわ」
 建物が破壊されても、ヒールによって幻想化を伴うが大部分は元に戻せる。
 ある程度の被害は度外視して、ダモクレスの撃破を最優先して欲しい。
「巨大ダモクレスはムカデ型……ここは『百足』と仮称しましょう。百足は封印されていた山の麓から出現し、市街地へ侵攻していきますわよ。攻撃は多脚を利用した複数への踏み潰し、長大な胴部分を利用した無差別攻撃。そして頭部の鋏による攻撃は装甲を貫くほどの大火力です」
 さらに警戒すべきは、一度きりの必殺技――フルパワー攻撃を仕掛けてくること。
「予知から推測したところ、フルパワー攻撃を仕掛けるなら『踏み潰し』でしょうね。多用してくるためタイミングを計ることは難しいですが、一度使用すると攻撃の反動で自らもダメージを負う諸刃の剣……耐えきれれば押し返すチャンスでしょう」
 ダモクレスも度重なる大規模作戦の失敗で鳴りを潜めている、もし、巨大ダモクレスが帰還すれば改修し、新たな作戦に投入するだろう。
「現在は他勢力の動きが目立ちますが、ダモクレスの動きも見過ごしてはなりません。藤原秀郷のごとく、大百足退治を見事に果たしてくださいますよう」


参加者
不知火・梓(酔虎・e00528)
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
瀬部・燐太郎(自称竜殺し・e23218)
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)

■リプレイ

●巨蠱狩り
 もとより静穏な田舎に片足を踏み込んだ地方都市。
 君津市から市民が撤退すると、鳥達の鳴き声がいつもより大きく感じられた。
 ダモクレスが封印されているという山の麓は、市街地からのほんの数十メートルの場所にある。
「いやぁ、今回はちっとやり難そうだなぁ」
 などと言いながら、咥えた長楊枝を上下させる不知火・梓(酔虎・e00528)は実に愉しげなものだ。
 多少、手の掛かる相手の方が倒し甲斐がある――そんな高揚感が梓の全身から滲んでいた。
『やりづらい』の理由は、それだけではないのだが、真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)は自嘲したように静かに笑みを浮かべる。
「人に嫌われるデザイン、ですか。私も他人の事は言えませんが……着眼点としては面白いですね」
 敢えて人間の嫌う造形にすることで精神的苦痛を与え、動揺している間に収奪を進める。
 実に理に適った戦術だったといえよう……事実、すでに顔色が悪い者が数名。
(「オイオイ勘弁してくれ……俺、ムカデは本気でダメなんだが…………調査を依頼したのが運の尽きか」)
 瀬部・燐太郎(自称竜殺し・e23218)はすでに頭を抱えていた。
 まさか本当に巨大ムカデ型のダモクレスが存在していたとは……脳裏に蘇るのは、人間をムカデのように無理矢理つないだパニックホラー映画。
 あの臓腑の底から吐き気を催すような、生理的嫌悪感に背筋がゾワゾワさせられる。
「り、燐太郎お兄さん? 顔色真っ青だよ?」
 輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)も表情を強ばらせているが、おそらく自分はそれ以上に酷く見えるだろう。燐太郎も実際そう思った。
「大丈夫、とは言い難いですが早々に解決しましょうか……」
「へっ! ムカデだかイカダだか知らねぇけど、要は古クセェおんぼろロボだろ? このチーディ・ロックビル様の敵じゃねぇ!」
 燃え盛る自慢の両脚を屈伸したり、軽く跳躍するチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)は既に臨戦態勢。
 挑発するように地べたを蹴り跳ねていると、タイマーをセットしていた比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)の耳先が微かに揺れる。
「…………動いた」
 足下から伝う微震は加速度的に増加し、地面から突き出すように巨体が大地を割り開く。

