魔竜王の遺産~墓標はその校舎

作者:一条もえる

 熊本市に、突如として魔空回廊が出現した。
 そこから現れたのはドラグナー、オーク、そして竜牙兵というドラゴンの尖兵ども。
 尖兵どもは逃げ惑う人々を追い、容易くその命を奪っていく。
「きゃあああああ!」
 惨劇は、進撃の途上にあった中学校にも襲いかかった。
 校内放送が怒鳴るように緊急の事態を告げ、生徒たちは階段を飛び降りるようにして駆けていく。中には後ろから押されて倒れた者もいたが、それを咎める者はいない。誰も、かまってなどいられなかった。
 避難訓練にも勝る速さで校庭へと飛び出した生徒たちだったが、そこにはすでに、竜牙兵どもが待ち受けていた。
「う、うわあああ!」
 慌てて逃げ戻る生徒たち。しかし後ろからやってきた生徒たちとぶつかり、将棋倒しになってしまう。
「コォオオオオッ!」
 オーラを燃え上がらせた竜牙兵どもは、空手のような息吹を発しながら押し寄せ、拳を叩きつけた。
 長い髪の女子生徒の顔面が潰れ、坊主頭の男子生徒の足が引き千切れ、壁に叩きつけられた若い教師は、水風船が破裂したように血をまき散らす。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
 生徒たちは悲鳴を上げて混乱しつつも、竜牙兵どもから遠ざかるべく校舎へ逃げこんだ。
「無駄ナコトヲ」
 必死の形相で階段を駆け上がろうとも、彼らは袋の鼠。竜牙兵どもは生徒たちの屍体を踏みつけにして、校舎へと乗り込んでいく。
 さらなるグラビティ・チェインを得るために。

「これは……ちょっとシャレにならない事態になりそうね」
 予知を得た崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)は少しばかり眉を寄せながら席に着いた。
「ドラゴンを復活させていた黒幕が、ついに動き出したみたいよ。
 敵の目的は、『魔竜王の遺産ドラゴンオーブの探索』。どうも、その在処がわかったようようね」
 その力がどのようなものなのかはわからない。しかし、最悪のことを考えれば魔竜王の再臨さえありうるのだ。
 絶対に、ドラゴンどもに渡すことは出来ない。
 しかし、敵も相当に本気のようである。竜十字島より覇空竜アストライオス直属の軍団をはじめとしたドラグナーやオーク、竜牙兵から成る9つの軍団を発し、ドラゴンオーブ復活に必要とする大量のグラビティ・チェインを手に入れようとしているのだ。
 このままでは、熊本市は焦土と化してしまうだろう。そして、ドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性も低くなってしまう。
 顔の前で両手を組む凛の傍らで、「ピー!」という電子音が響いた。
「あ、炊けた炊けた♪」
 表情を輝かせ、凛が立ち上がる。さきほどから、なにやら話にそぐわぬ香りが漂っているとは思っていた。まさかとは思っていたが、その出所は一升炊きの炊飯器である。
 紫蘇におかかにタラコに海苔に、それに塩昆布。
 テーブルに大量の材料を並べ、凛はしゃもじで炊きたての米をすくうと、手際よくおにぎりにしていく。
「なによー。大決戦の前には、腹ごしらえが大切でしょ!
 もぐもぐ……」
 次々と握られていくおにぎり。しかし皿に盛られる前に、半分ほどは凛の口元に運ばれていく。
「もぐもぐ……。
 敵は、軍団長の指揮に従って市民の虐殺を行っているようね」
 右手でおにぎりをつまむ傍ら、左手で凛は地図を指し示した。
 予知した事件の現場は、熊本市東区のようだ。そこには、竜闘姫リファイア・レンブランド率いる軍団が展開する。武術を得意とする軍団長に倣ってか、配下は道着のようなものを着込んだ竜牙兵どもだ。
「東区には他に、竜闘姫ファイナ・レンブランド……こっちが妹なのね……が。そして中央区には、封印ドラゴンの開放を行っていた中村・裕美という、ドラグナーたち。
 西区、そして南区には、嗜虐王エラガバルス、餓王ゲブル、触手大王っていうオークの軍団。
 北区には、竜牙兵ね。黒牙卿・ヴォーダン、斬り込み隊長イスパトル、そしてアストライオス直属の黒鎖竜牙兵団長が……そうそうたる顔ぶれね」
 だが、これらの指揮官を倒すことが出来れば軍団は統制を失い、『市民を虐殺する』という命令が徹底されなくなるだろう。そうなれば、つけ込む隙がいくらでも出来る。早期に撃破したいところだ。
「もぐもぐ……。
 とは言っても、実際に目の前でみんなが襲われちゃってるわけだからね。いくら頭を潰したくても、そっちにばかり目を向けてるわけにはいかないのよ」
 状況を見極めないとね。と、凛はひときわ大きく握った紫蘇おにぎりにかぶりつく。

「さぁ、しっかりと腹ごしらえして! みんなを守って、帰ってきてね!」
 大皿に盛ったおにぎりが、目の前に差し出された。


参加者
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
立花・吹雪(ウラガーン・e13677)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
クラリス・レミントン(サナギ・e35454)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)

■リプレイ

●響き渡る咆哮
 熊本市西区の住宅地。辺りには田植えの終わった田んぼも見られ、のどかな光景が広がっている。
 しかし今、その光景はオークどもによって蹂躙されていた。
「きゃーッ!」
「ゲヘヘヘヘッ!」
 口の端から涎をだらだらと垂らしたオークどもが、人々に襲いかかる。襲撃を知って家を飛び出した女性は、足がもつれて転んでしまった。
「やらせるか、よぉッ!」
「これ以上、災いを広げるわけにはいかない……各火器、オールスタンバイ! ここで、止めます!」
 力強い声とともに、天空から無数の刀剣が、そしてミサイルとが、オークどもの中心に向かって降り注いだ。
「ギャアッ!」
「大丈夫、俺たちがいる! 全部まとめて任せとけ!」
 ヘリオンが降下する間ももどかしく、飛び降りた峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が叫ぶ。
「しっかり」
 ミサイルポッドから白煙を立ち上らせつつ、アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が女性の手を取って立ち上がらせた。
「おのれッ!」
 オークどもは触手を振り上げて襲いかかってきたが、
「不用意に間合いを詰めてくるとは……数を笠に着て、油断しましたか? この一撃は外しません!」
  立花・吹雪(ウラガーン・e13677)が、霊力で生み出した弓の弦を引き絞る。それは狙い過たず、オークの眉間を貫いた。
「欲望に囚われた、汚らわしきオークども……」
 朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)が、眉間に皺を寄せる。彼女にしては珍しい、苦々しい表情で。
「聖王女の御前で、悔い改めなさい!」
 オークの触手が爆発し、千切れ飛ぶ。
「これが、オーク? ……穢らわしい」
 醜悪なオークどもと対峙して、クラリス・レミントン(サナギ・e35454)が口元を歪める。敵はこちらを脅すように大声を張り上げているが、
「怯んで、なるものですか」
 と、ケルベロスチェインを地面に這わせた。
「ブギィィィィィ!」
「おっと!」
 怒り狂ったオークの鋭い触手が、ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)の生み出した『マインドシールド』とぶつかって、火花を散らせる。
 同じく、その傍らで敵の触手を受け止めた月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は、
「やる気か?」
 ギロリとオークどもを睥睨した。魔力のこもった魔眼に凝視されたオークどもは平静を失い、傍らの同胞に触手を叩きつける。
「無様……。こんなところで、時間をかけてなんて……いられないから」
 霧崎・天音(星の導きを・e18738)の右足を覆う地獄の炎が勢いを増す。
「地獄の刃、華となって……奴の命を攫え……!」
 炎が桜の花びらのように舞い、美しく、しかしながら恐残酷に、オークどもを引き裂いていった。
「とりあえず一波は撃破できた……ようですね」
 周囲を見渡し、天音は頷いた。
「誰かいる? 逃げるなら、今のうちだよ!」
 クラリスが声を張り上げた。いつものマスクは、今日は外している。少しでも、この声を遠くまで届けるために。
 すると、辺りで逃げまどっていた人、息を潜めていた人たちが集まってきた。
「みんな、今のうちに避難を」
「さぁ、あちらへ。聖王女は必ずお守りくださいますよ」
 吹雪と昴とが、避難場所を指し示す。その姿に励まされ、市民たちは思いのほか、落ち着いた様子で移動し始めた。街から離れるように進めば、敵に出くわすこともないだろう。
「ほかの場所は、どうだろうな……?」
 雅也はインカムを耳に当てた。しかし、
「くそッ、ダメだ」
 毒づいて、インカムを投げつける。
「こちらもです」
 アーニャのアイズフォンも通じない。いや、何かしらは聞こえるが、雑音が多く、すぐ回線が切れてしまう。中継局が破壊されているのか、戦いの影響で電波状況が悪いのか、あるいは敵の妨害か。
 なんにせよ、情報のやりとりは難しそうだ。
「なに、ほかの連中だってうまくやるさ。俺たちも、行くぞ」
 宝が仲間たちを促し、自らのナノナノ『白いの』を、
「お前も頼んだぞ」
 と、撫でた。
 情報交換などしなくとも、戦う敵はすぐに見つかった。潜む必要も、上空から窺う必要もない。オークどもの喚き声と人々の悲鳴とは、ひっきりなしに聞こえてくるのだ。
「ちっともありがたくは、ないけどな」
 ヒスイがリボルバー銃を構え、姿の見えた敵に『時空凍結弾』を撃ち込んだ。