 ――――百足。
 その名の如く無数の長細いレッグを蠢かせて、地中から現れた。
 巨大な機械蟲は地面から這い出ると、芋づる式に胴体を引きずり出していく。
 さながら、縫い付けていた糸を解くようにして、めくれあがった山肌から土砂が崩れ落ちる。
「デザインも酷いモンだが……『アレ』は、マジで胸クソ悪いな」
 鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は胴体や足先にこびりつく、赤黒いシミの数々に顔を顰めた。
 あれこそが非道極まりない残虐行為を繰り返し、人々を蹂躙した証左そのもの。
 郁がオウガメタルの放つ粒子を黄泉達に散布すると一足飛びで距離を詰めていく。
(「ドラゴンに比べれば、旧式のダモクレスのほうがラクなはず……けど」)
「油断は禁物、まずはその脚から落としちゃうからねっ!」
 湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)がなめらかな挙動で動かされる節足に砲撃を開始すると、一斉に動きを鈍らせようと脚への集中攻撃が始まった。
「一本くらい折れてもバランスは崩れないね」
「ハハッ! だったらミミズよろしく、全部削ぎ落としちまおうか!」
 手近な脚に黄泉がサマーソルトを決めると、楊枝を吐き捨てる梓の刃が走り、関節部から大きな亀裂が生じる。
 僅かに脚の一本の挙動がぎこちなくなると、百足は体節をくねらせて市街地へ侵攻を開始する。
(「ああ、もう嫌だ。家に帰りてえ……」)
 まさに一挙手一投足が燐太郎に不快感を与えてくる。が、こればかりはヒールグラビティでもどうにも出来ない。
「ったく、さっさとスクラップにしてやるからな」
 なかば捨て鉢になりながら燐太郎も多脚を一本でも減らすべく、砲弾をぶちかましてか関節の可動域を狭めていく。
 砲撃の鳴り響く中。薄く笑う梔子がモータルレッグを掻い潜り、赤手の縛霊手を振りかぶった。
「ちょこまかしないでください、時間がないのは私達のほうなんですから」
 霊糸の網で脚を絡めとり、もう一本捕らえようと宙で器用に体勢を翻す。背後の脚にも勢いを乗せてネットを張りつかせた。
「これが大侵略期のダモクレス……うぅ、なんで動きがあんなにリアルなの!?」
 大きさも然ることながら、その再現度の高さに形兎も気持ち悪さが掻き立てられる。
 嫌悪感を振り払おうと、ギターを爪弾く形兎は高らかに歌声を響かせていく――戦意を高揚させる絶唱が美緒を鼓舞し、足下に群がるアリを排除しようと百足の脚が高々と上げられた。
「へっ! 遅ぇ遅ぇ、アクビが出ちまいそうだ!」
 梓を踏み潰そうとした一足にチーディが割り込み、弾かれると同時に体勢を持ち直してナイフを向ける。
 郁の放ったオウガ粒子がシナプスを高速化させ、眼力も比例して命中率が高まっていく。
「カニ刺しみてぇにすっぞゴラァッ!!」
 脆くなった外装めがけて滅多斬りすると、太刀筋に沿ってヒビ割れがさらに拡張されていき、チーディの居た場所へ飛ばされてきた砲弾が豪快に装甲を吹き飛ばす。

 封印されている間にグラビティ・チェインを消耗したように、経年劣化した装甲が砕けるたび、関節から脚が一本ずつ壊れ落ちていく。
 それでも器用にビルの合間を縫って行く百足は、周囲を巻き込む形で全身を振り乱す。
「折れた脚の数だけ隙間が出来る、そこに飛び込めばいいだけだよ」
 崩落するビルの瓦礫を飛び移りながら黄泉は戦斧で胴体の節に刃を叩きこみ、入れ替わるようにして梓のGelegenheitが、薄汚れた装甲を刺し貫く。
「チーディ! 突っ込み過ぎるなよ!?」
「ッテテ……ンの野郎ォ、この程度でくたばると思ってんのかゴルァ!!」
 瓦礫の下敷きにされたチーディに呼びかけながら、郁が半壊したビルの壁を滑走路にして駆け上がる。
 宙に身を委ねる郁は脆くなった胴体に鋭いオーバーヘッドキックを放ち、鉄片が弾けるように飛び散った。
「ウチがしっかり支援するから、ガンガン行っちゃって!」
 防護を強化しようとギターテクニックを披露する形兎の後押しを受け、無重力下を思わす俊敏さでチーディはバールとナイフで滅多打つ。
 集中砲火の影響で脚が削られ、装甲も剥がれ始めた百足は次第に内包していた配線や鉄骨を露出させる。
 忌々しいまでに人の血を吸った外装もはぎ取られ、ムカデとしての原型を失っていき、燐太郎がようやっと直視できるようになった。
「こうも脚が多いと面倒が増えて困る……だが見苦しい外装さえ剥がれちまえば、ただの機械だな」
 不快。嫌悪。忌避。ありとあらゆる悪感情を魔弾に変換し、燐太郎は仕込み和傘で狙い定める。
 全神経を集中させた視線の先には、幾多のヒビ割れを繋ぎ結ぶウィークポイント。
「――さあ、俺から『虚無』をくれてやろう」
 ブラックホールを凝縮したような弾丸は、吸い込まれるように急所を撃ち抜いた。
 一瞬にして拡大した亀裂から、節の一つを覆った外殻は落下して付近の建物を巻き添えにする。
 美緒の招来させた御業も火球を放ちながら露出した部位に絡みついていた。
「だいぶ動きが鈍ってきたね、このまま押し切っちゃお!」
 手応えを感じる美緒がハンマーを変形させ、さらに壊れかけの脚を破壊しようと狙いを定めるが、
(「…………まだ、仕掛けてきませんね」)
 梔子は垂直からの飛び蹴りから着地して、ヘリオライダーの言葉をふと思いだす。
 警戒すべきは『踏み潰し』だと――脚の数は確かに減らしたが、全てを破壊しきった訳ではない。
 そしてなにより――。
「梔子、離れるぞ!!」
 郁が声を張り上げた直後だった。
 動き回っていた百足は向きを反転させ、アスファルトを踏み荒らしながら中衛の二人に向かって猛スピードで迫る。
 ジャマーの役割は妨害だけでなく、火力支援を担うことも可能――それ故に配置の少なかった梔子達を一掃することが最適と判断したようだ。
「まずい、私のほうからは止められない……!!」
 焦る黄泉を追い抜き、獄炎纏うチーディが百足とデッドヒートを展開させる。
「俺を無視するとはイイ度胸じゃねぇか、簡単に抜かせると思ってんじゃねぇぞッ!!」
 遊撃手としての機動性を持とうと『我こそが世界最速だ』と誇示するように、ヒビ割れた車道を疾駆し、中衛の元へ――。
「っしゃオラアアァァァッ!!?」
 豪雨の如く降り注ぐモータルレッグの猛攻へ果敢に飛び込み、梔子が接触するより早く到達してみせた。
 自称・世界最速の面目躍如、弾き飛ばされるその口元には勝利の笑みが浮かぶ。