●ケルベロスの怒り
 オークの毒液が、吹雪に降り注ぐ。
「それ以上、やらせるか!」
 雅也が得物を突きつけると、その研ぎ澄まされた精神力でオークどもの触手が爆発した。
「この程度で……怯むものですか!」
 吹雪は飛び散った触手を踏みつけにして間合いを詰め、大鎌を一閃する。臓物を溢れさせ、オークは絶命した。
「今のうちに、治療を」
 クラリスが駆け寄って、毒液を浴びたところを切開する。
「……今ので、何人救えたでしょうか?」
 治療を受けながら、吹雪が呟く。
 すでに一行は、数カ所でオークに遭遇し、襲われていた人々を救出していた。しかしまだ、オークどもの耳障りな雄叫びは辺りにこだましている。
 休んでいる暇などない。またしても、目の前にオークどもが現れた。
「退いてくださいッ!」
 バスターライフルを構え、エネルギー光弾を発射するアーニャ。オークどもはのけぞったが、しつこく触手をのばしてアーニャをからめ取る。
「きゃああッ!」
「うわぁッ!」
 彼方で、人々の悲鳴が聞こえる。
「ち……! 昴!」
「ありがとうございます、宝さん。あなたにも聖王女の恩寵がありますよう」
 舌打ちした宝が杖を掲げて、昴に電気ショックを飛ばす。
 それを受けて昴は、自らの腕を覆ったワイルドスペースを大型砲台へと変じさせた。放たれた混沌の砲弾がオークをなぎ倒す。
「こっちだ!」
 ヒスイが、一行を先導して走る。
 オークを退けた一行は駆けに駆け、悲鳴の聞こえた通りの角を、曲がった。
 そこで、ケルベロスたちが、目に、したのは。
 横たわる、無数の死体。折り重なった死体は山のように。そこから流れ出た血は川のように通りを染め上げ、立ちこめる死臭に眩暈がした。
 その中に立ち、こちらの姿を認めたオークどもが、目を細めて笑う。
「なんということを……!」
 昴が胸の前で手を合わせ、天を仰いだ。
 天音は蒼白な顔色で立ち尽くしていた。常日頃から、表情にも口振りにもあまり感情というものを表さない天音が。
 普段は彼女の胸の内に秘められていた熱い激情が、言葉を伴って溢れ出る。
「みんな、救えなかった……救えなかったッ! そんなの、絶対に嫌だったのに!」
「ゲハハハハ! 残念だったなケルベロス! キサマらにできることなど、その程度よ!」
「人の命を弄ぶなんて……私が絶対、許さないから……!」
 天音の両手のパイルバンカーが唸りをあげる。噴出する螺旋力に乗り、天音の身体が錐揉みしながら飛んだ。
「ゲハハ……グゲェッ!」
 触手で死体を持ち上げて笑っていたオークの胴を、杭が深々と刺し貫いた。
「お前たちが……!」
「落ち着いて、天音!
 でも……私だって、気持ちは同じです!」
 アーニャのアームドフォートが、オークどもに狙いを定める。砲弾を浴びたオークは吹き飛ばされ、田植えが終わったばかりの泥濘の中に落下した。
「ゲヘッ、手強いぞコイツら! かかれッ!」
「許さないよ……!」
 クラリスは、血が滲むほどに唇を噛みしめていた。抜く手も見えず、クラリスの手にリボルバー銃が握られる。
「外さない」
 オークの眉間に、銃弾が食い込む。
「殺せぇぇぇッ!」
 雄叫びをあげるオークどもの触手が襲いかかったが、
「よくもやってくれたな!」
「蛮行の代償は……高くつくぞ!」
 割って入った雅也と宝は、木の幹ほどもある太い触手で締め上げられながらも、闘志を失わない。
 ついには力任せにそれを振り払った。
「いまだ、やれ!」
 主の声に応じたナノナノ『白いの』が、よろめいたオークめがけハート光線を撃ち込んだ。
「こっちだってな、てめぇらを見逃してやるつもりなんざ、ねぇ! 雁首並べてるのは好都合よ!」
 ヒスイのマインドリングから放たれた光の戦輪が、オークどもに襲いかかる。
 しかし、オークどもは身にまとうボロ布を裂かれながらも、雄叫びをあげる。
「く……!」
 鋭く研ぎ澄まされた触手が、昴の肩を貫く。二度三度と触手を叩きつけられた吹雪が、住宅の窓ガラスを割って吹き飛ばされた。
 しかし、
「殺された人々に比べれば……!」
 流星の煌めきと重力を込め、昴が跳ぶ。
「この程度の痛みで、私たちの歩みが止まるものですか!」
 こめかみに蹴りを撃け、よろめくオーク。そこに吹雪は、大鎌を投げつけた。大きく回転しながら襲いかかった刃が、オークの首に突き刺さる。切り落とされた首が、勢いよく彼方に飛んでいった。
「この人たちを救えなかった罪も……私は背負っていく……!」
「背負うのは、お前ひとりだけじゃねぇぜ」
「……うん」
 天音と雅也は頷き合い、敵中に突っ込んでいく。オークどもは触手を振り上げたが、
「嫁入り前の娘さんには、指一本たりとも触れさせるわけにはいかないからな!」
 と、雅也は喰霊刀を食い込ませる。
 触手をかき分けるようにして懐に入った天音は、地獄の炎を纏ったパイルバンカーを、敵の脳天に叩きつけた。グシャリと、頭蓋の砕ける感触が伝わる。

●こぼれていく砂粒
 倒しても倒しても、きりのないオークどもの大群である。
 嗜虐王エラガバルス麾下のオークどもは、雲霞のごとくケルベロスに襲いかかってくる。欲望にまみれた咆哮が、街中に響く。
「くそ……きッたねぇモン向けんじゃねえぞ!」
 汚らしい粘液にまみれた触手を叩きつけられたヒスイが、光の盾でそれを押し返し、
「くたばれ、豚野郎ッ!」
 と、ブラックスライムを襲いかからせた。
 与えた手傷はさほど大きなものではなかったが、ヒスイが庇った背後から、アーニャが飛び出す。
 不意をつかれてたじろぐオークに、
「これが私の全力攻撃!」
 ありったけの砲門を突きつけた。
「時よ凍って! テロス・クロノス!  デュアル……バーストッ!」
 あり得ないほど大量の砲弾が襲いかかり、敵を爆散させる。『時』に干渉してそれを停止させたアーニャは、その中でさらなる砲弾を放ったのである。
 周りの者にわかるのは、砲弾が二重に折り重なって放たれたことのみ。
「ゲァァァッ!」
「時は……私の味方です」
 大きく息を吐き、アーニャは微笑んだ。
「頑張って……私たちはまだ、倒れるわけには」
「もちろんだ。俺たちがここで倒れたら、誰がみんなを助けるっていうんだ!」
 クラリスの祈りにも似た呟きに、雅也は親指を立てて応えた。
「悪魔の仕業に対し、突然のたぶらかしに対し、悪しき者共の呪詛に対し」
 クラリスの唇が、ふるいふるい魔法の言葉を紡ぐ。
「私たちを病から、災いから、あらゆる痛みから守りたまえ」
「燃えちまいな!」
 そして雅也が生み出した焔は、自らを奮い立たせる灯火となる。
「しぶとい奴らめ!」
 オークどもの溶解液が、吹雪と昴とに次々と降り注ぐ。皮膚が焼かれてボロボロと崩れ、血が流れ出る。
「それは、こちらの台詞です!」
 振り下ろされた吹雪の大鎌が、敵の首筋に突き立った。その傷口から、生命力を奪っていく。
「あぁ……聖王女よ。私に加護を」
 天を仰いだ昴は手を組んで、
「聖なるかな、聖なるかな。聖譚の王女を賛美せよ」
 と、祈りを捧げる。それとともにワイルドスペースは彼女の心臓から全身へと広がり、苦痛で苛んだ。
 狂信的ともいえる信仰心で痛みに耐えつつ、呪言のような祈りは続く。
「その御名を讃えよ、その恩寵を讃 えよ、その加護を讃えよ、その奇跡を讃えよ……!」
 昴の姿が、黒くよどんだスライム状の獣へと変じる。それはオークへと飛びかかり、その四肢がピクリともしなくなるまで、牙爪を突き立て続けた。
 しかし、敵にとどめを刺したふたりに、さらなる触手が襲いかかった。何本もの触手に貫かれ、その身体が浮く。乗り捨てられた車のボンネットに叩きつけられ、大きく車体がへこんだ。
「吹雪! 昴!」
 舌打ちした宝は、
「しっかり見てろよ……」
 敵に向けて指を突きつけた。その宝の姿が、敵には歪んで見え始める。
 思わず目をこすった隙をついて、ブーツの踵がその鳩尾に食い込んだ。
「……立ち止まってなんて、いられないの」
 天音の放った炎弾が、オークの顔面に命中する。敵はのたうち回って倒れ、その生命力を喰らった天音は大きく、息を吐いた。