 百足も強引に打って出たために、胴体から火花を散らし、数本の脚が自壊し始めていた。
「チーディお兄さん!? すぐ治療するから待っててっ!」
 形兎がすぐさま癒やしの月光を浴びせ治療にかかるが、立ち上がれる余力はなかった。
 たった一人、援護に回り続けて蓄積したダメージに加え、全力攻撃を受け止めきっただけでも大健闘と言えよう。
『……PiPi!PiPi!』 ――黄泉の懐から電子音が鳴り響く。
「5分経過、ここからが勝負だよ……!」
 残り2分。一気に畳みかけようと黄泉のパイルバンカーが新たな風穴を生み出す。
「私としたことが……この借り、私の秘技をもってお返しします」
 一人悔やむ梔子の背から蝶の翅のように蜘蛛の脚が広がる。
 八ツ脚を伸ばす梔子が一撃を突き刺すと、他の脚も次々と滅多刺しにして配線をぐちゃぐちゃに刻む。
「今がチャンス、速弾きは激しいだけじゃないんです!」
 バイオレンスギターに持ち直した美緒がピックを懐から取り出し、超絶技巧による衝撃波を発生させる。
 音の波動は周囲の瓦礫を吹き飛ばしつつ重心のかかる軸足めがけて突き刺さり、百足の巨体がゆっくりと傾く。
「顔面は……複眼、てやつじゃないのか」
「その口バサミもぶっ壊す! そいつで殺した人達にあの世で詫びろよな!」
 バランスを崩した百足の正面から燐太郎と郁が仕掛ける。
 燐太郎の放つ冷凍光線の連射から郁がオウガメタルで鋼鉄のガントレットを形成し、
「この一撃で――――決める!!」
 グラビティ・チェインで強固に、そして重厚に強化した拳の猛烈なラッシュでハサミをへし折り、断罪の追撃で破砕させる。
「いやあ、あんな男気みせられたら俺もちょいと本気でいかねぇとなぁ」
 ニヒルに口元を歪める梓は斬霊刀で半月を描き、正中に構える。
 此、正に剣気にして剣鬼の一振り也。
「斬り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ――」
 積み重ねた挙動の抑止、積み重ねた眼力の強化――それこそが放たれた斬撃の直撃を確信させる。
 背を向けた梓は血振りするような大袈裟な挙動で納刀してみせた。
「踏み込みゆかば 後は極楽……ってなぁ」
 締めの句を決めると同時に、百足は内部から断絶されたように胴体を両断され、地べたに腹這いで倒れ込む。
 ズシン……ッ! 地響きを立てた殺戮機械のムカデは、機体を一瞬で錆びつかせて風の中に消え失せた。

●人類の防人
「あの、大丈夫でしょうか」
 修復作業を行なう合間、負傷したチーディの様子が気になり梔子が声をかけると「ヘッ!」と勝ち誇った笑みが返された。
「この俺を無視してつっ走ってったのがムカついたんだよ。ま、世界最速の俺の脚にゃあ敵わなかったけどなァ!」
 『勝負に負けて試合は勝った』ということだろう。
 彼なりに気遣ってくれたのだと思うことにして、梔子はひとつ頭を下げて復旧作業に戻る。
「はああぁ……もう害虫駆除は懲りごりだ、これっきりにしておきたい」
「俺は中々愉しめたがねぇ? ま、似たようなタイプが出てこねぇことを祈るしかねぇな」
 被害規模を確認してきた燐太郎はいまだにゲッソリしているが、上機嫌な梓は丸まった背中をバシッと叩いて慰める。
 ジンジンする痛みがかえって燐太郎の気を紛らわせてくれた。
「でも、あんなに大きいのがまだいっぱい封印されてるんだよね? ……大侵略期に攻めてきた巨大ダモクレス、あと何体いるのかなぁ……」
 形兎の素朴な疑問に答えられる者はいないが、オウガ粒子で街路樹を整備する郁は元の姿と少し変わった街並みを見つめ呟く。
「その時はまた倒せばいい、今は俺達ケルベロスがいるんだ……そうだろ?」
「――うん! ハガチロボでも、ゲジゲジロボでも負けないぞーっ!」
 威勢よく拳を掲げる形兎の背後で、燐太郎が頭を抱えるように片手で顔を覆う。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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