「次だ!」
 雅也がさらなる敵を求め、辺りを見渡した。
 しかし。
「うわああああッ!」
「きゃあああッ!」
「ひぃぃぃッ!」
 人々の断末魔の叫び、そしてオークどもの下卑た笑いが、四方八方から響いてくる。
「……救えない。私たちでは」
 クラリスが声を震わせて、ケルベロスチェインを取り落とした。
「くそ……」
 ヒスイが舌打ちして、足もとの小石を蹴る。
 誰が、彼らの命がけの奮闘を疑うだろうか。しかし救うべき命はあまりにも多く、それはケルベロスの掌から溢れ出て、砂粒のようにこぼれ落ちていく。
「どうして動けないの……ここで立てなくて、何のための剣術なの……!」
「聖王女の御為ならば、この命、惜しくはありませんのに……」
 吹雪が必死に己の膝を叩き、立ち上がろうとする。昴も道路標識にすがりつくように、身を起こそうとしていた。
 しかし彼女らの足は震え、もはや限界なのは明白だった。
「……」
 天音が蒼白な顔色で、拳を握りしめる。
 人々を守りたい。この命が果てても。そう、ケルベロスの力を、暴走させてでも……。
「よせ」
「……宝、さん」
 不意に肩をつかまれ、驚いて顔を上げた。
「それは、駄目だ」
 厳しい顔で、宝が頭を振る。
「でも」
「俺だって人々は救いたい。だからといって、お前を犠牲にすることはできない。
 行くなら……皆で、だ」
「同感だよ。それでも私たちは、いかなくては」
 クラリスがまたも、仲間たちの傷を癒やす。回復できる余力は、ほんのわずかしか残っていなかったが。
「覚悟は、決めてます」
 そう言って得物を握りしめたアーニャ。
 ところが、
「ちょっと待って。オークの様子が……!」
 アーニャが、街路の向こうを指さした。気がつけば、先ほどまでの咆哮が止み、オークどもは慌てふためいた様子で走っているではないか。戦場に背を向けるように。
「さては、やってくれたな!」
 雅也が表情を輝かせて、歓声を上げた。ほかの仲間たちが、嗜虐王エラガバルスを討ち果たしたに違いない!
「助けられなかった奴らには悪いことをしたが……それでも敵は退き、オレたちは生き残った。こっちの勝ちだ」
 ヒスイは天を仰ぎ、額の汗を拭った。
 しかしこのとき、東の空からは新たなる脅威が近づいていたのである。
 大きく翼を広げた、それは……。

作者:一条もえる 重傷:立花・吹雪(ふぶきん・e13677) 朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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